「わたしのしょうらいのゆめ いちねん2くみ 斜太チカ わたしのしょうらいのゆめは、かっこいいせいぎのヒーローの、およめさんになることです。 わるいひとたちをばったばったとたおしていく、そんなせいぎのヒーローと、しろいウエディングドレスをきて、およめさんになって、つかれてかえってきただんなさまに、おいしいごはんをたべて、もっとげんきになって、がんばってもらいたいです」 あの頃まで。 私は……そんな夢を、ただ、無邪気に思っていた。「セリカちゃん……どうしたの?」「ん、お父さんが、事業に失敗したみたい……白女(がっこう)、辞めなきゃいけないんだって」「っ!! そっかぁ……残念だなぁ。せっかく友達になれたのに……」「うん。だから、明日から引っ越しの準備。東京の親戚、頼って行く事になりそうなんだ」「そっか。じゃあさ……私、明日、手伝うよ、セリカちゃん」 そして……中学一年の『その日』。 『引っ越し』という『夜逃げ』の場に現れた、マサや梶、テツの姿に……私は。自分の生まれが、血塗られたモノだという、全てを知る事となった。 全てが、虚飾。その真実は、暴力と血。 そんな血塗られた世界で、私は、滑稽にも純白のドレスを着た、お姫様の夢を見てしまった。 手前ぇが触ったら、全部が真っ赤に染まっちまうってぇのに……そんな、馬鹿な……女。 『おまえのためなんだぞ』。 要らないよ、そんな血まみれの贅沢な暮らしなんて……私はただ、普通に綺麗なモンが欲しい。 要らない! 要らない! こんな汚い世界も、汚い体も! だったらもう……何がどうなったって、構うもんか!! 酒を持ち歩き、暴力に身を投じ、タバコをふかし……処女なんて簡単に捨てられた。 親の前ではテキトーにイイ顔だけして、ドラッグにまで手を出した。 盗みもやった、暴れもした。白女(がっこう)の裏で、気に入らない奴をボコって……あたしは白女(がっこう)の裏番だった。 成績も、一年の頃はトップクラスだったけど。 そうやってワルのドブに漬かって世間を知る度に、比例するように学校の成績はどんどん馬鹿になっていった。 入学したての頃は、生徒会長やろうかなんて思ってたけど、きょーみなんて、とっくに失せていた。 ああ、こうやって人間は、ドブの底に堕ちて行くんだ、と……世間を笑いながら、世間を呪って、自分を笑って、自分を呪った。 『一応』程度の勉強をして……まあ、色々と親父だの何だのが動いたおかげで、あたしは見滝原高校へと進学出来た。 そして、そこで、あたしは……『運命』に出会った。 一目惚れ? 馬鹿馬鹿しい。 そう思いながらも、アイツの顔が……頭を離れない。 気になって、あいつの事を調べてる内に、あたしは……どんどん恥ずかしくなった。 両親が新興宗教に入れ上げた末、一家無理心中に、やむなく抵抗する形で二人を殺害。 運よく、宝くじに当たって生活費は賄えたモノの、彼の姉も苦労をかけたそうで、旅行先で心不全を起こして死んだらしい。 それでも、家事炊事洗濯を頑張って、スポーツ万能、成績優秀の優等生で……茶道部ってのが、ちょっとアレだけど、まあ、余裕が無いのだろう。 要するに……『親が間違ってる時に、命を賭けてでも、逆らえたかどうか』。 結局、あたしが自棄になって暴れてたのは、『親に甘えていたダケなんだ』と。 そう悟った時には。 もうあたしは、自分自身ですらどうしようも無いほど、手のつけられない『ワル』に成り果てていた。 そう、どんなに好きな人が出来ても、告白すら出来ない体に。 そして、高校に進学して日も浅い、ある日の路地裏。 あたしは……その胡散臭い生き物と出会った。 キュゥべえと名乗るソイツは、『僕と契約して、魔法少女になってよ』などと言っていた。 そんで一通り、説明を聞き……直感的に、あたしはタバコをふかしながら、鼻で笑って一度、断った。「馬鹿馬鹿しい。 第一、見ての通り、あたしはもう『少女』なんかじゃないよ。……処女なんてとっくに割っちまってんだぜ?」『そんな事は無いよ。僕が見えるって事は、君には『素質がある』って事さ』「……素質、ねぇ? あんた、そりゃ『魔法少女』って外面で呼びならわした、別の『何か』なんじゃねぇの?」『そうとも言える。 何しろ、宇宙から着た僕らインキュベーターには、他に適切な表現の単語が、見当たらなかったからね』「なるほど、ね……だから『魔法少女』か。馬鹿馬鹿しい。 そりゃ典型的な『ペテン屋の理屈』だよ……どんな裏があるんだか知らないけど、お断り……」 と。 あたしの心の中に、ふと。