「……沙紀、お前さ……」 その日の夕食。 俺は、沙紀に問いかける。「何だかんだと、真剣に狙ってただろ、上条さん?」「女の子が、恋に手を抜かないのは、当然じゃない。 それに、退院前のあの時が、私と上条さんの二人きりになれる、ラストチャンスだったんだから。 ……あの段階で、美樹さんに追いつかれた時点で、もう私の勝ち目、殆ど無かったんだし。 それにね……」「それに?」「チカさん、言ってたでしょ? 『本当に好きならば、恋人だけで満足できるわけがない』って。 ……多分、私が上条さんと付き合ったら、『理想の上条さん』を押しつけて、潰しちゃうと思う。 ほら、私って……ワガママじゃない?」「まあな」 そう言いながら、俺は避けて逃げようとする、チンジャオロースーのピーマンを、沙紀の皿に盛り付ける。「ついでに言うなら……お兄ちゃん、上条さんをオッパイ星人に洗脳したでしょ!! 多分、それが一番の敗因だよ!」「ぶっ!!」 あの騒動の後。 何だかんだと暁美ほむらが、両親を誤魔化してくれた末に、恋愛がらみで大騒動があったと説明。 更に……戻ってきて早々、その場で、堂々と両親に『さやかを彼女にした』宣言を、両親にカマす上条さん。 ご両親も、何か納得が言ったかのように落ち着いて……『これからも恭介の事、よろしくね、さやかちゃん』などとハッピーエンドになった。 ……のはいいのだが。「あのHな本、どこにやったかと思ったら……上条さんに預けてたなんて、想像もしてなかったわよ!」「なんだ、バレちまったのか。 ま、貧乳スキーなロリペドさんになるよっかマシたぁ思うし、正しいハズだしね……揺れる巨乳は資産価値であるからして、資本主義社会においては絶対正義(ジャスティス)ですヨ。 ……っつーわけで沙紀。悔しかったら好き嫌い無くして、ついでに牛乳飲んで、モリモリ喰って育つんだな」 そう言いながら、沙紀の小皿に、またピーマンを追加してやる。「って、まだピーマン追加ぁ!? ……なんて奴! こっ、この血を分けた実の兄とは思えぬ、血も涙も無い悪魔! この邪悪な大艦巨乳資本主義の走狗め……! くそっ、レーニンよっ、スターリンよっ、全国津々浦々の貧乳スキーな革命戦士たちよっ!! このモテ期入って腐敗して堕落した、大艦巨乳資本主義者に、人民裁判という名の赤き鉄槌をっ!!」「ふ、ナイチチや、貧乳スキーなんて、どれもくだらない精神的未成長の遺物。 唾棄すべきペド野郎の懐古主義、敗北主義者の同窓会よ……やっぱりオッパイは大きい方がイイよNE♪」「くうううううう!! 最近、変態紳士の本性、隠さなくなって来たわね! このジョルジュ長岡め……」「ま、そりゃお前の前じゃな。……最早、隠すだけ無駄だと悟ったよ。 っつーか、むしろ、魔法少女としてソレナリに一丁前になった今、遠慮なく言わせて貰うが。 その発育の悪さを、俺は真剣に心配してるし……いつ血迷って、失恋の隙突かれてペド野郎に引っかかるかと思うと、お兄ちゃん心配で心配でならんのだよ、全く。 だから、どこぞの腹ペコ王を憑依召喚しても構わんから……とにかくピーマンを喰え!」 更に、もりゃっ、とチンジャオロースーの大皿から、ピーマンを小皿に盛り付ける。「だから、ピーマンと胸と、何が関係あるのさー!」「ピーマン以前に、喰いモンの好き嫌いをすんなと、言うとるんじゃーっ!! ……タダでさえ貧乳女神の力を借りて、キャラ的に貧乳属性が加速してんだから! それともアレか、おめー、共感能力の高さ利用した女神様の巫女さんでも気取って、一生マジで結婚もせんと過ごす気か! っつーか、そんな不健全な欲望を抱えた、ナイチチ好きのペド野郎の毒牙にかけるために、育てた憶えは無いぞ! ……あー、そーいえば、暁美ほむらもナイチチの洗濯板だし、あの女神と深く関わった人って、大体、貧に……え、ちょっと?」 不意に……沙紀の奴が『変身』する。 それも、普段の『特徴が無い魔法少女』姿では無く、白くドレスアップされた、例のアルティメットな感じの女神様の姿に……「ごめんね、お兄ちゃん。 今、魔法少女の女神様から『殺ってヨシ』って、許可つきの電波を受信した気がしたの」「ちょい待て、沙紀……ご近所迷惑……」 ギリギリと引き絞られる、魔法の弓矢。「大丈夫、お兄ちゃんも、半分神様みたいなモンだし、死んだりはしないと思うから。 だから……神の鉄槌、喰らっとけーっ!!」「だが断るーっ! この御剣颯太が最も好きな事のひとつは、奇跡や魔法で何でもどーにかなると思ってる馬鹿に「NO」と『否定してやる』事だーっ!!」 『否定』の魔力を付与した箸や茶碗を投擲して、『女神の矢』を相殺しつつ。 ここに、『第二次 御剣家の乱』が、勃発した。「ふ……闘いの後は、いつも虚しい……」 よく『手に馴染んだ』フライパンと中華鍋を使って、頭に三段アイスの如くコブを作った上に、ヒキガエル式に踏みつぶした沙紀をグリグリとDIE所の床で踏みにじる。