初弾命中。体内炸裂、——発動。撃破確認。体内データ異常無し。環境データ微修正。次弾装填。投射。
掃射される飛礫の嵐。絶叫を上げる人面鳥。念で強化および操作された石塊を喰らって無事で済むはずもなく、重力に負けて大地に次々と吸い込まれていった。蜘蛛の糸を切られた亡者達のようだなと、なんとなく、その光景をみて考えた。
襲われかけた受験者が蒼い顔で戻ってくる。幸い目立った外傷はなく、人面鳥も既に遠巻きに眺めるだけだったが、念のため、トリックタワーの外壁をもう少し砕いて予備弾を確保しておく。一流のロッククライマーを自称するだけあって、こんな状況でも速く、しかし焦らず的確に壁を掴むのは流石だった。
すぐに頂上まで辿り着いた彼に、ありがとう、ありがとう、とこちらが困惑するほど頭を下げられた。実のところ、僕に感謝されるいわれはない。横から手を出したのは、エリスに必要ない人死にを見せたくなかったから。それだけだ。
しかし、これで実際に確認できた。僕のコンディションは悪くはない。昨晩、飛行船でじっくり休めたのが大きかった。完全回復まで、もうしばらくといった所だろうか。
「どうする? 降りようか?」
今し方一人の受験者が食われかけた外壁を見下ろして、僕はエリスに尋ねてみた。その背から生み出される翼は、本来空を飛ぶためのものではないが、しかし飛行するという機能を立派に果たす程度の融通は効いた。この程度の高所から滑空して軟着陸するぐらい、彼女にとっては容易いだろう。もっとも、能力の発動自体がリスキーなのだが。
僕の方も問題はない。指の筋力を強化するなり、指先のオーラを鍵爪状に変化させるなり、外壁を伝う方法はいくらでもあった。なんならエリスを背負ってもいい。怪鳥も、念能力者の前では小鳥に等しい。加えて、七十二時間という制限時間。少々オーラを消費した所で、回復に困る道理がない。ヒソカ戦でのダメージを考えても余裕があった。しかし……。
「別の道を探しましょう? 飛ぶと目立っちゃうし、なにより、あまりズルはしたくないわ」
友人知人と対等でありたいのだろう。稚拙だが、とても純粋な願いだった。エリスの意見を採用する理由はその一言で十分だったけど、あえて付け足せば、外壁攻略は試験の裏事情という面からみても難があった。
なぜなら、この試験は明らかに外壁以外のルートで攻略することが試験官の思惑と推測できるからだ。この程度の高さの壁面を伝って降りるのに、七十二時間という設定は過剰だった。であれば、正規の道であるはずの塔内部を進ませたい試験官からすれば、外壁ルートはかなりリスクの高い設定にしてあるはずだった。それが怪鳥以外の直接的障害などであればまだいいが、最悪なのが試験の評価そのものに関わるリスクだった。この試験自体は下に降りればクリアだそうだが、今後仮に、同着者の振り落としやシード権の選考、ハンターライセンス取得後の初期評価などに関わってくるなら話は異なる。
そしてもう一つ。
ちらりと後ろを伺ってみる。そこには例の奇術師がいた。外壁攻略が僕程度の念能力者で容易いのなら、ヒソカにはもっと容易いだろう。粘着性のオーラも大いに役立つ。再戦を求めて追ってこられたら、どう見ても僕に不利だった。
さて。塔内部から攻略するなら、侵入口を開けるか隠し通路を見つける必要がある。足下へ向けて円を展開しながら歩いてると、ゴン達のグループに声をかけられた。
「隠し扉があと一人分?」
「うん、あるみたいなんだ」
足下に深く円を伸ばした所、それら五つの穴は十メートルほど下にある単一の部屋につながっていた。彼等の話も総合すると、五人用のルートといった所だろうか。エリスと目を合わせる。ゴン達なら人格的にも能力的にも、妹を任せるのに不満はなかった。
「エリス。僕はいい機会だと思うけど、どうする?」
しかしエリスは首を振った。
「残念だけど、遠慮するわ。心配だもの。アルベルトを一人にすると、きっとまた無茶をするんだから」
