「……と、いうわけで、暁美さん、沙紀ちゃん」「あたしらもセコンドにつく事になりました。よろしくー」 暁美ほむらの自宅に押し掛けたあたしら二人は、早速、『対御剣颯太』戦に関しての戦略を、練り始めた。 とは、言うものの……『……どうしましょうか?』 三人揃って、頭を悩ませる事、暫し。 沙紀ちゃんの『必殺技』は、何とか完成した。 あたしも一度、見せて貰ったが……まあ、確かに。度肝を抜くような破壊力だった。 何しろ、小さな山が丸々一つ、抉れて『消滅』してしまったのだ。 とはいえど。「……とても、単独で、かつ、実戦で使える技じゃないわね……」「うん。一発ぶっ放す前に、百万回、颯太にブッ殺されてると思う」「それなのよ……考えてもみれば、願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)自体が、かなりの大技だもの」 セコンド役の三人の評価は、おしなべて『ソレ』だった。「ううううう、しょーがないじゃない、ここ一番用の大技なんだもん。隙が大きいのは仕方ないじゃない!」 そう。 現時点では、『タメ』が死ぬほど長い。 一分? 二分? あたしだって、余裕でぶん殴って倒せるくらいだ。「問題は、颯太の『速度』だよ。 あいつを捕えられる速度の持ち主っつったら……辛うじて、杏子か?」「そうね、武器は違うけど、同じスピードタイプの接近戦型だから、参考にはなると思う。 ただ……『否定』の魔法で強引に切り込む颯太さんと、多彩な魔法で細かく攻めて行く佐倉杏子では、ちょっと違うと思うけど」「何れにせよ、参考になりやすいといえば、彼女かもしれないわね」 と、いうわけで。「はーい、専門家召喚。コメントをどーぞ」「コメントって……アネさん、確かにアイツとあたしは、同じ接近戦型でスピードタイプかもしれないけど。 色んな意味で戦い方が全然違うよ」「と、いうと?」 杏子の言葉に、あたしは首をかしげる。「まず、第一に。 アイツの魔力や魔法は、あくまで『実体があるモノ』を媒介しないと、伝えられないって事さ。 あたしら魔法少女の場合は、『魔法で武器を生み出してる』のに対して、アイツのはあくまで『現実にある武器に魔力を付与する』事しか出来ない。 それでいて、沙紀ちゃんやアネさんみたいな、収納能力も無い。 つまり魔法としちゃあ、物凄く大雑把で不器用で……『原始的』と言えるかもしれないね。 そういう意味じゃ、最初の頃、鎖でとっ捕まえて殴る蹴るしかしてなかった、アネさんに闘い方が近いよ」「ああ、まあ……確かに」 無茶な戦い方してたよなぁ……とは、今だからこそ思える話だったり。 いや、素手喧嘩(ステゴロ)上等なアタシに、一番しっくり来るスタイルだったし。「ただし、その『原始的』=『弱い』ってワケじゃないのが、アイツの恐ろしい所さ。言わば『最強のワンパターン』だね。 『否定の魔法』を軸にして、恐ろしいほどの体術の冴え……魔法少女や魔獣の天敵のよーな存在かもね」「原始的……ねぇ」 ふと、思う。(確かに、何と無く緑マナって感じだよな、颯太……あ、赤も入ってるか? 完全な速攻型だし。 あとは……基本、善人の部類だと思うから、白、かな?)『白赤緑緑 魔法少年、御剣颯太 伝説のクリーチャー ―― 人間・侍 先制攻撃、呪禁、速攻、魔法少年・御剣颯太は打ち消されない。 あなたのコントロールする全ての魔法少女は、+1/+1修正と共に頑強を得る。 3/3』(こーんな感じか? 颯太って)「何考えてるの、チカさん?」「あ? あああ、いやいや、何でも無い何でも無い♪ ……そういやさ、暁美ほむらさん、ちょっと関係無い事かもしれないけど、気になったんだが、いいか?」「何かしら?」「颯太とあたしってさ、鹿目まどか……だっけか? その子が世界を変えちまう前と後じゃ、随分違うって言ってたけど……改めて聞くけど、その頃の颯太の戦闘スタイルって、どんなだった?」「昔の私の闘い方に、近いモノがあったわね。 魔法や魔力が殆ど使えない代わりに、密輸した銃火器をメインに闘っていた。