「……くそ、何なんだ……一体」 イラつく。腹が立つ。ムカつく。 それは良くないと分かっていても……止められない。「本当の自分と、向き合えって……出来るワケねぇだろ」 何しろ、俺は……人殺し、親殺しだ。しかも、家族を護れない、タダの男以下の存在。 俺個人に、生きてる価値なんて、ありはしない。 ……ああ、本当は分かってたさ。 他の魔法少女だって……それなりに、好意的な目線で見てたのくらい。 でも、男なんて、幾らでも居る。たまたま俺が『闘いの場に居た』、『闘う事が出来た』。 それだけだ。 だから、誰よりも、俺は……心を鈍くさせながら。 その『雑音』から耳を背けていたのだ。 そのツケを……俺は、払わねばならない時が、来たのかもしれない。 だが……「誰も……他人を本当に、理解できるワケなんて、無いんだよ」 幸福なんて自己陶酔で、不幸なんて被害妄想だ。 だから、見据えるモノは、現実のみ。 そして、その現実は……今、俺に向かって、変な角度から牙を剥こうとしている。「あの二人は……どうして俺なんぞを」 チカの奴は……まあ、分かりやすい。 ……魔法少女という現実を前にしても、躊躇無く、全てを知って、この世界に飛び込んで来た。 俺がチカに惹かれるのは……『奇跡も魔法も関係なく』、俺という個人に向かって、真っすぐな目を向けてくれていた事。 その心意気だ。 巴さんは……長い付き合いだ。 お互いに、敬意を抱きあう関係であり、色々と知り尽している。 更に、姉さん亡き後、魔法少女として沙紀や俺の面倒を見て貰っていたという、恩義もある。 だが俺は……彼女に一度たりとて、俺自身が恋愛感情を抱かなかったと、断言出来るだろうか?「……どうすれば、いい……」 いっそ、死ぬべきだろうか? 俺みたいな男は。 ……だが……「沙紀…… 馬鹿な。あいつが、俺を超えて行く?」 誰かの陰で、おどおどしてるしか出来ない。 共に並ぶ事は出来ても、前に出て立つ覚悟を見せた事の無い、アイツが? ……だが……もし、アイツに、それが出来るのならば……俺が、生きて、『魔獣との闘いの場に立つ理由は?』 って……「なんだよ……結局、俺は……闘いが好きなのか?」 俺は……俺が求めてきたのは、『安らぎ』だけだったハズだ。 敗北の現実を知って、誰かを失う痛みを知って……そこから逃げ出したかったハズ。 なのに…… ふと、思う。 じゃあ、どっちか。 巴さんが死んだら? チカが死んだら? 俺は、それに……耐えられるだろうか?「嫌だ……どっちも、失えるワケが、無い。 誰も、もう失いたくなんて……無い」 だが……二年後には、確実に、チカの奴は旅に出る。確かにあいつは、一か所に留まれるタマじゃない。 一方で、巴さんは責任感が強い。何より、今では、この見滝原の魔法少女たちの、顔役同然だ。 考えてもみれば。 あんな凄い二人が、この見滝原って街に留まっている状況そのものが、奇跡と言ってもいいのではあるまいか? それに、俺は甘え過ぎて居なかったか? 『都合のいい現実』に染まり過ぎていなかっただろうか? と……「よっ、お兄さん。何、黄昏てんの?」 腰かけたベンチから顔を上げると。 そこに、美樹さやかの姿があった。「……上条恭介は、どんな塩梅だ?」 俺の質問に、彼女は笑いながら答える。「ん、凄いペースで回復してる。……無茶なリハビリが利いたんだろうね。もう、杖無しで歩けるようにすらなってね。 左手は相変わらず動かないけど、完全に神経が死んでるのは肘から先の部分だからっていうんで、職人さんに頼んで『左右逆のバイオリン』特注したの。 バイオリンの弓、動かない左手に縛り付けて……さ。 毎日、そのバイオリン相手に、必死になってる」「ほ、考えたな」 苦笑する。「うん。音とかね……もうガチャガチャなんだけどさ。それでも、少しずつ良くなっていってるんだ。 元の恭介のバイオリンは、もう聞けないけど……なんていうのかな。こう、『新しい上条恭介の境地』を、切り開こうとしている感じ? バイオリン弾いてる時に、あんな必死な顔の恭介、初めて見た。一番簡単な『キラキラ星』から、やり直してるんだよ? あの恭介が」「そっか。良かったな」「彼がね。『僕の尊敬するバイオリンの先生は、基本を大事にしていた』って。『だったらもう一度、基本からやり直すダケだ』って……」「ま、そうだな。剣術でも剣道でも、基本は大切だしな」 と……「あとね、彼が言ってた。 『御剣さんに会ったら、伝えてくれ』って。『ありがとう』だそうだよ?」「別に、大したこっちゃないよ」「あー、そうかもね。……なんか恭介、ちょっと高所恐怖症になっちゃったし。 