「この子ぁね……素直で優しい、イイ子だったんです。 正直……あっしみたいな極道の家庭にゃ、勿体ないくらいのイイ子だった。 だから、この子さえ幸せになれりゃ、あとはどうだって構わない……そんくらいの愛情を注いできたつもりだったんです」 斜太家に運ばれた、チカの遺体を前に。 彼女の両親は、涙を流しながら告白した。「でも、この子がグレて行くのを、あっしは止める事が出来なかった……『あんたがカタギになったら考えるよ』って言われちまったら、もう極道としちゃあ何も言えませんや。 そうやってね……お互い何も言えなくなっちまって、どんどんどんどん悪い方に傾いちまって。 気付けば、完全に手遅れになっちまってた……もう、どうしようもなくなっちまった。そんで、しまいにゃ魔法少女になるなんて、言われて……最初、狂ったかと思ったんですが。 考えてみりゃ、極道が足を洗って、このご時世、真っ当な稼業に就けるなんて、ありえっこネェんですよ。 そんで、それが命がけの仕事だって知って……あっしゃブチギレちまった。命を賭けるのは親の仕事で、子供の仕事じゃねぇってのに……あとは売り言葉に買い言葉ですよ」「……………」「そんでね……たまーに、教会で暮らしてるチカを、遠くから見に行ったんですが……イイ顔してたんですよ。 あの頃の素直な笑顔を、アンタや仲間に向けてた。 すっかり明るくなったあの子を見て……あっしゃあ、あの子を可愛がるつもりで、一番苦しめてたのが自分だったんだって。本当に身に染みて分かって……恥ずかしくなりやしたよ。 チカぁ……父ちゃんが、父ちゃんが悪かった!! すまなかった……すまなかったぁぁぁぁぁ……………うううううううううううううう」 そうやって、ひとしきり、泣きじゃくったチカの親父さんに。「御剣さん、最後に一つ。『チカの夢』叶えさせちゃ……くれやせんかね?」某日某ラジオ放送『17日より行方が分からなくなっていた、私立見滝原高校一年生の斜太チカさんが、本日未明、市内の公園で遺体となって発見されました。発見現場にも争った痕跡が無い事から、警察では事件と事故の両面で、捜査を進めています。 続いて、天気予報です。今夜は北西の風が強く、雨……』 粛々と。 葬儀会場のホールで、葬儀の列が献花を、棺の中に手向けていく。 チカの遺体に着せられたのは、白装束。そう、白い無垢の……ウエディング・ドレスだった。「御剣さん……沙紀ちゃん。これ、入れていいかな?」 上条さんが、手にしたのは薄切りにされた、500円玉の裏面。……あの日、弾いて叩き出した、運命の答え。 無言で俺たちは頷き、それを、チカの柩の中に入れる。 俺は……酒好きのアイツが良い夢を見れるよう、エル・ドラド(黄金郷)の名が入った、ラム酒のボトルを入れてやった。 翌日。 葬儀ホールから運び出されたチカの柩。 チカとごく親しい人間だけが、それを抱えて……彼女たちが住んでいた教会の、教会墓地へと運んで行く。「馬鹿だぜ……アネさん。 『惚れた男と教会で式を挙げてぇ』って……葬式挙げてどうすんだよ……馬鹿野郎」 参列する人間……その殆どが、魔法少女と、その関係者だ。「チカさん……あの日、あたしたちを尾行しちゃってたみたいなんです」「僕たちの姿を、街で見かけて……思わず、って感じだったそうです。 そんな時に、魔獣が現れて……」「凄かったですよ、あの人。『世界をひっくり返すような大技』ぶちかまして……あたしたちを救うために」 それから……俺は、チカの奴が、どんな風に闘ったかを、美樹さやかと上条恭介から聞いた。「そうか。アイツは……最後まで、勇敢だったんだな」「ええ。強い……人でした」 雨が降る中を、俺はチカの墓碑の前で、立ち尽くしていた。「本当に……馬鹿だな、男ってのは」 あの時、素直に答えを返していれば。 それ以前に、チカの親父さんが、もう少し素直に本音を話していれば……こんな結末は、避けられただろう。 ……その……ハズだったのに…… と……「風邪、ひくよ……礼拝堂にでも、戻ったほうがいい」 佐倉杏子に声をかけられた俺は、その場に立ち尽くしながら。言葉を返す。「アイツ……最後まで、お前の事、気にしてたよ。 俺、そんな器の小さい男じゃないツモリだったのに……確かに、俺、お前の事を避けてたのは事実だけどさ。 だからって『お前を許してやってくれ』だって……今わの際に、それだぜ?」「……っ!!」「お前だって、万引きしてる所とっ捕まえた昔のままじゃあるめぇに……ちゃんと認めてるってのに。 ワケが……分からねぇよ……」 沈黙が落ちる。 ……やがて。「ワケ……教えてやろうか?」「あ?」「あたしが何をキュゥべえに祈ったか。 ……あたしの祈りはね『みんなが親父の話を、真面目に聞いて欲しい』っていう、願いだったんだ」 っ!!「ちょっと待て……テメェ……それじゃあ」「ああ、そうだよ。アンタの両親の本当の仇は……あたしの親父だけじゃない。あたし自身も含んでるんだ」 思い出す。 『愚かな魔法少女を……少しだけ、許してあげてくれないかな?』という、あの時の……鹿目まどかの言葉。 その、意味は……つまりは、こういう事……だったの……か!?「待てよ。じゃあ、俺は……」「ああ、あんたら兄妹が苦しむ事になった理由は……あたしと、あたしの親父のせいだ」 足元が……ぐにゃりと歪んだ。「は、はは……つまり俺は、最初から……『生まれた時から、魔法少女たちに踊らされてた』のかよ!? 奇跡だとか、魔法だとか……そんなどっかの誰かの、ご大層な願いに……御剣家全部が、踊ってたのかよ」 流石に、立っていられなくなり……俺は、その場に座り込んで、尻もちをついた。「……だから、あたしを殺しても構わない。 アネサンが死んじまった今……あたし自身にも本当にあんたや沙紀ちゃんに、どう償っていいんだか。 もう……分かんネェんだ」 ザァザァと雨が強くなる中。 ずっとずっと……長い事、俺と佐倉杏子は、そのままだった。 やがて……俺は立つ。「俺の父さんと母さんは、元々、馬鹿な人でさ……偉そうな雰囲気だとか、そーいったのに物凄く弱い人だった。 インチキ臭い通販の品物に手を出そうとしてさ……乗馬マシーンとか、『アレって、沙紀が公園で跨って喜んでるバネのお馬さんと、何が違うの?』って突っ込みかけて、ようやっと正気を取り戻すような。 そんな馬鹿な人たちだったんだ……」「……………」「そんで、姉さんも、すげーお人よしでさ。 『しょうがないわねぇ』とか言いながら、いつも分かって貧乏くじ引いてて……俺がそれのフォローに必死に回ってた。 魔法少年なんてやる事になっちまったのも……元々は姉さんをフォローするためだった。 だから……父さんや母さんは、ある意味、自業自得だよ。他人の話を鵜呑みにしかしないで、自分でよく考える事もしねぇで足元掬われるなんて社会人失格さ。 そんで、沙紀は……もともと、奇跡や魔法が無ければ、死んでいた。 そして……姉さんは……姉さんは、多分……困った顔しながらも『今のあんたならば』……許すと思う。 だからこれは純粋に、『誰かのため』とか『御剣家』とかは、関係ない。 俺の……『俺個人が』『お前に対して向ける』……俺の怒りだあああああああああああああああっ!!」 そう叫んで、握りしめた拳を。 俺は佐倉杏子の横っ面に、全力で叩きこんだ。「っ……うっ、うっ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 慟哭の涙を流し、天に、吠える。 魔法少女に救われ、そして魔法少女に裏切られ……そして、魔法少女に運命を翻弄された俺は。 ……最早、涙を流しながら、天に吠えるしか……術が無かった。「……御剣、本気か?」「ええ……」 終業式のその日。 『退学届』と書かれたソレを差し出された、担任の園崎先生の問いに、俺は憔悴し切った表情で返事を返す。 長い、長い沈黙の後。「……なあ、御剣。 大変な事情を背負ってるお前からすれば、泣き事にしか聞こえないかもだが……少し、先生の話を、聞いちゃくれないかな?」「……何ですか?」「先生もな……18だったか。お前くらいの頃、将来を誓った恋人がいたんだ。 その頃な、先生はゲームプログラムの仕事に就きたいと思ってて、必死に頑張ってた。彼女もそれを、応援してくれてた。 正直……いい線いってたと、自惚れじゃなく、そう思ってたよ。小さい賞とか、幾つも取ってたからな。 