遥かな未来の話。
何者にも犯される事なき【竜王】として君臨する今の時代。彼はある霊峰の頂付近にある洞窟にいた。
ふと今の塒外を見ると、激しい嵐が吹き荒れていた。
その光景を見て、ふと思い出す事があった。……あれは確か、そう……まだ自分が住処を決めず、巣立ちして彷徨っている頃の出来事だった。
ゆっくりと空を舞う。
空の旅は快適だ。
……かつて、人だった頃に見たあるアニメで、空を飛ぶ事が好きな魔法少女の話があったが。うん、分かるよね……。
自分の力でこうして空を自由に舞う、というのは何物にも変えがたい何かがある。
そんな風に空を飛んでると……おや、積乱雲?
……いいや、行ってしまえ。
物は試しだ。……危なかったら、もう突っ込まないようにしよう。
そしてそれが……。
後に地上に甚大な被害を出した天災の始まりだった。
「……矢張り薄暗いな」
至る所で稲光が光る。
余波程度なら大丈夫だが、直撃を喰らったらどうなるかは試したくない。
効かなかったとしても、痺れるのは御免だし、好き好んで打たれたいものでもない。
とはいえ、人であった頃には体験出来ない事だ。
………?
なんだ?
今、何か動くものがいたような……いやいや、サイズでかかったような。ジャンボジェットなんてこの時代にある訳ないし、竜種だって案外、空を好んで飛ぶ奴は少ない。
当然かもしれない。
何しろ、空ってのは食い物が少ない。
獲物を探すには向いてるんだが、それよりは地面を動き回る方を優先した方がいいに決まってる。子育てだって、その方がやりやすいからね……。
リオレウスとかベルキュロスとかを除けば、後は古龍種ぐらいじゃ……。
……古龍種?そういえば……いやいや、まさか?
そう思った時、稲光が光った。そして、それが奴の姿を露にしてくれた……。
「おいおい……」
東洋の龍を思わせる姿。
通常の竜種とはまた異なった美しさを持つその巨体は。
「嵐龍……アマツマガツチ」
『来たか、久方ぶりの来訪者よ』
脳裏に声が響く。
後に、ベルキュロスと戦った時には、これが俺の会話能力なんだと気付いたが、この時はてっきりアマツマガツチの特殊能力か、それとも向こうが合わせてくれたんだと思ってた。
だって、古龍だもの。
……その後長く生きる事で、複数の古龍とも出会う事になるが、これがその初めての出会いだった。
「あー始めまして。ああ、飛びながらでも?」
『構わん。その場に浮き続けるのは、難しかろう』
そりゃそうだ。
そりゃ俺だってホバリングというか、その場所で浮き続ける事は可能だけど、矢張り普通に滑空してる方が楽だもんね。
「けど、久しぶりの来訪者ですか」
『ここまで来る者は余りおらぬ故。お前達リオレウスもこの高度までは必要を感じぬからだろう、余り昇ってこぬし、嵐の中に入る事も珍しい』
あー、成る程。
確かに、普通にリオレウスが飛ぶのは最初の巣立ちによる縄張り探し&確保とその維持、番探し、後は獲物探しだ。その内、高く飛ぶ必要があるのは最初の縄張り探しぐらいのものだ。
他の場合はいずれも地上が見えないと意味がない。番探しの時だって、リオレイアは地上を好むからどうしたって低く飛ぶ事になる。
それに、こんな嵐の中に入ったって良い事は何もない。
俺だって突入したのは、人間としての好奇心による所が大、だ。
『まあ、良い。とりあえず、我が領域に入ってきたのだ。通行料を払っていってもらおう』
はあ?
何だそりゃ、通行料って……一体何を要求してくる気だ、こいつ。
……縄張りかあ。同じリオレウスやリオレイアなら話し合いというか、最初にいるのに気付いて『出てけ』って言われる段階で出たら喧嘩必要なかったし……同種族ならその必要がない限り、さっさと出て行けば問題なかったからな。
かといって、他の竜種の領域って殆どの連中は空飛んだら、諦めたしなあ……。
こいつ何要求してくるんだろう?って思ったら……!
「おわ!?って、何しやがる!!」
『……なあに……簡単な事よ。……空にあるというのは食い物が限られていてな?自然と共にあれば然程量は必要とせぬが……偶には肉を喰らうというのも良いものだ』
……ってこいつ俺食う気かよ!?
その日、地上に生きる人々にとって災害が起きた。
上空に発生した積乱雲が次第に広がっただけではない。
激しい嵐が周囲を巻き込みだしたのだ。
突発的に起きた嵐に、人々はただ家に閉じこもるしかなかったが……それでも多くの家が破壊され、多数の死者が出た。
……それが竜と龍の戦いだと知る者はいなかったが、激しい咆哮を聞いた者は大勢いた。
……もっとも皆はそれが風の音だと信じて疑う事はなかったのだが。
この野郎!やっぱさすがに古龍だけの事はある……!
