「あの……馬鹿兄……」 夜の街を歩きながら。 私は途方に暮れていた。「お兄ちゃんを……ザ・ワンを超えろって……どうすりゃいいのよ」 お兄ちゃんは、日ごろ優しくはあるが……本質的には、究極の実力主義者にして、実戦主義者だ。 その目線には、一切の容赦も甘さも無い。 だが、だからこそ……「私の本当の能力……願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)……か」 暁美さんが教えてくれた、私の本当の能力……他の魔法少女の能力を混ぜる事によって、全く新しい能力を創り出す能力。 だが、実際、幾つか試したモノの、これまで全て失敗続き。しかも、消耗だけは激しくなるというオマケつきだ。「……何が、いけないのかな?」 夜の公園。 幾つか、能力を展開してみる。 ……もう、最初の頃のような、魔力を無駄に消耗し尽くすような、無様は無い。 だが……逆を言えば『それだけ』だ。 『お前の力は、全部、借り物だ。自前で手にした力なんて、ひとっ欠片も存在してねぇ……誰かの夢や希望に安易に乗っかってるダケだ』「何さ……人間なんて、全部が全部、一個人がゼロからオリジナル『だけ』で構築出来るワケ、無いじゃない。 どんなオリジナル気取ったって、心だの文化だの何だの……『人間』なんて全ては順序数列組み合わせの産物じゃないの! だったら、面倒な事はコピーで十分……なんかじゃ……無いよね、やっぱ」 『他人の願いを知りたいという願い』……いつしか、私はそれに溺れては居なかっただろうか?「順序数列組み合わせ……か」 OK、まず、冷静になろう。 『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と言う。 まず、敵は『ザ・ワン』たるお兄ちゃん。能力は『最速』と『否定の魔力』。 対する私は、『全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)』。 究極のコピー能力。その『無限の蔵書』の中から、お兄ちゃんに通じそうな能力は? 『速度低下』? いや、否定されたらそれまでだ。 『遠距離攻撃』? 回避されるのがオチだ。 『肉体強化』? 否定の魔力を使った斬撃までは防げない。第一、お兄ちゃん、武術(マーシャルアーツ)の達人だし。「OK、まずは……『速度』ってファクターは無視しよう。 魔法少女が、お兄ちゃんの『否定の魔力』を攻略する方法は?」 考える。 考えて、考えて、考えた結論。それは……「こっちも、同じ『否定』の魔力を使うしかない……か」 確かに。 お兄ちゃんの能力自体は『コピー済み』である。 もっとも……私個人の『願い』との相性が、『私自身にとって』相性が悪すぎるので、殆ど使用していない。 ……お兄ちゃんは私の魔力を使う事が出来るのに、私はお兄ちゃんの魔力を使えない。不公平にも程がある気がするのだが……それが現実である。 ただ……『奇跡や魔法を否定する事』を『否定する』……即ち、『奇跡や魔法の肯定』というのは、アリだと思う。 じゃあ、『何を以って』肯定するべきだろうか? マミお姉ちゃんの、『生存への祈り』だろうか? 幾らお兄ちゃんだって『死にたくは無い』だろう。 だが……お兄ちゃんは、状況によっては自分自身の生存すら放棄しかねない程、厳しい人だ。誰かのために命を投げ出す事に、全くの躊躇が無い以上、それだけでは弱い。「……うーん、分かんない。けど……」 とりあえず、カクテルにする素材の片方は見えた。あともう一つ……決定打になるモノ。「そういえば……」 あの時。 お兄ちゃんは、『右手を大怪我して』帰って来た。 お兄ちゃん自身は、疑問にも思っていなかったが……これって、意外と珍しい話なのだ。 