「胃壁は鉄で出来ている。 胃液は炎で、中身は底なし。 幾度の食卓を超えて不敗。 ただ一度の満腹も無く。 ただ一度の食べ残しも無し。 喰らい手はここに孤(ひと)り、茶碗片手に箸を持つ。 されば我が食前に酒は不要(イラ)ず。 この胃袋は、無限の食欲で出来ていたっ!!」「……………ま、ちゃんと俺が作ったメシ喰ってくれるんなら、いいけどヨ」 最近、好き嫌いでワガママ言う事が減った沙紀の奴が、大嫌いなピーマンを前に、なんかどっかの腹ペコ王を憑依召喚させる呪文っつーか暗示っつーか……そんなのを唱えながら、気合いを入れてモリモリ食して行く姿を見つつ。 俺は、沙紀の好物のデザートの和菓子を用意しながら、何と無く、色んな事を考えていた。「なあ、沙紀。 ……俺にさ。『家族を増やす』資格とか力とかって……あると、思うか?」 デザートの和菓子と緑茶をつまみながら。 俺は真剣に、沙紀に問いかけた。「かぞ……く? 何?」「うん。ちょっと……悩んでてな、チカの事。このままで、いいのか? って……」「え?」「俺さ。親殺しだし……姉さんも守れなかったし。 そんな俺がさ……その、幸せになれる資格とかって、あるのかな、って。 分かってるんだよ。 魔法少女や、魔法少年なんて稼業、何時までも続けられない。 実際、櫛の歯を落とすように、昔からの知り合いの魔法少女は、どんどん魔獣との闘いに敗れて、減って行ってて。 そのたびにキュゥべえが新しい仲間を増やして行く。 ……いつかは結論を出さなきゃいけない。命賭けの稼業だから、それは早い方がいい。 それは分かってる。 だけどな……どうしても。 俺の手には……殺しちまった父さんや母さんの感触や、救えなかった姉さんの事とか……いや、そんだけじゃねぇ。 共同戦線を張り続けて、結局守り切れなかった魔法少女だとか、もうあと十秒、現場に急行すりゃ助けられた人とかの、悲鳴や叫びがさ、染みついて離れないんだ。 魔法少年だ、ザ・ワンだ何だっつった所で、俺ぁ神様なんかじゃねぇ……救えるモンも助けられるモンも限られちまう事は、よーっく身に染みて分かってる。……キュゥべえの奴に『俺が居ると、魔法少女の損耗率が減る』って言われてる分、まだ救いがあるのは、理解してる。 だけどヨ。こんな、何も守れなかった男が……『一家を背負って立てるのか?』、って考えるとな。 チカの思いに、答えてやれる自信が、全然無いんだ」「お兄ちゃん?」「結局よ、『俺が一番信じられないモノ』って……自分自身なんだな、って。 だから、俺は『現実』からでしか判断して来なかった。見えるモノ、確定してるモノ、確かなモノ。 『それだけ』が俺の土台だった。逆を言えば……『土台固め』に腐心し過ぎて、どんな家を建てるのか、設計図がまるで見えて無かったんだな。 『愛は金で買える』って誰かが言ってたし、確かにそれは、ある意味正しい。姉さんが残した金庫の金ハタけば、幾らでも女なんて寄って来るだろうさ。 ……でもな、俺にとって『家族』は……家族って『信頼』はな、金じゃ買えないんだよ」「……」「人間はさ、『自分自身の全てを見る』って事が、出来ないんだ。だから俺は最終的に、一番、自分を信じて無いんだよ。 そして、数多の闘いの中で、そうやって俺は生き延びてきた。生き続けてきた。 だからこそ、俺は何かこう……常に俺は、盛大な見落としをしてるんじゃないか? 間違ってるんじゃないか? って。 不安なのさ。 こう……チカに告白されて以降、アイツに関しても分からない事だらけで、結局、一歩が踏み出せないんだ。 