「特に、このゴリゴリと骨と皮と筋って感じで、チチとか尻とかに女性的な柔らかさの欠片も無い、沙紀の体と接するたびに。 貧しい……非情に貧しいなぁ。その上『メシマズ女』で『かたずけられない女』なんて……我が妹ながら、お兄ちゃん、虚しいを通り越して、悲しくなって来るなぁ……」「ううううう……だ、だが、私が最後の貧乳ではない以上、私が絶望する理由なんて、無い! そして何時か、この邪悪にして傲慢なる大艦巨乳資本主義者に、赤き人民裁判という名の、裁きの鉄槌が……」「悪いな、沙紀……色んな意味で、キッチンで負けた事、無いんだ、俺」 運が悪かったな、沙紀。 前回の『乱』とは逆で、今度は俺が、地形効果的に戦力200%増しデスヨ♪ 特に、暴走する特急電車の食堂車や、戦艦のキッチンなんかだったら、1500%はイケる自信があるネ!!(……ふと、何故か、『佐倉杏子』って単語が頭をよぎった気がしたが、多分気のせいだろう。そもそも、あいつと険悪になった事はあっても、ケンカした事、無いし)。「う、ううう、そういえば、キッチンはお兄ちゃんの『聖域』だった……迂闊」「愚かなる貧乳マルキストよ、DIE所の床の味を噛みしめて逝きたまへ……あ、そうそう」 ふと、思い出して、俺は財布から一枚のコインを取りだす。「ほい、沙紀。上条さんからプレゼントだ」「……何、これ?」 そのコインには、表しか無かった。 裏半分が、すっぱりと斬り落とされて、薄切りスライスになっている。「上条さんがな、『世界で二番目のバイオリンのファンに』だってさ。 こいつの半分……裏面は、アイツが持ってる」 ちなみに、『俺が作った』ってぇのは秘密だ。「……むー……」「何だかんだと、お前、スゲェ感謝されてんぞ? 上条さんや美樹さやかに。『良かったら、演奏、聞きに来て欲しい』だって……」 そう言って、慰めるモノの……「ううううう……シクシクシクシクシクシクシクシク……確かに、上条さんのバイオリンは凄いし、物凄い好きだけど。 だからって『世界じゃ二番目だ』って、何よそれ! なんかあたし、魔法少女の能力的にも『永遠の二番目』ポジションで終わるの、繰り返しそう」「『三番目』よっか『マシ』なんじゃねぇの? ほれ、あの……志筑さん、だっけか? 彼女も大泣きした後、立ち直ったし」 なんか最初、天の底が抜けたみたいに落ち込んだ、志筑仁美さんだったが。 何だかんだと、『私! もっと素敵な『女の人』になって、上条さんを後悔させてさしあげます!!』って、最後は意気込んでたし。 そう言う意味じゃ、『初恋は実らない』なんて、ごく普通の話だし自然とも言える。 ……何しろ、男にだって選ぶ権利はあるワケだし? そもそも人間は、試練を乗り超えねば、強くなることは出来ないワケで。 むしろ、ある意味、失恋が女性を大きくさせるとするならば、上条恭介と美樹さやかのほうが『不運』と言えるかもしれない。何しろ、これから先、美樹さやかが『堕落しない』などという保障は、何処にも無いわけで。 ……ま、いいか。そこまでは知ったこっちゃ無い話である。「腕白でもいい。逞しく育ってほしい……ってわけで、二番目で終わるのが嫌ならピーマンを喰うんだ!! 沙紀っ!!」「うにゃああああああああああああああっ!!!!!」 死守した小皿に盛りに盛ったチンジャオロースー(ピーマン大目)を、無理矢理口開かせて、喰らわせる事により。 『第二次 御剣家の乱』は、ここに終息を見た。「あんた、アネさんに何をした!?」 翌日。 朝早く、登校前に家に訪ねてきた佐倉杏子に、俺は問い詰められた。「あ? なんだよ、こんな朝っぱらから……チカの奴が、どーしたって?」「『学校行きたくない』だって……あのアネさんがだぞ!?」 その言葉に、俺は溜息をついた。「あー、そりゃ問題ネェよ。今週の週末にゃ、どっちにしろ解決する話だ。 それより、朝飯どうした? 食って行くか?」「アネさんが作ってくれたよ! それより、どーいう事だ!?」 何といいますか。 とりあえず……事実だけを伝えるか。「沙紀の奴にビビって、イモ引いたんだよ。……昨日、上条恭介と、美樹さやかの話、聞いたか?」「はぁ? ……なんだそりゃ?」「んー、上条恭介になー、沙紀と、美樹さやかと、もう一人……志筑仁美、だっけか? 三人揃って、いきなり告白した上に、それを止めようとした俺にまで、巴さんとチカが『答えを出せ』って迫ってきてな。 結果、上条恭介は、美樹さやかを選んだんだが……そん時に、まぁ、沙紀が『女見せた』っつーか、『カッコイイ引き際』見せちまったモンだからな。 で、俺がそれに続いて、答えを返そうとしたら途端にイモ引きやがった」「あー、そうか……って、おい、待てよ? あんた、じゃあ答えは……」「出したよ。