お互いに。 顔を突き合わせて、真剣な目で向かい合う。 そして、一言。『……幾ら、持ってる?』「……二千円とちょっと」「……千円くらい、かな……」 お互いの財布の中身を、後悔、もとい公開し合う。「……とりあえず……」「全然足りないよなぁ、色々と。普通に外食したら、一回分の食事で終わっちまうよ」 教会で向き合いながら、あたしと杏子は溜息をついた。「今更ながら思うけど。金が無い生活って大変だよな……」「まあねぇ……そーいう意味じゃ、颯太の奴は、幸運だったよ。 ……もっとも、あいつはあいつで色々、洒落になんない苦労してるみたいだけど」「だよなぁ……」 天を仰いで、溜息をつく。ついでに、二人とも腹の虫が鳴り始めていた。 ……と、教会の屋内に。ハトが巣を作ってるのが、見えた。「なあ、杏子。あのハトさー?」「あ? ハトがどうした?」「『誰の持ち物』だと思う?」 その言葉に、杏子が首をかしげる。「いや、そりゃ野良犬野良猫と、一緒なんじゃねーの?」「だよねー? で、さぁ……あたし、知ってるんだけど」 真剣な表情で、あたしは杏子に言い放つ。「ハトやスズメって……食べられるんだぜ?」「……成仏しとくれよ」 二人揃って、それぞれの神に軽く祈りながら。二羽のハトの首を絞め、ブチブチと羽をむしり始める。「とりあえず、寄生虫とかいると思うから念入りに焼くよ。あと、水道の水が欲しい所なんだけど……どっか無いかね」「あー、止まってるから、とりあえずどっかから貰って来ないとね。あとアネさん、食器が残ってた」「おー、上等上等! 何があった?」 幸いなことに。 埃をかぶってはいたものの、台所に鍋釜の類は、残ってはいたのだ。 ただ……「妙だな……包丁だけが無いね。どこやったか知らないかい、杏子?」「あ、それ……多分、親父とオフクロが自殺した時に……」「っ……そうか、すまないね。 しょーがない、ちょっとアレだけど、コレで何とかすっか」 そう言って、あたしはバタフライナイフを取り出した。「うわ、不良の定番……」「……あ、ガスも止まってら……」 考えてみりゃ、当たり前の話しである。 電気、ガス、水道全滅……これで料理しろってほうが、無茶だ。「どーすんのさ、アネさん?」「んー、ジッポライターは持ってるから、火は起こせるんだよ、火は。……問題は燃料なんだよねー」「……そのライターで『何に火をつけてたか』分かりやすいんだけど、あえて深くはツッコまねぇよ」 ふと、見渡すと、『イイ感じに壊れた木の机や椅子が幾つか』。それと、何かのぼろ布。「なあ、杏子。あの椅子と布切れさー。使い道、あると思う?」「あ? ……あるワケ無ぇだろ? もうゴミじゃねぇか」「だよねー? だったら『壊して燃やしちゃって』構わないよね?」「お、中々コレ、使えそうだね」 なんか、外から、いい匂いのする、大きな葉っぱの植物を発見(後に、ホオノキの葉っぱだと知る)。更に、キッチンからアルミホイルゲット。 そんで、羽をむしって軽くアブって表面を焼いて内臓と骨を取ったハトを、なけなしの金で買っておいた味噌を塗って、葉っぱに包んでアルミホイルに包み。 組んだ木の中に放り込んで、火をつける。「……なんか、キャンプみてぇだな……」「まあ、ね。ちなみに、この料理の名前ね、『乞食鳥』って言うんだ」 無論、かなりアレンジ入ってるのは認めますが。 料理のコンセプトは……まあ、そんなモンだ。「なんだいそりゃ、縁起でもねぇ名前だな」「いやいや、それがそーでもねぇんだ。 昔々の中国で、鶏を盗んだ乞食が蓮の葉に包んで焼いて食べようとしたら、運悪く盗まれた鶏を探しにきた役人に見つかりそうになってね。 あわてて乞食は地面を掘って鶏を土の中に隠し、焚き火をしている振りをした。 その後、役人が去り、取り出した鶏は見事に美味しく出来上がっていたらしい。 ま、諸説あるんだけどさ……一節には、その料理法が広まって、その乞食は皇帝の前で料理する事になって、ご褒美をたんまり貰った、って逸話もあってね。 だから、別名を『富貴鳥』。ちょっとした、縁起モノでもあるのさ」「へー」 それから。 薪を足しながら、あたしは杏子と与太話を続けた。 ……何だかんだと、お互いに、意外な知識を色々持ってたりして、顔に似合わずって感じで新鮮だった。 そして……「そろそろ、出来たんじゃねぇかな?」「お、完成? 待ってました」 焚火の中から、アルミホイルの黒い塊を二つ取りだし、分ける。「そんじゃま、いただきます」 手を合わせ、肉を頂く。……何というか、微妙な味だった。「むー、あんま美味しく無いな」「まあね……ロクな調味料も無くて、味噌だけなら、こんなもんさ。それに、天然物やジビエが『必ずしも美味い』ってワケじゃないし。 ……でも、喰えない味じゃないし。 それに、何にせよ『食事をする』って事は、『誰かの命を頂戴している』ってワケで、さ。あたしらは人間は」「……それを、神父の娘のあたしに言うかよ」「いや、だからさ。 ハトをシメた時に……こー、『メシを喰う』とか『生きる』って、今更ながらに罪深い事だよなー、って思っちまってさ。 だって、あたしたちと、あそこのハトと、立場的に何ら変わんなかったんだぜ? 違うとすりゃ、強いか、弱いか。 もし、あのハトが百倍大きくて、あたしたちが百倍小さかったら、あたしらがハトに喰われてたワケでさ。 そうかと思えば、あたしはあの時、命がけの喧嘩で猫をかばっちまった……人間なんて、ホント勝手なモンだなー、って。 だから『いただきます』と『ごちそうさま』の祈りって、万国共通なんじゃねぇのかな、って……大体そーじゃん、どういう風に祈るかはどうあれ、どこの国も宗教も。 ……そーいう意味じゃ、颯太の奴は、食材を成仏させる天才かもな。あいつの作る飯で、不味いモンは無いし」「まあ、そうかもな。 他人の命を頂くならば、奪った命より善く在ろうと心掛けるのは、確かに間違っちゃいねぇよな……『食い物を粗末にすんな』とは言っては来たけど、考えてみりゃ自分で鳥をシメて喰ったのは初めてだ。 ……言葉じゃ知ってたけど、確かに『実際にやってみる』のとじゃ、大違いだよなぁ」 と、思いだす。 たしか……「そう思えるのが人間だけだからこそ、魔法少女なんてモンに、あたしらが成れたんじゃねえの? ほら、熱量がどーだとか、感情エネルギーがどーだとか、キュゥべえが言ってたじゃねぇか。……テキトーに聞き流してて、忘れちまったけど。 動物は喰ったモンに感謝なんてしねぇし、増してや料理なんてしねぇだろ? ただ、喰わない獲物は襲わないだけで」「ああ、あれか。 ……確かに、そうだよな。そう考えると『料理』ってのは、人間だけが使える一種の『魔法』なのかもな……」 それから、お互いに黙々とハトを食べる。 そして、食べ終わって。『ごちそうさま』 そう言った後、庭の隅っこに、内臓や食べかすを埋める。「……なあ、アネさん」「ん?」「あたし……このハトの味、忘れない」「そっかい。そりゃ、ハトにとっちゃ何よりの成仏だよ。……下手糞に料理してごめんな、ハト」 そう言って、あたしと杏子は再び、ハトの墓に手を合わせた。「……さて、と」 とりあえず、ケータイで巴さん家に外泊すると連絡し。 今夜から、この教会に泊まる事にした。荷物は明日、放課後に巴さん家から回収して来りゃいい。「結構、広いね。部屋数もあるし」「まあ、元々、土地は広い方だしなぁ……好きな部屋、選んでいいよ」「了解……どーれーにーしーよーおーかーなー」 そう言って、何か所か部屋を覗いて回る。が……「ありゃ? この部屋……開かねぇぞ?」「あ、悪ぃ、そこは、開けねぇでくれ。……っていうか、開かずの間なんだよ、今じゃ。 親父の書斎なんだけど、部屋の鍵……どっか行っちまってよ」「っ! ……そっか。悪いな」 無論、あたしのパワーを以ってすれば、強引に扉を破壊する事は可能だが、あえて、それをする心算は無かった。 ……もし、その必要があるなら、杏子自身がやっているハズである。「んー、そういえば、アンタ、どこの部屋にするつもりだい?」「あ? ああ……あたしは、元の自分の部屋にするよ。隣に妹の部屋があるから……何だったら、あんたは、ソコにしたらいい」「そうかい」 そう言って、扉を開けたモノの……「うっ! ちょっと……これは、片づけが大変だね」 雨漏りか何かだろうか? ベッドの布団が、完全に腐っていたのだ。 床も痛んでいる。これでは……「すまん、杏子。今晩だけ、一緒の部屋でいいかい? 床ででも寝るよ」「ん、まあ……いいか。……にしてもアネさん、ほんとそういうの躊躇無ぇな」「あー、今ほど本格的じゃないけど、家、飛び出した事もあるから。 ……ダンボールの上で寝た事だって、何度かあるよ」 その言葉に、杏子の奴が、顔をしかめる。「……その、襲われたりとか……」 まあ、女性なら当然だろう。 杏子は当時、魔法少女だったから何とでもなったろうが、あたしは……「したよ。だから、金もらって犯(ヤ)らせてやった。……そんくらい、色々、どーでも良かったしね」「っ……すまねぇ。その」「いいさ。お互い、脛に傷持つ身だ。隠しっこ無しで、仲良くやろうぜ。 それに……」「それに?」「こんだけ広い家なんだ。一人ぼっちは……寂しいだろ?」「本当に……大丈夫ですか?」「あー、大丈夫大丈夫♪ あの教会で杏子と暮らす事に決めたんだ、あたし」 翌日、学校を終わって。 巴さんに今まで世話になった礼を言って、あたしは荷物を纏めて、巴さん家を出た。 で……「おいーっす……アネさーん、コレでいいのか?」「おう、上等上等! ……なーんだ、探せばあるじゃねーか♪」 実際、雑草畑はノビルが取り放題だった。剥いて洗って酢味噌つけて喰えば、なかなかオツな味である。 他にも、家庭菜園にでも手を染めていたのだろうか? なんか野生化した食用可能な植物が幾つもあった。 ついでに、スズメバチの巣があったのは、ラッキーだった。……蜂の子って、高級食材なんだよねー♪「当座はこれで凌ぐとして……あとは、『獲物』だよね」「『獲物』? 何を狙おうってぇのさ?」「んー? そりゃおめぇ、決まってんじゃネェか。 人間様の世間にとっちゃ『どーなろうが知ったこっちゃ無い生き物』で、かつハトや野良犬や野良猫みたいな『野生動物的な弱肉強食の暴力の倫理で』生活していて、かつ『現金を持っている』……あたしらみたいな『家出魔法少女の獲物』さ」「それって……まさか……」「いやね、こないだ、デタラメな寝言吐いてたホストを、鎖でつないでバイクで引き回してたついでに、『丁度イイターゲット』が見つかったんだ。 そんであたしさ……魔法少女になって以降、『いっぺんやってみたかった事』って、あるんだよねぇ~♪ ……例えば『人助け』とか」 あたしの言葉に、何か胡乱な眼を向けて来る杏子。 それを安心させるべく、とりあえず玄○哲章ボイスを真似つつ。「大丈夫だ。あたしにいい考えがある」「司令官……もとい、アネサン。 その台詞と声って……嫌な予感しかしねぇんだけど?」「なっ、なっ……何事じゃあああああ!?」 巨大な組長のリムジン(勿論、防弾ガラス鉄拳粉砕&鍵穴壊してエンジン直結)を運転しながら、あたしは、とあるヤクザの親分の屋敷へと突入する。 そのまま、一直線にン十万もする襖やら何やらをブッ壊しながら、邸宅の内部を暴走しまくる事、暫し。「かっ、カチコミじゃあああああっ!!」「こっ、こりゃ組長のリムジンじゃねぇか! 誰だ、出てきやがれ!!」 出てこい、と言われたので、とりあえず……「ピピ○ピルピル○ピルピィ~♪」 『変身』した後に、『某魔法少女』のお面かぶって更に鋭角なサングラスをくっつけて。声は勿論玄○哲章ボイスを意識しつつ。「なっ……『何だ』、テメェは!?」「あたし『撲殺天使トグロちゃん』♪ 魔法の擬音で、悪い人たちの『人生、やり直させて』あげようかと思ってるの♪」 いや、冗談でも何でも無く。 ぢつは、この組……女をクスリに漬けて海外に売りトバしたりしてて、この間のホストの一件で、颯太の奴に目ぇつけられたのである。 そして、思うのだ。 