地力が凄い。
ゲームでは古龍としては弱いなんて言われてたが……あれと今では決定的に違う点がある。
……それはここが空の上だという事。
ゲームでは地上に降りてきたし、地上にいるハンターを攻撃しようとしてた。逆に言えば、本来空を、嵐を住処とするアマツマガツチにはアウェー、苦手な領域だった訳だ。
今は違う。
ここ、積乱雲こそが奴のホームグラウンド。
こちらが慣れていない場所に、あっちこっちで光る稲妻に、吹き荒れる暴風に悩まされているというのに、あちらはむしろそれらを当り前のように利用してくる。
稲光をこちらの目くらましに使う。
暴風が吹き荒れたら、それに巧妙に乗って自身の機動性を上げるのに使用してくる。
おまけに破壊力も強い!
こっちの肉体が恐ろしく頑丈なのは実感出来たが……ここは空だ。
はたかれたら、さすがにバランスは大きく崩れる。
「畜生!さすがに古龍だな!!」
『貴様もな!!リオレウスとは思えぬ……!我が一撃をこれだけ喰らって尚、平然としているとは!!』
一瞬、さっさと逃げてやろうかと思ったが、逃げ切れるか分からない。
あっちはこちら以上に空がホームグラウンドだ。
こっちも攻撃を当ててはいるんだが……最初こそ向こうも揺らいだが……どう見ても見切られてるよな。何しろ、同じ空を飛ぶ相手に対してのこっちの接近戦闘の手段は二つ。
一つは尻尾を利用しての縦回転サマーソルト。もう一つは脚の爪での掴みかかり。後者は速度は落ちるわ、隙も大きいわで実質前者だけだ。一つだけとなれば、それを警戒しておけば何とかなる。
一方、向こうの尻尾アタックは蛇のような柔軟な体が功を奏している。
「……こうなりゃ勝負だ」
距離を取る為に飛翔する。
瞬間、突然に逃げ出したように見えたんだろう、向こうの動きが一瞬遅れた。
追おうと動きだした所で向き直り、息を吸い込む。
『?逃げ…いや、そういう事か!面白い!!』
向こうも気付いたのだろう、息を吸い込みだした。
そう、もう分かっただろう。
ブレス勝負だ!!
互いの吐き出したブレスが激突する。
リオレウスからは熱線、ブラスターブレスが。
アマツマガツチからは膨大な水流がそれぞれ吐き出され、激突する。
声は出せぬが、アマツマガツチからは驚愕の様子が見える。当然だろう、通常のリオレウスのブレスは火球に過ぎない。連続して放った所で楽に押し流せると読んだのだろうが……。
生憎、ここにいるのは規格外のリオレウスだ。
蒸発する事で発生する膨大な水蒸気が上がり、一瞬の均衡の後……水流を貫通した熱線がアマツマガツチを貫いた。
『ぐ……ぬう!』
「ちっ……!直撃はしなかったか!」
水蒸気で視界が遮られたせいだろう。
前足に相当する箇所の片方を吹き飛ばしたものの、仕留めるには至らなかった。
とはいえ、向こうもさすがに予想外の事態にこれ以上の戦闘を諦めたようだった。
『……ただのリオレウスではないな。此度は引かせてもらおう』
そう言って、睨みつつ、アマツマガツチは引いてゆく。
追撃はしない。
幾ら怪我をさせたといっても、これで向こうはもう油断などしないだろう。それに、あちらのホームグラウンドである事は未だ変わらないのだ。
「……ああ、疲れた」
安堵の溜息をつき、どっかでメシを食うか休む場所でも、と地上を見て、ぎょっとする事になった。
「……こりゃひでえ。……俺知らね」
大型台風が暴れ狂ったかのような惨事が地上に展開していた。
確かに、短いようで長いような戦いを繰り広げていたし、向こうの竜巻に抵抗したり、直上からの水ブレスも一発ならず回避したが……。
別に彼のせいではないのだが……何となく気が引けて、さっさと逃げたのだった。
……もう昔の話だ。
懐かしい事だ。結局、奴と再び戦う事はなかった。……大昔ならともかく、今の気象衛星まで持った人類の目からは逃れられまい。不自然な嵐などすぐ分かる。……おそらく、もう奴も生きてはいないだろう。
ふと、そんな思いに駆られた。……知り合いが生まれても、自分が長く生き続けるせいだろう。古代より生き残っているものなど果たしているのか……知り合いといっても所詮出会えば殺し合いの間柄ではあるが、孤独さを思い出す事もあるのだ。……おそらく、心も強くなっているのだろう。でなければ、たった一人の生に当に心が壊れている。
……まあ、この嵐の中だ。わざわざ狩りに出かける必要もあるまい。
そう考えると、偶には昔を思い出しつつ、のんびりするかと改めて寝そべった。
【あとがき】
ご希望のあった、アマツマガツチ戦です
次回はアルバトリオンとアカムトルム、でいいかな?
ゲームでは余り強い感じがしなかったとも言われますが、矢張り地上にわざわざ降りてきて、しかもハンターを狙ったから頭を下げたりしてたのも大きかったとは思うんですよね
もし、空を飛んでる状態で戦闘になったら、凄く厄介だと思います
……ハンター達だったら、ムービー同様飛行船が落とされて終わりかな