何しろ、お兄ちゃんには『魔法を介した物理攻撃』……例えば、チカさんのパワーで岩を投げつけたりする事とかは有効でも、純粋な『魔法そのもの』……マミお姉ちゃんの、ティロ・フィナーレなんかは、かなり通じにくい。 以前、お兄ちゃんがバーサークした時に、逃げ回りながらぶっ放した、マミお姉ちゃんのティロ・フィナーレを『つかまえた』とか言って『食べちゃった』くらいだし……あれはホント怖かったっけ。 そのまま、一晩中、怒り狂って木刀引っ提げてバーサークしたお兄ちゃんと……よそう。もー、あの出来事は思い出したくも無い。 まあ、要は。 純粋な魔法『だけ』でダメージを与えるっていう事が、至難に近いのだ。 そして、それを成し遂げた人……「暁美……ほむら、さんだったっけ。ちょっと話を聞きに行きたいなぁ」「瘴気……魔獣、か」 ひみかちゃんからコピーさせて貰った、探索系の魔法を使ったモノの……やはり、所詮、コピーはコピーか。 精度が悪すぎて、暁美さんの姿が発見できなかった。 ……どうしよう。一度、撤退しようかな……怖いし。いや……「まずは魔獣を観察、タイプを推定、そして有効な魔法と能力を選択し……」 慎重に、敵を観察し、油断せず、魔力を運用。 警戒を厳に……ちょっと私一人だとマズいタイプと数だ。一度、安全地帯への撤退、それから仲間への連絡……「って、ちょっ!!」 そこに……ビルから飛び降りた暁美さんが、現れる。「……翼?」 一瞬。 そんなのが垣間見えた気が、した。 そして……「っ!」 『弓』の一閃。 魔獣たちの群れが、一掃される。「……強い」 相当に強い魔法少女だと思っていたが、これ程とは。 ……どうやってチカさんとお兄ちゃんは、捕まえられたのだろうか?「あっ、あの……暁美、ほむらさん、ですよね?」「? ……あなたは……」「おっ、お話……したい事があります! どうやったら、あなたみたいに強くなれますか!?」「……え?」「そう……そんな事が」「もう、その、何と言うか。『売り言葉に買い言葉』が、高くついちゃったなぁ……って」 事情を説明し、深々と溜息をつく。「考えてみると、私、『誰かの役に立つ』魔法や能力ばっかしか使ってこなかったんですよ。それで自分自身、前線に出るって事を……あんまり、して来なかったんです。 なんというか……『誰かに守られるのが、当然になってた』んだなぁ……って。 そこの所の弱さを、思いっきり指摘された気分です」 溜息をつく。 以前聞いた、冴子姉さんの能力と、八千代ちゃんの能力を混ぜた『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』で、ワルプルギスの夜を『自爆させた』のが自分だ、などと言われても……信じようが無いというか、信じられないというか……試したのに、全然出来なかったし。「……………相変わらず、優しいのね」「優しいだけじゃ、意味なんて無いんですよ……私は御剣家の子なんですから」 侠に生き、仁を貫き、義に報いる。 そのためには、時として、断固たる決意を以って、立たねばならぬ時は、ある。 例えば……いつものお兄ちゃんのように。 例えば……今の私のように。「……考えてもみれば、お兄ちゃん自身が『魔獣と闘う理由』なんて、欠片も無いんですよ。 ただ、私が魔法少女だから。お姉ちゃんが魔法少女だったから、一緒に闘う。 それだけの人なんです。 ただ、『闘う才能があった』だけで……それに胡坐をかいて、押しつけてきた私が受ける報いとしては、当然なのかな、って」「……………」「私は卑怯者です。 誰かに縋ってしか、生きる事すら出来なかった。闘う事すら、出来なかった。 多分、いちばんワガママで、臆病な……魔法少女です」「そうね……でも、だからこそ、分かる事もあるんじゃないかしら?」「え?」「まどかが救う、『前の世界』の御剣颯太は……それこそ、本当の『鬼』だったわ。 でも、この世界では、魔法少女を護る側に回っている。