「『ソウルジェムの二個併用』……か。とんでもない技だなぁ、これ」 新撰組をモチーフにした魔法少年の衣装に『変身』した状態で、俺はつぶやいた。 沙紀を闘いの場に連れてきたものの……ドンくささが抜けず、しかも死の恐怖に竦んでしまった沙紀を闘いの場に連れて行く事は、完全な足手まといだと分かり。 結局、いい手は無いものかとあれやこれや思案した挙句、俺が沙紀のソウルジェムを使いながら、前線に出るという荒技をカマす事になった。 ……なんでも『俺の肉体を介して、闘い方が見える』のだそうで。 暫くはこれでシミュレーションしながら、勝負度胸をつけてもらう事にしよう。もっとも、他の魔法少女には、余りにも酷な真実が分かってしまい……結局、俺の活動は巴さんとのペアか、あるいは単独行動がメインになってしまった。 ただ、この方法を始めるまでが、大変だった。 どうも、俺自身の肉体の中にも、ソウルジェム……に、類するモノがあるらしく。そこに溜まった『穢れ』が、リンクした沙紀のソウルジェムに流れ込んで込んできてしまったのだ。 そう、『幽霊退治』を始めてから、十年分以上の『穢れ』が…… 結局、ゆっくりと、俺自身の体内にたまった『穢れ』を、沙紀のソウルジェムを介してキュゥべえに浄化してもらう、という手段で綺麗にしてもらっていたのだが……放っておいたら、俺自身がどうなっていたかと考えると、ゾッとなる話だった。 何しろ、完全に綺麗にするまで、一週間以上、かかってしまったのだから。 そう言う意味でも、俺と沙紀は一蓮托生の存在になってしまっていた。 何しろ、他に『俺の中のソウルジェム』の穢れを浄化する手段が『無い』のである。他の魔法少女と組み合わせてみたのだが、全員全くダメ。 特に巴さんのソウルジェムは拒否反応が激しく、危うく恩人を殺す所だった。 もっとも、キュゥべえは思わぬボーナスに、ホクホク顔だったが……『御剣颯太……君は本当に謎の存在だ。あれだけの穢れを溜めこんで、死なない魔法少女なんて居ない。 だというのに、君は外見上、無事に過ごせていた。あまつさえ、『穢れ』そのものがリミッターになっていたなんて…… 『観測不能の魔力』、『異様な魔力係数とキャパシティ』、『途方も無い因果』、そしてそれを見込んだ『何者かの契約』……本当に君は、何者なんだい?』「俺が知りてぇよ。 あーあー、俺は和菓子作って、沙紀が笑顔で食べてくれるのが好きな、タダの男なハズだったのに、なぁ……」 何とか無事、見滝原高校に進学出来て、成績はトップをひた走るものの……やっぱり大暴れした噂話だとか、俺の家の事情だとかが、尾を引いたらしく。『成績がいいから放置』みたいな状態になっている。 ……とりあえず、念願の茶道部に入部出来たのは、僥倖だし。 あと、姉さんが魔獣狩りに乗ってたバイクを運転するために、こっそり運転免許を取ってみたり(バレたら怒られるけど、実際、魔獣狩りの探索には便利なのである。いざとなれば沙紀のソウルジェムに収納すればいいし)。「あーあー、分かってくれとは言わないけれど、そんなに俺が悪いのかい? ってか……」 何しろ、体内の『穢れ』というリミッターが取れた今、こちとら生身で魔法少女と同等に、魔獣と喧嘩出来ちゃう身分である。 しかも、穢れが抜け切った直後で、力の加減が分からず……学校の体力測定だとかその他諸々で、ちょっと異様な記録を叩き出してしまい、もう周囲が俺を見る目が、色々な意味でモンスターになってしまった。 『実は今も人を食い続けてる魔神』だとか、『大戦中に作られたミカドロイド』だとか、『実は、多次元宇宙の同じ存在を殺し尽くした、ザ・ワン』なのだとか……もー、根も葉もないうわさ話が、飛び交ってしまっていたのである。 お陰で、運動系の部活の勧誘を断るのに、どんだけ苦労した事か。 まあ、人の噂も七十五日……などとは行かなかったようで。「よぉ、優等生……話が、あるんだ。部活終わったらでいいからサ、チョイ、ツラ貸してくんねぇか?」 茶道部の活動に向かう途中。教室で俺は彼女に声をかけられた。 斜太チカ……この学校に居る事そのものが、見滝原高校七不思議のひとつ――自分がその七不思議のひとつに数えられてるのは、さておき――と数えられた、名うてのワルである。 そして、正直、俺としては絶対に関わり合いたくない存在でもあった。何しろ、彼女の父親は本物のヤクザだ。 ヤクザ相手の喧嘩というのは……正直『面倒』なのである。 ……いや、もちろん、家族を守るための『下準備』はいざって時のために、色々してあるけど、さ。 ……が。何かがおかしい。というか、全部がオカシイ。 まず、キッツいタバコの匂いがしない。彼女はチェーンスモーカーだったハズで、校内でも堂々と煙草をフカしていた。 次に、ド派手に染めていた髪の毛を、綺麗に黒に戻していた。 トドメに、改造してた制服を、ちゃんと着こなしていた。あまつさえ、ケバいメイクを落としていた。 正味、最初『誰?』って思っちゃったくらいである。そのハスっぱな口調と態度で、分かったくらいだ。「えっと……すいません、どんな御用でしょうか?」「その、ここじゃ話せない事。魔法少女絡みの話なんだ」 !?「わ、分かりました。部活が終わったら、校舎裏で」 参った。俺が魔法少年やってるなんて……誰に話せる話でもない。 ……だというのに、何で彼女はそれを知ったんだ? ……まさか、ヤクザが魔法少女の力に目をつけたとかって、話じゃないだろうな!? だとするなら、最悪だぞ、オイ…… 家庭科室の冷蔵庫に放り込んであった、自作の部活用の和菓子を取りに向かいながら。 俺は嫌な予感に、ひしひしと取りつかれていた。「えっと、斜太……さん? その、魔法少女絡みの話って、どんな御用でしょうか?」 部活が終わり。 人気の無い校舎裏で、斜太チカは待っていた。 正味、でかい。胸も、体格も。 同年代で比べても、男子と遜色ない、学年で一番大柄な彼女である(それでも、180超えてる俺よりかは低いけど)。「あ、ああ……その前に、まず、あたしの……その、キュゥべえに頼んだ『願い』から、片づけようかと思うんだ」「は?」「ああ、その、なんだ……その……あっ、あっ、あっ……」 何だろうか? 顔を真っ赤にして……うつむいたまま……「あたしと付き合ってくれ!!」「……え?」 暫し、沈黙が落ちる。「えっと、その……え、何? 魔法少女が、どうとかって話じゃなくて……何? どうなってるの? わけがわからないよ」 何事でしょうか? 本当に? わけがわからないよ?「だっ、だっ、だから……だから……あたしの! 彼氏に! なってくれって! 言ってるんだ!!」「……はっ、はあああああ? あ、あのさ、だから、何でそれが、魔法少女がどーとかって話に、繋がるんだ!? マジで、ワケが分からないんだけど!?」