「……どうしてこうなった?」 結局。 料理をしようとしたものの、暁美ほむらに撃たれた右手の痛みが激しくなり。 見てられん、とばかりにチカと巴さんが料理をする事になった。「……………」「……」 気まずい。 やっぱり……「なあ、その……やっぱ、俺、キッチンに」『だめ。そこに座ってる事』 魔法少女三人に、釘を刺されてしまった。 あまつさえ、手に湿布と包帯を巻かれてしまっては、どーしょーもない。「……参ったなぁ、ほんと。 何か、沙紀みたいに気の利いたトークでも出来ればいいんだが、見ての通りの無骨者でな。 ……すまんな。暁美ほむら」 と。「意外ね。あのふてぶてしい、皮肉屋の御剣颯太が……その怪我をネタに、嫌みでも言って来るかと思ってたんだけど…… なるほど、沙紀ちゃんが言ってたのは、この事なのね」「どういう、事だ?」「御剣颯太。私とあなたとの関係は……御世辞にも、良好とは言えなかったのよ。改変前の世界では」「……?」「はっきり言って、私と初めて接触した時のあなたは、沙紀ちゃん以外の魔法少女全てを、敵視していたと言っても、過言ではない。 私にしても、まどか以外のモノが、全く見えて無いと言っていい状態だった。 ただ、共通の敵……ワルプルギスの夜を斃すという、目的があったから同盟関係を維持出来ただけ。 お互いに利用し、利用されるギブ・アンド・テイクの関係で……かなり危ういモノだったわ」「あー、なるほど。魔法少女全部が敵にまわってる状況だったら、そりゃ、警戒もするわなぁ?」「ええ。お互いに『信用できない』事が『信用できる』。そんな関係だったわ」「なるほどねー……で、ワルプルギスの夜ってのは、そんな状況下で、お前さんと手を組まなきゃいけないような、化け物だったのか?」「そうよ。そして、あなたは姉……冴子さんを、ワルプルギスの夜との闘いで、失っている。その復讐が、協力の動機だった」「あー、納得」 それから、俺の闘いぶりやら何やらを聞くが……やっぱり、正味、化け物としか思えなかった。何者だったんだ、改変前の世界の、俺! だが、話を聞くうちに……死を望み、苦悩する下りを聞いて、何となく『俺ならあり得る』と思ってしまった。「……五趣六道……か」「え?」 ふと、そんな単語が、脳裏をよぎった。「ん? いや、『円(まどか)』……って名前から師匠が教えてくれた、六道輪廻って概念を思い出してな。 およそ、仏道には、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道ってあるんだけど、な。 元々、『修羅道』って概念は仏法には無かったんだ。『修羅道』そのものが『天道』に含まれていて、それを『五趣』っていうんだが、それが元々の古い教えだったのさ。 お前さんの話を聞く限りだと……どうも、その改変前の俺は……いや、チカも含めて『修羅道』に堕ちてるとしか思えないんだ」「修羅……道?」「『阿修羅』っつってな……元々は正義の神様だったんだが、正しい事のために闘いに明け暮れるうちに、慈悲だとかそーいった心を無くして悪鬼へと成り果てた者。ある意味『闘いの神様』だ。 そんな者たちが住まう世界では、衣食は望むままに現れ、天道と変わらぬ上等な食事が得られるが、食べ終わるとき口の中に泥が広がるため、結局は人の道に勝るものでは無くなってしまう。 一方、天道……いわゆる、天人が住まう世界は、長寿で、神通力が使え、快楽と苦しみを知らぬ者たちが住まう世界。 ただし、天人も煩悩とは無縁ではない。色恋沙汰だとか何だとか……まあ、死の恐怖だとか。そういうのも、ある。 そして、天人五衰っつってな……最後の最後には、醜い姿になって、死んで行くんだそうだ。 ……なーんとなく、魔法少年としての自分が『阿修羅』ならば、おまえら魔法少女が『天人』だったんだろうなぁ……って。 ほら、魔女化の下りとか、天人五衰に近く無いか?」「否定は……出来ないわね」「だろ? 