……正直、彼と『穏やかな会話が成り立つ』なんて……想像もしていなかった。 でも、少し話を聞いてみると、分かる。 『本質の部分』は、彼は変わっては居ない、と。 おそらく斜太チカも、そして御剣沙紀。あなたもよ。 あなたが居たからこそ、御剣颯太は『鬼』になれた。闘う事が出来た。 ただ、この世界は……『少しだけ優しい』世界だから……元々優しいあなたは、迷ってしまっているのね」「そう、かもしれません」 溜息をつく。 私に無くて、お兄ちゃんや、他のみんなにあるモノ。 それは……「考えてもみれば、魔法少女や魔法少年が『鬼』なのは、当たり前かもしれませんね」「え?」「ほら。よく、鬼の事を『ナントカ童子』とか言うじゃないですか? 茨木童子とか、酒呑童子とか。 私たち魔法少女や、お兄ちゃんも含めた魔法少年も。どっか『鬼』なんですよ。やっぱ。 ただ、お兄ちゃんや……あと、魔法少女の中では、チカさんなんかは特にそうかな? 『鬼』の部分が、普通の人より多いんだと思います。 そして……そういった『自分の中の鬼』に振りまわされず、しっかり飲み込んで立つことが出来て、初めて私は御剣家の魔法少女として、お兄ちゃんに独り立ちが認められるのかなぁ、って……今、何と無く、思っちゃいました」「……そうかも、しれないわね。私も、正直、『自分の中の鬼に負けた』って思う経験、あるわ」 寂しげに微笑む、暁美さん。 その目に見ているのは、おそらく……自分が辿った、苛烈なループの世界。 だからこそ……私は話題を変えた。「チカさんなんかは……文字通り『酒呑』童子かもしれませんね」「え?」「あの人、お酒好きなんです。……未成年なのに。 なんか魔法少女になった段階で、ドラッグだとかタバコだとかでボロボロの体だとか、染めた髪の毛だとか……色々と『綺麗になった』ハズなのに、なんでか知らないけど『お酒だけは辞められなかった』って。 小学生の頃から、家族に『ウワバミチカちゃん』とか言われて、こっそり飲んでたらしくて……中学あがる頃には、立派な酒豪だったそうです。 ただ……『お兄ちゃんと一緒で、先天的にお酒に強いんだなー』って漏らしたら『よし、アイツと飲み比べで、本音引っ張り出してやる』ってお兄ちゃんにつっかけっちゃって……」「……どうなったの?」「流石のチカさんも、潰されちゃいました。 ビールから入って、ワイン、焼酎、ウィスキー……ハブ酒やまむし酒、泡盛もあったし……しまいには、90度オーバーの、芋虫入りテキーラとか、ウォッカとか、老酒とか、チャンポンで開けて行っても平然としてるんだもん、お兄ちゃん。 うちのお兄ちゃんも、お酒強いんですけど……チカさんと違ってあまり酔えない分、面白くないんだそうです」「……」「もう少し、お酒に弱ければ……夢とか、幻とか、そういったのに酔えれば、少しはお兄ちゃんも、砕けた性格になってたのかもなぁ。 お兄ちゃん、真面目な分、逃げ場が無いって思うと、とことんまで自分を追いつめちゃう人だから」「そして、本当の『鬼』になってしまった……か」「え?」「いえ、何でも無いわ。 それで……一体全体、何の用かしら? こんな時間に、わざわざ『お悩み相談の相手』にしては……その、私が向いているとは思えないわ」 うっ……鋭い。流石、百戦錬磨……「あの……願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)が、『私の本当の能力だ』って……教えてくれましたよね?」「ええ。正直、その……突拍子も無いというか、とんでもない能力だと、思ったわ。 全願望の図書館(オールウィッシュ・オブ・ライブラリー)でさえ、滅茶苦茶な力だと思ってたけど……さらにその上を行くんですもの。しかも土壇場で」「出来ないんです。今の私には。 何となくなんですけど……多分、それ、相当に追いつめられないと、発揮出来ない。 