あの問答無用のパニッシャーに『人生丸ごと破滅させられて、未来の無い生き地獄を味わう』よりは、あたしに『ぶん殴られて組潰されて警察病院送りにされ、刑務所から人生再出発したほーが』、まだ幸せになれるチャンスがあると思うのである……色んな意味で。 まあ、『全くのゼロ』か『0コンマ以下の確率』か程度の違いではあるが、人生『希望を捨てることは無い』と思うんだよねぇ。 ……ほら、あたしって、優しいだろ? 暫し、呆然とする組員の皆さん。 そして……「あ、新手の、鉄砲玉……か?」「どっちにしても、ええ度胸しとるのぉ? おぅ、オドレ、ドコの組のモンじゃ?」 その疑問に、あたしは正しく答えてやる。「ん? そんなの決まってるじゃねぇか、一年B組♪ ……あ、クラスのみんなには、内緒だぜぇ♪」 そうあたしが吐いた次の瞬間。 両手にとりだしたバットに魔力を付与して、片方をリムジンのフロントエンジン部分にブッ刺して『車体ごと持ち上げる』。「で、取り合えず、君たち全員の『人生、やり直す』には……三〇%って所かねぇ」 分かりやす過ぎる『自分たちの運命』に、愕然となるヤクザ屋さんたち。 そして……「奇跡も、魔法も、あるんだぜ? ……ピピ○ピルピル○ピルピィ~♪」 あたしの唱えた『魔法の擬音』と共に、トン単位の車重のリムジンが宙を舞い……ヤクザ屋さんたちの絶叫が、響き渡った。 一時間後。 瓦礫の山と更地に化けた組事務所や親分の屋敷と共に、組長を筆頭に若頭以下組員全員、死人一歩手前状態で救急に発見。 さらに人身売買や薬物取引の証拠が発見され、彼らは全員、見滝原総合病院から、群馬県警の警察病院に転院する事になる。 ……勿論、組員全員一人残らず、『物理的、社会的に』『ヤクザを廃業して人生やり直す』羽目になった事は、言うまでも無い話だった。「アネさん、その……」「ん?」 力任せにブッ壊した金庫から失敬した、万券の札束五個の内、三つばかりポケットにねじ込みながら、残りを杏子に放る。「あたしも昔、親父が自殺する前に、魔獣退治とは別で、目に余った奴相手にこーいう事やってたけどさ……あんた程、豪快じゃなかったよ。 ……マミの奴が言ってた『期待の新人』って理由が、よーく分かった。あんた大物だよ」「あ? 魔法少女の先輩だろ、アンタは?」「いや、あたしの場合は、幻覚魔法で同士討ち誘ったり、盗んだりするパターンが大半だったからさ。 ……ここまで豪快な事は、した憶えが無いよ」「へー、あんた、そんなモンが使えたんだ?」 と……「……使えネェんだよ、もう……」「あ?」「魔法少女の最初の能力ってのはさ、その祈りや願いに左右されるんだ。 そして、それに絶望しちまうと……その力は使えなくなっちまう。 そういう意味で、あたしの最初の祈りが……まあ、『幻覚魔法』だったのは、分かりやすいかもな」「なるほど。『そうあれかし』って祈りが『間違ってる』なんて思っちまったら……それは『使えない』のか」「ああ、スゲェ苦労したさ……魔獣との闘いでも、今まで使ってた必勝パターンが使えなくなっちまった。 新しく色々必死になって、魔法を憶えたよ」「そっか、苦労してんだな……あんたも」 遠い目をする杏子に、あたしは……「なあ、杏子。 『誰かの事を信じる』って事自体は間違いじゃないし、『世界を救いたい』って願うのは……あたしゃ、絶対に間違いじゃ無いと思うんだ。 ただ、人間は『自分が見えてる範囲でしか』物事を判断出来ないし、自分の器や技量を超えた『正義』も『酒』も、飲む事が出来ない。 飲んだら頭がイカレちまうか死ぬか……どっちみち破滅さ。 だから、その中で、最良と最善を尽くして行くしか、方法は無いように思えるんだ。 そんで、『どんなに神様みたいな偉大な人間でも』、『自分自身の事は、絶対に全部見通す事が出来ない』んだよ。 だから、鏡ってモンが必要になってくるんだろうね。 で、子供ってのはさ、大体、親にとって自分を映す『鏡』なんだよ……特に『イイ子ちゃん』ってのは。 多分……あんたにあんたの親父がブチギレたのは、あんたを通じて『自分の知らない醜い部分』を、見せつけられちまったからじゃねぇのかな?」「……かもな。 なんか、アネさん見てるとさ。だんだん親父に拘ってた自分が、少し、馬鹿馬鹿しくなってきたよ。 でもな、やっぱ……言ってる事は、理屈で考えて行けば、確かに間違ってなくてさ……」「だったら、実行してやりゃいいじゃん? アンタ自身が経験して積んできた中で、その教えを参考に飲み下して、『自分が正しい』って思う事を、自分の頭で考えて行動するのさ。 所詮、理論は理論で理屈は理屈。『実践出来てナンボ』だよ。 それに……なんかの漫画にあったんだけどね。職人の世界じゃあ、『師匠の言う事を100%丸のみにする人間』と『師匠の言う事に100%反抗する人間』。 この二つだけは、どー足掻いてもモノになったりはしないそうだよ? あんたはその……多分、『丸のみ』し過ぎたんだよ。『親父の教え』や『家族の愛』って奴を。 そんで、親が絶対になっちまって、世間とのギャップに耐えられなかったんだろ? ……颯太の妹の、沙紀ちゃん見てごらん。 四六時中、あの完璧超人の颯太の奴相手に、トムとジェリーよろしく、下らない事で『仲良く真剣に』喧嘩してっから」 まあ、あの兄妹は、本質的に血の気が多すぎるのかもしれないけど。 見た感じ、二人とも他人には温厚でも、身内には容赦なくぶつかったり甘えたりするからなぁ……都内の下町出身ってのも、分かる気がする。 と……『いやーっ!! またチンジャオロースーなんて嫌ーっ!! キュゥべえ!! もう一回契約するから、地球上からピーマンを消滅させてーっ!!』『トンチキな事ぬかしてネーで、とっとと喰わねぇか、馬鹿ッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』『……ワケがわからないよ』 その話題の御剣家の前を通りかかった時に。 例によって例の如く、どんちゃか騒ぎの兄妹喧嘩が繰り広げられていた。