ザ・ワンだ何だとか……色々言った所で、俺自身、タダの男でしか無い。ちょっと変わった芸が出来るだけの男なのさ。 増してや、俺は親殺しだ。もしかしたら、タダの男以下かもしれねぇ。そんな男に……あの気風のいい、チカの奴が、何で惚れたのかすらも、理解出来ねぇんだ」 とりあえず、一番身近な『女性』に、悩みを告白して聞いてもらう事にする。 何だかんだと、一番、一緒に暮らしてきた間だし、闘いも共にくぐり抜けている。 そんな関係だからこそ、俺は沙紀に相談を持ちかけたのだ。「……あのさ。お兄ちゃん? お兄ちゃんってさ……本当に馬鹿だよね」「まあな。この年齢になって、女心の一つも分からん。その……『少し』朴念仁かもしれないなぁ? ってのは自分でも分かってる」「…………………少し…………………」 何というか、もう『救いようのないモン』を見るような目線を向けて来る妹様。 ……何だよ?「あのさ……何で女の子が、お化粧とかすると思う?」「綺麗に見せたいから、だろ? ……まあ、野郎とかにもあるみたいだが、俺には無縁だな。 虚飾を全て否定したりはしないけど……ゴテゴテした厚化粧とか不気味で不潔だし、清潔にしてりゃいいダケだと思うんだけどなぁ? 俺はそういうの、基本、御免だよ」 何しろ、『変装』以外で、化粧とかした事無いし。清潔であればいい、くらいなノリだしなぁ。 ……あの、宴会の時の『女装』とか……よそう。もうあれは記憶から消し去りたい。「はぁ……あのさ、お兄ちゃんってさ……『与えられた問題』には物凄く強いけど、自分から問題を解決しようとは思わないタイプだよね? こう、『やらなきゃいけないこと』『何とかしなきゃいけない事』には、物凄く強い。『何とかしてやろう』『ケリつけてやる』みたいな。『正解が無い問題だ』って思ってるような事にも、問題の前提ごとひっくり返して、無理矢理答えを叩き出しちゃう、『叩き出せちゃう』。 ヤクザに追いつめられて殺されそうになった人に対して、ヤクザを殺して山に埋めちゃうなんて典型例じゃない? 『最低限、人殺す覚悟が無きゃ勤まらない仕事なら、殺される覚悟くらいは持つべきだろ?』って……あっさりと。 フツーは出来ないよ。そんな風には。 そんなお兄ちゃんだからこそ、他の魔法少女たちは、お兄ちゃんを頼もしく思って、アドバイスに従ってくれるんだよ? 『それでも颯太さんなら……颯太さんなら、きっと何とかしてくれる』って感じで」「あ、ああ。チカにも、そんな事、言われたよ」「でもさ、それってさ……『絶対に正解の出せない問題と、向き合ってこなかった』って事にならない?」「そんな事あるもんか! 俺が父さん母さん殺して、どんだけ」「苦しんでるのは分かるよ。でも、それは『答えを出した問題』の『答え』に苦しんでるだけであって。 『問題そのものに』苦しみ続けた経験って、お兄ちゃん、意外と薄いんじゃないかな?」「……………」 言われて、俺は戸惑う。 確かに……そう、かもしれない。「お兄ちゃんってさ……自分自身をマシーンみたいに思ってる部分がある、って。言ってたよね?」「ああ?」「……だったら、その『マシーンの部分』が、ぶっ壊れちゃうような事、言ってもいいかな?」「なんだよ? 言ってみろよ?」 戸惑いながら、沙紀の言葉を聞く。「マミお姉ちゃんの事」「は?」 意外な角度から切り込まれて、俺は戸惑った。「あのさ、マミお姉ちゃんも、お兄ちゃんの事、好きなんだよ?」「なんだそりゃ?」 一瞬、意味が分からなかった。「いや、俺も嫌いじゃ無いっつーか、尊敬はしてっけど?」「だからお兄ちゃんは朴念仁だって言ってるんだよ。 