「あの、斜太さん……料理、出来たんですね」「ん、まあね。 中学一年までは、真面目に女の子やってたし。……三年間で、かなり馬鹿になったけどさ。 ……その頃の写真見たら、多分、ギョッとなると思うぜ?」 居候のままじゃ心苦しいので、とりあえず、軽く何か作ると宣言し、キッチンを借りて料理を作る。「にしても、少し珍しい能力ですね。『魔法を使っての収納能力』、沙紀ちゃん並みの収納量じゃありません?」「ああ、まあ……多分、『奥の手』に絡んでるんじゃないかな?」「……奥の手?」「んー、あたしの最終奥義? なんとなくこう……魔法少女として生まれ変わった瞬間、『ああ、これだ』って思えるモノだったから。 ……ただ、今の段階じゃ、多分、自爆技にしかならない」 その言葉に、沙紀ちゃんが水を向けてきた。「なんか……あたしと一緒ですね。 能力だけが先行してて、それをコントロールする魔力や実力が、ついて来ないタイプ」「かもね。だから今のところ、あたしに使えるのは『鎖』、あとは『コレ』かな」 そう言って、あたしは作った料理を皿に盛り付けると……一つの力を発動させる。『?』「はい、お待たせ」 出来あがったカレーライスを、食卓に並べ始め……ぎょっとなる二人。「チカさん、今、台所で料理してましたよね?」「ああ。ついでに、ちゃんと二人とも『あたしを見えては居た』よ。ただ『存在感や気配』が『極度に薄くなる』のさ。 ……ほら、あたし……図体デカいじゃん? 大女だメスゴリラだ何だって色々言われてたから、そのへんも絡んでるのかもね」 ちなみに、身長は174センチ、スリーサイズは……まあ、秘密だ(悪い方では無いと自負してはいる)。「ま、人間や魔法少女相手の、不意打ちとかストーキングとかにしか使いようが無いけどね。……ローグスタイルの戦い方にはもってこいかもだけど、あんまりイイ使い道のある魔法じゃないよ」 と、「そんな事無いよ」「沙紀ちゃん?」「私、分かるよ……魔法少女の願いって、力って、全部、万人共通の願いだもん。 ただ、『誰かの願いって、誰かの呪い』なだけで……何て言うのかな、それを飲み下して、ちゃんと使いこなす事が、求められるんじゃないかな?」「そう……かな?」「そうだよ。きっとその力だって、役に立つ日が来るよ!」 その言葉に、あたしは苦笑いをした。「……なるほど、これもまた、『正義』という名の『酒』か」「え?」「ん? あたしの信念(ポリシー)でね……『正義』も『酒』も一緒のモノ。適量用いれば百薬の長なれど、飲める量を間違えたら、破滅あるのみ。 だから、保護者が居る子供の頃に、ちゃーんと正しい事を教え込んで、うんと夢を見て、うんと失敗して……そんで、人間は大人になって行くんじゃないかな、って。 そんでまあ……チョットだけ。将来、『酒』とか『正義』に溺れないよう、ワクチン代わりにかるーく『悪い事』を教え込む奴が、稀に居る。なーんとなく、そう思ってんだ」 と……「あの、お酒って……」「あー。あたしねー、子供の頃からずっと影で飲んでたりしてたんだ。中学超えたくらいからは、もう立派に酒豪でさー。 そこらの大人よっか、飲んでたと思うよ?」 そう言って、あたしは『カティー・サーク』のボトルを取り出す。「どぉ? カレー喰う前だけど、軽く一杯、飲る?」「……飲ますンじゃ無かった……」 あの後。 カレーを平らげて、沙紀ちゃんは帰ったものの。 何だかんだと勧めて飲み始めてる内に、巴さんも付き合うように、もぉ一杯、もぉ一杯と、杯を重ね始め……まあ、彼女も見た目通り生真面目な分、溜めこんでるモンが多いと言うかなんというか。 酷く『絡む』のである。いや、ホントに。 ……何と無く、沙紀ちゃんの感の良さを、あたしは垣間見た気がした。 きっと『危ない』と思って撤退したのだろう。「まあ、でも、何だかんだと颯太の事、好きなんじゃないか、この子も」 きっと真面目な分、あいつの死んだ姉さんの遺言を、後生守って言いだせなかった部分もあるのだろう。 だったら……「おーい、起きろー。風邪ひくぞー」「ん? ……あれ? 私……?」「完全に酔っぱらって潰れちまったんだよ……あー、アンタにゃウィスキーはまだ早かったね。 とりあえず、ビールから始めたほうがいい。あと、飲み過ぎには注意しな」 と……「その、チカさん……この事は、颯太さんに言わないでくださいね?」「あ? 言わないよ。 ……むしろ、あんたの口から言うほうが、いいんじゃないか?」「え?」「颯太(あいつ)がどんだけの朴念仁か、もー切々と説明してくれたじゃないか。酔っぱらって」「えええええええっと……その、記憶が……」 ……やっぱりか。「いいんじゃないの? 正義の味方だって、酒呑むくらい。 