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No.28285の一覧
[0] 亡き王女のためのパヴァーヌ【魔法少女まどか☆マギカ・女オリ主】【完結】[大内たすく](2011/06/12 21:31)
[1] 【前編】[大内たすく](2011/06/12 21:19)
[2] 【中編】[大内たすく](2011/06/11 21:15)
[3] 【後編】[大内たすく](2011/06/12 21:31)
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[28285] 【中編】
Name: 大内たすく◆8c1da007 ID:b51ec5d9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/11 21:15


ようやくエイメの留学課程が終了し、本国へと帰国する日がやってきた。

政府専用機に乗り空港に到着した途端、大勢の報道陣が待ち構えていて、エイメの一挙一投足を全て記録せんばかりの勢いでカメラを向け続ける。
彼らの意図が何なのか分かっていたエイメだったが、それを鷹揚に受け止めると軽い微笑と共に手を振り、報道陣のカメラに向かって応えて見せる。
ある意味、エイメはこの瞬間を待ち望んでいた。やっと国民の前に真実の自分を見せつける事ができ、汚い噂によって傷つけられた彼女の名誉も回復するだろうからだ。

彼女の意図した通り、帰国早々のエイメの初々しくも若さと知性に溢れた所作を映した映像は、TVを通じて国民の下に届けられ、それを見た彼らは今までの噂が全く根拠の無いものだったことを思い知る。

『誰だよ、王女が知的障害だなんて言ったやつ』

『懺悔します。今まですっかり噂に踊らされていました』

『俺も』

『俺も俺も』

『ナカーマ』

『お前らそろってジャパニーズ☆DO☆GE☆ZAで王女に謝れ。……俺もナー』

ネット世論は面白いほどに様変わりしていった。そんな彼らの変わり身の早さに、エイメは呆れるよりも先に胸がすく思いだった。ようやく今までの忍従が報われる時が来たのだと。
心配されていた相続放棄に伴うリシャールの借金の件についても、その件が発覚してから少し時間が経過していたこともあり、今はそれよりもエイメの知的障害の噂が根も葉もない事だった衝撃の方が人々の関心を集めているらしく、これといって問題視されている様子も無かった。

(ようやくみんなも分かってくれた…! これならゆくゆくは私が女王に即位しても、その頃にはもう誰も何も言わなくなっているに違いないわ!)

英国滞在中は本国の不穏な動きにやきもきしていたエイメだったが、そんな不安を一瞬で吹き飛ばすほどの国民の態度の変わり様に、不安に思っていた過去さえ笑い飛ばしたくなるほどに浮かれ切っていた。
その浮き立つ気分につられて、エイメはつい先日の晩餐会の様子を思い出し、くすりと思い出し笑いをする。

エイメは曲りなりにも第一王位継承者の王太女であるため、長い留学を終えて帰国した事を祝い、王族だけの内輪の集まりではあるが王宮で晩餐会が催されたのだ。
王族の集まりなので、当然エイメに次いで第二王位継承権を持つ叔父のエドワールもレジーヌ妃やその子供達を連れて出席していた。だが、そのエドワールもレジーヌもどこか浮かない顔をしている。

エドワール達のその浮かぬ顔つきとは裏腹に、エイメは気分爽快だった。
彼らの浮かぬ顔つきは、どう考えても彼らの企みがうまくいっていない事に対する焦燥によるものとしかエイメには思えなかったからだ。

(王位が欲しくてあれこれ小細工を弄してきたのでしょうけど、それが一瞬で覆されてさぞかし残念な事だったでしょうね)

彼らのそんな無駄な努力を思うと、我ながら意地が悪い事だと思うが忍び笑いが止まらなかった。
下劣な噂をばらまかれ、エイメが今まで散々嫌な思いをさせられてきたのは、エドワールの策謀があったからに違いないと信じてきただけに、そのエドワールが困った顔をしているのは彼女に取って何より痛快な事だったのだ。

