雨の降るヨークシンシティーの大通りを、キルアはだいぶ少なくなってきた通行人を縫うように避けて走っていた。斜め前を行くゴンの姿を過剰なほどに注視しながら、キルアは、黒ずんだ不快な物思いに心を囚われ続けていた。気温は高くないはずなのに、神経がひどく熱かった。ブラックコーヒーのようなコールタールが、喉の奥に粘りついているかのようだった。
荒野を目指して彼らは走る。道中、二人は終始無言だった。ゴンの怒りは真っ直ぐだった。対して、キルアには臆病な迷いがあった。それは決して間違いではないと、彼は自信をもって断言できる。旅団は強く、ゴンとキルアでは勝てないだろう。待つことこそ殺し屋の最大の仕事だと、父と兄より教わっていた。確実に勝てる自信がないならば、次の機会を待つべきだと。その心得は、戦い全般に言えるはずだ。それでも、ゴンの歩く道は眩しすぎた。キルアの奥歯が噛み締められた。
彼らは岐路に立たされている。優先すべきはなんだろうか。ビリーという少女と交わした絆の深さで言えば、二人ともそれほど大差はないはずであった。キルアとて怒りは強く感じている。彼女から受けた感謝の抱擁の感触は、未だに体が憶えていた。だというのに、全身を激情に委ねることは、キルアにはとてもできなかった。なぜゴンは、ここまでの憤激を覚えることができるのか。どこか一線を引いていた彼女に対して、あそこまで心情を重ねることができるのだろうか。……そしてなにより、仮にキルアがそうなっても、ゴンは怒ってくれるのだろうか。……分かっているのだ。それが下らない妄念だとは。
雨粒に濡れたネオンの街並みを眺めながら、彼は、幻影旅団に八つ当たりにも近い感情を抱いていた。握り締めた手の平の骨が、みしりと小さく音を立てた。額の内側がずきずきと痛い。旅団は確かに怖かった。体は全力で恐れているし、今にも逃げ出したくてたまらない。だが、キルアの心が恐れるのは、それとは別の人物であった。彼は、ゴンという友人が怖かった。だからこそ自分を許せなかった。激怒が脳髄を焦がしていた。
ヨークシン市街の玄関口、荒野を貫くハイウェイの入り口に近づくと、徐々にパトカーが目立ってきた。辻々に赤い誘導灯を握った警官達が立っており、長距離トラックなどを誘導している。それらに構わず進んでいくと、やがて一つの検問があり、制服の上から透明なレインコートを几帳面に羽織った、歳若い警官が近づいてきた。
「君たち、おうちの人はどうしたのかな。悪いけど、この先は明日の午前六時ごろまで通れないんだよ」
「オッチャン、オレたちプロのハンターなんだ」
ライセンスを提示してキルアが言うと、警官は失礼しましたと敬礼した。無線で上に確認をとり、すぐに奥の道へといざなわれる。パトカーにお乗りくださいという申し出を後ろに置き去り、ゴンは、そしてキルアも後を追って駆け出した。
星明りを遮る黒雲の下、照明もなく、車両のライトも見えない道路を、九つの影が駆け抜けていた。雨の中、水の流れるアスファルトを、いくつもの靴裏が叩いていく。時速七十キロを大きく上回る走行速度は、彼らの基準で考えれば、軽いジョギングのようなものだった。視界には光源がほとんどない。街の光は雨で届かず、星の光は黒雲が遮り尽くしていた。それでも、彼らは乏しい光を卓越した視力で拾っていた。
「まて、何かある」
ハイウェイの途中に異常があった。クロロが真っ先にそれに気付き、即座に全員が確認した。それは色の見えない霧であった。
眼前、暗黒に近い闇夜の中でなお暗い、不自然に濃厚な闇がある。重い毒ガスの如く沈滞していて、旅団の進路を塞いでいた。一切の光を通さない、黒より黒い闇色であった。ウボォーギンが突撃の許可を求めるが、団長は否と言って停止を命じた。五十メートルほども距離を開けて旅団は止まり、自然な流れでボノレノフとフランクリンが前に出た。遠距離攻撃をする際に、射線を確保するためだった。
「さすがだね。団長」
アルベルトの声が、闇の中から発せられた。姿は見えず、垂れ流すオーラも感じないが、いざ存在を認識すれば、団員達は彼の気配を肌と直感で感知できた。間違いなく、彼はあの黒い霧の中に潜んでいる。
「出立がてら、最後のお宝の調達かい?」
まるで仲間のように馴れ馴れしく、彼の声が語りかける。フィンクスのこめかみが引きつるが、クロロが背中越しに左手を振り、シャルナークとコルトピが両脇から制した。
「それが、お前に何か関係があるのか」