……それどころか、巴マミが指摘するまで、自分に魔力がある事すら知らなかった。 兗州虎徹に魔力が宿っていると『誤解する事によって』自己暗示を解く形で魔法を行使するか、さもなくば沙紀ちゃんのソウルジェム併用の段階で魔力を使うか。 元より、彼が使える魔法は『それ』しか出来なかったわ」「それだよ……あの颯太が、『否定の魔力』を完全封印に近い状態で闘ってたなんて、信じられネェんだよなぁ」「ええ。その分、今よりも遥かに容赦が無かった。 沙紀ちゃん以外の魔法少女とキュゥべえ全てを敵に回して、闘い続けていたのだから、当然と言えば当然かもしれないけど。 魔女を狩る縄張りにトラップまで仕掛けて、警戒心と猜疑心の塊みたいな男だったわ。 あまつさえ、魔法少女の存在を気配だけで察知してのけて、そして……数多の魔法少女を、暗殺という手段で、次々に手にかけて殺していっていた。 そんな……遥かに『危険』で『壊れていた』男だったわ」「まあ、アイツなら……可能ではありそうだよなぁ。想像もつかねぇけど」「ええ。 しかも恐ろしいのは、『壊れている』という事が、『非合理な行動を取る』という事では無いという事。 表面上は陽気でも、本質的に冷静なのよ。冷静なまま『壊れて行く』自分を、物凄く冷めた目で見て居た。 彼が、感情的なモノを剥きだしにしたのは……沙紀ちゃんと、佐倉杏子、それと……一度だけ、巴マミに関してだったわ」「……ああ、さもありなん」 何しろ、杏子の親父に関しては……いや、『杏子そのものが』御剣家の仇なのだ。 恐らく、杏子があんな祈りをしなければ、御剣家は……あ、でも、沙紀ちゃんは死んでたって事だよなあ? そんな中、ふと、脳裏に浮かぶのは……『黒黒赤緑 暗殺魔法少年・御剣颯太 伝説のクリーチャー ―― 人間・暗殺者 先制攻撃、警戒、速攻、トランプル、瞬速 (T)対象の魔法少女を破壊する。それは再生出来ない。 6/1』(こーんな感じか? 前の世界の颯太を某TCGのカードにすると) と、そんな馬鹿な事を考えていたりすると……「そうだよねぇ……杏子さんが、あんな無茶な祈りをしたお陰で、御剣家が滅茶苦茶になっちゃったんだもんねぇ。 そりゃあ、幾ら冷静なお兄ちゃんだって、プッツンするよ」『ぶっ!!』 沙紀ちゃんの言葉に、あたしと杏子は茶を吹きだした。「さっ、沙紀ちゃん!?」「あっ……あっ……」「暁美さんから教えて貰ったの。今回の特訓を受ける、交換条件に、ね」 そう言って、ずずずっ、と茶をすする沙紀ちゃん。「安心して、杏子さん。 お兄ちゃんに話すつもりも無いし、この事は一生、私は口を閉じたまま過ごすつもり。 それに、魔法少女の私には杏子さんを怒る資格、無いし。だって、魔法少女にならなければ、私、死んでたんだもん。 ……ただ、勘違いしないで欲しいのは、『許したわけじゃない』って事、かな?」「っ……どういう、意味だよ?」「正直言うなら、杏子さんと、杏子さんのお父さんのやった事、滅茶苦茶だよ。 そのせいで、お兄ちゃんは、物凄く苦しんで。冴子お姉ちゃんと父さんと母さんは死んじゃった。 そんなの……人として許せないのは、当たり前なんだよ。 でもさ……今、杏子さんにも、ゆまちゃんとか、他にも教会で面倒を見ている魔法少女たちとか、居るわけじゃない? それを無視して、復讐を理由に今の杏子さんを殺したりしたら、こんどは御剣家のあたしたち兄妹が、ゆまちゃんやひみかちゃんたちに恨まれる。そして、延々とそんなのを繰り返して、終わらなくなっちゃう。 そんな因果とかさ、やっぱどっかで断ち切らないといけないと思うんだ」『……………』「正直ね……昔の、無駄にヤサグレてた杏子さんだったら、あたし、お兄ちゃんに全部の真相を話して、一緒になって殺してたと思う。 だって、誰も悲しむ人が居ないどころか……盗みはするし、無銭宿泊はするし、お風呂だって服だって、全部窃盗で生計立ててたんでしょ? お兄ちゃんが頑張って美味しい料理作ってる時に、杏子さんは他人の料理盗んで食べて。 