出せてるよ。 ただし、アイツが『週末まで答えを待つ』っつったし。 俺としても、その場のノリで男を追いつめておきながら、『答えを聞くのが怖い』なんてヘタレた事言われて、ムカつかんワケあるめぇよ?」「本当に……答えは出したんだな?」「ああ、出してる。証人は上条恭介だ。だが、結果は今週の週末、土曜日まで絶対封印だ! ……そこに関しちゃあ、悪いが、イモ引いてヘタレたあいつが、絶対に悪いぞ? ああ、上条恭介シメて、結果だけ先に聞こうなんてしたら、ブッ殺すかんな、お前?」「っ……分かったよ。じゃあさ、あんた。アネサン、学校に連れてってくんねぇか?」「あい、よ。朝飯はマダだが、ショウガネェ……チカの馬鹿連れて、学校行くか。 沙紀、悪いが、朝飯は適当に喰ってろ。 洗い物は俺が学校から帰ったらやるから、適当に流しに置いておけ……絶対、残すなよ?」「リョーカイでアリマス、お兄サマ」 昨日の『乱』の結果、フルボッコフェイスで、びみょーにカクカクと恐怖で引きつってる沙紀を放置して、俺は教会の方へと足を運んだ。「……沙紀ちゃん、いつに無く酷い顔だったが、何かあったのか?」「なに、ピーマン喰いたくない余りに、女神の力を借りて暴れ始めやがってな。 とりあえず徹底的にとっちめて、食わせた」 とりあえず、『ありのままの事実』を説明する(間違ってはおるめぇ?)。「あたしが言うのも何だけど……ほんと、食い物の好き嫌いに、容赦が無いね、アンタは」「はっ! 好きなモンだけガツガツ喰ってっから発育が悪くなるんだよ。増して『メシマズ女』で、『片づけられない女』だぞ、あいつ? ……確かに魔法少女として一人前とは認めたが、今度は『嫁の貰い手が無い』なんてなったら、困るのはアイツだ。 外面もガキ臭いし、家事炊事洗濯全滅……最早、俺に出来る事っつったら、少しでもアイツに家事を憶えさせる事と、好き嫌いなくモノを喰えるようにさせる以外、無いね」「毎度毎度思うけど……あんた、ホント鬼だね」「鬼にもなれんようじゃ、親代わりは勤まらんよ。 好きで我が子をひっぱたく親が、ドコにいるってんだ……って、ゆまちゃんの両親は、そうだったよなぁ……」 彼女を虐待をしていた両親が、魔獣に襲われて死亡し、途方に暮れていたのを教会に連れてきたのは、佐倉杏子(こいつ)とチカだった。 そして、『魔法少女になるな』という、チカや俺、沙紀や巴さんや、佐倉杏子(こいつ)の忠告も虚しく、彼女は魔法少女になってしまい、更にチカと佐倉杏子(こいつ)にベッタリに甘えはじめ……思えばあれが、あの教会が孤児院化する、第一歩だった気がする。「ま、何だかんだと……沙紀も、ワガママでも素直な子に育っている分、ありがたい話ではあるよなぁ。 少なくとも、自分が悪い事したら、頭を下げて身を引く素直さはあるし……」 その分、色々と狡猾ではあるが、まあ……『イタズラ』の範疇である。「何だかんだと『イイ子』に育ってるからこそ、ちゃんと炊事洗濯さえできれば、何時かは結婚相手にも恵まれるだろうし……っつーか、沙紀が嫁に行く姿を見るまでは、俺は絶対死なないし、沙紀だって死なせるつもりは無いしな!」「……頼もしすぎる『オヤジ』だな、まったく。そのうち、暴走する特急電車や戦艦を乗っ取ったテロリストを『料理』しそうで怖いよ」「魔獣相手にやってる事は、大体似たようなモンじゃねぇか、俺たち。 ……まあ、確かに俺とかチカは、『料理』の食材に、『たまーに』ヤクザとかマフィアとかチンピラとか混ぜてるのは、事実だけどさ」「『たまーに』……って……」 笑いながら一言。「安心しろ。カタギには手を出して無いさ……そう、カタギには、ね。 だってさ、魔法少女や魔法少年なんて、ヤクザみたいなもんじゃん……好き勝手、やりたい放題出来る体で、何でも願い事叶えて。 フツーの人はさ、もっとこう、小さく自分の幸せだけ夢見て、幸せに死んで行けるんだぜ?」「……それって、本当に、幸せなのかな?」「さあね? 少なくとも、俺の夢ではあるよ。 そういう意味で……美樹さやかと、上条恭介は幸せかもしれんし、不幸かもしれん。 何しろ、『恋人』というステップは踏めても、『その次』に至れるかどうかは、全然別の問題だし。告白してOK貰えるってのは、確かに一つの幸せかもしれんが……人生なんて基本、塞翁が馬だしな」「あんた、ホントに冷めてるっつーか、シラケてんなぁ……全く」 その言葉に、俺はアッサリと返す。「そーでなけりゃ、魔法少年なんてやってられませんとも。 ……っつーか、あんたもそうだろ? でなけりゃ、俺がお前と落ち着いて、こんな会話なんてやってられますかいな? 首吊った新興宗教の親玉の娘と。その被害者の息子と娘。