多分……元々は『阿修羅みたいな俺』が、こーして魔法少女と飯食ってられるのは、その鹿目まどかって子が、六道輪廻の世界を、文字通り『五趣』の形態に戻してくれたからなんじゃねぇのかなぁ……って、さ…… 六道輪廻の世界じゃあ、上から順に天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道ってあるけど、解釈によっては『四悪趣』として修羅道から地獄道まで含まれちゃうケースだってあるんだぜ? もちろん、『三悪趣』で修羅道を含まないケースもあるけどさ…… 元々は天道から生み出しておきながら、餓鬼畜生と同列で語られちまうよーな事って……あまりにも可哀想だと思わないかなぁ、って。 だって人間、闘わないで生きて行けるなんて、思えないし……みんな必死に、何かと戦って生きてるのにさ。 その『阿修羅』って神様が闘い続ける事になった原因も、元々は舎脂(シャチー)って娘を、結婚前に我慢できなかった婚約者の帝釈天が、拉致って凌辱しちまって、そいつにブチギレて喧嘩売ったって話だし。挙句に、娘がその帝釈天に惚れて裏切られたとかな。 ……男親の立場としちゃあ、まして正義の神ならば、そりゃプッツンするに決まってるよ。 ま、その末に天界全部巻き込んで、大騒ぎ起こした末に、悪鬼として修羅道ってモンに堕とされちまうわけだけど」 と……「あの、神様が……そういった事を、したのですか? 私には、どっちもどっちと思えるのですが」 料理を作りながら、巴さんが俺に聞いてきた。「ああ、言ったろ? 『天人と言えど、煩悩と無縁ではない』。魔法少女だって飯を食うし、色恋沙汰もあるのと一緒だよ。 ……日本、に限らず、『多神教の神様』って、人知を超える存在ではあっても、やっぱどっか完璧じゃねぇんだよ。 だからその分、色んなジャンルに特化した神様が多数居るし、その中で比較対象しながら、自分に一番御利益のありそうな神様をメインに選んで拝んで行くのが、一番なんじゃねぇの、って。現世利益、最優先で。 ついでに言うと、俺は同じ『マイケルさん』でも、バスケやってる人がマイケル・ジョーダン拝むのは普通だと思うし、ダンスやってる人がマイケル・ジャクソン拝むのは当たり前だと思ったりしてるしな。 要は、『何を神様にして祈るか』なんて、人ソレゾレってこった♪ ……あ、ちなみに、明治神宮もそうだし、日光東照宮もそうだけど、『実在した人間』が神様として祭られてるんだぜ? 靖国神社なんかは、『護国の英霊たち』だしな」 なんて、笑ってやったり。 すると、チカの奴が、巴さんと一緒になって料理作りながら、聞いてきた。「じゃあさ、颯太。今のあんたにとって、『神様』って誰だい?」「んー……色々たくさんいるけど……やっぱり今の所の一番は『あの人』かなぁ?」「誰? ……例の女神様?」「いんや、違う。『虚淵玄』っていう、物書きの人。 物凄いぶっ飛んだ、恐怖と絶望の物語を描かせたら右に出る者は居ない……そんなドス黒い筆神様の話が、大好きなんだ」「……颯太、さん?」 食事を終えた後。 俺は、兗州(えんしゅう)虎徹を手に、自室で己の中の『存在』と向き合っていた時のことだった。「ん、ああ……巴さんか。どうしたんだ?」「いえ……その、何か色々ショックだったみたいなので、大丈夫かな、と」「ああ。まあ、なんつーかさ……女神様云々の話は、正味、悪いんだけど、知ったこっちゃ無いんだが……それよりもこう、少し納得して、安心できたかな、って」 思ったより穏やかな俺の表情に、巴さんが戸惑った。「え?」「だってさ、『ザ・ワン』だなんだって言ったって、元は『タダの男』じゃないか? 例え、改変前の俺が阿修羅みたいな存在だったとしても……結局、やっぱりそいつも、タダの男なんだなー、ってようやっと理解が出来たんですよ。 本当の俺……っていうか、俺って人間はさ、巴さんにしてもチカにしても、父さん母さん、師匠。色んな人との出会いとか分かれとか、そういったもんで、今の俺って人格が出来あがってるわけじゃないですか? そこに奇跡や魔法が絡んでいようが、起こった『結果』ってのは『現実』でしか無いんですよ、やっぱり。 