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No.28467の一覧
[0] 【R15】コッペリアの電脳(第三章完結)[えた=なる](2013/04/17 06:42)
[1] 第一章プロローグ「ハンター試験」[えた=なる](2013/02/18 22:24)
[2] 第一話「マリオネットプログラム」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[3] 第二話「赤の光翼」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[4] 第三話「レオリオの野望」[えた=なる](2012/08/25 02:00)
[5] 第四話「外道!恩を仇で返す卑劣な仕打ち!ヒソカ来襲!」[えた=なる](2013/01/03 16:15)
[6] 第五話「裏切られるもの」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[7] 第六話「ヒソカ再び」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[8] 第七話「不合格の重さ」[えた=なる](2012/08/25 01:58)
[9] 第一章エピローグ「宴の後」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[10] 第二章プロローグ「ポルカドット・スライム」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[11] 第八話「ウルトラデラックスライフ」[えた=なる](2011/10/21 22:59)
[12] 第九話「迫り来る雨期」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[13] 第十話「逆十字の男」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[14] 第十一話「こめかみに、懐かしい銃弾」[えた=なる](2012/01/07 16:00)
[15] 第十二話「ハイパーカバディータイム」[えた=なる](2011/12/07 05:03)
[16] 第十三話「真紅の狼少年」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[17] 第十四話「コッペリアの電脳」[えた=なる](2011/11/28 22:02)
[18] 第十五話「忘れられなくなるように」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[19] 第十六話「Phantom Brigade」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[20] 第十七話「ブレット・オブ・ザミエル」[えた=なる](2013/03/20 00:13)
[22] 第十八話「雨の日のスイシーダ」[えた=なる](2012/10/09 00:36)
[23] 第十九話「雨を染める血」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[24] 第二十話「無駄ではなかった」[えた=なる](2012/10/07 23:17)
[25] 第二十一話「初恋×初恋」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[26] 第二十二話「ラストバトル・ハイ」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[27] 第二章エピローグ「恵みの雨に濡れながら」[えた=なる](2012/03/21 07:31)
[28] 幕間の壱「それぞれの八月」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[29] 第三章プロローグ「闇の中のヨークシン」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[30] 第二十三話「アルベルト・レジーナを殺した男」[えた=なる](2012/07/16 16:35)
[31] 第二十四話「覚めない悪夢」[えた=なる](2012/10/07 23:19)
[32] 第二十五話「ゴンの友人」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[33] 第二十六話「蜘蛛という名の墓標」[えた=なる](2012/10/07 23:21)
[34] 第二十七話「スカイドライブ 忍ばざる者」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[35] 第二十八話「まだ、心の臓が潰えただけ」[えた=なる](2012/10/17 19:23)
[36] 第二十九話「伏して牙を研ぐ狼たち」[えた=なる](2012/12/13 20:10)
[37] 第三十話「彼と彼女の未来の分岐」[えた=なる](2012/11/26 23:43)
[38] 第三十一話「相思狂愛」[えた=なる](2012/12/13 20:11)
[39] 第三十二話「鏡写しの摩天楼」[えた=なる](2012/12/21 23:02)
[40] 第三十三話「終わってしまった舞台の中で」[えた=なる](2012/12/22 23:28)
[41] 第三十四話「世界で彼だけが言える台詞」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[42] 第三十五話「左手にぬくもり」[えた=なる](2012/12/29 06:31)
[43] 第三十六話「九月四日の始まりと始まりの終わり」[えた=なる](2012/12/29 06:34)
[44] 第三十七話「水没する記憶」[えた=なる](2013/01/04 20:38)
[45] 第三十八話「大丈夫だよ、と彼は言った」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[46] 第三十九話「仲間がいれば死もまた楽し」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[47] 第四十話「奇術師、戦いに散る」[えた=なる](2013/04/12 01:33)
[48] 第四十一話「ヒューマニズムプログラム」[えた=なる](2013/04/17 06:41)
[49] 第三章エピローグ「狩人の心得」[えた=なる](2013/04/18 22:25)
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[28467] 第三十話「彼と彼女の未来の分岐」
Name: えた=なる◆9ae768d3 ID:8650fcb0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/26 23:43
 エリスは、浴室で膝を抱えて震えていた。固いタイルの上に座り込んで、空虚に床を見つめていた。シャワーの熱い水流が、背中に打ち付けられては流れていく。白い湯気で満たされた密室。限界まで高くされた設定温度。火傷しそうなお湯のはずが、氷水のように冷たく、寒かった。体が高熱を持ちすぎていて、体感温度が狂っていった。