そしてふとエドワール達の隣に座る男の子に目がとまった。王族でこの年代の男児はたった一人しかいない。エドワールとレジーヌの第三子であるウジェーヌだ。
ウジェーヌは両親の憂い顔も知らぬげに屈託なく笑い、晩餐の料理を口に運んでいた。子供とは言え躾は行き届いており、そのテーブルマナーも堂に入ったもので、小さなプリンスとしての気品も既に醸し出している。確かに愛くるしい少年であり、国民の人気が高いのもうなずけた。

しかしエイメはその愛くるしさをもう素直に受け止められなくなっていた。彼が悪いわけではないと分かっているが、ウジェーヌの存在は常にエイメを脅かし続けていた。
エイメの実状が国民の前に明らかになって、彼女の即位に懐疑的だった世論は拍子抜けするほど好意的なものに様変わりしていたが、それでも全部が全部賛成に回ったわけではないのだ。

王家の伝統であった父系を重視する勢力は一定数以上存在し、それらはエイメの資質いかんに関わらず彼女の即位に反対し続け、そして男児継承者としてのウジェーヌを引き合いに出すのである。
ウジェーヌさえ生まれていなければ、この年代の男児継承者は存在しないだけに、父系主張派もそれ以上何も言えなかっただろうと思うにつけ、エイメはどうしてもウジェーヌが疎ましくてならなかった。

(…あの子がいる限り、私が女王に即位してもずっと『男王の方が良かったのでは』『以前の伝統ならばウジェーヌ様こそが正当な王位継承者なのに』と言われ続けるんだわ。あんな子、生まれなければ良かったのに。ああ…! 今からでも死んでしまえばいいんだわ、あんな子…!)

ウジェーヌ自身のせいでもなくましてやエイメのせいでもないことなのに、彼らを取り巻く状況は、彼らの間に反目しか生みださない。それを望むと望まざるとに関わらず。
エイメは気が付いていただろうか? かつて彼女が祈った『王太子になりたい』という願いは、気鬱に沈む母を救いたいというただ純粋な思いから生まれたものだったのに、その願いゆえに彼女は従兄弟であるウジェーヌの死を願うまでになっていることを。

――― 誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない ―――

かつて誰かがどこかでそう呟き自嘲した言葉が、エイメの身にもそっくり振りかかろうとしていた。
彼女たち魔法少女とは、そういう仕組みで出来ていた。



そうしてエイメも気がつかぬうちに、刻一刻と破滅の時が近づいてくる。
最初のきっかけは些細な事であったし、何の不吉な予兆も感じさせるものでは無かった。
王族やVIPに義務付けられている健康管理の一環として、国内の大病院で健康診断を受けたのが事の発端となった。

それは毎年の事であったし、エイメも留学のために母国を離れていたので国内での健康診断は幼少時を除けばこれが初めてだったが、留学先でも英国の病院で診断は受けていた。
だから毎年の恒例行事として、エイメは何も気負うことなく普通に診断を受け、その日はそれで何事も無く済んでいた。

それなのに、破滅をもたらす業火は燎原の火の如くいきなり燃え上がり始めたのである。

エイメが健康診断を受けたわずか数日後に、その病院の看護師を名乗る匿名の人物からの告発があり、それを国内のゴシップ誌が大々的に報じた。
曰く『今の王女の血液型は以前のものと異なっている。現在王女と呼ばれている人物はエイメ王女本人ではない』というものだったのだ。
あまりに荒唐無稽な告発に、その報道の内容を知ったエイメは開いた口がふさがらなかった。

大体、医療関係者には治療や診断に関する守秘義務があり、エイメの血液型云々の真実を置いておいても、そんなことを告発する看護師が存在するとは思えない。
そもそもそのゴシップ誌に話を持ち込んできた匿名の看護師とやらは、本当にエイメが受診した病院の看護師なのか。匿名で姿も見せないだけに、そんな人物が本当に存在するのかどうかさえ疑わしかった。当のゴシップ誌がニュースソースの秘匿を隠れ蓑に存在しない告発者をでっちあげ、適当な記事を書くことだって可能と思えば可能なのだ。