聞いたよ。屋上から放り出したんだって?」「死ぬよっかマシじゃね? 怖いの知ってるって事は、危険から避けられるって事だし。 少なくとも、屋上から飛び降り自殺する心配は、もう無かろうさ」 そう嘯く俺に、彼女が苦笑した。「酷い人だなあ、お兄さん……ほんと、荒療治なんだから」「はっ、だから言ったろ? 野郎はな、傷なんざ後生大事に抱えてるよっか、気合い入れて前に進む覚悟キメねーと、前にゃ進めねぇんだよ。 痛いだとか、苦しいだとか。現実に挫折する前に、己に鞭入れて、困難に立ち向かわなきゃいけねーのさ」 と、「その割には……お兄さん、なんか、悩んでるように見えたけど?」「……まあ、な。予想もしない困難に、直面しちまってな」 考えてもみれば。 彼女は、現時点では魔法少女とは関係ない、普通の女の子なワケで。 そういう要素を排した、女性の心理を聞くには、丁度いい存在かもしれない。「告白されたんだ」「え? あの……斜太チカって人から? また?」「いや、巴マミっていう、別の人だよ」 と……「えっ……マミさんが?」「なんだ、知り合いか?」「いや、同じ中学だし……魔法少女の事について、色々と聞いておかないとなぁ、って思ってたから」 その言葉に、俺は眉をひそめる。「なんだお前、契約する気か!? 絶対やめておけ、ロクな事に……」「知ってるよ。 でもさ……例えば、恭介が魔獣に襲われて、死にそうになったりとかしたら。 多分、あたしは契約しちゃうと思う」「それでも、やめておけ。 それが報われる保障なんて、ドコにも無いぜ?」 何しろ、俺は……「迷ってんだ……どっちも大切で、どっちも無碍になんて、出来るわけが無い。 本当に、真っ直ぐに俺を見ていてくれる仲間と……俺や沙紀が散々世話になってきた人。 どっちかを選ばなきゃいけないんだ。 っていうかなあ……お前、上条恭介が好きな女が、自分だけだと思ってるのか?」「えっ?」 何も考えて無かった。 そんな風な表情に、俺は苦笑する。「あーいうイイ男にゃ、勝手に女が寄って来ちまうんだよ。男のダチと過ごして居りゃ分かる。 モテる男ってのは、女の幻想を勝手に煽っちまう奴の事なのさ。ウチの妹の沙紀なんかは、引っかかったその典型例だな。 アイツのファンだったそーだぜ? まあ、よ……俺も魔法少女の世界なんて、女所帯の中で過ごしてて、分かったんだけどさ。女ってなぁ、究極的に、基本、自分中心に都合のいい事しか考えちゃいない生き物なんだなー、って。 何と無く、分かっちまったのさ」「うわ、酷い事言うなぁ……っていうか、自慢?」「いや。単に『ショッパい焦げたクッキーを、喜んで喰ってくれる男ばっかじゃねーぞ』って事さ。 そういう意味で、自分の都合のいい幻想しか押しつけてこない女ってのは、俺は嫌いでな。 ただな……」「ただ?」「問題は、あいつらは『真剣に他人の事を、考えられる魔法少女だ』って事だ。 やり方は全然違うけどよ…… 幸せにしてやれるなら、どっちも幸せにしてやりたい。でも……俺はどっちかしか選べない。 迷いっぱなしだよ」 その言葉に、彼女は首をかしげる。「……で、お兄さんは、本当はどっちが好きなの?」「『どっちが好きか』……って……俺にそんな『選ぶ資格』なんて、無いのさ。 ……人殺しなんだよ。俺は……」 遠い目をして、俺は溜息をつく。「人殺し……って」「父さんと母さん。 新興宗教に入れ上げた挙句、教祖様の後追いで無理心中しようとして、抵抗して……殺した。 家族を護るために、習っていたハズの剣術で……俺は、家族を殺しちまったんだ。 そして、冴子姉さんも護れなかった。護れなかった仲間も、何人も居る。助けられなかった人も。 ……だから、俺は、人殺しなのさ」「…………………」「俺の気持ちとかさ、俺の意思とかそーいうのって……結局、誰かを不幸にしていくしかない。 だから俺は、出来るだけ『気に食わない奴を不幸にして行く』事にしているのさ。 ……ハリネズミのジレンマって奴だよ」「じゃあさ、あんたの妹の沙紀ちゃんは、どうなのさ? あんたが必死に守ってきたんじゃないのか?」「一杯不幸にしてるぜ? 大嫌いなピーマン食わせたり、ムカつく悪さしたらケツ叩いたり。もー四六時中、大喧嘩さ。 あまつさえな……出来もしない事を、今になって、背負わせちまった」「出来も、しない事?」「『一丁前に、魔法少女として立って見せろ。俺を超えろ』って……な。 ……力比べ以前に、能力の相性的に、無理なんだよ。じゃんけんで言うなら、グーとチョキみたいなもんで……俺っつーグーに、沙紀っつーチョキは、絶対勝てない相性なんだ。 