「……これは?」 武器庫に残っていた、一振りの刀。 姿形は白鞘の日本刀だが、それを『日本刀』と呼んだ日には、日本刀コレクターの皆さんから盛大なお怒りを買う事になるだろう。 何しろ……「昔の俺の武器。名刀『虎徹』だ。興味があるなら、抜いてみ?」「……ええ」 そう言って、鞘から抜いて出てきた刀身には、マトモな刃紋が無かった。名刀どころか、どちらかというと刀の形をしてるだけで、作業用の包丁のようにギラついた刃物……そんな代物だ。「どうだ?」「よくは知らないけど、虎徹って……こんな刀? 噂に名刀だって聞いたけど、何というか、美しさというか品が無いわ?」「正解。こいつはな、虎徹は虎徹でも『兗州(えんしゅう)虎徹』さ。スプリング刀って、聞いた事ないか?」「……ごめんなさい。日本刀に詳しいわけじゃなくて」「自動車の廃材のリーフスプリングを、刀の形に叩き伸ばしてデッチアゲた代物だよ。玉鋼で作る流麗な日本刀とはワケが違う。 だが、俺が戦ってきた中で、こいつが一番、折れず、曲がらず、よく斬れた。 考えても見りゃ、トン単位の車体を十年以上支え続けながら、柔軟性を失わない自動車バネを材料に叩きあげたワケだからな。そりゃあ鉄の素性がデキを左右する日本刀にすりゃ、『武器としては』出来がいいモンになるのは当然なワケさ」「……で、この刀が何か?」 鞘におさめて返された日本刀を手に、俺は彼女の目を覗きこむ。「暁美ほむらが『魔法少女』なように……御剣颯太が『魔法少年』だったとしたら、お前は信じるかい?」「否定する要素は無いけど、肯定するには突飛に過ぎるわ。そもそも、あなたはキュゥべえと契約したわけじゃない。ううん、出来るわけがない」「その通り、俺はキュゥべえと契約したわけじゃない。契約相手は俺の姉さんだ。 魔法少女になった姉さんは、沙紀程じゃなかったがドンくささが抜けず、一人で戦うのには向いてなかった。で、それを知った俺は、半ば押しかけ助っ人で戦い始めた。こう見えて剣道とか剣術に一時期ハマってたから、姉さんの力を借り受ける形で、俺は『魔法少年』をやる事になったワケだ。 かくして、魔法少女『御剣冴子』の欠かせぬ相棒(マスコット)として、魔法少年『御剣颯太』が生まれた。この刀は、その時に振りまわしていた『最初の魔法のステッキ』ってワケだ。……ああ、ちゃんと衣装も変化したんだぜ。笑っちまうかもしれんが」「……」「最初、姉さんから与えられる力は、無尽蔵のモノだと無邪気に思い込んでた俺は、ヒーロー気取りでカッコイイ衣装と、魔力を付与した日本刀で前に出て戦い続けた。痛みすらも姉さんが肩代わりしてるとは知らずにね。 で、ある時、それが分かって、俺は魔女とのガチンコの斬り合いから、今のスタイルに武器を切り替えた。 ……姉さんは残念がってたが、背に腹は変えられない。お金はあったから、海外に行っては武器弾薬を仕入れては、姉さんのソウルジェムにしまい込んで持ち帰って。必要に応じて、その都度、魔力を付与した武器を渡してもらった。衣装も、使う魔力が勿体ないって言って、強化程度に留めてもらった。 そんで、200×年。●●県某市。 本来、縄張りを守るべき魔法少女たち全員、命惜しさに手に負えないと逃げ出す中。姉さんと俺と、たった二人で、ワルプルギスの夜に挑んだ。 みんなのために……ってな。 結果は……まあ、お察し。無残なモンだったよ。 何一つ守り切れず、ワルプルギスの夜が暴れ終えるまで、死に物狂いでお互い逃げ回るダケだった。はっきり言って結果だけ見れば、戦おうが戦うまいが一緒。 だがまあ、なんとか二人、生き延びる事は出来た。 そう思った時に……姉さんに……限界がきた」「……魔女化」「そう。姉さんは魔女になり……俺は僅かに魔力が残っていた武器弾薬全てを叩きこんで……姉さんを殺した」 そう言うと、俺は未使用のグリーフシードを一個、テーブルに置く。