『面会謝絶』 そう書かれた札のかかった病院の個室を前に、あたしは溜息をついた。 ……そこまで嫌だったか、颯太。「あー、その、颯太ー……ある程度、自分の欠点はネタにしていかないと、人生辛い事ばっかだぞー?」『……』 なんというか、まあ……自分の欠点から目を背けて逃げず、常に何らかの形で立ち向かおうとするのは、颯太の美点の一つなのだが、同時に、最大の欠点でもあるのだなー、と。 よーするに、根っこの所がクソ真面目なのだ。 まあ、『やらなきゃいけない事』に向かって強迫観念に突き動かされて生きて来た上に、親殺しなんてトラウマ負っちゃったら、そうなるか……しかも『ザ・ワン』なんて『経験値の化け物』なワケで。 ……ふと、気がついた。 何だかんだと『正解を叩き出せる』颯太の奴だが。それはあくまで『男性の体験』としてなワケで。 つまり……恋愛沙汰に関しては、『全ての並行世界で、全くの未経験』というワケか。「こりゃ、あいつの『心の鎧を壊す』のに時間がかかりそうだね……ホント」 今まで。 ドコかアンバランスな颯太の人格の、本当の理由が分かった気がする。 なんというか……『正しすぎる』のだ。 男としては、どこも間違ってない、何も間違ってない。だからこそ……頑なになる。 時として……人間は『間違えなければいけない』事も、ある。 そのために、酒というのは存在しているというのに……その酒にすら酔う事も出来ないというのは、哀れですらある。「……せめて、颯太の奴が、師匠を参考にしてくれるくらいは、砕けてたらなぁ」 あいつの師匠が、西方慶二郎だと知ったあたしは、マジでビビったと同時に納得した。その出自や家族構成も謎の人物だが……まあ、『業界』では斜太興業(ウチ)以上に色んな意味でアンタッチャブルな『怪獣』である。 まあ……アイツは、あの師匠に関して『剣術以外』は、殆ど反面教師にしてるみたいだが……そういう意味では、ある意味、正義の味方とも取れなくも無い。 実際、男と女のナニがナニしてというよーな部分は……まあ、知ってはいても。 それは下世話なネタとして、女子の前では封印しているのだろう(実際に、学校の男友達とは、よく下ネタ含めて話してるらしい)。 ……よくよく考えてみると、あたしは色々な意味で、変な地雷踏んじゃったのかもしれないが……ま、基本、温厚な颯太の事だ。時間がたてば笑って許してくれるだろう。 そう思って私は、病室の前を退散した。 ……後に、その人物評価は大きな誤りだった事を、巴さんとあたしと沙紀ちゃんは、身をもってリベンジ喰らって体験する羽目になるが、それはまた別の話である。『……あ?』 で、帰り路。 CDショップにて、一枚のCDを挟んで、あたしともう一人の客が、固まった。「……どうぞ」 どーも、店に一枚しか残って無いCDだったが……遠慮して、その子に譲る事にする。「す、すいません」「いや、気にしなさんな♪ あたしゃ、ネットで探す事にするよ」「あはは……ありがとうございます」 さて、と。 CD買い損ねた事だし……あとはフツーに買い物して帰るか。 そう思って、地下にある食品コーナーで買い物してる最中。 ふと。 あたしのソウルジェムに、反応が出る。 ……チッ、こんな所にまで、魔獣が居たか……まあいい。「丁度いい。 実戦訓練と洒落込むか……」 暁美ほむらから教えて貰った、『改変前の世界のあたしの力』とやらを試す、いい機会を経て。 あたしはその場から走り出した。 閉鎖された、空きテナントというか倉庫というか、そんな感じのスペースに。 魔獣の気配を感じて、あたしは飛び込んだ。『ななな、なによこれっ! 仁美』『ど、どういう……事、ですの、これっ!』 チッ、巻き添えになった人が居たか……「行くぜぇ……オラァッっ!!」 変身すると同時に、鎖を展開。それを両腕に巻きつけて……それを、巴さんみたいに短銃へと変化させる。 ……よし、出来たっ!「よっ! っと」 二丁一対、フリントロックの短銃を発砲。射程、精度共に巴さんには及ばないが、威力『だけ』は同レベルだ。 ……って、さっきのCDコーナーの奴じゃねーか。「危なかったな……ま、後は任せな」 魔獣に怯える二人を無視して。 あたしは短銃を鎖に戻し、そこからさらに……カトラスの二刀に変化させる。「どっらぁっ!!」 力任せの十時斬り。それで、魔獣は消滅した。「す、凄い……」「……せ、世界が、も、戻った……」 と……「斜太チカ……こんな所で、何をしているの?」「え!?」 声のした方を向くと。 そこに居たのは、暁美ほむらだった。「げっ、あんたか……いや、ちょっと、人命救助を兼ねた、実地訓練さ。 魔獣狩りの、ね……」「不要よ。それに、彼女には不用意に接触をしないで」「ああ、分かってるって分かってるって。ゆまの一件で大失敗したからな……だから、お前ら二人、ここで起こった事は『忘れちまいな』」 パチン、と。 目の前で指を鳴らして、二人の『記憶を消す』。 ……以前、沙紀ちゃんからやり方を教わって、ホントについ最近、あたしも出来るようになったばかりの技だったりするのだが……元々は颯太の魔法らしい。 何でも……これも杏子の幻覚魔法と一緒で、『封印された魔法』だとか。 ……便利だと思うのになぁ……何で、封印しちまったんだろ、颯太の奴。「……え?」「あれ?」 呆然となる二人に、変身を解いて、目線で暁美ほむらを追い払った後、あたしは声をかける。「お二人さん、あんたらもバイトの面接じゃないの?」「え?」「いえ……その」「いや、あんたらがフラフラここに入って行くから、バイトの面接会場ここなのかなーって思って、ついてきちゃったんだけど。 どうも……ココじゃなかったみたいだね?」「あ、はい……そう……みたい、ですね……どうしちゃったんだろ、あたし?」 と……「大変……お茶のお稽古のお時間ですわ!」「あ、仁美……そりゃ大変だ。 どうも、ご迷惑おかけしました。失礼します……あ、CD、ありがとうございました」「どーいたしましてー♪」 そう言って、あたしは二人を送り出した。「意外と便利な魔法を知っているのね。それと……何故、あなたがココに居たのかしら?」「なんだ? あたしがCDや食材買いに来ちゃ、悪いってのか!?」 暁美ほむらが、何やら頭痛を催したように、溜息をつく。「……おかしいわね。巴マミは、何をやっていたのかしら?」「あ?」「いえ、御剣颯太の居る時間軸なのだから……何が起こっても不思議ではない、か……」「何、考え込んでんだよ? おーい?」「いえ、何でも無いわ、斜太チカ……」 と……気がついた。「あ、そっか。『時間遡行者の知識』って奴か。 ……案外、颯太やあたしが居た事によって、色んな出来事だとかが、ズレ初めてんじゃネェの?」「……かも、しれないわね」「それだけじゃねぇだろ? 話を聞く限りだけど……アイツも、『魔女の釜』ってモンに振りまわされてないか?」「?」「つまり『魔女と魔法少女のシステムに、反逆する事』が、色んな意味での動機だったワケだ、颯太の奴は。 だっていうのに、それが解決されちまっている……っつーか『問題そのものが無くなってる』以上、全く別の人生を歩んでいても、不思議じゃ無いわけじゃん? あたしみたいに」「そうね……既存の知識がアテにならない世界……か。 思えば、たびたびそんな事があったわ」 そう言って、遠い目をする暁美ほむらに、あたしは……「つまり……まあ、なんだ。 案外、時間遡行者の親友への、女神様の取り計らい、って奴なんじゃねぇの?」「?」「『何が起こるか分からない人生』って奴さ。『だからこそ人生は面白い』……ってね。 案外、その……あんたにも『人生、楽しんで欲しかった』んじゃねぇの? その女神様ってのは、さ」「かといって、御剣颯太と関わる人生なんて、もう二度と御免だわ。……トラブル続きで、命がいくつあっても、足りはしない……」 その言葉に、あたしは噴き出しそうになる。 あの『人生昼行燈』が座右の銘なアイツが……どっちかというと、トラブルを鎮める側の人間だというのに。「よっぽど過激な人生送ってたんだな、颯太の奴。……正味、想像がつかねぇよ」「そうね……あなたは彼の本当の怒りに触れた事が無いから、そんな事が言えるのね」「かもな。 まあ、さ……魔法少女全員、死んだら会えるみたいだし? それまでは『楽しんで生きな』って事じゃねぇの? ……何だったらお近づきに一杯、飲るかい? あなたに一杯、私に一杯、ってな」 そう言って、あたしはグラス二つと『山崎25年』のボトルを取り出す。「結構よ。 ドラッグやアルコールの類は、感情を不安定にさせて、魔力を暴走させやすくするわ」「つれないねぇ……大体、酒も飲めない人生なんて、何が楽しいんだか」 そう言って、軽くグラスに注ぎ、ストレートで飲み干す。「……っかぁ~、勝利の後の酒は、美味い、と♪ こーんな美味いモン、他に無いのにねぇ……」 そう言いながら、あたしは暁美ほむらを見送った。 後に。 暁美ほむらが言い放った言葉の真の意味を、嫌というほどあたしと巴さんと沙紀ちゃんは味わう羽目になるのだが。 それに関しては、また別の話である。「あー、その……颯太、機嫌直してくれよ」「お兄ちゃん、その、悪かったわよ。ごめん」「颯太さん、その……ごめんなさい」 数日後。 とりあえず、いつまでも面会謝絶の札が下がったままだったので、当事者三人、雁首そろえて颯太に謝りに行こうという話になり。 ようやっと、颯太は天の岩戸の扉を、少しだけ空けてくれた。「……………………」 なんというか。 背中を向けた布団の中から、もうむんむんと怒りのオーラが立ち上っている。 はぁ……「あのさぁ、颯太。あたしがアンタの事好きなのは知ってるだろうに……」「……だから? それがどうして、俺の秘蔵のエロ本漁る事に繋がるんだ?」「いやさぁ『好みのタイプは?』って聞いても、『好きになった人が、好みのタイプだ』みたいな答えしか、いつも返してくれないじゃないか?」 とりあえず、今までの颯太の態度を、指摘しておく。 が……「……ほぉ? それじゃ何か? 家族として沙紀を愛してる俺は、沙紀が巨乳じゃないといかんのか? 確かにおっぱい大きいほうが良いなぁ、とは思うが? かといって俺が愛する人は、みんな巨乳じゃないとイカンのか? 誰が決めたんだ、そんな事? あ!?」「いや、そうじゃなくて。 