三流ゴシップ誌が言いだした眉唾ものの話なだけに、真面目に取り合うだけ馬鹿馬鹿しい話だったし、普通なら無視しているところだったのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。なぜなら、この馬鹿げた話を大半の国民が信じてしまったのである。

『やっぱりそうだったのか!』

『おかしいと思っていたんだ』

『王女の知的障害をごまかすために用意された替え玉だったんだ』

『でもそれなら本物の王女はどこだ?』

『それは…やっぱり…』

『替え玉を本物で押し通すつもりだったんだろうし、そうなると本物は…』

『グレース前王太子妃はここまでして自分の地位を守りたいのかよ』

『ひどい』

『自分が生んだ子だろ』

『実子を殺す鬼母なんて一般人にもいるぞ。この前も逮捕されていたじゃないか』

『グレース妃もとっとと捕まえろ』

『政府は何をしているんだ! 一刻も早く捜査を始めろ!』

先日までエイメに好意的だったはずのネット世論は、持ち前の軽佻浮薄さを遺憾なく発揮してその手のひらをあっさりと返した。
この豹変ぶりにエイメはもう呆れかえり、そして腹立たしいことだが所詮はその程度の人間達の集まりなのだと割り切って、付和雷同するネット世論の動向に一喜一憂する必要は無いのだと腹を括る。
こんな風にあっさり手のひらを返す程度の見識なのだから、逆に言えば何かきっかけがあればすぐにまたエイメに好意的な方向に靡いていくだろう。

それは政府も同じ考えだったようで、出所も不確かな情報に踊らされヒステリックになっている国民達を宥めるために、思い切った手を打つことにした。
その方法とは、エイメを初めとする主要な王族のDNA検査を行うというものだった。

ある意味究極の個人情報とも言えるDNAを俎上に上らせなければならないほどの大事になっていること自体に、エイメは不愉快さを隠し切れなかったが、DNAほど雄弁で動かぬ証拠は無いのだから、政府のこの提案に乗らないわけにはいかなかった。むしろ拒否などすれば、痛くも無い腹を探られてもっと不愉快になるだけだ。

(それにしてもこれもエドワール叔父様の差し金なのかしら? まだ王位を諦めて無いっていうの? こんなすぐにでも白黒つけられるようなつまらないゴシップまでばらまいて、往生際が悪いったらないわ。本当に次から次へとろくでもない…!)

今回の降ってわいたようなスキャンダルを、エイメはまたも叔父の仕業と考えて憤りに身体を震わせる。
それでもどんな悪辣なスキャンダルを仕掛けられようとも、今度もまたそれを跳ね返して見せると、エイメは自分の勝利を疑いもしていなかった。

政府もこの馬鹿げた騒ぎを一刻も沈静化させたいようで、DNA検査の日取りは数日も経たないうちに決定した。
その検査のための人材も相当なもので、なんとわざわざアメリカ合衆国の一流大学、それも遺伝学の権威である高名な教授とその研究チームがわざわざ招聘されたのだ。

さすがに大げさではないかと言う声もあることはあったが、欧州の一小国となんの利害関係も持たないアメリカ、しかも財も名誉も既に有り余るほど持っている高名な教授の直々の検査とあれば、そこにどんな誘惑や政治的な恫喝も入る余地は無く、検査の結果には完全な公平性が担保されるということに繋がるため、今回の事態の終息に掛ける政府の意気込みを感じ取ることができた。

ただ、これによって今回の騒ぎは欧州の片隅のこの一小国だけの問題に留まらず、アメリカを初めとする世界中の大きな関心を集めてしまう事態になった。
特にアメリカは王室を持たないが故のロイヤルコンプレックスがあり、欧州の片隅で起こったこの事件にかえって興味津津になっていた。

なにしろ取り沙汰されているのは、世継ぎの王女が偽者かもしれないという替え玉疑惑なのだ。まるで中世の騎士物語にでも出てきそうなほどの典型的なお家騒動の予感に、他人の不幸、他国の騒動は蜜の味とばかりに、全米国民がワイドショーに釘付けになった。