だが先生はな……親父に裏切られたんだ。 『自分の進路は自分で決めろ』なんてカッコイイ事言っておきながら、いざ受験の段階の土壇場になって、無理矢理行きたくも無い大学を受験させられて、先生自身の希望進路を滅茶苦茶にされたんだ。 金が無かったとか、そういった理由じゃ無くて……完全な『親父の理想の俺のために』な。 ……正直、今でも親父の事は、許せんよ。 何しろそれが、悪い事とは知りつつやったと『反省する』ならまだしも、『自分が何を裏切ったか分かって無い』んだから。 だから、未だに孫の顔を見に来るたびに、俺に蹴りだされる理由が、全然分かんないんだそうだ。 あの人は『俺の息子の人生まで、オモチャにする気満々だ』と確信してるし、だから一切、信じて無い。 自分が先生に縁を切られた理由も、『ひとっ欠片も分かっちゃいない』んだ。 確かに、こうやって成り行きとはいえ学校の先生をやるようになった今、親父の言葉の意味は分かるし、意図も分かる。安定した仕事に就いてくれる事を願うのは、当たり前の話だ。 だが、それは……必ずしも本人にとって『幸せ』ってワケじゃない。実際、大学に行ってやりたい事なんて、欠片も見い出せなかった。 正直、今の女房と子供がいなかったら……先生はこの仕事に就く事すらしなかっただろうな」「……」「『自分の人生を自分で決めろ』なんて、子供に当たり障りのイイかっこいい事言っておきながら、いざ土壇場になって裏切った親に……それを見抜けなかった、信じ切ってた自分に腹が立って……無気力だった。 そんな時にな、当時の彼女が言ったんだ。 『こうなった以上、せめて大学は出ておけ』って……それが、遺言になっちまった」「!?」「交通事故でな……即死だった。流石に発狂したよ。 だから、それをキッカケに、ヤケクソになって必死に学校で勉強した。 そして、今の女房と出会って……あれやこれやあって。俺はココで、学校の先生なんて、やっているんだ。 そんでな……死んだ彼女を愛してる自分も、それを承知で俺を愛してくれている今の女房や子供を愛してる自分も……そんで、親父を恨んでいる自分も。 それは偽らざる『先生自身』だ」「……………」「なあ、御剣? こんな結末になったとしても……斜太は『お前が不幸になるのを望むような女』だったのか? お前、まだ16だろ? 辛いだろうが……人生を投げ出すのは、まだ早いんじゃないか?」「かも、しれません。でも、俺には、もう……」「……そうか。 まあ、疲れるのは当たり前だ。……気持ち、よく分かるさ。 だから、これは先生の一存で預かっておく。 っつーか、正直、職員会議も西原先生の騒ぎや何やでシッチャカメッチャカでな……こっちも大変なんだよ、色々と」「そう、ですよね……警察はなんて言ってますか?」「家出の末の衰弱死。そういったセンで……カタつけちまうみたいだ。 死因もハッキリしないし……手がかり、まるで無いんだ。発見者のお前の知り合いも、何も知らないみたいだしな」 そうだろう。 あの後、集まってきた魔法少女たちに、魔法を使って魔獣との闘いの痕跡を消去を指示したのは……紛れも無く、俺だからだ。「正直……不良から足を洗って真面目に戻った教え子が、こんな末路を辿るなんて、な……余計、こたえるよ」 そして、何と無く。 俺は、この先生が生徒から人気がある理由が、分かった気がした。 特段甘いワケでは無い、むしろ厳しい部類に入る先生だが……それでもこの先生は、『生徒を裏切る事を良しとしない』のだ。 どんな理由や大義名分があれど……それを理由に『人に裏切られる辛さ』を、この人は、よく分かっているのだろう。「御剣。春休みの間、しっかり休んで、ゆっくり考えろ。 そんで出来れば……二年生になったお前の顔を見せてくれ。 先生……お前を信じてるからな」 そして、春休みのある日。 俺は、『ある事に気付いて』暁美ほむらに電話した。『もしもし?』「暁美ほむらか……一個、確認っつーか、教えて欲しい事がある。 鹿目まどかのソウルジェムは……魔法少女の女神のソウルジェムって、一体『どんなサイズの大きさだった?』」『質問の意図が見えないわね』「大した事じゃねぇよ……教えてくれねぇか?」『巨大な隕石のような大きさだったわ。 そして、彼女はそこから生まれた魔女を打ち消して、一段階上の存在として、円環の理という概念になった……』 その言葉に……俺は、確信した。「そっか……教えてくれて、ありがとうよ」 そう言って、電話を切った。「なあ、沙紀」「ん? どうしたの、お兄ちゃん」「どうやら、俺は……やっぱり神様になるしか、無ぇみてぇなんだ」 家のリビング。ソファーの上で横になりながら。 俺は沙紀に語りかける。「なっ……何よ、急に、お兄ちゃん」「乗数計算ってオッカネェよな。すっかり忘れてたぜ」 そう言って、俺は……沙紀に自分のわき腹を見せる。 そして、そこは……『肉体から溢れた』俺のソウルジェムが露出していた。「っ!! おっ、お兄ちゃん……そ、それっ……」「『ザ・ワン』の生成原理。 御剣颯太AとBがあわさってABになる。別の所ではCとDがあわさってCDになる。 そしてABとCDがあわさって、ABCDになる。別の所ではEFGHが居て……ってな具合に。 この並行世界の勝ち抜きサバイバルトーナメントを、闘い抜けば闘い抜くほど……俺は『人間を辞めて行く』事になる。 今の俺の中には、残骸とはいえ膨大な並行世界の『御剣颯太』が居てよ……億の桁なんざぁ、とっくに突破してんのさ」 天を仰ぐ。 神に等しい力を得る事は……神のリスクを背負えという事。 つまりは……「生まれた時からこんな力持ってるなんて……一体全体、俺は何をやらかしちまったんだろうな? ……まあ、佐倉杏子が馬鹿な願いをしなければ、『俺は俺のまま死ねた』のかもしれないけどヨ。今の俺は、最早そう簡単に『死ぬ事すらできそうにない』んだよ」「そんな……そんなのって!」「俺の中にさ……『ソレ』に気付いて自殺した『俺』が何人か居てさ……そいつ、俺に向かってモノスゲェ謝ってたよ。 『すまない、怖かったんだ』って……気持ち、よく分かるし、笑って許してやったけど。 ……だからって、俺が同じ事をしてイイ理由にも、ならねぇよなぁ」 恐らくは。 もう、『全ての並行世界に残った御剣颯太の数』は、トータルでも俺含めて20人も居ないんじゃなかろうか?「沙紀、だから俺……近いうちに旅に出るよ。どっかに消えて、人知れず神にでもなって。 これ以上、みんなを悲しませたくない。 なにしろ、『並行世界の自分』っつー『赤の他人の人格』が、俺の中で『無限に近い数蠢いている』んだ。 自我を保つのだって、最近じゃ一苦労になっちまってる」「待ってよお兄ちゃん……お姉ちゃんは!? マミお姉ちゃんは、どうなるの!」「あの人ならしっかりしてる。俺なんか居なくたって大丈夫さ。 だから……そうだな、『巴沙紀』にでもなるか、お前? 何しろ、家事炊事洗濯、壊滅的なんだし……何なら俺が頭下げて、頼んできてやろうか?」 と……「馬鹿ぁっ!! マミお姉ちゃんが、どんだけ寂しがってたか、分かんないの!?」「!?」「あの人が、どんだけチカさんに嫉妬してたか、お兄ちゃん全然分かって無い! そんな自分を自己嫌悪していたのが、全然分かって無い!!」「……」「いつも……いつもそうだよね! お兄ちゃん、みんなを置いて行こうとする。 自分ひとり、前に出て、仲間を護る事はしても、仲間に護られる事をよしとしない。 誰かのためとか言って……自分を誤魔化して!」「俺は……戦場刀(いくさがたな)さ。闘いが終わっちまえば意味の無い代物で『飾りとしてすら存在を許されない』……そういう男なんだ」「ふざけないでよ!! お兄ちゃんに救われた人が、どんだけ居ると思ってるの!? じゃあ、お兄ちゃんは何のために生まれて来たの!?」「佐倉杏子を許すため……じゃねぇの? 正直……も、疲れたよ」「馬鹿言わないで! それは諦めてるだけじゃないの!!」「かもな……なんかさ、俺が生まれた事自体が、どっかの誰かの掌の上だったみてーでさ。 俺ぁ、お釈迦様の手の上の孫悟空だったのかもな。そんな自分……『俺自身にとって、何の意味があるんだよ?』」 天を、仰ぐ。「『他人に運命を左右されるとは意志を譲ったということで。意志なきものは文化なし、文化なくして己無し』……って、どっかの最速兄貴も言ってたけど、それは真実だと思うんだ。 