「チカ……卒業したら旅に出るってなぁ本気か?」 休み時間、学校の教室で。 チカの奴に勉強を教えながら、俺は問いかけた。 何しろ、頭の回転自体は元々悪くは無いが、単純な学力レベルで見た場合、チカの奴は、かなり『悪かった』。 とはいえど、元々の頭の良さもあってか、急速に高校一年レベルへと追いつこうとしていた。「ああ、本気だよ……だからあんたに、学校の勉強とは別で、英語以外の外国語も教わってんじゃないか」 以前、フルボッコにして埋めた、マフィア屋さんたちとのやり取りその他で、何か痛感したモノがあったらしく。 こうして、チカの奴は、今までやさぐれていた分も取り返そうと、必死になって勉強をしている。 ……なんか、周囲の俺たちを見る目が、最初は冷やかしだったのだが、俺が勉強教えてる時の真剣なチカの表情から、最近はそういった事も無くなってきていた。 というか、『あの斜太チカを更生させた』などという誤解や、数多の助っ人から『御剣マジック』などと言われてしまい……親殺しという、偏見の目線が減ってるのは、ありがたい話だった。 ……っていうか、変な嫉妬の目線があるのはウザったいが、そういう連中は無視する事にしている。「流石にネェ……同じ学校行ってないにしても、杏子に馬鹿にされるレベルの学力じゃあ、年上としても相方としても、ちょっと、ね。 それに、言葉が通じないんじゃ、礼儀もクソも無かろうしね。言葉って、パスポートみたいなモンだから」「まあ、な」 中学レベルの問題やテキストから、誰より必至にこなし。遅れた分も、授業に必至に喰いついて行くチカ。 その姿には、後悔も諦観も、恥じらいも無い。 ただ、ひたむきな努力の姿が、あった。「なんつーか……最近分かってきたんだけど。 あたしゃさ。学校の勉強が『無意味』だとは、思わないんだ」「え?」「知識ってのは、いわゆる道具だよ。しかも幾らでも頭に詰め込んで、持ち運びできる便利な『道具』さ。 あたしが魔法少女になったよーに、人生なんて何が起こるか分からないんだ。 だから、持ち運べるモンは持ち運べる限り、ありったけ持って行けば、いざ困難とぶち当った時に『こんなこともあろうかと』って出来るわけじゃないか?」「……」「ま、そのためには、頭の中をきちーんと整理整頓しておかないと、取り出せるモンも取り出せないんだけどね。 沙紀ちゃんみたいに、自分の部屋の中ゴチャゴチャにしてたら『どこにしまったんだー』とか『忘れてたー』とかってなっちゃうし。 ……はい、こんなもんでどうだい?」 数学の問題集の回答を、俺に見せるチカ。それをチェックしていく。「ん、87点。悪くは無いぜ」「そっか……よーやっと『追いついたぁ!!』」 ぶはぁ、と溜息をつくチカ。「じゃ、教えてくれよ! 基本の英会話とか……」 と、そこでチャイムが鳴る。「時間切れだな。次の授業、終わった後に、な」「ちぇっ。学校の授業、あんたは余裕なくせに」「……そー、でもネェんだがなぁ」 最近、なんか一部の先生が意地になっちまって、変に難しい問題を出しまくって来るのだ。 ……まあ、俺は楽に解ける範囲なんだけど、そのせいで俺の周囲からの目線が何かこう……恨みがましいというか。「ああ、次の数学の西原先生?」「あの人、生徒見ないで、黒板しか見て無いからなー」 上から目線というか。 『問題そのものが』間違ってたので、ちょっと修正して、回答出したら、えらい真っ赤な顔んなって。 それから、嫌がらせのようにテストを繰り返すようになっているのだ。「……ねえ、颯太」「何だい?」「西原の馬鹿さー、裏で援助交際(エンコー)とかやってるっぽいんだけど? ムカつくし、一発、とっちめてやんね?」