イタズラ心が浮かんだ。「じゃあさ、『御剣颯太って男と、恋人になりたい』っつったら。あんた叶えられるのか?」 その言葉に……キュゥべえは、首を横に振った。『申し訳ないけど、その願いはかなえられない。 君のその願いは、エントロピーを凌駕していないんだ』「はっ! 『何でも願いを叶える』なんて言っておいて、早速、不可能な事が出てきやがった」『流石の僕や魔法少女も、『神との契約者』に、そう簡単に干渉したりするのは不可能だ。 彼は、僕らより遥かに上位の存在と魂の契約を交わした、一種の超越者(オーバーテイカー)なんだ』「超越者ぁ?」『君たちに『魔法少女』という素質があるように。 彼は『魔法少年』として、神と契約してこの世に生まれ落ちた。 そして、共に魔獣と闘ってくれている。言わば、『魔法少女』と共同戦線を張る存在なんだよ』「……なんだそりゃあ? ますます話が胡散臭くなっていくね?」『彼は一種のボランティアだよ。 家族が魔法少女と言うだけで、契約の対価も無しに、魔獣と闘ってくれているワケだし。 僕からしても、本当に『謎の存在』なのさ。彼自身は『魔法少年』って名乗っているから、便宜上、そう呼んでいるけどね」「ちょい待て。アイツの家族が?」『うん。彼の姉と妹。両方とも、魔法少女だ』「……つまり、この間、高校の入学直前に死んだっつーあいつの姉貴は……」『戦死だよ。 彼女の願いは『家族を救うための大金』。魔獣との闘いに敗れてね……その場に彼も居たんだ。 その時になって初めて、僕も彼自身も、『極めつけのイレギュラー』だと知ったのさ」 胡散臭さが加速して、頭痛がした。 だが……『宝くじが当たった』云々の話よりは、確かに、まだ納得のいく内容だ。「つまり……『それ以外の願いを考えろ』って事かい?」『そういう事になる。 申し訳ないけど、その願いを叶えるにあたっては、君自身が抱えた因果の絶対量が、全く足りて無いんだ』 そうは言っても。 あたしは、あたし自身の人生に、とっくの昔に、もう絶望し切っていた。 今のあたしは……あたしにとって、夢とか、希望とかって……『あいつ』くらいなモンだ。 まあいい。丁度イイ、暇つぶしだし。 どうせ騙されたって、『命を含めて、失うような大事なモン』も、特に無さそうだ。 考えろ。 チャンスは一度きり。 ならば、命を賭けて、何を願う?「なあ、魔法少女ってのは……『夢と希望を振り撒く存在だ』って、言ってたよな?」『そうだよ』「今、あたしはさ。あたし自身に絶望し切ってるんだけどさ。 こんなあたしでも、誰かに……人間様の世間に、夢や希望を振り撒くなんて、出来るモンかね?」『それは君次第とも言えるね。 現に、願いをかなえたあとに孤児になって、窃盗で生活を賄っている魔法少女だっているし』「なるほどね……」 つまり、重要なのは。 究極的には『自分を変えなくてはいけない』って事か。 ……何と無く、地獄に降りた一本の蜘蛛の糸の話を、思い出してしまう。 この細い一本の糸を……どう手繰っていくか。 考えろ。 今、この世で一番、嫌いなモノ。それは……薄汚いワルのドブ泥にドス黒く染まった、あたし自身だ。 この嫌いなアタシが好きになれるようにすれば……そう。綺麗な体になりさえすれば。 ……少なくとも、『彼に思いを伝える資格は』得られるのではないか? だが。 あたしの周囲は。あたしの世界は。ドス黒いワルのドブ泥で真っ黒だ。 親父やオフクロが……いや、それだけじゃない。もっと色々な所に絡みがあって、結局、ヤクザというのは、簡単には抜けだせないようになっている。 あたし自身『だけ』が一度、真っ白になった所で……また、ドブ泥に染まって、ドス黒く汚れちまうのが、目に見えている。 それに……何だかんだと、父さんも、母さんも。 いや、それだけじゃない、マサも梶もテツも……何だかんだと『あたしにだけは』優しかったんだ。 ワルのドブ泥の中でも、必死にあたしを諫めてくれていた……ただ、『自分が見えて無かった』、『それしか生きる術が無かった』だけで。 だから……「OK、決まった……あたしの願いはね。 『『斜太興業の全員を』カタギにしてほしい。 世間様に何恥じる事の無い仕事に就いて、真っ当な稼ぎでメシを喰って家族を養っていける、『あたしも含めた全員が』カタギの好きな人に告白できる『綺麗な体』になりたい!』 どうだい、出来っこネェだろ!?」 この願いを叶えられないのなら、もー用済み。この『遊び』はお終いだ。 だが……あにはからんや。『その願いなら可能だよ。