「……………ごめんなさい」 私は……涙が止まらなかった。 願いを知りたいと言う願い。その共感能力の高さを利用した、魔法少女の能力の読み取り(リーディング)。 それは時として、対象の魔法少女の記憶を垣間見てしまう事があるのだ。 そして、今、私が見てしまったのは……暁美ほむらさんの、孤独な、長い長い闘いの記憶。 無論、普段は黙っているのだが……流石に、これは……私には耐えられなかったのだ。「御剣沙紀……?」「ごめんなさい……能力の読み取りの最中に、ウッカリ見えちゃったの……暁美さんの記憶が」「っ!!」 私は今……初めて、自分の能力を、呪おうとしていた。「本当にゴメン……気持ち悪いよね。アカの他人に、自分の記憶を探られるのって。 自分の目の前に、自分のコピーが現れたら……誰だって嫌な顔するよね……」「あなたは……」 私は……こんな人の。 そして、こんな人の思いに答えた魔法少女の女神の力を、家庭の問題の解決のために、タダ同然で借りようとしていたのだ。「私……初めて魔法少女、辞めたいって思った。 ……こんな酷い力、要らないよぉ」 知りたく無かった。知らなければよかった。 彼女は……こんな残酷な運命を、踏破して、今に至った。 その思いの染みついた力を……ただ、安易に『借りれれば』などと考えた愚かさに、腹が立った。 だが……「……ありがとう」「え?」「あなたが優しい子で、良かった。 正直、その……私の記憶、証明する手段、殆ど無かったから。 ……せいぜい、御剣颯太が『見た』っていう、まどかの姿くらいだし」「そんな……ごめんなさい。私こそ、無神経に酷い事しちゃって。 本当に……ごめんなさい」 それにしても……「その、何といいますか……凄く、奇妙な関係だったんですね、あたしたち兄妹と、暁美さんって」「ええ。あなたたちが存在していたループは、色々な意味で強烈だった。それ以降も、延々と『一番最初に』世話になり続けたし。 ……そういえば、織莉子たちとの闘いで、彼の忠告を無駄にしてしまったわね。 『躊躇なく、ソウルジェム目がけて引き金をひけ』『追いつめたからって甘く見るな』って、言われてたのに……本来の彼ほど、問答無用になれなかったのが、あのループでの私の敗因だわ」「それは……しょうがないですよ。 それにしても、お兄ちゃん、本当に、阿修羅みたいだったんだ。魔力も無いまま、全てを敵に回してでも、私を守って魔法少女を殺し続けて……本当に、『闘いの権化』になっちゃって。 それで、みんな本当に泣いてて……まどかさんが魔法少女を救うまでは、こんな悲しい世界だったんですね」「そうね……」 沈黙が落ちる。「本当に私は、お兄ちゃんに甘えてたんだなぁ……」「え?」「ピーマン嫌い、だとか。兄妹喧嘩したり、だとか。 考えてみれば、まどかさんが魔法少女を魔女にする運命から救ってくれなければ、そんな事出来るわけが無かった。 それどころか、独り立ちなんて……ずっと兄妹二人で、闘い続けるしか無かったんだ……」「そうね。 あなたは……いえ、あなたたち二人は、一介の人間と魔法少女のまま、魔法少女と魔女のシステムに挑んで来たんですもの。 それは、誇っていい事かもしれないわね」「でも、お兄ちゃんの体の中にも、ソウルジェムみたいなモノがある、って……その時は、自分が『ザ・ワン』だなんて知らなかったんですよね? だから、最後は、とんでもない悲惨な事になってたんじゃないかな? 魔女じゃなくて……魔人、とか……そんなのになってたんじゃないかなぁ?」「……どう、かな? おそらくは、今の世界の御剣颯太の体内にあるソウルジェムは、まどかとの契約。 そして、前の世界では、沙紀ちゃんとソウルジェムをリンクさせても、穢れが移る事も無かった。 という事は、おそらく……いえ、どっちにしろ、末路は変わらなかったもしれないわね。代償の無い力なんて、無いのだから」 改めて。 沈黙が落ちる。 だが……「不思議ですよね……前の世界でキュゥべえに祈った、まどかさんと、お兄ちゃんの『願い』って……物凄く似てるんですね」「え?」「『全ての魔女を消し去りたい』っていうまどかさんの願いは……何だかんだと『キュゥべえまで』救っちゃってる。 一方、お兄ちゃんは『全てのキュゥべえを消し去りたい』ですもん。だから……最後は、お兄ちゃんもキュゥべえも、物凄く悲惨な事になっちゃったんじゃないかな? 二人揃って、相打ちとか」「かも……しれないわね」 一呼吸。落ちる沈黙。「『誰かを救いたい』っていう慈悲の祈りと。『誰かを消してやりたい』っていう憤怒の祈りが。 こんなにも似通る事って、あるんですね」 ふと。そこに……私は、ヒントを見たような気がした。「……あの世界のお兄ちゃんが、死にたがってたっていうの、分かる気がします。 お兄ちゃん、本質的に物凄く優しいから……だから、誰かに裁いてほしかった、赦してほしかったんじゃないかな?」「まあ、人として、当たり前の心理かもしれないわね」 そして。 パズルのピースが、揃った……そんな、気がした。「まどかさんは……」「え?」