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No.28285の一覧
[0] 亡き王女のためのパヴァーヌ【魔法少女まどか☆マギカ・女オリ主】【完結】[大内たすく](2011/06/12 21:31)
[1] 【前編】[大内たすく](2011/06/12 21:19)
[2] 【中編】[大内たすく](2011/06/11 21:15)
[3] 【後編】[大内たすく](2011/06/12 21:31)
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[28285] 【後編】
Name: 大内たすく◆8c1da007 ID:b51ec5d9 前を表示する
Date: 2011/06/12 21:31



「そりゃあ、君が前王太子パトリックの子供じゃないからさ」

「…え…? なんですって…?」

キュゥべえの思わぬ台詞にエイメは一瞬虚を突かれたが、言われた言葉の内容を理解しようと必死になって頭を働かせる。
そう言えば、先程グレースが狂乱してエイメにぶつけた台詞もよく考えてみると重要な示唆を含んでいた。

『あなたなんか生まれなければ良かった』

『あなたなんか産まなければ良かった』

存在そのものを根源から否定し、子供に投げかける言葉としてはひどく残酷な台詞だったが、それでもこの台詞から読みとれる事として、グレースはエイメが自分から産まれた子供であることを否定していないのである。
今、国中を騒がしている問題は、エイメがエイメ本人では無いかもしれないという事なのに、グレースはエイメのDNA鑑定の結果を知ってなお、それでも今いるエイメが自分から産まれた子供であることを確信しているのである。

そういえば、今回のDNA鑑定でエイメとの血縁関係の有無を調べられた王族は、王族なのだから当然なのだが全て父方の親族ばかりだった。グレース当人はヒステリーを起して検査を受けていないため、母親とエイメの血縁関係までは調べられていない。
王族との血縁関係が否定されたことで、以前からの疑惑と相まって世間は一斉にエイメに対してすり替え疑惑を疑っているが、キュゥべえの言うようにエイメが最初からパトリックの実子でなければ、すり替えなど無くてもDNA鑑定の結果がああなるのはおかしくないのである。

全く違った視点からの可能性を示されて、少なくともすり替え疑惑は否定されたが、それでもエイメは全く喜べなかった。
もしキュゥべえの言う通りなのだとしたら、偽者王女扱いの方がまだマシだと思えるほどだ。まさか自分が、母グレースの不倫の果てに生まれ落ちた不義の子だったなんて考えたくもなかった。

「どうして教えてくれなかったのよ!? キュゥべえ!」

「聞かれなかったからさ」

思わずキュゥべえを詰ってしまうが、それはさらりとかわされてしまった。怒りの行き場を失って、エイメは深く項垂れた。

「どのみち私は…王族なんかじゃないってことね…」

すり替えの偽者であれ、不義の子であれ、王家の血筋でない以上、王太女の地位も王女の身分も剥奪されて当然の存在ということになる。

「じゃあ…私の本当の父親は誰なの…?」

答えが返ってくるとも思っていなかった問いに、それでもキュゥべえは律儀に答えてくれた。

「某国の外交官の男性だよ。火遊び好きの伊達男で、王宮の窮屈な暮らしに辟易していた君の母親は彼の危ない誘いに乗ってしまった。それでも双方共に本気ってわけじゃなかったし、互いの配偶者を捨ててまで添い遂げる覚悟も無かった」

互いの配偶者とキュゥべえが言っているのは、グレースに取ってのパトリックであり、そしてその外交官男性にも妻がいたという事なのだろう。
その場しのぎの快楽、爛れた大人の火遊びで自分という存在が生まれた事を知り、エイメは自分の存在価値すらも貶められていくように感じた。

「その人は今、どうしているの…?」

本当なら自分の実の父親だ。公にできない関係だけに不用意に会うわけにもいかないだろうが、それでもその近況くらいは知りたいと思った。
だが当たり障りの無い返事が返ってくるだろうと思っていたのを裏切るように、キュゥべえの答えは容赦が無かった。

「死んだよ。殺された」

「……!! 殺された? どうして? 誰に?」

今も健在だろうと根拠も無く思っていたその人が、既にこの世のものではないと知り、エイメは思わずキュゥべえに詰め寄る。
詰め寄られた方のキュゥべえは相変わらず淡々としたものだったが、言葉の内容は凄絶を極めた。

「直接殺したのはテロ組織だけど、国家全体の意思によって抹殺されたようなものだね。エリート外交官がいきなり紛争地に左遷されたんだから、死んでこいって言われたようなものだし、そもそもテロ組織がその外交官を襲撃している場面を誰も見ていない。事実としてあるのは、紛争地で某国の外交官が銃撃された遺体で見つかったということだけさ。そこから推測して、テロ組織に襲撃されたんだろうって安易な決着が図られただけだよ」

「国が特殊部隊を派遣して秘密裏に暗殺した可能性もあるっていうこと…?」

「まあその可能性は大きいだろうね」

「でもどうして殺されなきゃいけなかったの?」

「そりゃあ一国の王太子妃を誘惑して子供まで生ませておいて、ただで済むわけが無い。王太子妃みたいな高貴な女性に手を出すスリルを味わいたかったんだろうけど、火遊びの代償は高くついたよね。子供が生まれていなければ一時の情事と目をつぶってもらえて左遷だけで済んだんだろうけど、子供が生まれてしまった以上血の絆はあなどれない。君だってさっき、実の父親が別にいると聞いてその人物はどんな人間だろうと心が動いただろう? そんな具合に彼が実の父として君に影響力を発揮する可能性があった。表向きは王女として扱われている君の出生の秘密を握っているというだけで、それは国家に取って目障りな存在でしかない。で、後腐れがないように片づけられてしまったわけだ」