クロロはあくまで冷徹だった。アルベルトなど一瞬で蹴散らせるだけの武力を配下に持ちながら、右手に本を開いたまま、黒いコートに包んだ体を雨中に自然体で置いている。油断もなければ慢心も見えず、あるがままの姿だった。
「盗んだ端から団長に預けて、そのまま公共の交通機関で脱出しつつ現地解散の予定なんだろうけど、悪いけど、させないよ。マフィアにも、伝手を通して情報を流しておいたから」
そこまで耳を傾けると、クロロは軽く鼻で笑った。
「知ることと防ぐことは別だろう」
「ごもっとも。だけどね、だからそこ僕はここにいる」
アルベルトはあくまで穏やかだった。マフィアどころか軍隊をも翻弄する幻影旅団の実力を知りながら、どこか余裕をもって相対している。マチが不自然さを嗅ぎとり不信感で表情を微動させた。
「お前の出る幕は今更ねぇよ」
毒々しい声でノブナガが言うが、ウボォーギンに制肘されて口をつぐんだ。他の団員達からも睨まれていた。クロロが代表しているからには、無意味な横槍は無用だった。どの道、裏切り者の運命は既に決まっている。決闘はない。仕事前に露骨な時間稼ぎを許すほど、彼らの頭は短慮ではなかった。
「言い残しておきたい事はあるか」
「いや、特に何も」
「そうか。ま、いい」
クロロは左手を軽く挙げた。彼が用済みなのは明らかだった。故に、消す。単純明快な道理であった。旅団の戦力は過剰すぎる。左手が振り下ろされた時にはもう、アルベルトは微塵になっているだろう。
「僕が、シズクを殺したのはどうしてだと思う?」
ふと、アルベルトの声が、そんな事を尋ねた。
時を同じくして、旅団には知る由もなかったが、ヨークシンで小規模な爆発があった。そこは厳重に隔離された地下室であり、男が一人、数日間監禁されていたのだった。結果、書物のページがひとつ消えて、クロロのポケットで何かが弾けて消失した。
突如として、空中に競売品が出現した。コートのポケットを突き破り、大量の物品が溢れ出てくる。玩具箱をひっくり返したような有様だった。
同時にアルベルトが踏み込んできた。至近から何かを発射する。重く大きく初速の遅いその物体は、対戦車ロケットの弾頭だった。フィンクスが即座に反応した。凄まじい瞬発力でダッシュして、未だ加速中の弾体を素手でひねって軌道を変える。その先には打ち合わせたようにウボォーギンがいた。彼は両手を広げて迎えている。ロケット弾が分厚い胸板に着弾した。瞬間、巨躯が抱え込む様に抱き締められる。爆発の轟音と火焔が舞うが、それで全ては終わりだった。メタルジェットは猛威を振るわず、鋼鉄の肉体に閉じ込められて完封された。仲間の誰にも被害がないよう、クロロには破片の欠片も行かないよう、全身を盾に防いだのだ。現代戦車の側面装甲さえも貫く威力の兵器だったが、結果、彼の皮膚をささやかに暖めるだけで役目を終えた。
故に、気付かなかった。光と爆風にまぎれるように、人影が猛速で飛来したのを。黒い靄を吹き飛ばしつつ、市街地の方向から数キロに渡る超加速にて。刹那、幾名かの団員は確認した。アルベルトがいたであろう場所の隣に、鋼鉄の杭がアスファルトに深く打ち込まれていたのを。
ヒソカの体躯がクロロに迫る。伸ばしに伸ばしたガムの収縮。音速を軽く超えるしなやかな蹴りに、周りの全員が間に合わない。それでも、クロロの反応は的確だった。宙を泳ぐ戦利品を一瞬で見捨て、無くした能力に見切りをつけ、新たな念を発動する。マリオネットプログラムが起動して、脳と肉体のリミッターが全て外れた。オーラが絶大な増量を見せ、筋力が平時の限界を超える。
思考速度が加速した。空中浮遊さえ成し遂げた高度な制御が、性能を更に増加させた。脳がヒソカの弾道を予測する。算出される弾着の各種データを見極めながら、左腕にオーラを集中させる。オーバークロック2、プログラムで再現した火事場の馬鹿力を源泉に、増幅されたオーラの顕在量の全てを用いて、彼は左手に硬を形成した。直後、マリオネットプログラムを解除する。ページは既に切り替わり、【龍頭戯画(ドラゴンヘッド)】が起動していた。タイムラグはほとんどなかった。オーラの制御から威力に繋げる、クロロならではの高速発動。世界で彼にしかできないコンボ。借り物である利点を存分に活かし、龍を纏った拳を握り、超常の一撃を打ち放った。
衝突。世界が白亜に染まりきった。地平線の果てまで極白に染まり、夜中の大地に真昼の太陽が出現する。威力は完全に互角だった。だがしかし、慣性までは殺せない。バンジーガムが粘着して、クロロの肉体を掻っ攫って、地平線に吸い込まれるように飛んでいった。はるかな荒野の方向へ、二人の男は消え去っていった。