「っ……ああああああ、もう! こう言う事なんだよ!」 そう言って……斜太チカは、ソウルジェムを取りだした。「なっ! おっ、お前、まさか!」「そうだよ! うさんくせぇとは思ったけど、あたしもキュゥべえと契約したんだ! だから今のあたしは魔法少女なんだよ!」 ……目が点になる。 本当に、どういう事なんだろぉか? いやほんとに。「って……ご、ごめん……い、いきなりこんな事言われても、気持ち悪いよね、ワケが分からないよね。 分かったよ。順を追って、話して行くよ……」「う、うん、頼む。イキナリ生まれて初めて、告白とかされて、マジパニック」 何しろ、生まれて初めて、家族以外の異性からの告白である。 どう対処していいのかすらも、分からない。「あっ、あのさ……あたし、あ、アンタの事が、好きだったんだ。 ……それは……いいか?」「あ、ああ……まあ、その……うん。それは分かったけど、それがどう魔法少女と繋がるんだ?」 何しろ、どう対処していいのか、分からない。「……でもね。テメェが薄汚れた、世間のドブ泥の底を這いずり回る、どーしょーもない生き物だって……分かってた。 ヤクザの娘。 それも、無力なカタギを食い物にして、テメェだけ肥え太る、仁義もクソも欠片も無い……そんな所でしか暮らせない。 『カタギの他人様を食い物にするしか、生きて行く術が無い』。 そんな……そんなドブの中でオフクロの腹から生まれ落ちて、産湯にカタギの生き血を使って来ちまったような、どーしょーもない生き物だって……そんなのを知ったのは、中学校の一年の頃だったかな? 当時のあたしの親友の家族を、あたしの親父たちはハメたんだ……『自分たちが肥え太るために、他人を食い物にして』」「っ!!」「それを知って、あたしゃ荒れたさ……この見滝原高校に入るまで、酒、たばこ、ドラッグ、暴力、盗み……悪い事は一通りやった。 斜太興業、知ってるだろ? 武闘派を気取った、チンピラの集まり。金のためならなんでもやらかすゴンダクレの馬鹿共。 この見滝原高校だって、『そこの娘だ』って事で入れたようなモノさ……結局、親父たちがみんな怖かったんだよ。 それでもね……それでもね……家族は……いや、家族だけじゃない、斜太興業のみんなはさ……世間には鬼のような顔を向けて、他人を食い物にしまくって、蛇蝎のごとく忌み嫌われるヤクザのみんなは、それでも『あたしにだけは』優しかったんだ。 結局……何だかんだと、家族だったんだよ。 それでも、あたしにゃどーしょーも無かった。家族が世間様に顔向け出来ない事をしてるのが、我慢ならなかった。 『カタギになってくれ』って頼んでも、馬鹿言うなって殴られて……『誰のためだと思ってる』って言われちまったらさ。 子供としちゃあ、もう、何も言えないじゃん?」 思わず、俺はその話に聞き入ってしまった。 御剣の家も、臥煙の家系だ。 もしご先祖様が決断をせず、組織の延命だけを図っていたら……今頃、俺は、立派な暴力団の跡取り息子だったに違いない。「だからさ……あたしゃ思わずキュゥべえに頼んじまったんだ。 『『斜太興業の全員を』カタギにしてほしい。 世間様に何恥じる事の無い仕事に就いて、真っ当な稼ぎでメシを喰って。そんであたしも含めて、全員がカタギの好きな人に告白できる『綺麗な体』になりたい!』って。 魔獣退治が命がけだとか、そんなの知ったこっちゃない。 『命を賭けるよりも、命を賭けられないまま腐って行くほうが』あたしゃ我慢がならなかったんだよ。 その、だからさ……その……告白の結果が、どーとかってんじゃねぇんだ。 アンタの事はただのキッカケで……『絶対にOKが欲しい』とか、そういう話でもねぇんだ。 ただ……『自分の知らない綺麗な世界に挑みたかった』『気持ちを伝えたかった』。 それだけなんだ」 思わず絶句する。 同じだ……俺と、こいつは同じなんだ。 ただ、両親が狂って一緒に首を吊ろうとしたか、それとも他人を食い物にしようとしたか。 どっちにしろ、『俺には我慢ならない事』だっただろう。 だからこそ、嘘が無く、誠実に……包み隠さず、答えなければならない。「そ、その……いいか? お前の気持ちは、良く分かったんだが……その……分からないんだ『俺自身の気持ち』が」「え?」「何しろ、生まれて初めてなんだよ、愛の告白なんて。だからその……どうすりゃいいのか、分かりゃしないのさ」 俺の言葉に、斜太チカは、首をかしげる。「なんだよ、おめぇ? 女所帯の魔法少女たちの中で、告白の一つもされた事、ねぇってのか!?」「いや、好意的な目線はあったにしてもさ……俺が魔法少年なんてやってるのは、知ってるか?」「あ、ああ。その話をキュゥべえから聞いたのも、契約のキッカケだよ」 あいつ……どうしてこーいう事を、するかなぁ? いや、結果的には、世間のダニが正常化してるからいいんだけどさぁ……「うん。だから、俺は好きこのんで魔獣退治をしているんじゃない。 ただ、家族が大事で、生き残った姉さんや、沙紀を守りたくて闘ってきた。 本当にそれだけなんだ。 正直、アカの他人に目を向けるとか、自分個人の恋愛沙汰だとか、そういった余裕なんて、全然無かったんだよ」「っ……そっか。つまり、あたしは……フられた、って事なのか? はは、いいさ。幾ら綺麗な体になろうが、所詮、元はヤクザの娘なんだ。しょーがないよ」 自嘲気味に引きつり笑いを浮かべる、斜太チカに対して、俺は正直に気持ちを話していく。「いや、違うんだ。 だからさ……色々と『分からない』って事さ。 考えてみりゃ、俺はお前さんの事を全然知らん。 それに、俺は守ると誓った魔法少女以外に、挨拶と一般的な敬意以外の気を払った事なんて、殆ど無いんだ。 ……せいぜい、世話になってる巴さんくらいか? 何しろ、魔法少女、御剣沙紀の相棒(マスコット)だからな…… だからさ、『異性に告白される』なんて事そのもののほうが、俺には想定外だったんだよ。 本当に……わけがわからないんだ」「なんだよ、それ……あんた、そこまで朴念仁だったのかよ?」「すまん……その、なんだ、正直、元々、女の子のトークに混ざれるような器用な人間じゃねぇんだ、俺は。 だから、お前の告白に、『どう答えていいのかなんて、さっぱり分かんない』のさ。 その、なんだ。煮え切らない答えだってのは、分かってる。でも、それが『今の俺の本当の、正直な気持ち』なんだ……すまない」 そう言って、俺は頭を下げる。「っ……そ、そっか。確かに、あんたの都合も考えないで、告白とかされても、迷惑なだけだもんね。 邪魔したよ」「あ、その、待てよ……誤解しないでくれ。 嫌いってわけでもないし、好きってわけでもないんだ。