それを知って居ながら……俺は、カッとなって沙紀に無茶を振っちまったんだ」 天を仰ぐ。「そんで、俺からすりゃあな。 意図して無かったにせよ、あんなスゲェ二人に告白されるなんて、想像もしちゃいなかった。 考えてもいなかったんだ。 俺の中身とか本性の部分は、多分、もードロドロの醜いモンでさ……正直、そんなモテていいよーな男じゃネェんだよ、俺は。 ……世の中、『幸せになるべきじゃない』馬鹿ってのは、居るモンなんだぜ?」 と……「はぁ……あのさ。 あたし、男の人の事はよく分かんないけど……それでも、あんたが女ナメてるのは、よーく分かったよ」「あ!?」「そんな、『自分だけ不幸背負いこんで、独りで行こう』とするワガママ男をさ……増して、そいつに惚れた女が、何の覚悟も無しに『好きだ』とか、言うと思う? 妹さんだって、多分、アンタの重荷になりたくないから、必死になって、転校生の所に転がり込んだんじゃない?」「あ、ああ、まあ……って、待て。何で沙紀の事まで知っている!?」「女同士のネットワークを甘く見ないことだね。特に、魔法少女関係のはキュゥべえまで居るんだから」 初耳である。 っていうか……あのオシャベリ悪魔め……「ついでにね。アンタの恋の顛末は、色んな意味で、魔法少女たちの注目の的らしいよ?」「おいおいおいおい、嫌だぞ俺は! 芸能人じゃあるめぇに! 大体、こんな下世話な事、好きで悩んでんじゃネェんだ!」 絶叫するが、彼女……美樹さやかは、チッチッチ、と指を振り。「ショーガナイだろ? あんたは魔法少女の世界の中じゃ、黒一点の存在なんだし。女の子からすりゃ、マジで頼りがいのあるナイト様なんだ。 ……中には、マミさんやチカさんに嫉妬してる子も、結構いるって話だぞー?」「うわ、嫌だなー……そんな女。関わりたくないし、相手したくもねぇー」 嫉妬に狂った人間程、頭おかしい行動に出るのは、人間も魔法少女も変わらない。「それとさ。あんた、自分が『人殺しだ』って言うけど……本当に、好きで人を殺したの?」「……いや。でも、直接手を下したのは……俺だ」「でもそれってさ、『誰かを守るため』じゃ、無かったのか?」 その言葉に。 俺は深々と溜息をついた。「それがな……正直、その……取り押さえようと思えば、取り押さえられる実力は、あったんだ。 でも流石に……実の父親と母親が、俺ら兄妹を殺しに来るなんて想定外もいい所で、完全にパニックになっちまってさ。 そんで、気がついたら……俺は、両親を殺していた。木刀持っててさ、『どう殺したかすらも』分からないんだ……」「………………」「どうやって殺したのか、何を考えて殺しちまったのか、どうして殺したのか。 その『殺す過程』だけが、スッポリ抜け落ちててヨ。 気がついたら、階段の下で、両親が脳天カチ割られて、俺が血まみれの木刀引っ提げて構えてて……後ろで、沙紀と姉さんが、ガタガタ震えてて。 そこまでに至る、前の記憶『だけ』が、完全にブランクの彼方だ。 それがな……たまらなく、恐ろしいんだ。 確かに、『結果的に』俺は、両親を殺すことで、沙紀や姉さんを救えた。 でも『殺す時に何を考えて殺したのか』。その過程が分からネェんだ。 俺は……家族を守るために、剣を習っていたハズなのに、なんで両親を殺しちまったんだろう、って。 そこん所の答えがな……どうしても出て来ないんだよ」 と……「それは……知らないほうが、いいんじゃないかな? 多分、そんな気がする」「え?」「人間ってさ、無意識に辛すぎる記憶とかそういったの、封印しちゃうって話、聞いた事あるんだよ。 多分、それは……知らないほうが、幸せなんじゃないかな?」「そういうワケには行かないよ。俺は『見えない物は信じない主義』で、さ。 本当の自分と向き合うには……やっぱり俺自身、どうしてもソコの所の問題は、外せないんだよ」「……そう、か。 そういえばさ、あんた……凄腕の剣術家なんだって?」「まあ……ソコソコかな、腕前としちゃあ。 ……お師匠様にゃ、トンと及ばんけどな」「あのさ、ちょっと……教えちゃくれないかな、剣術とか」 その言葉に、俺は呆れ果てた。「やめておけ。半端に齧った技なんぞ大怪我の元だ……俺みたいに、な」「むー……」 ……はぁ、しょーがねぇ。「ケータイ、持ってるか?」「え? うん」 ポチポチ、とケータイを操作して、赤外線でデータを送ってやる。「何、これ?」「女の子向けの体力作りメニュー。 こいつを一カ月欠かさずやったら、なんか教えてやるよ」「ちょっと……ハードだな、これ」「嫌なら辞めちまえ。そんで格闘技とか習おうなんて思うな。 人間なんてなぁ危ない事に近寄らないほうが、一番なんだ。 