あたしら魔法少女なんて、魔獣との勝負で命がけの日々を送ってんだし、こう、パーっと、さ♪」「は、はぁ……お酒って、恐ろしいですね」「まあ、確かに、酒は魔物だから上手く付き合う必要はあるけどさ……それでも、上手く付き合えれば、これほど頼もしい味方は無いよ。 それと、なんていうか……あんたさ、いっぺん『間違えて』みたらどうだい?」 その言葉に、首をかしげる巴さん。「『間違える』?」「そ。 何っつーか……自分が『先輩として立たなきゃいけない、シッカリしなきゃイケナイ』ってのは分かるけど。 好きな人の前で、隙を見せて甘えるくらいは、してみたらどうだい?」「そう……です、けど。その……何て言うか、やっぱりほら、作ってきた立場というか、そういったのって……」「なーに、心配しなさんな。そーいう時のために、『酒(こいつ)』がある♪」 そう言って、あたしは『シーバス・リーガル』のボトルを、ドン、と置く。「少なくとも、酔っぱらった女を介抱するくらいの甲斐性は、男なら誰にだってあるハズだしね。 そうやって、間違える事の出来ない立場の人間が、『正しく間違えて転ぶために』酒(こいつ)はあるんだよ」「はぁ……」「大丈夫! どんな聖人君子だろうが魔法少女だろうが、酔えば誰だって酔っ払いだ♪ そんで、『正義』も『酒』も、『自分が飲める範囲を知っておくこと』も、また、正しい事だよ。 そして、それが分かったのなら、あいつに軽く、酒(こいつ)の力を借りて甘えてみたらいい。……案外、面白い方向に話が転がって行くかもしれないぜ?」「そう、ですね……今度、試してみます」 あたしの言葉に、巴さんはうなずいてくれた。 その後、その酔っぱらった巴さんの行動と告白が、『どう面白い方向に転がった』かは、別の話。 ええ、ええ……面白すぎて、ションベンチビるくらい『怖い目』と『痛い目』を、巴さんもあたしも見てしまいましたとも。クワバラクワバラ。「ほほう、中々面白い動かし方してくるね、沙紀ちゃん」「えへへへー」 ある日の事。 『魔獣狩り』の前に颯太の家に集まり、買い物に行ってる颯太を待ってる間。 あたしと沙紀ちゃんは、『アドミラブル大戦略Ⅵ』をガチャガチャとプレイしていた。 実は……こと、ゲームに関しては、あたしはアクションやシューティングよりも、RPGやSLG、あと、トレカ系なんぞにも、ちょろちょろと手を出してる。ついでに将棋はアマチュアの段位持ってたり。 こー、何というか、激しいアクションや弾幕を避けるよりも、ストーリーを追ったりロジックで構成された盤面に没頭するのが、実は好きだったりするのだが……この図体と数々の喧嘩の逸話のせいで、そーいう趣味とは無縁の人と思われてしまうのが、悲しかったり。 そういう意味で、沙紀ちゃんが振ってきたSLGゲームの対戦プレイの話しは、願っても無い申し出だった。 そして……彼女がコマを動かす『筋』は、未熟ながら非情にユニークに富んでいて、面白味があった。「だけど、こう来るとどうするのかな?」「うにゃっ!? チカさん、それは……」 爆撃機を沙紀ちゃんの高射砲の死角に置いてやる。「うー、うー、こーする!」「ほい、じゃ、タンクをこっちに進めて、と」「うにゃー!? ひどいよ、こんなのあんまりだよーっ!」 はい、チェック・メイト。 そのまま、詰将棋のよーにカタに嵌められて司令部陥落、と♪「……チカさん、意外な趣味をお持ちですよねぇ」「ああ。あんたとはチェスで今晩、また一指し願いたいね……西洋将棋も、悪くないモンだ」 と……「痛ってぇな、こんチクショウ!! 放しやがれ!」「なーにが『放せ』だ、こん盗人が!」「痛だだだだだっ……くそっ! あたしも焼きが回ったか……」 玄関先に現れたのは、颯太……に、後ろ手に関節極め上げられた、知らない魔法少女が一人。「よう、颯太、お帰り……って、コイツ、誰?」「ん? 『スーパーの万引き犯』。で、悪いんだけどチカ、お前の『鎖』でとっ捕まえといてくんね?」「あいよー」 そう言って、変身して『罪科の錨鎖』で、万引き犯をとっ捕まえておく。「テメェら、あたしが誰だか知っててやってんのか、この野郎!」「あー? アンタが誰様だか、こちとら知ったこっちゃないけどさ。 あんた、魔法で万引きとか、それでも魔法少女かい? 世間に対して恥ずかしいとは、思わねぇの?」「なんだと? ……テメェみてーなメスゴリラに言われたかねぇよ!」 ピキピキピキ……「誰がメスゴリラだ? こんガキャあ?」「アンタだアンタ! ……キュゥべえの奴、とうとう契約相手に事欠いて、ゴリラの少女とまで契約しやがったのか」「はっはっは……颯太ー、こいつ、裏でシメちゃっていい?」「逃がさなければ、好きにボコっていいぜー。ただし、殺すなよ? あと程々にな」「了解♪」 そう言って、鎖で締め上げたまま、片手で持ちあげる。「うおっ!! ……なんつー馬鹿力だコイツ……放せっ、このゴリラっ!!」「悪いなぁ。