「これが……あなたの?」「『姉さんだったモノ』だ。 で、ズタボロになった俺を、心臓病を患って入院してたハズの沙紀が、無邪気に家で笑いながら迎えてくれたわけだよ。 キュゥべえと一緒に『魔法少女』になって、な。……流石に目の前が真っ暗になって絶叫したよ。 かくして、俺は今度は沙紀を相棒に、新たな伝説を作る羽目になった。『正体不明の暗殺魔法少女』の、な」「……立ち入り難い事を聞いたわね」「別に、キュゥべえの回りにゃよくある話だろ? あ、因みに、ソウルジェムを砕けば死ぬっての知ったのは、姉さんが魔女化した後の暗殺時代な。『魔力の源』だから壊せば何とかなるかな、って思ってたら魔力どころか魂丸ごとだったとはね。 まあ……あの悪辣な悪魔のする事だから、特にどーとは思わなかったけど、そういうものだって知ってからは、魔法少女を狩る効率だけは、格段に上がったっけ」「……そう」 少し長い話を話し終え、俺は一呼吸置くと、暁美ほむらに問いかける。「で、こっちのネタは話した。今度はお前さんの番だぜ」「待って。もう一つ聞かせてほしいの。……あなたのお姉さんが、契約に当たって願った奇跡は、何?」「そいつぁ話す条件に入ってねぇな。話すとしたら、お前のも話せよ?」「分かった。構わないわ。それも含めてあなたに話す。だから教えて?」 何というか。 自らも省みず、とことん彼女は俺のデリケートな部分に、踏み込む覚悟らしい。 暫し、躊躇った末に、俺は、口を開いた。「……金だよ。超大金。1000億くらいかな?」「沙紀さんの心臓病の、手術費用?」「違う。それもあるにはあるが、それなら直接治してくれって願うだろ。……あー、もーっ!! どこまで突っ込んでくる気だよ!?」「噛み合わない。 みんなのためにワルプルギスの夜に挑むような女性が、お金なんて俗っぽい理由で魔法少女になるとは、とても思えない」「お前、お金を馬鹿にすんなよ!! 殺スぞ!? ……まあいい。もう面倒だ。話してやるよ。 親父とオフクロが、どこぞの新興宗教だか何だかにハマってな……そこの教会にえっらい寄付金とか突っ込んじゃったんだよ。 挙句の果てに、沙紀が心臓病でぶっ倒れるわ、その教祖様と家族が狂って首吊ったのを後追いして親父もお袋も死んじまうわ、身に覚えのない借金取りはやって来るわ、家は売る羽目になるわ……そんな諸々を解決するために、姉さんはキュゥべぇと契約して大金を手にしたわけだ。 ドンくさい姉さんだっけど、一回しか使えない奇跡にかけるにしちゃあ、なかなか気の利いて冴えた使い方したと思うぜ? どんな腕利きの傭兵になろうが、資金潤沢なPMC(民間軍事会社)に入社しようが、そんな大金、稼げるわけねーんだしな」「……ごめんなさい」「謝るなら、おまえさんのほうの情報提供で誠意を示してくれ。 あと、武器弾薬とか返せな? 一応、姉さんの金で買ったモンなんだから」「……分かったわ。使ってない分は、返す」「さあ、俺が話せる事は全部話した! 今度はお前の番だぜ、暁美ほむら!」 そう言って、話を振る。 暫く黙っていた彼女は、やがて、意を決して口を開いた。「……私は、時間遡行者よ」「じかん……そこーしゃ?」 耳慣れない言葉に、首をかしげる。「時を繰り返す者。ちょっと、難しい概念かもしれないけど」「……すまん、詳しく説明を頼む」「そうね。『時をかける少女』って知ってる? あるいは……少しマイナーになるけど『All You Need Is Kill』とか」「……!! OK、何となくわかった。お前さんは『繰り返し』の世界の住人なんだな!?」 ピンッ、と来やすい概念の作品を言われ、何となく概要が掴める。 ……こういう時、馬鹿で助かったと自分でも思う。「……そういう事。もう何度も何度も繰り返してるの。