使い魔の攻撃を回避しながら、私は盾の中の砂時計を動かす。「時間……停止!」 諦観の魔女『コキュートス』。 ……氷の柩のような魔女は、自信は身動きせず、それそのものは脅威ではない。 だが、『使い魔が凶悪過ぎた』。 和紙の切り紙で作った紙芝居の世界のような結界の中。 下手な魔法少女よりも早い『新撰組のような羽織』を着た、『ソウルジェム狙い専門』の高速型の使い魔を無数に展開し、さらに『檻のような攻撃を展開する』使い魔を用い、こちらの動きを止めて来る。 そして、彼女を『一撃で』倒し得る武器は……ただ、一つ。「眠りなさい……御剣沙紀」 そう呟いて、私は日本刀……玄関先に転がっていた『兗州虎徹を、氷の柩に突き刺した』。 かつて、御剣家『だった』、無人の家……そこに隠されている『魔法少年の武装の数々』を、私は今度のループでも引っ張り出した。 結局、何がどう変わったのかは、正直、私にも分からないが。 あの時聞いた『自衛官の娘さん』の話が、耳に残っていたのだ。「それにしても……」 最初、『あの闘いで、御剣颯太が仕掛けようとしていたモノ』の計画書を見た時は、本当に御剣颯太の頭の中を、疑ってしまった。 ……なんなのだろうか? 迫撃砲の大量使用だとか、タンクローリーで特攻とか、工場をワルプルギスの夜ごと爆破とか、C-4を大量使用した爆縮レンズの中に、ミサイルを使って叩きこむだとか。 正直、『正気の沙汰とは思えない』攻撃手段ばかりだ。「……確かに、最終手段ね、これは。 ワルプルギスの夜は倒せるかもしれないけど、こんな事、安易に出来るワケが無い」 とりあえず、計画書もストックに入れておく。 それに、扱いに苦慮する武装も、かなりあった。 例えば、最終戦の時、彼が肩で担いで、両手で支えながら振りまわしてた、巨大なガトリング砲は、反動が激しすぎて、私には扱えそうに無かった。 ……元々、魔力量そのもののキャパシティは、御剣沙紀のほうが上だし、ましてソウルジェムの二個併用なんて、ありえない真似をしていたのだから……と、思っていたのだが。「しかし、どういう事なのかしら?」 手にした斬魔刀……だと思っていた兗州虎徹は……実際には『何の魔力も無い、普通の刀』だった。 最初は、『否定の魔力』を扱える武器だと思っていたのだが、時間停止から魔女を斬ってもごく普通だし、試しに自分の腕を軽く傷つけてみたのだが、問題なく治癒してしまった。 どうやら、これは魔女『コキュートス』……御剣沙紀の成れの果てにのみ有効な、キーアイテムでしか無いらしい。 ……これは、少し、考察する必要がありそうだ。 どうやら、私は御剣颯太に関して、『何かとんでもない間違い』をしていたのかもしれない。 彼も『考えろ』と言ってくれた事だし。 暫く思考にふけるのも、悪くは無い。 まず……何度も繰り返したループの中において、彼と遭遇したのは『あのループ一度きり』だったという事だ。 それ以外のループでは、『全ての御剣颯太が『死』という無念の涙を飲んでいる』。 私が『同じ時間を繰り返しているのではない』のではなく、『並行世界をやり直してる』だけなのだとしたら…… ふと、その時、昔見た映画を思い出した。 『無数の並行世界で、唯一の存在』。 つまり……「『ザ・ワン』……なる、ほど。強いわけだわ」 彼は、『後を託す存在』に、異様に執着していた。 誰かの日常を守り、誰かを生き永らえさせる。平和を守り続ける。それが彼の願いだったのならば、それも当然だ。 『全ての並行世界の御剣颯太』は……おそらく『家族を守れる、正義の味方で在ろう』と願ったのだろう。 だとするなら、彼が起こした『本当の奇跡』は、『並行世界の自分自身への、力の継承』だったのではないだろうか? 死の間際、自らの無念の後を継ぐ者。自らの過ちを伝え、修正するに相応しい者。 ……つまり『並行世界の自分自身』。 