勿論、迷惑ってわけでもない。 ただ『分からない』ってダケなのさ. ……『本当に、分からないんだ』。 俺は『他人がどう思うか』『他人がどうなるか』みたいな事を意識しながら、自分の身の振り方を考え続けて生きてきた部分が、結構多くてさ。 『誰かを守るために生きる』って、結構、そういう部分が強くって……気がつくと、自分が誰かを好きになるとか、告白されるとか、そんな可能性、考えてもいなかったんだ」「……で?」「うん。結局さ……俺は、『他の誰かを信じる』ことはできても、『自分自身を信じる』って事は絶対にして来なかったと思うんだ。 俺は自分自身を一個のマシーンって見てる部分があってさ。体とか心が、どういう機能を果たしていくのか、みたいなこう……自分自身に対して『出来る事、出来ない事』でしか、見て無いんだよ。 だから、『誰かに告白される』なんて、本当に想定外だったんだ……だからその、ワケが分からなくなってる。 『答えが出せない事が、答えにしかならない』んだ」「……あのさ、それ、通じると思ってる?」「思ってない。 本当は、こう言う時、無理矢理でも他の人なら、嘘でも何でも答えを出すんだろうけど……俺はここまで不確定な事に、無理矢理『こうだ』なんて無責任な事を、断言できない人間なんだ。……状況からの推論は、口にするけどね。 それに、それって、魔獣なんかの闘いのなかだと、物凄く危険な事なんだ。 『知らない事を、知ったふりして強引に押し通す』のって、ホントに危険なんだ。正直、命に関わる事態になる。 そういう思考が、染みついちゃってるんだよ。 だから俺は……斜太さんが『好きだ』って言ってくれた事に対して、どう答えていいのか、本当に分からないんだ。 情けないのは分かってるけど、本当に……ごめん! 想定の外だったんだ」 包み隠さず。 嘘を言わず。 俺は、斜太チカに答える。「……はぁ、本当にアンタって人は、『行動でしか示せない』人なんだね。 そんなだから、結局、自分で自分の気持ちすらも、理解出来て無いんじゃないか?」「いや、その……家族はさ、好きなんだ。大切なんだ。それは間違いがない。 でも、家族以外に、考えてみれば女の子と積極的に関わった事が無いんだ。……強いて言うなら、世話になった巴さんくらいだけど、それだって『戦友』って関係でね。 だから、『好きだ』って言ってくれた相手に、どういう感情をもって接していいのかすら、よく分かんないんだ」「それで、よく魔法少女の間に混ざって、魔法少年なんて、やってられるね?」「プロデューサーが身内の魔法少女だからね。俺はお供でしかない。キュゥべえと一緒の相棒(マスコット)なんだよ。 第一、『俺個人が』魔獣と闘う理由なんて、ドコにも無い。あくまで、沙紀が一人前の魔法少女になるまでの『繋ぎ』であり、『保護者』でしか無いんだ。 沙紀が独り立ちしたら……もう、俺が魔獣と闘う理由なんて、どこにも無くなっちゃうのさ」 そう言って、斜太さんに笑うと、何故か彼女は怒ったような表情になった。「なんていうか……あんたさ、それ寂しすぎないか? 誰かのために一生懸命尽くして、そんで最後はポイとか。少しは『自分がこうしたい』『ああしたい』って思う事とか、無いのかい?」「んっと……『誰かを守りたいって』のは、ダメなのか?」「そんなんじゃないよ! もっとこう……『自分中心の願い!』『俺様がナンバーワンになってやるZE!!』みたいなトコロ!」 願い。 俺の……願い、か……「『誰かの笑顔を見たい』とかじゃ、ダメなのか?」「だーかーらー! その『誰か』とかって要素が、全く無い願い! 完全に『自分のためだけ』の願望とか、わがままな部分!」「んー、茶道……は、あれは『もてなしの心』から入ってるから、ちょっと違うか。自己満足じゃ至れない『道』だしなぁ。 剣術だって『家族を守れれば』ってダケで始めたワケだし……あれ?」 よくよく考えると……何だかんだとトラブル続きで必死になって、誰かに助けられて生きてきたけど。「俺って……物凄く『受動的』な人間だったのかな? トラブルや色んな状況に放り込まれ続けて、その答えを必死になって叩き出して生きて来たけど。 考えてもみれば、『俺個人が』『俺自身のためだけに』どうこうしたい……なんて……考えた事も無かったな。 大昔に、父さん母さん生きてた頃に、玩具をねだった事はあっても、それだけっちゃそれだけだし……そういえば『何をねだったのかすら、忘れちまってる』や」 この告白を受けて、推論を繰り返してる内に、だんだんと自分の知らない、自覚していなかった部分が見えてきた。「……はぁ……こりゃ、重傷だね! アンタさ、どっか壊れてるんだよ、多分」「え?」「普通の人間はさ、こう……あたしみたいに『理想の誰かが好きだーっ!』って、ワガママな部分ってのが大なり小なりあるもんなのさ! そりゃ、もう男女関係が無い! だから『みんなのアイドル』なんて虚像の稼業が、二次元でも三次元でも成立してんのさ。 でもね、あんたは多分……その、噂は聞いてるよ。『家族を守るために家族を殺す』なんて、究極の決断を迫られて壊れちまってんだよ。自分でも知らない所が。 そこから逃げられないから、結局『守る必要がある人のために生きなきゃいけない』って、強迫観念にトッ掴まったままなのさ。 そーいうのをね、『サバイバーズ・ギルト』って言うんだ」「っ!!」「まあ、あたしもさ……そういう部分、自覚してっけどね。何しろ、あたしの祈りは『贖罪の祈り』だ。 でも、それは多分……そのキッカケをくれたのは、キュゥべえと、そして『アンタが好きだ』ってあたしの気持ち。 言わば、『あたし個人のワガママ』が元なんだよ。そこが、アンタとあたしの決定的な違いなのさ」「そ、そうか……そうだったのか……」 何と無く。 今まで必死になって生きて居ながらも、どこか空虚な部分の正体が、分かったような気がした。「……あー、本当にあたしゃ、面倒な男に惚れちまったんだねぇ。まったく、どうしたもんなんだか」「あ、いや、その……すまん」「あんたが謝る筋が、どこにあるんだい? あたしがアンタに『勝手に惚れてる』んだ。あんたは堂々としてりゃいいのさ! ただね……アンタみたいな人間は、『世間にゃ絶対理解してもらえない』。 みんながみんなどっかしらに『自分勝手な願望』を持って、恥かきながら後ろめたい思いして、生きてるからさ。 だから、そういう生き方に『完全に徹した』生き物ってのは『どんな罪を犯そうが』一種の聖者さ。侠に生き、仁を貫き、義に報いる。『極道』って概念を『完全に』突きつめて極めて行けば、多分、そうなっちまうハズだよ。 ただ、そんな生き方に徹した聖人君子ってのはね? 