こう、なんというか、颯太って、色欲の部分が薄いっつーか……こー色恋沙汰に淡白過ぎて、好みのタイプとかが見えてこないんだよ。 正直、何考えてるか分かんなくて、どうアプローチしていいか分かんなくてさぁ……つい、その……」「うん。で? 悪いけど人のプライベートに踏み込んで、意中の男のエロ本漁るような女って、ふつーどんな男でも100%敬遠すると思うよ? ……それとも何か? お前らプライベートの部屋漁られてイイ気がするのか? 誰にも見せられないモノなんて、部屋に一切無いと言い切れるのか? それを俺は、あえて女所帯の魔法少女共の集まる中で、見せびらかす趣味があるとでも思ってたのか? そういう部分に、一切気を使わない人間だとでも思ってたのか?」 真っ向正面からの正論で、思いっきり叩き斬られた。「特に沙紀。 お前、自分の部屋でポテチだの何だの、ボリボリ食い散らかして漫画見ながら貪るのは止めたりはせんが、自分で掃除、一切しないだろ? で、部屋に入ったら入ったでブーブー文句言うよなぁ?」 「うっ……そ、それは……」「俺だってお前の部屋なんて入りたくないのに、お前が自分で掃除しないから入らざるを得ないわけだ? しかも洗濯だって自分でしないよなぁ? 『俺の下着と一緒に洗うな』とか言うんなら、服とか全部自分で洗えな?」「あ、あううう……」「イイ機会だ。一人暮らししてみろ、な? 自分で作ったメシ、自分で喰ってみやがれ」 さらに、沙紀ちゃんまで一刀両断。 そんで……「あ、あの……颯太さん、その……ごめんなさい、本当に、その」「うん、巴さん。信じてくれてありがとう。そしてごめんなさい、こんな男でした、俺は」「い、いえ、その……そうではなくて、その……」「満足ですか? ええ、確かに男ですから、俺は? どーぞ、キヨラカな魔法少女様が、あの本お好きに処分なさって結構です。 俺だって、高校一年生の男子ですからして? 性欲くらいありますよ? 欲望もありますよ? ですから、そーいう男の本能の部分を、動物見るみたいな目でしか見れないのでしたら、どうぞ『俺とは関係ない場所で』好き勝手にご自分の正義を貫いてくださいな。 どこぞの青少年に有害云々とかヌカして、社会的弱者をいぢめるしかストレス発散法を持たない更年期障害のキチガイババァ共の真似でも何でも、ご自由に!! ……なんだよ、人のエロ本漁るのが正義かよ……男の頭の中、探って笑い物にして、そんな楽しいのかよクソッタレめ!!」 完全に拗ねてしまった。 ……最早、これは、謝るしかないなぁ……「悪かったって。本当に悪かった……あたしたちが悪かったって言ってるだろ?」 三人揃って頭を下げる。「……ふーん? 悪かったの? で、『何が悪かったか』分かって言ってんの? 言っておくけどさ、他人の頭の中の妄想暴いておいて、今更『悪かった』とか、通じるとか思ってんの? 思想統制? 思想弾圧? 調教? ……男、馬鹿にしてない? お前らも性欲とか無いの? 悪いけど、俺、ちゃんと煩悩持ってる健全な生身の人間ですから。 それとも何? 『男はみんな狼です』って? ああ、そりゃ一皮むけば狼かもしれませんが? ちゃんと大人しく日常生活を羊の皮被って過ごそうと自制している以上、狼呼ばわりされる謂れは無いと思わない? それを無理矢理ひっぺがしておいて『狼が出たぞー』とか騒ぎ立てて……最低だ、お前ら」「誰もそこまで……」 巴さんが冷や汗を流しながら、つぶやくも、一向に効果無しである。「あー、本気でへそ曲げちゃったよ、お兄ちゃん……こうなると大変なんだよねー、本当に」「そうなの?」 沙紀ちゃんの言葉に、あたしと巴さんは耳を傾ける。「うん、お兄ちゃん、我慢強いけど、本来、受動的で繊細な人だから……。 多分、師匠や魔法少女たちと出会わなければ、魔法少女になる前の暁美さんみたいな、大人しい文学少年になってたと思うよ。 っていうか、環境に鍛えられたタイプ? でなけりゃあんだけ家事万能で、和菓子作りなんて繊細な事が出来るわけ無いじゃん」「うわ、ある意味一番厄介なタイプだ。 ……ああ、うすうす気づいてたけど、やっと分かった。颯太って、こう……『心の中の家の庭には誰でも入れるけど、母屋には絶対入れないタイプ』なのか。しかもその『庭』の範囲が広すぎて、家が全く見えないだけで」「あ、チカさん、上手い事言った……そんな感じ」「聞こえてんぞ!! 沙紀! チカ! ……っつか、テメーらとっとと出てけっ!!」 うーん……なんというか。「巴さん、ちょっとコッチに」「え?」「颯太ってさ、基本的に『行動で示す』タイプの人間だと思うんだよ。 だからさ、あたしらも口先だけじゃなくて、本気で謝ってるって事を示さないといけないと思うんだ」「なるほど。……でも、どうしたらいいんでしょうか?」「だから、とりあえず『好きなんだ』って事を伝えつつ謝るには、あたしらも『体を張って』示すしかないと思うんだ……」 そして……「あー、悪かったよ。悪かったってば! だからお詫びにちょっとイイモン見せてやるから、ちょっとトイレ借りるね」 そう言うと、巴さんの手を引いて、病室のトイレに引っ張る。「えっ、わっ、私も……ですか?」「いいからいいから。