もし護身のつもりだったら、下手な技は逆効果にしかならん。それに……」「それに?」「俺に剣なんて習ってみろ。俺の運命までトレースする事に、なっちまう。 中学生で、親殺しなんて……したかぁ無ぇだろ?」 そう言うと、俺は立ちあがった。「ま、とりあえず、体力作りは、無駄にゃなんねぇからな……『心を鍛えるには、まず体から』だ。 ……サンキューな、相談に乗ってくれて。 ちょっと暁美ほむらの所に行って、沙紀に謝って来る」「え?」「出来もしない事を、押しつけた。『一足飛びに独り立ちしろ』なんて、言う方が無茶だよ。 ……あいつは、まだまだ俺が居ないとダメなんだし、な」『その必要は無いわ』 暁美ほむらのアパートで。 二人揃って開口一番。俺の謝罪に帰って来た返事が、それだった。「なっ、沙紀、お前……俺はお前を心配して言ってんだぞ!」「訓練の邪魔。あっち行って。っていうか、見ないで」「くっ……訓練!?」「秘密の特訓。絶対お兄ちゃんにギャフンて言わせてやるんだから!!」 バンッ!「……………どうして、こうなった?」 暫し、懊悩。 そして……再度、扉をノック。「……何かしら?」「暁美ほむら、ちょっと来い……」 そして、アパート裏に呼び出した後。「お前、沙紀に何、吹き込んだ?」「別に。沙紀ちゃんから志願してきたのよ。『打倒、御剣颯太』って……」 頭痛がした。 ……俺、そこまで何か、沙紀に悪い事、したかなぁ?「沙紀の奴が、俺に勝てるわけが無いだろ? 能力の相性的にダイヤグラム9:1なんだから!」 自惚れでもなく、これは事実……な、ハズなのだが。「そうかしら? 私は……五分と見てるわよ」「っ!」「話はそれだけ? うかうかしていると、本当に妹に足元すくわれるわよ、御剣颯太」 そう言って、スタスタと暁美ほむらの奴は去って行った。「…………」 何でか。 俺は、自分の家の前で立ち止まってしまった。 沙紀が居ない家。 俺の……家族の居ない家は、本当にがらんどうだった。 そこに戻って何かをする価値を見いだせず。 俺は、そのまま、踵を返して、夜の街へと向かった。 雑音と喧騒。そんな中、ゲームセンターへと入る。「……久方ぶりだな、ゲーセンなんて」 小学校から中学の頃は、剣の修行帰りに、よく小遣い握りしめて通ったモンだった。UFOキャッチャーで景品根こそぎにして、出入り禁止喰らった店もあったっけ。 ……あの頃は、非売品系の景品を、オタグッズのショップやネットオークションで叩き売って、小遣い稼ぎ、よくしてたんだよなぁ。「お? まだコイツ、稼働していやがるのか?」 ふと、見ると。 懐かしい格闘ゲームが、ゲーセンの隅っこで、現役で稼働していた。 ……そーだな。あれから、まだ四年くらいだもんなぁ…… 四年。 その間に、両親が首を吊り、姉さんは魔法少女になり……あとはもう、怒涛の如くだ。 ……元々、家事炊事の手伝いは好きでやってた部分はあったが……考えてみると、俺だけだったら家事なんてする必要、無いんだよなぁ。 恐らく、物凄く自堕落な生活を、送ってたんじゃないだろうか?「……懐かしいし、やってみるか」 コインを投入し、プレイ開始。 コンコン、スココン、って感じで、懐かしい感覚がよみがえって来る。 ……そーいえば、昔、30人抜きとかして、俺が負けた瞬間、対戦相手の集団に『バンザーイ!』とか言われたっけ。 あれは噴き出したなぁ。「しかし、この挑戦者粘るねぇ……」 連コイン5枚目。 キャラを変えて挑んでくるのを、ことごとく撃退していくのだが……まあ、いい。中々に歯ごたえのある対戦相手だし。 昔を思い出しながら楽しませて貰うか……とか思いながらも、俺はコンパネの上を踊る指を、一切休めない。 そして……対戦相手の吸血鬼だの鎧武者だの雪男だのを、血の池から伸びた巨大な手で引っ掴んで片っ端から『契約』してトドメ刺していく、俺の操る『冥王』に、だんだんと向こうの動きに苛立ちが混ざって来る。 ……クックックックック、この手の格闘ゲームは、ある程度以上のレベルになると、『焦ったら負け』で『ビビったら負け』なのデスヨ。 というか、この『冥王』様。攻め筋そのものが薄い分、ガード不能技や飛び道具で攻撃範囲を狭めて『相手の動きを固める』性能は、このゲーム屈指である。 そして、案の定……「ゲッゲッゲッゲッゲ♪ 受け攻め幾つか予想しておったが……そりゃ悪手じゃろ」 同キャラで挑んで、木端微塵のパーフェクトで完封。 どっちかつと『冥王』様は、攻めをパターン化させないよう意識して使う必要がある上級キャラだからな……増して、同キャラじゃ読み勝負が全て。 