アメリカがくしゃみをすれば風邪を引くほど付き合いの良い日本も、当然の如くこの騒動に注目して王国の成り立ちから今回の騒動に至るまでの経緯を微に入り細に入り報道し続けたし、さらにそこから伝播してアジア各国もやはり一斉に注目していた。
気が付けば欧州の一小国の後継ぎ騒動を知らぬ者は、世界のどこにもいないほどの騒ぎにまで拡大していたのである。

あまりの事態の拡がりに、エイメも一時は騒がれすぎではないかと頭を痛めたものだが、やがてものは考えようだと思考を切り替えた。
これだけ大きな騒ぎになったのだから、その結果が何事も無かったとしても、ならばなぜそんな根も葉もないデタラメが出回ったのだと追及する動きに繋がっていくだろう。
デタラメを報道した三流ゴシップ誌や告発したという匿名の看護師に追及の矛先は向き、うまくすればその背後関係にだって切り込めるかもしれない。

数年前から続く出所も分からぬデタラメな噂に、エイメは散々悩まされてきた。その出所は王位を狙う叔父エドワールに違いないと思い込み苛立ちを募らせてきたが、何の証拠も無い事だけに今まで手が出せずにいた。
しかし今回の騒ぎをきっかけに反撃に転ずることができるかもしれないと、エイメは未来の展望を描く。

そうとなればまずはDNA鑑定で、巷の汚い噂が全くのデタラメであると証明することが先決だ。エイメは検査の日に向けて意気軒昂たるものだった。




だが肝心の検査の日。病院から迎えの車が来たと言うのに、エイメはまだ出かけられずにいた。
なぜなら、一緒に検査を受けに行くはずの母・グレースが癇癪を起してエイメ共々部屋に引きこもり、そこから一歩も外に出ようとしなかったからだ。

「冗談じゃないわ、DNA検査なんて! まるで見世物じゃない! 私は王族よ! 前王太子妃よ! こんな侮辱、耐えられないわ!」

グレースはヒステリーを起こして侍従や女官に当たり散らし、エイメを抱え込んでがんとして動こうとしなかった。

「何を言っているのよ、ママ! ただの検査よ? それに私達だけじゃなくて、王族はみんな受けるのよ? ここで私達だけ受けなかったら、何を言われるか…」

「言わせておけばいいのよ! あなたは王女よ! 王太女なのよ! こんな見世物にされる必要なんてありません!」

まるで理屈にならない理屈を振りかざし、グレースは髪を振り乱さんばかりの勢いでエイメに縋りつき離そうとしない。
しかし母にはこれといって逆らってこなかったエイメも、この言い分にだけはさすがに従えなかった。

今回のDNA鑑定の本題はエイメの本人確認であり、他の王族の鑑定はその補助と、検査をエイメに限定しないことで彼女だけを晒しものにするわけではないのだという半ば言い訳めいたものであり、他の王族だけ検査を受けて肝心要のエイメが受けないというのはありえなかった。

ここで検査から逃げるような態度を見せれば、それこそ疑惑に火を付け油を注ぐようなものだ。全世界が注視している中でそんな事をすれば、エイメは事実如何に関わらず偽者王女の烙印を押されてしまう。

なにより今回のDNA鑑定は、反撃の第一歩になるかもしれないと意気込んでさえいたのだ。それを受けないなんてエイメには考えられなかった。
だからエイメはなんとかして自分を拘束する母の腕をふりほどくと、心配そうに遠巻きに見ていた侍従達に元に駆け寄り、声を荒げて命令した。

「私は病院に行くわ! ママを抑えておいて!」

「は、はい。わかりました!」

王族であり前王太子妃であるグレースが頑強に反対する以上、臣下の身である侍従達にはどうすることもできなかったのだが、王位継承権第一位であり王太女であるエイメは実はグレースより身分が上になるのである。その彼女がはっきりと自分の意思を口にした以上、王宮の論理で動く侍従達はグレースの意向よりもエイメの命令に従うことができた。