俗人まみれのハタから見てりゃ、胡散臭い事この上ないんだよ。 『そんなわけがない』『こいつも俺と一緒なハズだ』『気持ちが悪い』って……そして『その生き方故に』ひとっ欠片でも、嘘や罪や矛盾を犯そうものなら、『それ見た事か』『あいつも俺たちと一緒だ』『いや、むしろ俺たちよりクズだ』って鬼の首取ったように、言いつのる。 『後ろめたい自分たちが、安心したいがために』、ね。 アンタが敬遠されてるのは、ひとえにそんな部分を、世間が感じ取ってるからさ。 分かるかい? あんたには『完全に自分のワガママな部分』が、一っ欠片も感じ取れないから、気持ち悪がる人間は気持ち悪がるのさ。 アニメや何かのヒーローと一緒だよ。『あれらが現実に居たら』さぞかし世間からつまはじきにされちまうだろうさ。 歌にもあるだろ? 『愛と勇気だけが友達だ』って……逆を言えば、『それ以外に友達が居ない』って事なのさ。 『何かしらの正義にしか酔えない』生き物ってのはね……一人ぼっちで寂しいモンなんだよ。そんで、そんな『正義に酔えない』俗人のために『酒』ってモンが、有史以来、この世に存在し続けてるのさ」「っ!!」 斜太さんの指摘は、思いっきり的を射ていた。 そうか……俺は、『知ろうとしなかった』んだ。 自分自身の事を……自分の理想とか、信念とか、思想とかを超えた『機能』とは別の部分。 表層的な心の動きでは無い。 もっと深い所の、自分自身の愚劣でワガママで身勝手な感情を。 ……何故ならそれは『許される事では無い』と、思いこんでしまっていたのだから。 「分かるかい? 酒もタバコもドラッグも、そういう意味じゃ『正義』や『奇跡』と一緒だよ。酔いすぎて、溺れちまえば、あとは『ソレマデ』さ。 『理想を抱いて溺死しろ』なんて、どっかのヒーローが言ったらしいけど、まさにその通り。正義ってのは、『自分が飲める量』を間違えたら、身を滅ぼす以外に道の無い、酒と一緒なのさ。 アンタは多分、その『飲める量』が極端に多かったから、今まで破綻しないでやってこれたダケなんだよ」 うつむいたまま、言葉を返せない俺に、斜太さんは深々と溜息をついた。「……わかったよ。 アンタ自身が『自分の本当の気持ち』を『自分で理解できるようになるまで』あたしもあんたと一緒に闘う! そん時に、返事をくれりゃいい!」「っ! ちょっ、そんな……」「勘違いしなさんな! あたしはね、あんたや親父みたいな咎人気取った奴が放っておけないから、魔法少女になったんだよ! ……なんて、かっこつけて、あんたの事をあたしが好きなのは、憶えておいて欲しいけど、さ。 まあ、今は深くは気にしなさんな。 あんたに必要なのは、まず『アンタ自身の本当の気持ち』を、『自分で悟る』事なんだよ! それまではまぁ……付き合ってやるし、嫌でもつきまとってやるさ。あたしはアンタの事が、好きなんだから……さ」 そう言って、斜太さんは、俺に手を差し出してきた。「あんたの背中を、あたしが守る。 だから、あんたが自分の気持ちに気付いたその時に、『あたしのいる後ろが気になったら』……こっちに振り向いてくれりゃいい。 ……なんて、ベテランのアンタには言えた義理じゃないんだけどさ。少なくとも……少しは頼りにしてほしい、かな? そうなれるようには、頑張るよ、あたしも」「あ、ああ……よろしく、頼む」 そう言って、俺は斜太さんの手を取って、握手を交わした。「押忍! 先輩、よろしくおねがいします!」「は、はぁ……あ、あの……こちらの方は?」 俺の家のリビングで。 引きつった笑顔の巴さんに、俺は説明していく。「えっとね……その……俺の同級生で、新人の魔法少女。斜太チカさん。 縁が合って、仲間にしてほしいって頼まれて……俺は構わないんだけど、どうする?」「そ、そうね。……魔力もかなり高い。素質はかなり飛びぬけてイイほうじゃないかしら?」『彼女は生まれが生まれだからね。背負い込んだ因果の量も、相当なモノさ』 そう言って、足元をチョロチョロと動き回りながら、キュゥべえが説明していく。『魔法少女の素質ってのは、因果の総量で決まる。 彼女は産まれからして、本当に『因果な稼業』だったから、もってこいだったのさ』「はぁ……あの、生まれが違うって……家は何を?」『ヤクザの一家さ。斜太興業の娘だったんだよ』 ぐらり、と巴さんが斜めに傾いた。「はっ、はっ、颯太さんっ!? その、どういう事だか、説明して頂けませんか!?」「あ、いや、その……」 さて、どう説明したものか。そう考えていると……「ごめんなさい、先輩。あたしが自分で説明します」 そう言って、斜太チカは、自分の身の上を説明していった。……俺を好きだ、という事まで。「そっ、そう……そういう、事、だった、の……」「ええ。それで、ですね、先輩。 モノは相談なんですが……あたしを、『巴先輩』の家に、暫く泊めてくれませんか?」 いきなり、切り出すチカの奴。……なんだよ、おい?「え? それは……どういう、事、でしょうか?」「その……あたしが魔法少女になった事情とか、全部正直に親に説明したら、親から勘当喰らっちゃいまして…… 『誰のためにヤクザしてたと思ってんだ』とか『世間に迷惑かけてまで贅沢したくないよ』とか『甘い事抜かしてんじゃネェガキが』だとか『そのガキに告白すら出来ない罪背負わせといて、なにヌカしてんだいダメ大人』とか。 まあ、そんなノリで、生まれて初めて、親父やオフクロと家中ひっくり返すよーな大喧嘩して……『二度とツラ見せるな!』『上等だクソ親父にクソババァ!』と……まあ、売り言葉に買い言葉と言いますか、啖呵切って、身の回りのモンだけソウルジェムの中に放り込んで、おん出ちまって……そんなワケでして。 ぢつは、颯太にOKもらったら、颯太の家に転がりこもうとか甘い事考えてたんですが……その『フェアじゃない』と思うので。『色々と』。 だから同じ魔法少女のよしみで『巴さんの家に』転がりこませてもらおうかな、って……ダメでしょうか?」 上目遣いに問いかける、斜太チカ。「は、はぁ……その、ええ。構いませんよ。私も一人暮らしですので。 確かに、颯太さんの家で過ごすのは、『色々と問題がある』でしょうし……構いませんよ」「そうですか。暫くの間、よろしくお願いします!」 喜色を浮かべるチカと、戸惑う巴さん。……ほんと、何なんだか。「……負けないよ」 あまつさえ、巴さんに、何かぼそっと言ってたし。……いや、聞こえちゃったんだけどさ。どーいう意味なんだか? さて……俺、巴さん、チカ。この三人での戦闘スタイルは、こうなった。 まず、接近戦型の俺とチカは、バイクを使って見滝原の町を巡回。 射程が長く、遠距離戦型特有の『タカの目』を持つ巴さんは、町の中心部の高所に陣取ってセンターに控えて、探索含めた全体の攻守両天秤に構える。 