プロローグ
「一夏ぁ!」
「ふぉふぉ、安心するといい、千冬ちゃんや」
「ちふゆ、ねぇ……」
弟の身を案じる少女に向け、老人が愛嬌のある表情を浮かべて安心させようとする。
その老人の手の中には千冬の弟、衰弱した様子の一夏が抱かれていた。
「いっくんに手を出した不届き者は、わしが皆懲らしめてやったからのう。怪我もないぞ。ただ、いろんなことがありすぎて疲れただけのようじゃ」
なんでもないことのように、陽気に言う老人。彼の名は風林寺隼人(ふうりんじ はやと)。無敵超人の異名を持つ、史上最強の生物。
風貌はそれに相応しく、二メートルを優に超える筋骨隆々の巨体。ただでさえ目立つ容姿なのに、それに拍車をかける長い金髪の髪と髭。
その姿は圧巻で、隼人の微笑みが妙なギャップを生み出していた。だけど千冬は隼人に怯えることなく、一夏を受け取り、抱き締めながらお礼を言う。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
「なぁに、困った時はお互い様じゃよ。それにしてもよかったのかのう?いっくんが心配だったのはわかるが、今日は大事な試合だったのじゃろう?」
「そんなのはどうでもいいんです。一夏が無事だった、それだけで十分です」
「ふむ、お主は良い姉じゃの」
隼人は自身の顎鬚を撫でつつ、空いている手で千冬の頭をポンポンと叩いた。
「後はわしらに任せるといい。黒幕にはきっちりと落とし前を付けるからのう」
優しい笑顔でささやかれるその言葉。それは千冬にとってとても頼もしく、そしてとても恐ろしかった。
†††
「風林寺さんには、本当に頭が上がりません」
「気にするでない。何度もいっとるが、困った時はお互い様じゃ」
「ですが、いつもこちらが一方的に助けられてると思います」
「じゃから気にするでない。うちの者もいっくんのことを歓迎しとるからのう」
千冬と一夏の姉弟には両親が存在しない。幼い一夏と、当時高校生である千冬を残して突然失踪したのだ。
2人には頼れる親類もおらず、どうしたら良いのかわからなかった。そんな姉弟に向け、手を差し伸べてくれたのが隼人である。
「アパパパ~」
「アパチャイすげっ!」
「いちか、スピード上げるよ。しっかりつかまってるよ」
「うん!」
あらゆる武術を極めた者達が集う場所、梁山泊。
幼い一夏の姿はそこにあり、今は優しき巨人、アパチャイ・ホパチャイと遊んでいた。
隼人にも負けない巨体であり、褐色の肌と水色の髪をした青年。その風貌から恐れられることが多々あるが、彼の本質はとても優しく、子供や動物などには絶大な人気を誇っていた。
一夏を肩車して嬉しそうに走っている姿から想像できるように、彼は大の子供好きだ。そんな彼が裏の世界では『裏ムエタイ界の死神』などと呼ばれているのを誰が想像できるだろうか?
「それはそうとドイツはどうじゃった? 世界は広いからのう、何か新しい発見があったじゃろう? 今の千冬ちゃんはそんな顔をしておるぞ」
「……流石ですね」
隼人に指摘され、千冬は感心した。こうも見事に自身の心境の変化を突かれるとは思わなかったからだ。
千冬は今までドイツにいた。あの事件から既に1年以上の時間が経ち、既にIS操縦者の現役を引退している。
IS インフィニット・ストラトス
女性にしか扱えない、世界最強の兵器。
当初は宇宙空間での活動を想定して作られていたのだが、千冬の親友である篠ノ之 束(しののの たばね)が兵器として完成させた。
彼女1人でISの基礎理論を考案、実証し、全てのISのコアを造った天才科学者なのだが現在は失踪中であり、世界中が束の行方を追っているとのことだ。
束の親友だったために千冬はISの開発当初から関わっており、ISに関する知識や操縦技術は並みのパイロットよりも遥かに高い。しかも公式試合で負けたことがなく、大会で総合優勝を果たしたことからも誰もが認める世界最強のIS操縦者だった。
そんな彼女の突然の引退。よくよく考えれば、隼人じゃなくともなにかあったと勘ぐるのは当然かもしれない。
「最初は……借りを返すつもりで教官の話を受けました。ですが人に教えると言うことに意義を感じるようになり、その道に進んでみるのも面白いかと思っただけです」
「そうか……お主の決めたことじゃ。わしは応援するぞ」
「ありがとうございます」
「いっくんのことは任せなさい。血はつながっていなくとも、彼は既に家族のような存在じゃ。わしらがしっかりと面倒を見るから、安心するといい」
「はい」
縁側に腰掛け、お茶を飲みながら談笑を交わす隼人と千冬。
そんな2人に、背後から女性の声がかけられた。
「千冬……来て、たんだ」
「お久しぶりです、しぐれさん」
「ん……」
剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。
ポニーテールのように髪を後ろで束ね、くノ一のような格好をした美女。
年齢不詳だが、見た目からして歳は千冬とあまり変わらないだろう。彼女もまた、梁山泊で暮らしている者の1人だった。
「しぐれや、『あいえす』とやらの整備は終わったのかの?」
「今……秋雨が仕上げをしてい、る」
「そうかそうか、秋雨君に任せとけば安心じゃのう」
剣と兵器の申し子であるがゆえに、また、梁山泊で唯一の女性の達人であるがゆえに、彼女もまたIS操縦者だった。
しかも公式では負けなしとされている千冬だが、非公式、訓練などではしぐれに手も足もでなかった。