それに、『誰かの願いは、別の誰かの呪い』って、沙紀が言ってたけど……沙紀がその力を使いこなそうって必至になってるのに、今更自分が、その……なんだ。『別の世界の自分』なんて、赤の他人に押し付けられた力とはいえ、そこから逃げるなんて、出来るワケが無いよなぁ……って。 だから、こうして愛刀を介して、『自分の中に問いかけてた』んです」 そう。俺が試みていたのは、『対話』。 別の世界の自分……無念の涙を飲んで死んで行った『己』という他人への供養。 剣……兗州(えんしゅう)虎徹という、自分を映す鏡を介して、自分の中の自分全てと、きっちり対話して『何が出来るか』『何が可能か』を、問いただしておこうと、思ったのだ。「……ほんとうに、颯太さんも、チカさんも、強い人ですよね」「え?」「チカさん、下で暁美さんに熱心に聞いてますよ? 『前の世界で、自分はどういう闘い方をしていたんだ?』って。 自分の切り札や定石を、全て封じられた状態で、どういう闘い方をしていたのか、興味があるみたいです」「ああ、話を聞く限り、全く戦闘スタイルが変わっちゃってるみたいだからなぁ。そこに、自分の新たな可能性を見出したんじゃないのか?」 何しろ、前線で鎖でとっ捕まえて、殴る、蹴るしか出来ないのが、チカである。 それで十分以上に闘えてしまうのも空恐ろしいのだが、その闘い方に限界を感じていたのも、また事実みたいだし。「で、その……『自分自身の対話』っていうのは、上手く行きそうですか?」 巴さんの質問に、俺は冷や汗を流す。「いや、それがね……対話は出来たものの、膨大で……さらに『増えてるんですよ』」「え?」「どうもですね、こう……勝ち抜きトーナメントのグラフを思い出して欲しいのですが。 『別の世界の御剣颯太が死んで脱落したからって、確実に俺の所に来るわけじゃない』んです。 今の俺とは『別の世界の御剣颯太』の力になりながら、その『御剣颯太』が力及ばず倒れた時に、また別の『御剣颯太』に寄り添って行く、みたいな感じで……たとえば、御剣颯太Aが死んで、御剣颯太Bにとりついて、御剣颯太ABになる。別の場所ではそんなノリの御剣颯太CDが居て、ABが死んだ時に、そのCDが御剣颯太ABCDになる。 そんな感じで、全体に均質化しながら、生き残りがレベルアップを繰り返してるんだと思うんですが……この調子だと、多分、まだ、並行世界で生き残ってる、『御剣颯太』は相当数いるんじゃないかなー? それでも、膨大なんですけどね、俺の段階で……中には『小学四年生の頃に死んだ俺』とか居たし。 ……今思えば、あの『幽霊退治』で、相当数死んでるんだろうなぁ」「えっと、つまり……」「俺はまだ、『ザ・ワン』でも何でもないって事です。強いて言うなら、『ザ・ワン候補生』って所でしょうか? ……俺の仮説が事実だとして、多分、元に戻った『無数の並行世界の暁美ほむら』のうち、何人か何十人か何百人かは、同じような感じで今頃、頭を抱えてそうですね。 ……恐らく、前の世界では、闘いの連続が過ぎて、恐ろしい勢いで『御剣颯太』が淘汰されていってしまったんじゃないですかね? しかも、全員が『キュゥべえを憎み』『魔女を憎み』『愚かな魔法少女を、憎んでいた』。 なら、主人格の俺がどうあれ、おそらく、最終的には……キュゥべえや魔法少女や……その成れの果ての魔女に対する、憎悪の化身みたいな存在に、なっちゃんたんじゃないのかなぁ?」「そっ、そんな!?」 絶句する巴さんに、俺は軽く笑いながら、手を振った。「いや、それがね……多分、そんな事にならないと思うんですよ。今の俺は」「え?」「恨みとかが、全く無いわけじゃないんですけどね……大体が悔しさを抱えているものの、話さえ通せば『後を頼む』って感じで……ほとんどアッサリしたもんです。話聞けば、さらっとした奴が多いんですよ、意外と。『別の世界の俺』って。 ……あと、『穢れを溜めこめた』のは、多分、俺の中のソウルジェムが『どんどん後付けで追加されて行った』結果、力が増えず、かつ、穢れを溜めこんで行けたんだと思うんです。 