それでいいんだね?』 あたしの考えて考えて考え抜いた、一番の願いは……あっさりと肯定された。「はぁっ!? おい……そんな事が……本当に、可能なのかよ? い、いいのかよ、おい? 男一人モノにするよっか、トンデモネェ願いだぜ!?」『少なくとも、『御剣颯太に直接干渉するよりは』難度の低い願いさ……本当に、いいんだね?』「あっ……ああ! 構わない! そんな事が本当に可能ならば、薄汚いあたしの命なんざぁ、幾らでもくれてやる!!」 その言葉に、キュゥべえが笑う。 何と無く……嫌な笑顔だなと思った。『契約は成立だ。 君の願いは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん、君の力を』 そう言った途端。……胸の奥から、強烈な激痛が走り……「っ……ぐっ……ああああああああああああああああああああっ!!!」 琥珀色の宝石(ソウルジェム)を生み出し……あたしは、その日、人間を辞めて『魔法少女』になった。「『魔法少女』斜太チカ……か。ぞっとしないねぇ……」 手の中のソウルジェムを弄びながら、溜息をつく。 あの裏路地で気絶して、置き上がった時には、びっくりした。 染めた髪の毛は綺麗な黒に戻ってるし、ドラッグの副作用のむかつきや偏頭痛、それにニコチンを欲する『乾き』も無い。 あまつさえ、親に内緒で背中に入れた、トライバル柄のタトゥーまで『綺麗になって』やがった上に、もしやと思って……その……トイレで確認したら、アソコが処女に戻ってやがったのには、もう呆れ返ってしまった。 ……いや、確かに『綺麗な体になりたい』とは願ったけどさぁ……「……へっ、ま、いっか。 どーせ、『親父たちがカタギになってる』だなんて、有り得るワケが無ぇんだもんな」 そう言って、あたしはフラッと『斜太興業』ってカンバンが掛ったビルの事務所に足を運び……「よう、親父……って、どうした? みんな?」 組員全員、神妙なツラを提げて、親父の部屋に集まっていたのだ。「おう、チカか……その、何だ。 全員、杯、返してな……組、解散することになった」「はぁ!?」「色々とヤクザ続けてく上で、締め付けがキビしくなってな……幸い、全員、小さいながら、それぞれカタギの会社に就職先が決まったんだ。 この渡世、シノいで行くにゃ、俺らみたいな武闘派ヤクザは、邪魔にしかなんねぇみてぇだしな。 ……丁度いい、頃合いだったのさ」 目が点になるアタシの目の前で、マサや梶、ヤスまでもが、男泣きに泣きやがる。「よし、改めて伝える。 本日、午前零時を以って、斜太組……もとい、斜太興業は解散とする! 既に解散届も警察に出してある! ……全員、カタギになっても、しっかり家族やオンナのために食い扶持稼げよ!」「オヤッサン!」「親父!」「泣くんじゃねぇよ、マサ……全員、目出てぇ、門出じゃねぇか……」「叔父貴ぃぃぃぃぃ!」 やがて、時計がボーンボーンと、十二時の鐘を鳴らす。「解散っ!!」 その言葉と共に。 全員が、斜太興業のビルから、出て行った。「……ウソ?」 ぼーぜんとなりながら。 あたしはその場で、立ち尽くしていた。 その後、予想されるよーなトラブルも何も無く、アッサリと。 あの頃から夢見ていた『カタギの女』に、あたしはなる事が出来た。「ほ、ほんとに……叶っちまった……のか、なあ?」 その割には……「タバコもドラッグも辞められたのに……酒(こいつ)だけは、何度飲んでも『美味い!!』としか思えねぇんだよなぁ」 ワイルド・ターキーをグラスに注いで、チビリ、チビリと開けて行く。 元々、小学校の頃から、何だかんだと他人の眼の盗んで、色々お酒は嗜んできたが、中学過ぎる頃には、既にそこらの大人より飲んでいた気がする。……いや、凄く美味しいし。お酒。 だが……「いや……何時からだったかな。酒が『本当に美味い』と思えなくなったのは」 思いなおせば、ただ、惰性で飲んでいた。そんな気がするのだ。 少なくとも……今、口にしてる酒のように、心の底から『美味い!!』とは思えないモノだった気がする。「……『酒』、か」 どうも、それに……何か、あたしが魔法少女になった、重要な意味があるのではないか? そう思い、あたしは考え込んだ。 人は、何故、酒を飲むのか。 暫し、考え……「そっか。夢とか、希望とか、正義とか……大人って『そういったのに酔えないから』、つい酒を飲んじまうのか」 そして、子供には……夢とか、希望とか、正義ってモノを見て、教え込んでいかないと行けない。