千冬が誰もが認める世界最強のIS操縦者なら、香坂しぐれは正真正銘、世界最強のIS操縦者である。
「逆鬼、一気に発電してくれ」
「ったく、何で俺がこんなことを……」
ISにいくつものコードをつなぎ整備、調整をしている胴着の中年男性。
彼が哲学する柔術家こと岬越寺秋雨(こうえつじ あきさめ)。黒髪と口髭が特徴的で、隼人やアパチャイに比べるとスマートな身体つきだが、武術の達人なだけにとても鍛えられた肉体を持つ。
書、画、陶芸、彫刻のすべてを極めたと謳われる天才芸術家だが、その他にも医師免許などを所持しており、からくりや機械関連の知識にも精通している。まさに完璧超人。
そんな秋雨だからこそ、世界最先端の技術の結晶であるISの整備ができるというものだ。
そして、ISにつながったコードの先端、自転車のような発電機で電力を生み出している人物の名が逆鬼至緒(さかき しお)。
ケンカ100段の異名を持つ空手家。口調は乱暴で、頬から鼻にかけて横断する一文字の傷があり、素肌の上に革のジャケットと言ういかにも恐ろしい風貌をしているが、心根はとても優しい青年だった。
「相変わらず、秋雨君の発明は見事じゃのう。その発電機のおかげで、うちの家計は大助かりじゃわい」
「収入が不定期な分、逆鬼の体力は有り余ってますからね」
「うるせぇよ!」
逆鬼達のやり取りを見て、千冬は思わず笑みをこぼす。
平和な日常。両親がいなくとも、自分達姉弟を支えてくれる家族のような者達。
これが幸せなのだと噛み締めていると、あっさりとその考えは崩壊してしまった。
「久しぶりね、千冬ちゃん。相変わらず良い体してるね♪」
「……………」
あらゆる中国拳法の達人、馬剣星(ば けんせい)。
長身とはいえ女性である千冬よりも小さく、小柄な中年の中国人男性。長い口髭と眉毛が特徴的で、帽子とカンフー服を愛用している。
彼を一言で表すならエロ親父。美女を見ればセクハラ行為を働くため、千冬は馬のことを苦手としていた。
「ほ、れ……」
「ありがとうございます、しぐれさん」
「ちょ、ちょっと待つね! いくらなんでも真剣は洒落にならないね!!」
それでも最近は慣れてきたのか、馬に対する遠慮がない。
しぐれに渡された刀、真剣を受け取り、千冬はそれで馬に斬りかかる。
中国拳法の達人なだけあり、千冬の斬撃を紙一重でかわす馬だったが、その表情は引き攣っていた。
「アパパ、剣聖楽しそうよ」
「これ、アパチャイ。どこを見ればそう取れるね!?」
「千冬姉、頑張れ~」
「いっちゃん!? 頑張られたらおいちゃん死んじゃうね!」
その様子をケラケラと眺める一夏達。そんな彼らを制する少女の声が、梁山泊内に響き渡る。
「みなさ~ん、おやつの用意ができましたわ」
無敵超人風林寺隼人の孫娘、風林寺美羽(ふうりんじ みう)。
一夏と歳の変わらない、長い金髪の美少女。幼いながらも梁山泊の家事を一手に引き受ける才女だ。
「あ、美羽ちゃん、私も手伝おう」
「ありがとうございます。では、こちらを運んでいただけますか?」
馬を追いかけるのを中断した千冬は、手伝いを申し出る。
いつまでもこんな日々が続けばいいのにと思う、平和な毎日。だが物事に永遠なんてものは存在せず、日常とは些細な切欠で崩壊するものだった。
「これが、IS……」
「これこれ、勝手に触ったら……」
おやつを食べ終わった一夏が、秋雨の整備していたISに興味を持つ。
興味本位で触ることを咎める秋雨だったが、もう既に遅い。一夏は既にISに触れてしまった。
これはしぐれの専用機だったが、整備のために一時初期化していたのが原因だろう。そうでなくとも、まさかこのようなことになると誰が想像できただろうか?
「こ、これは……」
どんな原理かはわからないが、ISとは女性しか起動することができない兵器。男性では到底扱うことができない。
だが一夏は男性、男の子である。普通なら起動するはずがない。動くはずがなかった。
だと言うのに……
「ISが……起動した?」
ISの起動。動かせないはずの男が、ISを動かした。
これが日常の崩壊であり、世界を巻き込むことになろうとは、一体誰が想像しただろうか?
あとがき
クララ一直線が終わり、勢いに任せて書いてしまった一発ネタ。
まさかまさかの史上最強の弟子ケンイチクロスです。うん、反省はしています。後悔もしています(汗
この作品を書こうと思った切欠は、長老ならISも倒せるんじゃね、と思った理由から。ってか、あの人普通に飛んでますよね、空。制空権なんてあの人の前じゃ無意味ですよね……
さらにはしぐれさんにIS。いや、だって、梁山泊の達人で唯一の女性ですし、剣と兵器の申し子だからISも例外じゃないかなぁ、って。違和感ないですかね?
ちなみに一夏と美羽は同い年です。必然的に兼一も同い年ですが、続くとしたら原作主人公とヒロインの出番がかなり少ないです。舞台はIS学園になりますから、出番はほぼ皆無です。
でもしぐれさん、彼女はIS学園に教師として入るのなんてどうかなと思ってますw
さて、なにやってたんでしょうね、俺。フォンフォン一直線の常連の読者の方がISのSS書いてると聞いて、SS読むには知識が要るからISのアニメ見て見事にはまったこのごろ。
アレはSS書きたくなっても仕方がないです。セシリアかわいいです、鈴かわいいです。
セシリアや鈴がヒロインで、強い一夏が書きたいと衝動的にやってしまいました。もう一度言います、反省はしている。後悔もしています。
※ にじファンにも投稿始めました。