「バ・カ・や・ろ・う」 腕を組んで怒りの表情で仁王立ちする颯太&困り顔の巴さんの前で。 あたし、杏子、ゆまの三人は、全員、正座させられていた。 もちろん、全員、颯太のゲンコツが頭に降ってきている。「その……スマネェ」「スマネェじゃねぇよ。色々な意味で、どう責任取ンだよ?」 と……「ゆま、魔法少女になりたかった……強くなりたかった……何がいけないの!?」「おお、イケネェよ、ガキンチョ! 子供はなぁ! 大人に護られて、『可愛がられながら誰かの脛かじって暮らさないと、いけないんだ!』。 本来、魔法少女や魔法少年として戦わなきゃなんねぇのは、俺らみたいな『それ以外にやる事の無い奴』しか、やっちゃいけねぇんだ! ……テメェ、『強さ』に対して、負わなきゃいけない義務ってモン、分かってンのか!? 『生きる力』なんてのは、普通に育って行けば、嫌でもいつか身につくモンなんだよ!」「颯太っ!!」 ゆまの首を捩り上げる颯太。 と……「『いつか』って……『いつ?』」「っ!」「教えてよ、お兄ちゃん……『いつか』なんて時は……『いつ』なの? 私、パパとママも、好きじゃ無かった……いつもゆまに意地悪して……居なくなっちゃえばいいと、思ってた」「テメェ! 安易に家族が居なくなっていいとか言うな!!」「あんなパパやママ、嫌だよ! チカさんやキョーコのほうが、ずっとやさしいもん!! カッコイイもん!! チカさん言ってたよ。『弱い者いじめをする奴は、本当は弱虫だ』って……ゆま、あんな弱虫なパパとママ、要らないもん! 『いつか』は……『今』じゃないでしょ?」「っ……っ……クソッ!!」 文字通り、言葉を無くして絶句し、手を放す颯太。 ……無理も無い。 何だかんだと、あたしたちの中で、いちばん『生き急いで力を求めて生き抜いて来たのは』……こいつだからだ。 御剣冴子を、御剣沙紀を……家族を、護るために。 そして、護るべき家族から、存在を否定される辛さは……杏子も颯太も、ついでに沙紀ちゃんも。 嫌というほど味わっているからだ。「おい、ガキ!」「ゆま」「……あ?」「千歳ゆま。ガキじゃないよ、お兄ちゃん。千歳ゆま!」「……OK、千歳ゆま。あと、俺は『お兄ちゃん』じゃねぇ……御剣颯太、だ。 そんで、千歳ゆま。 お前が、魔法少女をやろうが、怪獣になろうが、死のうが、何だっていい。 だがな……『学校だけはキッチリ行けっ!』 それは子供として最低の義務だっ!」 そう言い放つと、颯太はあたしに向き直った。「おい、二人とも。この子の責任、お前らだけじゃ、負えネェだろ!? ……俺も手ぇ貸してやるから、生活の面倒は、お前らが見ろよ。いいな!?」 更に。「そうね。私も可能な限り、お手伝いさせてもらいます」「巴さん!?」「マミ!?」「流石に、ね……放ってはおけませんから」 そう、巴さんも名乗り出てくれた。 結局。 何だかんだと、ゆまの奴は沙紀ちゃんと同じ学校に、通う事になった。 ……裏で颯太の奴が、どんな暗躍の仕方をしたんだかは、あたしにはわからないが、なんか孤児院の人と色々話をした結果らしい。 で、とりあえず無駄にヤクザを襲撃せずに済むよう、生活費は、あたしを通じて最低限程度は、渡して貰えるようにはなった。 ……もっとも、悪党イジメをやめるつもりは毛頭無いが。 酒代稼ぐ相手には、丁度いいし、ね。『悪党に人権は無い』。昔の魔法少女は、良い事を言ったもんである。 それに、何だかんだとトラブルはあるみたいだが……沙紀ちゃんが色々学校で、フォローして回ってるらしい。 で、それが、ゆまの奴には面白く無いらしく、喧嘩になっては、あたしや杏子、颯太の奴に、二人揃って怒鳴られる。 ンで、それに我慢出来ないと、どっちかが巴さんに泣きついて、あたしたちを宥める。 そんな構図が、繰り広げられていた。 ……何と無ーく、巴さんと颯太が、あたしら見滝原の魔法少女全体の、オトンとオカンになって来てる気がするのは……気のせいだろうか?「……ぜんっぜん分からん」 テストの真っ最中。頭を抱え込む。 真剣に学校に通おうと思った矢先ではあったものの……正味、自分自身の頭がパッパラパーだと思い知らされる。 一学期最初のテストは、必殺のカンニング・テクで何とかなったモノの、その現場を颯太の奴に見つけられてシローい目で見られていたのだ。 ……これでは、色んな意味で面子が立たないし、増してや赤点なんてなった日には色々マズ過ぎる!! なので、とりあえず、テレパシーで緊急救援要請!!『たーすーけーてー、颯太モーン!!』『なんだい、チカ太君?』『問題の答え以前に、問題の意味そのものが分からないんだ。なんとかしてよ、颯太モーン』『前々から思ってたけど……君は本当にバカだな』 返す言葉もありません。『お願い、赤点だけは回避したいんだ! 颯太もーん!!』『努力しろ』『これからするから、赤点だけは何とかーっ!! お願い、ヘルプミー・ハヤたん!!』『知るか。あと、カンニングすんなよ。大体手口、分かってんだから』『うわあああああ、おーねーがーいーたーすーけーてーっ!! 颯太先生ーっ!』『だが断る。 この御剣颯太が最も好きな事のひとつは、奇跡や魔法で何でもどーにかなると思ってるパッパラパーの馬鹿に、「NO」と否定してやる事だ』『っ……この……悪魔っ!!』『悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で、お返事返してあげるから♪』 結果……無情にも、あたしが馬鹿だという証明は、成されてしまった。 ……颯太の……ケチ。 と、まあ。 そんな事がありまして……「……アネさん、何やってんの?」「……見て分かんないか?」 結局。 あたしは、本格的にグレ始めた中学二年の頃の教科書から、やり直す事になった。 ……よく受験で受かったよなぁ、あたし。どんだけ下駄履かせたんだ、親父の奴。 とりあえず、日々の補習を受けつつ、期末まで勉強の取り戻しに、颯太や巴さんがつきあってくれる事になりまして。……っていうか……ブツブツ文句言うなら、テストで答え教えてくれればよかったのに、颯太。 でも、なんか、パズル解くみたいで、面白いんだよなぁ……颯太や巴さんの教え方がイイからだろうか? ……いや、単に……私が馬鹿だったダケだろう。 偏差値50の人間を70にするのは難しいが、30の人間を50にするのは、実は本人がその気になれば容易いと、何かで聞いた事がある。 ……要は、基本的に抜けてる部分を、埋めて行けばいいダケの話だし。「って……中二の教科書じゃん、これ?」「そーだよ。あたしが本格的に不良やってグレ始めたのがそのへんでね……そこから勉強に関しては、頭の中が止まったままなんだよ。 おまけに、テストで赤点取っちまってさぁ……颯太の奴に教わりながら、日々、補習だよ」「へー……大変だな」 ふと、気付いた。「あんたも、いい加減、学校ブッチすんの、やめたら?」「学校、あんまイイ思い出、無ぇんだ……それに、必要無いぇよ」 そう言って、杏子の奴は、あたしの問題集を一冊、手に取ると、サラサラと回答を叩き出して行く。「……!? あんた……」「これでも、昔は神童とか言われてたんだぜ? なのに、あたしより馬鹿な連中が……親父の事をネタに、あたしを馬鹿にしてさ。そんな頭空っぽで、他人引きずり下ろすしか能が無い連中とツルんで、何が楽しいのさ」「……ま、そんな奴ら、どこにでも居るさ……」 だから、中学の白女時代……あたしを『そういう目』で見てた連中は、全員、徹底的に、バレないようボコりながらシメてやった。 ……お陰であたしゃ白女の中じゃ、完全なアンタッチャブルだったっけ。「でも、よ……なんつーか、サイの目放る事を怖がってちゃ、人生っつー博打は打てネェだろ? 少なくとも、あたしは『学校』って場所に行った事で颯太と会えた。それは変えようのない事実だし、キュゥべえが居たからあんなドブの底から抜け出せた。……それだけで『勝ちの目』を拾ったよーなモンさ。 それにゆまちゃん、何だかんだと沙紀ちゃんと馬鹿やりながら通ってるみてーじゃん?」 ゆまちゃんと沙紀ちゃん、二人揃って、ドタバタ漫才やりながら、小学校、通っているらしい。 ……軟禁に近い生活を送っていたせいで、常識を欠いたゆまちゃんが魔法で起こすトラブルを、沙紀ちゃんが脳天ひっぱたいて窘めながらフォローして、それで喧嘩になって。 んで最後はあたしに二人揃って泣きつくパターンが――何しろ、颯太や杏子だと、片方が不利になるので――最近は定着していた。「それに沙紀ちゃん、あれで優等生だけど……なんか、プライド傷つけられてるみたいだしなぁ」「あー? そりゃ、魔法少女の『回復役としちゃ』ゆまの奴のほーが上だから、だろ?」 そう。 『魔獣狩り』の最中に負った負傷の手当て。 ゆまちゃんのほーが、圧倒的に治癒魔法の性能が上だったのだ。 例えるなら……ベホ○ミとベホ○くらいの差だろうか? しかも沙紀ちゃんと違って、ほぼノーリスク。 あまつさえ、颯太の奴に『良かったな、沙紀。これからは痛い思い、しなくて済むぞ』なんて頭撫でられて……涙ッシュで夕日に向かって突っ走っていったっけ。「あー、納得。沙紀ちゃんの能力って……基本的には『究極の器用貧乏』だもんねぇ。 なんでも出来るけど『一番にはなれない』平均点……いや、むしろ平均以下のマイナスか」「あ?」「あの子ね、炊事洗濯掃除の家事能力、壊滅的なんだから。 特に料理は最悪……颯太が居なかったら、あの子、飢え死だね」 そう言うと、あたしは杏子の書いた問題集の答えを、消しゴムで消すと、あえて『自分の頭だけで』向き合う事にする。 結果は……まあ、あたしの負けだ。「……しかし天才だね、アンタは。 あたしなんぞよっか、よっぽど頭のデキがイイ。だから『余計に色々なモン』が見えちまうんだ……颯太と一緒だな」「っ!」「だけど、アイツとアンタの決定的な違いは……『見えた現実(モン)を前に、己の在り方を捨てたか、捨てなかったか』、さ。 ……ま、あたしみたいな馬鹿と違って、あんたみたいな『余計なモン色々見えちまう人』にゃ、逆に世の中ってのは渡りにくいのかも、な」「ウッセェ……メスゴリラ」「へっ、馬鹿に図星刺されると、効くだろ?」 落ちる沈黙。 そんな中、あたしは必死に問題集に向き合う。 と……「アネさん。ちなみに出身、ドコチュー?」「クダンネー学校さ。女の園……白女だヨ」「は?」 