要は、穢れが増える分だけ、同じようにソウルジェムがデカくなってった結果みたいなんです」「はぁ? その……つまり」「確かに、俺の闘いの日々は続いたとしても、暁美ほむらから聞いたみたいな、前の世界みたいに過激なモンじゃない。 穏やかに寝る事も出来れば、一応、魔法少女たちと話をする事も出来る。つまり……『ザ・ワン』なんて化け物みたいな存在になるのは、多分、だいぶ先になっちゃうんじゃないかな? うっかりしたら、寿命の方が先な気がするし、今の俺は普通に死にますし死ねますよ。多分」「そ、そう、ですか……」「そういう事です。やっぱり俺は、『タダの男』だったんですよ。 ……少し、安心しました。 そしてね……だからこそ俺は、『無為に死んではならない』って思うんです」「え?」「今の俺が何もしないまま、何も成さないまま死んだら、別の世界の俺に何て言いわけすればいいんでしょうかね? 『お前、どんな経験積んで、どんな事してきたんだ? 何が出来るんだ? そんなお前が何ドジ踏んだんだ?』って聞かれた時に、胸を張って答えられなきゃ『後を頼む』なんて、言えるわけないじゃないですか? ……まあ、結局、俺は俺でしか無いから、俺に出来る範囲の事を、がっつり見据えて行かないといけないと思うんですけど……誰かに託された願いそのものに、振りまわされるのも、しゃくじゃないですか、男として? いくら、『五十万を超える自分』ってのが、中に居るとしても」「五十万っ!?」 目を見張る巴さんに、苦い笑顔を浮かべる。「現時点で、俺の中に居る五十三万六千三百二十九人……しかも、現在進行形で増加中。まったく、全員と『対話』を終えるのは何時になるやら。不老不死にでもなるしかないんじゃないかなぁ? ……ま、今俺が生きてる事だって、人間の一個の精子が卵子に辿りついて妊娠する確率よりは、マシかもしれませんけどね。 あれだって膨大な確率論の産物だし……って、あ、失礼」「い、いえ、お構いなく……そうですね。思ってもみませんでしたけど。 私たちがここに生きて立っているのだって、膨大な確率の中の、『ほんの一つの奇跡』でしか無いんですよね」「そうですよ。だから奇跡も魔法も、起こってしまえば『結果』という現実ですけど。だからといって、それに縋って頼んだ生き方なんて、俺らしくないじゃないですか? そういう意味で、俺は巴さん、尊敬してるんですよ?」「え?」 俺の言葉に、巴さんが戸惑った表情になる。「だってそうじゃないですか? 魔法少女なんて好き勝手出来る体で、佐倉杏子みたいに……まあ、彼女にはそれ以外、無かったってのもありますが……何にせよ、それに溺れず、人間らしい正義の味方を張り通す。 挙句、俺らの世話や面倒なんてしてくれて……本当に感謝の言葉も無いですよ」「いっ、いえ、むしろ、私の方が颯太さんやチカさんに、助けられてばかりだなぁ……って」「そら、助けてくれた人を助けるのは、当たり前じゃないですか? ……正直、俺、女の子とかと接するの、あまり得意じゃなくて……沙紀の奴は新人だし、ベテランで各所にコネのある巴さんが居てくれたのは、本当に心強いんです」「そう……ですよね。 颯太さん、女性と接するの、本当に苦手でした……というか、現在進行形で苦手ですもんね」「ええ、その……理解したくても理解出来ないと言うか……本当に、ワケが分からないんですよ。 なんというか……こう『何が分からないかすらも、分からない』状態でね。 女性と会話してると、こー……たまーに、先の見えない霧の中で崖っぷち歩いてる気分になるんです。 『確かなモノが何も見えてこない』……謎過ぎるんですよ。チカが何で、俺を好きになったかなんて、その最たるものです。 アイツとはそれなりに馬鹿やれてますけど、たまーに分かんないですからねーホント。アイツが、あんな気風のいい『イイ女』だってのに対して、俺は『タダの男』なハズなのに……いや、『このままではいけない』って、分かってるんですけどね。 その『何がいけないのか』すら、分からない状態でして……」 苦い顔で、俺はうつむく。 と……「多分……それは、『考えても答えの出ない問題』なんじゃないでしょうか?」「え?」