カッカした頭じゃあ、そりゃ完封もされるさね♪「……あんた、ゲームも上手いんだな」「あー? これでも、昔は雑誌(メスト)に乗ろうと必死になったし、UFOキャッチャー荒らしもよく……え?」 俺の後ろに、さっきまでの対戦相手……佐倉杏子が、立っていた。「……………」「………」 沈黙が痛い。さて、どうしたものやら。 ……とりあえず、俺はその場で立ち上がると、目当てをつけたUFOキャッチャーのお菓子の奴に、百円玉のコインを二枚、入れる。 一回目は、アームの強度と癖を見抜くため、捨て撃ち。だが、幸運にもゲット。 そして、二回目……「こんな所に、こーんな不安定な台座据えちゃってまぁ……」 アームの先の爪を、展示部分のお菓子が乗ってる『台座そのものに』引っかけて……ガッバーン!! ってな勢いで、台座がひっくり返った挙句、『アームに振りまわされた台座そのものに』押し出されて、ザラザラとお菓子が出口から出て来る。「必殺、『台座返し』……良い子のプレイヤーは真似すんな♪」「ぶっ!! あ、あんた……それ、狙ってやったのか?」「ま、ね。……慣れりゃ楽勝だぜ」 据え付けてあるビニール袋に、景品口に山盛りになってるお菓子を、ザラザラと放り込んで回収。 そして……「とりあえず、一個喰うかい?」 と、佐倉杏子に話を振ってみると……「あの、お客様、ちょっと……」『……………』 こうして、俺はまた、出入り禁止のゲーセンを増やす事になった。「あたしまで、出入り禁止になっちまったじゃないか」「あー、その……すまん」 ビニール袋山盛りのお菓子をほおばりながら、頭を下げる。「思い出したよ。 なんか昔、クレーンゲームが鬼のように上手い奴が居て、あのへんのゲーセン荒らしまわってるって『伝説』。 ……アレ、アンタだったのか」「いや、小遣いあんま貰えなくてさ……俺。 だから、オタグッズだの何だの狙って、『それ系』のショップに非売品の景品叩き売って、剣術の師匠への束収(月謝)にしたり、小遣いにしてたんだよ。 あーいう所の景品って、金で買えないレアモノが多いから、それが『お金で買える』ってなると、幾らでも金出すって『大きなお友達』、結構いたし。 中には、その場で『取ってくれ』って友人に頼まれてホイホイ取ってたら、『大きなお友達』まで集まって来ちゃって、大騒ぎになった事もあったなぁ……」 そーいや、ゲームソフトだって誕生日プレゼント以外は、中古で転がしたりしてたし。余程気に行ったゲームじゃない限り、絶対手元に残しておかなかったし。 ……思えば、そんな下地があったからこそ、お金や物に関して、シビアに見る事が出来るよーになったのかもしれん……親戚たちも、かなり『アレ』な人たちが多かったしなぁ。「だから俺、パチンコやる大人の気持ちが、分かんネェんだよなぁ……」「え?」「だってさー、アレ、システム的に、トータルで絶対客側が勝てないよーになってんだぜ? 預玉のシステムとか、顔認証のシステムとかあってさー、テキトーに絞り上げられるよーになってんだよ。 それだったら、ハナッから『損する事を前提に楽しむ』ゲーセンや、その他のゲームのほーが、まだ楽しむ余地があると思うんだけどなぁ……一日に万単位の金を、バカスカ突っ込むとかアリエネェよ」「ゲーセンのクレーンゲームも、そうなんじゃないのか?」「んー? まあ、そーいう台はあるけど、アームの強さや何やを見切れば、その台に近寄らないくらいはするさ。 キャッチャーのコツは『勝てる台を選ぶ』のが重要でな……って、あんたにゃ釈迦に説法か」 何しろ、彼女は現役のゲーマーだ。 一方の俺は、一度、ゲーセンから卒業……というか、引退した身だし。「それでも、さっきみたいな滅茶苦茶な取り方をした憶えは無いよ。……ああ、出入り禁止になるワケだ、アンタが」「はっ、ゲームなんてのは、いかに『ルールの裏を掻くか』だって重要要素だぜ? そして俺は、少なくとも『ルール違反はしちゃいない』し、そーいう裏技があるから、ゲームってのは面白いんじゃねぇか。 無論、真っ向勝負のぶつかり合いの面白さも、否定はしないけどな」「そうかなぁ?」「そーさ。 増して、ゲーセンなんてなぁ、日々、金っつーチップを賭けた『子供との真剣勝負』の舞台なんだ。 そこン所手ぇ抜けば、俺みたいな奴に痛い目見るのは当然なのさ。 ……ま、だからといって、俺みたいな『職人』レベルがゾロゾロ居た日には、ゲーセン(狩り場)が潰れちまうワケだが、な。 だからテキトーに加減はしてたんだぜ? 何度か出入り禁止になってからは」 と。「……あんた、ホントにフツーじゃなかったんだな」「あ? そっかぁ?」