「放っておけよ。魔法少女や……増して、沙紀が絡んでんだったらシメっけど」 まあ、その気になれば、三秒でミンチに出来るけど。 平和な生活を脅かされない限りは、そんな気軽に俺は武術の腕を……増して、魔法少年の力を、振るおうとは思えなかった。「あんたはどうしてこー……自分に降りかかる『災難』は必死に振り払うけど、それ以外は無関心なんだよねぇ」「それが、長生きの秘訣なのさ。俺は家族と一緒に、平和に暮らしたいだけだよ」 そう言って……話題の本人が入ってきた所で、俺とチカは沈黙して正面を向いた。「それじゃ、そうだな……斜太。『この問題全部』答えてもらおうか?」「っ!」 明らかに、高校一年……というか、高校生レベルを逸脱した難易度の問題。 それを十問ほど黒板に書き連ねた、西原の態度は、横柄そのものだった。「最近、御剣と頑張ってるそうじゃないか。成果、見せてもらおうか?」「っ……はい」 チカの奴が、黒板に向き合う。 だが……当然、解けるわけがない。「ふん……クズがクズ同士集まっても、この程度か」「……っ!」 ……あー、なるほどね。そーいう事か。 俺への当てつけか? ……上等!『……チカ、やめておけ。分からないモンは、分からないでいい。後で教えてやるから』 テレパシーで、チカと会話。『颯太……だからって』『この問題、東大入試レベルだよ。高校一年に出す問題じゃない……素直に降参しておけ。暴れても損だぞ』『っ……分かった』「分かりません」「そっか……じゃ、次に移るぞ」 そう言って、わざわざ問題の答えすらも書かずに、次の内容へと移る。 明らかに苛めだ。『……颯太。あいつ、ミンチにしてやりたい』『やめておけ。クズは裏でシメるに限る……ただ、ちょっと仇は打ってやる』 そう言って、俺は手を上げる。「せんせー、その問題の答えは何なんですか?」「あ? 馬鹿に説明しても分からんだろ?」「ええ、馬鹿ですから答え教えてください。それとも、先生も馬鹿なんですか?」 にこやかに微笑みながら、かるーくジャブ。「ふん! えっとな……」 そこから黒板に『虎の巻』を見ながら、答えを書き連ねて行く先生。「以上だ」「せんせー、間違ってませんかー? っていうか、答えが全部、変ですよー?」「ほう、どこが間違ってるって?」「問い一なんですけど、まず……」 そこから、どんどんどんどん、間違いを指摘していって……最終的に、十問全部。 先生の答えの間違いを指摘していく。当然、馬鹿の顔は、蒼白だ。「……以上です。何か?」「っ!! そんな、馬鹿なっ!」「先生ー、頭いいなら、回答書読むよりも『問題文をちゃんと読んだほうが』いいと思いますよ?」 クスクスクスクスと、周囲から笑われる、馬鹿教師、西原。 無論、こーいう手合いにムカつかないワケではないので……こいつがいつも振りまわしてる『虎の巻』に、予め、少々小細工をしておいたのだ。 もちろん、こいつが『虎の巻』に頼らねば、引っかかる道理なんて無いわけなのだが……「っ……よし、御剣。そこまで言うなら、お前が授業、やってみせろ!」 いきなり話を振って来る西原先生。 ……あらら、いいのかね? 職務放棄なんかしちゃって?「えっと、教科書のページは、この間からの続きでいいんですね?」「ああ、56ページからだ」 さて……と。「分かりました。やってみます」 そう言って、俺は前に出て制服のまま、堂々と教壇に立った。 ……何しろ、部活が無い時は、ちょくちょく教会で、孤児や家に帰れない『佐倉杏子以外の』魔法少女に、勉強教えたりとかしてるのだ。 