その言葉に、杏子の奴が、L5になって叫んだ。「……嘘だっ!!」「何でアンタに、嘘つかなきゃイカンのさ!?」「ドコをどうやったら、アネさんが白女入れるんだよ!」「余計なお世話だバカヤロウ!! これでも小学校までは、あたしだって神童で通ってたんだぞ! ……大体、あたしが白女出身じゃそんな悪いかーっ!!」「湧かねぇ……ゼンッゼン、イメージが湧かねぇよ!!」 ……結局、卒アルや昔の写真見せるまで、杏子は信じちゃくれませんでした。 あまつさえ、中学一年のグレる前の写真は、同一人物と認識してもらえず。 ……なんだよ、あたしがロングヘアーで伊達眼鏡でお嬢様やりながら将棋盤に向かってたのが、そんなにオカシイかっ! グレて処女切った時に、今の長さにバッサリ髪の毛切ったのが、そんなにアレだってぇのかーっ! ……ドチクショウ。「……しっかし、何つーか」 魔法少女として活動しつつ、学校の勉強をがんばりながら、杏子やゆまの食事の面倒を見て居たある日。 教会に転がり込んできた、一人の魔法少女に、あたしは溜息をついた。「どうして、こうも酷い親しか、世間にゃ居ないんだろうねぇ……」 臼井ひみか。 そう名乗った魔法少女は、孤児院でゆまちゃんの知り合いだったらしい。 で……何でも、院の中での虐待に耐えかね、その場から逃げ出すべく、キュゥべえに願ってしまったんだそうな。 『本当のお父さんとお母さんを知りたい』と。 そして……知ってしまったらしい。 自分の母親が、どうしようもない淫売の商売女であり、母性など欠片も無い人で……堕胎に失敗して自分が生まれてしまった事。 自分の父親は、その行きずりの客であり、妻子ある身でヤッてしまった事。 さらに、彼女の『臼井』という名字は、実は父親から拝借したそうで。それまでは院で面倒を見てくれた先生の『早乙女』だったそーな。それでもその名字を名乗るのは、せめてもの反逆と意地だそうで。 結果、『安住の地』として求めていた実の両親に拒否され……生き場を失った彼女が辿りついたのが、ゆまから聞いた、この教会だったらしい。「もう、ドコに行っていいんだか……分かんないんです。 魔法少女としての力も、かなり使えなくなっちゃって……あたし、もうどうしたらいいんだか」 涙を流しながら、説明する彼女に、あたしと杏子は溜息をつく。「……どーする、家主様よ? 颯太に口利くなら、あたしがするけど?」「またかよ、アネさん。……なんか、アイツに借りばっか増えて行く気がしてならねぇぜ」「どっちにしろ、こんな子、放っておいたら昔のアンタみたいになっちまうよ。……どっちにしても行きようが無いじゃないか、こんな子」「……はぁ。ショウガネェな、チクショウ! 分かったよ、料理長(シェフ)殿!」 と、まぁ……こんな事件が、度重なりつつ。 気がつくと、半年もたたないうちに、教会はあたしや杏子含めて、七人もの魔法少女が集う、大所帯となってしまった。 こーなって来ると、流石にあたし一人では負うモノが多すぎる。 結果、杏子の奴も、あたしに料理を教わりながら、何だかんだと後輩の面倒を見るようになってきていた。 さらに、全員ではないが、何とかまぁ……希望する子は、あたしが颯太に話を通して、学校に通えるよう取り計らってもらいつつ。 なんだかんだと金銭面も含めて、細かくフォローしてもらい始めていた。 勿論、魔法少女としての実戦面では、巴さんや杏子という優秀な教師がいる。 更に、そんなワケアリで転がりこもうとする子を諭して、あたしや杏子の世話にならず、可能な限り、一般の孤児院だの自宅だのに返してやるのも、巴さんや杏子、そしてあたしの役割だった。 それにつけても。 もー、冗談抜きに、颯太と巴さん様様である。 いや、マジで。 あたしだけだったら、本当にヤクザ相手専門の、魔法少女強盗団が完成していただろう。 『続々!! 殺戮のハヤたん害伝……地獄のビッチハイカー』とか……冗談じゃないわ、ホント。「……あー、大変だわ、こりゃあ」 そんなある日の放課後。 スーパーで買いだしに行ったあたしは、別のスーパーの特売を狙った颯太と待ち合わせをしていた。 ちなみに、最初、中古ショップで買った冷蔵庫は、容量不足で僅か二ヶ月でお役御免。今、教会には最新型の家庭用大型冷蔵庫が鎮座している。 ……本当は、暇してる子にでも買い物行って欲しいのだが……今日び、満足にお使いも出来ん子って、どーよ?「おー颯太。野菜の特売、ゲットできた……っ?!」「危ねぇっ!!」 不意に。 あたしのソウルジェム目がけて、魔力の矢が飛んできて……あたしは絶句した。「颯太っ! ……おい、しっかりしな!」「痛だだだっ……痛っテェ……」 右手を抑える颯太。その手の甲が、恐ろしいほどに腫れ上がり始めている。 そして、矢が飛んできた方向から。 呆然というか、愕然とした表情の、黒くて長い髪とリボンの魔法少女が、一人。 「ど、どういう……事、なの?」『それは、こっちが聞きてぇよ!!』 声をハモらせて、絶叫するあたしら二人。「ちょっとアンタ! ウチの颯太に何するんだい!」「うち……の!? えっ!? えっ……まどか、一体、どういう事なの、これ?」 何か、パニくってるようだが……まあ、とりあえず、やる事は一つだ。