「ほら、『隻手の音声』って……颯太さんのお師匠さんが、最後に出した問題。 結局、解けないまま、死んでしまった、っておっしゃってたじゃないですか?」「え? ええ……もう、答えを考えるのも馬鹿らしいんで、放置してるんですけど。 ……ただ、それって一応、答えは『ある』みたいな事を言われたんですが……」「だから、ですよ。 問題を出した人が死んじゃったら、問題そのものの答えの意味だって、無いも同然じゃありません?」「あ、なるほど」 確かに。「少なくとも、颯太さんのお師匠様って……こう『生きて行動で示す』人だったと思うんです。言葉も含めて。 だから、その質問の答えは、『颯太さんにとっては』『答えが無い事が答え』だったんじゃないのかな、って。 ……今、何と無く、今、思っちゃったんです」「そっか。 いや、気になって仏門の人に聞いたら『答えはあるよ』って言ってくれたんで、悩んでたんですけど。 考えてみりゃ、抽象的な問題文なんだし、師匠が死んじまった以上、悩んでもショーガネェ話だよなぁ、そーいう部分は。 『誰かに何か問題を出された場合、問題を出した人間そのものまで』観察して考えていかないと『本当の答え』なんて出せやしないしなぁ…… それに、俺は得度受けてるワケでなし、坊主になりたいワケでもネェし……そういう『専門的な部分』は、専門家に任せるか」「その割には、なんか変な事に詳しいですよね、颯太さんは。さっきの六道輪廻の話とか……」「いや、大半が師匠の受け売りや嘘話を、自分なりに解釈したり調べなおした結果なんッスけどね……あの人、ホント現世利益最優先の人で、お坊さんっぽい『悟り』だとかといった要素とは縁遠い人なハズなのにねぇ。 酒は飲むし博打はするし、借金はするし、巴さんには言うに言えない色恋沙汰絡みの騒ぎは茶飯事で……ほんと、何者だったんだか。 しかも、色んな意味で『迷いが無い人』でしたからねー。もー、本能だけで生きてるとしか……」 あまつさえ、本性隠すのが上手で……なんか、俺の両親が『立派な剣の師匠だ』とか、勘違いしてたし。 ……ほんと、剣以外は『悪』の反面教師だったなー……色んな意味で。「あ、そうだ。 そーいや、師匠が一度だけ、首かしげてましたねぇ……『俺の両親、新興宗教にハマるタイプには見えなかった』って。『現実見据えて必至に生きてるタイプの人だから、インチキ臭い理想論に聞く耳持つとは思えんのだが』とか。 でもま、『そういうタイプほど、一度嵌ると抜けだせんのが、ああいう宗教なのだが』みたいな事も言ってたし。『なんかキッカケみたいなのがあったんじゃないか』って。 両親が、『正しい教え』にのめり込んで行くのを相談したら、そう答えてくれました」「そう、なんですか?」「なんか、そーみたいですよ? 師匠曰く、ですけどね。 ちなみに『ありゃ手の施しようが無いなワシには。家族が何とかせい』だって。 だからまぁ、何とかしようとはしてたんですけど、ねぇ……所詮、子供の意見ですから、どんな正しくても、聞く耳持っちゃくれなかったんですよ、いやホントに」 挙句、無理心中の騒ぎである。ほんっとーに今でも『馬鹿だなー』としか思えないし。 ……いや、思いたくないのだが、やっぱり育てて貰った恩というか、幸せな記憶ってのはあるわけで……あれ?「……そういえば……本当に忘れてるな」「え?」「いや、子供の頃に、何かこう、ね……『凄く欲しい』って思って、両親にねだって買ってもらったモノが、あったハズなんですけどね…… どこで何を買ってもらったんだか、本当に忘れてるや」「それは……そういうモノではないのですか?」「いや、そうじゃないんですよ。俺、元々、大人しい子だったんで……何かを『欲しい』とか、ねだったりする子じゃなかったんです。 ただ、その時、『どうしても欲しい』って泣き叫ぶくらい両親にオネダリした記憶があるんですけど……不思議な事に『どこで何を欲したか』なんて、完全に忘れちゃってるんです」「そう、なんですか」「ええ、そうみたいです。 チカの奴に『ワガママな部分が無いあんたは、壊れてる』って言われたんですけど……今まで一番ワガママしてた俺の記憶って、ソコなんですよね。 