どー考えたって、フツーは会話が成り立つ関係には、成り得ねーだろ? ……そいつの橋渡ししてくれたのは、紛れも無く、チカだけど、ヨ」「っ……そう、だな」「って……あー、言い過ぎたか。すまん、悪かった……お互い、トラウマだし、ま、そのへんは忘れようや。 まー、なんだ。魔法少女のみんなが、夢や希望を見て居る分、俺は現実を見て行動することにしてるのよ、色々と……ね。 そういう意味で、あんたやチカみたいなタイプは、凄く貴重だよ。……ある意味、巴さんよりもシッカリしてるしな」「そっか、な……」「ん、まあな。もっとも、現実見過ぎて、そいつに『潰される』タイプと見たけど」 と……「やっぱさ……アンタとアネさん、似てるよ」「あ?」「あたしに向かって、言う事……大体一緒だもん」「ま……ウマが合うってのは事実だな。 何て言うか……あいつさ、将来の事なんてなーんも考えてネェと思うけど。でも、『自分の行く末』だけは、きっちり見据えてるタイプだ。 こう、死生観っていうか……『いつ、ドコで野垂れ死にしても構わない』って思った上で、『やってみたい事に突っ走る』からなぁ……そーいう意味じゃ、以前のお前さんと似て非なるモンさ」「……どーいう事だよ」「まあ、あっさり言っちまえば……『アウトロー』と『チンピラ』の違いさ。 チンピラってのは、目先のモンしか見えてねぇ。その場その場が楽しければ、自分さえ良ければそれでいい……昔のお前みたいな奴の事を指すのさ。 それに対して、アウトローってのは『それさえもどうでもいい』連中の事で……何ていうか『大局的に世界を知った上で』根本的に色んなモンを否定してるのさ。 ……っていうか、アイツの場合、なんつーのか……『魔法少女になることで、普通の少女時代を取り戻してる』って感じにしか思えん。ヤクザ狩りすんのも、どっちかつと親含めたヤクザ全部に対しての『反抗期』って感じだしな」 ……ま、反抗期入ってる魔法少女のヤクザ狩りに巻き込まれるヤクザ屋さんたちには、本当に気の毒だと思うが。 そればっかりは、赤の他人踏みにじってヤクザ気取ってる段階で、人生諦めてもらうしかあるまい(キッパリ)。「あー、なんか……分かる気がする。時々、ホントガキっぽいもんなぁ、アネさん」 なんというか。普段、教会のチビ共をコイツと一緒にまとめている姿は頼もしいのだが……巴さんとブラのサイズとデザインの談義してる時なんかは、ホント『女の子』なのだ(っていうか、ウチでやるなよ、って思うのだが)。「でも、動力源は『酒』なんだよなぁ……」「……ああ、あの人、ホント飲むからなぁ……」 テキーラだのスピタリスだのアブサンだの……余裕で空けて行く姿は、頼もしすぎて恐ろしいモノがある。「まったく……ホントに16歳か、アイツ!?」「……そのアネさんを飲み潰したアンタが言うか?」「いや、普段飲まないし、美味しいとも思わんから。それに……俺、魔法少女以上に『マトモ』じゃ無ぇみてぇだし」 そう。 俺は……俺自身は、普通に生きたかった。 剣術だって、『普通』と『日常』を護るために習っていた、ちょっとしたスパイスなハズであり、生きる『術(すべ)』では無かった。 だが、思う。 普通というのは、日常というのは、どこかの誰かが支えていて、初めて成り立っているのだ、と。 それを支えるのは、誰かの希望となるべきなのは……本来は『大人』の仕事なのだ。 ふと。 俺は、こいつが世話をしている、千歳ゆまを思い出す。 『いつか』は『今』ではない、と……『過去』を踏み台に『今』と向き合い続ける力を欲し、未来を掴むために。 そして、こいつやチカの背中を追いかけるために……彼女は魔法少女になった。 そして……俺は。 俺にとっての夢であり希望であった沙紀は、俺を超え、未来へと一歩を進められたのだ。 ならば、次の夢を見るべき、俺自身は……チカと、どうやって一歩を踏み出せばいいのだろうか? 正直……皆目、見当がつかない。「なあ、俺さ……あの二人に告白されて、何だかんだと考えてたんだけど。 やっぱり、誰かに『使われる』『頼られる』って事そのものは、嫌いじゃあねぇんだよ。 そういう意味じゃ俺はさ、やっぱ魔法少女の相棒(マスコット)であり、結局は……『魔法少年』なんだと思うんだ。 ただ、やっぱ……その、化け物だからさ、俺は。そういう意味で『飼い主』は選びたいし、選ぶ必要もある。しかも、その期待に答えられるかどうかなんて、全然分からネェんだ」「あんたさ、その……自分がやりてぇ事とか、見つけらんねぇのか?」「こればっかりは、な……何でもできるってのは、何も出来ないって事も、同然なのさ。贅沢な悩みだとは分かってはいるんだけど、ね。 ……でもまあ、最近は好き勝手させてもらえるようになったと思うよ。庭弄りしたり、茶道部でお茶を嗜んだり……日ごろ慌ただしくて忙しい分、侘寂ってのは何よりの贅沢さ」「……枯れてんなぁ、アンタ」「そういうお前だって、昔は似たようなモンだったじゃねぇか。 