臆病者の私が……『本当に土壇場の土壇場だからこそ、発揮できた』能力なんじゃないかな、って……思うんです。 それに……」「……それに?」「『創り出せる能力は、一つだけ』……何と無く、そんな感じがするんです。 つまり……その……私の中にある『無数の能力の組み合わせの中』で『これが最強だ』って思えるモノじゃないと、成功しないんじゃないかなぁ……って。 多分、『ワルプルギスの夜を倒せる』=『最強だーっ!』って、その時の私は、思っちゃったんじゃないかな?」「それで?」「その、『弓』の力……元々は『魔法少女の女神様の力だ』、って……言ってましたよね?」 その言葉に、暁美ほむらは溜息をついた。「呆れた。 ……あなたは、『まどかの力すらをも』、能力の内に取り入れようと言うの?」「ごめんなさい。それしか、『お兄ちゃんを超える方法が』見当たらなかったんです。 『純粋な魔力だけで、お兄ちゃんに打撃を与えた』……かなり珍しいレアケースなんです。……もしかしたら、初めてなんじゃないかな? さっきの一撃を見て、確信しました」「お断りだわ。流石に……いい気分は、しないし」 ですよねー。だけど……「もう、手遅れですよ」「え!?」「私、一度見てしまえば、能力のある程度の部分、マスター出来ますから。 ……まあ、そこでマスター出来るのなんて、所詮、上っ面(サーフェイス)なんですけど。 だから、学校の成績とか、結構いいんです。『一度見れば、大体マスター出来ちゃいますから』」 もっとも、出来ないモノも、色々とあるのだが。 例えば、『料理』とか。家庭科実習で、色々と『神話』を作っちゃって……家庭科だけは三段階評価で、唯一、『もっとがんばりましょう』しか取ってこれませんでした(泣)。「っ!! ……失念してたわ。本当に、『兄妹揃って』喰えない人たちね」「ええ。だから、喰えないついでに、手伝ってください! 本当に……お兄ちゃんを救いたいんです。 親離れできない子供と、子離れ出来ない親……結局、最後は、どっちも不幸にしかならない。 私にとって、お兄ちゃんは、ただの『お兄ちゃん』じゃなくて……父親でもあり、先生でもあり、魔法少年という従卒(サーヴァント)でもあり……その……『家族の中での男役』を、一身に負った存在なんです。 だからこそ、お兄ちゃんを解放してあげたい。『私という魔法少女の縛りから』解放してあげたい。 本当は、お兄ちゃんはもう少し、自由に生きるべき人だと思うんです。 あれだけ凄い人が、ただ、『家族や私のためだけに生きる』なんて……もっともっと、家族以外の……ううん、一番、自分自身の事に、しっかり目を向けてもらいたい。 それに、お兄ちゃんが望めば……『世界を救うヒーローになる事だって』出来そうだと思いません?」 その言葉に、暁美さんが、真剣な目で私に答えてくれる。「そうね。 そして、まどかは私を残して、『円環の理』という、概念に成り果ててしまったわ。 ……憶えておきなさい。御剣沙紀。 『正義の味方』とか『神様』とか……それは結局、『他の誰かに都合のいいモノ』であって、決して『直接、自分を救う事にはならない』のよ。結局、自分を最終的に救うのは、自分自身しか居ないのだから」「っ……ごめんなさい!」 頭を下げた。 と……「……羨ましいわね。御剣颯太が。 本当の意味で『誰かに理解してもらえる正義の味方』というのは……良しにつけ、悪しきにつけ、色々な意味で周りが放っておかないのね」「え?」「まどかは……今頃、どうしているのかな……」 その、どうしようも無い寂しい横顔に。 私は……「ごめんなさい。 やっぱり……『他人の力』なんて、気軽に借りるもんじゃないですよね。 その……迂闊でした。何か、別の方法を考えてみます! だって、私の中には、全部の魔法少女の可能性が、秘められてるようなモノですから。 