サービス、サービス♪」 そして……持ってきたメイド服だの水着だのを見せる。「チッ、チカさん、これって……」「うん、だから『体を張って』、さ……こう、誘惑しながら『ごめんなさい』すれば、案外許してくれるんじゃないかな、って」「よ、余計、火に油を注ぐ結果になりそうな気がするんですが!?」「大丈夫だよ。『男心は下半身と胃袋にあり』ってね……ここまでやれば、颯太だって許してくれるハズさ」「……い、嫌な予感しかしませんよ、チカさん!」「じゃ、他に方法は? あんた何か、思いつく?」「それは……」 黙り込む巴さん。「ウジウジ考え込むより、まず行動だよ。失敗したら、また謝ろう!」「それって、かなり泥沼な気が……」「だから他に方法があるなら、教えとくれ。 ……少なくとも、あたしにゃ『これ』以外、他に思いつかなかった」「……はぁ、分かりました」 で……二人揃って着替えた後に。「じゃーん♪ どーだぁ!」「っ……あ、あの……」「!!!!!」 あたしたちの姿を見た瞬間、石化、硬直する颯太。 よし、イイカンジだっ!「だからねぇ……颯太、機嫌直してよぉ♪」 そのまま、しなを作りながらオッパイ強調して謝る私。「そ、その、本当にごめんなさい、『ご主人様』」 巴さんも、何だかんだとノリノリで恥じらうように頭を下げる。 そして……沈黙が落ちる。 ……あれ? おかしいな。こんなハズじゃ無かったのに……何でかな? どうしてこうなっちゃったのかな?「でっ……」『で?』「出てけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」 次の瞬間。 颯太の奴が、顔面真っ赤になって、絶叫。 あたりかまわず、モノを手にとって投げつけはじめた!「うにゃああああっ!」「あわわわわわっ!」「きゃっ、ちょっ、待っ……」「人の妄想からかって、そんな楽しいかっ! 最低だ、最悪だお前らあああああああああああっ!!」 うっわ、完全に裏目ったーっ!! って……「やばい、ちょっと待った、颯太、ストップ、ストップ! ナイフはヤバイ!」 完全に逆上した颯太が、フルーツバスケットの中の果物ナイフを手に取りやがった。「やかましいいいいいいいっ!! 消えろチクショウがああああああっ!!」 と……「ちょっと!! あんたたち何騒いでんの! ここ病院……ひっ!!」 ダンッ! と、病室の扉を乱暴に開けて入ってきた少女の顔の脇に、颯太が投げつけた果物ナイフがブッ刺さり……彼女はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。 ……って、あの子……確か……『本当に、ご迷惑おかけしました』 颯太と病室回りで謝罪しまくった後。 隣の病室の少女を誘って、病院のロビーで、あたしたちは再度謝罪した。「いや、いいんですよー。その気持ち、よーく分かりますから」『え?』「『好きな人の好みを知りたい』って……女の子なら、ごく普通じゃないですか。 あたしや恭介みたいな幼馴染なら兎も角……男の人って、結構考えてる事、謎だし」「あー、まあね。 アイツ『好きなタイプは?』って聞いても、『好きになった人が好きなタイプだ』みたいな答えしか、返してくれなくってさー……ほんと、掴み所が無かったんだよ。 それで、つい……さ」「ひどい人だなー。 そりゃ、女にとっちゃ、無理難題もいい所じゃないか。むしろ、答えにすらなっちゃいないし」 からからと笑い合いながら。 何だかんだと、巴さんや沙紀ちゃんと一緒になって、コイバナだの何だのの話を交わしていると……「何をしているのかしら? 斜太チカ?」「いっ!?」 冷や汗が垂れる。 そこに現れたのは……暁美ほむらだった。「あ、ほむほむ、おいっす♪ ……どしたの、こんな所に? あんたも誰かの見舞い?」「……その、ほむほむ、っていうのは……」「なんだよー、『転校生』じゃアレじゃないか。友達だろー? それにあたし、保健委員だしさー」「はぁ……もう、ほむほむでいいわよ」 溜息をつく、暁美ほむら。 その仕草に。「ああ、いいな……ほむほむ。可愛いじゃん」「ちょっ! 斜太チカ! やめなさい!」「いや、あんた、笑ったほうが可愛いし。愛嬌もあるし、同年代の子にモテると思うぞ? ……ほんと、いいよなぁ……あんたみたいな、男の保護欲をそそる『可愛い』タイプってのは。 正直、羨ましいよ」 と……「……そうね、では、私もあなたの事を『アネサン』と呼ばせて貰うわ」「ぶーっ!!! そっ、そっ、それはーっ!!」 暁美ほむらの反撃に、あたしはジュースを吹きだした。「ああ、確かにあんた、姐御っていうか、アネさんって感じだもんね! も、完全にかっこいい系? いいよなー、そんな人」 さらに、彼女まであたしをからかってくる。「やっ、やめとくれ! あたしゃまだ高校一年生だぞーっ! 巴さんと一年しか違わないんだぞ!」「へ、マジ!? 見滝原高校の制服だし……あたしてっきり、高三くらいかと。その……色々、大きいし」「言うなーっ!! 身長の事は言うなーっ!!」 ええ、凹みますよ、凹みますとも。 ……何だかんだと健康的な生活送って、とーと身長178cmに達しちゃいましたとも! 