お兄ちゃんがお布団の中で父さん母さん殺した悪夢に呻いている時に、杏子さんは他人の家の布団の中でお金も払わずグーグー寝てて。 お兄ちゃんが必死に金銭管理と税務署の書類を書いている時に、杏子さんは盗んだお金でゲームセンターで遊んでたわけでしょ? 杏子さんの祈りと全く関係の無いお兄ちゃんが物凄く苦しんでいる中で、杏子さんは魔法少女の奇跡や魔法の力で好き勝手しながら、自分勝手に他人に迷惑かけたおして、のうのうと生きてきたワケじゃない? そんなの、いつか天罰が下るに決まってる……例え『人誅だ』って言われても、私が天罰下すよ、そんなの」「……………」「ついでに言うけど。『万引き』なんて罪は存在しないんだよ? 全部『窃盗罪』だし……特にね、小さなお店やスーパーなんかは、万引き一つで致命傷になる事だってあるんだよ? 子供のイタズラの万引きが激しくて、店長が首吊っちゃった本屋とか……そういった話だって実際にあるの。 『泥棒を、軽く見ちゃだめだ』……って。私が、4歳くらいの幼稚園の頃かな? 小さすぎて『お金』って概念そのものを知らなくて、『レジの前を通ればお菓子が貰えるんだ』って思いこんでて。 そんで、スーパーからお菓子持って来ちゃって……気付いたお兄ちゃんやお父さんと、大慌てて引き返してスーパーの人に平謝り。 スーパーの人は許してくれたけど、お父さんやお兄ちゃんに、拳骨落とされて物凄く怒られた。 自分のしたことが『犯罪だ』って知って……大泣きしたの、憶えてるよ。 だから杏子さん。これだけは絶対に忘れないで? 『あなたは誰かに生かされているんだ』って……チカさんや、ゆまちゃんや、ひみかちゃんや……大勢の人に生かされてる、って。 今のあなたは『独りぼっちじゃない』って事。分かって……くれるかな?」「うっ……うん。分かった。 分かったよ、沙紀ちゃん……その、すまない」「ん、ならよろしい。 でも、絶対に、これはお兄ちゃんには話さないで? 多分、杏子さんの祈りで、一番酷い目見てるのは、まず間違い無く、お兄ちゃんだから。……何より、父さん母さんを直接手にかけた事を、お兄ちゃん、物凄く後悔して今でも苦しんでるの。 そんで、『その原因が杏子さんだ』なんて知ったら……もう、私にも、お兄ちゃんがどうなっちゃうかなんて、分かんない。 うっかりしたら、今度こそ完全に発狂して、人格が壊れちゃうかもしれない。私だって……この話、最初に聞いた時、頭がヘンになりそうだったもん……」 と……「あの……皆さん、ちょっとその……私には、話が見えないのですが、説明して頂けませんか?」『あ』 隅っこで、おずおずと手を挙げた、巴さんに、沙紀ちゃん含めた全員が、その場で絶句した。「っ……!! そんな……」 絶句する巴さん。……まあ、無理も無い。 あたしだって、この話を最初に聞いた時は、本当に頭を抱えたモノだ。 だが、あいつは……あいつに、これ以上、必要の無い人殺しをさせるのは、間違っている。 それに、例えそれが、どんな救いようのない腐れヤクザだとしても……あいつは可能な限り『殺し』は避けているくらいだ。 ……まあ、『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは兎も角として、だが。 世の中、『死ぬ方がマシ』って状況、実際あるし。比喩抜きで『半殺し』とか『生殺し』とか『ヤル』からなぁ。アイツ……「……颯太さんは……颯太さんには、本当に『闘う理由』なんて、無かったんですね」「ああ、あいつ個人は、ただ『家族を守りたい』。それだけの男だったんだ。 だけどさ、よくよく考えたら、沙紀ちゃんは魔法少女にならざるを得なかったワケでさ。 何れにせよ、あたしら魔法少女と出会って『共に闘う運命には』あったと思う。ただ、出会い方が不幸だった。キッカケが不幸だった。 ……それだけだよ」 とはいえど。 『絶対に口にできるワケが無い』という意味では、この場に居る全員の、共通見解だった。 