じゃあ、俺が生まれてきた意味は? ……誰かを助けるだけ助けて……誰も受け止められるワケが無い、ザ・ワンなんて化け物に仕立て上げられなきゃならない理由は、どこにあるんだよ!! 俺は、普通に生きたかったんだ! 普通に……生きたかっただけなのに……どうして、こんな事になっちまったんだ」 と……「じゃあ……チカさんはどうなるの!? 暁美ほむらが言ってたよね!? あの人は『お兄ちゃんが居なければ、絶対魔法少女にならない人だった』って! そんな人が、どうしてお兄ちゃんを助けようとしてたか、分かる!?」「っ……助ける?」「そうだよ! 無理だとか、無茶だとか、それでも何とかしなきゃいけないって思って……だって、昔のままだったら、お兄ちゃん絶対杏子さん殺してたよ! お兄ちゃんに、もう誰も殺して欲しく無いって……増して、『魔法少女殺しなんて最悪だ』って。そう願ってたんだよ、チカさんは!」「っ!!」「お兄ちゃん言ってたよね!? 『俺は神様なんかじゃ無い』って! だったら人間として生きようとしなよ! 死ねない体!? だったら無理でも何でも『人間として生きればいいじゃないの!!』 神様なんてクソクラエだ、って……お兄ちゃん、いつも言ってたじゃない!!」「だって、俺は……俺は……もう、どうしていいんだか、分かんねんだよ!!」「そんなの私だってわかんないわよ! でもね、これだけは言える! 『どんな理由があろうとも、誰かを不幸にしていい権利なんて無い』って! いつもお兄ちゃんにお師匠様が言ってたよね!?」「そうだよ、だから……」「このウルトラ馬鹿ーっ! お兄ちゃんは、マミお姉ちゃんを『不幸にしたい』の!? あの人が、どんだけ孤独に怯えていたか……孤独ってね、本当に人が死ぬんだよ!? だから、マミお姉ちゃん、ずっとチカさんにお兄ちゃん取られちゃうって、怯えてたんだよ!?」「……………」 言葉が、無い。 「……行って来い」「え?」「今すぐマミお姉ちゃんに、告白してこい、この鈍速馬鹿兄貴ーっ!!」「ちょっ、ちょっと待て! 俺は……今の俺に、そんな権利も資格も……」「そんなんヘッタクレもクソもあるかーっ!! 告白するまで、家に帰って来んなーっ!」「……で、でも……」 戸惑う俺に。 沙紀の奴はとーとー……「うるさーい!! とっとと私から離れてどっか行かんか、この大馬鹿魔法少年! 言ったよね、お兄ちゃん? 魔法少年としての私との『契約』は、『私が一人前の魔法少女になるまで護る!』って。 もう私との、魔法少女と魔法少年の『契約』なんて『とっくに終わってる』んだよ!? だったら! もしお兄ちゃんが『まだ魔法少年続けたい』って言うならば! 魔法少女の相棒(マスコット)として、『あたらしい魔法少女のご主人様』が必要なんじゃないの!?」「っ!!」 そう、俺は……家族のために生きると……あの日も、あの時も、常にそれを決めて生き続けてきた。 『家族を護るのが魔法少年』だと。 ただしそれは『己の意思を譲った』という意味ではない。 『己の意思で誰かを護ると、己で決めた』。 それは……『それだけは、神様も何も関係が無い』、揺がぬ己の真実だ。 だから……もし、この不甲斐ない、何も守れない俺でも『護らせてくれる』という、人の良い魔法少女が居るというならば。 俺は……その魔法少女と……「分からネェ。今の俺には……何もかも分からねぇよ。 自分の事も、他人の事も、神様の事だって……未来なんて、何も分かんねぇ。 でも、世の中『本当に分からない事だらけ』なら……あとは、自分を信じる以外に『方法なんて無ぇ』よな」 多分、今の俺は……どこか狂っているんだと思う。オカシイんだと思う。 許されるわけが無い、認められるワケが無い。その、ハズなのに……何なんだろうか、この衝動は!?「じゃあ、沙紀。行って……来るよ」「っ!?」 マンションの前。 そこの入り口で、待っていた巴さんの姿に、俺は絶句した。「と、巴……さん!?」「沙紀ちゃんから、連絡貰いました」 そう言って、巴さんは、小脇に抱えたヘルメットを頭にかぶる。「今日、何日か知ってます?」「?」「四月二日。颯太さんの誕生日ですよ?」「あ……」 そうだ。すっかり忘れていた。 ……免許を取ったのが一年前。つまり……堂々と、誰憚る事無く、愛車(バイク)の後ろに、誰かを乗せる事が出来る。「バイク。 後ろに乗せてくれる、約束でしたよね?」「っ!!」 チカが仲間になって暫くの頃。 巴さんと交わした約束を……俺は、思い出した。 『一年後……バイクの後ろ、乗せてもらえませんか?』 何故か……本当に何故か、ハッキリと。 その言葉を。約束を。 俺は思い出した。「行きましょう、颯太さん」「え? ど、どこに?」「どこかへ……あなたと一緒に。二人きりで」 結局。 見滝原の街を……いつものように流す。 だが……「と、巴さん……その……」「大きい背中。ようやっと、捕まえました」「っ……!!」「こんなに大きいのに……照準越しに捕えたと思ったら、あっというまに消える。 本当に……風のような人……」 押し付けられる背中の温かさと柔らかさに、戸惑う。 ドキドキと……心臓が脈打つ。分からなくなる。 そして……身を以て、悟った。 嗚呼、これが……『恋』という『感情』なのだ、と。 その不慣れな感情に浮かされるように。俺は思わず、ハンドルを切って、郊外への道を進んでしまう。 そこから、ドコをどう飛ばしたんだか……気がつくと、半壊したウロブチボウルの前に居た。 景色はもう、夕暮れから……夜に変わろうとしていた。 ボウリング場の建物の、一番高い屋上。 そこで、俺と巴さんは、段差に腰かけて星空を眺めていた。 お互いに言葉が出ない。 何を言うべきか、頭が混乱したまま……不安定だ。 だが、とりあえず言わなきゃいけない、告げねばならない事。 それは……「……巴さん。俺……どうも完全に人間辞めて、神様になるしか無いみたいなんです」「え?」 そう言って。 俺は、わき腹から露出した、ソウルジェムを見せる。「っ……これ、は?」「前、話しませんでしたっけ? 俺のソウルジェムは、肉体の中に内在している。それがね、『ザ・ワン』としての能力に覚醒していけば行くほど肥大化していくんです。 『魂に肉体が浸食されて行く』……そういうシステムだったみたいで。 おそらく……最終的には肉体全部がソウルジェムっつー『石ころ』に化けちまうんじゃねぇかな?」「っ……そんな……! だって、そうなるのはまだ大分先だって」「いや、それがウッカリしてたんですよ。 サバイバルレースの勝ち抜きトーナメントって事は『負け抜けした御剣颯太の分のソウルジェムの欠片も』背負いこまなきゃいけないわけでして。 つまり、『時が経てば経つほど、乗数計算式にソウルジェムのサイズが体内で肥大化していく』って事なんですな、これが」 どんな薄い紙だとしても、七、八回も折り畳んで繰り返せば、分厚い厚紙同然になるように。 例え、元のソウルジェムのサイズが小さく、更に後進に付与されているのが、そのほんの一部だとしても……それが乗数式に集積して行けば、どういう事になるか?「今はまだ、この程度で済んでますけど。 ま、あと何年持つか持たないか……死ぬか、本当の神様(ザ・ワン)になるか。 ……多分、今、準々決勝あたりまでトーナメントが進んでる状態みたいなんです。今、俺の体はね、多分……『そう簡単に死ぬ事も出来ない』状態なんですよ」「それって……そんなのって……!! どうあがいても颯太さん自身には、絶望しか残らないじゃないですか!」「まあ、俺個人は、ね。 でも、沙紀が、曲がりなりにも魔法少女として一人前になってくれた。 今のアイツならば、後を託すに足る存在です。それだけで……十分すぎるくらい満足……の、つもりだったんです」 遠く、遠く。 遥か彼方……星を見ながら。「でもね……やっぱり、その……死ぬのは怖いし。死ぬより悲惨な、神様になるのも怖いですよ。 だけど、闘ってる時は、死ぬのなんて大して怖くないんです、俺。 だって、自分が死ぬよりも、『親しい『誰か』が死ぬ方が、俺には怖かったから』」「……………」「今だから、言えます。俺……チカを愛してます。巴さんも、愛してます。 結局、どんだけ考えても『どっちか』なんて『選べなかった』んです。 それを、流石に『どっちか選べ』なんて言われて、本当にパニックになりました。 だから多分……俺は、チカを護り切れなかったんじゃないかな」「っ! ……ごめんなさい」 その言葉に、俺は苦笑する。