「まどかさんも、怒ってたんだと思います。魔女と、魔法少女のシステムそのものに。 だから、自分が神様になってでも、それを否定したかった……。 お兄ちゃんだって、普段はとっても優しくて……みんなにお菓子作ったり、誰かのために闘ったり。 私に怒ってお尻叩いたり、魔獣相手に決死の形相で闘うのは、優しいからなんですよ。 お兄ちゃんにしても、まどかさんにしても。 本当に、そーいう事を、言いわけ抜きに『人間として』貫ける人が……最終的に、神様になれちゃうんじゃないかな?」「……」「何と無く、見えてきた気がします。まだ、全然ですけど……私の『最強の願い』。 出来るかどうかは、分からないけど……これなら、お兄ちゃんを、超える事が……目を覚ましてくれるんじゃないかな?」「え?」「私たちは今、幸せなんだよ、って。 ……だから、『不幸を消して行くのも重要だけど、幸せを増やす事も重要なんだ』って伝えないと。 いっぱいいっぱい、幸せを増やせば……いつか、不幸な人に、自分が余った幸せを分けてあげられる。 そんな気がするんです。 それはそうと……」 私は、台所に乗った、チンジャオロースの材料を前に、一言。「居候の分際で申し訳ないんですけど、ピーマンは出来れば無しの方向で、お願い、出来ます?」「……………それなら料理くらい、自分で作れるようになりなさい。御剣沙紀」 思う。 人は何故、誰かに怒るのか? 思う。 人は何故、誰かに優しく出来るのか? ああ、きっと。優しいから怒るのであり、怒るから優しいのだ。 相反する概念ではあっても、それは『不可分ではない』のだろう。 そして、誰かに対する優しさがあればこそ、犯した罪の意識に怯え、苦悩する。 それを断罪する事こそが、『人として生きる道において』救済に繋がるのだ。 ビルの屋上。 暁美さんが見ている前で、結跏趺坐を組んで、深く、深く、瞑想しながら。 私は、そんな事を思っていた。 ふと、私の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。「易有太極(易に太極あり) 是生兩儀(これ両儀を生じ) 兩儀生四象(両儀は四象を生じ) 四象生八卦(四象は八卦を生ず)」 まどかさんが……魔法少女の女神様にも、怒りがあったように。 お兄ちゃんにも……神に等しい魔法少年にも、優しさがある。 そして私は……『御剣の家の子』で『魔法少女』だ。 ならば出来るハズ。いや……やってみせなきゃいけない! これは……私にしか示せないモノ。私にしか出来ない能力(ちから)。 ある意味これは『宇宙を創るに等しい』魔法なのではないか!?「願望(ウィッシュ・オブ)……混成(マッシュアップ!!)」「っ……御剣沙紀!? あなた……ソウルジェムが!」「え? ああ……あー……神様の力を受け入れて、色々弄り倒した反動……かな?」 一瞬。 私のソウルジェムが、白黒の二色混成の『大極図』のようになっているのを見て、苦笑する。「すぐ、元に戻ると思います……ほら?」 そして、元の緑色の輝きを取り戻す、私のソウルジェム。ただし、濁りはそうとうに酷い。「あは、あはは……やっぱ神様の力を二人分、無理矢理借りて弄るなんて無茶だったんだなぁ……」 どさっ、と体を投げ出しながら、私はソウルジェムを外し、穢れの除去を始める。『そうだね。僕としてもおすすめは出来ない。 君の願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)は……負担がかかり過ぎる』「そうね。 ……あまりにリスキーだと思うわ」 キュゥべえと暁美さんが、そう忠告する。 だが……「無茶って事は……『無理』って事じゃないですよ? お茶が無くたって、お菓子は食べられるんですから」『っ……君は!』「とりあえず『理論上は正しい』って事が分かっただけで収穫ですよ。 ……あとは……私の体を使って、魔法として、能力として具現化させて、証明するだけです」 とはいえど。これって『宇宙を体現しろ』というような能力なのではあるまいか? ……まあ、宇宙って単語や概念そのものが、元を辿れば仏教用語だ、って、お兄ちゃん言ってたし。「よくよく考えてみれば、お兄ちゃんって、男の人なんだもんなぁ……」 それを、女の身である私が受け入れて、行使する事のほうが、そもそも無理がある気がする。 ……なんの。「私だって、お兄ちゃんの妹で、御剣家の子で、魔法少女なんだから……しっかりしないと!」 そうだ。 これを乗り越えねば、私はお兄ちゃんに独り立ちなんて、認めてもらえるわけが無い。 そして……それが認められたら、私は、上条さんに、告白するのだ。 ……というか、チャンスは今しかない。 『お兄ちゃん自身が、絶対に私を怒れる立場じゃない』今しか無いのだ!!「きっと……お兄ちゃん、『色んな意味で』怒り狂うと思うからなぁ」「どうかしたの?」「ん? ううん、何でも無いよ。じゃ、続き続き!」 一通り、綺麗になったソウルジェムを元に戻し。 私は再び、結跏趺坐を組んで、瞑想へと戻った。