攻防は終わり、後には、静けさだけが残された。
競売品が地面に当たり、割れる音、壊れる音が聞こえている。一箱数億は堅い人類の宝が、見る間に価値を減じていく。だが、もはや誰も興味はなかった。アルベルトに視線が集中している。彼は既に闇を纏わず、混乱に紛れ、団員の至近を抜けて彼らの後背に踊り出ていた。いくつもの死線を横切りながら、誰か一人は確実に殺せるだけのチャンスが目の前にありながら、一度も攻撃に転じず駆け抜けたのだ。
先ほどまでとは間逆の位置どり。荒野の方面を塞ぐ場所。その意図はあからさまに明白だった。
レオリオは乗用車のハンドルを握りながら、助手席のクラピカを横目で観察し続けていた。彼は携帯電話を握り締めて、先ほどからスクワラと話し込んでいる。重点的に見張っていたポイントの一つ、市内を内陸部と接続するハイウェイの一つが、突然封鎖されたというのである。ハンター協会を正式に通した、プロハンターからの要請だった。
「レオリオ、クラウスという名のハンターに心当たりはあるか?」
通話中のマイクを押さえてクラピカが尋ねた。センリツの名義でヨークシン市警に問い合わせたところ、得られた回答にあった名前がそれらしい。レオリオは一寸ばかり記憶の底を洗ったが、すぐに首を振って否定した。クラピカは一つ頷いて、スクワラとの通話を一旦切った。直後、ホテルのリンセンに連絡を入れる。ライト達のそばで待機している彼に電脳ページで調べさせたところ、略歴はすぐに探し出せた。
その男は、殺害専門のブラックリストハンターを自称していた。とどめとしての戦闘がありうる案件にのみ参加して、腕力に物を言わせて犯罪者を殺すスタイルである。相当な腕利きとして名を馳せたらしいが、既に過去の人物だった。二十年ほど前、当時シングルだった彼は突如として引退を表明している。その後は祖国で小さな道場を開き、主に教育者として活動している。
男のフルネームはクラウス・レジーナ。ハンターサイトの情報によると、実子と養子が一人ずついる。携帯のスピーカーからその情報が流れた時、レオリオとクラピカは顔をあわせた。
「なぁおい、レジーナって姓は」
「ああ、そう考えて間違いはあるまい」
知らず、レオリオのアクセルを踏む足に力が入った。彼らの乗る自動車が加速する。クラピカは携帯を握り締めて黙り込み、己の思考に没頭しだした。今回の一件、情報を最も持っているのはアルベルトとヒソカと見て間違いない。だからこそレオリオも瞬時に悟った。旅団は、その道路からやってくるということを。
「今、センリツからも連絡があった。念使いの少年二人、ゴンとキルアらしき人物が、そのハイウェイに向かうのを目撃したそうだ。……相変わらず羨ましい生き方を貫く奴だ」
突然、クラピカが穏やかに笑いだして、レオリオはぎょっと驚いた。気が触れたのかとも思ったが、すぐにそれは杞憂だと分かった。
「仕方がないな。ああ、本当に仕方のないことで悩んだものだ」
幼い子供のように無垢な瞳で、クラピカは己が憎悪の始まりの場所に立ち戻っていた。色の入ったコンタクトを外し、真紅に輝く伝説の美色を、一族の誇りを晒してみせた。あの二人には借りができたなと、外を眺めて呟いていた。
「レオリオ、私にははっきりと分かったよ。幻影旅団は許せない。だけど、仲間を失うのはもう嫌だ。……だから私は、すこし、高望みして生きてみようと思うんだ。……あんな奴らに、妥協なんてしてやるものか」
旅団が散るのを待ってからでも、実際に隙をつけたかは分からない。しかし可能性は少なくなかった。賭けるに足る要素は揃っていた。それでも、不意打ちの機会を投げ捨ててまでも、彼は、仲間と戦うほうを選んだのだ。
「レオリオ、オレと一緒に来てくれるか」
「……ああ、勿論だ」
その時、レオリオが感じたのはまず安堵であり、続いて訪れた激しい羞恥と自己嫌悪であった。彼は表に出さないようにこらえながら、自分への憤慨に燃えていた。クラピカを見守ると決めながら、特定の選択を勝手に期待していたのだと、痛烈に思い知ってしまったのだ。もし彼が別の選択をしていたなら、レオリオは軽蔑の情を抱いたかもしれない。たまらなくそれが嫌だった。
「じゃ、あいつらもついでに拾って行くか。どうせ徒歩だろ、なあ」
「そうだな。センリツはそのように言っていたよ」
だからこそ、明るく声を上げながら、レオリオは密かに決意していた。この罪悪感も鬱憤も、全てを奴らにぶつけようと。そこに実力差についての計算はなく、ただ、男としての意地であった。