 この入浴に癒しはない。汗を流し、清潔さを保つためだけの単純作業。彼女は昨晩、怒りで心をたぎらせすぎた。活性化した全身の細胞が、生命力を吐き出しすぎた。増量したオーラを体内に封じることは、心身に絶大な負担をかけていた。あの後、安定に要した集中は八時間。結果、朝が白む時分まで、針先ほどの乱れすら許されぬ精神の綱渡りを必要とした。その後は泥のように眠り続け、今ごろになってようやく、彼女は、辛うじてシャワーを浴びるだけの体力と気力を取り戻せたのだ。

 エリスは虚ろな瞳で二の腕を撫でた。荒れていた肌は不自然に潤い、艶と張りを取り戻している。血色は相変わらず悪いままで、そのアンバランスさは自然界の常識から大きくはずれ、生物としての原始的な感覚に強い違和感を投げかけていた。恐らく、見るものはホラー映画のように生理的な嫌悪感を感じるだろう。脳細胞が茹で上がりそうな頭痛にずっと苛まれながら、アルベルトに会いたくないな、と彼女は思った。

 じくじくと波打つ吐き気とどうしょうもないほどの倦怠感に侵されて、シャワーのコックをひねることさえ容易ではない。柔らかいベッドが恋しかった。暖かい場所で横になりたいと、それだけを頼りに気力を絞って、彼女は浴室からあがることに成功した。バスタオルで体を乱雑に拭き、バスローブを巻いただけの姿でベッドへ倒れるようにもぐりこむと、ちょうどその時に電話が鳴った。重い視線を動かすと、液晶にはクラピカの名前が表示されている。彼はマフィアの関係者を護衛する仕事があったため、昨夜、敵を逃してからは一旦分かれて行動していたのであるが。

「……どうしたの? クラピカ」
「エリスか。今、大丈夫か?」
「ええ」

 聞き慣れた声がスピーカーから流れる。男性にしてはやや高い、理知的で、冷静さを感じさせる静かな口調。しかし、エリスはその一言だけで察知していた。あらかじめ知ってないと分からないほど微量だが、理性という水面下に決して隠し切れない高揚感が紛れている。ずきずきする頭で彼女は思った。少し、可愛い。

「今夜、蜘蛛を迎撃する暗殺チームに参加できることになった。なおかつ私の随伴という名目なら、もう一枠ぐらいなら増やせるそうだ。来るか?」

 それは確認ではなく儀式だった。答えなどお互いに分かりきっているのであるが、必要なのは同調だった。今は、まだ、共に戦っていくことができる。どうか最後まで決別せずにありたいと、エリスは自分勝手な願望を抱く。いざという時が訪れたならば、彼女に、自分の意志を譲るつもりは全くない。

「行くわ」

 たった一言に全ての心情をのせながら、彼女は熱っぽい吐息で返答した。今夜、旅団と邂逅できるとするならば、アルベルトとはどうしても会いたかった。

 ベッド脇に置かれていた卵の化石を、エリスはひしと抱きしめた。



 宿の部屋で、ビリーはじっと時計の秒針を見つめていた。会話はない。となりで、どさりと音がした。

「……一分八秒。すごいわ、五秒も延びてるじゃない」

 床に倒れこんで荒く息をつくゴンに向かって、彼女は目を丸くしてそう言った。返事はない。二人きりしかいない空間で、ビリーは独り言のように言葉を続けた。

「うらやましいわ。私が最初に挑戦させられた時なんて、二十秒もたたずに力尽きたもの。今だって二分が精一杯」

 汗だくで喘ぐゴンの前に、彼女はコップ一杯の水を差し出した。少年はそれを一気に飲み干して、安堵したように息をついた。

「大丈夫?」
「うん、なんとか」
「そう、よかった。……でも、ゴンもこれで分かったでしょう。堅なんて、そうそう実戦に使えるようなものじゃないって。一度や二度挑戦したぐらいで実用になるほど、軽々と使える技じゃないわ」