「…そんな…そんな…」

不倫は褒められた事では無いとはいえ、命を奪われるほどの事であるとも思えない。それなのに会ったことも無いその実の父は、国家の体面のためだけに殺されてしまったというのか。
そうやってエイメが衝撃に戦慄いているのをよそに、キュゥべえはいつもどおりの無表情で淡々と事実を述べ続ける。

「君の実の父親が遠い外国で不慮の死を迎えた事を知ったグレース妃は、大きなショックを受けた」

「それは…少しは好きな人だったんだから、当然でしょう?」

「いや。相手の死を悲しんだと言うより、自分の身を心配したんだよ。相手の男は明らかに口封じで殺されたわけだしね。だとしたら、自分だって消されてしまうかもしれないと思っても不思議は無い」

「…………」

多少なりとも愛した男の死を悼むより先に、自分の身の安全ばかりを考える薄情な女性だと自分の母親を評され、エイメは複雑な思いを抱く。
しかし母親がそのように利己的で、困難な事に直面するとすぐに現実から目を反らすような面倒な女性であることは、娘として側で暮らしてきたエイメ自身がさんざん実感してきた事だけに反論のしようが無かった。
そんな風に複雑な感情を渦巻かせるエイメの傍らで、キュゥべえの話はなおも続けられた。

「一連のこの出来事が起こったのが、君が三歳になるかならないかの頃だね。グレース妃は暗殺を恐れ、そしてこの秘密を知る一握りの人間達から不逞の輩として蔑みの目で見られることを厭い、じょじょに離宮に閉じこもるようになった」

キュゥべえの語る内容は、エイメの知る現実とも符合する。確かに母親のグレースはエイメがそのくらいの年には公の場から足を遠のかせていた。
しかしそれは後継者たる男児を産めないことに悩んでの事だとずっとそう思っていたのに、実際は不義の子供を産んだ不埒な女として見られることからの逃避であったとは、全く思いもよらぬことであった。

「この事は…みんな…知っているの…?」

キュゥべえの話しぶりでは、エイメが王太子パトリックの娘でないことは早い段階でばれていたということになる。

「そうだね。君が生まれたばかりの時は誰も疑っていなかったけど、成長するにつれて君と接する機会の多い王族や、当事者であるパトリックの間ではだんだんと疑惑が広がっていった。そして君が2歳くらいの時にこっそり検査が行われて、王太子パトリックとの親子関係が否定される事になる。その検査結果は広く知られているわけでもないけれど、王族と政界の長老クラス辺りは知っていたようだね。ただ前首相だったフォンテーヌ首相なんかは、政界では主流派でも長老クラスでも無かったものだから最初は知らなかったようだよ。そのくせ国民の人気は絶大で影響力も大きく、自分ならその当時は男児後継者がいなかった王家の危機を救えると自負しちゃっていたのがまずかったね。根回しも何も無しにいきなり王位継承法の改正をぶち上げて、裏面の事情を知る人間達の度肝を抜いちゃった。当然だよね。王族の血を欠片も引かない君が王位を継いでしまう事態になってしまうのだから」

王位継承法の改正に反対していた人達の中には、伝統重視ばかりではなくそういった裏面の事情を知った上で、実質的な王家のっとり劇を防ごうと必死になっていたものも居たことだろう。

「レジーヌ妃の懐妊で法案提出を止められたけど、危ない所だったわけさ。その頃にはフォンテーヌ首相も隠された事情を知らされて、自分が王家の救世主どころか王位簒奪の片棒を担ぐも同然の事をしでかしていたことを悟った。だからその責任を取って、事態が終息したところで潔く政界を引退したんだよ。もちろん後任のアルベール首相にもその事は申し送ってあったのだけど、君と僕の契約によって国民の方から王位継承法の改正を要求されちゃあ、政治家としては手も足も出ない。まさかグレース妃が浮気をしていたなんて国の恥をさらけ出すわけにもいかず、国民に真実を教えられないジレンマに悩みながら法案を議会に通す羽目になった」

「…そんな…」

自分が正しい事だと信じて願ったことは、物事の条理を覆し王家の血を引かない者が王位を望むと言う、身の程の知らずの大それた願いでしかなかったと思い知らされ、エイメはその顔を青ざめさせる。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、キュゥべえはなおも表情一つ変えることなく残酷な事実を告げ続けた。

「君は女児だったから、王位継承法改正前ならばいずれはどこかに嫁ぐという形で王家から出ていくことが見込まれていた。だからそれまでの辛抱だと、わざわざ真実を明らかにして王太子パトリックに寝とられ男の恥をかかせる必要は無いと、事情を知る者はみんな見て見ぬふりをしていたのに、王位継承法が改正されて君に王位継承権が振られる事態になってはもう見過ごすことはできなかった。このままでは王家の血を引かぬ者が王位に就いてしまう。それを防ぐための手段として、政府や事情通が真っ先に考え付いたのは君を暗殺することだった」

命を狙われていたと知らされ、エイメが恐怖にその身体を震わせた。
しかしキュゥべえの言う通りなのだ。王族の中で異分子はエイメ一人なのだから、彼女一人がいなくなってしまえば、改正された王位継承法のもとであっても、王位は正当な王族であり男性の継承者である叔父のエドワールに万事つつがなく引き継がれていく。
だがそうであるはずなのに、未だエイメは殺されることなく健在である。これはどういうことなのか。
その疑問を口にするまでも無く、キュゥべえが軽やかにしかし残酷に事実を告げた。