パワー『だけ』なら、巴さんや颯太のお墨付きもらってんだ、あたし」「巴さん? あんた、マミの知り合い……って」 その奥から、ひょっこり出て来る巴さん。「あら……珍しいお客さんね」「なっ、マミ! って事は……あいつが噂の『魔法少年』かよ!」「そういう事。 ついでに彼女は、私たちの仲間で、期待の新人。見ての通り『素質だけ』なら超一流よ」 期待の新人、ねぇ……正味、いろんな事を教わってる段階で、自分の力の活かし方も、まだ全部分かっちゃいないんだけどね。「巴さーん、ちょっと裏でコイツ、シメてきますねー」「殺さないようにね、チカさん。……一応、それでも魔法少女としては、あなたより大先輩なんだから」「了解。ま、この鎖は、知っての通り、そう簡単にゃ千切れやしませんけどね」「うわあああああ、放しやがれ、この筋肉ゴリラ女ーっ!!」「あっはっは……まずは年上に対しての、口の利き方から教え込もうかー?」 完全に鎖で緊縛して身動きとれない状態にして、死なない程度にボコボコにしつつ。 これが……あたしと杏子との、初対面だった。「さて、どうしたモンかな、っと……」 何だかんだとシメて説教して……彼女の事情を知ったあたしは、そこで颯太との因縁を知る事になる。 ついでに……颯太や沙紀ちゃんが、佐倉杏子の活動範囲に行きたがらなかった理由も。 ……まあ、そりゃぁ避けるわなぁ……インチキ新興宗教の親玉の娘と、その被害者の子供。 どー考えても、噛み合うワケが無い。 だが、あいつは多分、自分の父親が何をしていたのか、知らなかったのだろう。 でなければ、あんな所で涙を流すワケが無い。だからこそ…… 『あのさ、颯太……あの子の事、あたしに任せちゃくんねぇか?』 そう、名乗り出た。 それに、そういう、帰る家も家族も無い『救えない奴』を『最低限の所まで』引っ張り上げてやるのは、あたしの仕事だと。 魔法少女になったあの日、そう誓ったのだ。 だから……「よっ♪」 ゲーセンで、ダンスゲームを踊ってた彼女に、気配を消して近づき。 踊り終わった所で、思いきって声をかけた。「っ……テメェ……」「イキんなよ、『先輩』。……ちょっとさ、話があるんだ」「はっ、メスゴリラが人類に、何の話があんのさ?」 ピキピキ……「好きでデカくなったんじゃねぇんだけどなぁ……あたしも」「そりゃ、類人猿だからショウガネェんじゃねぇの?」 ピキピキピキピキ……「まあ、ゴリラでも何でもいいさ。だから……」「失せろよ、メスゴリラ。群れに帰れ」 ブチっ!「上っ等だ、表出ろゴラァ!!」「はっ! 本性現したじゃん……野ゴリラが」「なあ、アンタさ……多分、あたしと『同類』だろ? そんな『匂い』がするんだ」「まあ、な……」 繁華街の路地裏で。あたしは魔法少女の大先輩と対峙した。「分かんねぇなぁ……そんな奴が、何でイイ子ちゃんのマミと組んでやがる?」「それ含めて、話そうかと思ってたんだけどねぇ……ま、いいさ。 ボコられたのがムカつくってンなら喧嘩(ゴロマキ)くれぇは付き合うさ。元々、ゲンコで勝負すんのも、あたしの流儀の内だ」 そう言って、あたしは変身し、両腕に鎖を巻く。 完全な格闘戦(グラップル)スタイルが、今のあたしの流儀だ。「はっ、腕力馬鹿のゴリラ女が……魔法少女の実戦を教えてやるよ」「そうかい、よろしくご教授頼むぜ、先輩!」 そして、あたしの魔法少女としての、初めての『喧嘩』の火ぶたが切って落とされた。 っ……速えぇ…… 恐ろしいほどのリーチと速度に、あたしは驚愕した。 颯太程ではないが、こいつ……恐ろしく速い!「はっ、そんなダルマみたいになって、手も足も出無いか!?」「……っ!」「筋肉バカが……手玉だぜっ!」 振りまわされる多節棍のような槍に、一方的に叩きつけられる。 だが……元より、こちとら『無傷で勝とうなんて、思っちゃいない!』 振りまわされる槍に叩きつけられ、突き出す先端に腕をぶち抜かれ。 一方的にボロボロにされながらも、何とか耐え抜いて耐え抜いて耐え抜いて……「これで……終わりだよ!!」 トドメに振るわれる、横薙ぎの一閃。それを……あたしは強引に引っ掴んで、右手で止めた。「なっ!!」 更に……「捕まえろっ!!」 左手の錨鎖が、そのまま槍を這うように絡みつき、奴の右腕をひっ捕える。「っ!」「さあ、捕まえたぜぇ……ゴリラとチェーン・デスマッチだ、先輩!」「くっ……てめぇ……ハナッからそれが狙いか!」「そぉらぁっ!!」 そのまま、一本釣りの要領で、振りまわしながら叩きつける。魔獣狩りの、あたしの必勝パターンに嵌めた。 が……(やべぇ、攻撃、喰らい過ぎた……ちょっと意識が……あっ!) ふと……投げ落とす先に居た、黒い猫を庇って。 思わずあたしは、あいつの右手にかけた鎖を、反射的に緩めてしまい……「もらったっ!」「やばっ!」 