「……暁美ほむらか」 夕暮れ時の、河川敷の土手に腰かけながら。 俺は、背後に現れた人物に、声をかけた。「沙紀を鍛え上げたの、お前らなんだってな? あと、時間停止とか、鹿目まどかの力とか、教えたのも……」「ええ、そうよ」「そっか……」 後々になって話を聞くと。 暁美ほむらに、能力を教わりながら、色々と銃器の扱い方を、付け焼刃ながら教わりつつ。 チカや巴さんは、一緒になって事情説明等を魔法少女たちにして、一緒になって頭を下げて舞台を色々と整えてもらい。 あまつさえ、佐倉杏子には、スピードタイプの俺を仮想敵にした、模擬戦闘(アグレッサー)の訓練まで、積ませてもらったらしい。 俺を倒すため『だけ』に、どんだけの数の魔法少女巻き込んだんだよ、沙紀の馬鹿。 ……あまつさえ、魔法少女の女神様まで、引っ張り出しやがって。「お陰で、全世界に、生き恥さらす事になっちまった……どーしてくれるんだ、コンチクショウめ」 控室のやり取りまで、観客に生中継だったのは……まあ、まだ許せるのだが。 あの後……物凄い閃光と共に、ウロブチボウルは半壊。 沙紀のぶっ放した、極太レーザーのような光の矢が触れた部分は、文字通りコルクを抜いたように、丸く綺麗に『消滅』してしまったのだ。 そう。 何故か生身の俺自身『ダケ』を、残して。 着てた服とか、兗州虎徹とか、ぜーんぶ綺麗さっぱり消滅させて。 ちなみに、佐倉杏子と巴さんとチカ、それとキュゥべえ全員で、射線上に居る魔法少女たち全員を避難させたらしく、観客に被害は皆無だったそうな。 ……まあ、溜めが長くて隙のデカい技だったからな。フツーに闘ってれば、そりゃ俺みたいなスピードタイプには、当たらんわ。 ま、それは兎も角。 沙紀に起こされて意識を取り戻して、何とか立ち上がり……これが、キュゥべえ通じて、全世界生中継だと思いだした時には。 俺の生まれたままの姿が、キュゥべえ通じて『ナニの毛まで』既に全世界の魔法少女に、大公開されてしまった後だった。 その後の騒ぎについては……『チョットいいとこ見てみたい』なんて騒ぎ始めたチカの馬鹿をぶん殴り、辛うじて景品コーナーに残ってたガラクタ山から、ボロボロのTシャツその他を引っ張り出して、何とか隠す所を隠し。 ……ああああああ、もう、思い出したくも無い。マジで、生き恥だ……「別に。 『色々な意味で、借りを返したかった』……タダ、それだけよ。 ……いい気味ね。御剣颯太」「何だいそりゃあ? 俺、お前に何か、酷い事とか悪い事とか、したか?」「……さあ?」 とんと心当たりが無いが。 ま、いいさ……なんか、怒る気力も失せた。「『おお神よ、彼を、救いたまえ』……か」「え?」「いや、何。最強(チャンピオン)じゃ無くなった『タダの男』は、その後、どんな人生歩んだんだろぉな? って。 何と無く、そんな歌を思い出してな」 遠い目をしながら、俺は溜息をついた。「ちょっと想像もしてなかったっつーか……うん。やっぱ……色々とシテやられたよ。 みんな揃って、よってたかって。 あまつさえ魔法少女の女神様まで『我が家の喧嘩』に介入してくるなんて、滅茶苦茶もいい所だ。 全く……」「本人自覚ゼロの神様を、殺さず叩きのめすんですもの。そりゃ、魔法少女が総がかりになるに、決まってるじゃない」「『神様』ねぇ……俺は、ホントに『家族を守れれば、それでいい』としか考えてなかった、タダの男なハズだったのになぁ」 まあ、負けは負けである。 誰も死ななかった分だけ、まだマシだしな。「三度目の……完全敗北、か」「え?」「『本当に心が折れる瞬間』を、男にとって真に『敗北』と言うのなら。 俺はもう、三度も負けているんだな、って。 父さんと母さんの時。 冴子姉さんの時。 そして……今回。 その度に、俺は『誰かに立たせて貰っていたんだ』って……何と無く、そんな気がするよ。 ははは、ぜーんぜん『最強』なんかじゃネェし」「そうね。 そして……あなたは常に、『最速で誰かの前に立って』、剣を振るい、その背中を見せ続けてきた。 だけど、あなたは、一度も、後ろを振り向く事が無かった……いえ、『振り向けなかった』のね」「まあ、怖かったからな……今にして思えば、だけどさ。 