「でも君の祈りによって、王太子パトリックは不慮の死を遂げてしまった。この後に君まで早世してしまっては、パトリックの死が人知を超えるものだったとしても、君の暗殺をどれだけ自然死らしくみせかけようとも、世の人々は二人とも暗殺されてしまったと解釈するだろう。そしてその犯人は、二人の死によって王位を得たエドワールだと人々は信じて疑わない。真相が全く違ったものだとしても、みんながそれを信じるわけもない。そんな血塗られた玉座に、エドワールを就かせるわけにはいかないよ。それはエドワール個人の言われの無い苦難というだけではなく、王家に対する不信感を国民の間に根付かせてしまうことになって、下手をすると王家の存続さえ危うくなってしまう。王家の純血を守ろうとして君を取り除こうとしていた人達は、王家を守ろうとするからこそ君には手が出せなくなってしまった」

キュゥべえは何でも無い事のように、すらすらととんでもないことを語り続けていたが、その中に聞き捨てならないことが含まれていることにエイメは気が付いた。

「…待って。さっきなんて言ったの? 私の祈りでパパが死んだ?」

エイメの祈りとはすなわち『自分を王太子にして欲しい』というものだ。それによってパトリックが死んでしまったとは穏やかではない。
だが驚愕に震えて問いかけてくるエイメに対し、キュゥべえは涼しい顔で答えた。

「そうだよ? 何を言っているんだい? 君は『王太子になりたい』と願ったんだろう? 君の願いが叶うためには『女児にも王位継承権が与えられること』『その法律改正後に現在の王太子パトリックがいなくなること』という二つの条件が満たされる必要があった。そして君の祈り通りの結果が起こっただけなのに、何を今さら驚いているんだい? どうかしてるよ」

「…そんな…そんな…」

キュゥべえの語る真実に、今度こそエイメは絶望の只中に叩き落とされる。
今まで父親の死を叔父エドワールの陰謀ではないかと疑い、外敵の不安に脅え憤ってきたというのに、実際は自分の不用意な願い事が不幸の元凶だったと知り、エイメは自分の業の深さにただ身体を震わせ続けた。
そんな彼女の様子を、さも不可解だと言いたげにキュゥべえは小首を傾げて眺めている。

「君の願いは叶ったんだよ。それなのにどうしてそんなに悲しそうな顔をするのかな」

「違うわ! 私が願ったのはこんなことじゃない!」

「違わないよ。パトリックが王太子である限り、王位継承法が改正されても君はすぐには王太子になれない。だから王太子の席を空けるためにパトリックは死んだ。当たり前のことじゃないか。僕は契約に従って君の願いを叶えただけだよ」

「違う! 違う!」

血が繋がらないと知らされても、エイメに取ってパトリックはやはり父親だった。その父親に死んでもらってまで王太子になりたかったわけでは決してなかったのに。
そうやって首を横に振り、狂ったように否定の言葉を口にし続けるエイメの様子に、キュゥべえは駄々っ子でも相手にするかのように、わざとらしく溜め息をついてそれに応じた。

「はぁ…訳が分からないよ。さっきも言ったけれども、パトリックが死ななかったら君は間違いなく暗殺されていたんだよ? 今も無事なのはそのおかげなのに、どうしてそれを嫌がるのかな。本当に君達人間の思考形態は僕達の理解を越えている」

他者を犠牲にして自分が生きのびてしまった苦悩を、そんなふうに軽く評するばかりで理解しようともしない目の前の白い獣に、エイメは底知れぬ不気味さを覚える。
今まで魔法少女のパートナーとしてキュゥべえを信頼し、かけがえのない友達として大切に思ってきていたが、もう今ではその白く愛くるしい姿にすら禍々しさしか感じない。

エイメが最初にキュゥべえに出会った時は、彼の語る奇跡に狂喜し、その奇跡が成就することで幸せが訪れるだろうと信じて疑わなかった。
彼こそが幸せの使者なのだと信じていられたのに、それなのに今エイメの目に映る白い獣は、彼女に破滅をもたらす先触れの使者のようにしか見えてこない。
そんな風に胸の中で渦巻くやりきれない感情を整理しようにもしきれず、エイメの口から零れてくるのは取りとめも無い疑問の言葉ばかりになる。

「パパが死んだのが私のせいなら…お爺様が亡くなったのもそうなの?」

「それは契約とは関係ないよ。ただの事故死さ」

その言葉に少しは安堵したものの、それでも疑問は尽きない。

「莫大な借金があったというのは?」

「ああ、それはパトリック絡みだよ」

「どういうこと?」

自分のせいで死んでしまった仮初めの父と、祖父の死因に何の関係があるというのだろう。そこに不吉な予感を感じながらも、それでもエイメはキュゥべえの語る話から耳を離す事が出来ずにいた。

「王太子妃としてこの国で女性として最高に近い地位まで授けて迎えた女性に、おめおめ浮気された上に、自分の血なんか一滴も引いていない娘を自分の子供として扱わなければならないはめになったパトリックはいい面の皮さ。表面上は何気ない風を装っていただろうけど、内心では真相を全て世間にぶちまけた上で、君もグレース妃も離宮から叩き出してやりたかったろうね」

