懐かしい夢を見ている。
いや。懐かしい、と言えるのかどうか怪しい。
もっと適当な言葉で当てはめるとすればデジャブ。
見たこと筈ないのに、知っている筈ないのにそのことを頭では知っていると認識できてしまう。
だが懐かしいと思えるのであれば自分の記憶の片隅に刻まれていることなのであろう。
何時?――――夕暮れ時。
どこで?―――どこかで。
誰と?―――――誰かと。
何してる?――何かをしてる。
重要な部分がまるで思い出せないがこれだけは言える。
彼らとはまた、会える気がする。
「……さん、露崎仕種さん」
アナウンスの声に目を覚ます。いけないけない、集中のために目を瞑っていたがまさかウトウトすることになるとは。
呼ばれたのは自分の名前。次は自分が飛翔ぶ番であるという知らせ。
大きく息を吸い、肺に溜めた空気を一気に吐き出す。
「緊張しているか?」
後ろからよく知った女性から声をかけられる。それはここの関係者で私が非常にお世話になっている人物の声だ。
どうやら深呼吸している様子から私が緊張していると見られたらしい。
まあ、大抵は深呼吸して落ち着かせようと思うのが普通なのだが私の場合は単に大きな呼吸をしただけ。
自分を落ち着かせようなんて気持ちはそこに微塵もないのだが。
「いいえ。でもどうしてここに?」
かぶりを振って、声のする方に向き直る。
「なに、お前が出ると聞いてな。たまたま時間が空いていたから来ただけだ」
「わざわざありがとうございます。でも、そういうことは身内にしてあげればいいのに」
「あいつの時は丁度、試験官をしていたからな。時間が合わなかった方だけだ」
「またまた。この場で会いたくなかったからでしょう?」
私の深く考えず言った軽口とともに女性の目が細くなり殺気立てようとするのを本能的に察知する。
これ以上は狩られる!?
「まあ、いい。で、試験のほうはどうなんだ? お前は」
「問題ないです。私にとって勝つことは息をしているのと同じことですから」
そして不敵な笑みで声をかけた女性に応える。
「勝つことは息をすることと同じ」
それは私の口癖だ。
常勝無敗。そんなありきたりなスローガンのような言葉では収まらない私を私たらしめる根底に沁みついたワード。
息をするくらいに当たり前なこと。
息をすることに何を恐れるだろうか? 何を心配するだろうか?
人間は決してそんなことに怖がるように出来ていない。
息を吸って、吐いて。血液に酸素を取り入れ、体内の二酸化炭素を吐き出し。
それはごくごく当然のこと。
私にとって勝つとはそれと同じくらい些細なことなのだ。
しかし、それ以外に特別なことがあるとすれば勝負事独特の昂揚感。
少しだけ心臓の鼓動が速い気がするが、こればかりは仕方ない。何せ性分なんだから。
「そうか。それは頼もしい限りだ。立場上、あまり肩入れ出来ないがこれだけ言わせてもらおう」
そう言って女性は不敵な笑みを返して来た。
「頑張れよ仕種」
「ええ、頑張って来ます。千冬先生」
世界最強のIS操縦者、織斑千冬に応援されることほど嬉しい激励など他に存在しない。
「では勝ってきます」
大きな翼のようなスラスターを吹かせ私は紫雲を棚引かせてピットを飛び立った。
そして――――――――――、
『試合終了。勝者、露崎仕種』
少女は言葉通り息をするように一つの勝利を勝ち取った。
「まさか、山田先生を倒してしまうとはな」
他の教師たちが騒然とする中、モニターに映る映像を千冬は感慨深げに眺めていた。
山田真耶はあんな可愛らしい容姿をしてこそいるが元日本代表候補生。実力は折り紙つきなのだ。
それをこうも簡単に打破してしまうとは、予想はしていたが内心は少し驚いていた。
これで試験官に勝った人間はこれで三人、いや二人目なのだろう。
もう一人も勝ったことになっているが、どう見たってあれは自爆の他に言いようがない。
あいつがISを展開出来たことに気が動転してしまいそのまま直進し、かわされ、壁にぶつかって気を失ったという恥ずかしい失態を勝利というのは無理があるだろう。
そのビジョンを思い出してしまい眉間を抑えながら千冬はハア、とため息を吐く。
「それにしても」
もう一度、目をモニターに戻す。
そこに映っているISを装着した一人の少女に彼女の面影を重ねる。
容姿に戦い方、そして口癖……。その全てが彼女とダブって見えた。
「勝つことは息をしているのと同じこと、か……。やはり、あいつと同じなのだな仕種」
誰にでもなく、千冬は小さく呟いた。
IS<インフィニット・ストラトス> 花の銃士
prologue「はじまり」