と……「あのー、で、私の『対お兄ちゃん』対策会議でしたよね?」「あ、ああ。すまない……ちょっと、脱線が過ぎたな」 とりあえず、話の軌道を修正。「んとなぁ……まず、思ったんだが……こんなの、使えないか?」 そう言って、あたしが取りだしたのは……ベレッタM92F。「えっ……ち、チカさん、これドコで!?」「ん? こないだノしたヤクザから、巻き上げた。 要はさ……奇跡や魔法で挑むから、負けるのさ。以前、催涙スプレーやスタンガンで、颯太、ボコボコにしただろ?」 そう。要諦は単純。 奇跡や魔法には無敵の颯太でも、現実の物理攻撃が効かないわけではない。 要は『レベルを上げて物理で殴ればいい』という、アレである。 ただ、問題は……「問題は、颯太の奴が、マジで『銃弾叩っ斬れる剣客だ』って事なんだよねぇ……ほんと、オッカシイよなぁ。殆ど生身で、アレだぜ?」 敵である颯太のレベルが、カンストブッ千切って『チートレベル』だという事だ。 ……こんなの絶対おかしいよ。「んと……要はさ、コレ使って足とか撃てば、お兄ちゃんの動きを止められる、って事だよね?」「まあ、なぁ……あいつは、肉体の再生能力や防御力に関しては、並み以下だ。無敵に見えても、ただ、否定の魔法で、魔獣の攻撃をキャンセルしてるだけだし。 まあ、その『たった一つの原始的な魔法』が、一番厄介なんだけどさ」 と……「その……出来るかもしれません」『は?』 沙紀ちゃんの言葉に、あたしは……いや、全員が絶句した。「あの……沙紀ちゃん? 私でも、颯太さんに狙って当てるの、無理ですよ? せいぜい、炸裂弾を放つか、それとも結界系の技で地雷的に撃つかしか……」 巴さんの言葉に、沙紀ちゃんが一言。「いえ、その……暁美さんの能力の読み取り(リーディング)してる時に、面白い能力、ゲットしちゃったんです」 そう言って、沙紀ちゃんの手に現れたのは……何か、丸い盾のようなモノだった。「ちょっ、沙紀ちゃん……あなた!!」「えへへ、暁美さんから学ばせて貰いました……私の『能力の読み取り』って、失ったりとか、封印されたりした能力も、読みとれるんですよ? もっとも、例によって、完全再現は不可能ですけど」 ……なんというか。 颯太は颯太で、トンデモネェと思ってたけど……沙紀ちゃんも、改めて思うと、トンデモネェよなぁ……「で、これ……何なんだい? 暁美ほむら。あんたから沙紀ちゃんが読みとった能力って?」「……時間停止よ」『ぶっ!!』 全員が吹き出す。 ……その、何だ。幾ら魔法少女が、条理を覆す存在だっつったって……こいつらデタラメにも程があるぞ、コンチクショウ!!「そっか……コレがあれば『最速』の颯太を、叩きのめす事も」「うん、可能……だと思うんだけど……やっぱ怖いなぁ、って。 お兄ちゃんの闘い、間近で見てたけど、本当に応用とかとっさの機転とか上手いんだもん。 その……『戦闘の経験値』っていうのかな? 闘いのセンスもズバ抜けてるし……もしかしたら『時間を止めても、そこから何か』ひっくり返されるかもしれない」「そうね……私も、最初に御剣颯太と接触した時に、たった二、三回で『時間停止だ』と見抜かれたわ。 そして、次に会った時には、もう対抗策を提示して来た。 たまたま、共通の目的がある同盟関係だったからよかったものの……敵対してたら、殺されてたかもしれないわね」 時間停止の能力を持つ、魔法少女すらをも、敵に回し得る。 その言葉に、あたしは改めて颯太の奴の凄さを思い知った。「そっか。 結局のところ、颯太を相手にする場合は……あいつの能力だとかそういったモノよりも、むしろ、あいつの『思考』に注目すべきなのかもな」「そうね。魔力が無くても、魔法少女を暗殺という手段で倒せる。そして……ペテンと心理戦の達人だったわ。 実際に、斜太チカ。 あなたも含めた、12人以上も徒党を組んだ魔法少女の集団を、巴マミと二人でペテンにかけて、完勝すらしてのけている」 その言葉に、あたしは納得した。「あー、納得。アイツ、『喧嘩芸』は物凄く上手いからなぁ……」「喧嘩芸?」