ワルプルギスの夜と闘うまでの日々を」「それがまた、どうして俺なんぞに……待て、繰り返してるのだとして『あなたと出会うのは初めて』っつったな?」「ええ、そうよ。 幾度繰り返したか数えるのも馬鹿らしい程の世界の中で、初めてあなたが私の前に現れた。 おそらく、本来あなたは綱渡りな戦いの末にとっくに死んでいるか、見滝原を離れているか……ともかく、私たちとは本来関わらない存在だった。 あなたが今、ここで生きてる確立は、巴マミと美樹さやか、それに佐倉杏子と全員揃ってワルプルギスの夜との戦いまで生き延びる確率の、千分の一以下かしら?」「……まあ、そうだろうなぁ?」 魔女にせよ、魔法少女相手にせよ、とにかく綱渡りの闘いを繰り返してきたのだ。ついでに言うなら、全くドジを踏まなかったワケじゃない。この間のシャルロット戦のように『悪運』としか言いようのない事も、それなりにあった。 故に。もういっぺんやり直せ、って言われても、やりとおす自信は、無い。 ……って……オイ待て。今、聞き捨てならない名前が混ざって無かったか? まあいい、突っ込むのは、後だ。「あー、とりあえず、巴マミとか、今名前挙げた連中は、全員死ぬのか?」「ええ。でも、運命がねじ曲がったとしか思えない。 巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた」「あー……多分、それ、俺が直接原因を作ったと思う。C-4たらふく喰わせて、奴ごと巴マミと纏めて葬るつもりだったのに、失敗したから」「そう。私が全く予想できない、あなたというファクターが生き延びた結果、運命がねじ曲がった。 だから、これは何かのチャンスじゃないのかと、私は思っている」 ……とりあえず、運命だとか、時間遡行だとかなんて、マユツバもんの話の真偽は別として。 彼女が俺に対して、協力的な理由は、何となく理解は出来た。「……んー、じゃあさ、ワルプルギスの夜を倒す事に、なんでお前さんは拘るんだい? この町から逃げるって事は、考えなかったのか?」「逃げるわけには行かないのよ。そんな事をしたら、それこそまどかはキュゥべえと契約してしまう」「まどか?」「鹿目まどか。……最強の魔法少女の素養を持つ少女よ。ワルプルギスの夜すら比にならない程に、強力な」「……あー、なるほど。つまり、最悪の魔女の元、ってことな? そいつを予め殺しておくって事は?」 次の瞬間。 壮絶な殺気と共に、気付くとデザートイーグルの銃口が、俺の額につきつけられた。 ……相変わらず、コマ落としにしか見えねぇ。気がつくと、脳天に銃口だ。 一体何なんだよ、こいつの能力?「御剣颯太。あなただけじゃない、あんたの大切な妹まで、くびり殺されたくなければ、二度とそんな口を開かない事ね。 増して、実行しようという気配を見せただけでも……私はあなたを殺すわ」「OK、落ち着け。あんたの地雷はよーっく分かった。 だから銃口を下ろせ。一応、話し合いの席なんだろ? ……お互い、地雷持ちの爆弾抱えた、大切な人ってのは居るもんだしな」「っ………」 何とか銃口を下ろしてくれる。と、同時に、目の前の少女に、奇妙なシンパシーを、俺は感じていた。親近感、と言ったほうがいいかもしれない。 ……まあ、逆の立場だったら、俺も同じ事をしただろうしな。「要するに。その……鹿目まどかって子を生かしたまま、かつ、魔法少女にならないように誘導し、かつ、ワルプルギスの夜との闘いを超えないといけない。そういうワケだな?」「……そうよ。この町は、彼女の日常。彼女が笑って過ごせるこの見滝原を、魔法少女や魔女の倫理で壊させるわけにはいかない」「無理難題だぜ! 作戦目標っつか設定が多すぎる! そもそも、そんな素質を持った少女をキュゥべえが見逃してくれるワケが無いし、あの悪魔の勧誘を何とか乗り切ったとしても、その上でワルプルギスの夜とガチンコで勝てってほーが………………………待て」 と……そこで、気がついた。 