解けた鎖から抜けたあいつが、そのままビルの壁面を足場にして槍をふりかぶるのを、あたしは呆然と見て居た。「……なんで、トドメ刺さねぇんだよ?」 体のすぐ脇にブッ刺さった槍を、呆然と眺めながら。 あたしは佐倉杏子に問いかけた。「あのさ、あんた……馬鹿だろ?」「あ?」「喧嘩の最中に、猫なんぞ庇って……何なんだよ」「うるせぇなぁ……好きなんだよ、猫」 何というか。 動物以外、友達が居なかった時期とかありまして。「……そうかい、あんたも一人ぼっちだったんだな」「……まあ、な」 お互い。 ボロボロの体で、ビルの壁面にもたれかかる。「あのさ、話しって……何だよ?」「そりゃあ……あー、ここから近いか。ビルで話そうや」「あんたさ、本当に好きになった男とか、居るかい?」 『元』斜太興業の事務所があった、ビルの階段をのぼりながら。 あたしは佐倉杏子に問いかけた。「あ、何だよ? ……居るワケ無ぇだろ?」「そうかい……だったら、まあ、意味の無ぇ話に聞こえちまうかもな」 かつて、組事務所のあった階の扉を、開けて。 あたしは中へと入った。「……ここは?」 かつて、組長(おやじ)の部屋だった、今は何もない空間。「うん、何も無い……もう、誰も。ここに戻ってきてない」 それだけで。 あたしは胸が一杯になるくらい、満足だった。「ここはね……あたしの親父の組事務所だった。 あたしの親父は、ヤクザの親分やってたゴンダクレのロクデナシでね……斜太興業、知ってるかい? あたしの名前はね、『斜太チカ』って言うんだ」「……………!」「他人の事なんぞ、お構いなし。仁義も任侠もクソも無い。 シャブさばいて、他人カタに嵌めて、人生食い物にして……そんな世間に顔向けできない事を一杯して、食い扶持稼いでるって知ったのは、あたしが中学一年の頃だったかな? 当時、学校で出来たばかりの親友の家族を、あたしの親父たちはハメたのさ…… ……悲しかったよ。 それまで、ちょっと背が高いダケが悩みの、フツーの女の子だと思ってた自分がさ、全然フツーじゃなかったんだ。 親に『カタギになってくれ』って頼んでもさ……ぶん殴られて『お前のためなんだぞ』って言われちまったら、子供としちゃあ、もう何も言えないじゃん? だからね……荒れた。もー滅茶苦茶に荒れたよ。 酒、たばこ、ドラッグ、暴力、盗み、援助交際(エンコー)……悪い事は一通りやった。背中に刺青(タトゥー)まで入れて……もう何がどうなろうが、人生知ったこっちゃ無いってくらい、荒れたよ。 そんな時にね……何とか高校に進学して、アイツと出会った。 本気で惚れた、男と出会ったんだ。 でも、そん時のアタシは、もう、体まで滅茶苦茶だった。 タバコのニコチンで肺は真っ黒、ドラッグのムカつきは取れない、内臓も色々イッてたし、処女だって捨てちまった後で、背中に刺青(タトゥー)まで入れてたしね。 そして、そんな薄汚いドブ泥の底で、カタギの血を産湯に漬かって生まれちまった……そんなあたし自身の体が、親たちが、そして何より、それに『逆らうことが出来なかった自分に』一番、我慢ができなかった。 ―――だから、キュゥべえに頼んだんだ。 『斜太興業の全員を』カタギにしてほしい。 世間様に何恥じる事の無い仕事に就いて、真っ当な稼ぎでメシを喰って。あたしも含めた全員が、カタギの好きな人に告白できる『綺麗な体』になりたい!』って。 魔獣退治が命がけだとか、そんなの知ったこっちゃない。 『命を賭けるよりも、命を賭けられないまま腐って行く自分が』あたしゃ我慢がならなかったんだよ」「あんた……」「しかもさ……正直に、親父とオフクロに事情話したら、何っつったと思う? 『誰のためにヤクザしてたと思ってんだ』とかさ、完全にトンチンカンな事ヌカすんだぜ? 誰がアンタに頼んだよ、そんな極道な生き方! だから、家中ひっくり返すような大喧嘩して、後ろ足で砂引っかけて、おん出てやったのさ。そんで今は、巴さん家に厄介になってる。 もー、あんなの親じゃ無いよ。 せっかく、カタギになって食い扶持まで稼げるよーにしておいて、何ヤクザに夢見てんだか……」「それでも……家族だったんだろ?」「まあね……家族だと思ってたよ。 実の両親だけじゃない。斜太興業の組員全員、世間に蛇蝎のように忌み嫌われても、あたしにだけは優しかったしね。 でも、もうあんなの親じゃない、親とはあたしが認めない。 ……丁度よかったんだよ。 極道の家庭なんて、元々どっかブッ壊れてるも同然なんだ。だったら、いっぺん、完全にブッ壊したほうがいいのさ……ざまぁ見ろだよ」「……………」「なぁ。アンタにどんな事情があったんだか、あたしゃ知らない。 でもさ、この魔法少女として授かった力ってのはさ……世間様に迷惑かけるために使うモンじゃ、無いんじゃないのか? そうじゃなくてもさ……もしあんたが将来『好きな人が出来た』っつったら、あんた、どのツラ下げて、その人に告白するつもりだい? 