「………」

キュゥべえが語るその真実に、エイメは改めてかつての父の姿を脳裏に描いた。表面上は気鬱の妻やその娘を気遣う良い家庭人のように振る舞っていたが、一歩離宮の中に入ると途端にエイメ達母子を疎んじ、冷たい目で見下していた父の姿。
それを後継者たる男児を生まない妻と、何の足しにもならない女児のエイメを疎んじての事だと思い、かつてのエイメはその理不尽さに悔しい思いをしていたが、実際には王太子たる自分を裏切って適当な男と浮名を流し、しかも不義の子まで生んでそれを王女として扱わせているグレースの不貞行為に対して、パトリックが正当な怒りをぶつけていただけだったのだ。

「でも真相を世間にぶちまけたら寝とられ男として自分が恥をかくだけだし、そもそも王太子妃が浮気して子供を作って、その子供を王族として扱わせてもしばらくの間誰にもばれなかったという事実はあまりにもまずすぎるよ。そんな事が可能だったのなら、グレース妃だけでなく他の歴代の王太子妃の中にもそういう人間がいたんじゃないかって思える余地は出てくるよね? でもそうなったら今の国王陛下は? あるいは歴代の国王は? 本当に王家の血は連綿と受け継がれているのか? そういう疑問が湧いてきても不思議じゃない。そうなれば、一千年以上続いていると謳われている王家の神聖性が損なわれる大問題になりかねないよ。だから意地でも君の出生の秘密は隠し通されなければならなかった。パトリックに取ってどんなに腹立たしいことであってもね。それは他の王族や、王家を守りたい保守派の政治家達だってそうさ。さっきも言ったけど王位継承法改正前だったなら、君は遠からず結婚と言う形で円満に王家から切り離されるんだし、それまでの辛抱だとみんな秘密に蓋をして目をつぶることにしたのさ」

「それと、お爺様の借金がどう繋がるの?」

「だからパトリックは表沙汰に出来ないその憤懣を、グレース妃の父のリシャールにぶつけたのさ。お前の娘の不始末を償えってね。そしてパトリックには野心があった。立憲君主として君臨しても政治に関与できないお飾りの地位ではなく、もう少し実権を伴った地位を欲しがった。端的に言えば実際に政治を動かす政治家達への影響力を欲したんだ。政治家に影響力を持とうと思ったらお金が一番さ。なにしろ彼らは選挙のために莫大な資金を必要とするからね。その政治家達を抱き込むためのお金を、パトリックはリシャールに吐き出させた。そして娘の不始末で負い目があるリシャールは、パトリックのその要求に逆らえなかったのさ。国内有数の大企業の会長とはいえ、パトリックの際限ない要求に応え続けていくうちにさしもの財力も尽きかけて、ほうぼうに借金するはめになった」

「…そんな」

「それでもいずれパトリックが国王として即位して、政治家達に影の影響力を発揮するようになれば、そのお金も様々な利権に絡むという形で回収できたかもしれない。だけど、そうはならなかった」

「私が『王太子になりたい』と願ったから…」

「そう。パトリックが死んで、リシャールが彼に投資したお金は全て無駄金となって消えていった。残ったのは膨大な借金だけ。それでも君が王家の正当な血を引く本物の王女だったならば、次期女王の実の祖父として政界や財界に影響力を行使できてなんとか挽回できたかもしれないし、そもそも政府が次期女王の祖父が借金まみれなんて大恥を放置しておくはずも無い。税金を投入するわけにはいかないなんてただの言い訳さ。どんな国家にだって、公に出来ない事を処理するための裏金や機密費の用意くらいは常にある。なのにそれを使わなかった理由はただ一つ、政府は君を女王として即位させるつもりなんて最初からなかったからだよ。そんな未来の予定は無いのだから、その実の祖父が借金まみれで野垂れ死にしようとも一向に構わなかった。だから税金投入を拒否したのさ」

「じゃあ、今回のDNA検査騒ぎも…」

「もちろん政府の仕込みさ。それも何年にも渡る息の長い仕込みだった。君が王家の血を引いていないと言う真相を知る者に取って、王家を尊崇するからこそ王家の血に敬意を払っていたのに、その血を全く引いていない君が王位に就くなんて事はあってはならない悪夢だった。だから君を排除する事は何を置いても優先しなければならない絶対の正義だった。だけどパトリックの不慮の死がある以上、君を暗殺するという形でその即位を妨げることができず、それで社会的に抹殺するという形に切り替えたというわけさ」

キュゥべえによって語られるそれらの事実を聞かされて、エイメの頭の中でばらばらになっていたピースがあっという間に組み上がっていく。
思えば突然の英国留学も、その後帰国が一切許されなかった事も、どこからか湧いてきた自分の知的障害疑惑も、そして最後のとどめになった血液型が合わないと告発した正体不明の看護師の存在も。

それら全てが、エイメがグレースの不倫によって生まれた不義の子という疑惑を生じさせないために、知的障害をごまかすためにすり替えられたアカの他人であるというミスリードを生じさせようとして置かれた布石だったのだ。
すり替え疑惑ならば、王太子妃不倫とは違って王家の血筋の連続性に疑問を抱かせる事は無い。なぜならば、通常の王族は常に衆目に晒されているからだ。すり替えようにもすぐに気付かれてしまう。過去の全ての王族にすり替え疑惑が発生する余地は無い。