「いいんですよ。 ……何しろ、『両方選ぶ』って選択肢だって、あったんですから」「え?」「二人とも抱いて、無理矢理とか……」「……颯太さん?」 ジト目で睨まれた。「冗談です」「嘘でしょ?」「ええ、嘘です」 あっさりと自白する。「……酷い人」「酷い人ですよ、俺は。 ……大体、ハーレムだって『万人共通の願望』の一つの形じゃないですか? 他人を屈服させたい、問答無用で従わせたい。アイアム・ナンバーワン。でもね……そこを成り立たせる理屈ってのは、結局のところ、やっぱり弱肉強食の動物の理論なんですよ。 ライオンなんかいい例ですし、人類史における戦国時代なんかでもそうです。 強者が残る、弱者が死ぬ。そして強者しか子孫を残せない。『弱肉強食』や『自由競争』の倫理を突きつめて行けば、至る所は『ソコ』です。 ……そんな存在が背負わねばならない『義務』の量を、俺は『身をもって』分かってますから」 何しろ、『ザ・ワン』というのは……実力以外の運不運も含めた『究極のサバイバー』でもあり『全ての御剣颯太の集合体であり最終形』でもあるワケなのだ。 つまり『並行世界の自分』という『自分と極めてよく似たアカの他人』の人生全てに責任があるのである。 正直、重たいどころじゃない。 そういう意味で、『自由競争』と『多様性』ってのは、本来、対極のモノである。『弱肉強食』という概念は、何らかの保障が無い限り、『多様な可能性を奪うモノでしか無い』のである。 自由や挑戦という概念の裏には、『挑戦して敗北し、死ぬか奴隷になる』という『責任』まであるのだ。「そんなの……俺が求めたモノじゃない。チカが求めたモノじゃない。 『たった一つ、大切な家族を守れれば、それでいい』。俺って男は、本来、その程度の生き物なんです。 それを分かっていたからこそ、俺は……家族の事以外、何も求めなかった。何も……負いたくは無かった。 やる事だけやって、あとは考えない。何しろ『やらなきゃ行けない事』だけでも、人間ゴマンとありますから」「……そう、ですね」 そう言って。 俺はもう一度、空を仰いだ。「なんで俺が、巴さんとチカに惹かれたか。今なら分かる気がします」「え?」「二人とも、魔法少女になった動機が『人間の原点』に近い願望なんですよ。 誰だって『理由も無く死にたくない』し、『普通に生きたい』。 平和とか日常ってのは物凄く貴重なモノなんだ、って、よくわかりますから。……そのために『誰かを護る』って思いは決して間違いじゃないし、そのために命を賭けねばならない時は、幾らでもあります。 だから、『それに逃げ込んでた』。 要するに『俺は、俺として生きるのが怖かった』んですよ」 そう言って……俺は、俺自身についてきた、最後の『嘘』を自白した。「生きる事に執着すれば、目が曇る、怯えが出る、躊躇が出る。そして『どんな理由があれど、命を奪うのならば奪われる覚悟を負うべき』で……だから、何て言うのかな。闘ってる時、俺は常に『死んでる』んですよ。 そういう意味で、俺個人の生死そのものは、実際、大した問題じゃ無いと思ってたんです。 父さんと母さんを殺してしまった俺が……姉さんを護り切れなかった俺が。それでも沙紀が生きてる。 それだけで、俺には救いでした。 だから……怖かったんです。『絶対に護らないといけないモノが増える』事が。 でも、それってね。 大切な人を『護るっていう目的』と、それを護るために『闘うっていう手段』が……完全に逆転しちゃってたんですよ。 だから、そういう意味で俺はずっと……魔法少女以上に『人間を辞めてた』んじゃないかな?」 だと、するならば。 この、『肉体のソウルジェム化』という罰も、当然のモノかもしれない。 死の恐怖から逃げるために闘いに身を委ね続け、何時しか『人として生きる事を放棄した人間』に与えられる『罰』としては……死よりも最悪の代物だ。「そんな俺を、必死に『人間に』引き戻そうとしてくれたのは……沙紀であり、巴さんであり、そして、死んだチカだったんだ、って。 ようやっと、分かりました。 だから、もう手遅れな……こんな、死ぬか、神様になるかしか使い道の無い、情けないバカな男で良ければ。 俺がこの世から消え去る最後の刻まで。 巴さん。一個の魔法少年として、あなたを、護らせてもらえませんか?」 それが……今の俺の精一杯。 『最後まで責任を取る事が出来ない』俺に、約束できる限界だった。 だが……「……酷い人ですね、颯太さんは」「え?」「私、誰かに護られるだけで満足するような女じゃありませんよ?」「っ!? と、巴さん……」 戸惑う俺に、巴さんが微笑みながら。「それです。……ずっと、嫌だったんです、それ。 どうして、チカさんは『チカさん』なのに、私だけ『巴さん』なのかな、って……私、年下なのに」「い、いや、物凄く世話になってたし……沙紀の面倒だって、それに他の魔法少女たちとの折衝だって、俺じゃ無理ですし。 女性と折衝出来る経験豊富なベテランって意味じゃ、巴さんがナンバーワンじゃないですか?」 何しろ、俺自身、魔法少女と関わるとロクな事が起こらないトラブルメーカーだという自覚はあるのだ。 そして、沙紀は幼すぎるし、チカの奴は……まあ、佐倉杏子みたいなタイプには強いが、アイツ自身もトラブルメーカーだ。 魔法少女相手に、諸事柔軟に、コトを調整して応対出来るのは……正味、巴さんしか居ないのである。「いっつもそう。あなたは、誰かを護る事はしても、護られる人の事なんて考えたりもしない」「それは、俺の勝手だからです。 護ってやるから感謝しろなんて……そんな厚かましい事、言えません。 それじゃ護った意味が無い……『護った人が護った人に縛られちゃ、意味が無い』じゃないですか!?」「そう、あなたは本当に、勝手者なんですよ」 そう言って。 巴さんは、俺の手を掴んで……その、自分の胸に……「とっ……巴……さん!?」「……颯太さん。それと、チカさんも言ってましたよね? 『心も体も、使えば傷ついて当たり前。その上で人間生きてりゃ丸儲けだ』って。 私、生きてますよ? ちゃんと心臓……動いてるでしょ?」「わっ、わかりました! だから、その……手を……」「嫌です。もっと、ちゃんと私を見てください。私を……感じてください」「っ! と、巴……さん」 戸惑いながらも、俺は……その手を、払う事が……出来なかった。「……マミ」「え?」「マミって……呼び捨てにして」「っ! そんな」「颯太さんの近くに居たい。『巴さん』なんて他人行儀じゃなくて、もっと……近くに」 迷う。分からない。 だから俺は……どうしようもなく臆病で。「その……………あー……」 臆病な俺が……限界まで『分からないモノ』を信じようと足掻き。「だから、私を護りたいなら……あなたが居なくなる最後まで。私を、これからも愛してください、颯太さん」「……っ!!」 背中を押されるように。 俺は……マミを抱きしめて、その場に押し倒してキスを交わした。「愛してる……マミ……」 唇を離し。それだけを告げ。 あとは……言葉も無く、俺とマミは抱き合い、涙を流しながらキスを交わした。「ここで、待っててくれるか?」 翌日の朝。 マミと一緒にバイクに乗った俺は、佐倉杏子の教会に来ていた。「……っ!」 ひみかや八千代、ゆま……教会組の面々が俺の姿に怯えるのを無視し。 俺は礼拝堂の中に入って、ひたすら待ち続ける。 やがて……「ヨォ。『曽我の助六』が遊びにやってきてるってのに、随分つれねぇじゃねぇか……『髭の意休』さんヨォ。 神の家ってのは、茶の一杯も出さねぇで、客人をもてなそうってのかい?」 扉を開けて、入ってきた佐倉杏子の顔には、俺に鉄拳で殴られた痕がクッキリとついたままだった。「……なんだ、あたしを……やっぱり、殺すのか?」「馬鹿言え。殺るならとっくに殺ってらぁ……ま、もしかしたら死ぬより辛い目に遭う事になるかもしれねぇが、な」「っ!」 俺の言葉に、脅しやハッタリも無い事が分かったのだろう。佐倉杏子が身構える。「……どういう、意味だよ?」「なーに、俺としちゃあ、死人に鞭打つ趣味は無ぇんだけど……ちょっと気になる事があってヨ。 お前の親父さん……『何で自殺しちまったのかな?』って。 考えても見りゃ、俺はおまえの親父さんの事に関しちゃ、説法してた所しか知らねぇ……目ぇ輝かせて、ソコの祭壇で色々説いてたあの現場しかな。 