俺から言わせりゃ、人間なんて『本当にやりてぇ事』も分からないで、目先の楽しみばっか追っかけてりゃあ、犬みてーに同じ所をグルグル回るしかねぇ。 そーいう意味で、お前も、『足を止めちまったまま』だったんじゃねぇか?」「……かも、な……」 そう、俺とコイツとで違う所があったとするならば。 家族と過ごす『役割』があったか無かったか。 義務があったか、無かったか。 己を束縛し、道を示す存在が居たか、居なかったか。 もし、冴子姉さんが、沙紀が居なかったら。俺は昔のコイツみたいになっていただろう。 そういう意味で……沙紀が俺を飛び越え、ある意味、自由になってしまった今。 魔法少女のマスコットとして、少々それを持てあましてるのも、また事実だったりするのだ。 と、気になって、問いかける。「なあ、お前……学校とか、行かねぇの?」「……あんまり、行きたくねぇ」「そっか。あんまいい所じゃなかったんだな、お前にとっちゃ」 少なくとも。 学ぶ意欲の無い者を学校に行かせるほど、俺はお人よしでは無い。 だが……「まー何だ。 やりたい事が分からなきゃ『探さない』ってのも、一つの手なんだよ。 ……俺のお師匠様の受け売りなんだけど、ヨ……人間は、分かんない事を不安に思って、そして、そこをつい『嘘』で埋めちまう。 だから、『何をしていいか分からない時は、とりあえず一番得意な事をやれ』って……それは真実だと思うぜ?」「得意な事……ね。じゃ、アンタの場合は?」「……剣術。あとは料理、かな?」 もっとも、剣術に関しては、最近、色々揺らいでるが。……だって、沙紀にモロに足元、掬われたしな。 『剣に拘る者は、剣に足元を掬われる』。 師匠の言葉は……『行動とは別で』、何だかんだと真理を突いていたりするから、侮れないのだ。「じゃあさ……アンタのその……師匠の正体とか、もういっぺん、探ってみたらどうだ?」「あ?」「いや、昔のアンタが諦めた事。今だったら、出来るんじゃねぇか?」 その言葉に、俺は戸惑った。 そうだ……考えてもみりゃ『あの人が何者か』って……本当に正体不明なままだったのだ。 そもそも、『西方慶二郎』って名前そのものが、どーも偽名っぽいのである。「なんつーか……『ザ・ワン』の師匠って、どんな人物なのか、何者だったのか。 興味、あるよ。やっぱり……」「まあ、そりゃそうかもだけど……今更、死人を暴いて楽しむ趣味、俺には無いなぁ。 ヒトラーだろうがキリストだろうがヤクザだろうが、人間死ねば、皆、仏だよ。罪も徳も、生きて積み上げてこそのモンだろーし……ね」「……かも、な」 そんなやり取りを繰り返しながら。 俺はすっかりおなじみになった、教会に足を踏み込んだ。「アーネーサーンー!! 起きてんだろーっ!!」「おーい、チカー! 学校行こうぜー!!」 あいつの部屋を、ドンドンと叩く。が……反応が無い。 ……仕方ない、か。「頼む。流石に、女の部屋に無断侵入は嫌だ」「りょーかい……アーネーサーン!!」 どがん! と……蝶番だとか鍵だとかを蹴り壊して。 佐倉杏子が、チカの部屋に踏み込んだ。 が……「あー……逃げたか?」「居ねぇ……ワケが、無い!」 そう言って、俺は、ベッドをひっくり返した。 そこには……『気配消去』でベッドの下に隠れてた、チカの姿が。「ぐっ……なんで分かった!?」「出て行った痕跡が無ぇんだよ。 ……お前の『気配消去』は、確かに俺にも有効だが、実体を隠しているワケじゃない。『目に見える範囲なら、喝破する事』は容易いのさ」 そう。 あの時、沙紀も使った『気配消去』だが、あれを何故見破れなかったかというと。 単に物陰に隠れてて『俺が見えない場所に居た』からである。 『幻影を見抜く目』を持っていたとしても。 元より、見えないモノは推察と想像と経験で見出すしか、無い。 ……そーいう意味で、チカのこの能力は、『気配察知+幻想破り』を持つ、俺の天敵と言えるかもしれない。初手を物陰からの完全な奇襲、さらに物理攻撃に限定したら……俺は多分、チカに敗北するだろう。 いかなる幻想を見抜く目を持とうが、『現実の裏側に隠された真実』までは、完全に見通す事が出来ない。今の俺には、『神の力』はあったとしても、神の『視座』を、持っているワケでは無いのである。 だからこそ……「とりあえず学校。行こうぜ」「……わかったよ。着替えるから、ちょっと待っててくれ」「……………」「……」 お互い、沈黙しながら黙々と学校に向かう。 なんというか……気マズいのだ。色々と。「な、なぁ……考えてみりゃさぁ、一緒に学校に行くとかって……無かったよな」「まあ、な。通学路、正反対だもんな」 学校で、仲のいい面子と馬鹿やって。そんな中にこいつも加わって。 