何故なら、それは『人間として生きる基本』だからだ。 それを消費し尽くして消耗した果てに……現実の痛みに耐えるために、『酒』という麻酔に手を出す。出さざるを得なくなる。 あたかもそれは、ドブの底に居た時に、あたしがドラッグに手を出したように。 あたしは、他人より速く、そーいったのを見ちまったのかもしれない。「だったら……」 何でも、生活のために窃盗をしてる魔法少女まで、いると言う。 そういう、『半端なワルを気取って生きる魔法少女』を、ワルの道から引きずり上げてやることが、あたしの使命なんじゃなかろうか? 冗談でも何でも無く。 そういった悪事に一度手を染めると、あとは誰かが引きあげるか引き留めるかしない限り、果てしなくドコまでも転落して行くしか無いのは、あたし自身がよーく分かっている。 そして、ワルの気持ちは、ワルにしか分からない。……それを理解したうえで、引きとめて、救ってやれるのは……「多分、あたししか、居ないんだ……」 ふと。 何かで見た、伝説級の暴走族のヘッドが改心して、社会復帰や更生などの、族の足抜けを手伝ったりとかいう逸話を思い出した。「よし、やるぞっ!! って……その前に……親父とオフクロに、色々説明しねぇとなぁ……」 どっかの小さな会社で、営業やる事になっちまった親父だが……苦労はしているモノの、何だかんだと家族三人、飯食う分くらいは稼げてはいるらしい。 ついでに、ちょっと確認したら……御自慢の見事な唐獅子牡丹の彫り物まで、綺麗になってた。 この調子ならば、大丈夫だろう。 そう思って、あたしは親父とオフクロに全てを話し、更にキュゥべえにまで来てもらって……事情を説明して、最初、冗談だと笑っていた二人は、あたしがその場で変身して、事実だと理解した瞬間。 ……ブチギレやがって、生まれて初めて、家中をひっくり返すような、ガチの大喧嘩をかまして、家を飛び出す羽目になった。 ……もー知るもんか、あんな馬鹿親共!! 一生、ヤクザの夢見てろ!!「さて、明日はドッチだ? ってか」 翌日。 とりあえず、漫画喫茶に泊まって(この時ばかりは、年齢を誤魔化せる大柄な自分の体に感謝した)、更に学校に行ったモノの。 住む場所が無くなってしまった。「どうやって、金、稼ぐかなぁ……」 今更ながらに、切実な問題。 これでは、最初の目標どころか、あたし自身が救われない。……犯罪や、昔のワル仲間の所に転がり込んだら、全く意味が無いし…… そんな時に……ふと、『気になるアイツ』に目が行く。 ……やばい。ドキドキする。止まんない。 見ないように、冷静に目をそらし……その時になって、ふと思いつく。 あいつに告白して……OK貰ったら、そのままアイツん家に転がりこんじゃえばいいんじゃね? あいつの家に……あいつの家に……うわぁ…… 悶絶しながら、頭を抱える。だが、現実的に一番な方法は、それしか無いように思えてきた。 聞けば、魔法少女と共同戦線を張る存在だ、というし。魔獣狩りの時に借りを返す心算で行けば、問題無いだろう。 ……最悪……「か、体で家賃払っても……って、何考えてる、あたしゃあ……」 教室の一番後ろの隅っこ……不良の特等席で、あたしはこっぱずかしさに、頭を抱え込んだ。「よぉ、優等生……話が、あるんだ。部活終わったらでいいからサ、チョイ、ツラ貸してくんねぇか?」 あいつが茶道部の活動に向かう前に。教室であたしはアイツに声をかけた。 正味……声をかけた瞬間、『誰?』っていう目線が、露骨に突き刺さる。「えっと……すいません、どんな御用でしょうか?」「その、ここじゃ話せない事。魔法少女絡みの話なんだ」「!? ……わ、分かりました。部活が終わったら、校舎裏で」 よし、呼び出しは完璧。 あとは……告白(こく)るダケだっ!!「えっと、斜太……さん? その、魔法少女絡みの話って、どんな御用でしょうか?」 人気の無い校舎裏で、あたしは待っていた。 待ち続けていた。 ……やばい、心臓が、止まらない……ドキドキしてる。「あ、ああ……その前に、まず、あたしの……その、キュゥべえに頼んだ『願い』から、片づけようかと思うんだ」「は?」「ああ、その、なんだ……その……あっ、あっ、あっ……」 落ち着け、あたし……度胸一番! ここでイモ引くなんざぁ、斜太の血がすたるぞ!!「あたしと付き合ってくれ!!」「……え?」 暫し、沈黙が落ちる。「えっと、その……え、何? 魔法少女が、どうとかって話じゃなくて……何? どうなってるの? わけがわからないよ」 に、鈍い……これは、はっきり言わんと、伝わらんタイプと見たっ!