てっきり、そういう演技をしてて、裏で何かやらかす悪党なのかと思ってたんだが……それにしちゃ『何で自殺したのか?』って、辻褄が合わねぇな、って」「……っ!」「お前の祈りって、ある種の洗脳だよ。 新興宗教ぶちあげて金巻き上げようってぇペテン師にしてみりゃ、喉から手が出るほど欲しい才能さ。 だってのに、何で発狂して自殺したんだか……もしかしたら、他殺なんじゃねえかなとか。色々考えてんだが、やっぱり分かねぇんだ」 その言葉に。 アイツは溜息をついた。「だよな……アンタの視点から見れば、親父はとんだペテン師になっちまうんだよな。 分かったよ……丁度いい部屋があるから一緒に行こうぜ?」 懺悔室にて。 俺は告解を聞く側の椅子に腰かける。「あたしの親父はさ……純粋な人だったんだ。 純粋過ぎて……新聞を読みながら、『どうして世の中が良くならないんだ』って涙を浮かべるような。 そんな人だったんだ」 それから……チカの話を含めて。 色々と、親父さんの人物像について、話を聞いて。俺は、その親父さんが発狂した理由に、得心が行った。 と、同時に……「どうして誰も止めてやらなかったんだよ……お前の親父さん」「え?」「いや、本部なり何なりさぁ? 神父だろうが何だろうが、上司ってモンがいるだろうが? 教義に対しての矛盾や疑問に対して、答える役割の人間ってのが、確かに居るハズなんだよ」 誰かを教え導く立場の人と言えども、迷いとは無縁ではない。 それを監督し、指導する立場の人間というのは、確かに居るハズなのだ。「破門だ何だって……そんな騒ぎになる前に、誰かに相談出来たハズだぜ? それとも、そこまで常識知らずだったのかな? お前の親父さん」「……それは……」「まあ、その謎はどーでもいいや……あと、お前の親父さんが『新聞を読んで悩むのは当たり前』なんだ」 俺は呆れ返って溜息をつきながら、佐倉杏子に言う。「どういう意味だよ?」「いや、どういう意味も何も……新聞とかニュースってのは『何か事件が無いとメシを喰って行けない』人間の集まりなんだよ。 どっかの神父が『世界を救うヒーローになる事を望むという事は、世界の危機を望んでるに等しい』って言ってたが、あいつらはハッキリ言えば『それ以下の存在』なのさ。 何しろ『他人の不幸を飯のタネにしてる連中』なんだから、『事件が無ければ無理矢理事件にしてでもニュースをでっちあげる』連中なんだ。そんで後の事は他人任せで知ったこっちゃ無い。 要するに『世界の危機を望みながらも、自分がヒーローになろうとすらしない』最低最悪な連中の吹き溜まりなのさ」 実際。 『報道のため』『真実のため』と称しながら、目の前で人が殺されて行くの、死んで行くのを、ただただ冷徹にカメラを回し続けて撮影しつづけられる神経は、俺としては異常と言う以外無い。「そんでな。 そんな連中にとっちゃ『本当に事件を解決できる英雄』なんてのは、飯のタネを潰す邪魔者でしか無いんだ。 だから連中が欲しているのは、問題を解決できる本当の英雄(ヒーロー)なんかじゃなくて、自分の飯のタネを潰さず、かつ適当に問題のお茶を濁せる偶像(アイドル)でしか無い。 だからボランティアなんて『ド素人がTVでもてはやされる』のさ」「……つまり、あたしの親父は……」「まあ、『純粋な人』は、そー踊っちゃうんだろうなぁ? でも、テレビや新聞ってのは、実際は、『それを見ている視聴者や購読者のほうなんて気にしちゃいない』。 顔色窺うのは、自分たちに金出してくれる出資者(スポンサー)だけで、どんな滅茶苦茶な寝言や嘘八百を垂れ流して吠えようが、自分自身じゃ『吐いた言葉に責任を取るなんて事は絶対にしねぇ』のさ。 せーぜー『申し訳ありませんでした』なんて上っ面な寝言を流すだけ。 オウムの時もそうだったかなー。 TBSが取材情報をオウムに垂れ流した結果、弁護士一家が暗殺されちゃった、とか。他にも椿事件とか、面白すぎる不祥事、いーっぱいやらかしてんだぞ、あいつら? そんな連中の言葉を、『頭から信用するほうがどうかしてる』のさ。 それになあ、今、どこの新聞も、大体似たような記事の内容しか、掲載してない理由、知ってるか? 『共同通信社』っつってな、大体、どこの新聞にも『ニュース記事を新聞各社に卸す』会社があるんだよ。 自前で新聞記者を取材に行かせるなんて非効率的な事よりも、よほど経済的なのさ。 だから、ほとんどの新聞がやってる事は、その『卸して貰った情報』の、コピー&ペースト。せいぜい端書きを付け加える程度。 あと『記者クラブ』っつってな、官公庁のニュースの内容を『各新聞社で』独占して、横並びにするシステムってモンがある。 ……ま、ネットの普及で色々ぶち壊しになってんだが、それでも『新聞しか読まない』馬鹿は、未だに引っかかってるんだろーなー。 ついでに教えてやるとな。 恐ろしい事に、新聞と、新聞を配る『販売店』の間には、発注書が存在しないんだ」「あれ? ……あれって、新聞刷ってる会社が運営してるんじゃないのか?」「違う。 契約は結んでいても、大体は基本的に『独立した店舗』なんだよ。 そんで『新聞が幾ら売れなくても』、ウン百万部っていう新聞が、全国の販売店に『無理やり押し付けられる』んだ……その『売れない新聞』、押し紙とかお願い部数とかってんだが、そいつは、もー、どっかに捨てるしかない。『新聞の情報』なんて生鮮食品だからな。 それでもな、『ウン百万部、発行しました』っていう情報を餌に、新聞ってのは、スポンサーから金をむしってんのさ」「なんだよそれ……滅茶苦茶じゃねぇか」「そーだよ。 基本的に、報道機関の連中なんてなぁ、はっきり言えば『客観的な視野を盾前に、自分さえ良ければ、面白ければ、世間がどうなろうが知ったこっちゃない』究極のプチブル共の吹き溜まりなのさ。 大体、『庶民感覚云々』なんて抜かしておきながら、この不景気に自分たちの給料、年収一千万超えてますなんてザラなんだぜ? しかも、番組作りは下請けの制作会社に丸投げしながら、制作費用買い叩きまくって、それこそ本当に『下請けイジメ』やってんだよ。 ……今、本当に、『自前だけで番組を制作する能力』を持ってるテレビ局なんて、殆ど無いんじゃないかな? それでいて『自分を棚に上げて、他人に無謬性を求める』最低最悪の連中なんだぞ? 特に日本のテレビだの新聞だのはな? 公共で電波流せるチャンネル数が少ない『独占商売だから成り立ってる商売』なのさ。 ……偉そうに他人に自由競争を唄うんだったら、マジでタダで見れるTVを100チャンネルくらい一気に増やしちまえばイイのに、それを阻止しようと躍起になってる。 だから、新聞見る奴もテレビ見る奴も減ってるんだよ。 スポンサーだってマトモな会社ならば、そんな『社会的責任を果たそうともしない報道機関』にCM撃つほーが、マイナスイメージになるってんで、どんどん撤退していってるんだぞ? だから最近、得体の知れない会社や、パチンコなんかの博打屋のCMや、胡散臭い通販番組が増えてんだろ? そうやって、スポンサーがどんどんどんどん妖しい方向に偏っていってるから、番組自体もドンドン変になってチャチい代物になっちまってんのさ」「……」「だからまぁ……お前の親父さんが自殺しちまった、ってのは、『そーいう連中からすれば百億倍マシ』っちゃあマシかもしれねぇなぁ。 自分の都合をおためごかして、戦争煽ったり不景気煽ったりしながら、テメェだけノウノウと美味い飯喰ってる連中なんて、ゴマンといるからな。 何しろ、やりようによっちゃ、お前の祈りや願いって、ホントに世界をひっくり返せる祈りだぜ? もし、そうなったとしたら……俺はお前とその親父に対する、レジスタンスに身を投じてただろうな」 そして、恐らく。 それは相当に孤独で過酷な戦いになっただろう。「そっか。 あたしの元々の魔法が幻覚魔法だった理由が、ようやっと、本当の意味で分かったよ。 誰かを躍らせる魔法を使って、あたしや親父も踊らされてたんだな……今の今まで、ずっと、どっかの誰かに」「まあな……なんつーかヨ、『世の中終わりじゃないと飯が食えない』連中なんてザラに居るのさ。 笑っちまう事に、『あと数年で日本が破綻する』なんて『破綻する結論を絶対に変えず、理屈だけコロコロ変えながら30年近く言い続けてる』狼少年みたいな経済学者だって実際に居るんだ。……ほんと、狼に食われちまえばイイのにって思うよ。 