「んーと、『喧嘩のコツ』っつーかね……『闘いにおける実戦的、心理的なコツ』かな? 沙紀ちゃんなんか、その典型例だけど……魔獣とか、そーいったの相手にするの、最初の内は、怖くて出来なかった事って、無いか?」 その言葉に、全員が何処かしら、心当たりがある表情を浮かべる。「まあ、ルーキーが陥りやすい、典型的な症状だよな」「うん。杏子、正解。 でもさ、あたしは全然怖く無かった。颯太の奴も、そーだったと思う。 何しろ『人間相手に、生身でガチの実戦を重ねて居る』って事はさ……恐ろしく勝負度胸がついてる、って事でもあるのさ。 増して、あたしら魔法少女は、魔獣と闘うための力を持っているわけで……その、なんつーかな。『本当の殺し合いに至るリアルファイトを知ってる人間』からすれば、魔獣との喧嘩ってのは、まぁ……相手がどうなろうが知ったこっちゃ無い分、『ある意味まだ楽』なのさ。 本当に怖いのは……『同じ人間相手に、同じ魔法少女相手に、それが出来るか』って問題でな……」 その言葉に、沙紀ちゃんがビクッ、ってなる。「分かるかい、沙紀ちゃん? 一つ聞くけど……『あの必殺技』で、颯太を撃つ覚悟は、出来てるかい?」「えっ……その、私……」 動揺する沙紀ちゃん。 そして……それが全てだ。「はい、アウトだ。あんたは颯太に負ける」「っ!」「あいつの恐ろしい所はね、戦闘中に『全く迷いが無い』んだよ。そして、ありとあらゆるモノを使って、『機』を生み出すのが圧倒的に上手い。 一瞬でも動揺したら、あとはアイツのペースに巻き込まれちまう。……口先だけで、あたし含めた十人以上の魔法少女を翻弄したなんて話は、正にその典型例さ。 多分、話を聞く限りだと……改変前の世界のあいつにとって『言葉すら武器に過ぎない』ものだったんだろうし、実際、ヤクザ屋さん相手の喧嘩にも、時々使ってるよ。 そういった、実戦の場で『機』を作り出して、それをモノにして闘い抜くセンスとか技術ってのは……まあ、街の道場なんかじゃ教えてくれないし、出来ない奴には一生出来ない、正に『実戦を闘い抜くための芸』なのさ」 その言葉に、暁美ほむらが、納得がいった表情を浮かべる。「なる、ほど……それが、御剣颯太の『強さ』の秘密、って所かしら?」「まあ、能力的なモンとは別の……精神(メンタル)的な部分の強さは、ソレだろうね。 そーいう意味じゃ『颯太の強さ』は、あたしや、あんた、あとは……杏子、あんたに近いよ。 思うんだけど……沙紀ちゃんの強さってのは『理論の強さ』だと思うんだよね。 どんな魔法少女の能力も使う事が出来るなんて、最強もいい所だ。 でも、沙紀ちゃんは最強じゃない。厳然と魔力の限界もあるし、コピーした能力は、原則劣化版。 何より、その『他人を理解できる心の優しさ』が、逆に闘いの場において、致命傷になっちまってる。 一方の颯太は『実戦の強さ』だ……能力的には原始的もいい所で、出来る事も武器も、物凄く限られてる。だが、その限られた能力を限界まで使いこなして、全く迷いが無い。選択肢が無い事が、さらにそれに拍車をかけてるんだろうね。 あいつは、自分の振るう一刀に、全く迷いが無い。正に『我はこの一刀に賭ける修羅』ってなモンさ」 と……「つまり……能力的には、沙紀ちゃんに勝ち目はある、って事ですね。チカさん?」 巴さんの言葉に、あたしは首を縦に振る。「うん、勝ち目はたっぷりある。でも、実際には負けるだろうね……心構えの点で、颯太と沙紀ちゃんじゃ、月とスッポンだよ。 そして……悪いんだけど、沙紀ちゃん。 そういった精神的な弱さや強さってのは、そー簡単に覆ったりはしないんだよ。無理にやろうとすると、沙紀ちゃん自身の人格が壊れちゃう。 ……よく、一般人が喧嘩の時に『キレる』ってのは、『そーなる必要がある』からこそ、なのさ。喧嘩慣れしてくると、あたしや颯太みたいに『キレる必要すら無い』んだよ」「ううっ……」 さて。 この気弱な沙紀ちゃんを、如何にして颯太に勝たせるか……「つまり……颯太さんが、いつもの颯太さんじゃない。 