「だっ、だっ、だから……だから……あたしの! 彼氏に! なってくれって! 言ってるんだ!!」「……はっ、はあああああ? あ、あのさ、だから、何でそれが、魔法少女がどーとかって話に、繋がるんだ!? マジで、ワケが分からないんだけど!?」「っ……ああああああ、もう! こう言う事なんだよ!」 そう言って……あたしは、自分のソウルジェムを取りだした。「なっ! おっ、お前、まさか!」「そうだよ! うさんくせぇとは思ったけど、あたしもキュゥべえと契約したんだ! だから今のあたしは魔法少女なんだよ!」 ……目が点になるあいつ。 なんというか……目線が『どういう事?』って感じで、あたしを見ていた。「って……ご、ごめん……い、いきなりこんな事言われても、気持ち悪いよね、ワケが分からないよね。 分かったよ。順を追って、話して行くよ……」「う、うん、頼む。イキナリ生まれて初めて、告白とかされて、マジパニック」「あっ、あのさ……あたし、あ、アンタの事が、好きだったんだ。……それは……いいか?」「あ、ああ……まあ、その……うん。それは分かったけど、それがどう魔法少女と繋がるんだ?」 そして、告白から話を転がして行ってる内に。 ……あたしは、あいつの想像もしてなかった内面を、悟る事になる。「なんていうか……あんたさ、それ寂しすぎないか? 誰かのために一生懸命尽くして、そんで最後はポイとか。少しは『自分がこうしたい』『ああしたい』って思う事とか、無いのかい?」「んっと……『誰かを守りたいって』のは、ダメなのか?」「そんなんじゃないよ! もっとこう……『自分中心の願い!』『俺様がナンバーワンになってやるZE!!』みたいなトコロ!」「『誰かの笑顔を見たい』とかじゃ、ダメなのか?」 なんなんだ、コイツは!? あたしが惚れた男は……何でここまで『空っぽ』なんだ!? 更に、話を重ねる内に……その、ゾッとするような心の虚(うろ)が、垣間見えてきた。「はぁ……こりゃ、重傷だね! アンタさ、どっか壊れてるんだよ、多分」「え?」「普通の人間はさ、こう……あたしみたいに『理想の誰かが好きだーっ!』って、ワガママな部分ってのが大なり小なりあるもんなのさ! そりゃ、もう男女関係が無い! だから『みんなのアイドル』なんて虚像の稼業が、二次元でも三次元でも成立してんのさ。 でもね、あんたは多分……その、噂は聞いてるよ。『家族を守るために家族を殺す』なんて、究極の決断を迫られて壊れちまってんだよ。自分でも知らない所が。 そこから逃げられないから、結局『守る必要がある人のために生きなきゃいけない』って、強迫観念にトッ掴まったままなのさ。 そーいうのをね、『サバイバーズ・ギルト』って言うんだ」「っ!!」「まあ、あたしもさ……そういう部分、自覚してっけどね。何しろ、あたしの祈りは『贖罪の祈り』だ。 でも、それは多分……そのキッカケをくれたのは、キュゥべえと、そして『アンタが好きだ』ってあたしの気持ち。 言わば、『あたし個人のワガママ』が元なんだよ。そこが、アンタとあたしの、決定的な違いなのさ」 ダメだ……こいつは。 こいつは、告白なんか、気軽にしちゃいけない相手だ。 こいつには、『自分』が無い。 行動の規範を外に置く事に『慣れ過ぎている』。 確かに、女の子にとって『頼もしい理想のナイト様』には、なれるだろう。 だが、それじゃあたしが魔法少女になった、意味が無い。 あたしは……『御剣颯太』に告白したんであって、女の子が夢見るような『理想のナイト様』が欲しかったワケじゃない! そして、あたしの告白は……あたしの言葉は『本当の意味で』こいつに届いちゃいない!「……わかったよ。 アンタ自身が『自分の本当の気持ち』を『自分で理解できるようになるまで』あたしもあんたと一緒に闘う! そん時に、返事をくれりゃいい!」「っ! ちょっ、そんな……」「勘違いしなさんな! あたしはね、あんたや親父みたいな咎人気取った奴が放っておけないから、魔法少女になったんだよ! ……なんて、かっこつけて、あんたの事をあたしが好きなのは、憶えておいて欲しいけど、さ。 まあ、今は深くは気にしなさんな。 あんたに必要なのは、まず『アンタ自身の本当の気持ち』を、『自分で悟る』事なんだよ! それまではまぁ……付き合ってやるし、嫌でもつきまとってやるさ。 あたしはアンタの事が、好きなんだから……さ」 そう言って、あたしは、あいつに手を差し出した。「あんたの背中を、あたしが守る。 