だからこそ、無い物ねだりをするよりも、まずは創意工夫から入らなきゃ!」 そう言って、立ち上がる。「お手数をおかけしました。失礼します」 と。「一つ。聞かせてほしいの。あなたは『まどかの力』を、どう扱うつもりだったの? 私の力だって、その……正直、まどかの力の『一分に過ぎない』と思うのに? それが、御剣颯太に通じる、とでも?」 暁美さんの質問に、私は、素直に答える。「簡単な事です。『最強を混ぜちゃえば、それが一番最強なんじゃないか?』……そう思ったんです」「?」「神様たちの願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)。 『御剣の血』を引く『魔法少女』ならば……私ならば、可能なんじゃないかな? って」 その言葉に、暁美さんが目を見開いた。「まさか……」「あの頑固者のお兄ちゃんを『否定してやる』ためには、もう『女神様の力を借りるしか無い』な、って。 『神に等しい魔法少年』御剣颯太と、『魔法少女の女神様』鹿目まどかの『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』。これなら何とか通じそうな気がしたんだけど……ごめんなさい。あなた自身の事を、全然考えて無かった。それじゃ、魔法少女失格です。 お兄ちゃんに怒られるのは、ある程度慣れっこだけど……女神様に怒られちゃうのは、ちょっと怖い、かな」「……」「ありがとうございました。色々、悩みの相談に乗ってくれて。 もう少し、私自身、色々考えて、頑張ってみます」 そう言って、私はその場を立ち去ろうとし……「待って」 暁美さんに、呼びとめられた。「そうね……あなたたち兄妹は『知らない』のかもしれないけど。 ……あなたたち二人には。特に御剣颯太には『色々な意味で』借りがあるのよ」「暁美……さん?」 そこに……何か、不敵な笑顔を浮かべる、暁美さんの姿が、あった。「いい機会だし。 あの、傲慢な御剣颯太に、『一発痛い目』を見てもらう、いいチャンスかもしれない。 ただ……」「ただ?」「御剣沙紀。これだけは約束して貰いたいの」「約束?」「佐倉杏子の事……『彼女を、あなたは許せる?』」 その言葉に、私は苦笑した。「許すも何も……『私たちが怒る筋合い』なんて、無いじゃないですか? そりゃあ、ちょっと会った時は無駄にグレててムカつきましたけど……悪いのは、佐倉杏子のお父さんであって、彼女に罪なんて、あるワケ無いんですから。 盗みとかもやめてる……というか悪党限定になってるし、魔法少女として後輩のみんなの面倒見ながら、物凄く頑張ってる。 それに、親の罪って、子供には及ばないようになってるんですよ? 日本の法律って。 それって……正しい事だと思います。 生まれた時から、身に憶えの無い罪を背負って『お前は犯罪者の子供だから、犯罪者だ』って言われたら……誰だってグレちゃいますよ。チカさんみたいに。 特にチカさん、結構あれで純粋な人だから。だから、一番自分で自分が許せなかったし、周りの大人も許せなかったんだと思います。そんな連鎖……犯罪者を増やすだけで、間違ってますよ」 だからこそ、チカさんはそれを断ち切るために、魔法少女になったのだ。「そうね。彼女は……佐倉杏子とはある意味、間逆かもしれないわね」「え?」「自らの願いで、『誰か他人を救えた』。 そして魔獣との闘争の日々にすら、何の後悔も抱いていない。……むしろ、嬉々として飛びこんで行く。 ……意外と珍しい、レアケースな気がするわ」 その言葉に、私は首をかしげる。「そう、ですか?」「ええ。 そして……私は、今、この『優しい世界のあなただからこそ』、話を振る事が出来る。 だけど、いい? まどかが作り替える前の世界で、この話を聞いた時……あなたはソウルジェムを濁らせ尽くして、危うく魔女になる所だったのよ? この世界ならば、恐らくは……死ぬ事になるわね」 死。 