「っ!! 何か、カンチガイがあるみたいだな、そこの奴。 ……見た感じ、新人とも思えねぇが、まあいいさ。ちょっと『O☆HA☆NA☆SI』しよぉか? アァン?」「そうだね、颯太……悪さした子には『O☆SE☆KKYO☆U』ってのは定番だもんネェ♪」 あたしら二人……見滝原『最恐』の『仁王タッグ』を怒らせた意味を、まずは理解してもらうとしましょうか。「くっ!!」 後ろを向けて逃げようとしたところを……『逃がすかぁっ!!』 快速でカッ飛ばす颯太と、あたしの鎖で。 あっさりと彼女は捕獲されてしまった。「わけが……わからないわ」『ワケが分からんのはお前じゃあああああああああっ!!』 混乱する彼女――暁美ほむらの寝言に、颯太と声をハモらせて絶叫しながら。彼女を、颯太の家……別名『魔法少女の取調室』に連行した。 ちなみに、この家の中で、悪さをした魔法少女に対して、颯太とあたしが『SEKKYOU』しつつ、巴さんがそれを最終的に判断して救うという構図が出来上がってたり。 その結果、なんか最近、巴さんが、実力とは別の人望面で、見滝原の魔法少女の元締めになりつつあるのだが……そこをバシッとキメてくれるのが、流石に巴さんである。 ……こりゃ、色んな意味で、アタシも負けてらんねって。ホント。 それは兎も角。「どうぞ」 沙紀ちゃんが淹れた茶と、栗鹿子を出しながら、暁美ほむらは、戸惑いながらそれを口にし……「っ……これは……変わらない味ね。懐かしいわ」「は?」 ワケが分からない事を言う、暁美ほむら。「もう、どれくらい昔になるのかな、ここの時間軸は? かなり最初の方だったハズだけど…… 随分、特異なループだったし、色々世話になるキッカケだったから、よく憶えてたけど……まさか『御剣颯太の居る並行世界に戻る』なんて。 ……聞いてないわよ、まどか……」「何言ってんだ、てめぇ? ……まさか、『自分が未来人だ』とでも抜かすのか?」 もー、吹っ飛んだデンバな事しか言わない、暁美ほむらに、あたしも颯太も呆れ返った。 奇跡や魔法の世界で生きているあたしたちだが、ここまで吹っ飛んだ思考回路の持ち主とは、滅多に遭遇した事が無い。「……相変わらず、鋭いわね、御剣颯太。当たらずとも遠からず、よ」「っ……!! おい、チカ……すまん、黄色い救急車の用意が必要っぽい」「ああ、きっと『自分の性格変えてくれ』とか、頼んじゃったんじゃないのか? ほら、居ただろ、呉……なんとかって子? ありゃ色々な意味で、やりづらかったじゃないか?」 以前、どーにも扱いにくい性格した魔法少女の起こしたトラブルを、成り行きで解決せねばならずに向かった事を、思い出した。 あれはまぁ……ホント、大変だったよ。色んな意味で。「そうね……信じて貰えなさそうね。邪魔したわ」「おい待てや。 ……信じる信じない以前に、お前、自分が何やったか、分かってんのか?」「っ……悪かったわ。 流石に、ドラッグを使う魔法少女なんて、今まで彼女だけだったし、あの拉致騒ぎを思い出して思わず……」 は!? ドラッグ? あたしが……?「えっ!? チカ……お前ぇ、まさか……」 更に、颯太の奴に、ジト目を向けられて……あたしは、瞬間的にキレた。「ばっ、馬鹿言うな! 魔法少女になって以降、あんなのに手ぇ出してねぇ!! ……おい、てめぇ!! 誰がドラッグに手ぇ出したってぇ!? 颯太や巴さんの前で、イイカゲンな事言ってんじゃねぇよ!!」 そう叫んで、胸を捩じりあげる。「くっ……ちょっ……」「おっ、おい、チカ!」「ああ、昔、荒れて人間やってた頃には手ぇ出したけどなぁ、魔法少女になって以降、二度とあんなモンに手ぇ染めちゃいねぇよ!! ……っつーか、何様だテメェ! スカしたツラしやがって! こちとらがヤクザの娘あがりの魔法少女だからって、バカにしてんのかゴラァ!!」 シメる。 こいつ、ガチでシメる! むしろ、シメて埋めてやる!!「おい、落ち着け、チカっ!!」「チカさん、ストップ! ストップ!!」「放せ、颯太! 巴さん! こいつガチでシメてやるーっ!!!」 結局。 颯太や巴さん、沙紀ちゃんの三人がかりで取り押さえられるまで、あたしは大暴れする事になった。「俺が、魔法少女の……殺し屋ぁ!?」「あっ、あっ……あたしが、ドラッグの売人(プッシャー)で……沙紀ちゃんの誘拐犯!? 挙句、颯太に成敗されたってぇ!?」 自称、元『時間遡行者』、暁美ほむらの話は、突拍子も無いを通り越して、荒唐無稽もいい所だった。 だが、その言葉に秘められた、妙な説得力と真実味。 そして、颯太の奴が話を転がして行く内に……あたしは自分が紙一重で『魔法少女の女神様』に救われていたのだと、知る。「やっ……やばい……あり得る……そんな理屈が裏にあって、更に『昔のアタシだったら』マジでやってたかもしれない…… っていうか、夢も希望もありゃしないじゃないか、そんなの! 世間の仕組みに反抗したあたしの祈りなんて、真っ先に踏みにじられる類のモンだよ!」 弱肉強食。 それを否定したくて、あたしはヤクザをやっていた親父に反抗したのだ。 世界は『ソレだけではない』と……その上で成り立つ『何か』を信じたあたしの祈りは、そんな真実を前にしてしまったら、根底から否定されてしまう事になる。