織斑一夏が通い慣れたとようやく言えるようになったIS学園の教室にはいると、普段とは異なる風景が視界に映った。
彼のクラスの担任であり、自身の姉でもある織斑千冬が教壇の右側、副担任である山田真耶が左側に立っている。二人の顔には苦笑が浮かび、共に同じ者を見ているようだった。
そう、二人の間にある教壇に腕を枕代わりにし、気持ち良さそうに眠り続ける一人の男性を。
「お、おはよう。千冬姉……」
「学園内では織斑先生と呼べ」
「す、すいません。で、それ、誰なんですか?」
一夏が言いつつ指をさすのは、騒ぎ出したクラスメイトの騒音に負けず、昏々と眠り続ける男性。しかし、そこで一夏は気付く。自分以外のクラスメイトが漏らす言葉に「何故」や「どうして」というものがあっても、「誰?」という誰何が存在しない事に。
「織斑。お前の無知さは今に始まった事ではないが、男ならコイツのことは知っておけ。お前が登場するまで、男でありながら世界でただ一人、ISを墜としたコイツの事はな」
「なっ!? ど、どうやって!?」
姉の言葉に、信じられないという表情の一夏。しかし、実際にISという兵器に乗り込んだ彼の感覚では、ISはISでしか墜とせない事が当然と認識されたし、自分以外ではISに乗れる男は居なかった。彼の疑問は至極真っ当な物であったろう。
「後でそれも説明してやる。だが、その前に……起きろっ、のび太!」
大喝と共に振り下ろされた拳骨が、教壇で眠る男の頭上に落ちる。ズゴンッと凄まじい音を響かせた男に、心配する視線が幾つも突き刺さった。
「……あたた。あと五分だけ、頼むよドラ……あぁ、うん。起きました、千冬さん」
「全く。貴様ときたら……その何処でも三秒で眠れる体質はどうにかしろと言ったろう」
「あははは。無理ですよソレ。というか、ソレが出来るならこんな所に居ませんよ、ボク」
千冬の忠告に、一考すら要さず即答する。
そうして千冬に向けていた顔を、初めて生徒側へと向ける男。大きな丸眼鏡を掛けている事以外、取り立てて特徴の無い顔。だが、彼の眠たげな視線が自分の視線と合った瞬間、一夏は全身に走った謎の感覚に身震いした。
(な、なんだ今の? IS実習で銃口でも覗き込んだみたいな)
疑問に思い、周囲を見渡してみれば自分と同じように視線を巡らすクラスメイトが居る。
「さ、流石は教官。ドイツ軍でさえ一度も呼び出す事の出来なかったあの男を、こうもあっさりと手懐けるとは」
感動したように何度も頷くのはラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女の右手は懐に回され、何時でもその中に在る『ナニ』かを取り出せる位置にある。
「す、凄いなぁ……此処に居るって事は、今日は何か教えてくれるのかな?」
そう言いながら、一夏と男の間に分け入ろうとするのは、シャルロット・デュノア。彼女の行動が男から自分を守れる位置を取る事に気付けない一夏ではない。
「ふ、ふふふ……とうとう、私の前に現れましたわね。いいでしょう、決着を着ける時ですわ!」
一人、鼻息荒く男を睨み付けるのはセシリア・オルコット。だが、口から出る大言とは逆に、視線は挑戦者のソレで。
「……」
ただ一人、篠ノ之 箒だけが男性の視線から逃れるように俯き、口を閉ざしていた。普段とは違う雰囲気に声を掛けようとした一夏を止めたのは、説明を始めた山田真耶の言葉だった。
「では、一夏クン以外は知っていると思うけど、ご紹介しますね。第一回IS世界大会で射撃部門特別賞を受賞され、以降の大会でも特別招待選手として参加しつづけている、野比のび太さんです」
その説明に、事情を知らない一夏以外の大多数のクラスメイトが歓声を上げる。
「静かにしろ貴様ら! 織斑が置いていかれているぞ。……さて、織斑。私が第一回IS世界大会で優勝した事は知っているな」
「そりゃ、当然だろ?」
「ISが兵器として認知され、その脅威が広まるにつれ、一つの疑問が生まれた。―――男はISに乗れない、それは事実だが、ISの武装は? 結論は使えるよ。エネルギーの補給は無きに等しく、シールドも無い、機動力は人と戦闘機ほどに違うし、ハイパーセンサーという目さえ使えない。そうだな、戦闘機に竹槍で挑もうとしている人間に、使い捨ての地対空ミサイルランチャーを渡すようなものか。普通、撃つ前に死ぬ。撃ったとしても当たらない」
クラスメイトの多くが熱心に頷いている中、一夏も同感だった。ISという兵器に乗りソレを知れば知るほど、今までの兵器との格の、否。次元の違いに気付く。それを、武器だけを同じにして戦えというのは、無理が過ぎる。
「そう、無駄と知りつつ諦め切れずに多くの男が最後の希望に縋り、残酷な現実に叩き落されていった。―――この、変態以外は、な」
横から見ていてさえ、物理的な圧力を伴っていそうな織斑千冬の眼力を、飄々とした表情のまま受け流し、困った様に頭を掻いている男からは、話に聞く無茶を通せる力を持った人間とは思えない。
「変態って、千冬さん。酷すぎませんか? それ絶対褒めてませんよね?」
「ふん、変態で十分だろう。世界中の天才が無力だった中、平然と目標を撃墜する男など。聞け、織斑。この男はな、世界大会に参加した各国のエースのおよそ半分に勝利した。この男と戦って、ただの一発も銃弾を当てられなかった人間は一人しかいない」
「あのー、それって絶対ボクじゃなくて自分を褒めてますよね?」
「当然だろう、2000発のミサイルなど比べ物にならないくらいの緊張と興奮の中、貴様の首に刃を突きつけた瞬間の感動は……一夏が私の為に初めて食事を作ってくれたのと同じくらいだ」
「やすっ! ボクの首が晩御飯に負けた!?」
「貴様……一夏の食事を愚弄する気か? いい度胸だな、のび太のくせに」
「ちょ、ちょっと待って千冬さん。その固めた拳で何する気ですか!? ボクはお客さんですよ。貴女に言われて嫌々ながら出てきた引き篭もり予備軍ですよ? 酷い事されたらプロ入り確定しちゃうかも!?」
「安心しろ。引き摺り出してやる」
「安心できない!? 助けて~」
情けない悲鳴と共に、涙まで流して逃げ出す野比 のび太。
拳骨を振り上げ、彼を追いかける織斑 千冬。
まだ、一夏は知らない。
目の前の二人が、自分達生徒に比べて、どれほどの高みに居るのか。
そして、二人に授業をしてもらえる己の幸運に。
野比 のび太。『グングニル』とも呼ばれる世界一の射撃王。彼との出会いが、一夏に齎すのが何なのかは、誰にも分からない。
久しぶりにSSを書いて見ました。仕事中にふと思いついた短編で、難しい事は全部置き去りにしています。
色々伏線っぽい描写もありますが、絶対続かないので、無いとは思いますが過度の期待はご遠慮下さい。
では、お目汚し、失礼いたしました。