 タオルを渡しながら彼女は言った。脳裏には、件の野人が浮かんでいる。強化系の強みは正攻法。なればこそ、圧倒的な基礎能力の差は覆しにくい。

「いいや、まだまだっ! 九時まではまだ時間がある!」

 立ち上がりながらゴンが叫ぶ。相当の時間をおかないと回復しないと一度その身で味わいながら、それでも、気力だけを頼りに彼は立った。

「無理をしないで、休みなさい。夜までに体力を回復しないと、本末転倒もいいところよ」
「でもさ!」
「駄目」

 ふらつくゴンの肩をビリーは押さえた。纏をしただけの細腕が、怪力の少年を容易く制する。むろん彼女の実力ではなく、彼の疲労のためだった。

「焦ってもいいことなんて何もないわ」
「だけど、オレ」
「ゴン」

 それっきり彼女は黙って、眉をひそめながら彼を見つめた。少年の瞳には光があった。純粋な輝き。それが、逆に彼女の心を締め付ける。キルアは男の子としてかわいかったが、ゴンは違う。表面上は普通だが、一皮向けば、あまりにも深い。人間観察には自信があったはずのビリーだが、その底に何が潜むか、未だに推測すらもできてなかった。末恐ろしく、怖かった。

「寝なさい。横になるだけでもだいぶ違うわ。話だけなら、してあげるから」

 油断すると吸い込まれそうになる自分を振り払うように、彼女は強引に寝台まで彼を引きずっていった。ゴンは眠れないと主張したので、ビリーはベッドのはしに腰かけて、子守唄のように言葉を紡いだ。

「それじゃあ、周とか、硬とか、応用技について話しましょうか。といっても、私自身がどれも完全に使えるわけじゃないし、うまく教えられるかどうかはわからないわ。そもそも、さっきも言ったけど私なんて素人に毛が生えたようなものだから、なるべく近いうちに信頼できる人にちゃんとした教えを受けなおしたほうがいいわよ。それでもよければ、なんだけど」

 ゴンは真剣な表情で頷いた。それをうけて、彼女も記憶を頼りに語り始める。思い出すのは一人の男だ。短く刈った金髪の、日焼けした肌の男の記憶。ビリーは、喉にざらりと苦い砂を感じた。

 小汚い灰色の狭い宿屋で、少女は自分の思い出を語る。少年はじっとそれに聞き入って、時折、短い相槌を打っていた。

「それで、発なんだけど、私に念を教えた人はちょっと特殊な考えの持ち主でね。下手に利便性を追求するより、自分の心の赴くまま、深層心理の求めるものを引き出して造るのが一番楽しいって言われて従ってみたはいいけれど、実際その通りにするとトラウマをそのまま投影したような能力になったわ。確かに強力なんだけど、個性がありすぎて使いどころが限られるのが困りものね」

 彼女は自分の能力についてもぼかして語った。雨の日だけ使える限定条件。融通の利かない自動発動。本能をプログラムされた自動操縦。そして、制約と誓約に傾きすぎた、記憶を削る自虐の剣。

 いつしか、ゴンは寝息を立てていた。疲れたのだろうと彼女は微笑む。現場の下見に向かったキルアたちも、いまだ帰ってきそうな気配はない。彼女は毛布を彼の肩までかけてから、もうしばらくここに腰かけていることをこっそりと決めた。



 世界は、音もなく橙色に染まっていった。何もかも白かった病室が、暖かい色彩に変わっていく。窓の外には、コンクリートで形作られた直方体の箱達が、赤く焼けた空の下、影絵のように建ち並んでいた。緩やかに流れる大きな雲が、遠い彼方まで連なっている。丸く熟した太陽が、水平線へ緩やかに降りていく。この街では、陽は荒野より浮かび上がり、海へと向かって沈むのだ。

 背中をリクライニングベッドに預けながら、ポックルは、異国の夕暮れを眺めていた。故郷とは違う匂いの風が吹いて、知らない旋律の口笛が聞こえる。多彩な顔だちの人々が、共通言語で笑っていた。それは今の彼にとって、ほんの少しのノスタルジーと、しっとりした胸の高鳴りが訪れるような情景だった。もしもプロハンターになったなら、こうやって、世界中を飛び回って暮らすのだろう。