そんで、俺とチカが接敵、あるいは巴さんが発見したら、まずはいきなり戦闘に入らず、情報を伝え合う。 要救助者がいる場合は可能な限り救助優先だが、無理な時は無理と見捨てる事(そのへんのさじ加減や説得は難しかったが『自分が死んだら元も子も無いし、仲間にすら迷惑がかかる』と言い含めた)。 然る後、バイク組は合流しつつ巴さんには敵の位置を連絡し、狙撃ポジションについてもらった所で、魔獣への攻撃開始。 巴さんが発見した場合も、大体一緒である。「こんな方法があったなんて……バイクの免許、私も取ろうかしら?」「いや、バイクの免許は16になってからですから。巴さんまだ15でしょうに? それに、バイク巡回は免許取れ次第、俺もしようかと思ってたけど、この方法は言われるまで気付かなかったなぁ」 そう。最初の頃は、沙紀のソウルジェムと肉体を分離して使っていたのだが。 チカの奴に『……あのさ、それ『自分の肉体』って収納出来ないの?』と言われ……こうして、沙紀と共に、俺は活動をしている。「素人の視野って、思わぬ発想を生みますよねぇ」「まあ、あくまで多角的視野の一面ですけどね。素人目線だけだったら、状況は悪化するだけだし」 実際、チカの奴は無謀が過ぎる部分があった。最初は単独で接敵したのを、突出してピンチに陥ったりなどザラだったし。 海賊じみたメアリー・リード風の魔法少女姿に変身した、あいつの武器……というか、戦闘スタイルは『錨のついた鎖』と、恐ろしい事に……『肉体そのもの』。 鎖で捕えた魔獣を、強引にブン回したり、鉄拳や蹴り(文字通りのヤクザキック)を使った肉弾戦でボッコボコにしていくのだ。 破壊力と防御力は空恐ろしいレベルで両立し、かといって速度もソレナリなので、鎖で拘束してしまえば、攻撃を喰らいまくるという事も無い。 俺が、装甲と防御を犠牲にした、極度に速度重視の見滝原最速のスピードファイターならば、彼女は見滝原最強の『パワーファイター』だった。 ただし……それを過信して突出しやすい上に、鎖で捕獲できる魔獣は一匹か、せいぜい二匹が限度。 しかも『防御力』が高いだけで『回復能力』が高いわけではないので(むしろ低い)ので、見てるこっちがヒヤヒヤする場面もあった。 実際、沙紀の、姉さんからコピーした『癒しの祈り』の世話になる回数は、圧倒的だった。 もっとも、『願いを知りたいと言う願い』の沙紀の共感能力の高さから、『回復に伴って、誰かの痛みを強烈に感じ取ってしまう』と知ってからは、ある程度慎重になってくれたが……やっぱり、無謀な行動が一番多いのは、彼女だった。 要するに、巴さんみたいに、リボンを使った複数相手の拘束は無理で、多対一の戦闘には圧倒的に向かない。 一対一(タイマン)ならば最強クラスだろうが、魔獣相手の多対一という状況になると、ピンチに陥る事がしばしば。 誰かが背中を守らんと、突出し過ぎるタイプ。それが斜太チカという魔法少女だった。 ……どっちが『背中を守ってる』のやら……まったく。 それはともかく、彼女の振りまわしてる能力は『罪科の錨鎖』というのだそうな。 犯罪者や咎人を捕え、留める鎖……とチカは言っていたが、実際、人間の犯罪者にも応用できるところからみると、いわゆる、彼女が『罪』と判断した概念、全てに応用が可能らしい。 実際、ホストの二人組を『鎖でつないで』バイクで引き回してたのには驚いた。 なんでも、街中で『女は金貢がせて犬みたいに躾けなきゃダメだ』とか、彼女の前で嘯いてしまったらしく。 で、それを聞いたチカが『女を犬猫みたいに躾けるっつーなら、あんたら『自分が女に犬猫みたいに躾けられる覚悟』くらい、出来てんだろぉねぇ?』などと嘯いて、魔法少女の力で死なない程度にボコボコにした挙句、バイクで引き回していたらしい。 ……ある意味、俺より『鬼』だと思う、こいつ。 俺だったら身内以外なら『そんな馬鹿に引っかかる馬鹿女なんて、知ったこっちゃねーよ』で済ませちゃいそうだし。 まあ、その後出てきたヤクザ屋さんを、元『斜太興業』と『俺の師匠』の威名で黙らせたのは、内緒。 解散直後とはいえ、斜太興業の狂犬っぷりは『業界』に響き渡ってたし、増してや、俺の師匠のブッ飛びっぷりは……ねえ? まっ、やるならやるだけなんだけど、さ♪ ……俺も、チカも。 そーいう『ドブさらい』の部分は、夢と希望を振り撒く『だけ』の、他の魔法少女には『絶対に任せられない』部分でもある。 何しろ、『喧嘩のやり方を知らない』単純な女目線じゃあ、問題こじらせるのが関の山だろうからなぁ。挙句、殺し合いになりかねん。 何というか、こう……ほら。どっかの政治家様が、当時部下だった省庁の人間に『君たちは大変優秀だが、喧嘩のやり方を分かって無い』っておっしゃったそうだが、正にそんな感じである。 それに、たとえ仮に殲滅戦になって見滝原中のヤクザ全てを漂白しても、ヤクザって生き物は後から後から湧いてくる、キュゥべえのような存在だ。 それはつまり……逆を言えば『人は堕ちようと思えばどこまでも堕ちれる』という証拠でもある。 それを防ぐために、道徳とか社会通念だとか常識だとかいうものはあるわけなんだが……なぁ……はぁ……「あーのーさー、佐倉杏子さんよぉ? まーった盗み食いかい!?」「……」 最近、縁が合って組み始めた、佐倉杏子……そう、佐倉神父の娘さんなのだが。 どーも、正味、俺たち……というか『俺(と沙紀)』とは、ウマが合いにくい。 まあ、無理も無い。 首吊ったインチキ新興宗教の親玉の娘と、その被害者の息子&娘。 気まずいのは分かるのだが……「メシなら俺が喰わせてやるっつってんだろ? 盗み食いなんかやめろよ? マジで」「あんたの世話には……なれねぇんだよ。それに、『盗んだもんじゃねぇ』よ、これは」「いいから世話になりに来い! チカと一緒になって、ナニやって喰ってんだよまったく……かつ丼喰って、ぼろぼろ泣いてたくせに」「うるせぇよ!」 そう。 ある日、彼女が万引きする現場に、俺が居合わせて、とっ捕まえて取り押さえたのが、始まりだったのだ。 『あたしより速え奴がいるなんて、聞いた事無ぇぞ』とか、ボヤかれたが、こちとら奇跡と魔法関係者の中では『最速』である。 ……そのぶん、単純な物理防御面は最低だけどさ。 その場で品物の金は払い、腕を捻り上げて我が家に連行すると……たまたま巴さんとチカの奴も、居たので、その場で三人揃って(というか、主に俺とチカ)大説教大会が始まった。「佐倉杏子。知ってるよ。あまり会いたくは無かったが……まあ、会っちまったんなら、しょうがねぇさ。 まさか、あんな事してたなんてなぁ。噂にゃ聞いてたけど、さ」「知ってるって……なんだよ?」 