告白から始まったとはいえ……今の段階で、結局落ち着いた所は、そんな関係だった。 と……「あ、あのさ……その、やっぱ……カッコワリィよなぁ……」「あ?」「い、いやさぁ……あたし、沙紀ちゃんみたいに、あんたに何かしてあげるとか……出来てるのかな、って。 いつも迷惑かけてばっかだしさぁ……その……振られるのが怖い、ってワケじゃなくて。 あんなかっこよく、恋を終わらせられるのか、って。ちょっと自信が無くなっちまってさ」「で、イモ、引いたってか!?」 その言葉に、俺は呆れ返った。「だってさ、ほら。あたしって、デカ女で、可愛くないじゃん? もう、『カッコイイ』以外の選択肢が残って無いの、自分でも分かってんだよ。 そんなあたしが、カッコ悪くなっちまったら……何が残るんだよって。 だから、ちょっと合わせる顔が無かった」 そして……思いっきり噴き出した。「なっ、なんだよ、おめぇ! 何がおかしいんだよ!」「いや、俺からすりゃさぁ、そーいう女の『可愛い部分』ってのも、中々の萌え対象だよなーと」「っ……なっ! 何を……」「だーかーらー、大男の俺からすりゃ、おめーだって十分『可愛い』範疇だっつーの」「そ、そうか……そう、なのか……なぁ?」「ああ、身長がとーとー180超えても、立派に女の子……」 次の瞬間。 鬼のようなブーメランフックが、鼻先をかすめていった。さらに裏拳→左ジャブの連打を回避回避回避。「うるさい、デカいとか言うなっ!! 180とか言うなっ!!」「いや、こー、ギャップ萌えというか、図体の割りに純情だなぁと」「うるせーっ!!」「ハハハハハ、やっぱ可愛いわ、お前!」「っ……こっ、こっ……馬鹿ーっ!!」 涙目で真っ赤な顔のチカをからかいながら、トドメのアッパーカットをひょいと避けつつ。 木曜日の通学路を、俺とチカは、学校に向けて走っていた。「おーい、颯太ー、チカー、大貧民やろーぜー」 いつもの日常。 いつもの昼休み。 弁当をモリモリ喰い尽くした後、お決まりの面子とのトランプ遊び。「おー、OKOKー。って、あれ、坂本は?」「あー? アイツ、彼女出来たってさー、屋上で石沢と一緒に、石破天驚ラブラブ弁当一緒に喰ってる」「わお、そりゃ東方先生も真っ青だ……ん?」 ふと、思う。 何だかんだと男子とツルんで馬鹿やってるチカだが……女子とも関係が無いわけではない。 そして以前、コイツが坂本を呼び出していたのを思い出したのだが…… とりあえず、目線をトランプで覆い隠しながら、テレパシーだけでやり取りを交わす。『お前、坂本になんかした?』『いや、ラブレター届けただけだよ……ほら、何だかんだと男子と一番仲が良いの、あたしだからさ。 ちょくちょく頼まれるんだよ……『誰ソレに渡してくれ』って』『あー、納得』 何だかんだと、義侠心に厚いコイツは、クラスでも男女問わず、それなりの人気者だったりするのだ。『そーいえば、お前……この一年で、告白とかされた事、ねぇの?』『されたよ、何人か。で、アンタに惚れてるって言って、断った』 げっ!!『おっ、おまえなぁ……』『安心しな。 ついでに巴さんの事も話してあるから、あんたにフられたら考えるって言っておいてある』『ギャース! それでか……なんか妙な嫉妬の目線が、俺に来てるのは!!』『あ、ちなみに……巴さん、四月にゃウチの学校に来るからね』 ぶーっ!!『な、なにそれ……初耳なんですけど?』『そりゃ、内緒にしてたに決まってるじゃないか。ま、そーいう意味でも……あんたに逃げ場は無いと、思ったほうが良いよ?』『そ、そういえば、年末にかけてそっけなかったし。 あまり魔獣狩りに顔を出してないなーと思ってたけど……そっか、受験だったんだよなぁ』『まあね。 結局、推薦で合格できたみたいだけど……落ちたら一般で来るつもりだったみたいで、必死になってたからなぁ』『……あー、納得』 頭も成績もいい、真面目な人だしなぁ……魔獣狩りと並行しながら、勉強して進学するとなれば、推薦が一番ベストだろうなぁ。『そーいえば、アンタは一般だったんだって?』『ああ、まあなぁ……キレていっぺん大暴れしちゃってさ。推薦、取り消されちゃったんだよ。 ま、成績的に色々余裕だったから問題無かったんだけどさ』『……にしても、よくこの学校来ようと思ったね。もっとイイ学校もあったろうに』『家から一番近いからな……歩いてすぐだし、何だかんだ日々忙しいからよ』 いや、ホントに。 沙紀が一人前になるまでは、と……必死に生きてきた以上、ここ以外、立地的に有り得なかったのだ。「ほい、八切り。そっからダイヤとスペードの3でペア出し。 あがりな」「げっ! 御剣……またかよ!」「相変わらず、恐ろしい『読み』だよなぁ……」 全員が溜息をつく。 ちなみに、ビリなのはチカだった。