 この街は夜へと向かっていく。明るかった昼間から、赤く濡れた時間を経て、暗い闇の底へと沈んでいく。昨日のこの時間もそうだった。だから、きっと、今日も夜が訪れる。しかし、なぜだろう。彼は今、こうしてベッドにもたれている。

 感傷に沈んでいたポックルに、ふと、隣からカットされたりんごが差し出された。白い陶器の皿を持つ腕は繊細で、薄桃色の女性用入院着の袖口からは、巻かれた包帯が覗いていた。夕日に染まり、その女性は柿色に濡れて見える。

「また来たのか」
「暇なのよ。付き合いなさい」

 ポンズは丸椅子を取り出して、ポックルの病室に居座った。入院着の上から薄いカーデガンを一枚羽織り、病院の売店で買ったであろう適当な女性向けファッション雑誌に、何となく目を通しているようだった。彼女の個室は、隣だ。だというのに、一通りの検査から開放されると、このようにたびたび彼の部屋へと訪れては、巡回の看護士に見つかり連れ戻されるのを繰り返している。

 ポンズの怪我は重くはない。頭にも、そして体にも何箇所か包帯が巻かれたままだったが、致命的というほどの傷はなかった。それはポックルもまた同様である。背骨の傷も重くはなかった。医者によるとしばらくは専用の固定具を付ける必要があるそうだが、激しい負担にさえ気を付ければ、日常生活に支障はないということである。

「なあ」
「ん?」
「いや、いいや」
「そう」

 どことなく薬品の匂いのする友人が、ベッドのすぐ脇に座っている。お互い異性である上に年頃だったが、現状、その種の感情を彼女に感じた経験は彼にはない。かといって会話に耽るというようなそぶりもなく、時々思い出したように一言二言何気ない言葉を交わしては、それっきり、それぞれの時間を当たり前のようにすごしていた。

 この距離感が好きだった。ポックルにとって、それは、気安く気取らない間柄に思えたのだ。

 恋人でもなく、家族でもなく、ただ一緒にいただけの一人の女性。一緒にいるのが自然になった、それだけの事実しかない関係。恐らく、次のハンター試験を受けるまでは、彼女と共にいるのだろう。そう、思っていた。

 りんごを齧る。やや季節外れの早い果実は、幾分硬くて、すっぱかった。

 プロハンター。次の試験は、恐らく受かる。念という異能に触れてから、心身の成長が著しい。日常が生命力で満ち溢れていて、日々の鍛練の成果があっという間に実感まで至る。全身に躍動感が漲っていて、去年とは違う自分であると、今までにない自信を持って頷ける。しかし、だからこそ彼は不安でもあった。

 およそ半年、彼はずっと間近で見ていた。目をそらすことすらできない稀代の才能が二人も並んで、平然と呼吸しているのをだ。そのゴンとキルアは言うに及ばず、久しぶりに会ったハンゾーも、当然の如く穎脱している側だった。試験の様子から察するに、クラピカもまた同様だろう。遠距離からちらりと見かけただけのエリスなど、絶であったのに魂が凍えた。得体の知れない恐怖だった。

 あのレオリオでさえ、どうだ。独学で纏まで辿り着き、歪さなく体得してしまう天性の才覚。恵まれた体躯に真っ直ぐな熱意。練も覚えてないはずの彼のオーラを一目見たとき、ポックルは、開花を待つ若い力のつぼみが音もなく膨れ上がっているのを理解した。おこぼれで超常の力に預かった自分たちとは生まれた時点で別ものの、別の世界出身の住人たち。もしも、プロハンターの内側に本物と偽物の区分があると仮定するなら、あれこそがきっと本物だろう。

 あれと並べと言うのだろうか。試験に合格したならば、ああいう人種が切磋琢磨し、しのぎを削る日常が待っているとでも言うのだろうか。彼らが困難と思う難関を、ポックルは乗り越えていけるのだろうか。

 分からなかった。カード一枚手にした時、何が変わって、変わらないのか。

 やがて、病室の扉がノックされ、レオリオが一人で入ってきた。ポンズを見かけ、意外そうに目を見開く。彼女はばつの悪そうに微苦笑した。

「なんだ、何か進展あったのか?」

 ポックルが尋ねた。レオリオは、ああ、と頷いてから、病室の隅から丸椅子をもう一つ持ち出して、ベッドの傍らにどっかりと座った。土産として持ってきた数冊の書籍が、ポックルとポンズに分けられる。