正味、魔法少女やって、いきなり伸び始めたとしか思えネェ……最悪、高校卒業までに190を覚悟しなくちゃいけないこの状況、超ショックですとも!! 救いがあるとすれば、颯太の奴が、現時点で186センチまで伸びてるくらいですが……あいつ、身長、幾つになるのかなぁ?「ああ、そういや、名乗って無かったっけ。美樹さやか。見滝原中学の二年生だよ」「そりゃご丁寧に。あたしゃ斜太チカ、見滝原高校の一年さ」「私は巴マミ。同じ学校の三年生ね」「私、御剣沙紀♪ 見滝原小学校の六年……って、あれ?」 全員、顔を見合わせて硬直。『美樹……さやか?』 三人が三人とも、顔を見合わせて硬直し。 暁美ほむらが、その場で深々と溜息をついた。「あー、その、何というか……」「暁美さん、その……ニアミスといいますか」「不幸な事故だと思うよ、うん」 全員、顔を見合わせる。「何、ほむほむ。……全員、知り合い?」「……まあ、そんなもの。 正直、あなたと関わらせたく無かったのよ……迂闊だったわ。御剣颯太が入院した時点で、その可能性に気付くべきだった」 と……気になって、あたしは美樹さやかに問いかける。「あ、あのさぁ? あんた……『鹿目まどか』って子に……憶えは無いか?」「は? ……なんか、ほむほむと一緒の質問されたよ、おい?」「いや、知らないんならいいんだ。……忘れてくれ」 ……ふと。あたしは……彼女に哀れを催した。 もし、あたしがもう一度、人生をやり直すとして……颯太の事を知らないで生きてたとしたら? あたしの人生は……あのドブ泥の底を這い回るままだったんじゃなかろうか?「なあ、暁美ほむら。彼女に……全部を話すべきじゃないのか?」「ダメよ、斜太チカ。彼女は知らないままのほうがいい……絶対に」「でもさ、『素質がある』って事は……今回みたいに、何かのきっかけで変なニアミスしちゃうとか、考えらんねぇか? そん時に『契約した』ってなったら……余計、対処が面倒になると思うぜ?」「そうね……キュゥべえに選ばれる可能性がある以上、他人事では無いのだから。 だから、彼女には、全てを知った上で……選んでもらう必要があると思うわ」 と……「おいおい、なんだよほむほむ。 水臭いなぁ……保健委員のあたしに隠し事って何なのさ? このウソッコ病弱娘め」「そ、それは……」 あたしと、巴さん、そして沙紀ちゃんと、美樹さやか。その三人に見つめられ……暁美ほむらは、溜息をついた。「仕方ないわね。 ここじゃない、どこか適当な場所で、話しをしましょう」「お邪魔しまーっす」 結局、巴さん家に集まって、話をする事になった。「うわー、素敵ー」「今は一人暮らしだから、ロクにおもてなしの用意もしてないけど」 美樹さやかの言葉に、謙遜する巴さん。 だが……「とか何とか言いながら、ちゃーんと紅茶とケーキは用意してあるんだよなぁ……巴さん」「えっ、マジ!? ケーキ?」「うん、マミお姉ちゃんの紅茶とケーキ、あたし大好き♪」 と……「沙紀ちゃん、じゃあ、紅茶、淹れてみる?」「えっ、いいんですか?」「お茶の淹れ方『だけ』なら、颯太さんから太鼓判、もらってるから……ただし『絶対』私の言うとおりにしてね!」「はーい♪」 そう言って、キッチンに入って行く沙紀ちゃん。 ……大丈夫だろうか?「お姉ちゃんって……あの子、マミさんの妹?」「いや、あの子の姉さんと、巴さんは、友達だったのさ。その関係で、よく可愛がってもらってたみたいなんだ。 実際の血縁は……もう兄貴しか居ないよ」「へー……え? 『だった?』」「うん、それも含めて、話してあげる」 そして、並べられるケーキと紅茶。 危惧した沙紀ちゃんの紅茶は……ほぼ、普段の巴さんのと変わらず。ほんとにお茶淹れるの『だけ』は上手だよなぁ……沙紀ちゃん。「うまっ♪ めちゃ美味ッスよ~」「相変わらず、美味いけど……このケーキ、ちょっとブランデー、入ってる?」「ええ、ちょっと大人の味に仕上げてみました」「へぇ……イケるじゃん」 ひとしきり。 もぐもぐとケーキを食べ終えた後に。「さってっと……とりあえず、何から、どこまでを話そっか?」「そうね。全てを話すと、混乱するでしょうし……」「ちょっと、難しいよね……」 と……巴さんと沙紀ちゃんと、三人揃って雁首揃えて相談中。「で、ほむほむ。……どーしてこんな年齢バラバラの、不思議人脈、持ってるの?」「そうね、まず……『私たちが何者か』って所から、説明したほうがいいかしら」 そう言って、暁美ほむらが、自分のソウルジェムをテーブルに置いた。「うわ、綺麗な宝石……」「これはソウルジェム。私たちが魔法少女である証であり、魔力の源であり、そして……『私たちそのもの』よ」「魔法……少女?」「と、呼ばれてる、別の『何か』さ……」 そう言って、あたしは補足説明をしながら、自分のソウルジェムを置く。 さらに、巴さんも、沙紀ちゃんも。「うわぁ、綺麗綺麗。全員、こーいうの持ってるんですか?」「ああ。 で、こーいうのを持って、具体的に何をしてるかって言うと……こういう事さ」 そう言って。 あたしは彼女の目の前で指を鳴らし、記憶を元に戻す。「っ……あっ、あっ……あああああっ、あの時のっ!!」