しかしエイメの場合は、政府によって意図的にその隙が作られた。長きに渡る英国留学と帰国許可を出さない事で、政府主導でエイメを衆目から隠し、国民から遠ざけた。
しかし国民には、どっちが主導権を握っていたかなど判断できるわけも無い。英国留学も本国への未帰還も、エイメの不都合を隠したいグレース達の側が行ったと思っている事だろう。

それどころかパトリックの不慮の死でさえ、そういった事に反対しただろう彼を目障りに思ったグレース達が殺したかもしれないという疑惑さえ成り立つのだ。
そういった疑惑を生じさせる動機付けとして、根も葉もないエイメの知的障害疑惑が政府によってばらまかれていたのだろう。

「あ…ああ…」

エイメは今まで自分の周りに起こる不都合な出来事は全て、不当に王位を狙う叔父エドワールの差し金に違いないと思い込み義憤に駆られていたが、実際に不当な王位を得ようとしていたのはエイメの方だった。
そしてそんな不正義を犯させないために国家の最上層部が一丸となり、何年にも渡って策を弄し布石を打ち、エイメを破滅させるためだけに動いていた。

国家全体からその存在を疎まれ、忌避され、排斥される事こそが真の正義の行使なのだという、彼女に取って最も残酷な現実を悟り、絶望の暗闇の中へとエイメは叩き落とされた。
そうやってへなへなと床の上にへたり込んだエイメをよそに、キュゥべえは相変わらずすました無表情で語り続けている。

「この策で一つだけ危なかったのは、君とグレース妃の親子関係の確認をされることだった。『今の王女は以前の王女とは別人である』というミスリードをしたいのに、グレース妃との親子関係が証明されてしまっては、その理屈がおかしなことになる。場合によってはグレース妃の不倫という真実に辿り着かれてしまう可能性だってあった。でも政府の側は彼女の性格を知り抜いていた。困った事に直面したら、すぐに閉じこもってしまう逃避型の性格をね。エイメがパトリックの血筋でないことはグレース妃が一番よく知っているのだから、他の王族達とDNAを比較されたら身の破滅なのが分かっていた。分かっていても彼女にはどうする事も出来ず、検査を拒否して自分だけが部屋に閉じこもるのが関の山だったと言うわけさ。ま、仮に検査を受けられたとしても、グレース妃一人のサンプルくらい内部に潜り込ませた政府の人間に命じて、うっかりミスを装って破棄させるくらいなら出来たんだよね。またその程度のトラブルならば、ある意味検査が公正に行われているかどうかを監視する役割を負わされているTV取材陣達も、検査妨害だなんて思わないだろうしね」

聞いてもいないことまで喋り続けるキュゥべえの言葉をぼんやりと聞きながら、エイメはあの日の母の行動を振り返っていた。
確かにあの日、グレースは最初はエイメの検査も拒否し、病院に行くのを嫌がっていた。DNA検査をされればエイメがパトリックの子供で無い事がばれてしまう恐怖から、ああも頑なになっていたのだと今なら分かる。
それでもあの時点で拒否し続けても、ミスリードされた国民の疑惑が膨らむばかりで根本的な解決にはならなかっただろう。グレースの抵抗は無意味な上に、そもそもそれまで何の手も打ってきてはいなかったのだ。

王太子妃でありながら王太子以外の人間の血を引く子供を産むと言う大それた過ちを犯しながら、彼女はこれまで何の責めも罰も受けて来なかったし、自分から積極的に償いに動く事もしてこなかった。
公に出来ない事情をいいことに王太子妃の位に留まり続け、事情を知る者から責められてもただ閉じこもってやり過ごし、王家の血を引かないエイメが王位に就きそうになっている状況を積極的に後押しするわけでもないが、かといってそんな過ちが通ろうとしていることを止めようともしない。

ただ自分が責められる事、不利になる事さえ起こらなければいいと、仮にそんな事になってもそれら全てから目を反らし、現実に立ち向かうこともせずに全てが過ぎ去るのをじっと待つだけなのだ。自分さえ良ければそれでいい。そういう利己的な態度がグレースの一貫した姿勢だった。
そんな場当たり的な生き方を見透かして老獪な政治家達は知恵を集め、ついにグレースを追い詰めることに成功した。そうなってもなお彼女は自らの不見識を認めようとはせず、ただヒステリックに他者を責め、そして相変わらず自分の殻に閉じこもり続けるのだ。

『あなたのせいよ!』

『あなたが生まれたからこんなことになったのよ!』

『あなたさえ生まれなければこんなことになっていなかったわ!』

グレースがエイメに向けて言い放った言葉が耳朶に蘇る。
最初にグレースが過ちを犯さなければ良かっただけの事なのに、彼女は己の非を認めようとはせず、どこまでも他者に当たり続けるのだ。
それでもエイメは、心のどこかでグレースのその勝手な言い分をその通りだとも思ってしまう。

確かにエイメが生まれていなければ、例えグレースがパトリック以外の男性と通じたとしても、一時的に咎められて二度と繰り返さぬよう監視の目が付けられるくらいで、彼女が最終的にここまで破滅することは無かっただろう。
会った事も無いエイメの実の父も、王太子妃に手を出す不埒者として左遷の憂き目には遭っただろうが、それでも命を奪われるようなことにまでならなかっただろう。