無理難題と呼ぶのもヌルい、難しすぎる無謀な作戦目標。 普通は絶対破綻するミッションを、もし『成立させ得る願望』があるとするならば? それこそ、時間遡行でリトライを繰り返すくらいしか手は無いだろう。テレビゲームでセーブとロードを繰り返すみたいに。 少なくとも、それ以外に、俺は手を思いつけなかった。「あんた……本当に、時間を戻って、繰り返してきたのか? もし、あんたの言ってる事が本当だとしたら……どれだけの回数『繰り返した』んだ?」「……忘れたわ。もう」 倦み疲れた表情でサラッとつぶやく彼女に、俺は絶句する。 そりゃそーだ。 TVゲームだって、クリアする事に夢中になる奴はいても、最初の数回だけならともかく、何十、何百と繰り返したセーブとロードの回数を測る奴は、余程の暇人しかいない。 彼女にとって肝心なのは、繰り返した数ではなく『結果』しか無い。つまりは……一回や二回では、ありえない数を、繰り返しているのだろう。 俺は溜息をついて、確認を続ける。 「その、鹿目まどか。……そいつがキーなんだな?」「……そうよ」「彼女を救いたいのか?」「そのために、私は魔法少女になった。 彼女がキュゥべえに騙される事なく、笑って過ごせる日常を守るために」「……分かった。じゃあ、最後に……ってわけじゃねぇが、この話題の最後に聞かせてくれ。 その鹿目まどか。彼女はお前にとって『何』なんだ? 親? 兄妹? 親戚?」 その質問に、彼女は初めて俺から目をそらした。「彼女は、私の大切な……人よ」「具体的に言えよ。身内か? それとも、何かの恩人か? 悪いが、ソコをショージキに語ってくんなきゃあ、あんたの動機の、肝心のキモが見えてこねぇんだよ」 沈黙。 そして……「……大切な……本当の友達よ」「ダチ公かヨ。そんなデカい奇跡の対価としちゃ安いゼ」 遠い目をして、俺は溜息をついた。 友達。 思えば、魔法少年をやって以降、あまり出来なかった気がする。 第一、両親が死んで家族を守るだけで精一杯だった俺に、友達なんぞ作る余裕も無かった。「っ……あなたに、何が……」「だが、うらやましいな」「え?」「俺にゃ、家族っきゃ居なかった。親父とオフクロが首くくった後は、姉さんと妹を守るだけで、精一杯だった。 ……本当のダチなんざ、作る余裕も、出来るワケも無かった。 そう、俺には家族しか居なかったんだ。 その家族を……姉さんを、ワルプルギスの夜は、魔女にして俺に殺させやがった!!」 そう言うと、久々に……久々に、心の底から、笑った。 『正義のヒーロー』を気取ってた頃の、あの高揚感と同時に、沸き上がるドス黒い復讐心。 コイツと組めれば『ワルプルギスの夜』を倒せるかもしれない。 使う機会も無く死蔵していた、ワルプルギスの夜を倒すために揃えた武器や、対ワルプルギスの夜のために編み出した技を、思う存分、恨みと共に叩きつける事が出来る! ……そのために、ちょっと肝心な事を聞きそびれたが、まあいい。「ぃよぉし! 手伝ったろうじゃねぇか! アンタのダチ公をキュゥべえから守る云々は正味どーでもいいが、ワルプルギスの夜はキッチリブチのめす……のは、いいんだが。 余計な事かもしれねーが、アンタは、そっから先はどーするつもりなんだ?」「……え?」「イレギュラーなんだろ、俺は? あんたにとっても、俺はやり直しの利かない存在なワケだ? で、仮に俺が手伝って、ワルプルギスの夜を倒せたとして、なんかの事件や事故で、また彼女がキュゥべえに丸めこまれたら、どーすんだ? 一生、影から面倒みんのか? それともまた、俺抜きでやり直すつもりなのか?」「それは……その覚悟はあるわ。彼女のためならば!」「よし。ならその証明に、お前を抱かせろ」 その言葉に、彼女が石化する。