ぶっちゃけ、『先生役』なんて慣れたモンである。「それじゃ、みんな、56ページから。 まず……そうだな、一番上の問い一から問い三まで。チカ、やってみ?」「あいよ」 今度は、しっかりと、問題を解いてのけるチカ。 そして、そこからはまぁ……俺の独壇場だった。 微妙に野郎向けではあるが、トークを交えながら問題文を解説していく。 さらに、その場で即興で作った問題を、分かりやすく解説しながら、みんなに解いてもらう。 そんな中で、いつしか馬鹿教師は、教室の隅で、存在感そのものが空気と化していき…… キーン、コーン、カーン、コーン……「あ、もう終わりですね……じゃあ、今日はここまで」 と。チカの奴が、更に。「起立! 『御剣先生に』、礼!」「はい、じゃ、『次の授業』で会いましょう。 ……あれ? あんた誰?」「――――――――――――――――――っ!!!!!!!」 ばんっ、と。教材を抱えて、西原の馬鹿は涙目で教室を出て行った。 そして、教室中、大爆笑となり、チカと俺はクラスメイトたちに、手荒な歓迎を受ける事となった。 こうして……俺の学校でのあだ名は、助っ人的な意味も込めて『センセー』になってしまいました。 ……どうしてこうなった?「あっはっはっはっはっは、スーッとした。やっぱさいっこー、アンタ!!」「ま、ざっとこんなもんかね。あとは援助交際の現場押さえて、シメちまうか?」「あんたがアレだけやってくれたし、もうその必要は無ぇよ。ホレ?」 そう言って、チカの奴が取りだしたのは……ラブホテルに女子高生と入って行く、西原の姿を映した写真。「ちゃーんとフィルムで現像しているから、『デジタル写真の合成だー』とか言っても、言い逃れ不可能だぜー♪」「なんか、最近、俺のやり方が分かってきたな、お前?」「そりゃねぇ? アンタは基本的に『目には目を。歯には歯を』だし?」 と……「御剣! 斜太! ちょっと来い!!」 教室に怒鳴りこんでくる、体育教師一名。 ……ありゃりゃ。「うーん。ドキドキ魔女裁判、って感じだな、おい?」「あー、退学かなー? それはちょっとヤだなー」 何と言うか。 校長先生の前で、自分の事を棚に上げて、色々と悪しざまに俺やチカの事を言って来る、西原の馬鹿。 それに同調しようとしてる教師たちに……俺は溜息をついて、一言。「チカ、あの写真、何時の?」「えっとねー、先週の木曜日かな? 夜の九時くらい? 見滝原のホテル×○ってラブホテル」 その言葉に、西原の奴の顔が、引きつった。「なっ、何を、言ってるのかね?」「はい、西原先生。それに他の先生方も。私たち生徒からのプレゼントです♪」 そう言って、何枚か、周囲に写真を手渡す。「合成じゃありませんよー? 言い逃れされたらヤダから。 何しろ、ちゃーんとワザワザ光学カメラで撮影して、フィルムから現像してますから」「ネガ、まだ持ってますけど……どーしよっかなー♪」 にこやかに笑いながら。 俺たちは逆転した立場で、馬鹿を追いつめる。「きっ、君たち! 私を脅すつもりかね!?」「脅すだなんてトンデモナーイ♪ 僕たちはちゃーんと、先生方に『普通に授業をしてもらいたい』だけです」「あ、そうだ。インタビューも録音してありますよ? 先生が、援助交際(エンコー)した子の」「見滝原高校って私立だからなぁ……やっぱ、父兄に流すほうが面白い事になるんじゃないかなー、とか考えてるんですけど。 ……どーしましょっか? コレ?」「きっ、きっ……君たちは!! ……なっ、ならば、二人でこんな時間に、何をやっていたのかね!?」「撮影したのはチカで、俺は当時、別の知り合いの家に居ましたよ? 