言わばエイメは、グレースが過ちを犯した事を証明する動かぬ証拠だった。罪から生まれた存在だった。そこにあるだけで王家の尊厳を脅かし、過ちを犯した人間に罪を突きつけ続ける呪いでしかない。
その呪いに飲み込まれた祖父リシャールは、グレースの代わりに償いを求められ、財産をすり減らしたあげくに野たれ死んでいった。
そして仮初めの父パトリックですら、エイメの不用意な祈りによって理不尽に死んでしまった。
全ては、エイメという存在が生まれた事による悲劇だった。彼女さえ生まれなければ、誰も死なずに済んでいたかもしれない。

「う…うう…ううう…うわぁぁぁぁーーーー!!」

そんな自らを振り返り、ついにエイメは耐えきれなくなって床の上に身体を投げ出し、ただひたすらに号泣した。
その彼女の手元から、美しい宝石が転がり落ちる。魔法少女の証であるソウルジェムだった。しかしその美しい宝石も今のエイメの心境を即座に反映し、見る間に濁りを溜めこんでいく。

彼女の祈りは、願いは、呪いと絶望しか生まなかった。
母は破滅し、仮初めの父も実の父も理不尽に死んだ。祖父は無一文になって野垂れ死に、国家の中枢は正義のためにエイメを排斥しようとし、国民もエイメを認めない。
誰も彼女を望まない。誰も彼女を求めない。排斥され、消え去ることだけを望まれていた。最初から、生まれる事すら望まれていなかった。

自分のしてきた事、望んできたこと全てが否定され、呪いと絶望の中にエイメは飲み込まれていく。手元のソウルジェムは、あと少しで暗黒に染め上げられようとしていた。
彼女のその様を見届けながら、傍らにいたキュゥべえは無表情の下でほくそ笑んでいる。

「エイメ。君の願いは王太子になることだった。そして僕はその願いを叶えた。王太子にはなれたのだから、その地位が安泰であるかどうか、次期女王になれるかどうかは僕の関与するところじゃない。さて、君のソウルジェムは一体どんなグリーフシードに変化するんだろうね」

だがその時。異なる世界、異なる宇宙、異なる時間軸において、全ての世界、全ての宇宙、全ての時間軸を貫く願いの言葉が発せられた。

『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の魔女を全て、この手で』

その祈りは全ての時空を貫いて、今まさに絶望の中で魔女と化そうとしていたエイメのもとにも届けられる。

『今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいて欲しい』

まばゆい光と共に、エイメの傍らに一人の少女が降り立った。そして暗黒に染め上げられようとしていたソウルジェムにそっと手を伸ばす。

『あなたの祈りを、絶望で終わらせたりしない。あなたは誰も呪わない、祟らない。因果は全て私が受け止める。だからお願い。最後まで、自分を信じて』

柔らかな慈愛の光に包まれて、濁り切ったソウルジェムが優しく浄化されようとしていた。

しかしエイメの絶望は深すぎた。

「無理よ! 誰も私を望まない! 誰も私を必要としない! 私は誰からも愛されなかった! 父も! 母も! 臣下も! 国民も! みんな!」

あらゆる全てのものから否定され、自分の存在が呪いそのものでしかなかったと思い知らされて、エイメは希望の魔法少女から差し出された手を振り払おうとする。それでも桃色の衣装を身にまとったその彼女は、諦めることなく手を差し出し続けた。

『いいえ。そんなことない。あれを見て』

そう言って、エイメの前に過去の風景が映し出される。

『エイメ王女が本当は王族では無いと!? どうしてそれを早く言わなかった!』

『こちらに打診することもせずいきなり王位継承法の改正を言い出したのはあなたですよ、フォンテーヌ首相!』

それは最初の王位継承法改正の際の、首相と宮内省の役人が言い争う風景だった。

『これでは私は王家の救世主どころか、王族で無いものに王位を与えるとんだ不忠者ではないか! 政治家として、王国の臣として、拭いがたい汚点だ!』

『ですから早く、継承法改正案を取り下げて下さい!』

『無理だ! 今から取り下げるにしても理由をどうする? まさか王女が王族で無い事をばらすわけにもいくまい? それに、国王陛下の孫世代に男児がいないことに変わりは無いんだ!』

『だからと言ってこのまま法案を通すわけにもいかないでしょう?』

『いや…法案を通す』

『フォンテーヌ首相?』

『法案が通ってもエイメ王女さえいなければ、改正法のもとであっても王位は正当な王家の血を引く方々に万事つつがなく引き継がれていく…その方がいい』

『…フォンテーヌ首相』

政治家として冷酷な決断を下す首相の言葉に、宮内省の役人が絶句する風景。
今さらこんなものを見せてどうするのかとエイメの瞳に涙が滲んだが、その風景が切り替わった。

『あなた、このままではエイメが殺されてしまうわ!』

『落ち着くんだ、レジーヌ。そうと決まったわけじゃない』

『いいえ。首相はもう決断されたそうです。法案を通した後に、エイメを殺すと。こんなのはあんまりです! あの子には何の責任も無いと言うのに! 継承法さえ改正されなければ、あの子は穏便に外の世界へと羽ばたく事が出来たのに、大人の思惑に翻弄されて命を奪われるなんて!』

『しかし、私達王族は政治に口を挟めない』

『いいえ、まだ方法はあるはずです』

『レジーヌ…まさか、君は』

『ええ、あなたと私で子供を作りましょう。法案が議会に提出されるまで、まだ時間はあります。その時に私が懐妊していれば、政治家達が下手な言い訳をする必要も無く法案を取り下げることができます』