「そういや、親父には『諭された』事はあっても『怒られた』事は殆ど無かったし……増してや、モモと喧嘩した事なんて、ほとんど無かったな」「あ?」「いや、妹がね……居たんだよ。あたしにも、さ」「っ! ……そっか」 遠い目をする、杏子。「思えば……真剣に家族とぶつかって喧嘩して、なんて、殆ど無かったな。 お互い、貧しい中で、波風立てず過ごし続けたよーなモンだったから……もしかしたら、家族の事、分かっているようで、何も分かって無かったのかもしれねぇ」「まあ、ガチンコでぶつかり合わなきゃ、お互いに分かり会えない事って結構あるしな……あたしらだって、そうだったじゃん?」「かもな……あ、帰り道に、銭湯寄って行こうぜ? まだ水道、引いてネェんだから、風呂入んないと臭くなっちまう」「だな。あたしもちょっと疲れた」 と……何かがひっくり返る音に、沙紀ちゃんの尻を叩く音が聞こえ、さらに泣き声。「しかしホント、血の気の多い兄妹だよ。……御剣家って、豪快だねぇ」「……光学迷彩を装備したメスゴリラが、何言ってるんだか」「何か言ったか? 杏子?」「いや、何も?」 カコーン……と、洗面器がタイルに当たる音の鳴る銭湯の中。 富士山のペンキ絵が、また格別である。と……「どうした、杏子?」「いや……考えてみりゃ、この銭湯、いつも無断使用してたなー、って。 ……金払って堂々と入ったの、初めてだ」「そっか。ま、こーいうのも、いいんじゃないか? ……最近は、あたしらみたいな『半グレ』に類する連中が、幅を利かせ始めてるしね」「半グレ?」「元暴走族のOBだとか、昔、悪さしてた、そーいった連中。 最近じゃゾクも流行らないけど、それでもそーいった世界に居た連中の、先輩後輩や仲間の結束って、結構強くてさ。 そんで、そいつら普段、ふつーにカタギの皮を被って生活してんだけど、裏じゃオレオレ詐欺の主催者とか、ハッカーとか、色々悪ーい事やってる奴も、中には居るんだよ。 ケーサツも、そーいった連中だと暴力団と違って、人権だ何だって五月蠅くて、手ぇ出しにくいらしくてさ……そーいう意味じゃ、伝統的な暴力団の存在も、過去のモノとなりつつあるのかもね」 何しろ、IT関係の犯罪だの何だの……いわゆる『法律の追いつかない最先端の犯罪』に関しては、若者の独壇場である。 そして、ヤクザのシノギというのは、やっぱり伝統的なシャブだのミカジメだの何だのが基本で……単純に言えば『ハイリスク』なのだ。「なんだかんだ、ヤクザって『男を売る』のが稼業だからさ……コワモテと意地っ張りじゃなきゃ、勤まらねぇんだ。 一方で半グレ共は『存在を隠す』んだよ。そーいう意味じゃ、半グレのほうが怖い存在かもな、今時は」「確かに……今日、アネさんがタタいた『分かりやすい悪』ばっかじゃねぇよな……世の中」「まあね。 そーいう連中ってさ……大体、下らないイイワケで、自分をまず偽って、だんだん悪の側に傾いて行くんだ。 ……あたしだって、最初からドラッグに手を出してたワケじゃない。酒の量が増え、タバコに手を出し、そして最後には……ってね。 そこから抜け出したくて、一時期、自分が生まれてきた答えを知りたくて、ハイデガーだの何だの哲学書から漫画まで色々読み漁って、図書室で本の虫になった事だってあった。 そして、もう、どうしようもないと『諦めた』。そっからの転落は……速かったよ」「……………そうだな。あたしにも、憶え、あるよ」 杏子の言葉に、あたしは『あたしが見て来た世界』を教えてやる。「ヤクザの世界にゃあね、『市場マークの入った帽子かぶって大根でも売ってろ』って、相手を馬鹿にした言いまわしがあってね。 ……八百屋のトッチャンが聞いたら、怒りだすと思うけど……要はヤクザって、真面目に働いてるカタギを頭っから馬鹿にして、『そいつらは自分たちの食い物でしか無い』って思ってんのさ。 そして、そーいう風に嘯く連中は、大体決まって、『食物連鎖』だの『自由競争』だのの理屈を持ちだして来るんだよ。馬鹿の一つ覚えで、『自分が食い物にされる事なんて想像もしないで』……『自分が喰われる瞬間まで』、ね。 そんで喰われる側になった時に初めて、『喰いモンにした人間の事を、後悔しながら思いだす羽目になる』……だから、あんたが放っておけなかったのさ」「……アネさん……」「そーいう意味じゃ、今時のヤクザなんて、ハッキリ言えば意地を張ったガキの集まりでしか無い。 拳骨だけが正義、俺様最強、食い物にされたら他の誰かを食い物にして、自分だけが良ければいい。 ……まさか、自分の親が、そんなガキの倫理丸出しの世界で、あたしを食わせてたなんて知った時は……本当に泣きたくなった。 誰かと競い合って高め合う競争なら、大いに認めるし、勝ち負けはハッキリしねぇとイケネェけどヨ……だからって、お互いを食い物にして、足の引っ張り合い繰り返して他人引きずり下ろすゼロサムゲームなんて、世の中つまんなくなる一方じゃねぇか。 そーやって喰いモンにした人間踏みにじって孤高を気取ったり……増してや、お山の大将気取ったところで、あたしゃちっとも嬉しくないし、面白くも無いね。 確かに、世界はサバイバルだけどさ……人間はイワシみたいにン万単位で子供を産むわけでなし。ライオンみたいな牙があるわけで無し。そんな人間が、弱肉強食の理屈『だけを』振りまわしてたって……虚しいダケだと思うんだけどね」 風呂上がり。 ホカホカ&さっぱりした体で、飲むべきモノ。それはやはり……「杏子、何、飲む?」「ん? あー……フルーツ牛乳」「OK。 オバチャン、ビールとフルーツ牛乳頂戴」 番台に、小銭を置くと、その言葉に、ギョッとなる杏子。「あ、アネさん!?」『しっ……バレたら面倒だろ?』 テレパシーでそういって、プルタブを開けて、350mlの缶をごっきゅごっきゅと飲み干す。「ぶはぁ……美味ぇぇぇぇぇ!! ……あ、どうした、杏子? 飲まないのか?」「い、いや……アネさん、その……酒?」「あー? あたしねー、ガキの頃から人目盗んで飲んでてさー。中学超えた時点で立派に酒豪だよ。 もー、ワルやる前からずっと飲んでたから、こればっかは辞められなくてね……なーに、ビールで酔う程、弱く無いさ。 