何でしたら、証言取りましょうか?」「そーいう関係じゃないですよ、私たち? 当時、颯太は別の知り合いの子に、勉強教えてました。マジで。 私は、たまたま通りがかったんで、ちょっと面白いなーって思ったんで、コンビニで使い捨てカメラ買って、こーパシャっと」 ニッコニッコと微笑みながら、俺たちは西原の馬鹿を追いつめて行く。『で、どうしましょっか、この写真?』 後日。 西原は見滝原高校を辞め、同じ系列の別の学校へと、転任していった。 完全にはクビにゃなんねーか。学長だか何だか、エライさんにコネあるみたいだったし。……でなけりゃ、あんな無能を業績重視の私立の高校で飼うわきゃねーよなぁ…… ま、転任直前に『どっかの魔法少女』の手によって『少し不幸な目』に遭ったそうだが、それは俺の知ったこっちゃ無い話である。「……チカ。あのさー」「ん?」 放課後の教室。 茶道部の活動も助っ人も無いため、俺はそのまま真っ直ぐ帰る事にするとして。 少々、思った疑問を、俺は口にした。「今の見滝原の街とか……仲間たちにとか。なんか、不満、あるのか?」「いや、無いよ。……なんだい、急に?」「いや……旅に出る、って。何か不満があるから出て行くのかな、って」 その言葉に、チカは苦笑する。「そんなんじゃないよ。 ただ世界を見て回りたい。ドブの底から空を眺めるんじゃなくて、もっとデカい空を飛んでみたい。 ……教会のガキ共の面倒は、杏子に押し付ける事になっちまうけど、あいつなら大丈夫だろう、って思ってね。 それに、たまーにアンタもチョクチョク、杏子の居ない時狙って、教会に顔出すようになったじゃん?」「……まあな。 流石に、家庭に行き場が無いにしても、いつか帰れるようになった時に、『勉強遅れてます』ってワケには行かんだろ?」 本当は、孤児院みたいな場所に送りたいのだが……中には、その『孤児院から逃げてきた』っていう子も居るのだ。 無論、中には、ゆまちゃんのよーに佐倉杏子やチカの奴になついてるって子も居るが……兎も角、あそこに居るのは、佐倉杏子含めて、本当にワケありで、どうしょうもない子ばかりである。「っていうかさ、今日のアンタを見て、確信したよ。 あんた、『学校の先生』とか……マジで向いてるんじゃないか? 魔法少女を教え導く相棒(マスコット)……まじでアンタ向きだと思うよ?」 その言葉に、俺は手を横に振る。「よしてくれ……他人を教え導くなんて、俺のガラじゃねぇよ。 それに、俺はあくまで、沙紀のピンチヒッターなんだ。沙紀が一丁前になったら、俺は引退。ふつーの男に戻るさ。 卒業して、お菓子関係の専門学校に入って。そこを卒業したら弟子入りしたい和菓子屋があるんだ。 和菓子作りの道を、ちょっと極めてみたくってな……俺のお菓子とか食ってくれた、みんなの笑顔が、見たいんだ」 その言葉に……チカの奴が、怒り始める。「あんたさ……ホントに何なんだい?」「え?」「誰かのため、みんなのため……その『誰か』って……『誰』だい? そうやって『本当の自分』から目をそらして、ドコに行こうってんだい!?」 その問いに、俺は迷うことなく。「一番は『家族』だよ。俺にとっちゃ……それが全てだ」「そして、アンタは、沙紀ちゃんを『潰す』んだな」「っ!! ……どういう、意味だよ!?」 チカをにらみつける。「親が子供に何かを期待をする。それは間違っちゃいないさ。 だけどね。沙紀ちゃんも言ってるだろ? 『誰かの願いは、他の誰かにとって『呪い』でしかない』って。 『祈り』と『呪い』は、本質的に表裏のモノなのさ。 ……アタシの家の事、知ってんだろ? 