まあ、そんな狼少年を『飼ってる奴が居る理由』も、ロクなモンじゃなかったりするんだけどな」「なんだよ、そりゃあ? 誰がなんのために?」 その言葉に、俺は溜息をつく。「知らねぇほうがいい……俺が知ってる事全部、『イイ子ちゃん』のお前が知っちまったら、なんも信じられなくなっちまうぞ? ただ、俺から言える事は……『理想だの理論だのばっか肥大化して、皮膚感覚的な実体験や経験を軽視し過ぎた』り。あるいは逆に『体験だけを重視し過ぎてて、理屈に対して聞く耳持たない』。 そういう『両極端な連中』が増えすぎてると思うんだ。 知性や理性だって万能じゃねぇ。むしろそれは人間が失った『本能』の代替品でしかネェんだから。『どっちも備えて、初めて人間』なんだよ」 例えば。 さっき話したTVだの新聞だの書いてる連中の『当事者意識の欠如』だとか。 『上げる必要も無い税金を上げる法律が成立すれば、財務官僚が出世する&税金の審査機関という天下り先を確保できる理屈』とか。 金に関して、どんな汚い世界が、国家単位で繰り広げられているとか。 ついでに、『日銀砲伝説』とか…… それ知ってしまうと、一千億という我が家の個人資産なんて、ホントに『吹けば飛ぶような紙クズに見えてしまう』のだ。 いや、マジで。 だって、10兆とか100兆とかの単位で金が動く世界なんですヨ? それに護られてる俺たち日本人の生活ってドンダケなんだって、初めて知った時、色々戦慄が走ったモンだ。「……ま、いいさ。お前さんの『祈りの動機に関しちゃ』よく分かった。 あとは最後の疑問……『なんで親父さんは、正しい教えなんてモンに突っ走っちまったか』なんだが」「それは新聞を読んで……」「だから、『誰も止めてやらなかったのか?』って事だ。 教団からすりゃ、普通に信者集めて説法して回る優秀な神父様だ。 そんな神父様がトチ狂うのを、教団が指咥えて見逃してるとも思えネェし、そんだけ純粋に悩みがあるなら、誰かに相談しようと考えないほど、お前の親父さんも愚かじゃないハズだ。 ……まあ、家族の前で、迂闊にボロボロ涙流すのは120%親失格だがな。お前もチカとみんなとここで暮らすようになって、分かっただろ?」「確かに、そうだよなぁ……」 さて、と。 とりあえず、当面の用は、終わった、と。「……まあ、こればっかりは、本当に俺の流儀じゃねぇヨ。死人に鞭打つ事になっちまうからな。 お前としても、そんな疑問の答えなんて知りたくも無いのなら、俺としちゃそのままでいい。 正味、『お前の祈りの動機が分かった段階で』もう俺個人にとっちゃ、カタはついてるのさ」「おいおい……」「だってそうだろ? どんな理屈があるのかなんて、蓋を開けてみなけりゃ分かんねぇ……しかも、本人死んでるんだ。 生きてる人間が、今更暴いたって意味なんざ無ぇかもしれねぇし、むしろマイナスかもしれん。それをおめー、棺桶の蓋ひっくり返して調べようってぇんだぜ? もしかしたら、お前の親父さんが、本当にとんでもないロクデナシだって結論が出ちまう可能性だってある。 しかも今からできる事は、証拠集めと類推なワケで……だからこそ、それが『間違ってないだけで正しいなんて保障は無い』。 いいか? 『何かを信じる』って事はな、『裏切られる』って事と表裏なんだ。一種の博打だよ。 俺が最後の最後まで家族を信じようとして、親父やオフクロに殺されかけたよーに。 『家族だって最後は裏切る可能性がある』んだ。 それでも……誰も何も信じないで、人間、生きて行けるわけが無い。最悪、お前はまた、家族に裏切られる事になるかもしれねぇ……それを踏まえた上で、だ」 一呼吸。 懺悔室の仕切り越しに、俺は佐倉杏子に問いかける。「俺としちゃオススメはしねぇが……どうする、佐倉杏子?」「ここは?」 俺を案内した佐倉杏子は、閉ざされた扉の前で、立ち止まった。「親父の書斎だよ。今まで開かずの間で……いや、開けるの、怖かったんだ。でも、もう目をそらさない。いや、逸らすわけには、いかねぇよ」「……いいんだな? ホンットーに? どんな理屈が転がってるか、分かんネェんだぞ? 最悪、お前の親父がサイテーのロクデナシだったとか、そんなオチがついちまう可能性だってあるんだぜ?」 知らないほうがいい。そういう事だって実際にあるのだ。 例えば……チカがコイツを俺からかばったように。実際、出会った当初にそんな事知ってたら、俺はコイツを殺していただろう。「構わない……あたしは事実と向き合いたい。あんたにも、その権利がある。そうだろ?」「OK、針金か何か、あるか? このタイプの錠前はシンプルだ、壊す必要すらネェよ」「ほいよ」 そう言って、佐倉杏子がヘアピンを一本、渡してくれた。「よっと」 そして、カチャン、と音を立てて。 ……あっけなく、開かずの間の扉は開かれた。 佐倉神父の書斎は、書籍で埋まっていた。 殆どが哲学書だの宗教関連の本だので……まあ、勉強家だったのだろうな、とは理解出来た。 だが……「……ん、イイモンが見つかった」「なんだい、そりゃ?」「帳簿。 宗教法人なら、税金の申告とか、けっこー厳密にやってるハズだから。 こっから色々探れるかもしれねぇ……」 とはいえど……そこから分かった事は。「あー、やっぱな……」「何が……分かった?」「まあ、破門される前と、それ以前の収支の事が、な……お前の家族がどーやって喰ってたかって話さ。 説法での寄付だけじゃなくて、やっぱり冠婚葬祭だとかでも優秀な神父様だったみてぇだな」「え?」「よーするに……元の宗派の教えにしたがった、優秀な神父様だったって事だよ。葬儀だとか、結婚式だとかか? そーいったのも、ちゃーんと収入に入ってる。ほれ?」 薄茶けた帳簿に記された、かすれた記録。 だが、その収支記録だけは誤魔化しようが無い事実だった。「まあ、葬式と結婚式とかは、神様の独壇場だからなぁ……誰だって死んだ後の魂の行き先なんて分かんネェしな」「神様(ザ・ワン)候補生のアンタが、そんな無責任な事言うなよ」「知るかボケ。わかんねーモンはワカンネーんだよ」 そう返事を返す。 ……我ながら、世界一無責任な神様(ザ・ワン)候補生だよなぁ。「……で、だ……お前さんの親父さんが、破門された途端、とーぜん帳簿が真っ赤になってる」「まぁ、そうだろうな……ウチが一番、貧乏した時期だし」「いや、そんだけじゃねーよ。宗教法人の資格、無くしてんだな、コレ」「は?」「だから言っただろ? 日本において宗教法人ってのは『公共のモノだ』って位置づけられてるからこそ、税金が減免される。 逆を言えば、だ……破門された段階で出て行きたく無けりゃあ、この教会の土地建物買い取らなきゃいけねぇし、買い取ったら買い取ったで、その土地建物に税金ってモノもかかってくる。 ……ンでな、もういっぺん宗教法人としての資格を取るには、三年の活動期間ってモノが必要になって来るんだ」「さっ、三年!?」「そー日本の法律で決まってんだよ。 それまでは、どんな風に教えを説こうが、一個人の収入と支出や資産の中から、税金の申告をしなきゃいけねぇ。 よーするに……『国が宗教に対して、信教の自由のために肩替りしてるリスク』を、『個人で背負わなきゃイケナイ』って事なんだな」 説法以外の収入を断たれ、更に土地建物を買い取りせねばならず、その上、今まで払ってなかった税金も払わねばならない。 正直、俺だったら絶対やらねーと思う。家族が路頭に迷うのも、アタリマエだ。「で……あー、このへんかな、お前が魔法少女になったの? 信者が増え始めたの、このへんだろ? うちの両親が入信したのも、このあたりだ」「ああ、そうだよ」「スゲーな、おい……えらい勢いで、赤字が補填されていってるぜ。案外、変な所からお前の親父さん、借金でもしてたんじゃねぇのか?」「それ、ドコからか、分かんねぇか?」「いや……確かに借入金の類はあるっぽいんだが、『どこから』とかが分かんねぇな……でも、返済の義務はあっても、無利息っぽいんだけど、コレ?」 何しろ、利息が増えて無い上に、完済しているのである。「って……あっ、あった……って、はぁ?」「どうした?」「いや、これ……確か、元の親父さんの宗派じゃなかったっけか?」 その借金は……元々の宗派から出ていたのである。 つまり……『元の宗派から借金をして、佐倉神父は教会を買った』のだ。「どういう意味だよ?」