その言葉を聞いて、私は背筋が凍る。 あの日。 お兄ちゃんが助けてくれなければ、私は父さんと母さんに、殺される所だったのだ。「それを約束出来なければ……御剣沙紀。私はあなたに協力出来ない。 これも一つの試練……いえ、取引。そう思ってもらおうかしら?」「死ぬとか……冗談じゃ、無いんですね?」「ええ。 あなたたち風に言うならば……『本気と書いてマジと読め』って所かしら?」 さて。 杏子さんは一体、何を我が家に……御剣家にカマしてしまったんだろぉか? 教団内部のゴタゴタに、御剣家を巻き込んだとか……そんな内容だろうか? だとしたら……いや、もっと根本的な事では無いのか?「もしかして、杏子さんの『願いごと』に絡んだ話とか、ですか?」「鋭いわね、佐倉杏子は……」「待って、ストップ! 推論を働かせてる真っ最中! まだ心の準備が出来てません!」 そういえば。 杏子さんは『能力を封印してしまっている』と言っていた。前の世界でのチカさんも、そんな状態だった、と。 つまり……『最初の願いを踏みにじられた』魔法少女は、元々の能力を失ってしまう事がある、という事だ。 考えろ……考えろ……能力を封じるのは『願いが間違っていた』という『自責の念から』というのが大半だ。 そして彼女の両親や妹……家族も、無理心中をしている。「杏子さんの『願い』は……『家族に関する問題を解決したい』って事だったのではありませんか? ……多分、冴子お姉ちゃんに近いモノな気がします」「正解よ。で?」 考えろ。考えるんだ、御剣沙紀! 我が家の問題は……御剣家の問題は……そう、お金。お金だった。 じゃあ、佐倉家の問題は? 考えろ……考えろ。 彼女の家は、お金を欲したか? いや、違う……あの一家はウチとは違って宗教家だ。 宗教家にとって、大切なモノ。それは……「もしかして……もしかして……『自分の家の信者を増やしたい』とかいう願いだった……とか?」 考えてもみれば、彼女の父親は、本部から破門されているのだ。 それで居て、あれだけの信者を集められたというのは……よくよく考えたら、異常である。「ほぼ、正解よ。彼女の願いは『父親の話を聞いて欲しい』……そういうモノよ」「そっ……そんなっ!!」 愕然となる。「じゃあ、父さんと母さんは……いや、冴子お姉ちゃんも、お兄ちゃんも……」「さて。それを踏まえた上で、もう一度聞くわ。 あなたは……佐倉杏子を、許す事が出来る?」 愕然となり……私は、天を仰いだ。 なんて……事。 あの時の、カツ丼を食べていた時の、彼女の涙の意味は……「正直……分かりません。でも……」「でも?」「私に、佐倉杏子を怒る資格は、ありません。 だって……私も魔法少女だし。お兄ちゃんが居なければ、死んでいた人だし」 迷う。 本当に、頭がぐちゃぐちゃになってくる。 落ち着け、御剣沙紀。クール・アズ・キュークだ……理性をもって、ちゃんと答えを導け! 沈黙。 やがて……幾つかの結論に、至る。「……チカさんが、言ってました。 ヤクザ屋さんたちの『任侠道』って……元々は『武士道』から派生したモノだ、って。そして、その内容は、江戸時代の大昔から、基本的に普遍のモノなんだそうです。 『札付きのワル』って言葉、あるじゃないですか? アレってね……悪さした人は、昔、戸籍簿に赤い札つけられちゃった事から着たそうです。 そうなると、もうその人は、村から……世間から爪弾きにされて、旅ガラスとして生きて行くしかない。 でも、人間は誰とも関わらず、生きて行けるワケが無い。 そういった……世間から爪弾きにされた『人間として扱ってもらえない人間の最後の拠り所』として。 『それでも俺たちは人間なんだ!!』って主張するために、守るべき『掟』が『任侠道』って概念なんだそうです。だから、武士道より、ある意味でずっと厳しいんですよ。 