『あたしは泥棒やって生活賄ってる家なき子です』って……惚れた男に、そう堂々と言えるのか? そうやって、手前ぇが勝手に背負いこんだ、汚いモンまで惚れた男と分かち合えってのか? そんな自分が恥ずかしく無いのか!? そうじゃなくてもね……あたしには分かるよ。 あんたは『ホントはイイ子』って奴なんだよ。そういった半端なワルはね……あたしの親父みたいな『本当のワル』にとっちゃ、いいカモでしか無いんだ。そんで喰い物にされちまった子を、あたしはイッパイイッパイ見てきてるんだ! いいかい? ワルのドブってのはね、本当に底なし沼なんだ! あんたは今、魔法少女の力を使って、舌を出して上手く凌いでるつもりかもしれないけど、こんな暮らし続けてたら、本当に『取り返しのつかない事』に手を染めちまうよ!? そんな事をしちまったが最後……もう、キュゥべえと契約でもしない限り、絶対、ワルのドブから抜けだせなくなっちまうのさ。……昔のあたしみたいに、ね。 だから、盗みなんぞ辞めて、差し伸べてくれた颯太の手に縋っておきな! ……それが、アンタのためだよ」 と……「すまねぇな。 あたし、アンタの事……色々、誤解してたよ」「別に、構わねぇよ。分かってくれりゃ、それでいい。 だからさ、一時的にでも、アイツの家にでも厄介に……」 そう切り出した。 が……「でも、ダメだ……アイツにだけは、世話になる事は出来ねぇ」「何でだい!? 金もある! 住む所もある! そんな奴が手を差し伸べてくれるチャンスなんて、そうそうあるモンじゃねぇんだぞ!? それともナニかい? あんたの親父がやった事の負い目かい? だとしたら、チャンチャラ筋違いだよ! 子供は親を選べないんだ! その事くらい、颯太だって……」「違う! ……違うんだよ……アイツには。『アイツにだけは』、絶対に世話になれねぇんだ」 どうやら、何か……複雑な事情が、あるらしい。「何でかな……あたしとアンタと同じ魔法少女なのに……どーしてこうも、違っちまってんのかなぁ?」 涙を流す佐倉杏子を……思わずあたしは抱きしめて、頭を撫でてやった。「その……まあ、何だ。もう、夜も遅いからよ。今日一日、ココに泊まって行こうぜ。 あたしは明日、学校があるけどさ……放課後になったら、アンタのほうの事情、聞いてやるよ」「……ああ、頼む」「どーした、チカ……ボコボコじゃねぇか」「ん、まあ、なんつーか……滅茶苦茶強かった。負けちゃった」 後日。 学校で正直に、結果だけを報告する。「だから言わんこっちゃ無い……どれ、俺が今度はアイツを」「いや、話は聞いてもらえたんだ。今度は、あたしがアイツの話を聞く番。 放課後に、ちょっとね……」「本当に、大丈夫か?」「大丈夫だよ。あたしを信用しとくれ……多分、これは、あたしにしか出来ない事だ」「……だったらいいが。 お前、魔法少女同士の喧嘩を、甘く見るなよ? うっかりしたら、本気で殺されるぞ」「ん、分かってる……」 だが……何か、気になる。 あいつの涙の意味が、あたしにはまだ、全然つかめない。 だが、トンでもない事実が、そこに秘められているのではないか? そんな嫌な予感が……尾を引いて、離れなかった。「……へぇ。なんか、イイ感じの教会じゃん?」 廃教会。 そんな趣の建物だったが。あたしは逆に、それが何か気に入った。 ……神様から見捨てられて魔法少女になったよーなアタシだ。このくらいの教会で式を挙げるのが『丁度いい』とすら思ってた。「ここはね……あたしの親父の教会だったんだ」「ああ。そのへんの話は、颯太から聞いてる。 その……インチキ新興宗教の教祖様で、信者から金を巻き上げてた、ってね」「違う! ……って、言っても、信じちゃもらえないか。 確かに、あの兄妹にしてみりゃ、あたしの親父は、とんだペテン師になっちまうんだろうな」「いや、よぉ。酷い事言うようだけど……ドコをどー逆さに振るった所で、そーとしか見れないだろ?」 むしろ、それ以外に、どういう風に見ろと言うのか?「そうじゃねぇんだよ。 インチキなのは親父じゃ無い。インチキをしたのは……あたしなんだ」「あ?」「あたしの親父は正直過ぎて優しすぎる人でさ……新聞を読んでは、『どうして世の中が良くならないんだ』って、そんな風に真剣に悩んで涙を浮かべるような人だったんだよ。 『新しい時代には、新しい信仰が必要だ』っていうのが、親父の口癖でさ。そんである時、親父は信者に対して、教義に無い事まで説法をするようになった。 ……当然、信者の足はバッタリ途絶え、本部からも破門された。あたしたちは一家揃って、喰うにも事欠く有様になっちまった」 なんというか。 颯太から聞いた『悪徳宗教家』とは、ちょっとズレたイメージの告白に、頭が混乱して来る。 ……純粋過ぎる人? それがどうやったら、颯太の……いや、御剣家を破滅させるんだ?「親父は間違った事なんて言ってなかった。だけど、誰も真面目に取り合ってくれなかった。 悔しかった。誰もあの人を解ってくれないのが……あたしには我慢出来なかった。 だから、あたしはキュゥべえに頼んだんだ――『みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように』って」「なっ! ……ちょっと待てっ!! それじゃあ……」「ああ、そうだよ。 あいつにとって……いや、あの兄妹にとって『本当の仇』は、あたしなんだ。 そして、あたしは晴れて魔法少女の仲間入り。 バカみたいに意気込んでたよ……親父の説法と、あたしの魔獣退治……表と裏から、世界を救うんだ、って。 でもね……ある時、カラクリがバレた。 魔法の力で信者が集まったって知った時、親父はブチ切れたよ。あたしの事を、人の心を惑わす魔女だって……そう罵った。 そんで、親父は壊れちまった。 酒に溺れて、頭がイカれて、最後は無理心中さ……あたし一人を置き去りにして、ね。 だからあたしは、二度と『他人のために魔法を使わない』って誓ったんだ。 奇跡ってのはタダじゃない。祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされる。そうやって、差し引きゼロにして、世の中は成り立っている。 だからあたしは……その『高すぎるモン』を払っちまったツケを取り戻すために……釣銭を取り返すくらいのつもりで、生きてきたんだ」 その言葉に。 あたしは……腹が立った。「何だよテメェ……それをあたしにゲロするって事は」「そうだよ……もう、なんか。どうでも良くなっちまったんだ。 あいつの飯、喰わされた時にさ……腹が一杯なんじゃない、胸が一杯になっちまったんだ。 あいつさ、あんなヒデェ目を見て生きてきたってのに……一体、何であんな美味い飯を、他人に振る舞えるんだよ? ワケが分からねぇよ」 そして……キレた。「ふざけんなよ……アイツはタダであんたに飯を出したんじゃない! あんたに魔法少女として『マトモに戻って欲しい』から、カツ丼出したんだぞ! そんで……言わせて貰うよ。 『家族の事を分かって欲しい』っつー、あんたの祈りは間違っちゃいない……間違ったのは、『子供の祈りに答えられなかった』あんたの親父だ!」「っ……違う、親父は、間違った事は言ってなかった」「バカ言ってんじゃないよ! 家族を養う食い扶持も稼げネェ奴が、何が『新しい時代の新しい信仰』だい!! 何が『人の心を惑わす魔女』だ!! 第一、テメェの説法が『絶対正しい』っつーなら、テメェの教えを広める手助けをしたアンタが、『どーして魔女になんなきゃなんないんだ!?』。『そうあれかし』って祈ったのは、テメェじゃねぇか! 祈るのが宗教家の仕事なら『テメェの祈りにくらい責任持ちやがれ』ってんだよ!! 純粋過ぎる人!? ふざけんじゃないよ! 家族養う力も無いくせに、ガキみたいな夢見てるガキみたいな大人がガキを作ったら、そりゃ一家纏めて不幸になるに決まってんじゃないか!」「それは……」「言ってる事は確かに間違ってなかったのかもしんないけどね……あんたの親父が『やっちまった事は』トコトン間違ってるよ!! 大体、自分も救えない奴が、どうして他人を救えるんだい!? 世の中を良くするには、まず自分から糺して行かなきゃ、世の中なんて良くなるわけが無いだろ! 『自分』だって突き詰めていけば世の中の一部なんだよ!? 『アレが悪い』『これが悪い』『あいつが悪い』『こいつが悪い』。口先だけの正しい事なら、誰だって言えるんだ! そうやって外野から罵詈雑言の石投げて、野球やってる選手の邪魔して潰したとしても、野球が面白くなるワケが無いし、増してや世の中が良くなるわきゃ無いんだよ! 大体、世の中、口先だけの奴が信用してもらえるワケ無いだろ!? 言葉や理屈ってのは、後から馬車でついてくるモンで、人間、まず最初に行動ありきなんだよ! あんたの親父は、その『行動』の段階で間違っちまってんだ! そりゃ誰も関わろうとはしねぇさ、小奇麗な理想を掲げた『殉教』なんてモンに誰が憧れる!? そんでアンタさ、多分、その……『親』と『教師』がゴッチャになってないか? そりゃ『何が間違ってるか』なんて見抜けるわけが無いよ……子供にとっちゃ、両方とも絶対のモンだ。 その『両方』が同じように間違っちまったら、子供としちゃ、どんなペテンにかけられようが、お手上げだよ。比較対照のしようが無いんだもん。 っていうか……あんたさ、ホントに『イイ子ちゃん』だったんだな? 親に逆らったりとか、疑問を持ったりとか、ワガママ言ったりとか、無かったのかい?」