彼らのその動きを見てグレースは悔しそうに身体を震わせながらも、それでももう誰も自分の命令を聞いてくれるものがいないのを悟り、踵を返すとそのまま奥の部屋へと駆け込んで、またいつものように引きこもってしまった。

「もう知りません! 勝手にすればいいんだわ! 私は知らない! どうにでもなればいいんだわ!」

ドアの向こうから聞こえてくるグレースのヒステリックな叫び声を耳にして、エイメは顔を曇らせる。
今回の成り行きの何が気にいらないのかは分からないが、面倒なことから顔を背けてそれが通り過ぎるまで閉じこもるのは、グレースのいつもの行動パターン通りだとしか言いようがない。

この様子では、エイメはともかくグレース自身に検査を受けさせるのはもう無理だろう。まあエイメの検査さえ行えれば何も問題は無いのだから、グレースはこのままにしておいてもいいだろうと判断し、エイメは自分だけ病院へ向かうことにした。

―――この時、エイメはもっと深く考えるべきだったのかもしれない。どうして母親のグレースがああもヒステリックに反対したのかを。その理由を。

しかし、その理由を知ったとしてももう遅かったのかもしれない。陰謀の糸は何重にもがんじがらめに張り巡らされ、もう後戻りができないようになっていたのだから。



病院についたエイメを待っていたのは、遺伝学の権威たる厳めしい顔をした教授とアメリカから連れてきた彼のスタッフ達、そしてCNNやABC、果てはBBCといった世界中の報道陣達だった。

特にアメリカのTV局は、教授に直接コンタクトを取り付けて密着取材の許可を貰っていた。政府の方でも特に反対はせず、第三者の報道が入る事は検査の公平性が担保されるとして概ね歓迎の意向を示し、それらのお墨付きの下、TVクルーはエイメの側であっても堂々とカメラを回していた。

その様子を横目に眺めながら、これでは母グレースの言うように確かに見世物扱いだと、エイメは内心で辟易していたがどうしようもない。
それに第三者が見守り続ける中で検査が行われるのであれば、どのような卑劣な陰謀も入り込む余地が無くなるのだから、多少不愉快ではあってもこれはエイメに取っても望ましい事なのだ。

TVカメラが回り続ける中で、エイメは大人しくDNAサンプルのための口腔粘膜の採取と、念のための血液採取に淡々と応じた。
あとはこのサンプルを検査するだけの簡単なものである。全世界が注視するほどの大げさな事態になっているのに、やることといったら実はそれだけなのだ。

そしてその検査はと言えば、エイメ自身は国を長らく空けていたためそれ以前のDNAサンプルがあるわけでもないため、検査するのは本人のDNA同士を比べるのではなく、他の王族のDNAも採取した上で比較し、そこに血縁関係が存在するかどうかという形で行われる。

結果は数日後に発表されるということなので、分かり切った結果になるだろうとエイメは楽観視し、その日はさっさと自分の離宮へと帰っていった。
帰った先の離宮ではグレースがまだ部屋に閉じこもったままだったため、エイメの気分は完全に晴れやかとは言い難いものではあったが。



そして数日後。仰々しい記者会見場が設えられ、検査にあたった教授達が顔を揃えて現れる。世界中から集まった報道陣達は、彼らの発表する内容を一言一句漏らすまいと固唾を飲んで見守った。
緊迫した雰囲気の中、一堂を代表して厳めしい教授が検査結果と思しき一枚の紙片を取り出し、その結果を淡々と告げる。

「恐れおおくも国王陛下、エイメ王太女殿下、エドワール王子殿下、ヴェロニク王女殿下、ベルティーユ王女殿下、ウジェーヌ王子殿下それぞれからDNAサンプルを採取させていただき、それらを検査してDNAパターンの数値を比較いたしました結果、各王族の皆様方同士は親子兄弟と判断するに足る数値を見出すことができましたが、エイメ王太女殿下のみ他の皆様方よりも低い値であったことをここにご報告させていただきます」