荒野を背に、街と旅団を前にして、アルベルトは冷静に佇んでいた。少なくとも、表面上は平静だった。路面の堅さを靴裏で確かめ、打ち終えた対戦車ロケットの発射機を横へ投げ捨てて、手榴弾を一つ懐から取り出す。眼前には蜘蛛。世界最凶の盗賊団。対して、彼は三流以下である。念能力者と呼べるかどうかすら怪しい。纏も使えなず、全身からオーラを乱雑に噴き出し、無秩序に気配を撒き散らしていた。近代兵器の助けがなければ、牽制すらも難しかった。
「やってくれたな」
低く、地獄のように重くシャルナークが唸った。爽やかなマスクの青年であるが、今の彼は別人にも等しい。やや伏せた目からは火花の如き怒りが飛び散り、露出した筋肉質の両肩には、何か、深すぎる感情が沈澱していく。自作の携帯とアンテナが、左右の手中に収まっていた。シャルナークは対人操作を専門にしている。彼の一撃を受けただけで、アルベルトは敗北に至るだろう。
「たいしたもんだね、アンタ」
マチが言った。乾いた喉を震わせながら。彼女は、旅団への想いが人一倍強い。そんな彼女が、アルベルトのした事を止められなかった。その憤慨、己を燃やす激しい悔恨、内側から湧き出る無限量の憎悪、いかほどの域に達したのか。あらゆる激情を糧として、身に纏うオーラが繊維にほどけて紡がれていった。両腕に糸が巻き付いていく。それは非情な凶器だった。その気になれば恐らくは、ダイアモンドの糸をまぶしたよりも、彼女の糸は切れるであろう。
「おい、こいつだけはオレにやらせてくれ。後で制裁を受けてもいい。あいつはオレがぶった切る」
沸騰寸前の血流に耐えるような形相で、ノブナガは遠間から居合の構えをとって言った。彼はもう、周りの何も見ていない。右手を腰の刀の柄に添え、周囲に円を展開し、今にも踏み出す寸前だった。あの円がアルベルトに触れた刹那、神速の斬撃が瞬くのだろう。
「待てよ。全員でだ。決闘なんてしてられねぇ」
歯を噛み締め、口の端から血の混じった泡を漏らしながら、フランクリンがどうにか吐き出した。ともすれば彼自身が全てをぶち壊しそうになりながら、辛うじてそれだけの理性を保持したのだろう。語ってしまった後はもう、微動だにせず沈黙していた。十指をアルベルトに照準しながら、いつでも放てるだけの態勢でいながら、決定的な一瞬を求めて凝視していた。重量級の肉体が静止している。鼓動が夜気を暖めている。それは人型の砲台だった。戦場に佇む戦車だった。片側だけ長い耳朶がそよぐ。歯列から漏れる吐息まで、含有するオーラで闇夜にぼんやりと浮かんで見えた。
「お前はずっと、あれをする機会をうかがっていたのか」
比較的冷静だったボノレノフが、密やかな賞賛を込めてアルベルトに尋ねた。真に殺すべき者と見据えた目であった。誇りを傷つけるだけの資格を得た、そして今まさに傷つけた、敵として見定めたしるしであった。
「もちろんだ。幸運だったよ、梟の能力をあの時知って」
殺意に苛まれながら彼は応じる。アルベルトにとって、これは想定内の窮地であった。惜しむらくはただ一つ。これより適切なタイミングを、クロロのすぐ傍で計れなかったことだ。ならば……。
「もういいだろ」
フィンクスが乱暴に吐き捨てた。ジャージの下で、鍛え抜かれた闘争用の筋肉が唸る。その体躯は何よりも逞しかった。実用性を追求し尽くし、洗練されすぎた均整が故、いっそ平凡に見える整った肉体。こと、バランスという一点では、蜘蛛の誰よりも上だろう。
「こいつはただの足留めだ。さっさと倒して、とっとと団長と合流しようぜ」
怒りすぎたが故に冷静となり、冷静となって怒りを抱いて、フィンクスは煮えたぎりながらも理性を捨てずにそう言った。
「させると思うか?」
アルベルトは応じる。代償となるべき負担は大きい。当然だった。それだけの意義がなかったなら、あの時、友人を見捨てる覚悟をし、妹と戦いはしなかっただろう。一般人の虐殺に加担した上、数多くの同業者たちを拷問してまで、保持したかった立場があった。それを失ってしまったならば、別の手で補わなくてはならないのだ。
「……だから、その埋め合わせには命を賭そう」
旅団は強く、手段は乏しい。アルベルトは自分の無力さを改めて感じた。彼らの用いるオーラの流れの、何と美しく雄々しいことか。こうして向かい立つ己の念の、なんと拙く矮小なことか。昨日の決闘さえも生ぬるく思える、本当の窮地がこの場にある。
「早くしよう。そろそろボクも我慢できない」
