「……もう、魔法少女は、私たち二人だけになっちゃったみたいだね」「うん……」 御剣沙紀。 美樹さやか。 二人は、苦い笑顔を浮かべあった。 インキュベーターと御剣颯太との死闘は、苛烈を極めた。 それは、陰謀戦であり、経済戦であり、直接的な戦闘もあり……そして、ある時。 御剣颯太は『壊れた』。 『暴走した』と言い換えても、いい。 『ザ・ワン』として覚醒し、最早、神々にも等しい力を振るう彼を押し留める事は、どんな魔法少女にも不可能だった。 あまつさえ、彼は宇宙の彼方のインキュベーターの母星にすら現れた。『僕らの星を助けてほしいんだ!! ミツルギハヤタという『感情の怪獣』が暴れ回って、困ってるんだ!! 宇宙の危機なんだよ!』 数多の魔法少女たちに懇願するキュゥべえ……インキュベーターに対し、答える者は絶無だった。「一つ聞くわ、インキュベーター。 もしあなたたちが、『この宇宙と関係の無い存在』……例えば、神様だとしたら、あなたは宇宙を救おうと考えた?」 御剣沙紀の質問に、インキュベーターは答える。『もしそうだとしたら、僕たちが救う理由なんて、あるわけないじゃないか。 でも、実際に僕たちはこの宇宙で暮らして……』「それだけで十分よ。 私たち魔法少女が……『人間がインキュベーターを見捨てる理由は、それだけで十分よ』。 『因果応報』という言葉を知りなさい、インキュベーター」 既に、彼の闘いは、多くの者が知る所となり、そして……インキュベーターは『星ごと御剣颯太に滅ぼされた』。 かつての彼の願い通りに……宇宙から、永遠に。 そして……地球に、否、数多の『魔法少女が存在した星』全てを回って、地球に帰って来た御剣颯太によって『地球でも』魔女と魔法少女たちの阿鼻叫喚が始まった。『インキュベーターを許さない』『魔女を許さない』そして……『安易な奇跡に縋る、愚かな魔法少女を許さない』 そこに居たのは、『魔』という存在そのものに対する、憤怒と断罪の阿修羅。 魔女も魔法少女も関係なく。 完全な『機械』と化して、『魔』に関わる存在全てを、無差別に殺戮していく御剣颯太に、全ての魔女が狩り尽くされ、魔法少女も狩り取られて行く。 絶望を否定したい余り、彼は……『希望』や『救い』すらをも、否定してしまっていた。「『ザ・ワン』か……師匠って、ホント、とんでもない人だったんだね?」「『人間の感情』を、キュゥべえが理解出来てれば……ううん、お兄ちゃんとキュゥべえが対立しなければ、こんな事にはならなかったのかもね」 見滝原郊外の原野。 二人は待ち続けていた。 かつての兄を。かつての師を……。 地球に。この宇宙に残った、最後の魔法少女、最後の希望として。 『阿修羅と化した彼を、死を以って救うために』 それは、魔女化した魔法少女を元に戻す術が無いように。 御剣颯太も、既に『手遅れ』の存在になってしまっているのだ。「来たよ」「うん」 やがて、現れる御剣颯太。 既に、半ば以上に『概念化』が進み、『宇宙の法則』へと『成り果てようとしている』彼だが。 恐ろしい事に、魔法少女や魔女以外には、一切の被害が無い。 そして、地球は回り続ける。宇宙も回り続ける。奇跡も魔法も関係なく。世界は回り続ける。 既に、効率は劣るものの、熱量死を回避する手法は、『感情を持つ』別の宇宙の種族が、開発したらしい。『ザ・ワンを生み出してはならない』『インキュベーターに任せたまま、このような悲しい結末に至った事を、我々は反省せねばならない』『地球の魔法少女たち全てに、そして、『ザ・ワン』となってしまった御剣颯太氏に、心より謝罪したい』 そのメッセージが、宇宙の数多の種族より寄せられ、魔女と魔法少女のシステムは、この時間軸において永久に封印される事になった。 その禁忌を犯し続けてきたインキュベーターに、御剣颯太という『断罪の刃』が下ったのは、ある意味、当然の結果だった。 だから……「師匠……もう、いいんだよ。 キュゥべえは居ない。魔女も居ない。馬鹿な魔法少女たちも居ない。あとは……あたしたちだけだよ!!」「お兄ちゃん。安心して……お兄ちゃん一人を、こんなさびしい世界に、独り置き去りにしたりなんて、しない!!」 