瞬間、記者会見場は水を打ったかのように静まり返り、その次には一気に沸騰した。

「それは、やはり今のエイメ王女は偽者ということですか!」

「それでは本物の王女はどこに!?」

先程の教授の言葉は、エイメのみどの王族との血縁関係も認められないと言うことと同義であり、それすなわち今の王女は王族などではない真っ赤な偽者で、替え玉疑惑が疑惑でなく現在進行形で起こっているとんでもない大事件であるということにも繋がった。
その事実を理解し飲み込んだその場の報道陣達は、ハチの巣をつついたように興奮して大騒ぎになった。

「この結果に間違いは無いのですね?」

「王女が偽者であったことに関して一言、コメントを!」

大スクープを前にして報道陣は浮足立ち、一斉に教授らに詰め寄ってさらなる情報を得ようとマイクを向け続けた。

「私は研究者です。求められた検査の結果を発表する以外に申し上げることはありません」

熱狂する報道陣とは裏腹に、教授は淡々としたものでそれ以上何も語ろうとはしなかった。その代わりに記者会見場の片隅に控えていた内閣官房長官が壇上に現れ、もっと事務的で突っ込んだ話をし始める。

「えー。この検査の結果を受けまして、政府はエイメ王太女ご本人を行方不明と認識し、ただちに捜査に入りました。また英国政府にも協力を要請し、英国内においても捜索を行います」

政府の公式発表を受け、報道陣の質問攻勢は教授から官房長官へと振り向けられる。

「政府は王女が英国留学中にすり替えられたと考えているのですか?」

「王女の行方を突き止めるためには、あらゆる可能性を全て検証すべきと考えております。英国もその可能性の一つと認識している次第であります」

「現在王女と呼ばれている少女の処遇はどうなるのでしょう?」

「事態の詳細が明らかになれば、その過程で身元が判明すると考えています。その上で処遇を決定したいと思います。また彼女が王族で無い事が明らかになりました以上、彼女自身は公人では無く未成年の一少女でありますので、その報道に関しましては慎重を期されますことを皆様には強くお願い致します」

要は今後の報道では彼女を少女Aとして仮名で扱い、写真や映像も控えるようにと言う通達だったがこれは今さらだった。
今まで王女として扱われてきただけに、公人としてその姿がマスコミに散々映し出されてきた。特に今回の騒動を通じて写真も映像も世界中に配信されており、それら全ての回収や破棄が殆ど不可能な以上、エイメと呼ばれている少女の姿は記録に残り続け、そして残りの一生を偽者王女として後ろ指差されて生き続けることになるのだ。

この記者会見の様子は、世間の注目度が高かっただけに全世界に生中継されており、王太女として離宮にいたエイメも当然それを視聴していた。
しかし何事もない結果だけが発表されるだろうと固く信じ、そして楽観視していた今日の記者会見の結果が、思いもよらぬ波乱に満ちたものになっていることに彼女はただ茫然となり、その場に立ち尽くした。

「なんで…どうして…こんな結果が出るのよ…!?」

自分はまぎれもなく前王太子パトリックとその妃グレースの娘として、この国で生まれ育った王女エイメに間違いないし、その記憶もちゃんとある。それ以外の何者かであった認識など欠片も無いと言うのに、科学的な検査結果は完全にそれを否定した。
一瞬、検査結果が捏造されたものではないかという疑惑が脳裏を掠めたが、自問自答の末にそれはすぐにも否定された。

大国アメリカの、それも一流大学の高名な教授がそんなイカサマに加担しても何の得も無い。むしろそれが後でばれた場合、今まで築き上げた名誉や財を一瞬にして失う恐れさえあり、そんな愚行に好んで手を染めたがるとは全く思えなかった。
さらにはそのアメリカの有名TV局が密着取材をしていたのだ。これもまたそれまでの名声や実績と引き換えにしてまでやらせを行いたがる動機など無いし、彼らが取材と称して見張っていたも同然な以上、外部からの陰謀が入り込む余地など微塵も無かった。