いとも簡単にコルトピがいう。気負いはない。当然である。彼らには、ここで負けるという懸念はない。しかし、誰よりも実力差を痛感しながら、アルベルトはおもむろに口を開いた。安い挑発だとは知りながら。
「君達全員、僕一人で止める」
ウボォーギンの歯軋りが大きく響き、口の端から一滴の血が滴り落ちた。雄々しいオーラが湧き立っている。肉体の強さ突き詰めた、動物としてのヒトの最終形態。原始の英雄。物言う猿の頂点に立つオス。その本領である筋肉が、限界まで引き絞られて縮んでいく。巨大な体がうずくまり、体内にパワーが溜められていく。
「あたし達全員を、一人でかい?」
「無理だと思うか? なら、さあ、おいでよ」
左手に手榴弾を乗せながら、アルベルトが手招きして挑発した。それが限界の時だった。咆哮が爆ぜた。アスファルトが蹴られ、爆発が起きる。他のメンバーも負けてはいない。巨人の猪突に追従して、それぞれが霞むような速さで疾駆した。フランクリンの両手が絶え間ない轟音を爆裂させ、ボノレノフの包帯とグローブが内側から弾けた。
念弾が左右に掃射され、逃げ道を完全に埋め尽くした。奏でられる音楽のリズムに乗って、全周から、剣の舞がアルベルトを襲った。具現化された数多の刃物が、生き物のように舞曲を踊って飛来してくる。避けることは不可能だった。単純に、避け得るだけの隙間がない。耐えることは不可能だった。純粋に、攻撃の威力が高すぎる。そしてなにより正面からは、巨大な、獰猛な破壊の化身が迫っている。
突撃は断頭台の如きリズムだった。力強くも破滅的で、激怒に染まった足音である。明確に死を連想させる破壊の連鎖が、アスファルトを踏み砕きながら接近していた。
ウボォーギンが迫ってくる。あと三秒。彼は手榴弾のピンを抜いて、起爆するためレバーを外した。
心を静めて尖らせた。命を燃やした果ての果て、死という事象の境に肉薄して、アルベルトは無へとダイブを始めた。脳神経が焼けそうだった。世界が真白の海に沈み、生き物の気配だけが浮かび上がった。長く臨死で居続けたが故の、神業にも近しい皮膚感覚。それだけが、今の彼の取り柄だった。
接触までほんの一秒もない。これを避けても生き残れない。だからこそ、アルベルトは靴裏で路面を軽く蹴って、踊り出るように走り出した。
ウボォーギンの巨躯が荒れ狂う。それは灼熱の台風だった。おそらくほんの少し攻撃に掠っただけで、人体を構成する水分が爆ぜ、全身が赤い霧に変わるだろう。そう確信するだけの迫力が、至近から見上げる巨人にはあった。
血走った両眼と目が合った。アルベルトを上から潰そうと、右の拳が振り上げられらる。その眼前に、彼は左の掌底を放つ。瞬間、手の内の手榴弾が作動した。闇夜の中に爆発が起こり、爆風が、破片が、そして紅蓮の閃光が、唐突にウボォーギンの顔面を覆った。
その下をくぐる。爆発の下、地面すれすれを滑るように、アルベルトは跳ぶような速さで疾走する。近づくことは悪手だったが、離れれば念弾の餌食となる。触れるか触れないかのぎりぎりを、ツバメの如く掻い潜った。
すれ違いざまに右手を振るう。狙いは低い。五指はオーラで強化された強度を伴い、ウボォーギンのアキレス腱を鋭く斬った。尋常の念能力者程度の強度であれば、この一撃で肉深く、骨の芯まで斬れたであろう。だが、もとより、敵の肉体は尋常ではない。鋼鉄の皮膚は小揺るぎもせず、血の一滴も出なかった。しかし、その程度はアルベルトも承知の上だ。狙いは念糸。昨日の傷を塞いだはずの、マチの施した手術の痕跡。それを、断った。
ハンゾーの与えた傷口が開き、アキレス腱が破断する。いくらウボォーギンの自己治癒力でも、あれだけの深手を与えられて、一日で完治まではいかなかったようだ。巨体が揺らぎ倒れていく。旅団員たちが驚愕している。ゆっくりと、呆れるほどにゆっくりと流れる時間の中、ウボォーギンが転倒した。薄氷のようにアスファルトが割れ、土砂が水柱の如く立ち上がった。飛来してきた刀剣類が、その余波で軌道を乱され砕けていく。
アルベルトは空を飛んでいた。あえて土砂に巻き込まれ、空高く打ち上げられたのだ。ボノレノフの能力を避けるため、とっさに選択した苦肉の策。それを見切ったノブナガが、刀に手を添え腰を沈める。上から見下ろすアルベルトは、死を予感して背筋が凍えた。もとより不可避の居合である。飛び掛られたら、空中で避ける術など尚更ない。
その時、マチが何かを大声で叫んだ。音が耳に届くよりも早く、ウボォーギン以外の、動ける団員が全力で散る。紙一重の差異を挟んだ後、流星雨の如き光が流れた。それは曳光弾の軌跡であった。ハイウェイの左右から挟むように、遥かな岩山からこの場所まで、超音速の弾丸が降り注いだ。紛れもなく、機関銃による長距離からの射撃であった。