『颯太……アンタ』『テレパシー会話ばっかで、現実おろそかにしてっと、こーなるのさ』『あたしゃアンタほど、並列思考が出来ねぇんだよ』 そのテレパシーに、俺は溜息をついた。「そうだよな……それが人間……なんだよ、な……」「なあ、颯太……」 放課後。 茶道部の活動に向かう前に、俺はチカに声をかけられた。「あのさ……アンタ。結局、あたしか巴さんか、どっちを選んだんだ?」「それに関しちゃ、土曜日まで答える気、無いね」「……やっぱり、怒ってるか?」「当たり前だろ? ……その場のノリと遊びで、人を追いつめてるんじゃねぇよ」 と……「あ、遊びなんかじゃ無い! ただ……」「ただ?」「……ごめん、怖く……なっちまったんだ。 一学期の最初の頃さ。 魔法少女になりたての頃は、あたしにゃ怖いモンなんて無かった。アンタにフられても、それはそれで仕方ねぇとすら、思ってた。 でも……今は怖い。あんたの事、知れば知るほど……あの時、傷に付け込んででもモノにしてれば、って。そう思うようになっちまってる。 そんな自分がカッコ悪いって……あたしにゃ、『可愛い』なんて選択肢はハナッから無ぇから、カッコよくしてねぇとイケネェって、分かってるのに。 ……やっぱり、怖ぇよ」 そのチカの告白に。 俺は苦笑した。「いいんじゃねぇの? ガキってのはヨ、怖いもの知らずが特権だ。 そんで、怖いモンを見て、痛い思いをして、生き抜きながら成長して行く。それが人間なんだよ」「……あんたは、怖いモノとか無いのか?」「怖いモノだらけさ。そんで、一杯、痛い思いしてるよ。何しろ、俺……『元から人間じゃ無かった』みてぇだしな。 そういう意味で、自分が一番怖いし……ワケが分からねぇよ」「颯太?」 遠い目をして、溜息をつく。「ずっとずっとずっと、無理に『タダの男だ』と思いこもうとして、ヨ。 それがもう絶対無理だって、分かっちまった。 ……考えても見りゃさ、こんな『ザ・ワン』なんてぶっ飛んだ生き物……同類なんて他に居るワケが無ぇんだよ。 だったら、神様でもヒーローでも、何にでもなってやるしかネェのかなー、って。 最近は諦め始めちまってる」「っ……………」「だからヨ、俺は……そんな俺を『タダの男』として見てくれる人を、本当は必要としているのかも、な」 そう言って、俺はその場から立ち去った。『百聞不如一見(百聞は一見に如かず) 百見不如一幹(百見に一幹に如かず)』 茶室の床の間にあたる所に下がった、俺の直筆の掛け軸。 それが、俺の生き方の流儀の全てだ。「相変わらず、見事な点前ね。御剣君」「ありがとうございます。先生」 茶道部の顧問、大森先生に、礼を返す。「時に、御剣君。恋をしている?」「え? ……え、ええ……その……告白を受けまして。知り合いの二人から。 正直、迷っていたんですけど……ようやっとつい最近、答えが出せまして」「そう。ならいいのだけど……御剣君、君は少し、危ういところがあるから」「危うい、ですか?」「ええ。 あなたは……与えられた問題には強いけど、自分からは何らアクションを起こそうとしない。 闘いに備える事はしても、闘いを起こそうとはしない。 ……例えるならば……そう。闘いの中でしか、己の存在意義を見出せない、戦場刀(いくさがたな)みたいな子だから」「それ、妹にも言われました……」 苦笑する。 戦場刀、か……上手い事を言う人だ。 兗州(えんしゅう)虎徹は、護身の刃ではあれど戦場刀(いくさがたな)である事に、変わりは無い。 『闘いが無ければ、生まれようが無かった』。 そんな無骨な刃物だ。「そう。どんな問題でも何でも、一刀両断の答えを叩きだそうとする……そして、敵対した人には容赦が無い。 西原先生の一件で、戦々恐々としてる教師がいるって、知ってるかな?」「何がですか? 俺は普通に授業をしてほしかった。それだけですよ?」「誰もが、正しく居られるワケじゃない……それは御剣君、君自身がよく分かってる事じゃない?」「まあ、それは否定しませんが。だからといって、ただ威張るだけの能無しに教わるほうが、生徒には不幸でしょう?」「まあね。実際、あの人の行動は、色々と問題視されてたし。ただ、もう少し穏便な手段は無かったのかな、って……お陰で、職員会議は大変よ」「そりゃあ……何の理由も無く、八つ当たりで他人吊るし上げて晒し物の恥をかかそうっていうんです。 自分が吊るし上げられて恥かかされるのは、当たり前の話しじゃありません?」 その言葉に、先生が苦笑する。「目には目を、歯には歯を……か。 君はどちらかというと、優しいんじゃ無くて、無関心なのよ」「……かもしれません。 俺みたいな本質が過激な人間に深く関わると、人によっては派手に傷を負う事になる。心にも、体にも。 だから、なるたけ他人と深く関わらないように心掛けてる部分は、ありますね」「そうね……でも、君の点てるお茶。先生、好きよ?」「そう、ですか?」