その時に『何を欲したのか』って答えが出せればいいんですけど……沙紀の奴に聞いても『憶えて無い』って。 案外、それさえ分かれば、俺の中の気持ちの整理みたいなのがつきそうな気もするんですけどね……ほんと、自分自身の事ですら、分からない事だらけです。俺の中の五十万人分、全部含めて」 苦い顔をしながら、俺は巴さんに微笑みかけ……『ちょっ、ちょっと! ダメよ! ザ・ワンを怒らせるなんて、無茶にも程があるわ!』『いーじゃんいーじゃーん』『そーだよ、私たちには知る権利があるもーん』 何か、階下でバタバタと騒ぐ声……何事だ?「どうした?」「あっ、その……御剣颯太……その……まさか、この世界でも『金庫の中に』隠した本とか、無いでしょうね?」「っ!!!!!!!!!!!」 憶えがあり過ぎる。 ……そーだ、隠す場所に丁度いいからってんで、隠し金庫の一層目に、いかがわしい本とか何やらを、集積してたんだった!!「そっ、そんなものは無い! っていうか、他人の家の金庫の中を、覗こうなんてするなよ! チカ!」「えー? ほーんとーかなー?」「断じて無い! っていうか、御剣家のトップシークレットの空間じゃあっ! 帳簿とか金とか、置いてあるんだよ! マジで!」 そう、色んな意味で。マジに踏み込まれると、困っちゃうのである。「じゃあ、御剣家の一員として、私は入る権利あるよね、お兄ちゃん?」「さっ、沙紀!? だめだ、お前にはまだ早い!!」 いろんな意味で。 『御剣沙紀、大和撫子計画』が、ぶち壊しになりかねん!! と……「へー? じゃあさ、巴さん。巴さんも、颯太の秘蔵本とか、興味無い?」『ぶーっ!!』 チカの言葉に、噴き出す俺と巴さん。「よしっ! その反応からして、確実に『ある』と見た! ……ね、巴さん。興味無い? 魔法少年、御剣颯太、最大の秘密に!?」「えっ、えっとぉ……」 なんか、悪の誘惑をカマしていくチカに、俺は叫んだ。「とっ! 巴さん! 俺は……その、巴さん信じてます! 巴さん正義の味方なハズですよね!? だったら、他人のプライバシーとか家の中の金庫漁るとか、そーいった事はしない人だと、信じてます!!」「うっ……そ、その……」 何か、色んな感じに揺れ動いてる巴さん。 やがて……「颯太さん。私も、颯太さんを信じてますよ」「巴さん……」 謝謝!! 謝謝、巴さん! ビバ、正義の味方!! ……早いうちに、面倒でも金庫の二層目に封印して、パスコードも変更しておきますデス! はい!「ええ、ですから『何も颯太さんが見られて困るようなものが無いと、信じてます』」「っ!! とっ、とっ……巴……さん!?」 その目を見ると……何か、正義を言いわけに、明らかに好奇心に駆られている目! はっきり言って、タカの目よりおっかない目ぇしてますよ、巴さん!「しっ、信じてますからね、は、颯太さん……その、『何があっても』私は颯太さんを信じてますから、見せてもらえませんか?」「だっ、だっ、断固却下です! 裁判長! 再審を要求します!! っていうか、弁護士、弁護士はどこだーっ!!」 泣き叫ぶ声も意に介さず、チカの奴があっさりと。「異議を却下します。ここに魔法少女たちによる、人民裁判の判決は下りました♪ ……これより、御剣家に対し、強制執行に入ります」「なんだその、有罪以外アリエネェ代物はーっ!!」 俺はとっさに壁にかけてあった、インテリア代わりのユスの木刀を左手でひっつかむと、『金庫の入り口』に立ちはだかる。 だが……「くっくっく、颯太……お前、自分でも気付いてるかもしれないけど。能力的に、拠点防御だとかに決定的に向いてないって、分かってるか? しかも右手が使えないんだろ?」「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんのディフェンス面って、魔力相殺と機動力による回避がメインなんだから、魔法少女三人を、しかも片手一本で『押し留める』なんて、不可能に決まってるじゃない」「そ、そうね……チカさんが突っ込んで行ったら、多分、颯太さん、大けがじゃ済まないと思います。