「うーっ、この並行世界は、『ちょっと』苦手だなぁ……」 全ての宇宙、全ての時間軸の『神』に等しい概念となった、鹿目まどかだったが。 ……正直、この並行世界の『ある時間以降』に『のみ』に君臨する『神』は、苦手としていた。 無論、神……概念としての『格』には歴然の差こそあるものの。 彼女が司るのが『慈悲』と『救済』ならば、その『神』が司るのは『憤怒』と『断罪』だ。『相性が悪い』というより『完全な対極の存在』なのである。 例えるなら……同じ会社でも『入社数年で肩書だけ地位の高い、本社勤務のエリートの若造』と『現場のアルバイトから叩き上げで出世してきた支店長』の差、であろうか? 概念としての地位は自分が圧倒的に上でも、だからといって軽視できる相手ではない。 だが、それでも。 不完全ではあっても、一部ではあっても、『彼が魔法少女を必至に救済し続けていた』事実に、変わりは無い。 増して、親友である美樹さやかに関しては……最終的に、彼が手にかけてしまったとはいえ、ワルプルギスの夜を超える事すらも出来たのだ。 彼が……彼こそが『彼女の親友を救い得る』唯一の存在。 だからこそ……「助けなきゃ……『私しか、彼を救えない』のだから!」「よぉ、まどか……遅かったじゃねぇか……それとも、『早かった』の、かな? 時間の概念なんて、完全に狂っちまったからなぁ」「杏子ちゃん?」 『そこ』に居たのは、佐倉杏子。 残留思念となってなお……彼は。御剣颯太は、彼女を『解放しなかった』。 彼の悲惨過ぎる結末を。自分の祈りが犯した罪を、『佐倉杏子の残留思念は、余すところなく見せつけられた』。 それが、『憤怒と断罪の神』と化した、御剣颯太の裁きだった。「あいつさ、スゲェんだぜ……『あんたがこうなる事を』予言までしてたんだ。 『暁美ほむらが居れば、いずれあの子は気付くだろう。そして、この方法に思い至るはずだ』ってさ。 それで、自分は色んな魔法少女を『魔女の釜』を使って、色々恨まれながらも救ったんだよ。最後まで、キュゥべえに対抗しようとして闘って、さ。 ……そんで、ブッ壊れちまったんだ……」「そんな……」「あいつさ。 弟子と妹が『師匠なら、このアニメのまどかみたいになれるんじゃありませんか?』って言ったらさ、何て言ったと思う? 『なんで? 俺が? お前らのような? クソ馬鹿な? 魔法少女共を? 助けるために? 死ぬより悲惨な? 『神様に』? ならなきゃ? ならんの? 『正義の味方』だって、イッパイイッパイなのに?』だって。 ……二人の頭にアイアンクローかましながら、お説教だよ。 『俺が尊敬する魔法少女は、巴さんだけだ』って言いながらね。 あいつはさ……本当に、本当に……『普通の男』だったんだ。 だから、こんな結末、想像もしてなかったし、『自分の中に秘められたモノがある』なんて、想像もしてなかったんだ」「っ……」 鹿目まどかの胸に、その言葉が突き刺さる。 自分は、運命に翻弄されながらも、全てを承知で、この道を選んだ。 だが、御剣颯太は、こんな結末を望んでいたのだろうか? 目の前のモノ、目に見えるモノを救おうとして救い続け、闘い続け、多くを救えない事を自覚しながら、それでも必至に生きた人間。 その挙句に、与えられたモノが『正義の味方』という呪いであり、まして『神』……しかも『無意味な神』として、永遠に概念として生きるなど。悲惨にも程が無いだろうか?「頼むよ……あたしからも頼む! 魔法少女の神として管轄外なのは、分かってる。 だけど、あいつを救ってやってくれないか、まどか! あいつの人生は、あたし含めて、魔法少女の玩具にされたようなもんだよ! 悲惨過ぎるよ! 可哀想過ぎるよ! あたしの親父なんかよりも、よっぽど救われないよ、あいつ!!」「分かってる。そのために、私は『ここ』に来たんだから! 救わなきゃ。魔法少女の管轄外だけど……やっぱり放っておけない。 魔法少女が夢と希望を司る存在ならば……それの『盾』となって、現実の因果を受け止め続けた、魔法少年の彼自身だって、夢と希望なんだから!」「何しに来た? 鹿目まどか……慈悲と救済の女神よ」 『そこ』に座っている、御剣颯太……憤怒と断罪の神に睨まれ、鹿目まどかは……慈悲と救済の神は、引きつった表情になる。 左腕が無い。全身、顔まで傷だらけ。 右腕だけで、抜き身の兗州虎徹を肩に担ぎながら、黒いダンダラ羽織姿の御剣颯太が、問いかける。 分身でしかない自分と、神そのものの本体である御剣颯太。 『この状態ですら』どちらが格上かといえば、自分なのだが……正直言って、怖い。おっかない。 カミナリ親父を前にした、子供の気分。……怒った時のママを前にしてるようだ。 