「だって、今時、そんな事考えて実行できる子供って、何人いるんだよ? アンタが『伝説』作ってた頃には、あたしはそんな事、考えても居なかったぞ?」「そりゃ、偏見っつーか……甘いんだよ見滝原(このへん)のゲーセンが。 都内のゲーセン行ってみろ。仕掛ける側も、狩る側も……ついでに、景品買い取る側も売る側も全部、マジで『鬼』が揃ってんぞ?」 これ、ホントの話。 俺だって『無理だろぉ!?』っていうような、しかも素人には絶妙に取れそうに『見える』ディスプレイとか、ゴマンと作ってあるから。「あそこは、マジでサバイバルだ……いや、ホントに」「なるほど。そーいう所で、いっぱい痛い目見てきたから、アンタはゲームに強いのか」「ま、ゲームに関しちゃな。 現実(リアル)じゃあ、見滝原(ココ)以上に『痛い目見た』場所は無ぇよ……つくづく、俺は『タダのガキなんだ』って、思い知ったさ」「っ!!」「あ……いや、すまん。悪かった」 迂闊な事を口走った俺は、佐倉杏子に頭を下げた。「い、いや……いいさ……あんたら兄妹が、痛い目見たのは、よっく知ってるし」「いや、こっちこそ悪かった。 だって、話のスジ的に考えたら、あんたに罪の無い話じゃねぇか……子供は親を、選べねぇんだから、よ」 だが、彼女は沈黙したままだった。 やがて……「あのさ、少しその……疑問に思った事があるんだけど、いいか?」「何だよ?」「あたしの家ってさ、そんな裕福じゃなかったんだ。信者が集まっても、自分たちの生活賄う分しか、使ってこなかった。 特段、贅沢した憶えなんて無ぇんだよ……だってのに、何であんたの家は、破滅するよーな大金、ウチに寄付しちまったのかな、って」 その言葉に、俺は少々呆れ……まあ、年齢を逆算すれば、無理からぬ話かと、思いなおす。「それは多分な。……『買った』んだと思うぜ。あの教会を」「は? ……おいおい、あたしはあそこで生まれ育ったんだぞ? あの家が誰かの借家だったってのか!?」「ん、その……お前、本当に知りたいのか?」 とりあえず、適当な花壇に腰かけて、次の袋の中のお菓子を奴に渡す。「あんまり、イイ話になるとも思えネェし……お前さん自身は、今でも親父さんを尊敬してんだろ? それに、俺の話は、あくまで推論で……全部が全部、正しいとは思えない。 無論、あの教会調べて行けば、その証拠も見つかるかもなのだが……正直、俺はそいつを直視する勇気がネェよ。 もし、変なモンでも見つけちまったりしたら、ブチギレて何しでかすか、自分でも分からん」「っ……」「それに、昔は兎も角、今じゃあの教会は、魔法少女の孤児院状態だ。 そいつをブッ壊してまで、俺は真実を追求したいとは、とても思えネェんだ」 その言葉に、佐倉杏子は戸惑いながら……「じゃ、じゃあさ……あんたの推論でいい。聞かせてくれないか?」「……辛い話になるかもしれねぇぞ? それでもいいんだな?」「う、うん……」 その言葉に、俺は淡々と説明して行く。「まずな、宗教法人ってのはな、日本って国じゃあ『公共のモノ』って位置づけられてるから、基本非課税なんだ。 ただしそれは、宗教法人っていう『組織』に対して税金がかからないだけで、そこで働く『個人』……この場合は、お前の親父さんだな? それには税金がかかって来る。それはいいな?」「う、うん」「で、だ……普通は……まあ、本当に個人でやってる宗教法人なんかは別として。 大規模な宗教法人の場合、大概、土地建物ってのは、『その宗教法人の持ち物』として扱われるんだ。税制面でもお手軽だしな。 だから、お寺なんかでも、代々そこに住み続けてる一族ですら、『後継ぎが寺を継がない』ってなると、一族全員、その寺から出て行かなきゃならないのさ」「そっ、そんな……出て行く、って! どこに出て行くのさ!?」「そこまではドコの宗教団体だって、基本、知ったこっちゃ無い。そもそも、元の教義を広めるために、衣・食・住の内の『住』の要素を、保障しているんだから。 っていうか、お前さんの親父さん、本部から破門されてたんだよな? だってぇのに、あんだけの信者集めてのけた技量は……まあ、大したもんだよ。それは認めてやる。 ただな。フツーは、破門された段階で、元の教団の本部から代わりの神父なり、シスターなりが、あの教会に派遣されて来るハズなんだ。 それが来なかったって事は……あそこの土地建物からして『元の教えと完全に縁が切れた』としか、思えねぇんだよ」「っ!!」「まあ、凄い親父さんだったんじゃないのか? そもそも、元の教えのカンバンがあったとはいえ『説法だけで飯が食えた』ってだけで、俺からすれば仰天モノさ。 