「……………」「あのね、『夢や希望』ってのは本来、子供の特権なんだ。 それをあんたの親父は、家族を犠牲にして、他人を犠牲にしてまで、『自分じゃ絶対飲みきれない量の正義』っつー夢を見ちまったんだ。 酒に溺れて頭がイカレて? 所詮、正義も酒も一緒のモンだよ! 『器を超えた飲めない正義』に手を出して飲めば、そりゃ頭がイカレるのはアタリマエの話だっ!! ……あたしの好きなマンガに、こんなのがあるんだけどね。 あるとき、街にやってきたある男が、説法を始めた。 「世の中が良くなるように」 そう言って、男は毎日説法を続けた。 最初は皆、耳を傾けた。共に戦おうという者も居た。だが――皆はまた、興味を失って行った。 連中にとっちゃ、世の中がどうなろうと、知ったこっちゃ無かったんだ。 だが、男はやめなかった。年を食い、誰ひとり聞く者が居なくなっても、男は説法を続けた。 ある時、そこを通りかかった子供が、男に聞いた。「どうして誰も聞いてないのに、説法を続けるのか」と。 男は答えた。「最初は、皆を変えられると思っていた。そして今では叶わぬ夢だとも知っている。 だが俺が説法をやめないのは……あの頃の俺は、『生きてるって事を、こいつに懸けてた』んだ。 それを嘘にしたくネェからだよ」 そう言いながら、男は説法を続け、闘い続け……最後の最後にはね、テロリストっつー『公共の敵』に成り下がっちまった。世の中を『悪くする側』に、回っちまったんだ。 ……アンタは、アンタの親父を『嘘にしたくなかった』んだろ? だけどね……間違ってるモンは、やっぱドコまで行っても間違ってんだ。そいつから目を背け続けても、絶対に、ロクな事になりゃしないんだよ! 最後にゃあんた、ホントにテロリストになっちまうよ!」「だからって……今のあたしに、どうしろってんだよ!! 窃盗(それ)しか生き方を……やり方を知らねぇんだよ!!」「ああ、そうだよ! あたしにだって、あんたの告白受けて、どーしていいか分かったモンじゃないよ! だけど忘れたのかい、アンタ? どうしてあたしが魔法少女をやっているかを? あたしの親父たちはね、神妙なツラしてあたしのダチの家族を切り捨てた。はした金と……『自分たちを食わせる居場所を護るために』。 あたしがアンタに拘ってんのはね。 あたしをそんな生き方から抜け出させてくれた、巴さんや、沙紀ちゃんや、颯太や……そんな魔法少女って存在(モン)が、『あたしの親父たちと同じ理屈で同じ事をやってやがる』。 そいつがあたしにゃ……我慢なんねぇんだ!!」「っ……………」「沙紀ちゃんが言ってた事の意味が、あたしにゃようやっとわかった。 『誰かの願いは、他の誰かには呪いだ』って……そのまんまじゃないか、この状況! 道理で、魔獣が絶えないワケだよ……『人の世に願いが在る限り、また同じだけの呪いも増え続ける』道理さ。 あの子の能力は、究極のコピー能力だ。 ……他人の傷を、心を、願いを、誰よりわかってやれる、優しいあの子だからこその能力なんだろうね……共感能力が強すぎるんだよ。 だから、他人に回復系の力を使うと、本人よりも強烈な痛みを伴っちまうんだ。 でもね、そんな子でも、必死になって自分の力を使いこなそうとしてる。 いいかい? 他人の力を、願いを、思いを、『自分のモノにする』ってのは、そりゃ物凄い覚悟と努力が要る。 でもね……そうやって『誰かの願いっつー呪いを飲み下して』初めて子供ってのは、人間ってのは成長出来るんだ! そういう意味で、全部が全部、純粋なまま大きくなれる奴なんて居ない! もし、そうなっちまったとしたら……そいつは大人の皮を被ったガキでしか無いんだよ! そんなのがマトモに社会で暮らしていけるワケが無いじゃないか! あんたとあたしの違いは……『何に反抗したか』さ。『親』か、『世間』か、どっちが正しいか。 それを『見抜きようも無い』アンタの立場で、魔法少女なんて素質を持っちまったあんたが……あたしにゃ哀れでならないよ。っていうか……はっきり言っちまえば、元々、あたしらみたいなガキが、こんな力を持っちまう方が、どっか基本的に間違ってんだ。 今のアンタは『魔法少女の力に、生き方そのものを』振りまわされてるようにしか、思えネェ。力ってのは、振りまわすもんで……振りまわされるモンじゃ、無いだろ?」「だったら、あたしに……どうしろってんだよ。 死ねとでも、言うのかよ? どう償えってンだよ!」「馬鹿言うな! だから、考えろよ! あたしも一緒に考えてやる! そんで、行動するんだ! さっきも言ったけど、言葉や理屈なんてモンはね、後から馬車でやって来るんだよ! あんたン所の教祖様だって、磔台によじ登った後に奇跡を示したから、教祖様になれたんじゃないか! ともかく……こんな事実、颯太や沙紀ちゃんに、話せるわけが無い……特に、颯太の奴には、ね。 