でも、彼を救うためには、躊躇ってはいられない。「あなたを……魔法少年を。魔法少女として、助けに来ました」「失せろ。 俺に……『魔法少女様に』救われる資格は無い。救うべき存在は、他にもっとあるハズだ」 そっけない言葉に、鹿目まどかが問いかける。「あなたは……自分が救われたいとは思わないのですか?」「思わん。 俺は咎人だ。咎人には『裁き』が必要だ。それは『俺自身も例外ではない』。 言ったハズだ。 『知らなかったでは済まされない』と……安易な救済や慈悲に、何の意味も無い。 知ろうともしない。理解しようともしない。無知を言いわけにし、無理解を肯定する輩を、俺は許す気は無い。 それは『俺自身も例外ではない』」「それは……」 分かっている。 慈悲や救済だけでは、人は進歩しない。 時には、鉄拳をもって、暴力をもって断罪をせねば、人は前に進めない。 事実、彼の司る宇宙は、二十一世紀以降は、魔女も魔法少女も存在せずインキュベーターも居ないが、それなり以上に発展していっている。 人類が宇宙の他の種族と、積極的な交流を果たすのも、時間の問題だろう。 そして……自らに都合のいい、奇跡や魔法のシステムに、再び手を出そうとした、傲慢で無知な者には『容赦なく御剣颯太という、断罪の刃が下る』。 それが、『颯刃の理』……この小さな世界の絶対法則。 だが、だからこそ……「もう一度、やり直したいとは思いませんか?」「思わん。結果がすべてだ。それは、俺の信念に対する冒涜だ」「誰かを救いたいと、思いませんか?」「俺が救える者は救った。あとは知らん」「誰かに話を聞いてもらいたいとは、思いませんか?」「自分のしたことの言いわけに、ベラベラ回る舌は持ってない」 とことん、無骨で不器用な返事しか返してこない御剣颯太。「では『人として、死にたくは、ありませんか?』『人として生きたい』とは……思いませんか?」「っ!!!」 その質問に、初めて。 御剣颯太の表情が、変わった。「別に。地獄というなら、現世もココも、大差はあるまい」「では、問い直します。 ……『愛する誰かと、生きたい』とは、思いませんか?」「冴子姉さんとなら生きた。沙紀となら生きた。そして俺が殺した。それが全てだ」「……さらに、問い直します。 『家族以外の愛する誰かと、共に過ごしたいと思いませんか』? 『家族を増やしたい』とは、思いませんか?」「っ!! その『愛する誰か』を手にかけた俺に、その資格は無い!」 溜息をつく、鹿目まどか。 ……最後の手段だ。「では、『約束を果たそう』とは、思いませんか?」「!?」「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。 あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』 御剣さん。 あなたは魔法少年として魔法少女と『果たしていない約束』が、まだ一つ、残っていたハズです」 それは、最後の心残り。 それは確かに。 概念と成り果てた今でも、御剣颯太の心に刺さり続けた、一本のとげ。「そして……そしてまた、俺に魔法少女を殺させようというのか? 沙紀や巴さんや馬鹿弟子を含めて。全ての魔法少女を? 随分と残酷な慈悲だな」 と……「『殺させません』 御剣さん……『御剣さんは、魔法少女を手にかけたりはしない』。 あなたがこの宇宙を明け渡してくれれば、私はそんな世界を……御剣さんの人生を、約束します」 真剣な目で見る、鹿目まどか。 だが……「それは、つまり…『俺が何も救えない』事に、変わりは無いという事か?」「いいえ。『御剣さんが救ってきた魔法少女たち』は、全員救えます!」「つまり、『俺が殺してきた魔法少女以外の人間は、俺が手にかける事は確定している』という事だな?」「っ……それは……」 躊躇う鹿目まどか。「自惚れるな、鹿目まどか。 正直に吐け。 『お前は魔法少女となった親友を救いたかった。でも出来なかった』……だから俺に縋ろうというのだろう?」「っ……!!」 心の内を見透かされて、戸惑う、慈悲と救済の女神。 それは暗に。 ……神としての自分の無能を、指摘されたようなモノだから。「何故、お前が親友を救えなかったか、分かるか?」「えっ? そっ……それは……」 分からない、という表情を浮かべ、戸惑う鹿目まどかに、御剣颯太は無言のまま立ち上がる。「ついてこい。 俺の管轄する『宇宙』を見せてやる。それが答えだ」 その宇宙には、魔獣は居なかった。魔女も居ない。その代わり、奇跡も魔法も存在していない。 宇宙全てに存在する全ての人々は、己の中の呪いを、己の内で処理する術を、自然と心得ていた。 己を信じるよりも、他人を信じ、信用と信頼とで人々が結ばれる関係。 