こんなんジュースと一緒だよ、一緒♪ なんだったら、あんたも飲むかい?」 と……「ちょっと。未成年に飲ますんじゃないよ、そこの姉さん。……最近は色々五月蠅いんだから」「チェッ……はーい」 番台のオバチャンからのツッコミに、あたしは大人しく引き下がる。「図体デカいって……得だな、アネさん」 とりあえず、聞かれるとまずいので、テレパシーで杏子と会話『まあ、高校一年に見られた事は無いなぁ……でも、いい事ばっかじゃないぞ?』『と、言うと?』 以下、通常会話。「ここまでデカいと、男の方が『ドン引く』んだよねぇ……颯太みたいな大柄な男とだったら、釣り合うんだけどさ。 なんていうか……『可愛い女の子』には、絶対になれないんだ。もー『かっこいい』以外の選択肢が、残されてなくてさぁ。 ……あたしゃ、フツーに好きな人と出会って、フツーに恋をして、フツーにウエディングドレス着て。そんなの夢見てたから……杏子みたいな、ちょっとコンパクトなのが羨ましかったりするよ」「まあ、胸はマミと一緒か、それ以上か……背丈も遥か、超えてるしなぁ」「そ。せめて、あの子くらい、背が小さかったらなぁ……はぁ……オバチャン、ビールもう一本!」「あいよ」 もう一缶。プルタブを開けて口にする。「おまけに大酒飲みと来れば、ねぇ。……しかもさ。この体になって、最悪な事がわかったんだ……」「あ? ……なんだよ?」「あのさ、あたし……不良やって『不健康な生活してて、この身長だった』んだよ。 で、ね。健康的な生活に戻った途端……背が……また……伸び始めたんだ」 頭を抱える。 ソウルジェムに魂がどーたらなんぞと言うよりも、あたしにとっては真剣にマズい問題だ!「は? ……マジ!?」「マジだよ。巴さん家に一か月世話になってる間に、一センチも伸びやがった。 ……最悪だ」「あ、アネさん!? ……今、身長、幾つ?」「今、175センチ………チクショウ、このペースだと、卒業する頃には180超えちまうよ……うっかりしたら、颯太、超えるかも」 ちなみに、アイツの現時点での身長は、182センチ。 とりあえず、気になるあいつよりかは小さいからイイが、これで身長追いぬいちゃったら……もう『鬱』としか言いようが無い。「こー、ちょっとね……フェミニンな服とかに憧れたりもしてたからさ。時々、周りの魔法少女たちの姿とかが羨ましかったりしてね……」「あー、アネサン、本気で『海賊王』って感じだもんね」「言わないで……多分、それ、あたしの出自とかにも絡んでる」 おそらく多分。 生まれとか人生の経緯とか……そーいった心象が、モロに出た姿なのだろう。「もー、ゴリラだ大女だ何だって『鬱』としか言いようが無いよ。 ……はぁ、どーやったら『かわいい女の子』って奴になれるのかなぁ」 と……「アネさん」 軽く、肩をポン、と叩く杏子。 そして、フルーツ牛乳を飲みほした後の、爽やかな笑顔で……「どー考えても無理だ、諦めな♪」「……ちょっと表ぇ出ろっ、杏子!」「アネさん、行ったよ!」「応!」 杏子の振った魔獣に、あたしの鎖で拘束。そして……突貫。「チェェェストオオオォォォォォ!!!」 鎖を巻いた鉄拳で、一撃粉砕!「ん~、破っ壊っ力~♪」「『破っ壊っ力~♪』じゃねぇよ、アネさん……アンタの戦い方は『原始的過ぎる』って、何度も言ってるだろ?」「う……」 そう。 何というか……あたしの扱える魔法は、『肉体強化』と『気配消去』、あとは『鎖』のみ。 そっから一歩も進歩出来て無いのだ。 しかも以前……『とりあえず進化の方向性として、フルパワーで魔力を拳の一点に集中させて、魔獣ぶん殴ったら、どーだろーか? 今のスタイルを変えるんじゃなくて、逆に徹底的に進化させて、あえて単発破壊力重視の方向で』『……やってみればー?』 呆れ果てたよーに、投げやりな杏子。 で……例によって、鎖で拘束した後、上半身を思いっきり捻ってテイクバックを大きく取り……『必殺!! 超破壊拳(ビッグバン・ファントム)ゥゥゥゥゥゥ!!』 全力全壊の一撃に、魔獣は粉々になって消し飛んだ。そして……『どーだ、杏子♪ これぞ『究極の破壊力』……って、アレ?』 そこには……『ぶん殴った反動で』、鎖ごとバッキバキのボロボロになった、あたしの右手が……『……やっぱり。 幾らパワータイプの魔法少女だからって、アネさんの魔力量を一点に集中させて素手でぶん殴ったら、そりゃ拳のほうだってイカレるよ』『んっぎゃあああああああっ、沙紀ちゃん、沙紀ちゃん、ヘルプゥゥゥゥゥ!!!』 ってな事がありまして。 それ以降、色々試しているのだが……どーも、全く上手く行かないのだ。 そうでなくとも、魔獣の被弾回数はあたしが圧倒的だった。 ……ベテランの颯太や巴さん、杏子と比べるほうが(増して、杏子や颯太はスピードタイプ、巴さんは遠距離型)、間違ってるのかもしれないが……かといって、毎回毎回沙紀ちゃんのお世話になり続けるのも、心苦しいし。 むしろ……『あんだけ攻撃喰らって、強行前進しながら一撃ぶちかませる、アネさんが異常なんだよ。 あたしとの喧嘩の時だって『どんだけタフなんだ』って……正直、底が知れなかったぜ……』 とは、杏子の弁である。 とはいえど……被弾の負傷を癒す、癒しの力そのものは、あたしは結構弱い。要は、単に『傷つきにくい』だけである。 ……それはそれで、一つの武器であり、強みではあるとは認めるが。「そっから一歩も進歩できてねぇのは……なぁ。 それはそうと」「ああ、そうだな」 魔獣との修羅場の痕。 そこに生き残った、一人の少女の頭を、あたしは撫でてやる。「災難だったね……お嬢ちゃん。 あんたと両親を襲ったのは、魔獣って化け物さ。そんで、悲しいかもしれないけどね……あんたの両親は、もう死んじまったんだ。 とりあえず、生き残った幸運に感謝して……真面目に生きな。 警察に行けば、多分、誰かが保護してくれるから……っ!!」 その、撫でた頭の額に。 根性焼きの後を見たあたしは、絶句した。 ……この子……「お姉ちゃんたち……正義の味方、なの?」「違う。『気に入らない悪党の敵』ってダケの話しさ。 そんでね……そんな顔したって、あたしたちはアンタをこれ以上、助ける事は出来ない。 後は……警察とか、児童福祉施設とか、そういった『大人の人たちの領分の話』なんだ……」「……」「大丈夫。 大人がみんな、弱い者いじめをするワケじゃない……優しい大人だって、必ず居るハズだから。 じゃあね……」 ……と。 ぐきゅるるるるる…… 腹の虫の音が、盛大に鳴って。さらに泣きそうな顔で見上げて来る少女に。 あたしと杏子は顔を見合わせて……溜息をついた。 カセットコンロの上で、鍋を煮る。 電気なし、水道無し、ガス無し。そんな生活が、ここ暫く、続いていた。 ちなみに、風呂は銭湯、洗い物はゴミ捨て場の水道を汲み置きで拝借して洗っていて、トイレは当然、公衆トイレ。 ……金はあったとしても、これではホームレス一歩手前である。「アネさん……もうちょっと文化的な生活がしたいね」「まあなぁ……電気ガス水道関係とかの契約とか。颯太の奴なら、そーいうの、詳しいハズなんだけどねぇ」 それ以前に。 この教会が、『誰の物なのか』も、はっきりしないのである。 というか……正直、管理者なり何なりが、そろそろやって来ても、おかしく無いハズで、その上で話(ナシ)つける心算だったのだが……その辺がハッキリと分からない以上、あまり好き勝手が出来ないのが現実なのだ。「……しょうがない。 シャクだけど、この子の事も含めて、あいつに頼るしか無いか」「……アネさん、それは……」「いいよ、杏子。 魔法少女の相棒(マスコット)の力を借りられないアンタの代わりに、魔法少年に借りを作るのは、あたしの仕事だ。 そんで、お嬢ちゃんの面倒を見る人間を探すのも……」 と。「ゆま」『あ?』「お嬢ちゃんじゃない。あたし、ゆまだよ、お姉ちゃんたち」「……ゆまちゃん、ね。『何』ゆま、なのかな? 名字は?」「ゆまは……ゆまだよ?」 その言葉に、あたしは絶句した。 自分の名字を知らされない生活……この子は……どんな暮らしを送ってきたんだ!?「杏子。気付いてるかもしれないけど」「ああ……こりゃ、あたしらの手には、負えないね。シャクだけど、颯太の奴に任せるしかない。 あと、あたしはお姉ちゃんじゃ無い。佐倉杏子だ」「……キョーコ?」 首をかしげる、ゆまちゃん。 そして……「そ。 そんで、このビール飲んでる、大きなお姉さんは『アネサン』だ」「……アネサン?」「ぶーっ! 杏子ーっ、何て事教え込んでんだ!! ……いいかい、ゆまちゃん。あたしは『アネサン』じゃない! チカ! 斜太チカ!! ……間違ってもアネサンとか、言っちゃダメだからね!?」「ふえ? ア……」「い・い・ね? ……アネサンとか絶対言わない事、ゆまちゃん!? チカさん。いいね!」「ふ、ふぁーい! チカさん」「おーまーえーなー、どーして魔獣の被害者の子なんて、連れて来るんだ!?」 案の定。 御剣家にあの子を連れてったあたしは、『ちょっとこっちに』ってな塩梅で裏に連れてかれ、颯太の奴に怒鳴られた。 ちなみに、応接間にゆまちゃんを残して、沙紀ちゃんに相手してもらう。 ……何だかんだと、出来た子なんだよねぇ……沙紀ちゃん。「うっ、颯太……悪い、その……悪かったよ。で、さぁ?」「今すぐ、警察に連れて行くんだ! 記憶消して『分かんない』って事にすりゃいい! ……全く……お前、自分自身だってかなりテンパった状況なんじゃねえのか!? あの教会で、電気もガスも水道も使えネェ状態なんだろ!? そんな中で、ガキ拾ってきてどーすんだ!? あの子の将来の面倒とか、見れるのかよ!?」 言葉が、無い。「ガキがガキを育てたら、ロクな事にならない……お前自身が、分かってる事じゃねぇか。なのに、どーして連れて来るかなぁ?」「い、いやさぁ……どこに連れて行ったらいいのかな、って」「そんなの警察に決まって……あー、そっか。お前自身もある意味、家出人だからな。 ……OK、分かったよ、俺が連れて行く」 と……「うにゃああああああっ!!」「みにゃああああああっ!!」 応接間のほうから、何か、ゆまちゃんと沙紀ちゃんの叫び声が。「な?」「……なんだぁ!?」 慌てて駆けつけると……応接間でゆまちゃんと沙紀ちゃんが、取っ組み合いの大喧嘩してた。「こらーっ!!」「ちょっとーっ!!」 お互いがお互いの頬を、つねくりあって……なんか、一歩も譲る気配が無い。『やめなさーいっ!!』 怒鳴りつけると、二人ともぱっ、と指を放して、お互いを指さし。「ゆま、こいつ嫌ーい!」「沙紀、こいつ嫌ーい!」 ピキッ……ピキピキピキ……『仲良くしなさーいっ!!』 あたしと颯太の絶叫が、御剣家に轟き渡った。 ……なんか、滅茶苦茶相性、悪くないか、この子たち!「で、颯太さぁ……悪いんだけど、調べて欲しい事が、あるんだ」「あ? ……何だよ?」「いや、あの教会にさ、電気とか、ガスとか、水道とか……引きたいんだ。そんで、土地建物の持ち主と話(ナシ)つけテェんだ。 で、悪いんだけどさぁ……あの土地とか教会が誰のモノか……調べてくんねぇか?」 その言葉に……颯太の奴が、顔をしかめた。「お前ね……俺や沙紀が、あそこに近寄る事すら避けてるの、知ってんだろ?」「分かってる。あそこが颯太……いや、御剣家にとって、トラウマだってのは。 だから、借りイチでいい……流石に、ライフライン使えないってなると、ちょっと辛くてさぁ」 その言葉に、颯太の奴は、呆れ果てたように言う。「……誰の物かも何も……多分、佐倉杏子のモノだと思うぞ?」「は?」「あのな、教会とか寺とか、そういった宗教施設ってのは、大体が『宗派の持ち物』なんだよ。で、あの教会に代行の神父とか、シスターとか、派遣されてネェだろ? つまり……多分、あの神父様が独立した時に、土地建物、買ったんだとしか思えねぇんだ。そうじゃねーと、スジが通らネェんだよ。 ……だから、現時点で、土地建物の管理とかそーいったのが、どーなってんのかは知らないけど、本人が未成年なんだから……誰か管財人とか居るんじゃねぇの? でなけりゃ、最悪、国有地になってるハズだぜ?」 