僕、御剣颯太、小学四年生。 ごく普通の、どこにでも居る小学生……だと思うんだけど。『少しだけ』普通の人とは違う特技がある。 『霊感』とでも言うべきか? 『幽霊』が見えるのだ。 勿論、そんなのと積極的に関わろうとは思わない。僕は元々、争いごとは嫌いなのだし、君子危うきに近寄らず、だ。 ……まあ、それでも、関わらざるを得ない事って、あるんだけど。例えば、今のような…… 父さんの仕事の都合で、都内から見滝原に引っ越して、一週間。 馴染めない僕らを遊園地に連れてってもらったものの、閉園間際に家族とハグレてしまい……同じようにハグレて泣いてた女の子と、一緒に迷子センターに行こうとした時の事だった。 僕の目の前に、『幽霊』が一匹現れた。 手には、買ってもらったばかりの正義のヒーローの玩具の刀だけ。だが……「なに? なんなの……?」 怯える女の子。 見えているのか、いないのかは分からないが、嫌な気配だけはするのだろう。「大丈夫だよ。『一匹程度』なら、僕が『何とかする』から……」「え?」「怖いの怖いの……どっか行けぇっ!!」 玩具の刀に『力』を込めて、斬りつける。それで……『幽霊』は消え去った。「すごい。正義のヒーローみたい」「あ、君……『見えちゃった』の?」「え、うん……」「そっか、じゃあ……もう大丈夫。だから……『怖いの怖いの、忘れちゃえ』」 彼女の頭を、軽く撫でてあげる。「……え? あ……あれ?」「迷子センター、もうすぐだよ?」「う、うん……あの、何かあったの?」「何でも無いよ。『何も無かった』」「う、うん……」 そう言って、僕は、名前も知らない女の子の手を引いて歩く。 ……僕は正義のヒーローなんかじゃない。 そりゃあ、最初はいい気になって『幽霊』退治とかしてたけど、ある日、酷い目に遭って大けがをしてしまい……父さんと母さん、冴子姉さんにまで泣かれて、『本当に大切なのは家族なんだ』と知ったからだ。 それに、友達は全然『幽霊』とか、見えないみたいだし……まあ、結局、僕は普通の男の子でしか無かったのだろう。 ちょっと変わった特技を持ってる。それだけの……タダの男の子だ。 結局、迷子センターには、僕の家族と女の子の家族が待っていて、僕と彼女……巴ちゃんは、シコタマ泣かれたり怒られたりした。「じゃあね、バイバイ!」「バイバーイ!」 手を振って別れ……彼女とは、それっきりだった。「はっ、颯太……」「お兄ちゃん?」「……はっ、はっ、はっ……」 家の外で大雨の降る中。 家の中では、階段の下で動かなくなった、父さんと母さん。 その僕の後ろで、沙紀と姉さんが、怯えながら抱き合って立ちすくんでいた。「うっ……うええええええええっ!!」 木刀を放り出し、僕はその場で胃の中のモノを、全て吐きだした。 中学一年のこの日。 僕は、家族を守るために、師匠から学んでいたハズの剣で、父さんと母さんを殺した。「怖かったんです……死ぬのが……怖くて……」 警察で涙を流しながら、僕は全ての事情を説明した。 父さんと母さんが、新興宗教にハマって、家が傾くほどの多額の寄付をしていた事。 その新興宗教の教祖様が、発狂し、首を吊った事によって、後追い自殺の一家無理心中をしようとしたのを、習っていた剣術で、父さんと母さんを殺して、沙紀と姉さんを守った事。 警察の人は、僕に同情してくれて、カウンセラーの人を寄こしてくれた。 家庭裁判所でも、緊急避難と正当防衛は立証され、僕は無罪になった。 でも、僕の手には……父さんと母さんを、殺してしまった剣の感触は、しっかりと残ってしまった。 父さんと母さんに連れられ、最初、その教会に連れて行かれた姉さんと僕と沙紀だったが……正直、僕は、その言葉を聞いても納得が出来なかった。 確かに、そこの神父様が言ってた事は、立派だった。筋道も通り、間違った事は何一つ無い。 でも……だからこそ『何かが間違ってる』。そこまで考えた時に、一つの結論に思い至った。 ……ああ、要するに。 『正しすぎて、胡散臭い』のだ。 数学の数式のように、論理立てて説明されるからこそ、納得が行く人は納得してしまうのだろう。 だがそれは、あたかも新聞やニュースやその他、情報媒体から切り抜かれた情報を、繋ぎ合せて綺麗に纏め上げたような。そんな『血が通わない言葉だけの理屈』なのだという印象を、僕は、その神父様の言葉から受け取った。 だからこそ『変だよ』という違和感を口にした時、沙紀と姉さんは納得してくれたけど……結局、僕は父さんと母さんに、とても怒られたので、あえて僕は黙ってた。 『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』というのは、僕に剣を教えてくれた師匠の言葉だった。 姉さんや妹と一緒に不良に絡まれてた所を助けてもらい(後で知ったのだが、酔ってムカついたので暴れただけだとか)、その場で弟子入りを志願したのだが……はっきり言って、あの人の行動は滅茶苦茶だった。 『頭にヤのつく自由業』の人に喧嘩を売り、チンピラを叩きのめし、大酒をカッ喰らい、飲む、打つ、買うの三拍子。 はっきり言って『悪い大人の典型例』と言うべき存在だった。 ご立派な神父様とは対極の存在。 始終、煙管を咥え、妖しい丸眼鏡をかけた、はっきり言って胡散臭いオッサンとしか言いようが無い、常時酔っ払いスメル全開の怪人物。 だけど、その『剣』は本物だった。 剣道の真似事をしていた僕だけど、そんなルール化されたスポーツではない。 本物の実戦がどういうものか。それを生き延びるにはどう闘うべきか。 師匠の教えは『剣』という一点にのみ、全くの嘘が無かった。否、最早、『剣術』という枠からも外れたモノだったと言っていい。 何しろ、『鉄砲があれば鉄砲を使え』という、宮本武蔵の『五輪の書』を、地で行くような剣術だったのだ。 柔術、喧嘩術、投擲術。その他諸々エトセトラ……今思えば、小学四年生から中学一年までの間、本当に、よく辞めなかったもんだと思っている。というか、僕が剣術を辞めない事に、師匠のほうが気を良くして、だんだんエスカレートしていったんじゃなかろうか? 『お前に剣を教えるだけで、美味い酒が飲めるからな。優秀な馬鹿弟子が貢いでくれる酒ほど、美味いモンは無いわい、かっかっか』 などと笑いながら、師匠に剣を習いに行くたびに束収(月謝)として持っていった、一升瓶の日本酒を傾けながら、師匠は笑っていた。 で。 