マミお姉ちゃんも、お兄ちゃんの事を、異性として意識してて、好きなんだよ、って事!」 ……なんというか。呆れ果てた。「はぁ……沙紀? いい加減な事を言うもんじゃないぞ? 俺と巴さんは、そーいう関係じゃないのは……」「だから、お兄ちゃんは朴念仁だって言ってるんだ、馬鹿ーっ!!」 ばしゃっ、と茶をかけられる……「熱っちゃっちゃ! てめー! 喰いもん粗末にしてんじゃねぇ!」「うるさい、この朴念仁のコンコンチキがーっ!!」「やかましゃあ! てめーこそテキトーな事言ってんじゃねぇーっ!! アリエネー寝言吐いた上に、兄貴に茶ぁぶっかけるたぁ何事だ!」「テキトーじゃ無いモン! 嘘じゃ無いモン!! マミお姉ちゃんがどんだけ悩んでるかも知らない癖にーっ!!」「っ……!! ……OK、沙紀。まあ、男と女が居れば、そーなっちまう可能性だってゼロとは言えないわなぁ? だが、そんな事とか、一言も言われた覚えは無いぞ?」 ベベレケに酔っぱらった時の戯言はあるが。 あれをカウントしろというのは、幾らなんでも酷というモノだろう。 人間でも魔法少女でも魔法少年でも、酔えば誰だって酔っ払いだ。 もっとも、俺は酒に酔った事が無いが。……いや、飲めないわけでは無く、その逆で。 『飲んでも全然変わらない』上に、チカの奴を遥かに超えて『ザル』だし、特に美味いと感じる事も無いので、付き合いで飲む事はあっても、飲んでて楽しいモノだとは思えないのだ。 東京居た時のガキの頃、ジュースだと思って料理用の焼酎まるまる一リットル飲み干した後で、ふつーに学校に行って、酒臭さに気付いた担任の教師によって、大騒ぎになったくらいである。「……あのさ。マミお姉ちゃんが、何で我が家でお酒飲んでたと思う?」「んー、魔獣に対しての警戒だろ? 信じられる人間がいれば、休む事も出来るわけだし? 一人暮らしの隙を突かれたら、って思えば……」 とりあえず、俺の出した答えに、沙紀が本気で頭を抱えてた。 「……………馬鹿過ぎる……………マミお姉ちゃんの事が、この人全く分かって無い」「なんだよ! あの最強魔法少女が、どんな猛者だって事かくらい、俺だって……いや、誰だって知ってらぁ!」「だから何も分かって無いって言ってるんだ! だから……だから貴様は、馬鹿兄なのだぁぁぁぁぁっ!!」「へぼぶぅっ!!」 妹様の鉄拳制裁……って、チカの能力のコピーか、おい!? なんか珍しいパターンだな? よし、『御剣家流』で、付き合ってやろう!「てっ、てっ……てめぇ……兄貴に手を上げるとは何事だ、この馬鹿妹がーっ!!」 ぼこぉっ!!「五月蠅い、この馬鹿兄がーっ!! 疑うくらいだったら、直接聞いてこいーっ!!」 どかぁっ!!「出来るか馬鹿ーっ! そんな有り得ない妄想話のカンチガイに恥ずかしい真似、生き恥じゃーっ!!」 どごぉっ!!「だからマミお姉ちゃんは、お酒飲んで告白したんじゃないか、馬鹿ーっ!!」 ズッギャーン!!「ンなわきゃあるか馬鹿がーっ! 俺が知る巴さんなら、面と向かって告白するくらいの度胸あるわい!! 彼女程、頭がキレて肝の据わった魔法少女、見た事無いわい!」 メメタァッ!! ってな感じの、御剣家式家族会議(肉体言語込み)の真っ最中。 ……不意に。沙紀の馬鹿が動きを止めた。「よし! そんだけ信じられないのなら、今、この場にマミお姉ちゃん呼んでやる! ……どーなっても知らないんだから!!」「あーあ、やってみんかい! そんな確率論的にありえねー寝言を真に受けるほど、俺は馬鹿じゃねぇよ!」 売り言葉に買い言葉。 それが、どれほど高くつくモノか……この時俺は、想像もしていなかった。