昔なら兎も角、今時のヤクザなんて稼業は、言っちまえば究極の身勝手さ。 自分と身内が良ければ、他人を幾らコンクリ詰めの海の底に沈めても構わない。何人首くくっても構わない。シャブ食わせて破滅させても構わない。 それを戒めるために、『仁義』とか『任侠』って概念があったハズなんだけど、ね。 ま、実際、今時、そんなの守り切れてるヤクザなんて、あたしゃ、この年になるまでホント見かけた事すらも無いよ。……もしかしたら、どっかにゃ居るのかもしれないけど、さ」「何が言いてぇんだよ?」「何かを守る、何かに守られるってのは……言い換えれば、何かに縛られる、囚われるって事さ。 あんたは沙紀ちゃんを守っているつもりで、沙紀ちゃんの可能性を潰しちゃいないか?」「っ……」「あたしの究極の夢……教えてやるよ。 『カッコイイ正義の味方の、お嫁さんになりたい』。純白のウエディングドレス着て、教会で式挙げて。 女の子なら、一度はあこがれる。そんなフツーの夢だよ。 でもね。何度か、そーいう場所に連れてってもらったけど……どんな綺麗なウエディングドレス着せてもらっても、あたしにゃそれが、カタギの血で真っ赤に染まった代物にしか、思えなかった。 どんな真っ白いドレスも、あたしが触った瞬間、真っ赤に染まっちまう。結局、薄汚いのは『あたし自身』なんだ、って。 ……もうね。そう思ったら、涙が止まんなかったよ。 だから処女なんて簡単に捨てちまったんだ……魔法少女になった事で、そこまで『綺麗になった』のは、驚いたけどさ」「チカ……お前……」「あたしゃね……こんな事考えてるんだ。 子供が大事。家族が大事。それは絶対に間違ってない。 だからって、それを盾に『何やっても許される』なんて考えてる親は、『本当の大バカ者だ』ってね。 子供を盾にして、自分がやらかした博打で借金抱えてんのに立ち退き拒否したりとか、子供を盾にとって道理の通らない変な主義主張押し通そうとしたり。 そうやって、気がつくと『子供が免罪符』になっちまって、『子供のため』なのか『自分の願望』なのか、分かんなくなっちまってんじゃないか。あるいは『子供を盾に取れば何でも押し通る』ってカンチガイしてんじゃないか、って。 そうやって、『子供を理由に何も考えないで、好き勝手馬鹿やらかした親のツケ』ってのはさ……結局のところ、最終的に、その大切にしてるハズの『子供が払わなきゃいけない』んだよ」 言葉が……無い。「あんたの家も、杏子の家も、そうだろ? 『世界を救う正しい事』なんて親が夢見ちまって、『間違ってる事をしてる』っつー現実から、目を背けちまった。 そのツケを、あんたも、杏子も……いや、あんたたちだけじゃない。 あたしや、ゆまちゃんみたいな……まあ、巴さんのは、ある意味しょーがない部類に入るけどさ。 しかも、アンタは親殺しだ。子供が親を手にかけて殺すなんて、本当に最悪中の最悪だよ。 そして『それが結果的に正しかった』からこそ……多分、あんたは夢も希望も見れなくなっちまったんだ」「何が……言いてぇんだよ?」「あんたさ……もう、嫌になるくらい、現実見てるアンタに言うのも、アレだけどさ。 そろそろ、もう一度くらい……夢を見ても、いい頃合いなんじゃないのか?」「っ!?」「あんたは夢を見る前に、現実を見せ付けられちまった。 夢や希望ってのは子供の特権で、しかもそれは、人間が人間として生きる上で、絶対必要なモンさ。 でも、それだけじゃ人間は人間として、生きて行けない。 だから社会を支える大人になる前に。大人に守られてる子供で居られる内に、いっぱいいっぱい、たくさんたくさん、夢を見ておく必要があるのさ。 