そんな風に、四年間、剣を習っていた師匠も、一ヶ月前に、ポックリと死んでしまった。 ボロアパートの畳の上で、最初はいつも通り寝ているのかと思ったが、苦しんだ様子も無く、ストン、と……死んでいた。 師匠は、全く身寄りのない人だったハズなのだが、姉さんや父さん母さんと相談をして『僕が喪主として葬式をする』と言った途端に、日本の各地から、色んな人が葬儀に参列してくれた。 ……まあ、集まってくれた人の顔ぶれは、色々と推して知るべしなのだが。ボコボコにされた『頭にヤのつく自由業』の方々から、飲み屋のおっちゃん、ママさん、その他諸々が大部分だったが、中には、警察の偉い人だとか、剣術家だとか、政治家とその秘書だとか。刀鍛冶の刀匠という人まで居たし、現役の自衛官……しかも習志野のレンジャー部隊で隊長をやってるって人まで居たのだから、驚きだ。 『人間とタバコの価値は、煙になってみるまで分からない』 師匠の言葉だったが、まさにそれを体現してるとしか言いようのない、参列者の顔ぶれだった。 中には、剣術家の人に『御剣颯太、良い名前だね。西方さん最後の弟子、早熟の天才児の噂は聞いてるよ。どうだい、ウチの道場に来ないか』などと誘われたが……流石に、丁重にお断りした。 『……本当に、何者だったんですか、師匠って?』 などと参列者の方々に問いかけても、周囲の人たちの評価もまた、メチャクチャだった。 ある老剣士の人は『ワシが殺すべき終生のライバルだったんじゃ』などと泣きだし、ある人は『借金の貸主じゃい!』といきり立ち、ある人は『私と将来を誓った人だったの』だとか……もう評価がバラバラで『何者』という括りでは捕えようが無かった。 ただ、一つ。 はっきり分かったのは『デタラメに喧嘩と剣術が強くて、滅茶苦茶な行動を取り続けてた酔っ払いの人』という結論。 ……結局、今まで通りで、何も分からずじまいで、とりあえず『ああはなるまい』という決意だけは、変わらなかった。 さて。 そんな僕たち兄妹だったが、最初にまず、変な借金取りがやってきた。 法外な金額で、見滝原に住み続けるなんて、まず不可能で、家と土地を売るしかない。 そもそも、こっちに来たのだって、父さんの仕事の都合だし、僕たち三人兄妹に見滝原に住み続ける理由なんて、ドコにも無かった。 だが……父さんの親戚の荒川の伯父さんも、柴又のおばさんも。母さんのほうの、江戸川のオバチャンや、御徒町の親戚も、僕たち兄妹の受け入れには、渋い顔をしていた。 ……無理も無い。 父さんや母さんの説得のために、伯父さんや叔母さんたちが、わざわざ東京から見滝原まで来て、どれだけ万言を費やしても、父さんと母さんは意見を変えなかった。 その挙句の果てに無理心中をして、姉さんと、僕と、沙紀の面倒を見せられるなんて……虫がよすぎるにも程がある話しだ。 さらに、悪い事が重なる。 沙紀の奴が、心臓病で倒れたのだ。 手術には漠大な費用がかかり、どんなに治療しても後遺症は残るだろう、という事だ。 そして……『お金が……お金がありさえすれば、いいんですね!?』 お医者さんの説明に、冴子姉さんが、真剣な顔をしてうなずいていた。『黄色い羽根の共同募金にお願いします~』 道端で募金箱を抱える、裕福そうな子供たちの姿に、僕は殺意を抱いていた。 ……その呑気な顔で抱えてる箱の中を奪って、借金の返済に充てるべきではないか? ボランティアだの何だのの下らない自己満足なんかより、本気で苦しんでる僕たち兄妹こそが、その施しを受けるべきなんじゃないのか? 師匠から習ったのは、剣術だけではなく、体術も含まれる。素手でも、今、この場でこいつら全員を血の海に沈め、募金箱を奪って逃走する事は、ワケの無い話しだった。 だが……『おめーなぁ? 自分がどんな金持ちだろうが、不幸な身の上だろうが、それを理由に『他人を不幸にしていい権利』があると思うなよ? そーいう事すっとな、まず最初に自分自身がドンドン不幸になって行くんだぜ? 俺みてーに』 酔っ払いながらの師匠の言葉が、耳の中を駆け巡り、僕はそれを思い止まる。 ……思えば、方便とはいえ、師匠が言ってる事そのものは、間違っちゃいない事が、多かった……気がする……たぶん。行動はデタラメだったけど。「っ……うあああああああああああああああっ!!」 ヤケクソになり、僕は壁に拳を叩きつける。 誰かを不幸になんてしたくない! でも、誰かを不幸にしないと生きて行けない! 世界はとことん不条理だ。都合のよい奇跡も、魔法も、この世にありはしない。 そして、僕たちのような一家は、世間にはどこにでもある話なのだ。そんな事をしたって、僕は犯罪者になるだけで、誰も同情なんかはしてくれない。 きっと、僕も、沙紀も、姉さんも。バラバラになって暮らす事になるだろう。 『兄妹三人一緒に』なんて経済的余裕のある家なんて、そもそもウチの親戚には誰ひとりとしていない(そもそも、ウチの一族は、みんなそんな裕福ではない)。 まして、沙紀のような重度の病気を抱えた子供の面倒を見れる家など……あるわけがない!「……どうすりゃ、いいんだよ!」 膝を突いて、涙を流していると……気付くと、女の人が立っていた。「どうした、少年。そんな所でピーピー泣いて」 スーツをばりっと着こなした、キャリアウーマン風の女の人が立っていた。「……襲おうと、思っちゃったんです。あいつらを。でも、出来なくって」 募金箱を抱えて、呑気に募金を呼び掛ける彼らを見ながら、僕は彼女に説明した。「穏やかじゃ無いな。何があった?」 思わず。僕は、その女の人に、事情を話した。……師匠の言葉で思い止まった事まで。「そうか……立派だぞ、少年。あんたの師匠は、立派な人だったんだな」「立派な人じゃないですよ。本当に……酔っ払いです。ただの」「何を言う、少年! 例え酔っ払いのタワゴトでも、今、君を止めたのは、間違いなくその師匠の言葉だ! その自殺した偉そうなナントカっていう神父様よりも、君にふさわしいのは、その師匠だったんじゃないのか?」「っ!!」「いいか、少年。『誰かを導く』っていうのは、物凄く責任が伴うんだ。 そんでね、そのお師匠様は、少なくとも、どんな窮地に追い込まれても、無意味に他人を傷つけない『君』という立派な弟子を育てたんだ。 だったら、師匠に恥じない生き方を、してみろ! 師匠の言葉を『酔っ払いのタワゴト』にするか、それとも『道を示す教え』にするかは、君の行動次第だ!」 力強い女の人の言葉に、僕は涙を流しながら、恥じ入る。 ……そうか。僕は……ただ、師匠に剣を教えてもらってたんじゃないんだな。 と、その女の人は懐の財布から、一万円札を取り出して、僕に押し付けた。「っ……あっ、あの……」「それで、美味しいモンでも兄妹三人で食べて、落ち着いてよーっく考え直しな。君なら出来るハズだ! じゃあな、坊や」「あっ……あっ……ありがとう、ございます……」 膝を突いて涙を流しながら。 僕はその人のくれた一万円札を両手で握りしめて、祈るように膝を突き、涙を流し続けた。「よし!!」 僕は、その足で家に帰った。 そうだ。ピーピー泣いていても、現実は変わらない。だったら、現実を変えるように行動するまでだ。 差し当たって、親戚を訪ね歩き、沙紀の面倒を見てくれる家を探そう。僕は、住み込みでアルバイト出来る場所を探すべきだろう。それならば、見滝原でも東京でも、どこでも構わない。そして、最後に姉さんの事を、別の親戚に頼むべきだ。 そう考えていたが……「!?」 なんだろうか? 家が……何かおかしい。 見滝原が開発される前からあった、二階建ての古くて狭いオンボロ中古の一軒家(というか、元は倉庫)である我が家の一階部分が、おもいっきり膨らんでいるよう……な?「ただい……うわあああああああああああああああああっ!!」 玄関を開けた瞬間、何かが雪崩てきて、僕はそれに巻き込まれた。 それが……一万円札の束だと知った時は、本気で呆然となったし、それが家の奥まで続いてる状態なのを知って、本気で何かこう……狂った冗談を見ている気分になった。 ……まさか? まさか? もしかして、『僕の家がお金に占領されちゃっている』のか!? 今にもテレビ局が『どっきりカメラ』なんてカンバンを出して、やってきそうだが……今日び、テレビ局だって、こんな我が家みたいな不幸のどん底を、物笑いの種にしようとは思わないだろう。 何しろ、ありふれ過ぎて、視聴者からクレームがつく事、間違いなしなのだから。……新聞もテレビも、彼らはいつだって風見鶏のイイカゲンな事しか言わないのは、よーく分かってるし(そもそも、ニュース番組に『スポンサー(出資者)』とかって言ってる時点で、スポンサーに不利な情報を、流すわけがない)。 と……「たーすーけーてー、はーやーたー」「ちょっ……姉さん! 何!? 何なんだよ、これーっ!?」 『お金は大切に』などと教わってきたが、最早、細かい事を言ってる状態ではない。 福沢諭吉の海を泳ぎながら、何とかかんとか居間だった場所に辿り着くと、札束に埋もれた姉さんが、逆さまになってジダジダとあがいていた。……スカートが開きっぱなしのパンツ丸出しで。「って……何なんだよ、その格好!!」 どうにかこうにか。 家の外まで引っ張り出した姉さんの姿は……その、スカイブルーを基調とした、ヒラヒラのついたチアリーダーのような『魔法少女』としか言いようのない姿だった。「えへへ、ビックリした?」「ビックリした、じゃないよ!? 本当に何なんだよ、これ!?」「いや、その……一千億は、流石に多すぎたかなー、って。一兆円って頼んだんだけど、大体一千億くらいしか素質が足りなかったみたい」「素質? 何言ってるのさ、姉さん!? ワケが分からないよ!!」 とりあえず、夜中だった事が幸いして、我が家の玄関の前の札束雪崩を目撃される事は無かったが、それでも放置していい問題ではない。「とっ、とりあえず、二階は大丈夫なの?」「うっ、うん! そこまではいってない! ソウルジェムに収納し切れなくて、溢れた分だから」「そうる? まあいいよ、とりあえず、この玄関閉じて、溢れた札束を袋にでも入れて、二階に担ぎこもう!!」 そう言って、僕は倉庫から、清掃に使うビニール袋を持ってきて、札束をソコに放り込みはじめる。パンパンになった袋は、結局雪崩た分だけでも、十個くらい出来た。 ……本当に、何かが狂ってる気がしてきたが、細かい事を気にしてはいられない。「梯子、取って来るね」「ううん、大丈夫……お姉ちゃんに任せて! とう!!」「!!?」 一万円札の札束の入ったビニール袋を担いで、サンタクロースよろしくジャンプで二階のベランダまで飛ぶ姉さん。 ……な、なにがあったんだ!? 姉さん、本当に!? が……「あ、あれ、ちょっ、袋、袋が破ける!! たーすーけーてー、はーやーたー!」「わああああ、抑えて! 下を抑えて姉さん! 今あがる!」 結局。 どうにかこうにか、お札を撒き散らさずに、玄関の雪崩た札束を、朝までに二階に回収できたのは、本当に幸運だったと思った。「……つまり、この『得体のしれない変わったギョウ虫』と契約して、魔法少女になった、と?」「うん、そう! そんでね、悪い魔獣を懲らしめるの!」 我が家の二階で、得体のしれないマスコット然とした珍獣の耳(?)を掴んで振りまわしながら、僕は姉さんに問いなおした。 どうも胡散臭い。宇宙がどうだとか、エントロピーがどうだとか。だが、つまるところ……「姉さん、それってさ。どー考えても、傭兵契約じゃないの?」 どうも、僕にはアフガンだの何だのの物騒な紛争地帯で活躍する、傭兵……今では企業化してPMC(民間軍事会社)だとかって呼称になってるが、そういったモノにしか思えなかった。「ま、まあ……そうとも言えるような言えないような」「ちょっ、ちょっと待ってよ! 何で姉さんがそんな事をしなきゃ行けないのさ! っていうか、僕に指摘されて、今、気付いただろ!?」「だっ、大丈夫よ、多分! だって、私、『魔法少女』なんだから! さっきも見たでしょ?」「やめてよ、姉さん! だからって、こんな大金、必要無いよ!」 少なくとも。玄関で雪崩を起こして二階に回収した分だけで、借金返して、沙紀の治療費賄えてしまうだろう。 それほどの大金である。「あのね、願い事は一回だけ、って決まってるみたいなの? だから、思いっきりふっかけちゃったんだけど……一兆円は無理だったみたいなのね。ぎりぎり一千億だ、って……キュゥべえが言ってた」「そんな、命に値段つけるような事をしなくたって、いいじゃないか!」「だって、勿体ないじゃない? 一回しか頼めないんだったら、借金返しただけなんて物凄くもったいなくて。 それに、他に方法なんて、私思いつかなくって……」「……だからって、アレは無いと思うよ……」 階段の下。完全に福沢諭吉で埋まった一階部分を前に、僕は頭を抱えていた。 もう、何というか……はっきり言って、一億や二億どころではない狂った桁の福沢諭吉の札束の量に、見てて気持ちが悪くなっていた。 ……さっきの女の人がくれた一万円札で涙した事が、馬鹿みたいに思えてくる。ホント、何なんだろうか? 奇跡も魔法も存在するのは理解したが、目の前に展開する光景が、気持ち悪過ぎて不気味ですらある。 と……「ううん、実はね……ソウルジェムに『入り切らなかった』分が、アレなの……」「……は?」「これのあと数倍くらいかな? ソウルジェムの中に『お金』あったりするんだよね。一千億の札束って具体的にどんなだか、考えてもいなかったわ」 その言葉に、僕は本気で目をまわして、その場に倒れ込んだ。「……姉さん?」 夜遅く。 帰ってこない姉さんを心配して、外に出る。 本当は護身用に木刀でも持ってくるべきだったが、あれ以来、トラウマになって剣が握れなくなってしまったのだ。 ……まあ、徒手空拳でも、何とかなるだろう。多分。「姉さーん、姉さーん、どこー!?」 探し回りながら、家の周囲を探し回る。 ……たった三人、残った家族。絶対に失いたくない。 しかも、魔法少女なんて傭兵と一緒の、危険な仕事じゃないか! どんだけお金があって、あったかい布団で寝れるようになったって、姉さんが帰ってこない生活なんて、何の意味も無い!「姉さー……ん? なっ、なんだよこれ……」 世界、というより、空間。それに、瘴気とも言うべき気配が漂い始める。『僕にはおなじみの気配』。 ……そんな中……「やぁっ、とぉっ、よいしょーっ!!」「……………姉さん?」 そこに居た姉さんは、過剰装飾された金属バットを手に、檻のようなモノをひっぱたいていた。 ……正確には、檻を透過してバットが振るわれてるので、『檻の中の生き物』と言うべきか?「なっ、何やってんの!?」「えっ、颯太!? どうしてこんな所に!?」「姉さんがいつまでも帰ってこないから心配したんだよ! それに、これは『何』!?」「何って……魔獣退治」「魔獣……これが、魔獣?」 どう見ても、檻の中の生き物は『幽霊』です。本当にありがとうございました。 ……じゃなくって!「って、いつまで叩き続けてるのさ!?」「えっと、夕方から……ずっと」「……つまり、何? 延々と半日叩き続けてた、の!?」「う、うん。実は、お姉ちゃん、そんな攻撃能力は高く無いんだ。 『檻』の中に一度捕まえちゃえば、どんな魔獣も反撃できなくなっちゃうんだけど、倒すのに手間取っちゃって」 姉さんの話を聞くと。 どうも、姉さんの能力は『癒しの力』と『魔獣の捕獲』に特化し過ぎていて、攻撃能力が絶無に等しいようなのだ。 だから、捕まえた『魔獣』は、魔力を付与した金属バットをぶんぶんと振りまわして、叩きつけるしかないらしい。「つまり、このバットを使えば、僕でも倒せるわけだね? ……貸して」「えっ、ちょっ、颯太!」「いいから、貸して!」 そう言って、僕は金属バットを正眼に構え……反射的に、その場で膝を突いて、ゲロを吐いた。「颯太!」「っ……うえええっ!! 大丈夫! 大丈夫だ、姉さん!!」 そうだ。ゲロなんて吐いてる場合じゃない! 何のために僕は、あの酔っ払いの師匠から剣を学んだんだ!「僕は……僕は、沙紀と姉さんを守るんだあああああっ!!」 気合いと共に振り下ろした金属バットが、魔獣を一撃で四散させた。「……すごい。颯太、今、なにやったの!?」「何、って……師匠に教わった通り、正しく『剣』を振り下ろしただけだよ」 剣術の基本動作。 振り上げ、振り下ろす、面打ち。 正しく力を込め、正しく振り下ろす。ただそれだけの事。「あれだけ叩きつけても堪えなかったのに、颯太の一発で何で……」「……さあ? 僕が剣士だからじゃないの?」 僕は、本当のところを空っとぼけた。「それより、姉さん。姉さん、『魔法少女』なんだよね!?」「え、うん、そうよ」「だったら、僕も闘う! 魔法少女……いや、魔法少年! そう、僕を姉さんの魔法少年にしてよ!」「えっ、えっ……えええええ!?」 目を白黒させる姉さんの手をしっかりと握ったまま。 僕は姉さんに真剣な目で迫っていた。「颯太」「何だい、姉さん?」 ある日の食事の席で、姉さんに尋ねられた。「颯太ってさ、好きな子とか、いるの?」「ぶっ!!」 僕は味噌汁を吹きだした。「ないないないない! そんな子、いるわけないじゃないか!」「そう? 私と共同戦線を張ってる魔法少女たちから、結構、好意的な目で見られてるの、知ってる?」「知らないよそんなの! ……僕が大切なのは、家族だけなんだから」 あくまで、僕は魔法少女たる姉さんの相棒(マスコット)であり、その意味ではキュゥべえと変わらない。 助言もすれば、無謀な行為に引き留めもする。 違いがあるとすれば、一緒に闘ってるか、闘ってないか。それだけだ。『しかし……御剣颯太。君は本当に、何者なんだい? 女性でもないのに僕が見えて、あまつさえ魔獣退治までしてのける。僕と契約したワケでもないのに、確かに魔力を持っている。 ……しかも、その魔力係数や総量が『全く読めない』んだ……言わば『見えない魔力』なんだよ、君の魔力は。 僕たちには、本当に謎の力なんだ。しかも、因果の量もハンパじゃない……そこらの魔法少女なんて、そこのけだよ』 キュゥべえの疑問に、僕は答える。「知らないよ! 僕はただの男の子だ! 大体、『幽霊』……というか、魔獣退治なんて、僕はしたくてしているわけじゃない! 疲れるし。無駄だし。危ないし。 ……まあ、僕たち一家を、大金で救ってくれたのは、感謝するけどさ。今度は税金関係で大騒ぎじゃないか。 僕がどんだけ、必死になって、会計だの税金の申告だの、学ぶ羽目になったか……」 本当は、資金洗浄だとか色々やっているのだが、それはここでは秘密である。(少なくとも『法に触れる手段では無い』とだけは明言しておく)『それに関しては、君のお姉さんに文句を言うべきで、僕にどうこう言われる話じゃない無いね。僕は願いをかなえただけだ』「うぐ……」 そりゃそーである。本当は借金返して、沙紀の治療費払える分だけでよかったのに。 ……まあ、それをきっかけに、新しい家を買ったり、色々世の中の仕組みだとか何だとか、マスター出来たから良かったのかもしれないが、ほんっとーに泣きたくなるくらい大変だったのだ。 中学生に複式簿記だとか、何だとか、まあ諸々……そのお陰で、学校の成績もウナギ登りで、私立の高校の推薦が貰えそうだ、という話になっていた。恐らく、高校受験はそう苦労する事は無さそうだ。 