「は? だっ、だっ……」「お前とSEXさせろ、っつってんだ」「……おっ、おっ……あ、あ、あ、あんた!?」 おーおーおーおーおー、面白ぇなぁ♪ せいぜい、秘密の小部屋漁られた鬱憤を晴らさせて貰いますか。「んじゃショーガネェ、その鹿目まどかを今から殺しに行こう」「ちょっ!!」「最悪の魔女の元を殺し、ワルプルギスからはトンズラをコく。そーすりゃ、俺も妹も安泰で、大口の契約を逃したキュゥべえも悔しがる! ほれ見ろ、俺的にゃバンバンザイだ♪」「っ……御剣颯太!!」 次の瞬間、またデザートイーグルが『コマ落とし』で眉間の前に出てくる。「あんたが……あんたがそこまで最低なゲスだとは思わなかった!!」「うっわ、マジかよ! ガチで時間止めてんのかぁ……すげーなあんた! ……こりゃ、時間を逆戻りしてるってのは、本当っぽいな」「!」 今度こそ、驚愕する彼女。 ……いや、びっくりしてんのは俺のほーなんスけど。分かったって、そう簡単に対処しようの無い能力だし。 ってーか、俺みたいな小物に、そんなスーパー能力乱発すんなよ?「何の、事かしら?」「……案外、分かりやすいツラしてんな。損だぜ、それ。 っつーか、あんた繰り返し過ぎて想定外に脆くなってんじゃね? それとも元からそーなのかは知らねーけど、全部知ってるつもりで行動してっから、全く想定外の知らない事に、どう対処していいか分かんないとか?」「だから何だというの? この状況を、理解できないのかしら?」「あー、よせ。銃を下ろしてくれ。試してマジで悪かった。 その……鹿目まどかさんの事までハッタリに使ったのは、マジ謝る。この通りだ。それに、あんたの能力が分かったからって、今すぐパッと、思いついた対処のしようがあるわけじゃねえ。 あと、抱かせろ云々より前の言葉には、嘘もハッタリも無ぇよ……ワルプルギスの夜倒して、あんたのダチ公救うんだろ。妹の身に可能な限り危害が絡まないようにするなら、俺に手伝える限りは手伝ってやるよ。姉さんの敵だしな」「私に、あんたみたいなゲスを信じろ、というの?」「悪かった。本当に悪かったよ。ただ、あんたがあまりにも手札見せてくれないから、俺としては試さざるを得なくなってよ。 知ってんだろ? ワルプルギスの夜を相手にするからにゃあ、ハンパじゃ挑めねぇ。勝てそうにないなら尻尾巻いて逃げて、次の機会を待ったほうが賢明ってモンだ」 俺の説明の間も、彼女がつきつけた銃口はブレない。「……一つだけ、聞かせなさい。何故、私の能力が分かったの?」「あ? ……気付いてねぇのか、もしかして?」「答えなさい。でなければ、あなたはココで殺すわ」「……OKOK、種明かしはシンプル。お前さんの真後ろにある、あの時計だよ。 あんたの動きが、俺には『コマ落とし』としか認識できなかった。そういう状況に俺が陥る理由は、三つに一つ。 『俺の認識そのものを、催眠術か何かで誤魔化してる』か、さもなくば『超速度か何かで誤魔化してるか』、さもなくば本当に『時間丸ごと止めている』か、の三択だ。 で、ウチのあの時計、秒針がゆっくり移動しながら60秒で回るタイプだろ? あの時計の秒針見ながら、お前さんがいつ銃口を突き付けてくるか、測ってた」「……それが、どういう意味があるというの?」「おいおいおい、俺みたいな馬鹿でも分かるトリックだぜ? あー、それとも初めて見破られて、パニックで頭が回らねぇとかか? いいか? もし催眠術だったとしたら、俺個人の認識がすっ飛ぶワケだから、秒針の認識は連続しねぇ。二秒の次が四秒、って感じで……例え一秒以内の停止でも、微妙に秒針の動きの認識がトんで、ズレるハズだ。だが、お前さんに銃を突きつけられた瞬間も、連続して秒針は回り続けてた。 そして、俺は実は、目にはちょいと自信がある。