「あんっ、あんっ……西方さん、西方さぁん!!」 ……まーたやってるよ…… 僕……御剣颯太は、師匠……西方慶二郎の住まいである安アパートの一室の前で、中からその……まあ、なんだ。男女の交わりといいますか御乱行といいますか。まあ、そんなのの音を聞いていた。 ほんとーにトンチキ師匠だよなぁ……でも、剣の腕前が抜群なのは事実だし。 一升瓶……たまたま、クジが当たった焼酎『森伊蔵』を抱えながら、僕はアパートの外で、師匠の御乱行が収まるのを待っていた。「おう、馬鹿弟子! 遅かったじゃないか! それよりどうだ、当たったか?」 どっかの商売女か何かか……そんなわきゃないだろう、金、無いし。 じゃ、浮気の人妻かな? が気絶して同衾した状態のまま。 師匠は素っ裸で俺を手招きした。「当たりましたけどね……師匠。 50過ぎてアル中で、よくもまぁ、これ以上女抱いて酒飲もうなんて思いますね!?」 僕の溜息に、師匠はヒラヒラと手を振る。「いや、何な、ガキを作れと言われててなぁ……魔女に」「……『魔女』? ですか?」 まーた始まったよ。師匠のホラ吹き話が。「おう! 何でもな、『魔女の釜』をこねくり回しながら、悪魔と契約してうん百年うん千年生きてるっていう魔女だって触れ込みでな。 当時、わしゃあ縁が合ってな、その魔女の暮らす家の護衛についたんじゃよ♪」「……はあ?」「でっかい家でなぁ……しかも、その家の一族全員が、その魔女の子孫だというんじゃ! 何でも、世界を裏から支配する一族とか、どーとか言うとったなぁ……」「はいはい、で?」 テキトーにいつものホラ話を聞き流す。「うむ。で、な。襲ってきた暴漢の銃弾斬って、脳天カチ割ってやったら、何故かエラくその『魔女』に気に入られてな……ま、とんとん拍子に押し倒して、こう、シッポリとな♪」「……やっちゃったんですか? 魔女と?」 とりあえず、『銃弾斬った』の下りは疑いようが無い。実際見てるし。 ……問題は、このトンチキ師匠が、『魔女と同衾した』という下りだ。 アリエネー……と言いきれないあたりが、この師匠の怖い所で、壮大過ぎるホラ話が、たまーにマジだったりするから油断出来ないのだ。しかも、大概、ロクでもない方向で。 魔女云々は兎も角、おそらく、えっらーいお金持ちの、やんごとない人と『寝ちゃった』んだろーなー、とは、予想がついた。「うむ、イイ女じゃった♪ 『蒼い宝石のかんざし』をつけた、泣きぼくろが印象的な女じゃった……ワシがこの年になるまで抱いた女の中でも、一番の女じゃったよ」「はぁ?」 布団の中で別の女寝かせといて、よーくそんな話が出来るもんだ。この人は。「そんでな、護衛契約の期限が切れた日に、その女がワシを引きとめたんじゃよ。 何でも、『悪魔を斃す正義の味方になってくれ』だとか何だとか……わしゃ、ただの人間じゃから無理だと言うたら、『では、せめて子子孫孫に悪魔を倒せる者が現れますように』って……なんか、祈ってくれたらしい」「はぁ?」「そんなわけで、わしゃ子作りに励んでおるのじゃ。あ、御苦労。酒、もらい」 そのまま、コップを掴むとドプドプとプレミアつきの焼酎を注ぎ、カッパンカッパンと水感覚であけていく師匠。 ……ほんと、ロクデナシだー!「で、その後どうなったんです?」「うむ。あの抱き心地が忘れられず、腹が減ってメシをタカるついでに行ってみたら、建物丸ごともぬけの空になっておってな。 ……本当に魔女の家だったんじゃなぁ、あそこは」 遠い目でホラ話をつぶやく師匠。 ……この人って、ほんと、こーやって他人を煙に巻くのが好きだよなー。 と。「……あ。 そーいや、お前、『家族を守れる、正義の味方になりたい』とかヌカしておったな?」「ええ、まあ。そうですが?」 でなけりゃ、アンタと関わり合いたいなんて、思うワケ無いじゃん。「よし、お前に『いいモン』くれてやろう。ワシが、その『魔女から貰ったモノ』じゃ。チと来い♪」 なんだろうか? また、どっかの曰くつきのガラクタか? 持ってるだけでトラブルを呼びこむよーな、あぶねーアイテムか!? 以前、『呪いのペンダント』なんて貰った時は、色々と洒落にならなかったけど。 ……中に金庫のカギが入ってて、それがヤクザの……いや、よそう。 もう頭痛のする事件だったし。あれは忘却の彼方に葬り去りたい。「よし、目を閉じろ」「嫌です」「……チッ」 その手は喰うか、このトンチキ師匠め!「まー、なんじゃ、ワシは子供も身内もおらんしな……お前でええじゃろ。先もそんな長そうにないし。 その『魔女からの授かり物』くれちゃるわい」「何なんですか?」「うむ、『力の継承』だとか、どうとか言うておったな。 生まれてきた赤ん坊に『こうしろ』と……」 そう言って、師匠は僕の額に手を当て……瞬間的に、僕は意識を失った。 そして、目が覚めてみると……「あっ、あっ、あっ、あのトンチキ師匠ーっ!!」 素っ裸で、身ぐるみ剥がされて、見滝原森林公園の中に僕は居た。『とりあえず、なんか勝手に気絶したんで、財布と服は貰っといた。ありがたく飲み代に使わせてもらう。 by敬愛すべき師匠より』「ぐわああああああっ、また騙されたーっ!!」 張り紙をびりびりと引き裂きながら、僕は空に向かって絶叫した。