人生万事、塞翁が馬……とはいえど。 この世界、魔法少女同士の横のつながりというのは、あるわけで。 そんな中に、男の僕が入って行ったらどうなるでしょう? はい、『みんなのマスコット』、もしくは『玩具』状態でゴザイマス。 ……正直、その、困っているのだ。 僕は女の子に合わせた、気の利いたトークが出来る人間じゃない。 ずっと男友達と馬鹿やってきた身で、下ネタトークだの何だの、男向けの話はしているが……そんなの女の子がドン引きするに決まってる。 結果、『よろしくお願いします』くらいしか言えず、あとはスプリング刀……兗州(えんしゅう)虎徹を持って、姉さんの影に立って控えているだけ。 戦闘になれば前に出て色々口出しはするけど、あとは挨拶くらい。 それがまた……なんか魔法少女の女の子たちの、ヘンな妄想を掻き立てるらしく。 キャアキャア騒がれて、正直、頭痛の種なのだ。「『うちのキュゥべえと取り換えて!』なんて言われた時は、びっくりしたなぁ……お前、『世界に何匹居るんだ?』」『たくさん、とだけ言っておくよ』「……傭兵募集の、営業セールスマンみてーだな……」『否定はしないよ。救おうとしてるのは宇宙だけどね』 ……ま、利害は一致してるわけだし、いいか。今のところ。 正直、こいつの言語道断な契約の手法に(しかも、クーリングオフが無いと来た)腹も立てたが……まあ、背に腹は代えられなかった事は、事実だ。 御剣の家は、元々、臥煙の家系だし。 受けた恩も恨みもキッチリ返すのが、僕や師匠の流儀である。 ちなみに、臥煙っていうのは……その……なんだ。ぶっちゃけて言うなら……ヤクザ。任侠なのだ。 といっても、今の『暴力団』とは、ちょっと性格が違う。 江戸時代……いや、明治から戦争直後までは、結構、残っていたのだが。 『ヤクザじゃなければ勤まらない仕事』というのは、結構、社会にあったのである。 例えば、僕のご先祖様の町火消しなんかそうだし、岡っ引き……犯罪を取り締まる銭形平次の親分なんかも、実際ヤクザだ。清水の次郎長の親分なんかは、明治に入って警察のような事もしたらしいし。 中には、全身刺青をしたまま、政府の大臣にまで上り詰めた豪の者まで、実際に居たそうな。 ついでに言うなら、手のつけられない暴れ者を、ヤクザの家に行儀見習いに行かせるなんて事も、昔はけっこーあったらしく。 ……そりゃ、そーだ。そこらのチンピラよりも『礼儀正しい分オッカナイ』んだから。ヤクザって。 ミカジメだとか、ショバ代だとか、そーいったのは、そういう組織が『いざという時に自分たちを守ってくれる』という前提のモトに成り立っていたのであり、そういった風に『ヤクザが社会を支えるシステムの一端を大きく担っていた時代も』確かに『あった』のだ。 ……あくまで『あった』。過去形ね。 そういう意味で、日本のヤクザというのは、イタリアのマフィアなんかの発祥に、近いモノがある。 もっとも、ウチは明治だか大正だか……ともかく、消防のシステムが社会に確立すると、僕のご先祖様は、すっぱりと組織を解散させた。 『最早、ウチの組は世間様に必要無い。カタギとして皆、生きるのだ』と言い切って。 結構な大組織からも、一目置かれる立派な親分だったと聞くが、そんなものに未練無くあっさりと御先祖様は職人になり……そして、現在の僕らに至るわけである。(ちなみに、引っ越す前は父さんも含めて、一族全員、地元の消防団に所属していたのは、その名残だ)。 まっ、それは兎も角。「でっ、本当は誰が好きなの? 巴ちゃんあたり、どう? 紹介するよ?」「姉さんっ!! イイカゲンにしてっ!!」 激怒の余り、ガンっ、とテーブルを叩いて、僕は絶叫した。 ……ほんとーに女って生き物は、何を考えているんだか、さっぱり分からん。「姉さん! 姉さん! しっかりしてよ! 姉さんっ!!」 偶然、出かけた旅行先で……たまたま、魔獣の群れと遭遇した僕らは、必死になって闘った。 結果……僕は助かった。 だが、姉さんは……「行かないでよ……姉さん! 僕を……僕を、置いて行かないで……姉さん……姉さん、姉さぁぁぁぁぁぁん!!」「んっ……颯太……」 と……その時。 幻覚、だろうか? いや、僕は魔獣の幻覚系には、何故か極端な耐性がある。 だとすれば、これは現実か?「女神……様?」 神々しい、とでも言うべきか? 女神様が降りてきた途端、黒く染まっていった姉さんのソウルジェムから、濁りが全て吸い出される。 それと同時に、苦悶の表情だった姉さんが、穏やかな表情に変わり……そして、ソウルジェムが消滅。『御剣颯太……君』「っ……はい?」 女神様に声をかけられ、僕はためらった。『魔法少女を、これからも守ってあげて。 そして、愚かな魔法少女を……少しだけ、許してあげてくれないかな?』「っ……はい! 約束……します! 女神様!」『うん……約束だよ、魔法少年』 そして……気がつくと。 姉さんは……姉さんは、俺の腕の中で、死んでいた。「っ……姉さん……姉さん……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」「……キュゥべえ」『何だい?』 同じ、魔法少女の相棒(マスコット)に、俺は問いかけた。「俺は……俺は、途方も無い力や素質を持ってる、って言ってたな?」『うん。御剣颯太。君が僕らと契約すれば、神にだってなる事は出来ると思うよ』「神様なんかどうでもいい。姉さんを……姉さんを、生き返らせてくれ! そのためなら、俺はどうなろうが構いはしない!!」『うん、分かった。君ほどの特異な存在だ。さぞかし強力な魔法少女……いや、魔法少年になれると思う。 さあ、契約を……!?』 その時、キュゥべえが改めて戸惑う。「どうした!?」『驚いたよ……御剣颯太。君は……君の魂は、既に『誰か』と契約済みだ』 っ!?「なん……だと!?」『だとするならば、御剣颯太……君の特異な才能も、合点が行く。 その素質を見込まれた君は、おそらく僕らより高次な存在と、既に『契約済み』だったんだ』「なんだよそれ……? 俺は……俺はそんな事、頼んだ覚えは無ぇぞ! 頼むよ! 契約させてくれよ! 姉さんを助けてくれよ!」『それは僕たちにも不可能だ。 おそらく君は、神か何か……そんな『途方も無いモノ』に祝福されて、この世に生まれてきたんじゃないのか?』「知るかよそんなもん! 俺が大事なのは、家族だけだっ! だから助けてくれよ! 