「そうね。それに、その……さっき使ってた『鎖』は、私も見た事の無い力だったわ。おそらく、それは……」「あ、ああ! もしそんな理屈がわかったとしたら、多分、この『罪科の錨鎖』は使い物になるワケが無いし、あたしの『奥の手』なんか、絶対無理だ。 杏子の奴に聞いたんだが、あいつも能力を封印しちゃってる部分が結構あるっていうし……多分、その時のあたしもそうだったんだ」 何しろ。 この鎖は『戒めの鎖』でもあるのだ。『悪い事をしてる奴を、野放しにしておいてほしく無い』。 そんな願いも、この錨鎖には込められている。 そして、自分自身が魔女の元だ、なんて知ったとしたら……もう100%、この能力は使えなくなってしまうだろう。 更に……颯太の奴が、幾つかの尋問を繰り返し。 彼女の言葉は、完全に真実だと証明されるに至った。「……つまり、何か? 俺が契約したのは……おそらく、その『鹿目まどか』って子だったのか?」 これまで、完全な『謎』だった、颯太の力。 変身もせず、魔法少女と同等か、それ以上の戦闘能力を誇る異常性と、16の子供にしては異様な『知識や社会等、体験の経験値』。 その理由が、完全に明らかになる。「ええ、あなたは、前の世界では、他の魔法少女の力を介してでしか、キュゥべえが見えて無かった。 なのに、今ではちゃんと魔力として自分の力を行使出来ている……そして、本来見えるハズの無い、まどかが見えていた。 そして、『魔法少年は、魔法少女と契約して成る相棒(マスコット)』という定義のもと、あなたは動いていたわけで……だとするなら、契約相手は、まどか以外に思いつきようが無いわ」『なるほど。御剣颯太、もし仮に、君がザ・ワンで、しかも『否定の祈り』なんてモノを祈っていた。その上、宇宙の因果律そのものを書き換える『神』とまで契約済みだとしたら、君の魔力の底が読めないのも、合点がいく話だ。 ……君は本当に、空恐ろしいほどの不確定要素だ。イレギュラーにも程がある存在だよ。 もし仮に、前の世界で、君を敵に回したいと望む存在が居たとしたら、それは愚かにも程がある話だ』 と……颯太の家の電話に、コール音が。「はい、もしもし……あー、すまん。ちょっとな、魔法少女絡みで、結構、デカい話が分かっちまったんだ。 代わりに俺が……あいよあいよ……チカ、杏子の奴から。カンカンだぞ」 その言葉に、あたしは頭を抱えた。 ……やっべ、ケータイ、充電切れてたんだった。「あっちゃー……やっちまったね、また……」「因果応報だ、諦めろ」 覚悟を決めて、杏子からの電話を受け取り……『アーネーサーンー!! 今日の食材と料理当番、どーなってんだよ!!』「わっ、悪ぃ、杏子! マジすまなかった!」『すまなかったじゃねぇよ! もー冷蔵庫の食材、無ぇんだぞ! チビ共飢え死にさせる気かよ!』「悪かったって……ちょっと魔法少女絡みと、颯太の事で、デカい話が分かっちまってさぁ」『あ!? ……なんだってんだ?』「ああ、その、どうもさー……平たく言うと、颯太の奴『神様の使い』だったらしいんだ」 とりあえず。 端的に事実だけを伝える。と……『……アネさん。馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、とうとう一線超えて、ホンモノの馬鹿になったか?』「いや、そうじゃねぇんだ。ホントのホントに、トンデモネェネタだったんだって!」『……ともかく、今晩、あんたのメシは無いよ! 神様とでも何でも、イチャついてな!!』 ブチッ!! ……ツーッ、ツーッ、ツーッ……「すまん、颯太。今晩、あたしの分、飯抜きになっちまった」「りょーかい……えーと、五人前、か……ま、いいか。 とりあえず、なんか適当に作るか……肉じゃがとサラダとみそ汁くらいでいいな?」 さらっと言うが。 ……あいつ、右手、大けがしてたよなぁ?「手伝いましょうか?」「手伝うか?」 巴さんと二人で名乗り出る。が……「いや、とりあえずまだいいよ。簡単に作っちまうから、座ってて適当に話でもしててくれ。 ……女子トーク、苦手なんだよ、俺」 これである。 そーいえば、業務的、義務的な事は魔法少女と接触して会話をするが。 普通に女の子を喜ばせるようなトークって、颯太、しないよなぁ……あたしとの会話は、どっちかっつーと『男友達の会話』になっちゃってるし。 基本的に、女子にはオクテなんだよねぇ……颯太。 というか、多分。普段、あたし自身を、『女と見てない』からこそ、フツーに接する事が出来るんだろうなぁ……なんか、悲しいし、悔しいぞチクショウ。 で……『言わんこっちゃ無い』 大怪我した右手でキッチンに立った末に大失敗した颯太を、リビングのソファーに座らせて。 あたしは巴さんとキッチンで料理を始めた。「チカさん、味醂、取ってもらえます?」「ほいよ。あ、巴さん、そっちの味噌取って」 勝手知ったる何とやら。 巴さんもあたしも、何度か颯太の手伝いに、御剣家のキッチンに立っているので、大体の位置は分かってる。 そして、颯太の奴は……目の前の魔法少女を前に、何やら居心地の悪さに戸惑っていたが……意を決したのか、暁美ほむらと話を転がし始めていく。 