「思いだしてくれたかい? ……ああ、巴さんと沙紀ちゃんは、その場に居なかったね。 以前、この子、助けた事があるんだよ。そん時に、沙紀ちゃんから教わった記憶操作、かけたんだ。それ、解除した」「そうだよ、ほむほむも、その場に居て……じゃあ、あの得体の知れない、のっぺらぼうみたいなアイツは」「魔獣……って呼ばれてる。そいつを退治すんのが、あたしらの役割って事……かな?」 そう言うと、キラキラとした目で彼女はあたしらを見つめて来る。「つ、つまり……こう、世界を裏から救う、ヒーローみたいな!?」「実際のところタダのドブさらいだよ。しかもボランティア……誰にも感謝なんてされないし、報われたりはしない。一文の得にもなりゃしない」「そんな……で、でもでも! 凄くかっこよかったですよ!」 その言葉に、あたしは溜息をつく。「実際、冗談抜きの命がけなんだ……ハンパじゃ死ぬ。この子の姉さんみたいに、ね……」「え!?」「私のお姉ちゃんも、魔法少女だったの。でも……去年かな。魔獣との闘いに負けて、死んじゃった……」 沙紀ちゃんの言葉に、美樹さやかが絶句する。「っ!! そっか……本当に、命がけなんだ。あ、チカさん、その……ありがとうございました」「いや、いいんだよ。 あたしゃ、何だかんだと『そーいうのにムカついて』、勝手に喧嘩売るクチだから。 ……何の関係も無いカタギが、魔獣やヤクザの犠牲になるのが……心底、我慢ならなくてね」 そう言って、あたしは天を仰いだ。 と……「あのー、聞いた限り、リスクしか無いように思えるんですけど。それって……辞める事は、出来ないんですか?」「無理だ……死ぬまで永遠に魔獣と闘い続ける、その覚悟が必要なんだ。 更に、魔法少女になるには、まずある種の素質が必要。 そして、その『素質』が許す範囲内において、どんな願いごとでも叶える事が出来る……『ほぼ、何でも願いがかなう』と思っていい」 その言葉に、美樹さやかの目が輝き始める。「何でも!? じゃあ、不老不死とか? 目のくらむような大金とか!? その……誰かの怪我を治したいとかも!?」「可能だ。 現に、『目のくらむような大金』ってのは、冴子さん……沙紀ちゃんのお姉さんが頼んでいる。 そして……それが、家族を救うと同時に、苦しめる一端を担っている」「っ!? どういう……事?」 その言葉に、沙紀ちゃんが言葉を継ぐ。「『出所不明の無茶苦茶な大金』ってのは、それだけで扱いが難しくなるんです。 実際、犯罪者扱いで、お兄ちゃんや冴子お姉ちゃん、警察や税務署に連れて行かれて……刑務所に行く寸前だったみたいです。 そうでなくても、お金の管理はお兄ちゃん必死になってやってるし……だから少しずつ、学校の勉強とは別で、お兄ちゃんに内緒で、私もお金の事、勉強してるんですよ?」「あー……それは……じゃあ、誰かの怪我を治したいとか、そういったのは……可能ですよね?」 その言葉に、あたしは溜息をついた。「あんた、その……上条さんか? それも、やめておいたほうがいい。その治した本人に、感謝されるとは限らないよ? ……あたしの願いごとなんか、正にソレなんだから……」「……どういう、事です?」「あたしの親父は、ヤクザの親分やってた、どーしょーもないゴンダクレだったのさ。 それが分かって以降、自分自身も家族も、何もかもが嫌で、嫌で、嫌でね……あたし自身、人生どうなろうが知った事かって、荒れまくってた。 ……それでも、組の若衆や親父は『あたしにだけは』優しかった。だからね、『組員全員、あたしも含めて綺麗なカタギの体にしてくれ』って……そう頼んじまったんだ。 そんで、暫くは良かったんだけど……その事親父に話したら、ブチギレて家、追い出された。 ま、あたしゃ後悔なんて、しちゃいないけどね。 正直、自分の親父が、あそこまで人間のクズだとは思わなかったし……極道の家庭なんて、元々どっかぶっ壊れてるも同然なんだし、丁度よかったと思ってるくらいさ」 さらに、沙紀ちゃんが言葉を継ぐ。「ついでに言うと……魔法少女としての能力って、その叶えた祈りや願いに左右されるんです。 そして、その能力によっては、物凄く取り扱いの難しい能力になっちゃったりするんです……例えば、私みたいな」「どういう、事?」「私の能力って……『誰かの能力をコピーする能力』なんです」「うわ……それ、無敵じゃない!?」「そんなワケ無いですよ。コピーした能力ってのは、原則的に、劣化版でしかないですし。 後で説明しますが、それに比例したリスクの高さも、相当なモノなんです。 正直……お兄ちゃんが居なければ、多分、私はあっというまに自爆して死んでいたでしょう。 ……物凄く扱いが難しくて、ちょっと失敗しただけで死に至る。そういう能力なんです」「なるほど……『自分の願いや能力そのものが、自分自身を苦しめるキーになっちゃう』可能性もあるのか。 うわー……大変なんだなぁ」 更に、あたしは……肝心の部分をボカして、言葉を継いだ。「ついでにね……『みんなを救うために世界の法則を書き換えよう』なんて、神に等しい事を願った魔法少女も居てね……その子は、『人間として存在していた事実そのものが』消滅しちまった。最初からその子は『世界に居なかった』事にされちまったんだ。 