だから、ずっとずっと前だけ見て、背負っちまったモンのために、必死に突っ走って生きてきたからな……あの時から、この年齢(とし)になるまで、ずっと……ヨ。 だから……その。何なんだろうな、この気持ちは。 ホッとしてんだか、寂しいんだか、満足してんだか、物足りないんだか……わけがわかんないよ」 そう、俺は、沙紀のただの代打。ピンチヒッター。 その、ハズだった。 だが……改めて、思いなおす。 冴子姉さんが、魔法少女をやると言った時。 俺は何故、魔法少年に志願した? そう、『家族を守るために』……だ。 そして、思いだす。あの遊園地で『何の玩具をねだったか』を。 ……ああ、『沙紀の馬鹿が、入場の時に、コスプレしてブン回してた、オモチャの夫婦剣』じゃねぇか。 アレ、どこにやっちまったか知らなかったけど、沙紀が隠し持ってやがったのか。 そーいえば、ヒーローごっことかして、良く沙紀や姉さんと遊んだもんなぁ。「……なあ、そのさ。 俺、今まで代打のつもりだったけどさ。 レギュラー枠って……まだ開いてると思うか?」「え?」「いや、さ。 沙紀が一丁前になったら、とっとと引退しよっかなー、とか前は思ってたんだけど。 何かさ、こう……昔、ワルやってたチカじゃねぇけどさ。今度こそ『正義の味方として』、俺個人の意思で、魔法少年として、魔法少女と共に立ってみようかな、って。 今更……色々と、こー……ガラじゃねぇのは分かってるんだけどさ。 沙紀の奴は、それを、必死になって思い出させてくれようとしてたんじゃねぇかな、って。何と無く……そう思えて来ちまってさ」「そうね。 悪くは……無いんじゃないかしら?」 と……「え?」 土手の下。 三歳か四歳か、幼い子供が、独り遊びで地面に絵を書いて遊んでいた。 それはいい。だが……「まろか♪ まろか♪」「っ……」 絶句。 何故、この子が……? 疑問に思っていると、暁美ほむらがスタスタとその子に近づいて、何かをしゃべっている。 そして……「こらっ!! タツヤ。女の人の髪の毛を引っ張っちゃダメじゃないか」「すみません、大丈夫でしたか?」 その男の子の両親と思しき夫婦が現れ……って。「!!! あっ……あなたは!!」 その女の人の姿に……俺は立ち上がった。「お久しぶりです! あの時は……ありがとうございました!!」「えっ、あの……どちら、様で?」「あー、四年前っつーか……もう四年経っちゃってるから、憶えて無い、です、かね……すいません。 目つきも変わってるし、声変わりも体格も、変わっちゃってるから分かんないかもしれませんが……その、路地裏で、路上強盗しようとして、出来なくていじけてたクソガキ。 ……憶えて、いらっしゃいませんか?」「あ……ああ! あの時の……少年!」「行くよぉー!」「よぉしっ、来いっ!!」 軽く、手加減しながら相撲で、その子と遊んでやりながら。「うにゃあああああ」「そうそう、腰を入れて、足を踏ん張って。すり足で押すんだ」 そして、適当な所で、投げられてやる。「だー♪」「おー、強いなあ、坊主」「もーいっかい」「よし、来い!」 そんな感じで、俺だけ一方的に泥まみれにされながら遊んでいると。「御剣君、その、服とか……」「え? ああ、お気になさらず。 こんなもんハタけば落ちますし、子供と……まして、男の子と外で遊べば、服が泥まみれになるのは当たり前です。 気にしないでください」「いや、洗濯とか、大変じゃないかな、って……」「あー……まあ、洗い物は、全部俺がしてますし。 大丈夫ですよ。 うち、両親居なくて、家事炊事洗濯、全部、俺がやってますから……そういえば、見事なガーデニングのお庭でしたね?」「え?」 今度は、俺を鉄棒代わりによじ登りらせながら、パパさんと会話する。「『主夫の友』に投稿されていたでしょ、お庭のお写真? あれ見て、自分なりにちょっと刺激を受けて庭イジリに目覚めましてね……完全に『俺流』ですけど」「ああ、あれか。 詢子が写真とって、勝手に投稿しちゃったんだよなぁ……僕としては、ちょっと照れくさいんだけど」「いえ、見事ですよ。 