「好きですよ。私も」 ……え?「……あの、巴さん? もしかして、また酒……」「飲んでませんよ。シラフです」 ……OK、落ち着け、俺。まだ慌てる時間じゃ無い。「えっと、その……お友達とか、頼れる仲間とか」「いいえ。チカさんと一緒で、異性として颯太さんを見てます」「え、あー……その、何時から?」「いつの間にか、です。一緒に戦って、過ごしてきて……気がついたら、好きになってました」「……そ、そうッスか……」 参った……参っちゃったぞ、これ?「……イスラム教徒って、確か嫁さん4人まで持てたよなぁ?」「お・に・い・ちゃ・ん?」「は・や・た・さ・ん?」 にっこりと微笑みながらも、ティロ・フィナーレな銃口を向けて来る、巴さんと沙紀。「いや、『神』なんて大体が人間の都合でデッチアゲた代物なんだから、こう『自分に都合のいい神様』を、臨機応変に拝んで行こうかなーってのが、俺の流儀だし」 ……ま、イスラム教徒は戒律厳しすぎるか。フリーダムな今みたいには行きそうに無いし。 それに……断食月(ラマダン)とか、俺的にアリエネェし……「私はチカさんに颯太さんを譲るつもりはありません。 チカさんも、私に颯太さんを譲るつもりはありません。 ただ、チカさんもそうですし、私もそうですが、颯太さんの『弱み』に付け込むような、卑怯な真似だけはしたくない。 だから、どちらを颯太さんが選ぼうが、それは颯太さんの判断にお任せしようと思ってます」「俺の……弱み?」 深々と巴さんは溜息をつく。「率直に言います。 颯太さん、あなたは……私もそうですし、チカさんもそうですが『サバイバーズ・ギルト』という原罪を背負っています。 『他人を食い物にして、育ってきてしまったチカさん』 『交通事故で自分だけ助かる祈りをしてしまった私』 そして……『両親を殺してまで、自分と愛する人を守ろうとした颯太さん』 ……チカさんは言ってました。 『他人の傷に付け込んで、モノにするのは簡単な事だ』って。 でも、こうも言ってました。 『そんな恋愛関係は『本当の男』をモノにしたい場合、絶対長続きしない。恋人ってのは、いずれその男の嫁になり、そいつの子供を産んで妻になる。 その幾つかあるステップの、ほんの一段階に過ぎない。 あたしは颯太と『ずっと一緒に居たい』以上、『恋人』って立場だけで満足できるワケが無いんだ』って……」「チカが……そんな事を?」「ええ、ですから、チカさんと引き合わされたあの時、不思議に思ったんです。 『先を越されてしまった』って……だというのに、彼女は私の家に転がり込んだ。 『何故か』と問い詰めて帰って来た答えが……それでした」「そう、ですか……あの、強欲なチカが、そんな謙虚な事を」 思わず、つぶやく。 だが……「謙虚? そう思えますか? 私には……物凄い強欲に思えますが?」「え?」「あの人は『安っぽい男』や『安っぽい愛』に、興味なんて無いんだそうです。 『女(あたし)が欲しければ、男(アイツ)の全てと引き換えだ』って……言ってましたし。 あの人は、『ザ・ワン』たる颯太さんの『全部』を手に入れるつもりです。 というか、『本当の颯太さん』が手に入るなら、あの人は傷に付け込んででも何でも、手に入れたでしょう。 でも、あなたは、魔法少女には『誰にでも』優しいですから……『本当の颯太さん』を手に入れるには、こんな正攻法以外、有り得ないって思ったんじゃないでしょうか? あの人の海賊風の魔法少女の姿は、まさに的確ですね……魔法少女の中でも一番の『大物目当て』の、悪党だと思いますよ」「そんな……俺、そんな男じゃあ。 