誰でもいい、姉さんを、姉さんを……姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」 姉さんの亡骸を抱きしめながら、俺は絶叫した。「さて、と……」 見滝原に帰る、電車の中。 姉さんの骨壷、それに諸々の荷物を抱えながら、俺は電車から流れる光景を、呆然とながめていた。「『正義の味方』なんて……魔法少年なんて、廃業だな……」 少なくとも。 姉さんが死んで以降、俺はこんな世界に、積極的に関わる気は、失せていた。 理由も無い。その動機も無い。 きっと、キュゥべえは、別の魔法少女を勧誘するつもりなんだろうが……正味、俺には『どうでもよかった』。 だって、姉さんが死んだ事で、義理は果たしたんだ。 もう、彼ら宇宙人と関わる理由など、俺個人にはドコにも無い。 ただ、残された沙紀と、俺と……二人で静かに暮らせれば、それでいい。 姉さんの最後を看取ってくれた女神様には悪いが……正直、奇跡も魔法もクソクラエだった。 幸い、姉さんが残してくれた遺産の殆どは、金庫の中だ。 ただの御剣颯太として……今度こそ、剣の世界から身を引き、和菓子を作って、沙紀の笑顔だけのために生きよう。 穏やかに、二人で暮らす。 沙紀のために、どうしても必要な時だけ、俺が剣を握って魔獣を追い払えばいい。『見滝原~見滝原~』 駅を降りる。 荷物を抱えながら、痛む体を何とか動かして……限界を悟り、俺はタクシーを駅前で拾う。「……!?」 家に、だれかいる。 不審に思い、玄関を開けると……「お帰り、お兄ちゃん♪」「さっ、沙紀?」 そこに、予想だにしない、沙紀の姿があった。 そして……もう一人の、知らない魔法少女の姿。「御剣颯太さん、ですね?」「あなたは……?」「巴マミといいます。御剣冴子さんには、色々とお世話になってました」 その話は聞いている。 姉さんの『魔獣狩り』は、何も常時、俺とペアで狩っていたワケではない。 俺の都合が悪い時は、共同戦線を張れる信頼できる魔法少女と共に、ペアで狩りに行く事も、ままあった。 おそらく、彼女はその縁なのだろう。「あのね、お兄ちゃん……えいっ!」 そう言って……沙紀の奴は、『変身』してのける。「なっ! おっ、お前! なんで!?」「あのね……私も魔法少女になったの」 ばっ……「バカヤロウ! 魔法少女なんて、傭兵と変わんないんだぞ! しかも、契約したら取り返しが……」「だって……だって、これしか無かったんだもん!!」「本当です、颯太さん! 『彼女は私と一緒なんです』」 その言葉に、俺は首をかしげる。「っ!? ……どういう、事だ?」「あのね……私、本当は死ぬ所だったの。 お医者さんに余命三カ月って言われてて……」「っ!!」 そんな……じゃあ、つまり!? 沙紀は『魔法少女になるしか無かった』って事か。「でもね……少し、本当に少し、失敗しちゃったの」「!?」「私ね、魔法少女がどういう存在かって、知ってた。 だから、『癒しの祈り』に願いを使うのが勿体ないって思ってて……『別な事をキュゥべえに頼んじゃった』の」「待てよ。それなら、姉さんの『癒しの祈り』で治してもらえば良かったじゃねぇか?」「お姉ちゃんが使ってた『癒しの祈り』程度じゃ、私の心臓は治せないくらい弱っていたの。 何しろ、私自身が魔法少女になっても、魔法とは別で体の治療を続け無きゃいけなかったくらい……本当に弱ってたみたい」「それで……」 最近、快方に向かってきていたとは思っていたが。そういう裏事情があったのか。「で、待て? 『失敗した』ってのは、どういう事なんだ?」「あのね、叶えて貰った願いから派生した能力がね……その、『凄く難しい能力』だったの」「難しい?」 そう言って、沙紀は……『いくつかの能力』を見せてくれた。 だが、それは……「なあ、沙紀。正直悪いんだが、その……俺はそれが『どっかで見た誰かの劣化コピー』にしか見えないんだが?」「正解。 私の祈りはね……『あの日、お父さんとお母さんが何を考えていたか知りたい』っていう、祈りだったの。 つまり、私の祈りは『誰かの願いを知りたいと言う願い』から派生してる、コピー能力なんだ」「それで……でも、それの何が失敗なんだ?」 と……「見て」 そう言って、沙紀の差し出したソウルジェムは、恐ろしい勢いで濁り始めていた。 その末路を……俺は知っている。「なっ! おまえ……あれだけで!?」「そう。 『誰かの願い』って、結局、『他の誰か』には『呪い』でしか無いんだよ。 だから、『願いをかなえる力』っていうのは、本当は自分のために使うのが一番みたい。 あの時、お父さんとお母さんが考えてたのはね……『こんな間違いだらけの世の中で、『正しい教え』の無い世界に家族を残して行けるワケが無い』だって。 ほんと、酷いよね。 確かに、私たちを思って行動してくれたのは分かるんだけど、それが無理心中とかさ……頭オカシイとしか思えないよ、私には」「っ!!」 その言葉に……俺は、強い反発心を憶えた。「沙紀。それは違うぞ。 少なくとも、『行動は間違ってても』『お前の祈りそのものは、父さん母さんの祈りそのものは』『間違ってはいない』」「……お兄ちゃん?」「誰かのために、祈ろうとする。救おうとする。 それはな。『それそのものは』、絶対に間違いなんかじゃ無い! ……御剣家の臥煙の血筋にかけて。歴史にかけて。『数多の鉄火場から人々を守り続けた、ご先祖様にかけて』。 『それは絶対に違う』とお兄ちゃんが言ってやる、沙紀!」「っ!?」「侠に生き、仁を貫き、義に報いる。 それが、我が家の……御剣の家の家訓だ。 沙紀も、父さんも、母さんもな……『間違ってはいない』んだよ。 ただ『正しくは無かった』。 ……それだけだ」「どういう、事なの?」「簡単な事だ。 『間違っていない』という事は『正しい』とは限らない。 Aが間違っていて、Bにしてみたら結果的に酷い事になった。更にCにしてみたら、もっと酷くなった。 『結果だけ見れば』、結局Aのままで居るほうが正しかった。 世間じゃよくある話だ。 自殺した佐倉神父や、父さんや母さん、そして今の沙紀や、キュゥべえみたいな『理屈で全てを考えがちな』人間が、よく陥りがちなパターンさ。 『進化』ってのは不可逆的なモンで、『退化』って概念まで含まれるんだ。『進化と退化は、決して対概念なんかじゃねぇ』のさ。 