姦しい、とはこの事であろう。 俺が立つキッチンとは反対のリビングで、沙紀と巴マミが、何やら、野郎にゃついていけない他愛も無い内容の話を、おおはしゃぎで交わしてやがる。 で、こんな時、手持無沙汰な男たる俺に出来る事は、給仕に徹するくらいだ。ただ……柄にもなく嬉しそうな沙紀の表情と言葉は、ついぞ俺が最近見た事の無い、笑顔だった。「……」 気を取り直し、冷めた蒸し機の中を見ると、カルカンはもう二切れ分。 ……まあ、一応、客人だしな。 漆塗りの皿に乗せて、追加のカルカンを持っていく。「ほれ、茶菓子の追加だ」「あの、これ、どういう名前のお菓子なんですか?」「……不味いか?」「いえ、すごく美味しくて。これを、あなたが?」「カルカン。鹿児島の郷土菓子だよ。山芋と上新粉、砂糖と卵と水で作る、シンプルな代物だ。誰でも作れる」 そう言うと、急須に茶を追加してやる。「お兄ちゃん、他にもいっぱい和菓子の作り方、知ってるんだよー。将来、和菓子屋さんになるんだ、って」「それで、この腕前? ……ちょっと、趣味の領域超えてるわ」「趣味だよ。プロは多分、冗談以外でこんなモン作んねー。 材料費考えたら、一個あたり相場の倍に設定しても採算取れるワケねーからな。店が潰れちまうよ」 技術と味の向上のため、コストパフォーマンス無視で、ひたすら理想を追求した趣味の代物である。金銭を得るための『売り物』という概念からは外れてるのだ。「じゃ、今から飯作るが。……喰ってくな?」「え、ええ……頂きます」「了解。三人分なんて、久方ぶりだな」 さて、本日のメインメニューはチンジャオロース。肉じゃがの予定だったが、煮込んで味を染みさせる時間が足りなくなったので、また後日にした。 ピーマン嫌いだとかニンジン嫌いだとかぬかす沙紀だが、そのへん俺は一切の容赦も遠慮も無い。食いもんの好き嫌いは、絶対に許さん、と常日頃から躾けてあるのだ。 ジャージャーと中華鍋の中で油の弾ける音の背後。沙紀と巴マミとの、野郎が付け入る隙一切無い女子トークは続いてる。 ……よし。 あとは、中華風の卵スープと、ご飯で、完成。「飯だぞ」 ガールズトークに割り込むように、カンカン、と中華鍋を叩き、でかい皿にチンジャオロースを盛り、各人の取り皿を出して、スープ、ご飯と配膳する。 で……案の定、肉ばっか取ろうとする沙紀の器に、キッチリと野菜を押しこむ。「やーっ!! ピーマンやー!!」「だめだ。食え」「ううううう、お兄ちゃんのいぢわるー」「何とでも言え」 と。「そうよ、沙紀ちゃん。好き嫌いはしちゃダメよ? こんな美味しい料理とお菓子が作れるお兄ちゃん、貴重なんだから」「うううううー、マミお姉ちゃんまでー!」「食え」 俺と巴マミの二人がかりで、追いつめられた沙紀が、とうとう涙目で叫び出す。「お兄ちゃんの鬼ー! 悪魔ー! 魔女ー!」「何とでもいえ。あと、一応男なんだから魔女は無いだろ、魔女は」「うーっ! じゃあ、じゃあ……お兄ちゃんなんか、30超えるまで童貞で魔法使いになっちゃえばいいんだー!!」「ぶーっ!!」 卵スープを吹き戻しかけ、俺は絶句する。「さっ、沙紀! どこでそんな言葉憶えてきやがった!!」「えっと……忘れた♪ ところで『童貞』って、なに?」「…………………魔女でも魔法使いでもいいから、とにかく喰えっ!」 真っ白になりかけた食卓の空気を強引にチンジャオロースに引き戻し、俺は沙紀の器に追撃の一杯を盛りつけた。 食事後のまったりした空気の中。あいも変わらず、巴マミと沙紀は、俺が皿洗いと片付けに勤しむ中、女子トークを交わしてやがった。