うん、やっぱそうだろうなぁ?「『御剣』って名字に、憶えは無いか? ……あんたの親父さんにゃ、いい金づるだったと思ったんだがな?」「な、なんだよ!? どの御剣さんだよ?」「御剣爽太、御剣茜。お前の親父さんの、熱心な信者だったよ」「っ……信者の……いつも来ていた。それが、どうしたってんだよ!?」「ん? お前の親父さんの後追いで、一家全員無理心中しようとしてな。 んで、抵抗した俺が、やむなく殺した」 その言葉に、絶句する、佐倉杏子。 ……まあ、無理も無いか。「嘘だ……」「嘘じゃねぇよ。 そんで、借金背負って、それ返済するために、姉さんはキュゥべえに頼んで、大金もらって魔法少女になったんだよ」「っ! ……そんな……その、姉さんは?」「死んだよ。魔獣との闘いで……な」「!!!!! そんな……そんな……」 顔面が蒼白になる彼女。……まあ、無理も無い、か。 愕然としたまま硬直している隙に、とりあえず、取り調べの定番を作る。「ほれ、喰え! 腹減ってんだろ?」 そう言って、彼女の前に、かつ丼を置いてやる。 ……いや、刑事ドラマのアレは真実じゃ無いってのは知ってんだけどさ。なんとなく、ね。やっぱ。「っ……あんた、なんで……あたしを?」「『食い物を粗末にするな』、だろ? もし、このかつ丼が美味いって思ったんなら、明日っから食わせてやるから、万引きなんてやめちまえ! 金なら、姉さんが残した遺産が、ウチには幾らでもあるんだから、よ」「そんな、だって、あたし……」「知るかよ! 日本じゃ、親の罪は親の罪で、子供にゃ及ばんようになってんだ。 いいか、俺の師匠的に言うなら、お前、餓鬼道に堕ちてんぞ? 元々、天道を往く魔法少女や魔法少年って存在が、そんなこってどうするよ? ほれ、施餓鬼供養だと思ってやっから、とっとと天道戻ってこんかい! ……って、ああ、おまえ、切支丹だったな。悪ぃ、意味分かんねぇか」 気取って師匠の説教の真似したが、ちょっくら相手を間違えたか。「っ……あのさ、あんたの師匠って……お坊さんか何かなのか?」「さあ、なぁ? ただ、遺品整理の時に、金襴の袈裟が出てきてな。あーいうのって高位の坊主しか持てない代物だから『もしかしたら?』とは思うけどさ。 ……色々と妖しいトンチキ師匠だったから、結局、『本当のトコ』は分かんねぇんだよ……俺も色々調べたけど、煙にまかれるだけで結局、ハッキリとした事は分からなかったし」「っ……そうか」 そう言って、佐倉杏子はかつ丼に手を伸ばし始め……何故か、ボロボロと涙を流しながら、一気に平らげると、そのまま何も言わず立ち去って行った。 と……「あのさ、颯太……あの子の事、あたしに任せちゃくんねぇか?」「え?」 チカの申し出に、俺は首をかしげた。「あの子さ、多分『本当はイイ子』って奴なんだよ。 ……ワルのドブ泥の底に居た、あたしには分かる。あの子からは、そういう『危うい獲物の匂い』しかしないんだ」「獲物?」「『ワルのエサ』だよ。 『本当はイイ子』なのに、ちょっとした事で罪の意識背負っちゃって、悪を気取って生きてやろうっていう『ハンパなワル』の匂い。 そういう子ってのはね……あたしの親父みたいな『ホンモノのワル』にとっては、ワニみてぇに棲家のドブの中に引きこんで骨の髄まで喰い尽くしてやろうっていう、格好の獲物でしかないのさ。 あたしゃ、生まれが生まれだからね……分かっちまうんだよ。なんとなくそーいう子って、さ……」 自分の『かつて居た場所』を思い出してしまったのか。 チカの奴の表情には、影が差していた。「っ……そうか? だけど、彼女は、俺以上……いや、巴さん並みのベテランだぞ? 魔法少女って観点からすりゃあ、新人なお前で大丈夫なのか?」「安心しとくれ、颯太。 魔法少女じゃあの子が先輩かもしんないけど、あたしのほうがワルって意味じゃ先輩さ。 世の中、一度、ワルのドブに漬かった人間じゃなきゃ、絶対見えないモンってのもあるんだよ。 もっとも……ワルのドブってのは『一度でも足(ゲソ)つけて漬かっちまうと』キュゥべえにでも頼まない限り、絶対に抜けだせやしない、底なし沼なんだけどね。 ……だから、ヤクザっておっかないのさ」 微妙にさびしい表情で、チカの奴は笑っていた。 で……結局、どうなったかってぇと、巴さんの家を出たチカの奴は、今度は佐倉杏子の教会で、居候しているらしい。 それと、意外だったのは、アイツが料理出来たって事。「あんたの妹程、酷くは無いさ。もっとも、あんたには及ばないけどね」 と言いながら、見事な腕前で、教会の台所で料理を作ってた。 ……まあ、比較する基準は間違ってるとは思うけど、ね……色々と。 俺は一応、プロの主夫だし、沙紀の奴は……まあ、アレだし。 でも、なんか食べれる雑草とか洗ってたり、とっ捕まえた野鳥の羽根むしってたりとか、中々ワイルドな事してる佐倉杏子が気になるんですが?「暫く、『盗み』は無しだからね……適当な『獲物』が見つかるまで狩猟生活さ」「おいおいおい、飯くらい食わせてやるっての。 なんだったら、米くらいそっち持って行こうか?」 そう言うが……「いや……あの子は正しい。あんたには頼れないハズだよ」「あ? なんだ、事情聞いたのか?」「ああ。でも、あんたにゃ話せない。 ……悪いけど、任された以上、この件は最後まで、その筋通させてもらうよ」「っ……そうかい。分かった、頼んだぜ、チカ」 とりあえず、ワルの話は信頼できるワルに頼むに限る。 それに、『正しい教え』内部でのゴタゴタが原因だとしたら、俺が首突っ込んだら、ロクな事になりゃしないかもしれない。 ……俺だって、人間だしな。 正直、佐倉杏子個人に、思う所が無いわけじゃない。 でも、俺は『魔法少女』という存在が、どういうものか。よーく分かってる。 彼女たちは、個々人の動機はどうあれ、命がけで裏から人の世界を掬ってる人たちだ。 だからこそ。 俺は佐倉杏子の窃盗に、我慢がならなかった。 うっかりすると、『彼女の盗み』が、魔法少女全体への偏見に変わりかねないからだ。 決して『彼女を救いたい』とか、そういう理由で、俺は飯を出したのではない。 ……正直、俺は……そこまで優しい男では、無い。 教会を出ると、外で巴さんが待っていた。「ありゃ、巴さん? こんなトコにどうして?」「い、いえ……どうなったのかな、って、気になりまして。 どうやら、上手くいったみたいですね」「ん、アイツ、なんか台所で、佐倉杏子と一緒にメシ作ってる……いいこった」 そのまま、バイクを止めてある、森の入口まで歩く。「あの、颯太さん……最近、チカさんと話する事、多いですね」「あ? まあ、色々と……ほら、俺たち巴さんに世話になりっぱなしだから。 