だから、あんたが自分の気持ちに気付いたその時に、『あたしのいる後ろが気になったら』……こっちに振り向いてくれりゃいい。 ……なんて、ベテランのアンタには言えた義理じゃないんだけどさ。少なくとも……少しは頼りにしてほしい、かな? そうなれるようには、頑張るよ、あたしも」「あ、ああ……よろしく、頼む」 そう言って、あいつはぎこちなく、あたしの手を取って、握手を交わした。 その手は……あんな繊細な和菓子を作る手は、想像以上に、ゴツゴツしていて固かった。「押忍! 先輩、よろしくおねがいします!」「は、はぁ……あ、あの……こちらの方は?」 あいつに『仲間を紹介する』と言われ、あいつの家に連れて行かれて。 あたしは、そこで……頼もしい仲間であり、先輩であり、恋敵(ライバル)と出会う事になる。「えっとね……その……俺の同級生で、新人の魔法少女。斜太チカさん。 縁が合って、仲間にしてほしいって頼まれて……俺は構わないんだけど、どうする?」「そ、そうね。……魔力もかなり高い。素質はかなり飛びぬけてイイほうじゃないかしら?」『彼女は生まれが生まれだからね。背負い込んだ因果の量も、相当なモノさ』 そう言って、足元をチョロチョロと動き回りながら、キュゥべえが説明していく。『魔法少女の素質ってのは、因果の総量で決まる。 彼女は産まれからして、本当に『因果な稼業』だったから、もってこいだったのさ』「はぁ……あの、生まれが違うって……家は何を?」『ヤクザの一家さ。斜太興業の娘だったんだよ』 ぐらり、と、傾く彼女……巴さん。 何かこう、『信じられない』というか……『チンピラを、娘に彼氏だと紹介された母親』のような。 そんな感じの表情だった。「はっ、はっ、颯太さんっ!? その、どういう事だか、説明して頂けませんか!?」「あ、いや、その……」「ごめんなさい、先輩。あたしが自分で説明します」 そう言って、あたしは、自分の身の上を説明していった。 ……当然、『颯太を好きだ』という事まで。「そっ、そう……そういう、事、だった、の……」 何かこう……『来るべき時が、来てしまった』、という。 そして、明らかな、嫉妬と、後悔と、そんなの感じが入り混じった、そんな表情から。 ああ、彼女も……こいつの事が、好きなんだ、と。 分かってしまった。悟ってしまった。だから……「ええ。それで、ですね、先輩。 モノは相談なんですが……あたしを、『巴先輩』の家に、暫く泊めてくれませんか?」「え? それは……どういう、事、でしょうか?」「その……あたしが魔法少女になった事情とか、全部正直に親に説明したら、親から勘当喰らっちゃいまして……」 そこから、昨日、我が家で起こった出来事を、説明していく。「ぢつは、颯太にOKもらったら、颯太の家に転がりこもうとか甘い事考えてたんですが……その『フェアじゃない』と思うので。『色々と』。 だから同じ魔法少女のよしみで、『巴さんの家に』転がりこませてもらおうかな、って……ダメでしょうか?」 何故? そういった表情を浮かべたまま。 しどろもどろに受け答えしていく、巴さん。「は、はぁ……その、ええ。構いませんよ。私も一人暮らしですので。 確かに、颯太さんの家で過ごすのは、『色々と問題がある』でしょうし……構いませんよ」「そうですか。暫くの間、よろしくお願いします!」 良かった。とりあえず、寝床は確保出来た! あとは……ちょっと色々、説明しないと、いけないよなぁ……何か、ワケアリっぽいし。 でも、とりあえず、これだけは言っておかないと。「……負けないよ」 正々堂々。 あたしは、巴さんにライバル宣言をした。「あ、あの……斜太、さん?」「チカ、でいいッスよ。巴先輩」 巴さんの家に案内されて。 何故か、あいつの妹までもが、くっついて来たのだった。「そう。じゃあ……チカ、さん? その……何で、私の家に? 颯太さんの事、好きなんでしょ?」「いや、だから言ったじゃないですか。『フェアじゃない』って。 確かに、色恋沙汰なんて早い者勝ちですけどね……今のアイツは、徹底的に虚ろだ。底なしのガランドウですよ。 申し訳ないんですけど……あたしゃ、そーいう男に興味が無いんです」 と……「あの……それを、チカさんは……どこで、気付きましたか?」 あいつの妹……沙紀ちゃんが、あたしに問いかけて来る。「いえ、校舎裏で告白したんですよ。 そこから話を転がしてっている内にね……こう、ゾッとなるっつーか、虚ろっつーか。 あいつ、多分、『何も見ていない』んじゃないかな、って。