『そうか…すまない、レジーヌ』

『あなた? 何を謝るの?』

『なかなか懐妊しなかったグレース妃を慮って、次女を出産した後は子供を作るのを控えさせられていたのに、今度は絶対に子供を作らなければならない。それも体力が十分だった二十代、三十代を過ぎてからの過酷な出産だ。しかもこのタイミングで懐妊すれば、それは継承法改正阻止のためとどうしても受け取られる。つまり王位に野心があるように見られてしまうだろう。裏面の事情を知らないエイメやその周辺は、決して君に感謝などすまい。そんな労多くして報われる事の無い戦いの矢面に、君を立たせてしまう…』

『誤解されるのはあなたも同じなのですから、私の方こそ謝らなければなりません。それにそんなこと、何の罪も無い少女の命が救われるのと引き換えならばなんでもありませんわ。そもそも私達が王位を狙っていたというのなら、こんなぎりぎりではなく最初から男の子を産むべくしきりに懐妊を繰り返していたはずだと、物の道理が分かる人には分かるはずです』

『レジーヌ…』

『祈りましょう、あなた。神はきっと、私達に男の子を授けてくれます。エイメを助けるために…』

そしてまた場面が切り替わり、レジーヌ妃がその胸に生まれたばかりの赤ん坊を抱く姿が映し出された。
無垢な笑顔で母親に笑いかけるその赤ん坊を見つめ、レジーヌ妃が嬉し涙を流していた。その光景に、エイメもまた静かに涙を流す。

「あの子は…ウジェーヌは…私を救うために生まれたのね…私がいたから、あの子はこの世に生を受ける事ができたのね…」

『そうよ。あなたの存在に意味が無いなんて事は無い。誰もあなたを望まなかったわけじゃない。あの子の存在こそが、あなたの生の証なのよ』

希望の魔法少女が語る言葉に、静かにエイメは救われていく。だがそれでも、彼女の心に影を落とす闇は完全には払拭されない。

「でも…そんなあの子を…私は死んでしまえばいいと呪った…! 血が繋がらないと知っていてもなお、私の命を惜しんでくれた叔父様と叔母様を、王位を狙う野心家だと疑っていた…! 私は、どう償えばいいの…!?」

『あなたの叔父様や叔母様は、あなたに感謝されることなんて期待していなかったわ。それでも、あなたの幸せを祈らずにはいられなかった。あなただってそうでしょう? 例え報われなくても、お母様の幸せのためにあなたは祈った。その祈りは決して無駄じゃない、希望を持つ事は決して間違いじゃない。だから…祈って。あなたの幸せを願って生まれたあの子のために、祈ってあげて』

「でも…私の命はもう…」

既に暗黒に染まりつつあるソウルジェムはもう二度と元に戻らない。希望の魔法少女ができるのは、それがグリーフシードに変化しないように浄化するだけなのだ。
エイメの命は、もう間もなく尽きてしまう。

『でも、まだあなたの命は尽き切ってはいない。例え一瞬であっても、ほんの僅かな時間であっても、その気持ちに嘘は無いでしょう?』

祈ること自体に尊い価値があるのだと、希望の魔法少女は語りかけてくる。彼女の祈りによって救われようとしているからこそ、エイメはその思いを受け止める事が出来た。

「…ウジェーヌ…幸せになって…!」

今まさに命尽きようとする最後の瞬間。
一筋の涙を流しながらも、それでも口元には笑みを浮かべ、ただ純粋に他者の幸せを祈りながら、エイメは逝った。



改変された世界の中で、エイメという一人の魔法少女は魔女に変化することなく、ただその命を終わらせ円環の理の中に消えていった。
ソウルジェムは消滅し、残された抜け殻は遺体となって発見され、その死因は不明のまま心因性ショックによる心不全と言う事で決着したが、エイメ王女のすり替えと本物の王女殺害の犯人として疑われていたグレースが、証拠隠滅のために偽者も殺したのではないかとも疑われ、長く論争になったがそれはまた別の話だ。

どちらにせよエイメと呼ばれた少女はグレース側が用意した偽者であり、利用されただけの哀れな被害者として大いに同情され、そして人々はすぐに彼女を忘れ去った。
偽者とされる少女の身元と、本物の王女捜索は長期に渡って続けられたが、そもそもが政府が仕組んだミスリードであるため解決などしようはずも無かった。

グレースに対する疑惑は証拠も無いため立件することが叶わず、逮捕も裁判も結局は行われなかったが、国民も世論もそれを認めず、グレースが知的障害を持って生まれてきた娘を疎み、またその事が知られれば王位継承が叶わないと思って本物の王女に手を掛け、替え玉を立てて、次期女王の母親としての自己の地位の安泰を図ろうとしたのだと信じて疑わなかった。

王女殺害疑惑。王族で無い者を王位に就けようとした反逆行為。無関係の少女を巻き込み、おそらくは親元から誘拐あるいは人身売買に手を染めて替え玉を立てた疑惑。それらの犯罪行為に反対したであろう前王太子パトリックに対する暗殺疑惑までつけ加わり、官憲による逮捕も裁判による判決なども必要無いほどに、グレースは王国始まって以来の希代の悪女として人々から謗られた。

それはいわれのない罪ではあったが、彼女は全くの無実と言うわけでも無かった。
夫であり自分を王族に引き立ててくれた王太子パトリックを裏切り、軽はずみに他の男性と通じて不義の子を産みながら、体面のために公に告発されなかったのを良い事に王太子妃の地位に留まって現状維持を続け、償うことさえ考えなかったその怠惰に対する罰が、形を変えて彼女を襲ったと言えなくも無いのだ。