そう言って、御剣沙紀は、ある魔法少女から受け取った『黒い爪』を展開する。 速度低下……今も昔も、御剣颯太の最強最大の武器は、その『速度』だ。 故に……まず、その武器を殺さない事には『闘いにすらなりはしない』。「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」 狂戦士の咆哮……並みの魔法少女ならば、その怨嗟の声に、あっというまにソウルジェムを濁らせてしまう程の、怨念が籠った咆哮を、二人は涼しげに受け流した。 百戦錬磨。 かつての師、巴マミや、佐倉杏子、あるいは……暴走する前の、御剣颯太をも。 文字通り、遥かに超える魔法少女に、二人は成長していた。「行くよ……師匠!」 美樹さやかの剣に、御剣颯太が兗州虎徹で答える。「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」 かつての師を救うために。かつての弟子を殺すために……師が、弟子が吠える。 凄烈に、無数の斬撃が繰り返される。 無論、それだけではない。 『ザ・ワン』としての数多の魔力を駆使して、かつての弟子を追い込もうとするが……「させないよ! お兄ちゃん!」 後方に下がった、御剣沙紀の『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』から展開する、数々の能力が、それらを相殺していく。 最後の魔法少女たちにして、最強の魔法少女タッグ。それが、御剣沙紀と、美樹さやかのコンビだった。 それを以ってしてもなお……「っ……!! この……このっ、分からず屋ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 機械は迷わない。止まらない。 咆哮はただ、怨嗟のみで、そこには意味は無い。 速度低下の影響下でありながらも、なお……今の御剣颯太の剣閃は、美樹さやかよりも『速い』!「『あたしたちと、一緒に行こう』っていうのが、分からないのかよぉぉぉぉぉぉっ!!」 感情の爆発。美樹さやかのソウルジェムが、ひときわ凄烈に蒼く輝く。 徐々に……かつての弟子が、師を圧倒し始める。(……いける……) そう確信した、美樹さやかの剣が翻り……「もらったぁっ!!」 師の左腕に……剣を扱う者の基本軸となる腕に走る一閃。 高々と舞う、御剣颯太の……『ザ・ワン』の左腕。 そして……美樹さやかは、『御剣颯太の右手でソウルジェムを握り砕かれ』、その場に倒れ伏した。「っ……!」 『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』 ……かつての師の教えを、今際のきわに美樹さやかが思い出したかは分からない。 だが、これで……勝負は、ほぼ、決した。 決してしまった。 それでも……「まだまだぁっ!!」 彼女の兄は。死んだ美樹さやかの師は。 『諦める』という言葉は教えて居ない。 『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』を展開、最大効率と最大運用で、ザ・ワンと化した兄を……御剣颯太を攻撃!「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 怨嗟の咆哮。 『否定の魔力』によって、偽りの願望『全てが打ち消される』。そして…… パキィィィィィン!!! 御剣沙紀のソウルジェムに、右手で握った兗州虎徹が一閃。 ここに……『全ての絶望と、全ての希望が、消え去った』。 奇跡も無い。魔法も無い。希望も、絶望も無い。 残ったのは……『現実』のみ。 そんな世界の中、原野に立ちつくした御剣颯太に……『ザ・ワン』に、一つの奇跡が起こった。 涙。 一筋の涙が、彼の頬を伝う。そして……咆哮をあげるあけだった、彼の口が。 『今この時以降、魔女も魔法少女もインキュベータも存在出来ない』という、完全に『無意味な概念と化す直前に』 一言……望んだ。「殺して……くれ……」 叶わない願い。叶わない望み。 無意味な音として、それは見滝原の原野に響き…… 彼は、死より悲惨で、誰にも無意味な概念として、『神』へと成っていった。