……正味、ついていけん。 そして……「ん、もう時間ね。そろそろ、お暇しようかしら」「えーっ、もっとお話ししてよー。泊まってこーよー」「そうね。でももう帰らないと。縄張りの巡回があるの」「……むー」 その言葉に、沙紀も不承不承うなずくと、玄関口で、見送りに来る。 「じゃあねー、お姉ちゃん」 その沙紀の、さびしそうな顔を見て……俺は、一つの覚悟を決めた。「待った。お前さんの縄張りまで、送る」「え? じゃあ……」 沙紀が、慌ててソウルジェムを手にするが……「いい。ちょっとそこまで行ってくるだけだ」「……お兄ちゃん?」 この魔法少女が最も活発に活動する時間に、ソウルジェムを手にせず、外に出るなど自殺行為だ。 まして、隣に居るのは、俺のような悪党の天敵。その天敵相手に、俺は……ええいっ! 沙紀のためだっ!「……絶対、帰ってきてね」「安心しろ。お兄ちゃんは無敵だ♪」 頭を撫でて、俺は玄関の扉を開けた。「……で、沙紀ちゃんに聞かせられない話が、私にあるのでしょう? しかも、ソウルジェムも武器もない、丸腰で」「ああ」 玄関を出て、道を歩きながら。 俺と巴マミは、言葉を交わす。「もし……『正義の魔法少女』として、皆殺しの『暗殺魔法少女』を狩りに縄張りに来るようならば、俺はお前に対して容赦する事が出来ネェ。最強相手に、最弱にそんな余裕もあるわけがない。全力で、殺しに行くしかない」「……そうね」 対、ワルプルギスの夜戦に向けての同盟は組めたが、本来、敵対する立場な事実に、変わりは無いのだ。 闘いが終わって生き延びた段階で、彼女と俺はまた敵対する事になる。 だが……「ただな……沙紀のあんな楽しそうなツラ見たの、久方ぶりだったよ。アイツが魔法少女になってからは、ついぞ見た事が無い。 つくづく思い知ったよ。 俺は沙紀のために戦う『兄貴』にはなれても、『友人』にだきゃあ、なる事が出来ネェんだ。ってな…… ……そんでな。『御剣沙紀の友人』ならば、俺ん家に迎える事にゃ、吝かじゃねぇ」 さあ、勝負ドコだ。 俺は、その場で向き直ると、両手を地面について、頭を下げる。「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」 勢い余って、ごんっ、とアスファルトに頭ぶつけて痛いが、この際それは問題ではない。 暫しの沈黙。そして……「……ぷっ……ふふふふふ、ははははは!」「っ!!」 ダメ、か! ……ああ、死んだな。「ああ、あなたは本当に、沙紀ちゃんにとって『無敵のお兄さん』なんですね。 ……一つ、条件があります」「……なんだ?」 そう言うと、彼女が俺の目を見て、一言。「私が、魔女になりそうになったら、ソウルジェムを砕いて、殺してもらえますか? また、もし、それが間に合わなくて魔女になったら、私を殺してもらえますか?」「……手段問わずの、奇襲、暗殺込みで良ければ」「OK、契約成立です♪」 にこやかに微笑む彼女。「ああ、それと……妹さんが心配なのは分かりますが、過保護なのは、ね。 心配しなくても、とっくに沙紀ちゃんと私は、友達ですよ♪」「……え?」 にこにこと、悪党から一本取った、って顔をしていやがる『正義の味方』。 まったく……「そういえば、あんた。暁美ほむらや、あのルーキーと一緒に、どうやって俺の家を知って、やってきた?」「キュゥべえからの情報です。それが……何か?」「……ああ、やっぱり。奴ら相手なら、しょうがないか」 あの無限に湧き出す最悪悪魔が、俺の縄張りに入ってきたという意味は……「まっ、この辺からなら大丈夫だろ。