王国を揺るがしたこれらの騒ぎは世界中が知るところであり、世の人々全ては彼女が王国乗っ取りを企んだ大罪人だと信じて疑わなかった。
疑惑の目に囲まれたグレースはもはや前王太子妃の地位を保つ事は出来ず、正式には裁かれなかったものの、殺害疑惑は置いておいても表向きには王女の行方が知れないということになっている以上、母親としての監督責任を問われて王家を放逐され、ただの一般庶民として世間に放り出された。

夫は既に無く、実家も借金まみれで跡形も無くなっており、何の身分も取り柄も無いましてや殺人者の疑惑を被せられた女が、一人で生きていけるほど世間は甘くない。
特ダネを求めてハイエナのように群がってくるパパラッチを相手に無実を吠えるも、真実を言えるわけもない彼女の論旨は無茶苦茶で、下手な言い訳としか受け止められなかった。

スキャンダルの種になり、人々に疑惑と嘲笑の目で見られ続け、やがて世の人々に飽きられ忘れ去られて、グレースの最後を知る者はいない。



そうやって時は流れていく。

世界中を下世話な好奇心で釘付けにした王国の騒動も時の流れと共に忘れ去られ、気が付けばパトリックの弟のエドワールが王太子となり、その娘や息子であるウジェーヌは次代の王国を継ぐ王族として国民から愛され、暖かい尊崇の眼差しで見守られていた。
あんな騒ぎなど無かったかのように王国は平穏を取り戻し、まるで最初からエドワールが王太子であったかのように、かつての王太子パトリックとその妻子のことは話題にもならず、王室報道に上ることも無くなった。

長子優先の王位継承法ですらも、現王太子エドワールに次いで王位継承第二位になった長女ヴェロニクと王位継承第三位の次女ベルティーユが、弟であるウジェーヌとその子孫に王位を継がせるために自身は決して結婚しないであろう旨を何かにつけてほのめかすため、うら若い王女達が結婚できないとは何事と、それこそ人権侵害だと国民が騒いだが、本人達の固い決意の前にどうすることもできず、こうなっては王女達が心おきなく結婚できるようにと、王位継承法を本来の父系に戻す顛末となった。



穏やかに移り変わる季節の中で、王室墓所の一角に一つの墓がひっそりと建っていた。そこには何の墓碑銘も刻まれておらず、誰のものかも分からない。
そこに一組の夫婦とその末息子が墓参に訪れる。名も刻まれていない墓標を見つめ複雑そうな表情をのぞかせていたのは、現王太子のエドワールだった。

(…エイメ)

かつてエイメを追い詰めた政府の策謀を、エドワールももちろん承知していた。しかし王族の一人として、王家を守る者として、王家の血を引かぬ者が王位に就くことに激しいジレンマを覚えていたからこそ、それに反対はできなかった。

あの策謀では、エイメはあくまでグレースやその取り巻きに利用されただけの被害者という位置付けになり、政府に保護されて新たな戸籍が与えられ、マスコミからも人々の中傷からも守られて人生をやり直せるはずだった。
だからこそエドワールも政府の策謀の全容を知らされながらも、王室から離れて生きることができればそれが一番だと信じて、留学を終えたエイメが国に戻ってきた時、彼女を待つ運命に顔を曇らせながらも事の推移を見守った。

それなのに衝撃が強すぎたのか、それとも自殺だったのか、あるいは自暴自棄になったグレースの手にかかったか、エイメはその短い生涯を終えた。
もっと他に方法は無かったのだろうかと自問しながらも、エドワールは答えを出せずにいた。きっとこれからもずっとそうなのだろう。
そんな風に黙って墓石を見つめる父親の様子を、傍らにいたウジェーヌが不思議そうに見上げている。

「お父様。このお墓…誰のものなのですか?」

問いかけてくる息子に、エドワールが静かに答えを返す。

「うん、これはね。お前が生まれるためにこの世に使わされた女の子のお墓だよ。この子がいたからお前は生まれたんだ。だから…祈ってあげて欲しい。この子の冥福を」

「……? 分かりました」

父親の言う事が半分も理解できなかったもののその真剣さだけは分かるのか、ウジェーヌは胸の前で手を組むと静かに祈りを捧げる。

墓石の上に置かれた花束が、風に吹かれて静かに揺れていた。










こんなつたないお話に最後までお付き合い下さりありがとうございました。
ア●ターゾーンとか笑●せぇるすまんとか悪魔の●嫁みたいな、人外と関わったことで自分の中の望みや欲に振り回され、破滅してしまう人間の軌跡みたいなものを書いてみたくなったのです。
きっかけは原作のキュゥべえの台詞「魔法少女としての潜在力は、背負い込んだ因果の量で決まってくる」「一国の女王や救世主ならともかく」でした。

だったら一国の女王や救世主を勧誘していればいいのに
→たぶん無理なんだろうな。キュゥべえの姿が認識できないとか、他の条件が揃わないとかそんな感じで
→でも全くいなかったわけじゃないよね? クレオパトラらしき人いたし
→クレオパトラの願いって史実に照らし合わせて考えてみるとたぶん「エジプトの女王になりたい」とかだったんだろうな
→それで願いどおりに「エジプトの『最後の』女王」になったわけだ…
→なんとえげつない願いの叶え方。まさにQB

こんな感じに「王位を望んで、その望みに裏切られ絶望する王女」というイメージが固まり、それにそって話を考えてみたらこんな感じになりました。




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