でも、アンタは……」「チカぁっ!!」 思わず。 俺は、叫んでしまった。「……ごめん、颯太。 でもあたしは、あんたがいつも、泣いてるようにしか、思えないんだ」「っ!! 何を……そんな」「何となく、だよ。 顔で笑って、心で泣いて。そして今のアンタは、本当の自分の心まで殺しちまってる。 ダメ親持っちまった子供ってのはさ、本当に不幸だよね。……子供は、親を選べないんだから」「……………」「巴さんもさ……あの人場合はしょうがない事故だけど、それでも本人は苦労してるんだぜ? 何しろ、あたしやアンタみたいな、頭の回線が四、五本吹っ飛んだ面子の面倒見ながら、魔法少女やってんだから」「ああ。だからよ……好きだ、って言われて。今、本当に迷ってんだ」 その言葉に、チカが笑った。「ああ。キュゥべえから聞いたよ。告白した、って。そんで沙紀ちゃんとの顛末も。 ……まったく、本当にアンタも無茶を振るもんだね。ザ・ワンを……アンタを超えろって。 フツーの魔法少女だったら逃げ出してるよ」「はっ、今まで代打でバッターボックスに立ってるのが、俺だぜ? 俺は、ベンチで茶ぁすすってるほーが性に合ってるってのに、それを無理矢理引っ張り出させてんだから。 俺以上の働きをすべきなのは、当然だろ?」「ま、そりゃ道理かもしれないけどさ……しかも、それに上等切って、家を飛び出しちゃうあたり、沙紀ちゃんはやっぱアンタの妹だよなぁ、って。 じゃあさ? アンタ……本当に沙紀ちゃんが、アンタを超えられると、思ってんのかい?」 その言葉に、俺はあっさりと鼻で笑う。「ま、無理だな。アイツの能力はコピーばっか。言わば幻影や幻想に近い。 写せたとしても、それは『どっかの誰か』の能力であって、その能力の本質の部分は捕えちゃいねぇ。よしんば捕まえられたとしても、『それだけ』だ。 俺の『否定の魔力』ってのは応用が利き難い分、そういった雑多で軽薄な能力を打ち消すのなんて朝飯前だからな」 そう言うが……「そうかね? 今、沙紀ちゃんがドコに居るか、あんた知ってるかい?」「……?」「暁美ほむらの所。 何か掴んだみたいだよ、アンタを攻略する手段が」「あいつの?」 結局、何だかんだと、誰ともツルまずに動いてる暁美ほむらとは、お互い、基本的に不干渉の立場を取っている。 ……まあ、魔獣相手の共同戦線を張る事も無いわけではないが、闘いが終わったら、ハイサヨウナラ、である。「颯太。一個教えてやるよ。 どっかのヒーローが言ったそうだがね? 『偽物が本物を超えていけない道理など、無い』そーだよ?。 妹が兄を超えていけない道理など無いように。 子が親を超えてはいけないという理屈は無いように。 うかうかしてるとアンタ、沙紀ちゃんに踏み超えられるよ?」「そりゃ幸いだ。そーなったら俺ぁ、安心して引退出来る、ってモンさ。 ついでに言うなら『俺はヒーローなんかじゃない』……お前と一緒で『気に入らない悪党の敵』ってだけの話なのさ」 うすら笑いを浮かべながら。 俺はチカに背を向けて、教室の扉を開けて、立ち去ろうとし……「そうやってアンタは、『家族』って殻に籠って……認識広げないで、世界を狭いままに心を殺してるから。 他の女の本音が……魔法少女の本当の心が、見えなくなっちまってんだよ」 その言葉に、俺は……「そうしなけりゃ『生きる事すら許されなかった』俺に……一体、『それ以外にどんな夢を見ろ』って言うんだよ!!」 苛立ちと共に言葉を返し、俺は、教室から立ち去った。「『本当の自分』なんて下らネェモンに……何の意味があるンだヨ……」