ほら、よくあるだろ? モヒカン男がバギーに乗ってマサカリ振りまわしてヒャッハーとか暴れ回ってる世紀末救世主ワールドとか……あれだって『未来にあり得る話』なんだぜ? ……それに、人間の行動や感情なんてのは、ある程度までは類推する事は出来ても、結局のところ、最後の最後は理屈じゃあない。 他人の事なんて、俺と沙紀の関係ですら、沙紀が魔法少女に既になっていた事を知らなかったように。 結局は、他人の事なんて、なーんも分かんないも同然なのさ。 それでも、人間は、他の人間を信じなきゃ生きて行けない。 お金なんかは、その象徴だな。 よく、『お金しか信じない』なんて奴はいるけど、お金ってのは、結局、人間しか作れない『人間専用の信用の単位』なんだよ。 『経世済民』っつってな。経済って言葉の語源なんだが……『凡(およそ)天下國家を治むるを經濟と云、世を經め民を濟ふ義なり』。 つまり、まあ……ぶっちゃけて言うなら、『世界を丸く収めるには、無茶でも無理でもお互い信用し合わんようにせんと、どーにもならんぞ』って事なのさ。 だから、『その人間個人の信用』を、無理矢理目で見えるような形にしたのが、『お金』ってわけで……『お金を稼ぐ』って事は『世間のために、こんだけ働きましたよ』って意味でもあるわけだな。……『真っ当に稼いでれば』だけど。 ……そういう意味で、俺としては『道路で空き缶拾うボランティア』なんぞよりも『清掃業者に頼んでプロの仕事で綺麗にしてもらう』ほうが、よっぽど世のためになると思うんだけどね……ま、プロが相手してらんないのは素人がやるしかないんだけどさ。そう言う意味じゃボランティアは否定しないけど、金もらうプロの仕事を無理矢理奪ってまで、成立させるよーなモンじゃないとは思うね、俺は…… まあ、ちょっと話はデカくなっちまったが……そんな風に、人間の世界ってのは、お互いがお互いを助け合って生きて行くようになってる。 じゃあ、何で佐倉神父や父さんたちが、ああなっちまったかってぇと……結局は『自分で自分を救えなかった』からなんだよ。 矛盾してるかもしれないけど、要は『自分で自分を救った上で、初めて人間は他人を救う義務と権利を負えるようになる』のさ。 それが、社会であり、世界であり……まあ、俺らガキが、どんな奇跡や魔法を使って、幾ら背伸びしても立つことのできない『大人』の世界なのさ。 俺はまぁ……そいつを『ちょっとだけ』垣間見ちまったから、分かる。 だから沙紀。話は長くなっちまったが……その、なんだ。 お前の祈りは、お前の願いは『間違っちゃいない!』 それだけは、誇っていい! 要するに、お前の祈りは『お前の実力には、まだ早すぎた』んだよ。 だから、その『難しい力』を『コントロールする実力をつけるまで』。能力の使い方をマスターするまで、お兄ちゃんが守ってやる! 『お前が一人前になるまで、俺がフォローする!』」「お、お兄ちゃん?」 そっかぁ……女神様よぉ……アンタぁ、この事を見越してたんだな? 分かったよ。あんたの言うとおりだ。 魔法少女は……御剣沙紀は、俺が守る!! ……案外、『アンタと契約して』、俺はこの世に生まれちまったのかも、な。「キュゥべえ! 居るんだろ!」『なんだい、御剣颯太。魔法少年は引退するんじゃなかったのかい?』「引退撤回だ! 身内が魔法少女で、俺が闘えるんだ! 『男として家族を守らない理由なんて、どこにもない』だろうが!」『家族……僕らには理解し難い概念だ。でも感謝するよ、御剣颯太。 君自身の戦闘能力は兎も角、『君が居るだけで』魔法少女の損耗率ががっくりと減るんだ。 僕よりも的確なアドバイスをする事もあるしね』「あったりめぇよ! 御剣の家はなぁ、恩には恩で答えるんだ! ……その分、恨みには恨みで答えるがな。 もしテメーの『契約』の裏に、とんでもねートンチキな理屈があったりしたら……」『あったら、何だって言うんだい?』 思いっきり、笑いながら……それでも目だけは笑わず睨みつけつつ。「決まってんじゃねぇか!! NASAからスペースシャトルかっぱらってでも、おめーの星にカチコミかけてやるに決まってんだろーが!」 その言葉に、キュゥべぇが答える。『御剣颯太。君の言葉はナンセンスだ。 だが……君の存在や、君の能力は、得体が知れなさすぎる不確定要素だ。 ……君は、可能な限り、敵に回したくない存在だよ』「おうよ、キュゥべえ! 人間様の事が、ン千年経ってもわからんっつーお前に、特別に教えてやる! 人間の中で、絶対敵にまわしちゃイケネェ存在が、三つある。 『達人』と、『金持ち』と、『キチガイ』……特に『追いつめられたキチガイ』だ。 ……分かるか、キュゥべえ? 今の俺は、そのうち『二っつ』を兼ね備えてるんだぜ?」 お金あるし。 いちおー、剣の腕前はそれなり以上だと自負してるし。 ……今の俺に欠けてる要素としては、『本気のキチガイ』では無いくらいか? 手に負えないの、居るからなぁ……死んだ俺の師匠とか。 クリスマス・イブに、サンタの格好でヤクザの事務所にダイナマイト放り込んだりとか、頭オカシイとしか思えないし。 きっと、今の俺が『達人』で『金持ち』だったのに対して、師匠は『達人』で『キチガイ』だったのだろう。 ……そう考えると、俺って師匠とは別の意味で、オッカネェ存在だよなぁ。『一応、参考にさせてもらうよ。御剣颯太』 そう言って、キュゥべえはちょろちょろと沙紀の周りを走り回る。「そういや、ええっと……巴さん、だったな。 姉さんの、知り合いかい?」「はい。『魔法少年』の噂は、聞かせてもらってました。 その……御剣家の大黒柱だとか」「いや、まあ……結局は、タダの男なんですけどね。 魔法少女とは違う、ちょっと不思議な芸ができるだけのガキンチョですよ」 そう言って、沙紀が出した茶を口にしようとし……「あっ、それ……」「ぶばはぁっ!! さっ、さっ、沙紀ーっ! お前、茶に何を入れたぁっ!! っていうか『茶を何で淹れた』ぁ!?」「え、えっと、水を……天然水を……クーラーの水を」「こーのトンチキがーっ!! 水道の水使えタコスケー!! ……すいません、すいません、すぐ取り換えて淹れなおしますんで、絶対口にしないでください!!」「え、ええ……その、『作る所見てますので』……大丈夫です」 賢明な判断である。「ほっ、本当に申し訳ない! 巴さん! 沙紀ぃぃぃぃぃ! お前、ちょっと後でひざ詰め説教なっ!」「うっ、うにゃあああああっ!! そんな、一生懸命やったのにー!」「やかましい! 