友達に俺の作った庭見せたら、『質実剛健過ぎる』って言われちゃいましてね。 あまつさえ、妹が、イタズラで庭の鯉を捕まえて、キッチンで勝手に裁いちゃって。鯉ってニガリ玉があるから、さばくの難しいのに……案の定、大失敗しやがりまして」「妹さんが、居るのかい?」「ええまあ……外面に似合わず、腕白盛りというか、反抗期というか、無茶やらかすというか……毎度毎度、生意気通り越した馬鹿を繰り返すので、もう、兄妹喧嘩が絶えないんですよ。 大体は、俺の勝ちで終わるんですけど……ついこの間、もう、コテンパンに負けてしまいまして」「負けた? 君が……妹にかい?」「ええ、完敗です。 真っ向勝負で、グウの音も無く……何というかこう『踏み越えられたな』っていうような事が、ありましてね。 俺としては、嬉しい反面、寂しいというか……『どうしようかな』って感じ、ですかね。 おっと」 ずり落ちそうになるたつや君を支えながら。俺は、彼が髪の毛やら顔やらを弄るに任せる。「そっか……君にとっては、『妹さん』というより、『娘』で『息子』だったのかな?」「……かも、しれません。 俺としてはその……両親が死んで以降、『親代わりだ』って意識で沙紀……ああ、妹と接して来てたんで。 考えてもみれば『兄妹の会話』というより、『親子の会話』って感じになっちゃってたかもなぁ」 と。「御剣君。それは多分……とても幸せな事だよ」「え?」「多分……妹さんは、君に『子供として』じゃなくて、自分を『並んで立つ存在だ』と見て欲しかったんじゃないかな? だから、反抗を繰り返したんじゃないかな?」「かも……しれません。 でもね、やっぱり……俺、親代わりだからって意識があって」「うん、それは御剣君が正しい。 だからこそ、僕は君が羨ましいよ」「え?」「少なくとも、その妹さんにとっては、君は絶対に超えなきゃいけない『壁』だったんだろうね。 そして、その『壁』を、その妹さんは真っ向から飛んで、超えてみせたんじゃないか? だったら……それは。『親で在ろう』とする君の願いは、『叶った』って事にならないか?」「っ……そう、ですね……そうかも、しれません」 と、タツヤ君を、俺から引き剥がして肩車しながら。パパさんは微笑む。「タツヤが大きくなって……そんな風に自分が出来て、『反抗して来るのは』何時になるのかな? その時、僕は……立派に、たつやが超えるべき『壁』になれるのか。少し……自信が無いな。 詢子のほうが、そういう意味じゃよっぽどシッカリしてるからなぁ」「ああ、奥さん……凄いですよね。 こう、優しいんだけど、カッコイイっていうか。 本当に強い女の人なんだなー、って。俺、あの人に凄く励まされましたし」 と……ポケットのケータイから、着メロの音が鳴る。「……あ、すいません、失礼します。 もしもし?」『もしもし、颯太かい、助けてくれ! 杏子が、杏子が!!』「どうした!?」 切迫した声のチカに、俺は何事かと思いきや……『『食い物を粗末にするわけにはいかない』っつって……『沙紀ちゃんの手料理』食べちゃったんだよ!!』「なんだとぉっ!! あれは料理じゃなくて生物(ナマモノ)兵器だって、知ってんだろうが!」『い、いや、その……色々あって』「吐かせろ! トイレで吐かせろ! とにかく吐かせておけ! 今すぐ俺も、家に帰る!!」 ぶつっ、とケータイを切って。「すみません。 妹の奴が、またバカをやらかしたみたいで、とっちめてやらんと。……ほんと、俺を超えたと思ったら、何も変わってネェでやがる!! お話、ありがとうございました、失礼します!」 そう言って、俺は駆け出そうとし……「あ、そうだ。これ……奥さんにお渡しください。四年前、借りたお金です」 そう言って、財布から二万円を取りだして握らせる。「み、御剣君?」「本当に、ありがとうございました!! 御恩は忘れません、失礼します!」 そう言って、その場からダッシュで駆け出すと、なんか洵子さんと穏やかな会話してる暁美ほむらを尻目に……とりあえず、会釈だけ頭を下げて、俺は止めてあったバイクに飛び乗り、我が家へと全力ダッシュで走らせた。