「今夜、奴らにリベンジするって事になったぜ」

 ポックルは小さく息を呑んだ。ポンズと視線を合わせてから、レオリオの顔を注視する。夕焼けに浮かぶ真剣な目。冗談を言うような表情ではない。再び、ポックルとポンズは顔を合わせた。

「勝てるの? 近くで見たけど、はっきり言ってキルアでも足下にも及ばないわよ、あいつら」
「だからこその待ち伏せだとよ。絶対に成功する自信があるなら手を出していいが、隙がなければ諦める。無理はしない。全員、この条件で納得済みだ。……ま、やるとしたらそれしかねーからな」

 レオリオはそう言って頭を抑えた。簡素な椅子がぎしりと軋む。無理をするなと言ったところで、彼自身を含め、無理せずにいられそうな人間は少ない。それを理解していながらも、結局、彼らはこんな方法しか選べなかった。

「じゃ、どこを襲うかは分かってるのね。ひょっとして、また例の高層ビルでオークションでもやるのかしら?」
「まーな。ったく、どいつもこいつも、ほんっとうに懲りやしねーよなぁ」

 その後、彼は二人の体調を確認してから、少しの雑談を交わして立ち上がった。

「まっ、とりあえず近況は伝えたがよ、こっちはオレ達に任せといて、お前らはしっかり養生しとくんだぜ」

 そうやって念を押してから、レオリオは立ち上がって帰っていった。廊下を固い靴音が去っていく。にぎやかな男だ、とポックルは他愛無い感慨を抱いていた。隣で誰かが微笑んでいた。

 そして、無音の時が訪れた。会話はない。一人減ったというだけで、病室があっという間に静かになる。太陽もいつの間にか沈んでいて、残りわずかな残滓だけが、空を薄暗い赤色に染めていた。

「行くのか」

 閉まったドアを見つめたまま、ポックルは核心だけを呟いた。

「……分かっちゃう?」
「分かるさ、そりゃな」

 沈黙が続く。ポンズはポックルを見ようとしない。じっと、扉の方向を向いたまま、彼女は静かな声でぽつぽつと語った。

「いくら待ち伏せでも、索敵する役は必要でしょ」
「ああ。いれば、便利だろうな」
「今、レオリオについていってもどうせ断られるだけだから、後でこっそり抜け出すつもり。やっぱり、あの子達だけを頑張らせるわけにはいかないもの」
「そっか。わかった」

 臨戦の決意を優しげに詠うポンズの言葉に、ポックルは噛み締めるように頷いた。

「蜂は? 全部潰されちまったんだろ」
「大丈夫よ。なんとかなってしまったわ」
「そうなのか?」
「ええ」

 私って意外と才能あったのね、と、どこか寂しそうな声色が言った。彼女は、今、どんな表情をしているのだろうか。寂しげに笑っているのだろうか。すっかり暗くなった部屋の中、電灯もつけず、彼女は彼の方へ振り向いた。

「もうっ、そんな心配そうな声ださないでよ! 私は無茶なんてしないってば!」

 暗がりの中でポンズは笑った。少し長めの、肩にかかる髪がふわりと広がる。木漏れ日のような微笑みだった。

「そ、だな。……まあ、その点については、信頼してるぜ」
「そうでしょ。自分で言うのもなんだけど、私って結構臆病だもの。無茶なんて頼まれたってできないわ。だから……、だからあなたは、安心してここで休んでなさい」
「おう、了解」

 わざと明るくポックルは言って、彼女の言葉に頷いた。ポンズはそんな彼の様子を見て、弟を前にした姉のように、よろしい、と満足そうに頷いた。

「それよりさ、これから先、どうするんだ」
「これから先?」

 部屋に電灯をつけながら。ポンズが不思議そうに瞬きする。唐突に明るくなった病室で、彼はこのところ密かに考えてた話を、この場で打ち明けてしまう事にした。それはポックルの不安の結晶だったが、恥ずかしいとは思わなかった。弱味を見せるならポンズがいい。そんな感情を抱けるほど、彼は彼女を信頼していた。