俺はタダの……」 そこに、びしっ、と指を突きつけられる。「颯太さん……颯太さんは、いつも『タダの男』と、ご自分を評価なさってますね? では、言わせてもらいます。どこが『タダの男』なんですか?」「え? だって……風呂入るし、飯食うし、悩んだりするし、クソだってするし」「少なくとも……『タダの男』は、魔法少女と肩を並べて魔獣を狩ったりしません!」「っ……………だけど、普通でしょ? たまたま俺は、そんな能力を持っていただけで、持っていれば誰だって」「誰だって? 本当に? じゃあ、何で沙紀ちゃんが殆ど一人前になった今でも、魔獣を狩っているのですか?」「一人前? こいつが? 俺から言わせりゃマダマダです」「では、颯太さんが沙紀ちゃんを一人前と認めるには、どうすれば?」 その言葉に、俺は迷い無く断言する。「無論、この俺を『超えて』行く事です!」「『ザ・ワン』を超えろ、と!? 一介の魔法少女に!? 颯太さん……今、自分がどれだけ無理難題を言っているか、分かってますか?」「はっ! それこそ、お笑い草です! そこで膝を折っちまうような奴が……『繋ぎで闘ってる』俺程度、踏み越えられなくて、何が魔法少女ですか!」 と……「分かった。超えてやる!」「沙紀ちゃん!?」「お兄ちゃん……私、今まで『二人で一つの魔法少年』だって思ってた。 でも、これは……こればかりは、絶対に違う! お兄ちゃんも私も……一人立ちしなきゃいけない時が、来たんだよ」「っ……沙紀?」「誰にでも優しい、機械みたいな『空っぽ』のお兄ちゃんに……奇跡や魔法を否定して『現実しか見て無い』お兄ちゃんに……意地でも、夢と希望を見せつけてやる! それが魔法少女としての、私の務めだっ!!」「空っぽだと? ……沙紀、それは、お前にダケは言われたく無ぇな」「なんでよ!」「お前の力は、全部、借り物だ。自前で手にした力なんて、ひとっ欠片も存在してねぇ……分かるか? 贋能者(フェイカー)。 確かに、運用、応用次第で戦闘には勝てる。問題を解決する事は出来る。 だが……そこのドコに『御剣沙紀』が存在している? おめぇこそ、『誰かの夢や希望に安易に乗っかってるダケ』としか思えねぇぜ? そんな力しか持たない魔法少女が!? 一体全体、俺に何を『示す』っつーんだ? あ?」「っ……!!」「よし、課題だ。 テメェが一丁前だと言うなら……『御剣沙紀』を、俺に……兄貴に。御剣颯太に、見せつけてみせろ。 でなけりゃ、俺は納得なんか、しねぇぜ?」「上等、受けて立ってやる! ……後悔すんな、馬鹿兄貴!!」 そう言って、ドカン! と乱暴に扉を蹴り開けて……沙紀の奴は、家を飛び出して行った。 沙紀が出て行った後に、沈黙の落ちるリビング。「その、なんつーか……俺ぁ、分かんネェ事だらけで、知らねぇ事だらけだったンッスね」「そうですね」 天を仰ぐ。 ……本当に、俺は……「どうすりゃイイんだ……」 沙紀にああ啖呵を切ったモノの……改めて『空っぽの自分』ってモノに、気付かされて、俺は溜息をついた。「何でも出来るって事は……何も出来ないって事と≒(ニアリー・イコール)なんですね」「え?」「いや、俺はね……俺なりに挫折や何やを繰り返して、現実見据えて、必死に自分を鍛え上げて生きてたつもりだったんですけど。 夢とか、希望とか……『俺自身のそういったモノ』が、全く見えて無かったんですね。 その分まで……俺は沙紀に押し付けちまったのかもしれないな、って」「颯太、さん?」「考えてみればね……沙紀の能力も、俺の能力も『他の誰か』が居ないと、意味が無い能力なんですよ。 