そうだとしたら、彼が背負った、途方も無い因果の総量にも、魔法少女ならぬ魔法少年としての『素質』にも納得が行く。 私が時を、何度も繰り返しているように。 『無数の御剣颯太の屍と失敗の上に』、あの世界の御剣颯太が存在していたのだ。 何しろ、『並行世界の自分自身が、かつて体験した記憶や体験を』を、呼び起こしながら物事を学習してるのであろうから、それならば、『万能の天才じみた存在』にもなろうし、男性でありながら魔法少女と同等以上にも渡り合える事にもなろう。 私が繰り返してきた時間遡行の回数は、125回以上……あの映画よりも恐ろしい存在と化していても、不思議ではない。 ……だが、妙だ。 彼は、生身の状態では、極度に脆い、普通の人間だった。……何故? だが、それもすぐに納得が行った。 彼は自分自身を『普通の無力な男だと、極度に自戒していた』……つまり、彼が自分自身に、極度に強力な『自分は普通だ』という自己暗示を、常にかけ続けていたのだ。 だから『魔法少女の力を借りるか、信じ続けてきた愛刀を使うか』しか『自分自身にかけた暗示を解く事が出来なかった』。 もしくは、危機的状況下の爆発力という形でしか、発揮出来なかった。 何しろ、佐倉杏子の精神攻撃に耐え抜いたり、生身で魔女の口づけを耐え抜いたなど、精神面ですらも普通ではない。 斬魔刀云々に関しては、おそらく『彼自身の魔力』が、一般的な魔法少女には『観測不能な否定の魔力』だという事が、誤解を加速させてしまったのかもしれない。 ……そういう意味で、御剣沙紀が斬魔刀をコピーしていたのは、ある意味正しく無い……いや、象徴だから正しいのか? 微妙な所だ。 よくよく考えてもみれば、彼はあの時『ただの木刀で』、巴マミのリボンを斬ってのけていた。最初は純粋に彼の技量なのかと思っていたが……どうやら、考えを改めなければならないようだ。「『並みの』魔法少女が、勝てないわけだわ。 ……まったく」 そして、この推察が正しいとするならば、あの世界の佐倉杏子が殺されたのは、ある意味『運命』と言えるかもしれない。 彼女の願いが原因となって、『無数の自分自身の屍を積み上げる事になった』御剣颯太によって復讐の牙を剥かれたとしても……それは誰も押し留める事など、不可能であろう。 因果を糸だとするのならば……佐倉杏子にとって、あの世界の御剣颯太という存在は、文字通り『因果の糸を束ねた、彼女専用の十三階段の首吊りロープ』だったのだ。「……復讐、か」 この、『見滝原の町を壊滅させてでも、ワルプルギスの夜へのリベンジマッチを誓った』御剣颯太の執念たるや……あの計画書を見ても、空恐ろしいレベルである。 そして、彼は……『無数に殺した自分の屍の上に、ようやっと、佐倉杏子とワルプルギスの夜への復讐を果たした』のである。 復讐鬼にして『魔』の断罪者……『ザ・ワン』御剣颯太。 彼の正体を悟った私は、安堵に胸をなでおろした。 『敵対しなくてよかった』と。 何しろ、無限に近い並行世界の『自分自身』を束ねた存在である。幾ら時間停止を持っていたとしても、本当に『何をして来るか分からない』し、殺したら殺したで『何が起きるかも分からない』。「本当に……喰えない奴だったわ」 そう呟いて、私は立ちあがろうとし……ふと、思いなおした。 果たして、『あれが最後の御剣颯太だったのだろうか?』……キュゥべえは『彼の素質は伸び続けている』と言っていた。 つまり、『御剣颯太は、別の世界で、まだ死に続けている』という意味ではないか? あの段階で、あれだけの魔法少女、もとい魔法少年の素質を持っていた彼が……言い換えれば『素質だけで闘ってきた』彼が、『もし、もっと強力な存在になってしまったとしたら?』 キュゥべえ……インキュベーター……直訳で『孵卵器』。 ある意味、人間の少女を卵に見立てれば、『魔法少女として孵化させて』、『魔女になるまで育てている』という見方もある。 