更に、別口で。 『世界を救いたいと願った人を助けたいと』願った魔法少女は、その人に存在そのものを否定されて……その願われた相手は自殺しちまった。いや、願われた相手だけじゃなくて、家族や、仲間や……大勢の人を巻き込んで、不幸にしながらね」「それって……願った本人は、どうやっても幸せになれないって事じゃない!」「そうだよ。 誰かのための祈りってのは、他の誰かにとって『受け止められなければ』それは呪いでしか無いんだ。 だからあんた、その……上条さん? 好きなのかもしれないけど。だからって、上条さんに感謝されるとは限らない。 そうでなくても……男には男の矜持(プライド)ってモンがあるからね」「プライド?」「『惚れた相手にかけられる情けなど、限りなき恥辱』って、どっかの世紀末覇者が言ってたけど。 ま、あそこまで過激じゃないにしろ、男には多かれ少なかれ『善悪は別として』そーいう部分て、あるモノなのさ。 そこに安易に女が手を貸すと、ロクな事にならない。どんな善意だとしても『男のプライド』っつー他人の大黒柱、折っちまう事になるんだ……ウチの親父みたいに、ね。 ま、アレの場合は、折れて正解だけどね……むしろ砕けて死ねって感じ♪ も、人間の根っこのトコが腐ってんだから、どんな立派な柱立てようが、意味が無いよ」「っ……そっか。それがどんなに正しくても、報われるとは限らないワケですね? あ、そうだ……マミさんは、どんな願いを?」「私は、彼女たちほど複雑じゃないわ。数年前、交通事故で、ね……考える暇も、無かった」 その言葉に、美樹さやかはマズい事を聞いた、という顔になる。「あ……ごめんなさい。そのー……ちなみに、ほむほむは?」「ごめんなさい。私は、ちょっとイレギュラーなの。だから理由も今は話せない……御剣颯太ほどでは、無いけどね」「あーごめん……そうだよね、今、聞いた限りだと、本当に『命を投げ出す覚悟』って奴が、必要になって来るんだね。 その結果が、このソウルジェムなんだ」「ああ。ついでにな……もう私たち魔法少女の体ってのは、人間のモノじゃない。 『命を投げ出す』どころか『人間を辞める覚悟』すら必要になるんだ」 そう言って、沙紀ちゃんに目配せをする。 ……何だかんだと、この説明に、一番慣れてるのが彼女だからだ。「どういう事……ですか?」「いいかい、沙紀ちゃんをよく見ていてくれ」 そう言って、自分と沙紀ちゃんのソウルジェムを持って、あたしは巴さんの部屋から出る。 ……マンションの一階に降り、そこから数歩、歩き出し……「チカさーん、OKでーす」「あいよー」 巴さんがマンションから手を振った所で、あたしは巴さんの部屋に引き返す。「……どうだい、分かってくれたかい? 『魔法少女になる』って事が、どういうリスクを伴う事か。 それでもあんた、あたしらみたいな石ころになりたいかい? 何でこの子が、あたしらからあんたを遠ざけようとしていたのか……理解、出来たかな?」「……………」 沈痛な表情を浮かべる、美樹さやか。 そこには……言葉で納得は出来たけど、気持ちが整理できない、といった表情があった。「なあ、アンタ……今、マトモな両親、居るんだろ? ゴンダクレのヤクザじゃない『普通の親』って奴が、さ」「はい」「ここに居る全員ね……『マトモな親』とか『マトモな家庭』って奴に、恵まれなかった子ばっかなのさ。 そういう意味で、あんたはまだ『マトモの範疇に居る』んだ。だから、魔法少女になんて、なっちゃいけない。 ……もし、あんたが死んだら一番悲しむのは……あんたを育てた親なんだからね? 死と隣り合わせの、しかも、報われる事の無いボランティアに……アンタみたいな子は、絶対首を突っ込むべきじゃないんだよ。 そんで、本気で惚れた男が居るならば、自分自身の生身で体当たりしてぶつかるくらいの、根性や強さを持つんだ。奇跡や魔法なんぞに頼る事無く……自分の恋は自分自身で何とかするんだ。 ドブの底で産声上げて生まれちまったアタシとは違って、あんたにはその『真っ当なチャンス』って奴が、ちゃーんと用意されてるんだよ! ……いいね!?」「はい……分かりました。その……ありがとうございました」 不承不承といった感じだが。 それでも、納得はしてくれたのか……美樹さやかは頭を下げてくれた。「なぁ、暁美ほむら。 あたしゃさ、ゆまちゃんの徹を、また踏みたく無いんだ。だから……あの子の事、頼むよ。 あんた、同級生だろ?」 帰り路。 たまたま、道が同じだった暁美ほむらに、あたしは声をかける。「元より、そのつもりよ。 まどかが願ったのは……多分、『全員が報われるハッピーエンド』だと思うから。 でも……」「でも? 何だい?」「……いいえ。 恋の問題というのは……どう頑張っても一筋縄じゃ行かないモノなのよね」「まーね。 颯太も含めて、男ってナニ考えてるのか、ホンッッットーに謎だしなぁ。そんでさ、多分……それは男女双方にとって『永遠の謎』って奴なのかもしれない」「その割には、御剣颯太と親しくしてるみたいだし……彼から聞いたけど、クラスメイトの男子とも、気さくに話しをしているそうじゃない?」