だが……食事をしてる最中。 怪我をしてるという事もあるんだろうが、やはり……何か思いつめた表情になっていたのは、気になった。 そして、案の定。「ごちそうさま」 ふらふらと。 颯太の奴は、自分の部屋に、閉じこもってしまった。 無理も無い。 今まで、『何者!?』と問われても『タダの男だ』としか返して無かった、そして返す事が出来なかった『WHO AM I(自分自身の正体)』という答えが、出てしまったのだ。 だから……「巴さん……その、颯太の奴の面倒、見てやってくんねぇか?」「え?」「あいつ、多分、今、すげー傷ついてる。 あたしもアイツもさ……望んでたのは『フツーの暮らし』って奴なんだ。 そこに、自分自身が『フツーじゃない』って宣言されちゃったら……多分、モノスゲーショックだと思うんだ」 あの日。 自分の親父の仕事を知って、あたしが味わった衝撃は……今でも忘れられるモノではない。 あたしも、杏子もそうだが……全ての人間が『答えが出た結果を、受け入れられるワケでは無い』のだ。「いまのアイツを癒せるのは、あたしみたいなドブの中から生まれた外道じゃなくて……巴さんみたいな『優しい普通の人』なんだと思う。 ほら、あたしって『壊す』しか、今のところ能が無いから、さ……」 先程の、暁美ほむらとの颯太の言葉。 魔法少女一人一人を、天人に例えたのなら……多分、あたしが該当するのは『破壊(破戒)神』だ。 全てが力任せの勢い任せの運任せで、望む『何か』に向かってルールも何もかもクソクラエで、全力で転がって行く存在。 そういう意味で。 あたしは、自分自身が世間一般で言う『癒し』とは、程遠い存在である事は、自覚しているのだ。「破壊の力……か」「え?」「いや、何でもネェ。 それより、暁美ほむらさんよ、幾つか聞きテェ……その、『戦闘スタイルがまるで変わっちまってる』って聞いたが。 そん時のアタシは、一体全体、どんな闘い方、してたんだ?」「……そうね、ドラッグを使って」「そうじゃなくて、戦闘スタイルの事さ。今のアタシは、この鎖と怪力くらいしか使えない……そして、あんたの話しを聞く限り、この鎖を使えないあたしは、どんな闘い方をしていたのか、知りたいのさ」 その言葉に、顔をしかめる暁美ほむら。「そうね。 確かに、以前と武器が違う事に、かなり戸惑ったわ。 ……あなたが使っていたのは、接近戦では、美樹さやかのような刀を二刀流で。距離が開けば、巴マミのマスケットを短く切り詰めたような短銃を二丁持ちで使ってた。 どっちかというと……中~近距離型、って感じ、かしら? ただ、パワーの凄さは、同じみたいだけど……」 その言葉に。 あたしは……あたしの中で、何かがカチッと嵌ったような。そんな感触を得た。 だが……「……暁美ほむら。それ、多分……『元』が存在する」「元?」「……嫉妬だな。おそらく、そういう武器を用い始めたのは……颯太と、巴さんの影響だ」 己を縛る『戒めの鎖』を無くし。 それでも、揺るがぬ正義の味方を前に。あたしは……それに憧れて、武器を真似たのではないか? 何と無く、そんな予感が……した。「ま、いいさ……颯太にだって、師匠は居たんだ。参考にできるのなら、参考にさせて貰うさ」 あたしは新人なのだ。ならば、個性を主張するよりも、生き残る術を優先して模索したほうがいい。 ……ゆまや沙紀ちゃんの世話になり続けるよっか、少なくとも圧倒的にマシだろう。「……しかし、あんたも酷い事するね。うちの組事務所からチャカ持ち出したりとか。 颯太に合うまで、ウチの若衆の小指(エンコ)が、何本スッ飛んで、何人、コンクリ詰めにされたんだろうな」「それは……」「いや、いいさ。あたしだって今、似たような事やってるし。 だいたい、マトモに生きようと思えば、幾らだって世間に迷惑かけずに生きる方法なんて、ゴマンとあるんだ。 そんな中で、カタギの人生食い物にして、自分だけのうのうと贅沢して暮らそうだなんて、世間舐めた考え方してるほうが、そもそも間違っているんだ。 ……いい薬だよ。マジで」 そう言って、あたしはサラッと暁美ほむらを許す。 「あと、さ……思うんだけど。 その、『元の世界』の魔法少女たちってさ……結局、颯太の奴にも『救われて』いないか?」「え?」「いやさ……こんなゾンビ同然な体で、しかも、魔女なんて世間に迷惑振り撒いてさ……『カタギの綺麗な体』を望んだあたしからすれば、死にたくなるよ。 死んでしまいたい、消えてしまいたい。でも、好きだ、という思いは伝えたい。 そんな狂気にも似たギリギリの最後の希望。しかもそいつが『魔女の釜』なんて持っていた事実が……誘拐事件なんて起こしたんじゃないかな? だとするなら……そんな世界で颯太に殺されたアタシは……多分、幸せだったんだと思う。他の連中だって……『希望と夢を見たまま、絶望せずに『死』という『終わり』を見た』ワケだ? だったらさ。 前の世界の颯太のやった事って……その、『鹿目まどか』だっけか? その、魔法少女の女神様? ……規模は桁違いだし、手段も違うけど……あまり『やってる事に大差無い』気がするんだけど……どうだろうね?」「そうね。 