思いまして」「何も、見てない?」「自分が無いんです。無さ過ぎるんです。 だから、告白して彼氏になる事は出来たとしても、それは形だけの事で、『本当の意味で』あいつをモノにしたとは言えない。 そのうち、多分……我慢できなくなって、破綻しちまうんじゃないかな、って。 だから、とりあえず『仲間』って所から、始めないといけないな、って……あいつに付きまとってやれば、いつか、その空っぽの底っつっか……『本当のアイツ』が見えてくるんじゃないかな、って。 何て言うか……他人の傷に付け込んで、モノにするのは簡単なんです。 ただ、そんな恋愛関係は、あいつみたいな『本当の男』をモノにしたい場合、絶対長続きしない。 恋人ってのは、いずれその男の嫁になり、そいつの子供を産んで妻になる、その幾つかあるステップの、ほんの一段階に過ぎないワケですし。 あたしは颯太と『ずっと一緒に居たい』以上、『恋人』って立場だけで、満足できるワケが無いんですから」 あたしのその言葉に、二人が顔を見合わせる。「驚いた……初めてだわ」「こんな的確に、初対面でお兄ちゃんを見通せる人が居たって」 何というか、感心したというか、驚愕したというか。 そんな感じの目線で、あたしを見つめられた。「沙紀ちゃん、どう思う?」「うん……悪くは無いと思うけど、でもマミお姉ちゃん、本当にいいの!?」「私は……その、颯太さんが幸せになれるなら」 その言葉に、あたしは一言。「ちょっと待った。なんか、話が見えないんですけどね。 とりあえず、あたしゃ泥棒猫の真似事だけは、するつもりはありませんよ?」『え?』「巴先輩……いや、はっきり言わせてください。 巴さん、あんたもアイツの事、好きなんでしょ?」 その言葉に……二人が、沈黙した。「その……何か、あったんですか?」「お姉ちゃんの、遺言があるんです」「『巴さんならば、颯太が自分自身の傷と向き合う時間を稼いでくれる。沙紀が一人前になる時間を、稼いでくれる。 恋心を抱かず、保護者として接することが出来る。だから、私に何かあった時は、お願いします』って。 だから、チカさん。どうか颯太さんを」 ブチッ!!「ふっざけんなーっ!! 何だそりゃあ!! 兄妹でも家族でも無い、男と女が一緒に居て『恋心を抱くな』なんて、何無茶な事頼んでんだ、あいつの死んだ姉貴はーっ!!」「ちょっ……チカさん!?」「巴さん、安心していい! あたしは告白はしたけど、OKは貰ってない! あんたにだって、まだチャンスはある! っつーか、こんな状況で、『空っぽなアイツ』を彼氏にしたって、あたしは嬉しくもなんともないし、アンタだって横からかっ浚われたみたいで、面白くないだろ!?」「っ……それは……」「正直に、あいつに『好きだ』って伝えなよ! あんたには、その資格は十分にあるんだよ! その上で、あいつに決めて貰おうよ! っつーか、アイツにはその義務がある!!」 と……「それが出来れば、苦労は無いんだよ……」「あ? 何、どういう事?」 沙紀ちゃんの言葉に、あたしは耳を傾ける。「私たち、『魔法少女の体の事』です。正直、ショッキングな話になりますが、聞きますか?」「は? 体が……どうかしたって?」「その……滅多に起こる事でもありませんし、私たちも沙紀ちゃんの『訓練』の時に、初めて気付いた程なので。 ただ、この話を聞いた子は、全員、その事実に耐えられず……颯太さんへの告白を、諦めてしまいました」「正直、その、『魔法少女がお兄ちゃんに好意を抱く』っていうケースは多々あったけど。 『お兄ちゃんに好意を抱いた子が、魔法少女になる』なんて、初めての話しだから……話していいかどうか、迷っちゃって」 はて。 魔法少女になるって事に、どんなリスクが存在するんでしょーか?「とりあえず、お兄ちゃんは『ンなモン気にすんな』って笑ってたけど、やっぱりね……」「確かに、『生きてるだけ丸儲け』って言葉を考えれば、そうかもしれませんけど」「えっと……どーいう事?」 首をかしげるあたしに、沙紀ちゃんが自分のソウルジェムをテーブルに置く。「これ。何だと思います?」「『何』って……あんたのソウルジェムだろ?」「うん。そしてね、これは『私自身』なんだよ」「は?」 何を言ってるんでしょうか、この子は?「率直に言うなら、私たち魔法少女の『魂』なんです。このソウルジェムは。 だから……マミお姉ちゃん、ちょっと見せてあげて」「はい。チカさん。よく沙紀ちゃんを見ていてください」 そう言って、沙紀ちゃんのソウルジェムを持って、巴さんは部屋を出て行く。 ……?「そろそろ、かな?」 沙紀ちゃんが言った、次の瞬間。 バタッ、と……沙紀ちゃんがその場で倒れ伏した。「……おい? 沙紀ちゃん? おーい?」 突いてみる。反応が無い。「『返事が無い、タダの屍のよぉだ』……っていうか、本当に屍にしちゃうぞ、おい?」 突いてみても、全く反応が無い……って、おい、まさか? 脈を取って見る。……って、マジで動いてない!!「……ちょっ、沙紀ちゃん?」 いい加減、ビビろうかなぁ……とか思っていると。「……ぷはぁっ!!」「うわあああああっ! お、驚かすなよ!!」「ん、ごめんなさい。 私は、ソウルジェムと肉体が分離されてる状態に、慣れてるから……ある程度は何とかなるけど。 つまり、そういう事なんです」「え?」 どういう事かと疑問に思っていると、部屋に戻ってきた巴さんが話を続けてくれた。「つまり、私たちの魂そのものなんです。このソウルジェムは。 私たちの元の肉体というのは、外付けのハードウェアに過ぎない……言わば、ロボットやゾンビのようなモノなんです」「っ……マジかよ……」 その言葉に、あたしは、暫し、絶句しながら沈黙し……「キュゥべえ。一個だけ聞きたい。生き延び続けた魔法少女は、子供を産む事は出来るのか?」『ん? 一応、女性としての身体機能に影響は無いよ。歴史上、そうやって子孫を残した魔法少女も居たしね』「あ、そっか。なら問題ないや♪」 あっさりと言い切ったあたしに、二人の方が目を丸くしていた。「……何さ? 言っておくけど、元々のあたしの体はね、ドラッグとタバコと酒とで、かなりボロボロだったんだよ? ついでに刺青まで背負ってたしね……それ考えたら、こんな『綺麗な体』、他に無いよ。 少なくとも、あたしゃ『魂の在り処』に拘るよっか、『魂の在り方』に拘りたいモンだ……それ考えたら、元の体よっか、魔法少女の体のほーが、百億倍マシだね」『……………』「ついでに言っておくけどさ。あたしの体はあたしのモンで、あんたらの体はあんたらのモンだ。 そんで、アイツは、そんな魂の在り処にいちいち拘るような、せせこましい男だと思うか? そーだとしたら、あたしから願い下げだよ、そんな奴」 唖然、呆然。 そんな感じで二人とも、ぽかーん。「そ、その……強い、ですね」「あ? 何さ? あたしゃ当たり前の話をしたツモリなんだけどね? むしろ、ヤクザのドブの底に生まれちまったあたしにしてみりゃ、魔法少女の素質があった事のほーが、よっぽどラッキーだと思ってるよ。 所詮、人間なんて『命も体も、道具』だよ。 そりゃ大事にするのは当たり前だけどさ、問題はその道具を使って『何が出来るか』って事さ。後生大事に傷つくのを恐れてたって、何にも出来やしない。 だったら、気合い入れて足腰踏ん張って、『なんかカマしてやろう』って思うべきじゃねーの?」 あたしの言葉に、二人の目が輝き始める。「な、なんというか……凄い人だなぁ。マミお姉ちゃん、ちょっと負けてられないよ?」「え?」「だってさー、結果的にとはいえ。 あたしたち、魔法少女の真実利用して、お兄ちゃんに近づく他の魔法少女、蹴り落としてたようなモノじゃない?」「……………そ、その……確かに、そう、です……ね」 その巴さんの表情に、ふと……「もしかして巴さん……あんた、意図的に、そうやってライバル蹴落としてたとか?」「え?」 ぢーっ、と……あたしは巴さんを見る。 その頬には、どこかこう……たらーり、と一滴の汗が。「ちょっ、それは……ご、誤解ですよ、誤解。あは、あははははは」 その言葉に、更に。「そういえば、マミお姉ちゃんへの遺言に『お兄ちゃんがマミお姉ちゃんを好きになったら?』って聞いたら、『勿論構いませんとも』って言ってたもんねぇ……冴子お姉ちゃん」「やっぱりか、この確信犯……」 二人揃って、ジト目で睨む。「まー、でも……あんたがやってきた事は、確かに正しいよ。こんなチンケな事にも耐えられん奴に、あいつは任せられない。 本当の自分とも向き合えない奴に、『底なしに空っぽ』のあいつと、向き合えるワケが無い。 ……一緒に居るとしても、それはタダ、甘えてるだけだ。 で、巴さん。とりあえず、恋敵同士ではあるけど、さ。 あいつ自身を何とか壊れないよう、前に進めるように治してやるほうが、先だと思うんだ。 その、なんだ……色恋沙汰で競い合うのは、後にして、さ。 何とか一緒に、魔法少女、やって行こうと思うんだ……よろしく、頼む」 そう言って、あたしは右手を差し出した。「そ、そうですね……よろしく、お願いします」