チカの奴が巴さん家に押しかけたんだって、元々は、紹介した俺のせいみたいなもんだし。 それに、あいつ、佐倉杏子の説得に成功したみたいですし」「いや、そうじゃなくて……その、私よりも、チカさんを頼りにしてるのかなぁ、って……」「は?」 思わず首をかしげる。「そりゃ無いですよ。どっちかっつーと、巴さんに対しての共同戦犯みたいなもんです。 というか、むしろアイツの暴走を止められるのは、俺と巴さんくらいしか無理でしょうから……」「そう、でしょうか?」「そうですよー。巴さんみたいな、『純粋な正義の味方が居る』ってだけで、俺やチカみたいな罪背負ったタイプにとっちゃ、リミッターになってるんですから。 『正義の味方が見てる』って思えば、無茶をするにしても『程々』になりますしね……」 なんて、俺の言葉に、巴さんが引きつった表情で。「ほっ……ほどほど、ですか……あれで?」「ほら、ヤクザ相手でも、全員『死ぬよりマシ』な状態で済ませてるじゃないですか? 巴さんが居なかったら、多分『死んだ方がまし』って状態まで、痛めつけちゃってると思いますよ?」 そう、結局……何だかんだと。 強面(コワモテ)の俺とチカに、なだめ役の巴さんって構図が、出来あがってしまったのだ。 ……今回の佐倉杏子の場合は、なんでかチカがなだめ役に回っちゃってるが。「そう、なんというかアレですよ……巴さんを菩薩に見立てるなら、両サイドに俺とチカっていう阿吽の仁王像が立ってる感じ?」「菩薩、ですか?」「ん、まぁ……俺も、チカもね。何だかんだと他人より『鬼』を抱えてる人間ですから。 そういう人間はね、修羅道に堕ちていきやすいんですよ」「修羅、ですか……ずいぶんと優しい修羅に見えますが?」 その言葉に、俺は苦笑する。「阿修羅、っていうのはね……元々は、正義の神様だったんです。でも、正義のために闘い続けている内に、他人を許す心を失ってしまった。 たとえ正義であっても、それに固執し続けると、善心を見失い妄執の悪となる。 だから、巴さんや沙紀みたいな穏やかな人ってのは、俺たちみたいなタイプにとって重要なんですよ」 そう言って、俺はバイクにキーを刺し……「あ、そーいえば、巴さん、歩き?」「ええ。その、何でしたら、後ろに乗せてもらおうかと」「いや、まだ免許取って一年たってないから、無理ですよ? 道交法で禁止されてるんです。それにヘルメット無いから……」「えっ、そっ……そうなんですか!? チカさんが乗せてくれたから、てっきり……」 頭痛がした。 ……そーいえば、アイツ……教会の中に酒瓶転がってたのは、まさか……「巴さん、まさかアイツ……酒に手を出したりとか、してないでしょうね?」「えっ! そっ、その……『魔法少女なんて、いつ死んじゃうんだか分かんないんだし、ぱーっとイッちまおーぜー♪』とかって……」 さらに頭痛が加速する。 ……あっ、あっ、あいつは…… 何となく、佐倉杏子を説得した『手口』が、読めたような気がした。「そっ、その……お酒って、美味しかったんですね。知りませんでした」「とっ、巴さん!?」 チィィィィィイカァァァァァァ!! 今度会ったら、膝詰め説教な!「チカさん、何本もお酒を……未成年なのに、って言ったのに」「ああ、あいつ、絶対飲ンベだと思ってた……ああ、分かった。アイツが誰に似てるか。 ……俺の剣の師匠、そっくりだわ。ホント」 とりあえず、巴さんと並んでバイクを押しながら。「颯太さんの……師匠、ですか?」「ええ、まあ……チカはあそこまで吹っ飛んじゃいませんけどね。 酒飲ませて怪しい理屈で説教しながら、他人の財布懐に入れるよーな真似するんですが……その、なんというか……『結果的に』、その人を掬っちゃったりするんですよねぇ……舞台裏は、剣術と暴力とペテンと詐欺の塊なんですけど」「……はぁ?」「ほんっとーに謎の人物でした。いや、マジで。 ……クリスマス・イブの日にサンタクロースの格好で、『メリークリスマス』とか言いながら、ヤクザの事務所にダイナマイト放り込むような、トンデモネェ、トンチキ師匠でしたよ」 今でも思い出すと、頭痛のする目に、色々遭わせてくれたっけ……妖しい魔女の話とか。 魔女からの授かり物をくれてやるとか言って、『目をつぶった直後に』ぶん殴られて、見滝原森林公園の中にマッパで放置とか、ありえないし。「は、ははは……そういえば、颯太さん。神様で思い出しましたが。 その……ごめんなさい。辛い事をお尋ねしますが、『円環の理』を『見た』って……本当ですか?」「え? ええ、まあ……信じちゃくれないかもしれませんけど、ね。 ……こう、女神様っつーか、死神様っつーか……そんな感じで。 姉さんの死に際に……その、見ちゃったんですよ。 多分、幻覚と幻聴だと思うんですけど……思いたいんですけど、どうも、ねぇ」 何というか、妙なリアリティがあって、断言できないのだ。 と、「多分、それ、本当にあったんだと思いますよ?」「え?」 巴さんが微笑みながら、俺に言ってくる。「ほら、颯太さん、魔獣や魔法少女の幻覚系や精神操作系の魔法に、何でか知らないけど物凄い耐性あるじゃないですか? 全員、幻覚に酔って、同志討ちしかねない中、一人で行動したりとか、ザラでしたし。それで何度も救われたじゃないですか、みんな? そんな颯太さんですから、冴子さんの死に際だからって、そんな夢や幻を見たりするとは、とても思えないんです」「っ……買い被られてるなぁ。俺だって家族が居なくなったら、キュゥべえとだって契約したかったくらいの、ただの男なのに」「そう思ってるのは、颯太さん自身だけじゃないですか? 『本当にタダ者じゃ無い』からこそ、キュゥべえより先に『神様に魂を契約されてしまった』のではありませんか?」 痛い所を突かれ、俺は苦い顔になる。「チッ、キュゥべえの奴、ベラベラと……守秘義務とか、どーなってんだ!? って、宇宙人に解いてもしょーがねーか。 きっと、そうだとしたら、俺が生まれる前か直後に契約した神様ってのは『全てを見通したペテン師みたいな奴』だったに違いない! ……とは思うんですけどねぇ……うーん……」「どうかなさいましたか?」「いや、ね……どうも、こう……何て言うか。 巴さんとも会えたし、沙紀の奴も命を永らえた。チカとも知り合えたし、佐倉杏子も……まあ、窃盗生活からはオサラバできた。 人生万事、『塞翁が馬』といいますけど……こう、『出来すぎるくらい、俺は今、恵まれてるな』って……。 勿論、魔獣退治の生活って、危険と隣り合わせなのは事実ですけど、警察や消防や自衛隊に限らず、命がけで仕事して飯食ってる連中なんて、世の中ゴマンと居ますからね。 とりあえず、それ考えたら、沙紀が生きてるだけでも、めっけもんだよなぁ……と。 