実際、あるループで、それを知った巴マミは『全員死ぬしかない』と発狂して、その場に居た仲間を皆殺しにしようとしたわ」「あー、あり得る。っつか、さもありなん、って感じ」 人間、余裕が無くなれば最後に残るのは、地金剥きだしの闘争本能。 文字通り、『弱肉強食』の倫理だけで行動するのが『正しい事』になってしまう。 そして……巴さんの責任感の強さを考えるならば……そういう発想に至ってしまっても、なんら不思議では無いだろう。「だけどさ……なんつーか。 人間、『弱肉強食の倫理を踏まえた上で』さ……それでも、その土台の上に乗っかった、文化だとか何だとか。 そういったモンってのは、物凄く尊いモノだと、あたしは思うんだけどね……」 と。 ふと、思い出す。 ……隠し金庫、か…… 以前から、それとなく颯太の好みのタイプだとか何だとかを、聞いているのだが。 あいつはそんな話題になるたびに『特に無い』『好きになった人が、好みのタイプだ』みたいな、捕えどころの無い答えしか返してくれないのだ。 ……そしてそれは、多分、嘘では無い。 自分の心を殺して、ひたすら家族のために、誰かのために生きる。言い換えれば『理想の大人』として振る舞ってきた颯太にとって、そういった欲望だとか願望だとかは、表に出せるモノでは無いのだろう。 だが、あたしはこう思うのだ。 『欲望』こそが、『人間が人間として生きるための原動力であり、原点』だと。 根源的な生存の欲求――食欲、性欲、睡眠欲は、人間が人間として根幹を成す、基本中の基本である。 男女の差異はあれど、それが『無い』人間は、人間では無い……別の『何か』だ。 あいつは……恐らく、自分自身ではそれをコントロール出来てるつもりなのかもしれないが。 ただそれを封印して、押し殺してしまっているダケなのではないだろうか? だとしたら、そのほうが、よほど子供じみているし危険である。 正直、あいつの名前のように、正に『風を掴むが如し』と、色々と諦めては居た。 そして、そこが、奴にとって『女友人』と『恋人』という認識の間に引いた、ラインなのだと思っていた。 だが……女性に己の本心を絶対に明かさぬ男の、本当の本音の部分。 それが、この家の隠し金庫に眠っているとすれば……あたしは御剣颯太の、本質の一端を掴む事が出来るのではないか? ……無論、それプラス、私個人が、颯太をからかうネタが欲しかった、ってのもあるが。それら諸々全てを踏まえた上で、あたしは、暁美ほむらに問いかけた。「あのさ、その隠し金庫って……中にエロ本とか、無かった?」「え? ……ええ、まあ。 何も知らなかった私は、それを取引の材料にしようとして、大失敗したわ」 ふと……その場に居た、沙紀ちゃんと目が合う。 何というか、以心伝心と言いますか。「よし! 開けよう、その金庫♪」「うん、チカさん、私も賛成!」「ちょっ、ちょっと! ダメよ! ザ・ワンを怒らせるなんて、無茶にも程があるわ!」「いーじゃんいーじゃーん」「そーだよ、私たちには知る権利があるもーん♪」 そして……何だかんだとバタバタあった末に。 魔法少年として、颯太が自分の力に、本格的に覚醒するというトラブルがあったものの。 あたし『たち』は、御剣颯太という男の、『本質の一部』に触れる事に成功する。「うわぁ……颯太って、やっぱり巨乳好きだったんだー」 密かに、オッパイ星人なんじゃないかとは思っていたのだが。 これで色々なモノが確定した。「へぇ……颯太さんって、こんな人が……こ、これなら、私でも」 巴さんが、顔を真っ赤にしながら。 それでもチラチラとしっかりチェックして。「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」 にまぁ、と。 兄貴の弱みを握った沙紀ちゃんが、邪悪に微笑む。「……………その、御剣颯太……ごめんなさい」 謝罪する暁美ほむら。 そんなあたしらを前に、横たわったまま、血の涙をダクダクと流す颯太が、ボソッと呟いた。「…………………………いっそ、殺せ…………………………」 何というか。 そこまで恥ずかしがる事も無いと思うんだけど…… と、同時に。 その……なんというか。 オカンにエロ本見つかったみたいな表情と、極度に子供っぽい仕草に、あたしは確信した。 ……ああ、やっぱり、こいつは……本質の部分が、『男の子のままなのだ』と。 意地を張って……張らざるを得なくて、『無理に大人として振る舞っているのだ』と。 案外……それが『出来てしまう事が』、こいつの不運だったのでは、あるまいか? 無論、あたしが取った手段は、確かに、褒められた手段では無い。 が……今、あたしは確実に。 颯太の奴が、無理して身につけていた『心の鎧』を一つ、ブチ割った、と。 その手ごたえを、感じていた。 ……の、だが。 その後、颯太の奴は救急車を呼び、右手骨折の大けがを理由に、病院に搬送。 引き籠るように、そのまま入院してしまった。 いかん……ちょっと……やり過ぎた……か?「で……話って、何かしら? 正直、あなた個人に対して、私にはいい思い出が無いのだけど」 バタバタあった、御剣家からの帰り道。 暁美ほむらを呼びとめ、あたしは公園のベンチで、缶コーヒーを奢りながら、切り出した。