「ええ。若いだけじゃ無い……勢いと正しさがある。あとは、勇気……かな?」「勇気、ですか?」「ええ。まだ見ぬ何かを信じる勇気。 君は堅実過ぎるのよ……少しは冒険をしたほうがいいわ」「だとするなら、恋をしてる段階で、俺には大冒険です。 何しろ『どっちか』なんて、どんだけ考えても決められなかったんですから……」「あら? じゃあ、どうやって決めたの?」「五百円玉を弾いて、表か裏か。究極の二択問題ですから、もうこれ以外に思いつきませんでした」 その言葉に、50に迫ろうかという、この中年の女教師はコロコロと笑う。「それは……大冒険ね」「ええ。一世一代の大博打です……正直、不安ですよ」「そうね。でも、あなたに告白した二人は、もっと不安なんじゃないかしら? むしろ、『そんな方法で決めた』なんて分かったら、怒りだすわよ?」 その言葉に。 俺はドキッとなって口をつぐんだ。「御剣君。 恋というのは、ただ甘いだけじゃ無い。とても苦いモノだって混ざっているのよ? あなたに……それを飲み下す勇気は、おあり?」「苦い思いなら、過去に何度もしてきましたよ」「そうかしら? 恋の苦さは……ある意味、肉親の死よりも強烈よ?」「っ……」 大森先生の言葉に。 俺は動けない。動けなかった。 そう、俺は……恋という思いを、感情を抱いた事は、まだ無い。 ただ、『答えを出さねばならない』。 そのためだけに、コイントスで決定した。それだけなのだ。 『私たちは『正しい答え』ではなく……『颯太さんの答え』を、待っているのですから』 巴さんのその言葉が、脳裏をよぎる。 俺は……あのコインを投げた段階で。どこかで思考放棄をしていなかったか? 考える事をやめていなかったか? それは……本当に、『俺の流儀』だったんだろうか? 『俺の答え』だったんだろうか? 俺は……本当はどっちを愛しているのだろうか? いや、もしかして……俺は……誰も愛する事が出来ない男、なのだろうか? 物凄く、背筋が凍るような嫌な予感がして……俺は再び、考えるのをやめた。 翌日の金曜日。 チカの奴は、今度こそ、学校を休んだ。 聞いた所によると、教会にも帰って無いらしい。が……前日の夜、巴さんと何か、話しはしていたそうだ。 そして、その日の夜…… RRRRR……「あん?」 夕方。 自宅で飯を作って、食卓に並べ終えた。その時だった。「誰だよ、今時分……もしもし!?」『……助けて! チカさんが……チカさんが死んじゃう!』「っ! 美樹さやかか!? どうした!?」『見滝原の市街地、噴水公園! 新種の魔獣だって……チカさんが、チカさんが!!』 背筋が凍る。 あの……馬鹿! 単独戦闘は控えろと……何度言わせれば!「沙紀っ、知り合い全員にコール入れろ! 噴水公園だ!!」 沙紀の返事を待たず。 兗州(えんしゅう)虎徹を握りしめ、愛車に跨って見滝原の街を、俺は爆走する。 最速。 それを証明せねばならない時は、今だった。 だが……「………あ………」 俺が、公園に到着した時には。 既に、闘いは殆ど終わっていた…… そこに居たのは。 倒れ伏したチカと……魔法少女になった美樹さやかが、一匹の魔獣と悪戦苦闘してる姿。 そして……胸に大穴が空いた血まみれの服のまま、チカを介抱している、『傷一つ無い』上条恭介の姿だった。「っ……!!」 瞬時に。 俺は、この場で起こった出来事を悟った。 そして……「消えろっ!!」 兗州(えんしゅう)虎徹を一閃し……魔獣を消し去る。「チカっ! おいっ、チカっ!!」「ん……颯太か……遅かったじゃねぇか……」「バカヤロウ! 単独戦闘はあれほど控えろって、何度言わせれば……」「へ、へへ……悪ぃ……『奥の手の大技』使ったら、一匹取り逃がしちまってさ……ドジ、踏んじった。 あのカップルには悪い事しちまった。魔法少女失格だぜ」 ドス黒く濁った、チカのソウルジェム。 一体全体……こいつは『何』をやらかしたんだ!?「なあ、颯太……一個だけ、頼みがあるんだ。杏子の事、許してやってくれねぇか?」「っ!? な、なんだよ、おい……今更、気にしちゃいねぇよ!」「へっ、へへ……言質とったぜ、ダチ公……巴さんと杏子に、よろしくな……アバヨ」「っ……バカヤローっ!!」 そして、降りて来るのは……鹿目まどか。 魔法少女の女神。 ソウルジェムを限界まで酷使した者に訪れる、悲劇と破滅を回避するための……死神。「やめろよ……連れて行かないでくれっ……俺は、俺は……俺はコイツを選んだんだぞ!! やめてくれよっ!! 行かないでくれ……行くなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」 俺の叫びも虚しく。 チカのソウルジェムは消滅し、魔法少女から人間の姿に戻ったチカを。 俺は抱きしめて、慟哭の涙を流し続けた。