じゃあな?」「待ってください。今、あなたは丸腰なんでしょ? もし、今、他の魔法少女が狩りに来たら」「安心しろ。ココをドコだと思ってやがる? キュゥべえに潰された分も、もう『8割がた回復したしな』」 と…… ズドーン!! という、遠雷のような轟音が、あたりに響いた。「おー、早速、馬鹿が気取って引っかかったな」「何……ですか?」「何、簡単な事だ。電信柱と電線に細工してな。 架空線の6千ボルトを踏み抜いたら、感電するよーに細工してあるんだ」 その言葉に、巴マミが蒼白な表情になる。「……なんだ、知らなかったか? 電線ってのは、当然電気が通ってるんだぜ? 家庭用の供給電力は100ボルトだが、電信柱の一番上を通ってる電線は、6千ボルト級の高圧電流だ。そいつをトランスで変換して各家庭に供給してんだぞ? 無論、漏電しないように何重にも防護してあるし、大体ショートしても1秒かそこらでシステム的にストップがかかるが、それでも普通の人間ならほぼ死に至るか、重度の障害が残るか。踏み抜いたのが魔法少女でも、ボロ雑巾で暫く動けネェ。 あーあー、しかし感電だけで済むはずが、ご近所停電までいってるとこ見ると、全力でショートさせやがったな。こりゃ、電力会社がやってくるから、また仕掛けを弄りなおさんといかんわ」「まさか……」 笑いながら、俺は彼女に言う。「電線、電柱の上、家の屋根の上……『魔法少女が通りそうな道』には、殆ど仕掛けがしてあるからな。 ……言っただろ? 『魔法少女としてやって来るならば消すが、沙紀の友人としてなら歓迎する』って、な。 どうやってウチ来たか知らんが、運が良かったなお前さん。トラップを知らずに、正解ルートを辿ってたのかも知れんぜ?」 これが、経験だけは無駄に積んできた弱者たる俺の戦い方であり……まあ、逆を言えば、それだけなのだ。 俺が縄張りを広げられない理由の一つが、このためである。 キュゥべえによる強行偵察を警戒しながら、トラップの維持管理が出来るのは、この小さな縄張りだけで限界なのだ。 その証拠に、先日、あの三人に押し込まれた後に調べたら、大量のキュゥべえがトラップに引っかかっていやがった。恐らく、物量を利用して無理矢理トラップを蹂躙、解除し、三人を突破させたのだろう。 その結果、翌日に暁美ほむらの侵入を、アッサリ許してしまっている。『潰されるのは勿体ない』と奴らは言うが、『リスクに見合うのならば幾らでも死んでも良い』というわけだ。 まったく……あの悪魔、実にタチが悪い事、この上ない。 ……とりあえず、必死になって8割がたはトラップを回復させはしたが……またキュゥべえとのいたちごっこなんだろーなー。「この場所が『見滝原のサルガッソー』とか呼ばれてる理由も、あなたが『魔法少女の天敵』と言われてる意味も、よく分かりました。沙紀ちゃんの友人としてではなく、一人の魔法少女としても……あなたとは敵対したくはありませんわ。正直」「最強にそこまで言われるたぁ、光栄だが、あいにく俺は沙紀の事で手一杯な、タダの『普通の男』だよ。 ンじゃあ、な、『沙紀の友達』。俺は今から哀れな『魔法少女』を狩りに行く」 そう言うと、俺は巴マミに別れを告げ、家路へと向かった。 ……本日の成果:なし(沙紀の友達一人、追加)。 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。 ……グリーフシード:残14+1。 本日の料理:チンジャオロース、中華風卵スープ、ご飯。 デザート:なし(カルカン、消滅)。