こう……颯太さんが、『闘いの場でペースを狂わせる』って事は、無いのかしら?」 ふと、巴さんの言葉に、あたしは耳を傾ける。「『颯太を動揺させる方法』ねぇ……あいつは、正味、戦闘マシーンだからなぁ……ん?」 ふと、思い出す。 颯太が初めて、ヤクザの事務所に腹マイトでカチコミかけさせられた時、滅茶苦茶怖かった、と……「あのさ……あたし、昔、空手の道場に、成り行きで道場破りに行った事があるんだけど」「……チカさん?」「まあ、聞け。 野球なんかでもそーだけど、あーいう場所でのアウェー感ってのは、精神的に、色んな意味で半端無かったよ。 強がって笑ったけどさ……正直、雰囲気に押しつぶされそうだった。 そんで、喧嘩ってのはさ、究極言っちまえば『自分の押し付け合い』だよ。『自分のやり方を通せたほうが、必ず勝つ』のさ」 その言葉に、全員が首をかしげる。「その、アネさん。何が、言いたいんだ?」「いや、だからさ……颯太の奴を『アウェーに招待してやる』のさ。そんで、動揺を誘うとか……」「アウェーって……あの御剣颯太の『アウェー』って、ドコだよ?」 それに、あたしは言葉を詰まらせる。 ……颯太は、究極の実戦派だ。ドコだろうが、どんな状況だろうが、的確に動揺せずに対処でき……いや、待てよ?「……あたしさ、颯太のやり方知ってるから、よく分かるんだけど。『クズは裏でシメるに限る』なんだよね。 基本的に、闘ってる所は他人に見せない。だから、裏路地の路上なんかじゃ無類の強さを発揮するんだけど……逆はどうかな? って」「逆?」「『大勢のギャラリーが、見てる前』。 例えばそう……リングの上とか。そういった場所での戦闘経験は、薄いんじゃないかな、って……あ、いっそ、プロレスにしちまうのも『手』かもな」「プロレス?」「こう、結界張ったリングに、二人ともあがってもらってさ。スポットライト浴びてもらって。 んで、たくさんの魔法少女全員が見てる前で……あ、いっそのこと、颯太に悪役(ヒール)になってもらうか。 何しろ、女心を分からん朴念仁だし、沙紀ちゃんの事だって究極言えば『親父と娘』の喧嘩だし……『魔法少女の反感買うには』ガッツリなキャラになれると思うんだ」 何しろ『沙紀を守れる男以外、嫁にやるなど俺は認めんぞ!』である。 親馬鹿……というより、兄馬鹿にも、程があると思う。「『たった一人の家族を守る! 体は子供、頭脳は親父! その名は、魔法少年・御剣颯太!』とか。 んで、入場曲は『ゴッド・ファーザー 愛のテーマ』とか……どうよ?」「ぶっ……チカさん、それって」「で、さ。沙紀ちゃん。悪いんだけど、リングインまで颯太を挑発してくれ。 原則、颯太は『不利な状況では闘わない』人間だからね……ちょっとでも『ヤバい』って思ったら逃げ出しちまう、はぐれメタルみたいな部分もあるし」 そう。あいつの恐ろしい所は、『逃げる』という選択肢すら、闘いの中で冷静に判断できる所である。 我武者羅に突っ込みたがる魔法少女を、あたし含めて、それで何度も引き留めていたりするのだ。……魔法少女の損耗率が減る、というのは、ここから来ているのだろう。「リングは……杏子、あんたと巴さんの二人で結界張って作ってもらおう。 で、ご近所中の魔法少女に、キュゥべえ通じて『面白いイベントがあるぞー』って伝えておくとかしてさ。 ギャラリー集めて、沙紀ちゃんの味方の『観客として』騒いで貰うのさ。 ……こうすれば、『颯太の心理』にだって、多少なり影響は出ると思うんだが……どうだよ?」 その提案に、巴さんが手をあげる。「言わんとする所は分かったけど……魔法少女と魔法少年が、遠慮なく闘える場所となると、物凄く限られません?」「その点も抜かりない。夜中騒いでも誰も来ない場所で、うってつけのポイントがある」 そう言って、あたしは示す。「見滝原郊外に、『ウロブチボウル』って、おっ潰れたボウリング場がある。周りは山で囲まれてて、誰も来ない。 そこを決戦の舞台にすりゃいいのさ」