「そりゃまあ、こんな性格してるから男に『合わせる事』は、ある程度出来るさ。でもやっぱ……究極の根本のトコは、分かんネェよ。 そんで、人間が人間として生きるなら、男女の問題なんて絶対避けようが無いし。……だから、アイツは魔法少年で、あたしらは魔法少女なのかもな」 遠い目をして、つぶやく。「どんな言葉を交わして、キスをしても、肌を重ねても……それは多分、永遠に分かんないんだろうなーって。何と無く思う。 そういう意味じゃ、颯太の奴が臆病になるのも、無理は無いかもな」「臆病?」「戦闘マシーンのサガ、って奴らしい。 『他の誰かを信じる事は出来ても、自分自身を絶対に信じて無い』んだそうだ。 謙虚とも受け取れるけど……あいつのは度が過ぎてる。臆病なんだよ、本質的に……ま、親殺し、家族殺しなんて罪悪感、背負っちゃったら無理も無いかもだけど、ね」 そう言って、あたしは溜息をついた。「ま、あたしはアイツに言わせると無謀の塊だけどさ……案外、アイツとあたしと足して割ったくらいで、丁度いいのかもな」「そうね。 ……新しい能力を、いきなり実戦で試すとかは、辞めた方がいいと思うわ」「うっ……」 美樹さやかを助けた後。 暁美ほむらが教会にやってきて、杏子と話をして行った時に、思いっきり単独で戦った事がバレて。 で……『アネさん、あんた馬鹿なの? 死ぬの?』 と、また杏子にゆっくりボイスで呆れかえられた。 ……恐らく、颯太の奴だったら『君は本当にバカだな』って大山の○代ボイスで、呆れかえられそうだ。 ……なんとなく、あの二人、似てるよなぁ……同じスピードタイプで、豪放なようでいて慎重派。頭の回転も双方ともにキレる。 前線で、安定した切り込み役を任せるに足る、実戦派ってあたりも、そのまんまだし。「……御剣颯太を雑にしたら、こんな感じかしら?」「なんか言ったか?」「いいえ、何も。 ……それよりも、そちらこそ佐倉杏子と御剣颯太との、和解の目途をつけて欲しい。 正直……私には不可能だわ」「ん、分かった……まあ、何とかボチボチやってみるさ。幾つか、手が無いわけじゃないし、ね」「と、いうと?」「んー、まずは……双方を『知ってもらう事』から始めようかな、って。 ……アイツも杏子も、目を背けちまってる部分があってさ。そこを、上手く調節しながら、話を転がして行こうかな、って」「随分アバウトね」「アバウトくらいがちょうどいいのさ、こういった計画は。 だからとりあえず、教会の面子の勉強とか、颯太に見てもらうあたりから始めようかな。 ……杏子の奴はブッチしちまってるけど、ゆまちゃんとかひみかとか、何とか学校に通ってるし」「そんな事を、彼が引き受けると思うの?」「思うさ。 アイツは義理固いホンモノの侠客(おとこ)だ。増して、ゆまちゃんに『学校に行け』っつったのはアイツだしな。 なら、学校の勉強の面倒を見るのは、当然のスジってもんだろ?」「そうね……でも、裏切りに対して剥く牙も、容赦が無い男よ?」「分かってる。だからこれは博打さ。あたしが命を賭けるに値する、博打なのさ。 ウチは確か、博徒系だったハズだしね。テキ屋系だったアイツん家とは、ちょっと違うのさ」「?」「あー、日本のヤクザの系統って、発祥別に三つあってね。 博打打ちの集まりの博徒系、縁日なんかの屋台で稼いでるテキ屋系、それと戦後の動乱期に勃興した愚連隊系。 で……アイツん家の家訓からして、たぶんテキ屋系だと思うんだよねぇ……ま、今じゃ実際、全部まとめて『暴力団』だし、やってる事も大体一緒の、ロクデナシのクズ共だけどな」「……詳しいのね」「親が親だったからね……色々調べたさ。 ま、カタギになったとしてもさ。こう……弱きを助け、強きを挫く、仁義だとか任侠だとか、そういった『心意気そのものは』間違っちゃいないハズ……なんだけどね」 そう言って、あたしは遠い目をして溜息をついた。「今じゃカタギもヤクザも総理大臣からホームレスまで、頭からケツの毛まで手前ぇの事しか考えねぇ。 自分を偽って、狡いツラ下げて弱い者いじめしか出来ない、情けネェプチブルばっかになっちまった……だから、あたしらみたいな、奇跡や魔法で何とかしなきゃっつー魔法少女や魔法少年が……必要になっちまったのかも、な」 その後。 あたしは、杏子の事を颯太に知ってもらうよう、積極的に、教会に引っ張り込むように心掛けた。 杏子との仲は、相変わらず相互不干渉だったものの。杏子やあたしが暮らしている『今』は、否応なく見せつけた。 何だかんだと、颯太の奴も、最初は文句言ってたものの……とりあえず、仕事として、教会に来る事そのものは、拒否しなくはなっていった。 更に、沙紀ちゃんも来るようになって、ボケ役のゆまとツッコミの沙紀ちゃんのやり取りが、垣間見れるようになった。 ……ああ、やっと分かった。初対面のアレは、近親憎悪だったんだ。こいつら、本質的に甘え上手の似た者同士だし、カンの鋭さもドッコイだし。 そんなこんな、ドタバタとやり取りを繰り返しながら、季節は巡る。 あたしが、この街からの旅立ちを決意し。 そして……颯太の奴が、あたしと巴さんの思いに答えようとした時には。 もう、三学期も終わりになろうとしている、時期だった……