「ハンター試験を受けて、それに受かったらの話だ」
「それは、まだ分からないわ。受かってみないと、全然」
「だったら、よかったら当面オレと組まないか」

 ただ、仲間として。同じハンターの仲間として、共に、来ないかと。

「ポンズが物見に向いた能力を作ってくれるなら、オレは、戦闘に特化した能力にもできる。そうすれば、化け物たちが跋扈するような世界でも、最低限の自衛ぐらいならできるかもしれない」

 ポックルは静かにポンズを見つめ、彼女もまた、彼を真剣に見つめている。なにかをじっと探るように、澄んだ彼女の瞳が揺れていた。

「どうだ、オレと一緒に、来てくれないか」

 突然、彼女はくすりと笑いをもらした。どこか樹液の匂いのする、柔らかく甘い微笑みだった。

「横になって言ってもあまりしまらないわね。でも、そっか、考えておくわ」
「ああ……、頼むぜ。最初の頃のハントはやっぱり、気心の知れた相手とがいい」
「それは、うん。それは同感、なんだけど」

 困った様に、戸惑った様に苦笑しつつ、ポンズは自分の病室に帰ると言い出した。それがいい、とポックルもまた同意した。窓の外はもう夜だ。旅団との戦いに臨むなら、そろそろ準備をしないといけないだろう。ところが、ドアノブに片手をかけながら、そうそう、と彼女は振り向いた。

「昨日は本当にありがとう。あのときのあなた、とても格好良かったわよ」

 照れくさそうな声がして、ぱたんと、扉が閉まった。



 セメタリービルの屋上、ホバリング用のヘリポートに、エリスは一人で佇んでいた。コンクリートの広い足場。見上げれば夜空。風が強い。鈍重な巨大飛行船でゆっくりと空を飛んでいるかのような、そんな錯覚さえも抱くほど、地上と隔絶された場所だった。

 空調設備のユニットの、重く低い唸りが聞こえる。黒いフォーマルドレスのスカートが、風に揺れてはたはたとはためく。結い上げた髪が揺れていた。絹の長手袋に包まれた両手を、彼女はそっと胸元に寄せた。オーラの加護は今はない。絶で剥き出しになった肉体の奥に、心臓の鼓動が高鳴っている。黒いポシェットもここにはなかった。だが、本当に置いてきてよかったのかと、彼女は少し不安になった。

 眼下には灯りの消えぬ街がある。ヘッドライトの流れる道路がある。ここはあの街とは違うのだ。半年前、彼女が潰したあの街とは。

 しばらくして、彼女は後ろを振り向いた。そこには自然と湧き出たかのような静かさで、二人の男性が存在していた。ゼノとシルバ。このビルに来る前、別所で行なわれた顔合わせで、そう名乗っていた人物だった。

「先ほどはどうも。キルア君のご家族ですよね」

 エリスの言葉に頷いたのは、背の低い初老の男性だった。落ち着いた動作。上唇から垂らす銀色の髭が、カキンの幻獣画を髣髴させる。だが、風体こそは穏やかだが、雰囲気は好々爺とは言いがたかった。もっと硬い、鈍い銀色の気配を香らせていた。

「よろしくな。ワシが祖父でこやつが父だ」

 巨躯の男が無言でじっと見据えていた。彼女は、そんな二人に会釈をした。

「キルア君からは、春にお手紙を頂きましたよ。アルベルトも喜んでました。無事にひと段落ついたようで嬉しいって」
「キルめ、手紙などろくに書いたこともなかろうに。どうだ、さぞかし稚拙じゃったろう」

 似合わないことをと呆れたように、ゼノは斜め上を睨んで呟いた。が、エリスは首を振って否定した。

「がんばって書いたのがよくわかる、とてもいいお手紙だったと思いますよ。あれは、お爺様がお手伝いを?」
「いや、恐らく執事だ。だが、そうか、アイツがな。ふむ、よかったか」

 なにか事情があるらしく、彼は遠い目をして独語した。エリスは思った。いつか、この世界から全てのしがらみが消え去って、彼らもただの子供として暮らしていけたらどんなにいいか、と。しかしそれは、眼前の二人にしてはいけない話だという事も分かっていた。

「親父、そろそろ行くぞ」

 シルバが言った。ゼノも頷いてきびすを返すが、立ち去る前に、横目でエリスをちらりと見た。

「その皮膚、内側によほど恐ろしいものが渦巻いておると見た」

 激しくはないが、不動の視線。それにじっと見つめられて、エリスは静かに目を合わせた。驚きはそれほど大きくなかった。絶でオーラを封じてながら、本質を容易く見抜かれたことも、いつのまにか、当然の結果として受け入れていた。