生身でも高速型の魔法少女の動きが、凝視してれば辛うじて影くらいは見えるような気がするかなー……って程度には、な。だがそれも無い。 つまり……かなーり信じがたいが、『お前さんが時を止めた世界の中で動ける』以外の答えは、ありえねぇのさ」 とりあえず、かるーく名探偵気分で説明してみせたが、彼女は憎々しげに俺を睨んだまま、銃を下げてくれない。 ……やばい、完全に地雷踏んだか!?「……喰えない奴」「そりゃ、人外のバケモン相手に、生身で妹守りながら必死に生きてきたんだ。幾ら俺がアホでバカに生まれついた小物だからって、この程度の浅知恵は回るようにゃなるんだよ。 っつか、本気で頭イイ奴にかかると、多分、初見で見抜かれるし、『時を止める』なんて超能力、あてずっぽうで当てて来る奴は多そうだから気をつけたほうがいい。あまりチャラつかさないほうがいいぜ」「あなたが喋らなければいい。永遠に口を閉ざして……」「いいのか? 色々とお膳立てが台無しになるぜ? あんたにとっても、俺にとっても、これはチャンスなんだぜ?」 沈黙。 やがて……「……ふぅ」 溜息と共に、銃が下がる。……やれやれ、おっかねー女だなー、おい。 で……ふと、時計をもう一度見直し、俺は真っ青になった。 もう八時を回って、九時に近くなってる。「……おなかすいた、お兄ちゃん。まだ怒ってる?」「やっべえぇぇぇぇぇ! 沙紀、ごめん。すぐ作るからな、晩御飯!」 エプロンを装備して、キッチンに立つ。今日は豚の生姜焼きとみそ汁とご飯だ。 何とか気合を入れれば、二〇分もかからないで出来上がる! と……「そうね、抱いても、いいわよ……」 明らかに確信犯、かつ小悪魔的なスマイルを浮かべ、暁美ほむらが迫ってきやがった。「ぶーっ!!」「お兄ちゃん、抱くって?」「沙紀っ、耳をふさいでなさい!! 悪かった、悪かった! 沙紀の前でそーいう事すんなぁあああああああああっ!!」 起伏が無い体型は、俺的マイナスポイントとはいえ、少なくとも、外見だけは濡れた黒髪の、美少女と言っていい外見である。 そんなのに迫られたら、妹があらぬ誤解をしかねない。「冷たい事言わないで、ねぇ。私が繰り返してきた中で、初めてあったオ・ト・コ・ナ・ノ♪」「テメェ! その鹿目まどかとやらの前で、同じ事を言って見せろよ?!」 沈黙。やがて……「セクハラには気をつけなさい『魔法少年』。愚か者相手に、私は手段を選ぶつもりは無いわ」「テメェが抜かすなぁああああああああああああああああっ! あと手段は選べええええええっ!!」 しれっ、と元の調子に戻りやがって。 これじゃ俺がバカみてーじゃねーか、まったく。……いや、馬鹿なんだけどよ。「おら、とっとと、そこの栗鹿子喰ったら出てけ。俺と沙紀の二人分しか晩飯は無ぇぞ! それともオメーを俺らの晩飯にしたろか!? 見滝原のサルガッソー舐めんなよ!?」「お茶が無いわね」「っ……沙紀、もう一杯淹れてやれ」「はーい」 そして、俺は豚の生姜焼きに取り掛かる。本当は、スライスの豚肉をショウガダレに漬けておきたかったのだが、それもパス。 味噌汁と同時並行で、何とか20分以内にデッチアゲた。 で……「……なんだ、まだ居たのか? メシは二人分しかネーぞ!」「……いえ。お菓子、美味しかったわ。じゃあね」「おう、用がすんだら、トットと出てけ出てけ! あと、部屋に武器返しておけよ! ……ああ、それと。どうやって来たかは知らんが、念のため帰りは『地面を歩いて帰れ』」 立ちあがった暁美ほむらの腹がキュルキュルと鳴ってるのをガン無視して、俺と沙紀は遅れてしまった夕食に取り掛かった。 ……本日の成果:なし。 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。 ……グリーフシード:残14+1。 本日の料理:豚の生姜焼き、味噌汁、ご飯。 デザート:なし(栗鹿子、消滅)。