「分からねぇ……けど、借金できるって事はそれだけの信用があるワケで? ……でも、破門されてたんだろ?」 混乱してくる。 どーいう事だよ、オイ?「分からネェ……謎が解けるかと思ったら、更に謎が増えやがった」 頭を抱える。 とりあえず、帳簿から分かった事は……エラい勢いで信者から金巻き上げて、その借金を完全返済していたって事だ。 しかも、『利息の無い借金を返していた』って……どういう事なんだ?「……あれ、コレ、何だ?」 佐倉杏子が見つけたのは机に置いてあった、辞書の隙間にあった封筒。 それに、俺は……見覚えがあった。「それ……俺が昔送り付けた、意見書じゃねぇか?」「え?」「いや、お前さんの親父さんの説法や教義を『真剣に聞いたんだけど、どーしても納得が行かなくて』。 ンで俺なりに必死に頭絞って考えて、素直に疑問をぶつけてみたんだよ」「なんか、手垢がつくくらい、読み込まれてるっつーか……うわ、全部、親父の教義や説法の矛盾を、鬼のような勢いで突きまくってるぞ?」 手紙の内容は、そういったモノだった。まあ、いわゆるツッコミという奴だ。 かるーい先制のジャブとして、悪党の鼻先に一発カマしてやるべきかと思い、送りつけたのだが……「こんなの送りつけられたら、親父、ノイローゼになっちまうよ……」「いや……俺としちゃあ、家族洗脳された悪徳宗教家だし? 軽いジャブのつもりだったんだが」 まさか、ガチであんな理想論を唱えていたとは、思えるワケがありませんって。 何というか……『色々夢見過ぎてるだろオイ』って言いたくなるような。「……ひょっとしてさ、親父が首吊った一端、アンタが片棒かついでねぇか?」「知るかよ。それに当時小学生だぞ、この意見書送りつけたの? 大体、新興宗教興そうって人間が、小学生にツッコミ喰らった末に凹んでドースンダヨ?」「まあ、確かにそうだけどさぁ……むしろ小学生に突っ込まれたほうがダメージ大きい気がするのは、気のせいか?」 それから、あれやこれや色々調べて行く内に。 何だかんだと気高い理想は持っており、かつ知性や教養の高さはあったものの、どーも基本的な足元が御留守な傾向が強い、いわゆる『学者肌』な人物像が薄っすらと見えてきた。 ……無論、何だかんだと神父としては、とてつもなく優秀な人物だったのだろうな、とは、垣間見えてはいたが…… そして……「……このテーブルの、鍵がかかったトコだな」「ああ、ヘアピン貸してくれ」 最後。 鍵を開けて、俺はその引き出しを開ける。「……こりゃあ」「親父の……日記か?」 何冊か取り出して。「どうする、読むか?」「……う、うん……」 そして……佐倉神父の日記を紐解いて分かった事は……やはり、宗派の中で抜きんでて優秀な神父様だったという事。 そして、それが故に理想を掲げたモノの、現実(を、曲解解釈した新聞報道)を見て悩みを抱え、相談役の上司に打ち明けたが、とーぜん誰も答えられなかった事だった。 アタリマエである。 今時の報道機関の連中なんて、自分を棚に上げた素人の暴論で、他人に無謬性を求める連中ばっかなんだから。 ……そりゃ、そんなのに全部パーフェクトに答えられる奴なんて、それこそ本当に人間じゃネェよ。 そして、それの『答えは無いのか』と求道者らしいクソ真面目っぷりが、彼を追いつめて行く事になる。 その末に、今までの教えを『古い』と批判し、自らデッチアゲた代物に、反論できる本部の人間は、誰も居なかった。 だが、それが『理想に偏り過ぎた危険な物』だと分かり切っていたが故に、本部は『破門』という判断を下したのだろう。 ……独立に際しての無利息の借金という形を取ったのは、いずれ現実を知って、元の教えに帰って来ると、本部が判断したからではなかろうか? 恐らく、『理論ではなく現実に痛い目見て反省したうえで、諭さねばならないモノがある』と感じたに違いない。 多分……おそらくは。 反省して、ホトボリが覚めた頃合いを見計らって、教区というか、教会を引っ越させて、別な場所でやり直させるつもりだったんじゃなかろうか? 要は……「……なんつーか、反抗期の子供みてぇだな、オイ」「あー、なんか分かる気がする……親父、すげぇ頭は良かったから」「そーだな、スゲェ優秀だったんだんろうな。なんつーか……専門馬鹿って感じだよ」 だが、一度、破門という形で捨てられた末に、本人がとことん真面目な人間だった事が、逆に災いした。 元の教えに納得出来ない以上、戻るわけにもいかない。 家族を抱え、彼は苦悩する事になる。 何と無く……「親と喧嘩して家出した子供が、世間の厳しさ知って実家に帰りたいのに帰れなくて、家の前ウロウロしてるよーなモンじゃねぇのか?」「……アネさんやアタシが、ひみかや、ゆまが悪さしたの叱りつけて、叩き出した時みてーだな……おい」「俺は何と無く、沙紀の事を思い出したよ……」 後は……俺やコイツが知っての通りだ。 喰うに困った末にコイツは魔法少女になり、親父含めた信者が集まって……ンで、それがバレた、と。「なんか、アンタの意見書受け取って、親父、メチャクチャ悩んでるし……その末に、あたしが魔法少女になったキッカケを知ったワケか」「そりゃあ『魔女』呼ばわりされるわ……お前」「おいおい、この日記の悩みっぷりからして、アンタがウチの親父、追いつめたようなモンじゃねぇか!」「だから知るか! ウチだってオメーの親父の説法にドップリ嵌って、極貧に落ちた末に親戚に縁切られちまったんだぞ!」 ひとしきり睨み合い……お互い馬鹿馬鹿しくなって、溜息をつく。「なんつーか……ホント、大変だな、お前」「ああ、あんたもな……あたしも馬鹿馬鹿しくなってきた」 ページをめくる手を止めて、お互いに溜息をついた。「なんっつーか……『人生とは、クローズアップすれば悲劇であり。ロングに引いて見れば喜劇だ』って、チャップリンが言ってたけど。 今まで、自分の事やアンタの事、結構シリアスに考えてたんだけど……それも視点の違いにしか過ぎネェのかもな。 こんなクダラネェオチがつくなんて、思いもしなかった」 そういった佐倉杏子の言葉に、俺も心から同意する。「かもなー。 だが人間の目は、目の前のモノを見るようにしか、出来てはいない。 それを踏まえた上で、『自分を見失わず』かつ『多様な視点を持つように』心掛けねば……物事の本質というのは、みえてこないのかもしれねぇな」 そう言って。 お互いにもう一度、深々と溜息をつく。 日記は……酒に溺れて以降、滅茶苦茶な文字になり、日付も飛ばしまくりになった。 そして、最後の日付が書かれた文字は、意外とマトモだった。 そこに書かれていたのは……最早、『死ぬしかない』と悟った自分の事。 そして……自分の意地やワガママが道を誤らせてしまった信者たちへの詫び文句。 更に遺される『家族への』最後の言葉。「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……じゃあ、何で母さんと妹は死ななきゃいけなかったんだ!?」「一個聞くが、よ。 おまえは『家族が死ぬ現場を目の当たりにしたワケじゃない』んだよな? あくまで『一家が首吊った』って『結果だけを見てた』わけだ?」「あ、ああ……じゃあ、ひょっとして……まさか!?」「ああ、つまり……もしかしたら、だぞ? 『お前の親父さんが首吊った』→『その後にオフクロさんが絶望して、お前の妹連れて後追いで死んだ』とかって……考えらんねぇか?」「っ!!」 もし、仮に。 『己の意思を持った男ならば』。 せめて『家族を後に残そう』とは、普通に考えるハズである。 そして、日記の最後の一文は。 『すまない、杏子……父さんはお前の祈りに答えてやることが、出来なかった』「っ……………馬鹿だぜ……………馬鹿だぜ、親父……間違っちまったんなら、意地張らねぇで頭下げて戻って来りゃいいのに。みんなもそう言ってたんだろう!? なのに、なんで……なんで『家族遺して死ぬしかない』なんて。なんで母さんもアタシだけ置いていっちまうんだよ、バカヤロー!!」「今更、戻るに戻れなかったんだろ。 その上で『自分の言葉に、万人に聞いてもらう価値は無い』って、自分で悟っちまったんだ。宗教家としちゃオワリだよ。増して、信者だとか一杯引き連れちまった以上、も、どーしょーも無かったんじゃねぇのか? そういう意味じゃ『己の過ちを認められない独裁者が、失策を国民のせいにして大量虐殺』するよっか、百億倍マシだよ」 ポル・ポトだとか。