「親父が……親父とオフクロと妹が……なんか川の向こうで」 ガクガクと震えながら、トイレで盛大にゲロ吐かせた末に、ソファーでグッタリしながらうわ言を述べる佐倉杏子を、チカと巴さんが介抱してやりながら。 俺はビクビクと怯えてる沙紀を、問い詰める。「で……今度は何をやらかしたのかね?」「え、えっと……今度こそ、動画掲示板の料理タグを見て『間違いない』と思って……」「思って!? 何だ?」「『グレース一番搾り』をベースに、『ハイポーション』っていう馬の被り物をした人の『料理』を参考にしつつ……」「チョエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」 鬼のような蹴り技連打で空中に蹴り上げて浮かせると、正に飛天の如くそれを追って跳躍し、切れ味鋭いサマーソルトキックを、回転ノコギリの如く九連発で叩きこむ、『御剣家式、九頭龍閃』を、沙紀にぶち込んで沈黙させる。「……相変わらず、教育方針に容赦が無いね、颯太」「うん、とりあえず、魔法少女としては兎も角。 こいつには、本格的に花嫁修業させん事には、色んな意味で安心が出来ん事は、よーっく分かった!」 だが…… 俗に。 メシマズ嫁は三種類に分類されると言う。 不器用な奴。 味音痴な(味見しない)奴。 いーかげんな奴。 この三つだ。 だが、沙紀は……(『全部』だから、手に負えネェんだよなぁ……) 仮に、俺が『ザ・ワン』で神様だとしても。 最早、ここまでメシマズ女としてイッちってる沙紀に、料理を教え込むなど……最早、不可能である。「……今度、暁美ほむらに、鹿目まどかって料理得意だったかどーか、聞いてみるか」 最早、もう一人の神様に、おすがりするしかない。……俺には……無理だっ!! 某、掲示板で『マズニチュード(maznitude)(単位は[Mz])』 とか言って、見た目、香り、味を指標とするマズメシの尺度があるそうだが。 沙紀の料理は間違いなく、問答無用のトップランク『15Mz 一口で神仙を殺す料理』の域に達していやがるのだ。 その証拠に、魔法少女たる佐倉杏子すら、一口であの有様。 マジで死に至るほどでは無いが、ソウルジェムが濁り始めてすらいる。 ……おお、神よ、魔法少女の女神よ。 世界に夢と希望を振り撒くハズの魔法少女が、何故、食卓というささやかな日々の希望の舞台に、マズメシという命への冒涜としか言えぬ『絶望』と『呪い』を撒き散らすのでございましょーか!? こんなの絶対おかしいよ、女神様! どーしてそのへんまで、フォローして下さらなかったんですか!? と……「まあ、颯太の心配も分かるよ。食いしん坊の杏子ですら、こんな有様だもんなぁ」「ええ。心得てますからね、颯太さん」 にっこりとほほ笑む、巴さんとチカ。 ……なんだ? 何か、嫌な予感がすんぞ?「まあ、あたしは二年っつー期限つきだけど。教え込む時間、そんだけ時間があれば十分だろ?」「そうですね。だから、『どちらを選ぶにしても』問題はありませんよ♪」「えっ……?」 絶句。「沙紀ちゃんは、もう『一人前の魔法少女』、だろ?」「あとは、颯太さんご自身の問題の解決、ですよね?」 二人とも、さらっとその場で変身。 リボンをさらっ、と構える巴さん。 鎖をジャラッ、と構えるチカ。 どっちにせよ、トッ掴まったが最後。 何かこー……色んなモノが『最後』な気がしてならないのは、気のせいでございましょーか!?『で、お返事は?』 何でしょーか? 何かこー……無駄にダクダクと脂汗が止まらないのは? 正味、魔法少女の女神の力を借りてる状態の、沙紀よりもオッカナイモンを目の前にしてる気がしてなりません!!「ふぅ……」 とりあえず、遠い目をして、正直に一言。「即答不能だし怖いから、とりあえず今は戦略的撤退って奴で、逃げていい?」 その言葉に、にっこりと二人は怖い笑顔で微笑み……問答無用で、黄色いリボンと黒い鎖が乱舞する隙間を掻い潜って、俺は『最速』で我が家から逃亡したのだった。 ……どっちもある意味、『文化の神髄』なんですけど!? 助けて、クーガーの兄貴。