間に合ってくれたと、アルベルトは着地しながら安堵した。バックステップを強く刻んで、旅団を塞ぐ位置を確保する。銃弾の雨は未だに止まない。道路の外側、左右の地面から爆発が爆竹のように連鎖している。散布地雷。簡易に設置した埋めない地雷。本来、旅団には玩具以下の代物だろう。数もそれほど多くなかった。だがしかし、暗黒に近いこの状況下では役に立つ。事実、ようやく止んだ銃撃の跡地に、彼らは次々と戻ってきた。怒りで形相を歪めながら。
再び、旅団と無言で対峙した。クレーターの中でしゃがみながら、ウボォーギンが凄まじいオーラを今にも解かんと溜め込んでいる。コルトピが両手を掲げて構えた。彼が物体を複製したら、バリケードも容易に構築される。フランクリンが太い指を向けてきた。今度は直接狙ってくる。マチがゆっくりとウボォーギンへ歩く。彼女に傷口を塞がれたら、もはや、再び突撃を防ぐ術はない。しかし、アルベルトの状態は最悪だった。
爆風で全身が痛んでいる。皮膚は傷つき、オーラは減り、骨の中にも軋みがあった。何よりも重症なのは左手である。手首から先が存在しない。おぼろげな凝での肉体強化は、手榴弾の威力にこの程度耐えるのが限界だった。砕かれた二の腕はぐしゃぐしゃになり、筋肉と骨とが混ざっていた。
まだ、時間はろくに稼いでいない。
「弱いね」
聞こえるように、ぼそりと言った。体が圧壊しそうな怒気が叩き付けられる。彼は涼しげに鼻で笑って受け流したが、どれだけ虚勢を張れば気が済むのだろうと、内心で強く自嘲していた。閃光手榴弾を一つ放る。それを合図に、遠距離から機関銃が掃射された。
「憶えてるかい? 君たちが蹴散らした軍人たちだ」
両腕を広げ遠景を示して、アルベルトは歌うように言葉を紡いだ。某国陸軍の特殊部隊。敵地への先行潜入を主任務とするエリートである。露見すればこの国と戦争状態になること必然な、ぎりぎりの綱渡りに等しい助力であった。例え復讐という目的があったとしても、国家として、犯していい冒険を越えている。だというのに、彼らはチームを選抜し、喜び勇んで駆けつけてくれた。こうして役割を果たしてくれた。
全ては、幻影旅団を討つために。
アルベルトに念能力者としてのこだわりはない。もとより彼は異端である。アマチュアハンターの時代から、必要さえあれば、当然のように火器の選択を視野に入れた。嫌っていたのは性能ではなく、露見性の高さだけであった。彼の戦闘はシステマチックだ。どうしようもなく、悲しいほどにそうであった。
「マチ、ウボォーを治療してやってくれ」
銃撃の中に平然と佇み、アルベルトの挑発に興味も示さず、シャルナークが仲間へ指示を出した。彼女はそれに頷きながら、ウボォーギンの傍でしゃがみこんだ。攻撃する絶好の隙であるが、アルベルトの視線を遮るように、フィンクスとフランクリンが立ち塞がった。いっそう強固に燃え盛る堅が、機関銃の銃弾もものともせず、城壁のごとく微動だにしない。あの二人に防御に専念されれば、アルベルトに突破することは至難だった。
つまるところは足りないのだ。命を絞る覚悟が足りない。より深く死の淵へ向かって沈みながら、アルベルトは己が皮膚感覚をさらに鋭く研ぎ澄ませた。神経細胞が悲鳴をあげ、額に焼け付くような痛みが張り付く。脳の活動が活性化して、左腕の痛みが倍化する。それでも、噴出し続けるオーラを糧に、漆黒の塗料を具現化した。
ポックルは孤独な終わりを迎えつつあった。誰もいなくなった暗い荒野で、冷たい雨にさらされていた。地面を流れる泥水が、せせらぎのように顔を濡らした。失った半身を補う半個体状の液体が、先刻から不定期に脈動している。内在していた力の気配がない。表面が破れ、中身がとろけ出る寸前のような、とかく不安定な蠢きであった。
意識をわずかでも緩めたとき、彼は昇天するであろう。このまま苦しんでいたところで、ポックルに為せることは何一つない。それが分かっていてもなお、彼は命にすがりついた。魂を此岸に留めたのは、血液のように体を満たす鈍い痛みと、脳髄を熱く燃やす無念であった。理解していたのだ。ビリーと名乗った、彼に仮初めの体を与えた少女が負けたことを。ポックルが一矢を当てた大男が、幻影旅団の一員が、至極平然と生きていたことを。