漫画家や小説家と一緒でな。文化的事業として国から保護されてるとはいえど、神様だけでメシが喰えるほど、世の中甘くないし。 そこいらの小さなお寺のお坊さんに聞いてみ? 葬式だの葬儀だのでメシが喰えるお坊さんなんて、ほんの一握り。よく、ベンツ乗りまわす金満坊主なんてのは、漫画家に例えれば、ウン千万部売り上げた超人気作家みたいなモンで、実在はするにしても、殆どアリエネェ存在なのさ。 だから、あんたの親父さんは……例えるなら、『元の教え』っつー週刊誌でベストセラー書いてた漫画家で。それが独立して、雑誌一つ立ち上げちまったよーなモンだと思えば、分かりやすい、かな?」「……何でそんな事に詳しいんだよ?」「いや、俺の姉さんの願いが『大金』だったのは知ってるだろ? で、最初に相手にしなきゃいけなかったのは、魔獣でも何でもなくて、税務署と警察署でな……『こんな大金、どこで拾ったんだ!?』って、説明不可能なお金に、大騒ぎになっちまった。 親戚もハイエナみたいな連中が揃ってたからな……誤魔化すのに、マジで一苦労どころじゃなかったぜ。 っていうか、今でもオッカネェんだけどな、税務署って……税金の申告とか、全部殆ど俺がやってるし。 で、その過程で『税金払わないでベンツ乗りまわすお坊さん』なんて話を聞いてたから、宗教法人ってモンに関して、色々調べたんだよ。 最初は、魔法少女やってた姉さんを本尊に新興宗教でも起こしてやろうか、とか考えてたんだけどね……すぐ無理だって分かった。世の中、神様だけでメシが喰えるほど、甘くない、ってな。 だから、お前さんの親父さんのやった事はともかく……『説法の力量は』誇っていいモンだと思うぜ? 要するに……引っかかったうちの親父やオフクロが、馬鹿だったんだよ」「そ、そう……なのか……?」「ああ、そうだよ。必死になって俺が何を言って説得しても、聞く耳一つ、持ちゃしねぇ。 挙句の果てに……ま、これ以上語るのは、野暮ってモンだな。 俺も、お前も。お互い、馬鹿な親を持っちまった……つまりは、そーいう事さ」「あたしの親父は……父さんは、馬鹿なんかじゃ……ない」「……あ、すまん。そうだな……お前にとっちゃ『親』と『師匠』が一緒だもんな……悪い事した。すまねぇな。 まあ、俺だってあのトンチキ師匠と会ってなければ、一緒になって首くくってたかもしれねぇしな……正味、今の俺が在るのは、あの人に鍛え上げられたからのよーなモンだし」 あの、珍妙不可思議にて胡散臭さにかけては、どこぞのピコ麻呂真っ青な、トンチキ師匠を思い出す……もー、怪我の功名というか、何と言うか……「そーいやよ、アンタの剣の師匠って……どんな人だったんだ? あんたに、あんなスゲェ剣術教え込んだ人物が、どんな奴だったのか……ちょっとついでに聞きてぇんだけど」 その言葉に……俺は、腕を組んで、渋い顔をした。「う、ううーん……いや、なぁ……それが……」「なんだ、話したくないのか? だったら……」「い、いや、話す分には構わないんだ。 ただな……その……正直、俺自身にとっても、あの人が『何者だったか』なんて今でも定義不能なんだよ。 デタラメに喧嘩が強くて、凄腕の剣術使いで、ペテンとイカサマと詐欺の達人で……アル中で、50過ぎて女抱きまくってて、安アパートでクダ巻いてるくせに、変な所と変な人物に、異様に広いコネを持ってたりする。 本当に、『謎の人物』としか、言いようが無い人なんだ」 俺の言葉に、佐倉杏子が呆れ果てた。「……よくそんなのに弟子入りしようと思ったな、アンタ?」「ああ。自分でもそー思うよ。 その人なぁ、基本的に、嘘は言わないんだけど、やること成す事デタラメでさ。 信じられるか? 中学一年の段階で、弟子の俺に、腹にダイナマイト巻かせて、日本刀一丁でヤクザの事務所に特攻させるんだぜ?」「……マジ?」「マジだよ。 そして、そんな騒ぎの中、自分はヤクザ屋さん家の金庫開けて、中から金とかカッパラってトンズラだよ。 正体隠しながら、全員、『死なないように』切り伏せて必死になって逃げ回ったらさー……どこぞの飲み屋にツケ全部払ったあと、オネーチャンたちと豪遊して、ベガスだか何だかに行って、スッテンテンになって帰って来た。 も、滅茶苦茶通り越して、豪快そのものさ」 ちなみに、そのヤクザの事務所は、何故か組織ごと『消滅』しているのだが……俺はそれに関して、詳しくは知りたくない。 きっと、世にも恐ろしい物語が、あの人の事だから、背後で蠢いているに違いないのだ……いや、マジで。「他にも、サンタクロースの格好で『メリークリスマス』とか言いながら、ヤクザ屋さんの事務所にダイナマイト放り込んだりとか……もう、ね、色々と『神話』を創り出した、化け物でな。 