ヒソカのいる方向に視線をやって彼女は言った。
「ごめんなさい。そういうことだから、二人で進める道を探すわ」
「仕方ないな。んじゃ、俺達はさっさと行くとしますか」
「どれを選んでも恨みっこなしでね」
「みんな、地上でまた合いましょう」
「おうよ」
「じゃーな」
「そちらも気をつけて」
エリスと二人で、次々に消えていくゴンに手を振る。まあ、十メートル下で合流するはずの運命だが、それは詮無き事だろう。しかし……、あと一人、か。
「エリス、同じような入り口が他にもあるはずだ。手分けして探そう」
「そうね。そうしましょう」
エリスに先にいかせて、僕は携帯電話を取り出した。ヒソカ宛のメールを作成し、送信する。彼等の、特に二人の少年の資質は、きっとヒソカのお眼鏡にかなうはずだ。僕と戦ったときの記録から見て、奴には才能や将来性を愛する傾向がある。ヒソカの視線がこちらを向いたのを確認して、この場所からの去り際に爪先でコツンと床を蹴った。
名付けて、奇術師の興味を分散しよう大作戦。
現在の実力差からして、彼等が殺される事はないだろう。気に入られれば、の話だが。それに、ヒソカみたいなのと関わる事も、ハンター志望の少年にはいい経験だよね、と心中で誰に聞かせるでもなく言い訳した。
結局、一次試験の時にエリスと一緒にいたポンズという帽子の少女、そしてポックルという小柄な男と共に五人向けの部屋に向けて飛び込む事になった。どうやら我が妹君は、僕がヒソカとどつきあってる間に随分と幅広く交流していたようで、兄としては喜ばしい限りである。
残る一人として降ってきたのは、受験番号303、体中を待ち針状のピアスで埋めた男だった。彼もまた念能力を使えるようだが、これまではお互いに暗黙の了解で不干渉の立場を貫いていた。途中からはヒソカの対処に忙しくてそれどころではなかったのが本音だが。
しかし、同じルートを歩むとなればそうは行かない。最低でも意思を明示的に確認しておく必要がある。
「やあ、どうも。アルベルト・レジーナです。よろしく」
『基本的に不干渉でいいですか?』
一歩踏み出し手を上げて挨拶、と見せ掛けてファントム・ブラックを掌に具現化する。頷く彼。周りからは僕の挨拶に返しただけに見えただろう。とりあえず今はこれでいい。
しかし彼については、その言動の全てを記録しておく事にした。必ずしも用心のためだけではない。むしろ、僕自身の向上のためだった。ヒソカと戦ったあと、キルアやハンゾーといった裏の世界の出身者達を見て考えた事がある。今まで僕はハンターとしての体の使い方ばかりをインプットしてきたが、もしかしてそれは、あまりにも視野が狭すぎたのではなかろうか、と。今後のためにも、是非とも彼等のデータを入手しておきたかった。
そしてそんな裏出身の受験者達で頂点に立つのが、恐らく303番なのだろう。当初は念能力者としてしかマークしてなかった彼だが、動きを分析して驚いた。体裁きは擬態も含めて極めて高度なものだった。できれば直接戦ってみたい。そんな想いさえ抱いた自分に対して、ヒソカに毒されているなと苦笑した。
裏切りの道。僕達に課された試練はそれだった。なんともおどろおどろしい名前だった。どうやらこの試験の発案者はかなり陰湿なようだった。まあ、いざとなれば裏切らせてあげればいいのである。僕達の試験内容は地上に辿り着く事なのだから。
「ま、始める前から気にしても仕方ないや。とっとと進もうぜ」
ポックルの気楽な提案に同意して僕達は通路を進み出した。とりわけ変わった様子はない。僕と303番は円を展開してあちこち舐める様に走査しているが、壁の内部にも少々の罠があるだけで、これといって特異な仕掛けも存在しなかった。隠し扉や分岐すらない。なお、罠については先頭を進むポックルが大いに張り切って解除していったので、僕達が指摘する回数は最小限で済んだ。ありがたい事である。
「おや? 広い部屋だぜ」