スターリンだとか。毛沢東だとか。 かつての共産主義もまた、理想論として掲げたモノは崇高ではあったが……実際は大失敗に終わっている事は、歴史的事実が証明している。 むしろ、そういった現実と乖離した理想を、権力者が掲げたが末に大虐殺(ジェノサイド)に走るのは、十字軍や文化大革命の頃から、変わらない人間の歴史であり真実だ。 どんな完璧と思われる理論にも人間が作る以上、穴があり、過ちがあり、間違いがある。 そして、その失敗を踏まえた上で、人間は経験や体験という『経験値の歴史』を積み重ねていくしかない。 無論、それを『どう判断してどう積み重ねていくか』は個人個人のモノではあるのだが……それでも思う。 『親父の話を真面目に聞いて欲しい』 あの佐倉神父の言葉を、真剣に聞いたうえで、その問いに答えをくれてやる奴が。 むしろ逆に疑問をぶつけてやる奴が、何故、居なかったのか? そういう意味で……こいつの親父さんは『孤独』だったんじゃなかろうか? だとするならば、あの神父が家族を犠牲にしてでも己の正義を世間に訴えようとした、狂気に近い行動にも納得がいってしまう。「まあ『同類が居ない』ってのは……寂しいモンだしな。オンリー・ワンでもナンバーワンでも、よ」「っ……そっか。あんた、ひとりぼっち(ザ・ワン)だもんな」 その言葉に、俺は苦笑した。「そうでもネェよ。 俺には……沙紀以外にも、『待っててくれた女が』居たみてぇなんだ」「っ!! ……そっか。あんた、マミを選んだんだな。アネサンが死んだからとかじゃなくて『自分の意思で』」「ああ。だから……」 一呼吸、天を仰ぐ。 魔法少女に欺かれ、魔法少女に運命を翻弄され、魔法少女に酷い目に遭い続け。 ……それでも、魔法少女に救われ、魔法少女を……巴マミを、斜太チカを、愛してしまった、どーしょーもない俺って男は。 ……だから俺は。人として……「そのー、何だ。……俺、お前を許すよ」「っ!!」 俺の言葉に。 今まで、佐倉杏子の中で張りつめていた、『何か』が解かれるのが、分かる。「ショウガネェだろ? 今のお前は、一人じゃねぇし……っつーか、お前殺したら、誰がゆまちゃんたちの面倒見るんだよ? 絶対、嫌だぞ、俺は? 大体、沙紀一人、一人前の魔法少女に育てんのに苦労しまくってたんだ。もー、あんなジャリタレ共の未熟な連中の面倒なんて、金輪際、見たくネェんだヨ。 それに、ついでに言うなら……確かにチカの言った通り、お前の親父さんが『どう間違っちまったか』なんて『お前の立場じゃ見抜きようも無い』よ。 俺みてぇに『人殺しとかしてるなら兎も角』……まだ、償いようのある範疇だしな、お前自身は。 それに、お前の親父さんが首吊った理由の一端、俺にもあったみてーだし。……全く、因果応報とかブーメランとか……よく言ったモンだぜ」「あ……」「お前は……『俺みてぇに間違うんじゃネェぞ?』。 考える事をやめるな、行動する事を止めるな、自暴自棄になるな。そんで悩みながら最後まで『最初の祈りを信じて』生きろ。 自分を見据えて、誰かを護って……誰かの希望を育てて生きろ。何しろ、俺には……もう無理なんだから、よ」「え?」 と…… ぶばんっ!!「はぁっ、はぁっ、居たぁっ!!」 荒々しく扉を開けて、飛びこんで来たのは。美樹さやかだった。「っ! ……おまえ?」「な、なんだよ!?」 えらい形相で、俺に突っ込んでくる美樹さやか。 そして……「一か月」「あ?」「一か月、真面目にトレーニング、しました! だから……だから、あたしを弟子にしてください!! 師匠!」「しっ、師匠ぉ!?」 思わず噴き出しちまう。 ……そういえば、そんな約束、したよーな?「あー……『なんか教えてやる』とは言ったけど、弟子にすると言った憶え、無ぇぞ?」「そんな事言わないで、あたしを弟子にしてください! 師匠!! ……あの闘いで、分かったんです! あたしは新人で、しかもチカさんみたいな、闘いに恵まれた素質があるわけじゃない。 闘い抜く力が、生き抜く力が、護るための力が、全然足りてないって! だから、それを……同じ『剣士』として教えてください! 師匠!」「あー、その、な……すまん、約束破って悪いが、俺にはもう無理だ。 悪いが諦めてくれ」「どうしてですか!? あたしの実力不足ですか!?」「いや、そうじゃなくてな……」 そう言って。 俺は自分自身に降りかかった、『ザ・ワン』としての宿命を説明する。「あんた……!!」「そんな!」「ま、そーいうワケなんだ。 悪いが、師匠としてさ、最後まで教えた事に責任なんて持てそうに無ぇんだ。神として消え去るか、死ぬか。 それしか俺にはもー道が無ぇんだ」 と……「それでも……それでも、最後まで師匠は生きるつもりなんでしょう!?」「ああ、まあな。惚れた女と生きるためなら、神様なんてクソクラエさ」「それです!」「え?」「あたしも分かったんです! 誰だって死にたくない! 愛する人と一緒に生きたい! だから……『魔法少女として、好きな人と共に生きる力』を……師匠の剣を、あたしに教えてください!」「っ……だけど、俺は……」 と……「あのさ、あんたの剣は、誰に教わったんだ?」 話を振ってきたのは、佐倉杏子だった。「え?」「あたしの基本ってさ、やっぱ親父の言葉であり教えなんだよ。それを踏まえた上で実践してみろって……アネさんに言われた。 魔法少女だって無敵じゃねぇし、いつか死んじまう。だから、そのために後輩に自分が間違っちまった事だとか、間違ってる事だとか。 そーいった『自分のやってきた事』を伝えていくとか、教えて行くのって……物凄く重要なんじゃねぇか?」「っ! だけど……」「あたしが認めるよ。 アンタの剣術……ホンモノだよ。アンタの剣がホンモノだって事は……アンタの師匠もホンモノだって事だよ。 ……勿体ねぇよ。そうやってホンモノが消えちまうのって」「……」 俺の……俺の、かつての夢想。 小学校の頃の小さな小さな……本当に自分の力の本質も知らなかった、愚かな頃。 ああ、それでも。『家族を護れる正義の味方でありたい』と願い、手に入れた力を真剣に継ぐ覚悟を決めた者が、居たとするならば……「俺は……ずっとずっと、生き急いで、ブレーキの踏み方も知らねぇ勢いだけで突っ走って、生きて来た。 なあ、美樹さやか。お前、本当にそんな俺に……ついてくる覚悟は、あるのか?」「覚悟も何も……魔法少女になっちゃった以上、ついて行かざるを得ないじゃないですか? それにあたし……あの時、何も出来なかった。チカさんが命を賭けて、あたしを護ってくれたのに、魔法少女になったら闘えるだなんて……あたしが甘かったんです。 だから、チカさんから受け取ったバトンを、あたしが継ぎます! あたしがみんなを護れる魔法少女になりたいんです! だから……改めてお願いします、あたしを弟子にしてください、師匠!!」「っ!!」 溜息をつき、天を仰ぐ。 全く……チカの馬鹿も、とんでもない大馬鹿を、後に遺しやがって。 ……こーやって馬鹿の系譜は、馬鹿を増やしながら後世に残って行くのだろうか? だとしたら、俺としてはよほど悪夢だ。「わかったよ……俺が教えられる限りの事は、暇な教えてやるよ……『この、馬鹿弟子が』」「颯太さん。用事は……終わりましたか?」「ああ。 ……よけーなモンがついて来ちまったが」「余計な、モノ? ……そういえば、誰か裏口から入ってったみたいですが」「いや……何でもネェさ」 教会を出て。 待っていてくれたマミに、礼を言うと、俺はヘルメットを被る。「じゃ、行こうか。 春休みが終わるまでは、まだ日にちがあるしな」「そうですね。今日はドコに行きます?」 その問いに、俺は目をそらしながら。「なあ、その……泊まりがけとか、大丈夫か?」「えっ?」「いや、連れていきたい場所があるんだけど……二人乗りは出来ても、高速は二十歳超えるまで一緒に乗るの無理だからさ。 ……ちょっと下道を行く割に、遠出になるんだけど……」「どこです?」「東京。上野とか、荒川とか、浅草とか、あのへん。 ゴチャゴチャしたせせこましい所だけど、その……なんつーか、俺の『故郷』をな、案内してやりてぇって。 ……ダメか?」 その言葉に。「是非、連れてってください、颯太さん。 私を……あなたの故郷へ」 満面の笑顔を浮かべて、答えを返してくれたマミ。 そして……俺たち二人は、この教会から走り出した。 希望を胸に。 二人の、未来に向かって。