そういう意味で、中国の『武侠』とは、ちょっと違うんですよね。 あれは全部『個人の正義』であって、究極を言えば『俺がムカツクからぶん殴る』なんですよ。 だから、殴る相手が聖人君子だろうが皇帝だろうが大魔王だろうが、関係無いんです。 対して、日本の『任侠』っていうのは、『世間に迷惑をかけるな』って概念から来てるんです。 自らを『悪』の立場と置きながらも『悪』を憎む概念……それが『任侠』なんですよ」「……で?」「御剣の家は、臥煙の家系です。 その上で、話の筋を考えてみるとですね……『強制的に信者になる』とか、そういった事は、していないワケですよね?」「ええ、まあ……」「だとするならば……ああ、やっぱりお兄ちゃんが正しかったんだ」 私は、思いっきり苦笑した。「結局は、『うちのお父さんとお母さんが馬鹿だった』……そういう事です。 だって、お兄ちゃん。あの神父様の説法聞いて『なんか間違ってネ?』って……ズバッと言いきってのけたんですから。 当時、小学生ですよ、お兄ちゃん? 小学生でも分かるくらい、ちゃーんと『王様は裸だ』って言ってるのに……お父さんとお母さんは、金ピカの衣でも見ちゃったんじゃないかな?」「それは……」「まあ……自殺した神父様の気持ちも、分かる気がしますけどね。 自分が本当は裸なのに、金ピカの服を着てるつもりで、街を練り歩いていたなんて知ったら……まあ、死にたくなるくらい恥ずかしくはなりますよ。 結局……杏子さんのお父さんも、うちの父さん母さんも……ううん、チカさんとか、あの教会で暮らしてるゆまちゃん八千代ちゃんとかの面々。あと、ついでに、巴さんの両親とか。 なんで、『そういった家庭の魔法少女や魔法少年たちが強いのか』。分かった気がします」「え?」「大人がフラフラしてたり、死んだりしててアテにならないからですよ。だったら、子供がしっかりするしか無いじゃないですか? 特に、お兄ちゃんやマミお姉ちゃんみたいなタイプは……物凄く、責任感が強いから」「そう、ね……確かに、その通りかもしれないわね」 そして、一呼吸。「あの神父様の言っていた、『新しい時代』なんて、やっぱり永遠に来ないんですよ。 いつだって『今』は『過去』と繋がっている。 今を生きて、ベストを尽くす事で……初めて『未来』はやって来るんじゃないかな? 夢や希望だけじゃない。現実も見据えて。それを踏まえた上で、ようやっと『真実』が見えて来る。未来が切り開ける。 だって、夢や希望が無ければ、飛行機なんて作れるワケが無かったんだし。 まして……未来に、鉄腕アトムが出来るわけがない。 ……私、信じてるんですよ? 魔法少女だって現に居るんだし、いつか『鉄腕アトム』が開発されるんじゃないか? って。 この間、原子力で物凄い事故とか起こっちゃったけど、それでも、手塚修虫先生が見せてくれた、鉄腕アトムって夢は間違ったモノじゃ無いんじゃないか、って。 力なんて……願いなんて。要は、『使い方次第』なんです。 それを一度間違っちゃったからって、完全に全否定していたら、人間は一歩も先に進めなくなっちゃう。 ……今のお兄ちゃんみたいに」「……沙紀ちゃん」「勿論、杏子さんの願いは『理不尽』の部類です。だって……『家族も救えない人が、どうやって世界を救おうっていうんですか?』 そんなの間違ってますし、誰も話なんて聞いてくれるわけがありません。東京に居た頃の下町には、そんな『負け犬』の人たち、いっぱい居たんですよ? それに、色んな会社がTVに15秒のCMを流すために、どんだけお金払うかって、以前お兄ちゃんに教えて貰って……私、気が遠くなりました。 宣伝とか、そういったのにも。『話を聞いてもらうだけでお金って、かかるんですよ』。 そういう意味でも……杏子さんの願いって『世間を馬鹿にしてるなぁ』って思います。 だから私は……私は多分、杏子さんを許せないけど。 