とりあえず、ポカーン。 ……な、何なんだかなぁ……「……あ、あのさ、じゃあ、颯太。それ調べるのを……」 そう言って切り出すが……「悪い、お前が自分でやってくれ。 正直、自立して生活しようとしてる佐倉杏子やお前には悪いが……俺は、マジであの教会そのものに、関わり合いになりたく無いんだ。 もし、変な証拠とか見つけちまったら、俺ぁうっかりすっと、トチ狂ってあの教会に火をつけちまうかもしれん。 ……俺だって、人間なんだ。悪いが……カンベンしてくれよ……」「っ!! ……そうだね、悪かったよ、颯太。じゃあ、調べ方を教えてくれないか?」 思った以上に。 杏子と颯太の……否、佐倉家と御剣家の、因縁と確執の深さを思い知らされ……あたしは、溜息をついた。 ……これは……単純なだけに、根の深い問題になりそうだ。「……おおーっ!」 電気が点灯する。ガスでコンロに火がつく。 そして……『水が出たーっ!!』「よっしゃーっ! これでマトモに料理が出来るぞーっ!! 杏子、まずは冷蔵庫買おう、冷蔵庫っ!」「OK、アネさん! 今までずっと、鍋とか缶詰とか、キャンプ料理ばっかだったもんな!」 ちなみに。 ここに至るまで、杏子と組んだ『ドブさらい』の結果、ヤクザや詐欺組織のグループが、三つばかり見滝原から『消滅』しているのは、秘密だ。 ……颯太の奴は、ちょっと首かしげていたけど、『ま、害が無いなら放っておくか』みたいに、相変わらずの無関心。 で……「やったねー、チカさん、キョーコ♪」『ゆまちゃん! 孤児院に帰りなさーい!!』 見滝原の児童福祉施設から、孤児院に預けたモノの……院を脱走しては、ここに来るのを繰り返してしまっているゆまちゃんを、あたしと杏子は怒鳴りつける。「やだーっ! ゆまを一人にしないでーっ!!」「院の子とか……他にも居るでしょ!?」「ヤダヤダヤダヤダー、キョーコとチカさんじゃないとヤダー!!」 これである。 孤児院の人も、『いいかげん、引き取ってくれませんかね?』みたいなノリで、あたしらに話を持ちかけて来るのだが……あたしが未成年だ、と名乗るワケにも行かず、断り続けるしか無いのだ。 ……っていうか、図体のせいで、杏子の保護者と勘違いされるのは……色々便利とはいえ、精神的にキッツいモノがあるんだが。 あたしと杏子、そんな年齢、違わないんだぞ! 花の高校一年生なんだぞ、あたしはーっ!! 自分には無い、フェミニンな服とか、小柄で可愛いスタイルとか、白いウエディングドレスとかに憧れて、何が悪いーっ!!(血涙)。「ウチはウチで、手一杯なんだよ、ゆまちゃん」「そうなんだ。悪いけど……自分たちの事で、一杯一杯で、引き受けられないんだ」 と……「……ゆまが……弱いから?」「え?」「ゆまが弱いから……キョーコもチカさんも、私を捨てるの?」「違う! 杏子もあたしもね……『強く無いから面倒見てあげられない』んだ。自分の事だけで、イッパイイッパイなんだ。 本当は……ゆまちゃんと居たいんだよ」「嘘だよ! キョーコもチカさんも、魔法少女で、物凄く強いじゃない!」 その言葉に。 あたしは溜息をついた。「強さにも色々あるんだよ、ゆまちゃん。 そんで、『人を殴れる強さ』ってのはね……『戦場やリングの中以外では、誇っていいモンじゃない』んだ。 ……いいかい? 魔法少女ってのはね? 『人間で居る事を諦めざるを得なかった』どーしょーもない奴が、『仕方なくやるもん』なんだ」 あたしの言葉に、ゆまちゃんは『分からない』と言った表情を浮かべる。「嘘だよ。 パパもママも……ゆまの事を役立たずって……可愛くないから、パパが帰ってこないって。 本当は、パパとママの事、好きじゃ無かった……」「っ!!」 なんて……親だっ!!「それはね……ゆまちゃんのパパとママが、弱虫だったからだよ。 本当に強い人は、弱い者を踏みにじって生きたりしない……弱い者イジメをしたりは、しないんだ。 『弱い人を守れるのが、本当の強さ』なんだよ」 そう言いながら、あたしは少し、虚しくなった。 何故ならあたしは……あたしの親父に『そうやって育てられてしまった』のだから……「そんでね、子供が弱いのは当たり前なんだ、ゆまちゃん。 ……弱い者イジメしか出来ない奴ってのは、人間として最低の生き物なんだ」「だったら……だったら私は……私は、強くなりたい! あの沙紀って子にも、馬鹿にされたくない! 私……私にも素質があるって、キュゥべえ言ってた! だから、私も……」「ダメだ!! ……聞き分けなさい、ゆまちゃん。 無理に背伸びしてまで、『強さ』なんて求めるモンじゃ、無いんだよ……」 怒鳴りつけ……あたしは、後悔した。 あたしに……『そういう風に生まれ落ちた』あたしに、それを言う資格は、無いのだから。「……今日はもう遅い。 ご飯、作ってあげるから泊まって行きな。……そんで、明日、また施設の人に、引き取ってもらいに来るから。 だから、絶対、キュゥべえと契約なんて、しちゃダメだ。 ……同じ、命を張るなら、人間として、真っ直ぐに生きる事に賭けるんだ! いいね!?」「うん……分かった。だからチカさん、また、ハーモニカ、吹いて♪」「はい、よ……」 ゆまちゃんが寝入った後。 あたしはゆまちゃんとの添い寝役を杏子に押し付けて、自分の部屋に帰る。「いい曲だな……アネさん、それ、何て曲?」「……某エロゲの曲。なんか聞いてて耳に残った」 そう言って、あたしは、ハーモニカを拭いて収納する。 ……因みに、聞かせていたのは……『ス○ートウォータ賛歌』。 まさか、ビッチ萌え全壊ピカレスク浪漫な、エロゲの曲です……とは、幼子には言えませんとも。 それに、演奏できる曲のレパートリーも、そんなあるワケじゃないし、ね……。 というか、音楽に関しては、あたしの趣味は無節操だ。 エロゲの曲だろうがクラシックだろうが、気に入れば聞くし、気に入らなきゃ買わない。 そーいう意味じゃ、颯太と一緒である。 ……あいつの部屋にあったCDのレパートリー、ロックからクラシック、ゲーム音楽まで滅茶苦茶だったしなぁ……自分の感性だけを信じて、世間のジャンルに拘らないドライさは、あたしといい勝負だ。「しっかし……」 自室に戻って、溜息をつく。 杏子の親父の神父様……それなり以上に『人徳』ってモンはあったらしい。 管財人のオッサンは、何時帰るとも知れない杏子の存在を信じて、この土地建物を預かっていたってぇんだから、驚きだ。 ……こう、何というか、目ぇキラキラさせて。『最後は、あんな事になってしまいましたが……私たちの一家は、あの神父様のお言葉に救われたようなモノなのですよ』 そう切々と語ったのは……あにはからんや、御剣家の隣の家の住人、倉本さんってぇ一家だったのだ。……世の中、ホント、狭い。「世の中、ままならねぇモンだな……信じる者じゃなきゃ救われず、信じすぎりゃ裏切られ」 ふと、思いだす。『誰かの祈りは、誰かの呪いだ』という、沙紀ちゃんの言葉。『希望を祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされる』という、杏子の言葉。 ……あの二人の決定的な違い。 それは……『呪いすらも自分の力にしてみせる』という、決意の差。「そうやって、人は……『誰かの願いという呪い』を飲み込んで、大人になって行く、か」 愛情も、劣情も……全ては感情。 そして、自分の思い全てが、正しく他人に伝わると、思いこむほうが、愚かだ。 悪意が人を強く育てる事もあれば、善意が人を腐らせることもある。全ては結果論。 ……そのハズなのに、何故、人は『正しい答え』なんてモノを、求めてしまうのだろうか?「全部が全部、答えを掴める人間なんて……居るわきゃ無いのに、ね」 ふと、ベッドの枕元に置いてある、ラフロイグを引っ掴む。軽く寝酒だ。 ……こーいう気分の時、通学前に酒臭さをアジャスト出来る魔法少女の体は、便利だ。「時として、度を超えた『願い』という酒を、無理矢理飲まされる……子供も大人も、そーいう意味じゃ『キッツい部分』は大して変わんネェのかも、な」 それが例え、離乳食のつもりだとしても。飲まされる『願い』というモノの本質に、変わりは無い。 そして、子供という存在は、それ自体が希望ではあったとしても『親の願いを叶える聖杯でも願望機でも無い』。 そういう意味で……あたしは、ゆまちゃんが、哀れでならなかった。「『強くなりたい』か……そう在らねば絶望しか無い人生なんて、ロクなモンじゃネェってのに、ヨ」 そういう生き方を強要する親に、育てられた子供は……『生き残りさえすれば』確かに『強くはなれる』だろう。 だが、その『強さを証明する』には……弱い者を踏みにじって凱歌をあげる以外、無いのである。 そしてそれは最早、人ではない。人の皮を被った、あたしの親父たちと同じ、犬畜生だ。「ガキみたいな親が、後先考えずガキを作っちまった。だから、奇跡と魔法なんて、ご大層なモンが……必要になっちまうのかも、な」 そう呟きながら。あたしはグラスを傾けた。「くっ……そがぁあ!!」「チッ……やけに魔獣が多いね、今夜は!」 その翌日の日の『狩り』は。 あたしと杏子が組むようになって、初めてのピンチだった……「杏子……颯太の奴に、応援要請寄こせ!」「アネさん!」「ケータイ、やっただろ! アンタにも!」 颯太の奴がやった事。それは……魔獣狩りの効率化だ。 ある程度の日取りを決めて、一斉に『狩り』に出て、見滝原を大掃除する事。 その時に、最年長の颯太やアタシは、バイクが使えるので、それを用いての探索。 巴さんや杏子は、それのフォロー。 で……それとは別で、あたしと杏子は組んで、二人だけで狩りをする事も、ままあった。 というか、颯太の奴に、借りを作りたくないという意味が、お互いに強かったのだが。「杏子、先輩のアンタ差し置いて言うのも何だけど。……ここ、あたしが引きうけて、いいかい?」「アネさん!」「足の速いあんた一人なら、逃げ切れるだろ! その時間くらいは……耐え抜いてみせるさ」 両腕の鎖を垂らす。 最近は、魔獣の捕獲できる数も、結構増えてきた。残り……八匹。なんとか、イケるぜっ!!「捕まえろーっ!!」 『罪科の錨鎖』が、ザラザラと這い回り、魔獣の群れを捕獲する……が。「っ……やばっ、ちょっ……!!」 捕まえたハズが、逆に魔獣の群れに、引き回されてしまう。「チクショウが……ナメんなゴラァ!!」 気合を入れて、踏みとどまる。だが、限界は一瞬で訪れた。(流石に……八匹は無茶だった、か!?) 鎖が千切れる。魔獣の群れが殺到する。杏子の奴は……逃げおおせただろうか!? 集団リンチ。フルボッコ。むしろ、『死ねない』ほうが酷い有様。 ……まあ、しょうがない……ちょっとばっか、分不相応な、幸せな夢、見せて貰ったし……な。 と……その時だった。「チカさん!!」「っ!!」 一瞬で傷が言える……沙紀ちゃんの治癒魔法!? いや、それよりもっと強力だ。 が、そんな事を考える暇は無い。「っだらぁぁぁぁぁぁっ!!」 一匹、二匹、三匹、四匹! 油断して、至近距離に近づいてたのが仇となった。あたしを相手に『あたしの手の届く距離に居る』。 それは、致命的な誤算だ。腕力勝負(ガチンコ)なら……負ける気がしない! 更に……「アネさん! 相変わらず後ろが甘いよ!」「っ……悪りぃ!」 杏子の奴が仕留めて行く魔獣……見ると、杏子の被弾の負傷も治癒している。 程無く。魔獣の群れは、沈黙した。「とりあえず、助かったみてぇだけど、ヨ」「……一体、誰が……沙紀ちゃんじゃ、ねぇよな?」 幾ら、見滝原最速の颯太とは言えど。応援の連絡を寄こしたにしては……速すぎる。 と……「キョーコ、チカさーん、キュゥべえの言った通りだ。 あたしも闘えるよー♪」『っ!!』 そこに……魔獣なんかよりも恐ろしい。 あたしと杏子が、一番、見たく無い現実(モノ)が……居た。「ゆま……」「お前……」 魔法少女になった、ゆまに。 ……あたしたち二人は、思わず絶叫した。『バカヤローっ!!』