そーかと思うと、飲み屋で強盗しよーかとかフいてる若者たちと、一緒になってマジで強盗しようとしたりとかしてな……すれすれになって、その若者たちが『ヤバさ』に気付いて、ビビって逃げ出しちゃったりとか。 こう、なんつーのかな。ペテンとイカサマと暴力の化身? でも、何でか不思議と人を救っちゃったりする人、かな?」 その言葉に、佐倉杏子が、呆れ果てる。「そんな怪人物の正体とか、探ろうとは思わなかったのかよ?」「それがな。探れば探るほど、混乱して来るっつーか……皇族だとか、傭兵だったとか、新聞記者だったとか、得体のしれない嘘経歴ばかり掴まされてな……もう、二十くらいかな? ダミーの経歴に引っかかったのは。 だから、もうあの人の正体探るの、諦めたよ……どーせ多分、ロクな経歴じゃねぇと思うし。本人見てると、さ。 まあ、そんなトンチキ師匠でさー。 口癖が『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』だったしなぁ……自分が一番、胡散臭くて妖しい大人だっつーの。 だから、こう、何と言うか……コトを疑ってかかるクセとか、そーいったのはついたなぁ」「……スゲェ師匠だったんだな、その人」「まあ、俺が接した、親以外の大人では……何て言ったらいいのかなぁ? 尊敬はしてるけど、信用はしてないし出来ないっていうか。 あの人の教えてくれた中で、たった一つ信じられるのは剣術だけ。 それ以外は、ほんと、色んな意味でダメ大人の見本みたいな人だったよ。マジで」「そう、か」 そう言って、黄昏る佐倉杏子に、俺は追加のお菓子を渡す。 何だかんだと、袋山盛りのお菓子は、もう半分になろうとしていた。「あ、そういえば……お前さ」 ふと、こいつにも、確か妹が居たハズだよなぁ、とか思いだし……「あ……いや、その……いいや。すまん」「なんだよ、言いだしかけて。……気味が悪ぃな」「いや、その……お前も、妹とか、居たよなぁ、って……沙紀の事で、ちょっと悩んでてさ。 すまない、変な事、聞く所だった。これ、やるよ」 そう言って、お菓子山盛りの袋を、押しつける。「他人は他人、自分は自分だし。 第一、俺の家って、よその家の事なんて参考になるめぇし。 ……ウチくらいなもんじゃないか? 一家揃って、子供全員、魔法少女だの魔法少年だのやってる家は?」「っ……そうだな。あんたの家、ちょっと特殊かもな。……特に、アンタが一番」「うっ……」 否定できない、自分が悲しい。「ま、何とか向き合ってみるさ。 沙紀の奴がさ……俺に上等切って、家飛び出しやがって。『絶対、お兄ちゃんを超えてやる』って」「ああ、何? その相談かよ」「うん、まあ、その……な。どう接するべきかとか悩んでいたんだが……。 まあ、突っかかって来るなら、軽くいなして力量差見せつけて、頭でも撫でてやるさ。 あいつはまだまだ、独り立ちには早すぎるよ」 そう言って、俺は立ちあがった。「じゃあな。話、聞いてくれて、ありがとな。 ……その。普段、あんま会いたくないっつーか……ぶっちゃけ、避けてたからさ。 やっぱ、お互い、アレだろうし」「ああ、そうだな……」 多分、これは今夜限りの事。 調子を狂わせた俺が、たまたま、話し相手を欲しただけ。「家に帰って、風呂入って寝るわ。じゃあな……」 そう言って立ち去ろうとし……「あのさ、あんた……沙紀ちゃん、あまり舐めないほうがイイと思うよ?」「なんだよ? あいつの評価、みんな妙に高いんだな?」「あの子は……何と言うか、不思議な子だよ。 誰にも勝てないのに、何でか生き残って勝つ。一番油断できない、ビックリ箱みたいなタイプの子だよ」 なる、ほど。佐倉杏子の評価も、もっともだ。 だからこそ……「だからこそ……俺は、『沙紀の壁』にならんと、いかんのかもな」「壁?」「子供にとって、守るべき盾であり、越えねばならぬ壁。 子供が親を超える時ってのは、確かにあるのかもしんないけどさ。そん時に親として、壁として低すぎたら、超える意味が無くなっちまう。 そして、俺としては、沙紀の奴に、まだまだ俺っつー壁を超えさせるつもりなんて、毛頭無いしな」 そう。 ならば……ならば、やるべき事は一つ!!「……よし、覚悟は決まった! 真正面から完膚なきまでギッタンギッタンに叩きのめして、兄の偉大さを、もう一度、その身に叩きこんでくれる! 覚悟しろ、馬鹿妹め! 夢と希望を抱いて溺死するが良いわ……グハハハハハハ!!」 高笑いをキメながら、俺は意気揚々と自分の家へと戻って行った。