親殺しの俺にしては、今、現時点では、ずいぶん俺は幸せな生き方をしてるんじゃないか、って思えてきちゃって。 それ考えると、その……なんだ、その『全てを見通したペテン師みたいな神様』って、どんな奴なのか……人物像が掴みにくいなぁ、って」「案外、その冴子さんの死に際に降りてきた『女神様』とでも、契約してたんじゃないですか? だから円環の理が『見えた』……とか」「あー、俺もそれ考えました、一度は。 ただ、所詮、魔法少年なんて、所詮、魔法少女の相棒(マスコット)ですからねー。そこまで思いあがることは……」 ……あれ? するってぇと…… 案の定、その言葉に、巴さんがクスクスと笑い始める。「ならきっと、颯太さんは、本来、魔法少女の女神様の相棒(マスコット)なんですよ。魔法少女の女神様が居て、そこから派遣されてきた。 だから、私たちみたいな『普通の魔法少女』と、肩を並べて闘う事ができるんじゃありませんか?」「『魔法少女の女神様の相棒(マスコット)』ねぇ……そのポジションって、本来、キュゥべえのもんじゃありません?」「だから、きっと、キュゥべえだけじゃ足りないから、追加で派遣したんじゃありません? 時々、キュゥべえ以上に、的確な助言とか、アドバイスとかするじゃありませんか」「なるほど、ね。 まあ、仮説と呼ぶにしてもブッ飛んでますけど……与太話としちゃあ面白いかもしれませんね。 それに、俺自身の力の真相がどうあれ、結局のところ、俺はやっぱタダの男ですよ。 女神だとか何だとか、そんなの知ったこっちゃ無い。現時点で、はっきり分かってるのは、俺が一番大事なのは『家族だ』って事なんです……正直、その……色々、みんなに世話になっておいて、なんなんですけど、ね」 と。その言葉に、巴さんが切り出してきた。「ええ、分かってます。 ですから、颯太さん、その……お願いがあるんですけど」「え? 何ですか?」「一年後……バイクの後ろ、乗せてもらえませんか?」「え? どっか行きたい場所とか、ありますか?」「いえ、その……バイクでの巡回も、面白いな、って……」 あー、チカの奴の影響か? まったく……「分かりました。 あー、バイクだったら、都内の下町まで行ってもいいかもな」「都内、ですか?」「俺の故郷です。……見滝原とは違う、下町で空気も悪い、ゴミゴミした所ですけどね。 それでも、知ってる駄菓子屋で、ちょっと物珍しいアイスとか売ってたりするし。穴場は色々知ってますから……あー、でも、原宿だとか青山だとか、気取ったノリの場所じゃないから、普段着のほーがいいですよ。 『東京に行くんだー』って下手におめかしして行くと、浮きます」「浮きますか?」「ええ、『東京行くぞー』って着飾ってる人と、普段から東京で生活してる人と、そーいう差が歴然だったりしますから……色んな意味で」 よく、原宿だとか何だとかで、気合い入れた格好でケバい姿してる人はいても。 地味で砕けてありながら粋であれ、みたいな部分が、本来の下町の姿である。そーいう自然体のスタイルって、一朝一夕で真似出来るもんじゃない。「ああ、あと……都内の移動は、バイクじゃなくて、歩きと電車がメインですから、歩きやすい靴が前提で。 スニーカーなんかいいかもしれません。都心部って、意外と坂が多いんですよ。特に上野近辺はね」「そうなんですか?」「ええ。 だからって、渋滞まみれの都内を車で移動しようなんて奴は、何も知らない地方の人間か、さもなくば生活や仕事で車必須の人間か、さもなくば純粋な車好きだけです。 バイクだって、正直、駐車する場所、厳しいですから。……流石に、巴さんのソウルジェムに、バイクは無理でしょ?」「え、ええ……。後付けの能力なので、収納能力は、ティーセットが精一杯でした」「でしょ? とりあえず、名目上の保護者の親戚の家に、バイクは預けて置かせてもらえれば、まあ……あとは楽かな?」 とりあえず、適当に旅行のプランを立ててみる。「ただまぁ……なんというか。 『変わり続けるのが変わらない』街だから、もしかしたら、行こうと思った場所も、無くなっちゃってるかもしれませんけどね」「変わり続けるのが……変わらない? どういう意味ですか?」「ええ。江戸っ子はね、目新しいモンに、とりあえずは飛び付くんです。 でも、基本、自分本位でドライだから、悪かったらそれまで。良くも悪くも、勝手者が多いんですよ。 よく『東京の人は冷たい』なんて言いますけど、人間がギュウギュウ詰めで、目の前がイッパイイッパイの中、いちいち全部と関わって救ってたらキリが無い。 ……それでも、『誰かのために、日々を生きて無いわけじゃない』。 人間は……人間の社会ってのは、日常を生きる事で、自然と『誰かが誰かを救い続けるシステム』が出来上がってるんです。 東京……に、限らず『街』ってのは、そのためにあるんですよ。だから、『全体的に人が善く暮らすためなら』いくらでも、その器や形を変えて行くモノですから。 ただ、東京なんかの大都市の場合は、人が多い分、その変化が『極端に速い』んです。そういう意味で『変わり続けるのが変わらない』。 それが東京って街ですかね? 新興都市で計画的に作られた見滝原とは、ちょっと色々な意味で違うんですよ」「なる、ほど……少し、興味が湧いてきました。颯太さんの、故郷って」「ええ。まあ、だから多分……最近、アッチに帰って無いんで、全然様変わりしちゃってると思いますけど。 それでもね、あの薄汚れたドブ板を駆けまわっていた『場所』が、俺の『魂の故郷』なんですよ。 だから、もしかしたら案内してても全然トンチンカンになってるかもしれません……博物館動物園の駅跡って、まだあるのかなー? 完全に潰れたとかって噂、あるんだけど。 ……あ、あと御剣家の墓所もアッチだしなぁ。 考えてみりゃ、墓前供養だとか、親戚に任せっきりじゃねぇか……馬鹿だなぁ、俺。七月のお盆にでも、墓参り行かないとなぁ」「お盆が、七月?」「都内の下町はね、お盆が七月なんですよ。早盆なんです」 その言葉に、巴さんが苦笑した。「ほんと……颯太さんみたいですね」「え?」「危なっかしい程に、誰より『早い』人たちが、いっぱいいるんでしょうね……東京って」「まあ、なんというか……車やバイクよりも『自分の足で走り回ってる』人が多い街である事は、確かですね。 地方出の人たちは、最初『なんでこんなに、みんな歩くんだ!?』って絶叫するそーですが……車や道具に頼らず、自分の足で動ける範囲で、自分の生活が賄えるって、物凄く幸せだと思うんですよね、俺。 だから、みんな『自分の足で歩きたい』って人が、東京に集まっちゃうんじゃないかなぁ?」 適当な推論を述べながら。 俺はバイクを押しつつ、そんな他愛ない会話と、他愛ない約束を、巴さんと交わしていた。