だからそこを退いてくれませんか?」 確かに。 一対一の『戦闘』ならば遅れを取る事は無いが、重戦車のようなチカの防御力とパワーで突進されたら、俺は回避しながら迎撃するしか手が無い。 こういった強行前進が可能なタイプへの迎撃手段は、速度で翻弄するしかないのだが、今、俺は『この場所を退いて動く事が出来ない』のだ。 少なくとも『ソウルジェムを破壊』……即ち、『殺す』、か。あるいは『兗州(えんしゅう)虎徹』で四肢を切断という、究極手段を取るんじゃない限りは、だが……正味、そこまでやりたいとは思わない。 何か……何か、手は……相殺……『魔力の相殺』か。 ……やってみるか。「舐めるなよ……魔法少年を舐めるなよ! 俺の……俺の中の全ての魂が! ザ・ワンとしての魂全てが、お前らの所業を『否』と叫んでいるのだぁぁぁぁぁっ!!」 その割には、しょーもない理由ではあるかもしれんが、色々な意味で切実なのは事実である。「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」 木刀に魔力を集中させ、それを床に突き立て、展開。 ……前に、巴さんがやってた、結界じみた拘束技の見よう見まねなのだが……「出来たっ!」 成功した手ごたえに、俺はうち震える。「ふふふふふ、颯太、一体、何が出来……え?」 変身しようとして、愕然とするチカ。更に……「嘘……」「そんな……」 愕然とする、魔法少女三人。 そして、状況が飲み込めない、暁美ほむら。「御剣颯太……一体、何をしたと言うの?」「結界張った。この家の中に」「……?」「『この家の中では、魔獣や何やの呪いが存在出来ない代わりに、奇跡も魔法も使えないし変身も出来ない』って結界さ。 魔力否定、奇跡否定の応用だよ」 いや、俺自身、出来るとは思ってなかったんだけどね。「さぁて、魔法少女諸君。君たちが『ただの少女』になり下がったこの状況下、どうするつもりかな? あ、言っておくけど、俺、この状態でも、片手でリアルに銃弾斬りカマせられるくらいの、剣の腕はあるからね? ……痛い目見たくなければ、近寄らないようがいいよ?」「げっ、きっ、汚ぇぞ、颯太! 単純な生身で、アンタに勝てるわけが無ぇだろ!」「どっちが汚いんじゃボケェ!! 魔法少女三人がかりで、人の秘密暴こうとしやがって!! 男舐めるのもいい加減にしろーっ!!」 叫ぶ俺。 だが……「くっ……上等だよ! こう見えて、昔は、素手喧嘩(ステゴロ)一対一(タイマン)上等のチカさんで鳴らしてきたんだ! 左手一本しか使えない剣術使いがナンボのモンだって」「ほいっ!」 そう言って、変身しようとして握ったままの、チカのソウルジェムを小手打ちでハタき落とす。「っ……」 そのまま、ばったりと倒れ伏すチカ。「あー、やっぱりか。 おそらく、魔力が存在する事そのものに対しての結界みたいなモンだから、この結界の中だとソウルジェムと『肉体との接触が離れた瞬間』体のコントロールが利かなくなると思ったほうがいいよ? なんていうか……有線ならともかく、無線は通じない、みたいな? ……もっと結界の強度上げて行けば『魔法少女すら存在出来ない』状態にまで、なれちゃうかもだけどね」「ちょっ、チカさあああああん!!」 慌てて巴さんがチカの面倒をみるが……正味、余裕である。「くっ、クソぉ……沙紀ちゃん、何とかならないか? 応用力って意味じゃ、あんたが一番だ!」 ソウルジェムを手にして復活したチカが沙紀に頼むが、沙紀の奴も首を振る。「だめ! 私の能力って基本的に贋作者(フェイカー)だもん! こういった『現実肯定、虚偽否定』とは正反対で、とことん相性悪いの! どうしてもやるなら、魔力量で強引に押しつぶすしかないんだけど、その量だってザ・ワンのお兄ちゃんに勝てるわけが無い」「くっ……無駄な所で、変な覚醒の仕方しやがって!」「あっはっは、リアルに生きてる魔法少年の剣術使いなめんなよー♪ ほら、散った散った」 と……「つまり……この中で、奇跡も魔法も関係ない武器……例えば、銃とかがあれば、通じるってことね?」 