『仲間』が居ないと成長する事すら出来ない、沙紀の『コピー能力』。 『敵』が居ないと、存在すら証明不可能な、俺の『魔力否定の能力』。 ……変な所で、バランスが取れてたんですね。色んな意味で」 と……「そうでしょうか? 少なくとも……颯太さんの能力を、証明する方法、ありますよ?」「え?」「速さ。魔法少女は、誰もが追いつけない、見滝原最速のスピードスターじゃないですか?」「っ……まあ、確かに。でも、『ソレダケ』ですよ? 早いだけじゃ何の意味も……」「そう。最速で間違いを否定する。そして即断即決……どんな状況でも、その行動に『迷い』が無い。 だからこそ、みんな信頼しているんですよ、颯太さんを」「俺は……その……そんなんじゃ、無いです。 今、俺は、迷いっぱなしです。どっちかなんて選べるわけが無い。 巴さんも好きだし、チカも好きだし……なんというか、『自分の意思で、選ばなきゃいけない』って状況に、初めて置かれた気分です。 こればかりは……『速さ』で解決できない。 どっちも『否定』なんて、出来るわけがない。多分……絶対に、後悔が残る問題です」 と……「……くす。ごめんなさい。その……珍しいモノが見れたな、って」「え?」「真剣に『悩み続けてる』颯太さんなんて……初めて見ました。 考えてもみれば、颯太さんて『どーしようかな』の人で『どうすりゃいいんだ?』なんて言葉、初めて聞いた気がします」「それは、何が違うってんですか?」「『どーしようかな』って事は……幾つか解決方法が思いついてる、って事じゃないですか? でも『どうすりゃいいんだ?』なんて言葉は、答えに皆目見当がついていない。 そんな言葉は、颯太さんからは、初めて聞いた気がします」「買い被り過ぎです。 何せ、俺自身が決めろって言われても……俺を一番信じていないのは、俺自身なんですから」「あれだけ、自信満々の颯太さんが?」「そう見えるように、見せてるようにしてるだけです。本当は、一番自分を信じてませんから、俺自身が、俺を」 そう言って、悩む俺に……更に、巴さんが、追い打ちをかけてきた。「チカさんね……高校を卒業したら、旅に出たいそうですよ?」「え!?」「『ドブの底からじゃなくて、魔法少女の翼で、広い世界を見て回りたい』って。 あの人の『祈り』は、颯太さんと一緒で複合型ですからね。贖罪と……そして『旅立ち』の祈り。 新天地(エルスウェア)への渇望が、誰よりも激しい人なんです。 そう言う意味で、『否定し、守り続ける』事を誓った、颯太さんとは間逆なんですよ」「そんな……!」「きっと、行く先々で、トラブルを起こしては解決して……そんな暮らしを続けるのが、目に見える気がします。 だから、颯太さんに『ついてきて欲しい』っていうのは……決して楽な選択肢では無いでしょうね」「っ……あいつは……そんな事を」 軽く、頭を抱える。「そういう意味でも……『どちらか』を、颯太さんは選ばなきゃいけません。 チカさんとの旅立ちか、見滝原に留まるか。 『後悔の無い選択』なんて……今度こそ、ありませんよ?」 道明寺を平らげ、緑茶を飲みほした、巴さんが立ちあがる。「颯太さん……私も、チカさんも、颯太さんを愛しています。だからこそ、今度こそ……真剣に、ご自分と向き合ってください。 夢や、希望や、欲望や、そういった『颯太さん自身のワガママな部分』と、真剣に。嘘も、誤魔化しも無く。 私たちは『正しい答え』ではなく……『颯太さんの答え』を、待っているのですから」 そう言って、巴さんは……俺に言い残して、御剣家を立ち去っていった。