『みんなが見ている』『恥ずかしい事は出来ない』『泣きたくなるけど踏みとどまる』 逃げ出したい。忘れたい。目をそらしたい。 でも……『それは許されない』世界。 争いは、ある。 闘いも、ある。 誤解も、すれちがいも、苦悩も、苦痛も。 だがその一方で。 平和も存在し。 安寧も存在し。 愛も、友情も、喜びも、確かに存在していた。「分かるか? これが『現実』だ。 確かに宇宙が始まったのは、一つの『奇跡』かもしれん。 だが奇跡というのは、一度起こってしまえば、あとは『結果』でしかない。 そこを受け止めて、どう進んで行くか。 『もう一度、奇跡や魔法』に縋るか、それとも『それを元手に自分の足で立って歩くか』。 それは、人として大きな違いでは無いのか?」「っ……それは……」 甘えるな。甘やかすな。 暗にそう言われている事に、鹿目まどかはたじろいだ。「『自分を信じて』無謀な行為に走る魔法少女を、お前は引き止めなかった。 最後まで『希望を信じて』暴走する魔法少女を留めなかった。 確かに、『魔法少女は絶望しては居ない』。 だが、その結末に至ってしまった責任は? お前は、『救おう』とするばかりで、『導く』事をしなかった。 親友と共に泣く事は出来ても、親友に手を上げてでも、間違ってる事を間違ってると言えなかった。 結局お前は、『魔法少女を救う』事は出来ても、『世界を救う』事が出来なかったのは、それが原因だ。 奇跡と魔法によって成った、魔法少女の救世主(セイヴァー)よ……それがお前の『限界』だ。 憶えておくがいい」「っ……………!!」 遥かに格上の『神』に対しても、この御剣颯太という『神』は……隻腕の憤怒と断罪の神は、全くの容赦が無い。 間違ってるモノは、間違ってる。 そう叫び続け、闘い続け……ついには、全てを否定して、『神』に至ってしまった男の言葉だけに。 その言葉は、真実を貫いていた。 あらゆる神々が、この男を敬遠したがるのも、分かる気がした。 本当に、容赦が無いのだ。色々な意味で。自分自身にすらも。 だから……「分かりました。 だから……『私に出来ない事』を、御剣さんに、お願いしたいんです。 一個の魔法少女として、一個の魔法少年に」「……それは、俺が管轄する宇宙を、放棄してでも、か?」「はい! 魔法少女としての、私のワガママです!」 ……そして、再び睨まれる。「救えぬ者は、救えぬぞ? おまえが完璧ではないように、俺も完全ではない。 むしろ、お前よりも極端に色々なモノを欠いている存在だ」「構いません! 御剣さんが救えなかったモノは、私が救います! だから……これは、取引です! 私は御剣さんを信じます。だから……御剣さんも、私を信じていただけますか?」「お前は親友を救いたい。俺は約束を果たしたい……なるほど、『俺個人にとっては』悪くは無い取引だ。 だが、それは、俺が管轄してきたこの宇宙を『無かった事にしろ』と言ってるに等しいのだが? 必至になって、現実と向き合って生き続けてきた、俺も含めたすべての人間……いや、生き物たち。それを含めた、冒涜ではないか?」「それも含めて、私が救います! 責任は……責めは、私が負います!」 その言葉に……御剣颯太は、深々と溜息をついた。「俺は……今の俺は、お前が取ろうとしている方法が、『大体読めている』。 だが、そんな事が可能なのか? 出来るのか?」「やります! やってみせます!」「『その方法』は、俺に断る必要もなく、お前には可能だったハズだ。俺以上に力はあるのだから。 ……何故、ここに来た?」「それは……その。 今、自分でも気付いたのですが……一方的な『助けてあげる』という救済では、救われない。 多分、御剣さんは、そういう人だから……だから、『筋を通しに』来たんだと……思います。 その……自分でも、自信が無いんだけど」 そう言われて……さらに、深々と御剣颯太は、溜息をついた。 ……まったく、こいつは……『こいつら』は……この魔法少女という存在は……「……貰い過ぎだ」「え?」「お前は人が良すぎる。いや、『魔法少女は全部、いい奴過ぎる』奴らばっかだ! はぁ……まったく! 放っておけるかってんだチクショウが!」 そう言うと……御剣颯太は、『神となって初めて兗州虎徹を鞘に納める』と、鹿目まどかに跪き、それを差し出した。「不肖、御剣流師範、御剣颯太。魔法少年として、七生を以って、御身、御守護を勤めさせていただきます。 ……悪魔の俺を、今更、現世で踊らせようってぇんだ! 下手ぁ打つんじゃねぇぞ? 女神様ヨ!」 そう言って。断罪の神ではなく、魔法少年の不敵な笑顔を、鹿目まどかに御剣颯太は向けた。「っ……はい!! 私に出来ない事……よろしくお願いします!」