暁美ほむらがボソッと呟く。 が……「誰が持ってんだ、そんなもん。まさかお前、持ちこしたとか? 言っておくが、前の世界はどうだったか知らんが、我が家にそんなもん無ぇぞー?」「……そうね……確かに、無理だわ。今の私には」 ふと……その言葉に、チカの目がギラッと光った。「……そうか……そうかぁ! おい、沙紀ちゃん、巴さん! 台所でも何でもいい『スプレー缶』持ってきておくれ!」『えっ!?』 ……ま、まさか!?「早く!」「う、うん」「分かりました!」「ちょっ、ちょっと待てぇっ!!」 俺は……数多の戦闘経験から『チカのやろうとしている事』が、何と無く推察がついてしまい、絶句した。「行かせ」「おおっとぉっ!! 甘いよ颯太!」 そう言って、チカがソウルジェムから取り出したのは……『拳銃型の催涙スプレー』だった。しかも二丁。 っていうか……セシウムタイプの凶悪な奴じゃねぇか、それっ!!「ふっふっふっふっふー……どんな剣の達人だろうが『銃弾は斬れても『霧』は斬れない』よねぇ? 颯太」「てっ、てっ、てめぇ……」 ノズルの銃口を向けられ、俺は絶句する。 ……なんなんだこの夢も希望も無い、魔法少女共はっ!! 確かに、銃口を見切って回避する以外に手は無いが、今、この場を『俺は退くわけには行かない』のである。後ろの金庫を開けて飛びこむにしても、その隙を突かれてしまうだろう。 ……失敗したぜ、畜生!!「元々、刃物沙汰の喧嘩(ヤンゴロ)や、乱闘(ゴチャマン)用に持ち歩いてたのさ……まさか、こんな所で、リアル剣術使い相手に、使う羽目になるとはねぇ」「こ、このアマ……」 さらに、沙紀や巴さんが、超強力ゴキジェットだの、スプレー糊だのを構えて勢揃い。 ……チェックメイトだ。 だが、諦めるわけにはいかない。 男の尊厳を守るため『ここを退く』という選択肢は、ありえないのだ!! 男には『負けると分かって挑まねばならぬ時がある!!』 ……いろんな意味でっ!!「最後通牒だ、颯太……そこを、退け!」「断る!! もしこの先に行くというのなら……俺の屍を超えて行けぃっ!!」 というか、この秘密暴かれたりしようものなら、精神的に色んな意味で、リアル屍状態である。 ならば、せめて斬り死にを選んでくれようぞっ!!「そうか……アディオス、颯太!!」 バシューッ!! バシューッ! と銃口から噴き出す、催涙スプレーの霧を、息を止めて目をつぶり、心眼で見切りながらチカの催涙スプレーに向かって木刀を振り……「ファイヤー♪」「って……うおおおおおおっ!!」 次の瞬間……超強力ゴキジェットに『ジッポライターで火をつけて』、即席火炎放射機にした沙紀の奴が、俺にむかって業火をぶちかましやがってくる。「げほっ、げほっ……沙紀、おま……」 どこで憶えた、そんなテク!?「颯太さん、ごめんなさい!」 さらにスプレー糊が俺の顔面に直撃……って、火が、火がっ!! 服や壁紙に引火してるって!!「危ない!!」 とっさに、暁美ほむらが、近くにあった消火器でもって、『俺ごと』消火しやがった。 いや、助かってるのは助かったんだけど……粉末型の消火器ぶっかけられた経験ある人は少ないだろうから説明するが。 あれって、『空気中の酸素を奪って消火する』モノである。つまり、人間にぶっかけると呼吸困難を引き起こすケースが多々あるのだ。 催涙スプレー、火炎放射機、そしてスプレー海苔に、消火器。 もー悶絶する以外に無い状態に陥ってしまった、俺に向かい……「チェック・メイト♪」 チカの奴が、俺に向けて、ロッド型のスタンガンを振りかぶり……そして、俺の意識は闇へと堕ちていった。「うわぁ……颯太って、やっぱり巨乳好きだったんだー」「へぇ……颯太さんって、こんな人が……」「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」「……………その、御剣颯太……ごめんなさい」「…………………………いっそ、殺せ…………………………」 ……その日。俺の人生は、色々と終わった……