彼は何もできなかった。命を捧げ、未来を棒に振ってまで為そうとした血みどろの願いは、一つの命も奪えず潰えつつある。が、それを運命と受け入れることは、それだけはポックルにはできなかった。苦しみは辛い。足掻いた先に希望は無い。それでも、足掻くことをやめるのは悔しすぎた。何もかも無駄だったと認めたくなかった。たったそれだけの執着で、彼は、這いずるように地べたに倒れて喘いでいる。
死は刻一刻と近寄ってくる。口の中の泥を噛み締めた。
ありふれた敗者の末路だった。
漆黒の霧があたりにたゆたう。眼球の機能しない真の闇では、自分の体さえもが見えはなしない。その中で、アルベルトは全速力で戦っていた。この能力はひどく脆い。旅団のオーラで劣化し尽くし、再び具現化しては崩壊していく。体力の消耗が酷かった。
人間の心身はとかく不便だ。体が痛く、だるく、ひたすら辛い。それでも、力を得なければ殺されるだけだ。生命の力を炉心にくべ、魂を削って死力を絞り、アルベルトはオーラをさらに搾り出した。
ノブナガが至近に踏み込んできた。速い。薄く展開されたオーラを肌で感じる。思考している暇もなく、全身全霊でステップを刻んだ。直後、鉄の風が頬を涼やかに撫でていった。そう認識することしかできなかった。頬から鮮血が噴出してなおも、痛みすら感じられない神技だった。アルベルトにとって、最大の脅威が彼であった。視覚に頼らない円の使い手。速度と威力に優れる居合は、放たれてしまえば対処は不能だ。必然、先読みに賭けて避けるしかなく、それでもバランスが崩される。純粋に、肉体の性能がついていかないせいである。
そして、ボノレノフ。彼はアルベルトの背後にいた。巨大で神秘的な仮面をかぶり、鋭すぎる踏み込みで回り込み、今まさに、槍で突こうという体勢だった。雄大なシルエットの石槍に、壮麗なオーラが宿っている。ファントム・ブラックは掻き消され、闇色の濃霧が切り裂かれていく。精霊に捧げた奏楽の舞踊は、体捌きとしても一流だった。
回避はできない。するつもりもなかった。アルベルトは振り向きざまに左腕を振るい、ボノレノフの双槍を迎撃した。当然のように押し負けて、彼の体は吹き飛んだ。その先にはシャルナークの気配がある。アンテナを手に、勝利を確信した顔で待ち構えている。あれが刺されば敗北だった。だがそれでも、連携に翻弄されるだけではジリ貧だ。
より広く、深く、あらゆる事象の詳細な把握に努めながら、アルベルトは勢いを得たままシャルナークへ向かって肉薄する。左腕はもう、肘から先が存在しない。痛いという感覚とはなんだったのか、それさえ忘却する激痛に耐えながら、右腕にオーラを集わせる。
刹那、顔面に無慈悲な金属針が打ち付けられた。
はずであった。
シャルナークを幻惑した虚像が消える。肢曲という闇の世界の秘技である。能力の補助もない猿真似だったが、自分と相手の全てを把握し、辛うじて残像一個分の歩法は成功した。無防備に腕を振りぬいた脇腹に、渾身の掌底が打ち放たれた。シャルナークの体が吹き飛ばされる。致命傷を与えた手応えはなかった。
路面を削って勢いを減じ、コルトピが具現化した土石流の如き土塊を避ける。時の流れが遅かった。主観では何年も戦っているような有様だったが、現実には、まだ、ほんの、一分経ったかどかだろう。手榴弾は既に一つもない。遠距離から銃撃していた特殊部隊は、フィンクスに投石されて皆殺しにされた。
念弾の雨がアルベルトを飲み込む。が、アルベルトは流れの中を駆け出した。回避する動作も最小限だ。至近距離を掠めるオーラの弾が、彼の肉体を削っていく。右耳が、左肩の肉が吹き飛んだ。フランクリンを屠ろうとアルベルトは駆ける。それは確かに無茶だったが、本人は無謀と考えていなかった。彼はいまだ、生き残りたいと願っているのだ。
アルベルトは人を愛したかった。人として人と暮らしたかった。だから、帰って、まずはエリスから始めよう。
結局、数式めいた理論化などはできなかったが、素朴な愛情は確かにある。つがいを愛するという原始的な心。それは肉欲の発露かもしれない。ただの生殖本能なのかもしれない。少なくとも、洒落た高級な感情ではない。しかし、アルベルトはそこに万感の憧憬を見出した。それだけでいいとあの夜に決めた。ふっきれたのだ。キャロルを殺した瞬間に。
念弾の河を遡上して、アルベルトはフランクリンの懐に入り込んだ。発でオーラを用いるが故、堅が薄くなっている。それでも相手は屈強である。ただの殴打は通るまい。だから、右手が緩やかにすぼめられた。貫き手。柔を束ねて剛を貫く、義父より託された牙であった。シズクの心臓もこの技で穿った。