そう考えるとあの検査結果は間違いなく真実のものだと認めざるを得ず、エイメは王族とは何の血の繋がりも持たず、どこの馬の骨とも知れぬただの小娘ということになってしまう。

「じゃあ…それなら…私は何なの…? 一体、私は誰なの…?」

自分の立っている地面が突如として崩れ、深淵がぱっくりと口を開け彼女を飲み込もうとしているかのようなアイデンティティの消失に直面し、エイメは混乱の極致にあった。
しかし彼女の混乱を置き去りに、運命の歯車はなおも加速を付けて回り続けていく。

突如としてエントランスの方から女官の悲鳴が上がり、大勢の人間の荒々しい足音が響いてきた。
不穏な空気を感じ取ったエイメが自室を出てそっとエントランスの方を窺うと、エントランスを入ってすぐのホールに、近衛兵と警察の合同チームがなだれ込んで来ていた。

「警察だ!」

「動かないように!」

その場の女官や侍従達を制して、近衛兵達が次々と離宮に足を踏み入れる。

「わ、私達は何も知りません!」

この制圧劇が、つい先程の衝撃的な検査結果発表によるものと察した侍従の一人が自分達の無関係を主張するものの、近衛の返事は素っ気なかった。

「それはこれから調べることだ。離宮内の人間は全て拘束させてもらう。外部との接触および外出は厳禁。当面離宮から出る事は許さない。取り調べが済むまでは大人しくしていてもらおう」

「は、はい…」

有無を言わせぬ近衛兵の勢いに呑まれ、侍従も女官も逍遥となる。
実際に彼らは何も知らないし、取り調べが進めばいずれその事が分かってもらえて解放してもらえるだろうという希望の下に、彼らは大人しく軟禁状態に置かれる事に従った。

それでも事件の最大の当事者であるエイメはそうも言っていられない。何も知らないし分からないのは侍従達と同じだが、真相がどうであれエイメの処遇が今までと同じようにはならないであろうことだけは確かなのだ。
一体何がどうなっているかも分からぬままに運命の激変に翻弄され、混乱する心のままにエイメは答えを求めて廊下を走り出した。

「ママ…! ママ…!」

相変わらず自室に閉じこもったままの母親を求め、エイメは奥の部屋へと駆け込んだ。そして彼女がそこに見出したのは、今も騒然とし続けている記者会見場の様子が映し出されているTVを茫然と眺めているグレースの姿だった。

「ママ…!」

同じ映像を見ていたことで、エイメはグレースもまた自分と同じように信じがたい気持ちでいることを疑いもせず、そしてその感情を共有したくて彼女に抱きついた。
だが返ってきたのは母親として傷ついた子供を宥めるための優しい抱擁などでは無く、忌わしいものを見るかのようにエイメを見下ろす冷たく凍てついた視線のみだった。

「マ…ママ…?」

例え今まで何度も期待が裏切られてきても、それでもエイメはグレースを母親として慕っていたし、グレースだとてエイメを娘として少しは愛してくれているはずであると信じて疑っていなかった。
先程発表された鑑定結果など何かの間違いだと思いたかったし、他の誰に何を言われてもグレースさえエイメを認めてくれるのなら、彼女はそれだけで十分だったのだ。

それなのにグレースはエイメの望みを、希望を、裏切り続ける。

グレースは思いもよらぬ運命の激変に翻弄される娘を力づけるどころか、愛情など欠片も感じ取れない突き刺すような視線をエイメへと向け、そんな目で見られたエイメは、愛する母からもう娘と認めてもらえなくなったのだろうかと絶望的な気持ちになった。
それでもそんなことあって欲しくないという気持ちから、エイメは必死にグレースに縋りついた。

「ママ…!あんな発表なんて嘘よね!? 私はママの娘でしょう? そうでしょう?」

DNAという動かぬ証拠によって否定された事実だと分かっていても、それでもエイメは一縷の希望に縋り、せめてグレースからだけでも肯定の言葉が欲しくて切々と訴えかける。