堪(こら)えます。 憤りはあります。理不尽は許せません。 でも……今ここで、杏子ちゃんを殺すとかしたら。多分、ゆまちゃんとか、ひみかちゃんとか、八千代ちゃんに私たちが恨まれる。 そんなの繰り返してたら、ずっとずっと、『全部が破滅するまで』終わらないじゃないですか? 多分……鹿目まどかさんの。『魔法少女の神様の願い』って、そういった因果を断ち切りたかったんじゃないかな? 究極的には。 だから、この世界で、奇跡や魔法の『いいとこ取り』をしてやろう、って考えてたんじゃないのかな? 私は、直接合った事は無いけど……欲張りな神様だなーって。何と無く、今、思っちゃいました」 それは、私が……一番『ワガママ』な魔法少女だからこそ。 至った、結論だった。「そう。やっぱりあなたは……優しい子ね」「ええ、でも、その……正直、それが、お兄ちゃんに分かってもらえるかは、別問題です。 だから、その……黙っていてください」「分かってるわ。斜太チカに、思いっきり釘を刺されたんだから」「チカさんが?」 考えてもみれば、チカさんは杏子さんと暮らしているのだ。事情を知っていても不思議ではない。 ……単に、性格的にウマが合うから組んでたと思ったのだが……そっか、マミお姉ちゃんの家を出て行ったのは、そういう事情があったのか。「『堪える』と言ってくれたついでに、教えておくけど。 私が辿ったループの中で、御剣颯太は、佐倉杏子と『決闘』にまで至っているわ。 ワルプルギスの夜との闘いを目前に控えてなお……彼は、佐倉杏子への復讐を選んでしまった。そして、彼女を惨殺している」「それ、分かります。お兄ちゃんは、優しいけど……その分、物凄く、激しくて厳しい人だから」 私が一番、危惧した事態は……どうやら、一度、現実のモノとなってしまっているらしい。「斜太チカがね……私が全てを話そうかと思ってた時に、言ってたの。 『あんたの話を聞く限りだと、状況がまるで違う』 『時間が欲しい。ぶっ壊れた颯太を治して、あいつが真実と向き合えるようになれる時間が』。 『あいつにこれ以上人殺しなんて、させたく無い。増して『魔法少女殺し』なんて……魔法少年として最悪じゃないか』。 『誰よりも厳しい奴だけど、魔獣相手に救えなかった仲間や被害者に、一番心を痛めているのはアイツなんだ。だから鬼にもなるんだ』。 ……改変前の世界で、美樹さやかに接してきた彼の態度を見てて……今度は私は、斜太チカに、賭ける事にしたの」「そう、ですか……」 溜息をついた。 本当に……私は、知らない事ばかりだったんだなぁ。「あ、そうだ。で、その……」「いいわよ。この『弓』の……まどかの力、写させてあげる。借り物の、借り物だけどね」「それで十分です。 むしろ、本来の女神様の力なんて……一介の魔法少女の私には、手に余るモノなハズですから。 だから、コピーのコピーくらいで、丁度いいんですよ」 何しろ、お兄ちゃんはまだ、神様じゃないし。『ザ・ワン候補生』だって言ってたしなぁ。「『大幅劣化した女神様』の力+『未熟な神様候補生』の力……さあて、どんなのが出来るかなぁ」 そう嘯きながらも、私は……少々頭を抱えていた。 お兄ちゃんの力。その本質の部分は、『憤怒』と『断罪』だ。 そして、女神様の力は……多分……『慈悲』と『救済』。 そう。 完全に相反する概念に属する力を、私は扱わねばならない。 だが、それを踏み越えねば……乗り越えねば。『私は私だ』と主張する事すらも出来ない。 今、私は……生まれて初めて。最初にして、おそらくは最大の試練に、挑もうとしている。 だが。それを乗り越えなければ、お兄ちゃんは……いや、私は、一歩も踏み出せない。 考えてもみれば。 お兄ちゃんを超えられなければ、お兄ちゃんを救えるワケなんて、無いのだ。 だから…… 魔法少女、御剣沙紀。見滝原小学校、小学六年生。 覚悟キメて……挑みます!!