「まあ、そう言わネェでくれ。……アンタ、元、『時間遡行者』って奴なんだろ? だったら、幾つか……質問に答えて欲しい事があるんだ」「それは……もしかして、佐倉杏子の事?」「ビンゴ。 率直に聞く。杏子の『願い』を……アンタは知っているのか?」「知っているわ。そして……それが御剣颯太に伝わった結果、起こった顛末も」 あたしたちに色々事情を話していた時に。 何故か、杏子関係のネタは、ボカして話していたのだ。「……やっぱりか。で、どうなった?」「決闘に至ったわ。そして、佐倉杏子を惨殺している」「……だろうな」 御剣家の悲劇の引き金。 それを引いたのは、杏子の親父であり……そして、杏子自身だ。 だが……「なあ、アンタの知る限り……この世界は『変』か?」「まず、あなたが魔法少女として存在している事そのものが、私にとっては『変』としか言いようが無いわ」「みてぇだな……あたしが魔法少女になるっつーファクターは、『御剣颯太』という存在が居ない限り、有り得ないみたいだし」 缶コーヒーを、ゴクリ、と飲み干す。「ええ。あのループの後、何度かあなたを探したけど……あなたは絶対、魔法少女にはならなかった。 素質はあっても、絶対にキュゥべえの口車に乗る事が無かった……正直、あなたと遭遇するまで、記憶から除外してたくらいよ」「なる、ほど。……だろうなぁ。 じゃあさ、悪いんだけど……御剣兄妹。特に颯太には、この事、絶対黙っててくれねぇか?」「え?」「……いや、な。 あたしゃ颯太が好きなんだが……杏子とも、ダチなんだ。その二人が、殺し合う所なんて……見たくネェんだヨ」 そう切り出したあたしだが。 暁美ほむらはかぶりを振った。「無駄だと思うわ。現に、あの時、佐倉杏子自身が、自責の念から自白してしまっている。 それに、御剣颯太のカンの良さは……相当のモノよ?」「だが、あんたの話を聞く限りだと、状況がまるで違う。 颯太は人殺し……ではあるけど、少なくとも、正当防衛や、誰かを護るため以外の殺人に手を染めちゃいない」 そう言って、あたしはその場で頭を下げた。「頼む……時間が欲しいんだ!! ……杏子だって、悪い奴じゃない。 ただ……アイツは家族以外のモノが見えて無かったし、自分の祈りがどんな悲劇の引き金を引く事になるか、自覚が無かったんだ。 そんで、颯太だって、元々、器の小さな男じゃ無い! だから、ぶっ壊れた颯太を治して、あいつが真実と向き合えるようになれる、時間が欲しいんだ!」「御剣颯太と、佐倉杏子の相性と関係は……はっきり言って『最悪』よ? それでも……」「分かってる!! だけど、あいつにこれ以上、人殺しなんてさせたく無い。増して『魔法少女殺し』なんて……魔法少年として最悪じゃないか。 ……誰よりも厳しい奴だけど、魔獣相手に救えなかった仲間や被害者に、一番心を痛めているのはアイツなんだ。だから鬼にもなるんだ」 沈黙が落ちる。「頼むぜ……魔法少女の女神様だって、そんなオチ、望んでたりしねぇだろ? 『ハッピーエンド』って奴を御所望なんだろ!? だから神様なんて代物になったんだろ!?」「……痛い所、突くわね」 苦い笑顔を浮かべる、暁美ほむら。「……そうね。御剣颯太に言われた事、思い出したわ」「?」「思えば、私自身、大勢の人を救える立場でありながら、まどかのためだけに数多の人々に迷惑をかけて、見捨ててきた。諦めて来た。 それを、まどかは言いわけ抜きに、友達として……全ての因果を背負ってくれた。私の身勝手とも言える思いや罪を受け止めて……。 でも、いい? 繰り返してきた中で分かった事は……『歴史の流れ』というのは、大きな部分は変えられない。何かを変えようとすれば、何かに歪が押し寄せる。 美樹さやかがワルプルギスの夜を超えて生き残った代わりに、佐倉杏子と巴マミ、そしてまどかが死亡したように。 それでも……」「構いやしねぇ……っつーか、そんなモン、やってみなきゃ分かんネェさ! 確かに、アンタみたいに人間は時間遡って繰り返せるワケじゃねぇ。けど……『反省してやり直す』事は、何時だって可能なんだ! 杏子の奴は今、真っ当な人の道を歩もうとしている。そいつを邪魔させたくねぇし、颯太の奴だって、多分、心の奥の底のトコが、両親殺した瞬間から、止まっちまったまんまなんだ。 そんで、あいつはアンタに『自分が何者か』という答えを貰った。あいつは『見えないモノ』には無関心だけど、知った事、見えた事から逃げ出すようなタマじゃない。そういった精神的な割り切りの速さは、あたしらの中で随一だ。 だから……その、なんつーか。ようやっと、あたしはこう、歯車が噛み合って、回りだしたような。そんな予感がするんだよ」「……………」「頼むぜ……命ならあたしが賭ける。あたしが、この問題の因果、受け止めてやる! あたしにとっちゃあ……そんだけの価値が、あるんだ」「御剣颯太は、恐ろしい男よ?」「知っている。だが、あたしが惚れた男だ」 交錯する目線。落ちる沈黙。 そして……「……わかったわ。 だから、なるべく御剣颯太とは関わらない。正直……私も、彼と人格的な相性は良くないし」「すまねぇ……恩に着るぜ」 そう言って、あたしは暁美ほむらに、頭を下げた。