一辺が五十メートルほどの部屋の正面には頑丈そうな扉があり、その隣に何らかの装置と端的な言葉があった。
『扉の鍵はプレート一枚』
なるほど。裏切りの道か。
「そういう事ね。悪趣味だわ」
「プレートを失ったら失格ってルールはあった?」
「無いけど、去年は第3次試験でプレートの奪い合いをしたわね。今年も似たような試験が控えてないとは言い切れないわ」
ポンズが少し不安そうにいう。ポックルは辺りを見渡している。広い部屋。開かない扉。少々あからさますぎる気がするが、まあ、戦えという事なんだろう。ハンター試験に挑む受験者達がこんなところで足踏みするはずがない。そしてその想いを嘲笑う様に、戦った事を後悔させる仕掛けがこの後に待ってる。
「おい、いいか。オレは……」
「ちょっと待った。議論はこの部屋をクリアしてからにしよう。その方が集中できていいだろう?」
「え? できるの?」
ここで取り乱されても無益だ。安心させるため、ポンズの疑問には頷いておく。303番は無言だ。その役は僕が引き受けろという事だろう。まあ、異論はない。僕は正面の扉を無視して部屋の中央辺りの床を調べ、予想された仕掛けを発見した。
「つまり、扉を開けても進むべき道があるとは限らないという事さ」
跳ね上がる床板。現れる隠し階段。カクンと落ちる3人の肩。
「大喧嘩の末、誰かのプレートを犠牲にして扉を開ける。でもそこには通路がない。大慌てで辺りを探したらノーコストで開けられる隠し階段。険悪になるよね?」
「ほんっと! 悪趣味っ!」
エリスの叫びが、彼らの心を代表していた。
しかし、これは前座だろう。こういう甘い条件の部屋を見せられると、次からも同じ傾向を期待する。だからこそ必ずあるはずだ。本当に、誰かを犠牲にしなければならない難関というものが。
もっとも、試験官の思惑通りにいけばの話だが。
「階段を降りた途端に分岐ばかりで罠がないのね」
「全くないのも無気味ね。なんでかしら?」
「簡単さ。分岐があった方が意見が分かれていいだろう? 罠は、今までの一本道に沢山あったのは共同作業をさせてメンバーの絆を深めさせるためだろうね。裏切りのショックがより効果的になるように。今後は、忘れた頃に僕達に負担をかけるための罠が現れるはずだ。だから、二人ともポックルを頼りにしてやってくれ。彼の調子次第でこの迷宮の難易度が変わってくる」
「わかった。まかせて」
「ええ、それがアルベルトの頼みなら」
必要ない所で面倒な事にならない様に、あらかじめ女性陣をポックルにけしかけておいた。分岐点では目立たない箇所にファントム・ブラックで目印を付けておく。このような使い方は苦手な能力だけど、風雨の影響のない室内で他人のオーラに干渉されなければ数時間位はなんとか持つだろう。
それにしても303番。彼は念・体術共にとても凄い。総合的にはヒソカと同じレベルじゃないだろうか。増々その技術が欲しくなる。いっそこちらから積極的に話し掛けてみるべきだろうか。
「悪いけど、ちょっといいかな?」
「……キルア」
「え?」
「キルアとは、友達なの?」
思ったより若い声だった。声紋解析は20歳から25歳程度の男性と分析している。
「どうだろうね。少し話はしたから知人ではあるだろうけど」
「……そう」
キルアの関係者なのだろうか。その態度はあまりに素っ気なくて掴みにくい。
「で、なに?」
「ああ、良かったら体術を少し見せてほしいと思って。もちろんお礼はする。アマチュアだから予算にあまり無理は利かないけど、僕に払える対価で教えてもいい技術があれば是非頼みたい」
「見せるだけでいいの?」
「もちろん。修得するのは自分でやる」
「暇な時で、有料ならいいよ」
「ありがとう。本当に助かる。あ、これ僕の連絡先」
想像していたより気さくな人物のようだった。303番、ギタラクルと名乗った彼と携帯番号を交換した僕は、思わぬ幸運に感謝した。
次回 第五話「裏切られるもの」