みんなアイツを、タダのお人よしの飯炊き男くらいに思ってるかもしれないけど、本性は誰より恐ろしい男だよ……あたしでさえ、本気で怒ったアイツとは、絶対に関わり合いになりたく無いくらいだ。 そんなアイツが、こんな事実を知ったら……あいつ怒り狂って、あんた殺した後に、本格的にぶっ壊れちまうよ」「壊れる?」「ああ、そうさ。アイツはね、両親を殺したあの日から、自分の心を殺して、少しずつ壊れながら生き続けてきたんだ あたしら魔法少女が、夢や希望を振り撒くように、あいつはタダひたすらに現実だけを見て。御剣冴子や御剣沙紀っつー夢や希望を振り撒く、魔法少女の盾になり続けてきたんだ。 ……本当は、子供として本格的に、色んな夢を見るべき分までね。 そうやって、あいつは『自分』っつー心を殺して殺して殺して……『家族』以外の夢が、見れなくなっちまってんだよ。 だからさ……とりあえず、何やっていいか分かんないから、あいつのためにも、家出者同士、『基本』から始め直そうぜ?」「基本?」「衣・食・住。人間の基本だよ! 食のほうは……まあ、あたしが何とかする。こう見えて、料理の腕には少し自信がある。 だから、あんたは住のほうを、あたしに貸してくれ」「あたしにゃ、もう家なんて……」「何言ってるんだい? 『ここ』だよ! この教会は『あんたの家』じゃないのか!?」「っ……! それは……」「どんなに辛かろうが、目を背けたかろうが! あんたの家は『ここ』以外無いんだよ! 大体、世のトーチャンカーチャンが、自分の持ち家を買うために、どんだけ必死に働いてると思ってんだい!? 世間に迷惑かけず、住み続けるとしたら……もう、この教会以外に、あんたに場所なんて残されちゃいないよ!」「……」「大丈夫だ、あたしも手伝う。……この問題に、とことん付き合ってやる! そんで、二人で何とかしよう……あたしも馬鹿だから、どーしていいか分かりゃしないけど。とにかく何とかするんだ! でないと、あたしが本気で惚れた男が壊れちまうし、アンタだって放っておけない。 希望で始まり、絶望で終わるなんて……そんなの、あたしが許さない! 許すもんか!」 その言葉に、彼女は涙を流した。「……すまねぇ……アネサン」「いいさ……元々、あたしの祈りは『贖罪の祈り』だ。 あたしが救える奴は、あたしが救う。あたしが救えない奴を、救ったそいつが救ってやれば、それでいい。 ……人間の社会ってさ、そーやって出来てんじゃないの? 警察官は犯罪者を捕まえるのがお仕事で、医者は病気を治すのが仕事だ。 だから間違っても、医者は犯罪者を捕まえたりしないし、警官は病人の面倒を見たりはしない。その代り、警官が病気になったら医者が面倒みるし、医者の家に泥棒が入れば警察が捕まえるんだよ。 あんたの親父は宗教家だったのかもしれないけど……宗教家が救えるのって、『人間の心』だけで『人間の現実』は救えないんだよ。 世界を救う絵図面を描くのは政治家の仕事で、それを実行すんのは現実の現場で働く人間の仕事だ。 そこンところを……多分、あんたの親父さんは、色々間違えて、履き違えちまったんだ。 アンタが釣銭を取り返すべきなのは、世間に対してじゃ無い。無茶な事を振ってアンタを潰した、親父に対してだよ! そんで……もし、出来るのならばでいい。 釣銭を取り返すなんてセコい事言わず、札束叩きつけて『グダクダぬかすな、これで満足だろう』って、死んだ親父に啖呵切ってやるような生き方、目指しなよ。 ロビンフッドが居ないってベソかいて嘆いてた情けネェ親父に、アンタ自身がロビンフッドになって、見せつけてやりゃいいんだよ! この見滝原っつーシャーウッドの森で! ……あと、アネサンってのは辞めてくれ……昔を思い出して、吐き気がしやがる。 チカでいいよ」 と……「ダメか? どー考えてもアンタ……アネサンって感じにしか、思えないよ」「だから、やめとくれ! 第一、あんたのほうが魔法少女としちゃ先輩だろうが! ……むしろ、こっちが色々と、魔獣との実戦面で教えを請わなきゃいけない立場なんだし!」「分かったよ、ア・ネ・サ・ン」 にたぁ、とか笑いながら、からかってくる杏子。「だーっ、やめてーっ!! アネサンとか言うなーっ!! マジでやめとくれーっ! あたしゃもう、カタギで魔法少女なんだーっ!!」「いや、もうイイ具合にシメられたんで、これからはアネサンと呼ぼうかと……」「アンタがあれで反省するタマかーっ!! やめろーっ!! アネサンとか言うなーっ!!」 涙目で追いかけるあたしを、ひょいひょいと翻弄する杏子。 そして……「も、アネサンで……イイデス」 こっちがぐったりするまで、追いかけっこをする羽目になり、あたしは降参した。 ……どうしてこうなった!?