客人に茶の一杯も淹れられんなんぞ、御剣の家の恥晒しじゃあっ! あの料理下手な姉さんだって、茶くらいは淹れられたぞ! ……後で、みっちり茶の淹れ方、仕込んでやるからな? 覚悟しろヨ?」「ひいいいい、『鬼いちゃん』フェイスーっ!!」 と……クスクスと笑いだす巴さん。「その、仲がよろしいんですね?」「いや、ほんと……何でか知らんのですが、御剣の家の女は、家事炊事とかダメでね。 オフクロは出来たんですが、結局、何だかんだと俺が台所預かるようになってからは、お察しの状態になっちゃいまして」「はぁ。あ、じゃあ、もしかして……」「家事炊事洗濯含めて、二年前くらいから……かな? 姉さんが魔法少女になったアタリから、全部俺がやってますよ」 お陰で、主夫の称号とスキル持ちでございます。はい…… 湯を沸かし、茶を淹れ……ふと。「そういえば、『沙紀と同じ』とおっしゃってましたが」「いえ、彼女と魔法少女になったキッカケが……」「あ……」 そういえば、魔法少女になったキッカケが、本人の事故だとか病気だとかだというケースって、結構あったと思った。 彼女も、御多聞に漏れず、その例なのだろう。「すいません。失礼しました」「いえ、お構いなく。むしろ、御剣さんのほうが『重たい』と思いますので」「っ!!」 思わず、茶を淹れる手を、止めてしまった。 ……喋ったのか、姉さん。「あ……ごめんなさい」「いえ……あ、あの……その……」 俺は思わず……「怖く、ないですか? 俺の事」「え?」「その……やっぱね。学校で、色々あって。 『自分の親、殺したんだって?』とか『どういう風に殺したんだ?』とか。 『……殺したくて殺したんじゃないよ』って言っても、分かってもらえなくて。 しまいには『正当防衛なら親殺せるのか。羨ましいな……俺も殺してやりたいんだ』とか言われて……一度、キレちゃったんです。 『そんなに、親殺しの剣が見たいのか?』って。木刀持って、教室、血の海にしちゃったんです」「っ! ……ごめんなさい」「いえ、済んだ話です。全員『半殺しで生きています』し、先生もかばってくれたし。 相手の親御さんは、最初、俺を人殺し呼ばわりしてましたけど、その……思わず『もう誰も殺したくないから、俺をこの場で殺してください』って泣きだして、先生と一緒に事情話したら、息子のほうを怒鳴りつけてましたね。 『彼が怒るのは当たり前だ』って。 ただ、やっぱね、事情が事情なだけに、処分は免れなくて。辛うじて刑事事件にはならなかったんですけど、私立の高校の推薦、取り消されちゃったんですよ。お陰で今、推薦で入れるハズだった学校の、受験勉強の真っ最中です。 まあ、成績的に、余裕ではあるんですけどね」 でなけりゃ、旅行に行こうなんて、思いません。「ただ、多分、俺の中に『阿修羅みたいな自分が居る』って思うと、自分でも怖いくらいですから。 だから、その……『俺の事が、怖くないのかな?』って」「えっ、いえ! その……御剣さんって、優しい人だって。魔法少女たちの間では、結構評判ですから」 その言葉に、俺は首をかしげる。「俺が? どうして?」「優しいじゃないですか。 寡黙だけど、その分黙って前に出て、最前線で剣を振るいながらも、頼りないお姉さんに仕えるナイトみたいな人だ、って。 正直、御剣さんの背中に憧れて、お姉さんに嫉妬してる魔法少女、結構居たんですよ?」「俺は……そんなご大層なモンじゃありません。家族が大事なだけの、ただの男ですよ。 それに、正直、家族以外の女の子相手に、何話していいのか分からないのが、本当の所なんです。 さっきも見せちゃいましたが……家族や男友達の前では、本当にガラが悪いですよ? まあ、ナイトというより、侍のほうが近いかもしれませんね。振りまわしてるの、日本刀……からはちょっと外れてますけど。一応、日本刀の範疇……な、ハズだし」 微妙なんだよなぁ……スプリング刀って。 兗州(えんしゅう)虎徹という名前は、元々、太平洋戦争中。中国大陸の兗州という場所に居た、自衛用の武器を持てなかった軍の修理工の兵士たちが、自前で敵襲に備える武器を調達するため、自動車の廃材であるリーフスプリングを日本刀にデッチアゲたのが始まりである。 その刀が大業物の虎徹に近い出来になり、さらに不思議とよく斬れて、それでいて折れず、曲がらず、骨まで叩き斬れるとの評判が高まり、一気に前線の兵士が欲するようになった、という曰くがある。 ……なんでも、普通の鉄で作っても同じ出来にはならず、結果、廃材自動車のリーフスプリングが、各所で漁りまくられる事態になったとか。そりゃ実用重視の戦場刀だったら、刀工のポリシーや都合なんて考えちゃいないよなぁ…… だから、俺の振りまわしている刀は、完全な実戦刀であり、美術品では無い。 ……ついでに言うと、ちょっと法令違反の代物でもある。だから、持ち歩く時は誰かのソウルジェムの中に隠してもらわないといけないのだ。 それは兎も角。「それより、その話をするなんて……よほど姉さんと相性のいいコンビだったんですね?」「え、いえ……相性が良いというか、話が合ったというか。颯太さん以外と組む場合は、いつも私と組んでましたから。 両親が居ない同士、話が合ったといいましょうか」「っ……すいません」「いえ。お互い様です。 それで、その、お姉さんの事なんですが……」「え? 姉が……何か?」 その言葉に、俺が首をかしげる。「沙紀ちゃんの事、お姉さん知ってたんです。癒しの祈りを使って、よく延命措置をしてまして。 その関係上、もうどうしようもないと分かってしまい、沙紀ちゃんを魔法少女にしたのですが……沙紀ちゃんがこんな事になるとは、想像もしてなかったようで」「はぁ……まあ、そうだろうなぁ。俺だって今知って、物凄くショックだったくらいですから」「その時に、万が一、自分に何かあった時、私に『後を頼む』と。『颯太は女の子相手には特に不器用だから、色々誤解されやすいし』って。 ……まさか、こんな事になるとは、想像もしてなかったでしょうが」「っ!! ……そう、ですか……」 確かに、誰かと共同戦線を張るにしても、俺一人ではあらぬ誤解を受けかねない。 男同士なら幾らでも話せるのだが、女性は正直その……あの軽い感じのノリが苦手なのだ。 その点、彼女なら落ち着いてるし。姉さんよりも余程頼り甲斐もありそうだ。「分かりました。 沙紀が一人前の魔法少女になるまでの間。 御剣家の家長として、沙紀共々、この身、巴さんに、お預けいたします!」 拳を突いて、俺は巴さんに、深々と頭を下げた。