「何でもいいが、仕事の邪魔だけはしてくれるなよ。ワシらも、おぬしとはあまり戦いたくはないからの」

 彼の言葉に圧迫感は全くなく、ただ、存在感だけが確かだった。エリスは何かを言おうとして、わずかに唇を動かした。だが、彼女が喉を震わせる前に、彼らは既に去っていった。

「……ふぅ」

 溜め息をつく。背中に、疲労とは違う汗が流れた。彼女は穏やかに感嘆していた。怖かった。あれだけ力を見せ付けられても、ついぞ、彼らを強いと認識することができなかったのだ。超脱の境地に達した自然体を、彼女は始めて肌で感じた。

「エリス」

 新しい声に呼びかけられた。見ると、民族衣装を着こなす青年がいた。まぶしい金髪が夜に輝き、女性顔負けの細やかな美貌に、漆黒の意志が宿っているのが見て取れる。

「あ、クラピカ」

 彼女はほっと息をついた。親しい友人と会えた事で、緊張が一転してほぐれたような気がしたのだ。

「いまの二人、キルアの家族だそうだな」
「ええ、そうみたいよ。すれ違った?」
「ああ、そこでな」

 そちらを向きながら顔をしかめて、何かを噛み締めるかのようにクラピカは黙った。右手の鎖を左手で触れ、そのままの体勢で沈黙していた。やがて、およそ一分ほども経ってから、彼はぼそりと呟いた。

「凄まじいな」

 エリスも深々と頷いた。全くもって同感だった。

「まさに、下でたむろしている暗殺者たちとは格が違う。彼らも、決して弱い部類ではないのだろうが」
「本当にね。わたし、そういうのは実際戦ってみないとよく分からないんだけど、それでも、あの人たちの怖さは身にしみたわ」

 両人とも、相手が強いからと戦いを臆する程度の覚悟ではない。しかし、無駄に強者に挑むほど破綻した性格はしてなかったし、もとより、余力があり余ってるはずもないのだから。

「それで、どうだ」

 唐突かつ端的に彼が尋ねた。彼女はそれに、二つの意図が内包されていることを理解していた。

「体調のほうは、なんとか。だけど場所の方が問題ね。思っていたよりも地上が近いわ。たぶん、この屋上でもぎりぎりかしら」
「ならば決まりだ。中層階での迎撃は断念して、アルベルトをこの場におびき寄せよう」
「いいの? 暗殺チームは護衛をかねてって話だったでしょう? 幻影旅団を倒して、その屍の上で堂々と競売を開いて勝利をアピールするのが今夜の彼らの目的なんだから」
「いや、あれはただの建前だ。現実には、組の重要人物は全員離れた場所に待機している。オークションが開催されるまでは、マフィアの幹部はこのビルには来ない」

 意外な事実に驚くエリスに、クラピカは裏にある事情を簡潔に明かした。

「そういう予言がでていたのだよ」

 予言という単語には覚えがあった。事前に、彼から説明を受けていたのである。記憶の片隅から釣り上げられたその情報を、彼女は口から言葉にした。

「例の、クラピカのボスって女の子?」
「ああ。実質的には、先ほど紹介したライトという男が雇い主だがな。そして彼女も、私以外の護衛団に守られながら、マフィアのボスたちと一緒の場所にいるはずだ」
「そう。良かった。巻き込まれる心配がないのなら何よりだわ」

 エリスの言葉は裏も他意もなくこぼれたものだが、クラピカはかすかに表情を歪ませた。人体収集家を嫌う彼が故に、複雑な感情があるらしかった。

「それよりも、アルベルトを呼ぶならそろそろ連絡をしたほうがいいだろう。携帯にメールでも送っておくか」
「いえ、やめておきましょう。そうしてもいいけど、……それで来てくれるかは分からないもの。そんなことより、もっと手っ取り早い手段があるわ」

 それに、そちらの方がクラピカの事情にも都合がいいと、夜景を眺めながら彼女は言った。

「蝋燭一本、それだけあれば充分よ」



次回 第三十一話「相思狂愛」


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