ならば……人間の少年だった彼が『自力で魔法少年に孵化してしまった結果』、彼は一体『何になってしまうのだろうか?』 『無数の御剣颯太の怨讐』の染みついた御剣颯太だが……あの時間軸の彼個人は本懐を遂げたとしても。 果たして彼に力を継承させた、無数の屍となった御剣颯太が、『それだけで納得するだろうか?』。 ……いや、これ以上、考えても仕方のない話だ。 どちらにしろ、御剣颯太と私が関わる事は、ループの最初に武器を調達する以外に、最早、ありえないと言ってもいいだろう。 もし、彼と関わるなんて事があれば……それは、また私の『膨大な失敗の結果』という事になる。 そうなる前に、私は、まどかを救いださねばならない。『そんな事があってはならないし、そこまで間違えたくも無い』。 そう考え……ふと、思う。「あのループは『ボーナスゲーム』……だったのかしら?」 何故か……本当に何故か、どのループでも御剣家の入口に兗州虎徹が落ちており、それを利用し、かつ時間停止の能力を以ってすれば。 魔女『コキュートス』……御剣沙紀のなれの果てを斃す事は、決して難しい事ではない。 だが……「よぉ、イレギュラー♪」 ひょっこりと顔をのぞかせたのは、佐倉杏子だった。「何か御用?」「いや? ただ、『あたしの縄張りで』何をしてたのかなー、って」「……別に、大した事ではないわ」 と……「そうかい? だけどさ、アンタ度胸あるねー。 ここが、『お化け屋敷』だって……あんた知ってたのかい?」「お化け屋敷?」「そっ。 ここら一帯さ、元々、色々物騒な噂のある奴の、縄張りだったんだけどさ。 そいつの家が、あの家だったのさ。 魔法少女相手の、トラップの専門家みてーな奴でさ。『魔法少女を仕留める落とし穴の底に、魔女を飼ってる』なんて噂まであったよ」「あ」 そうか。 御剣颯太が『魔女の釜』に至る発想の原点は……最初は単に『檻』の能力を利用した、『家を守るための罠』だったのか。 そして、そこで『気付いた』……グリーフシードの再処理と再利用の可能性に。「どうした?」「いえ、別に……興味深いわね。話を続けて頂戴」「ああ。まあ、色々と、財宝ため込んでるだの何だの、噂が立ってさ。 そんで、あの家を調べようと、魔法少女が何人も入って行ったんだが、全員生きて帰って来やしねぇ。 余程手ごわい魔女が『お化け屋敷』の中に居るんじゃないかと、踏んでるんだが……外に出て活動してる様子も無いしな。 結局、放っておいたんだが、そこに来て、アンタがあらわれた、と。 ワルプルギスの夜の前に、肩慣らしにアンタと組んで、お宝探しでもしようかなー……って思ったんだが、どうやら先越されちゃったみたいだな」「そうね。とりあえず、中にある『財宝』は頂いたわ。有効に使わせてもらうつもり」 実際、ループのたびに自衛隊や米軍基地だのに忍び込むより、余程効率的に活動が出来るようになった。 これまで来れなかった場所、行けなかった時間にも、進めるようになった。 皮肉だが……『彼の残滓』に、私は助けられている。「そうかい。まっ、それはあんたの取り分だ。好きにしなよ。 ……ま、あたしの縄張りだし? 残ったモノくらい漁っても、バチは当たらないだろ。 魔女も消えたんなら、暫く寝床にでも使わせてもらおうかな」 呑気な事を言う佐倉杏子に、私は内心、苦笑した。「好きになさい。 でも、魔法少女には……特に佐倉杏子。『あなたにはお勧めはしない』わ。 ……『幽霊に取り殺される』わよ」 げっ、という顔で、ドン引く佐倉杏子。「なっ……なんだよ、『出た』のかよ、やっぱ? 魔女とかじゃなくて?」「ええ。怨念まみれの亡霊に『祟り殺されても構わない』と言うのなら、墓暴きでも何でも好きになさい。 私は警告はしたわよ」 そう言って、私はその場から立ち去る。「……今度こそ。必ず……」 私は、まどかを救ってみせる……必ず!