フランクリンの防御は間に合わず、アルベルトは一人目の殺害を確信した。そう、横合いから殴り飛ばされる寸前までは。彼がその時目にしたのは、腹に当たるウボォーギンの拳だった。
「待たせたなお前ら!」
下から掬うように腕を振りぬき、ウボォーギンが嬉しげに叫んだ。堅をしてフランクリンの弾幕に果敢に飛び込み、仲間の窮地を救ったのだ。治療は既に完了していた。丁寧な、完璧ともいえる施術だった。アルベルトは冗談のように吹き飛んで、路面に強かに打ちつけられた。
「あんたも終わりだよ。諦めな」
幾重にも念糸を編みこんで、鞭の如き何本もの縄を形成しながらマチが言った。長さと強さを両立させる、高度な応用技の一つだった。それに囚われた暁には、アルベルトに逃げ出す術などあるまい。しかし、それでも。
立ち上がりながらアルベルトは思う。まだやれると。オーラはあとわずかだが残っている。致命的なダメージも未だに負っていない。右目が熱く、頬にどろりとした液体の感触があった。眼球が衝撃で内側から爆ぜ、視界が半分消失していた。右手に力を入れたとたん、胃の腑から大量の血を吐いた。感触から、内臓がいくつが破裂しているのを彼は知った。左肩から流れるとめどない血が、体温を急速にこぼしていく。それでもまだ、致命的なダメージは負っていない。
稼げた時間はどれほどだろうか。アルベルトの能力はまだ戻らず、旅団の戦力は一人も減らない。が、まだ諦めるには早いと思った。噴出し続けるオーラを糧に、再度、ファントム・ブラックを具現化する。靴の裏で小石を踏みしめ、次なる攻勢に出ようとした。そんな彼に、マチが念糸を手にして近寄ろうとした。哀れみで眉を歪めさえして、オーラを威圧的に撒き散らしながら。
その時だった。ヨークシンシティーの方向から、猛然と一台の車が突っ込んできたのは。それは白いありふれた乗用車だった。濡れた路面を切り裂いて、トップスピードのままに突入してくる。明らかに旅団への攻撃を兼ねた、アクセルベタ踏みの運転だった。が、全ての団員は軽々と避ける。ハンドルが切られ、車両はスピンしながら減速した。ブレーキが金属的な悲鳴を上げて、アルベルトの前で停止した。
ドアが内側から蹴り飛ばされ、小さな人影が一つ、躍り出た。
マチの正面に誰かが迫る。両手で両腕を拘束して、その人物は頭部を思いきり仰け反らせた。そして、硬で強化した渾身の頭突きが、強い感情をぶつけるように、荒々しく乱暴に彼女を見舞った。アルベルトは残された左目を見開いた。突如乱入してきた人物は、どう見てもゴンであるとしか見えなかった。
無論、それを見逃す旅団ではない。ボノレノフの槍が真っ先に迫り、ノブナガが、シャルナークが、フィンクスが、乱入者を攻撃しようと襲いかかる。が、もう一人の人影がゴンを小脇に抱えて跳んだ。彼は旅団の攻撃を次々と避け、素晴らしい反応でひたすら逃げに徹し続け、数秒で車の付近まで離脱した。そこにはもう、クラピカが鎖を具現化して構えている。積年の憎悪がこめられた、驚異的なオーラを纏いながら。
「お前なぁ! ホントっ、お前はなぁ!」
小脇にゴンを抱えたまま、荒々しく息を切らしながらキルアが言った。全身、汗をぐっしょりとかいている。だが、ゴンは悪びれもせずにふてぶてしく、あっけらかんと放言して見せた。
「大丈夫だって言ったじゃない」
「おまっ……!」
「だって、キルアが止めてくれるんでしょ?」
「うおっ! マジでありえねぇよオメー!」
呆れ果てて叫びながらも、キルアはどこか嬉しそうにアルベルトには見えた。クラピカも同じ感想を抱いたようで、くつくつと喉の奥で笑っていた。
「まったく。だが、彼らには借りができてしまったな」
クラピカは言う。アルベルトは信じられない気持ちだった。四人がこの場に現れてから、否、正確にはゴンという少年が加わっただけで、雰囲気があっという間に変わってしまったのだ。ゲームを攻略するかのような、真剣だがどこか楽しみすら隠れていそうな空気であった。
レオリオがアルベルトに残った右肩を叩き、暴れてやろうぜと気軽に言った。それだけで心に活力が涌いて、体が不思議と軽くなった。彼らが死ぬ可能性はあまりに高い。アルベルトの目標は生存だったが、旅団を相手に、仲間の安全などは保障できない。だというのに、四人ともこんなにも前向きだった。アルベルト自身、根拠の無い自信に満たされている。
「……あいつらを止めよう。オレたちなら必ずそれができる」
ゴンが改めて言葉にして、残る全員が頷いた。
次回 第四十話「奇術師、戦いに散る」