エイメのその様子はあまりにも必死で、そして弱々しく哀れを誘うものだった。
だから普通の感情を持つ者ならば、例え嘘と分かっていてもその場しのぎの慰めを口にするものだろうに、グレースだけは違っていた。
エイメの言葉の何が癇に障ったのか、血走った目を見開いて身体をわなわなと震わせると感情を爆発させる。

「あなたのせいよ…!!」

「……え……」

望む言葉が貰えないどころか、グレースの口から放たれたのが否定的な言葉だったことで、エイメはもう絶望する気力さえ無くし、その顔をみるみる青ざめさせていった。
しかし自己の憐憫の念に囚われるばかりのグレースは、目の前の少女の絶望を思いやる余裕など最初から持ち合わせておらず、ただただ自分の感情を叩きつけるばかりだった。

「あなたのせいよ! あなたが生まれたからこんなことになったのよ! あなたさえ生まれなければこんなことになっていなかったわ! どうしてあなたのために私が責められなきゃいけないの! お父様だって! パトリックだって! みんなみんな私を責めるのよ! もう嫌よ! もうたくさんよ! あなたなんか生まれなければ良かったんだわ! あなたなんか産まなければ良かった!!」

やがてグレースは激昂した感情のままにエイメに向かって手を振り上げ、彼女の顔と言わず身体と言わずがむしゃらに殴打した。

「やめて! ママ! やめて!」

最後の希望だった母親からすらも否定され、そして容赦なくぶたれることに、エイメの心はズタズタに引き裂かれていく。
やがて室内の騒ぎに気が付いた侍従や女官達が駆けつけてきて、明らかに錯乱状態にあるとしか思えないグレースを宥めようと一斉に止めに入った。

「妃殿下、お鎮まり下さい!」

「とにかく落ち着かせるんだ!」

「おい! 『その子』を部屋の外へ!」

「とにかく妃殿下のお目に触れさせるな!」

グレースの狂乱の原因がエイメにあると察した侍従達は二人を引き離し、エイメを別室へと避難させた。
だがそのエイメに付き添ってくれた侍従は、グレースを宥めるのに四苦八苦しているだろう同僚達を助けにいくためなのか、部屋につくとすぐに彼女一人を残して足早に去っていってしまった。
広いだけの室内にただ一人ぽつんと取り残される形になったエイメは、その扱いの軽さにただ茫然となる。

「…『その子』って言われた…」

『王女様』でも『殿下』でも『王太女殿下』でも無く、ただの『その子』扱い。
本物の王女をどうにかしてしまったのではないかという疑惑を持たれているグレースですら、それでもまだ疑惑の段階であるため一応は妃殿下扱いが続いているというのに、エイメは早くも侍従達から王族と見なされなくなっていた。

「…じゃあ、私は誰なの…? 一体、何者なの…?」

あの衝撃的な記者会見での発表からずっと続いていた疑問が、エイメの口から力なく零れ落ちる。
しかし誰に向けると言うでもなく放たれたその言葉を受け、軽い調子で応える声があった。

「君はエイメだよ。それは間違いない」

相変わらず真っ白なぬいぐるみのような愛くるしい容姿で愛嬌をふりまきながら、魔法少女のパートナーたるキュゥべえが軽く小首を傾げてそこに鎮座していた。

キュゥべえが口にした言葉は今のエイメが何より欲しい言葉だったが、それを本当に言って欲しかった当の母親から既に拒絶された段階では、それはもうただの気休めの言葉にしか聞こえなかったし、実際そうなのだろうと諦めの気持ちが湧きあがってくる。

「…じゃあ、どうしてあんな検査結果が出たの…?」

だから少し意地が悪いと思いながらも、エイメはキュゥべえのその言葉を否定する動かし難い事実を持ち出してきた。
だが意外な事に、それに口ごもるだろうと思われていたキュゥべえは何でも無い事のようにするりと答えを返してきた。

「そりゃあ、君が前王太子パトリックの子供じゃないからさ」




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