side:露崎仕種
時刻は九時過ぎ。いくら寮で暮らしているとはいえ、皆が寝静まるにはまだまだ早すぎる時間。
明日の予習する者もいれば、女三人寄れば姦しいと言うように各々仲良しグループで一室に集まって雑談している者もいるだろう。
おまけに後者に関しては学校中に出回っている織斑一夏と付き合えるという噂という話のタネがあるため、当分尽きることがない。
お楽しみの時間はまだまだこれからだ。
「はああああ……」
そんな時間の中、私こと露崎仕種は自動販売機で適当に紅茶を見繕って談話スペースに腰掛け、失業したサラリーマンのような深い悲しみを背負った溜息を落としていた。
(やってしまった……)
事の原因は昼間のあの事件だ。
あれが適切な判断だったと思ってはいるのだがしかし、退去を命じるその言い方が少々―――いや、今思えばかなり乱暴だったと思う。
いくらイライラしていたからといって、周りに当たり散らすというのは人間としていかがなものか。
そのことをアリーナで一人ふと振り返ってから気分が急転直下、イライラから一転、デロデロと火の玉が飛んでるんじゃないかというぐらいに急降下したのである。
「はあああああ……」
ちなみに夕御飯からずっとこんな調子だ。しかも周りにかなり迷惑をかけている自覚があるので余計に気分が滅入ってくる。
人と話していたほうが気が紛れていいかもしれないが、今の状態で人と会うのは本人的にも周りにも非常に会いづらいものがある。
かといって部屋に篭っていると余計に気持ちが塞ぎ込んでくるので、気分転換に誰もいないような場所に出てみたのだがこれもたいして効果はなく現在も絶賛自己嫌悪中である。
「仕種……?」
そんな落ち込んでる時に不意に声をかけられて振り向くと鈴がそこにちょこんと立っていた。
右手のコーラから察するにのどが渇いて飲みものを買いに来ていたのだろう。
完全にオフ状態なのかトレードマークのツインテールは下ろされている。
「え、と鈴もですか……?」
「あ、うん! そう! 日本の夏って蒸し暑くてのど渇いちゃってさ!」
鈴はその言葉と同時に挙動不審に慌て出す。
そういえば鈴は島国の暑さが苦手だとか言っていたような気がするのを思い出す。なんでもじめっとした暑さがムカツクんだとか。
「そ、そうですか」
「そ、そうなのよ! ホントに奇遇よね!」
昼間の一件のせいかお互いともどこか会話も行動もぎこちない。
普通を意識すると逆に普通ではなくなってしまうような、そもそも普段ってどんなんだったっけと思い返してみるがそれは別段おかしい点は見当たらない至って普通な感じで、ってあまりにも普通を意識しすぎて普通普通と普通を羅列しまくった気持ち悪い文になってるう……!?
「……う」
落ち着け。一旦落ち着こう。ビークールだ。
お互いに話を切り出しにくい状況だ。ここは分かっている。
そして、その言いにくい状況を作ったのも自分なのだろう。ここも理解している。
そうなれば、この後にするべきことも何なのかもなんとなく分かっている。
「鈴」
「な、なに?」
言いにくいが勇気を振り絞って口を開く。
「その、昼はすいませんでした」
「……え? あ、そのこっちもごねてゴメン……」
一瞬、虚を突かれたような表情を見せるがすぐに内容を察して、向こうも謝る。
「けど珍しいわよね。仕種が自制出来ずにカリカリするなんて」
「……ですよね。自分でもどうかしてるとは思うんですが、ブレーキが効かなくて」
紅茶を一口つけてから適当に返事を濁す。
「シャルルと何かあったの?」
その一言にどくんと心臓が跳ねる。まさか、あの場面を鈴に見られていたのでしょうか……?
「……どうしてそう思うんですか?」
「仕種、シャルルと昼ごはん取るまでそんなに機嫌は悪そうじゃなかったから。後は……勘?」
「勘って……。まあ、その勘が当たってるんですけどね」
別に見られていた訳ではない、というのと勘で私の問題を言い当ててしまうおかしさに笑ってしまう。
女の勘+野生の勘というものですか。それは、下手に隠し事を出来そうにないですね。
「それでどうしてそうなったのよ」
「ちょっとした自己嫌悪みたいなものですから」
「自己嫌悪、ね」
「自分で言っといてなんですが、自己嫌悪とは少し違うと思うんですけどね。まあ、ちょっとここは言いにくい部分なんですけど、かい摘んで言ってしまえばシャルルの家の問題なんですよ。そのことでちょっとイラってすることがあって」
シャルルは諦めていた。家のことについて為されるがままそれを甘んじて受け入れていた。それが我慢ならなかったのだ。
シャルルの性格上、反抗するというのは難しいのだろうが、それでもアイツに完全服従させられているかと思うと腸が煮えくり返って仕方がなく、あんなことになってしまった。
「だから私たちがどうこう言おうと最後に決めるのはシャルルですから。私の怒ってるのはあんまり意味のないことだって思っててください」
そう、あくまでこれはデュノアの問題。この問題に関われるとしたら、後は私くらいで……。
「ねえねえ露崎さん……と鳳さんも。ボーデヴィッヒさん知らない?」
廊下の向こう側から彼女のルームメイトの女子がラウラの行方を尋ねてくる。しかし、彼女のことを他人に尋ねられるとは珍しいこともあるものです。
「いえ、見てませんけど。どうかしたんですか?」
「うーん。いや、どうってわけでもないんだけどね……。普段、授業と食事とトイレ以外はずっと部屋にいるから部屋にいないのは少し変だなあって思ったんだけど」
どこ行っちゃったんだろうなあ……、とルームメイトの子は頭を抱えながら廊下の向こう側に消えていこうとする。そういえば、気になることがあった。
「あ、箒は見かけませんでした?」
「篠ノ之さん? 織斑先生が話があるって連れてかれたけど、どしたの?」
「いえ、ちょっと……。特に用事はないので忘れてもらっていいですよ」
「んー、そー」
そう言って今度こそ廊下の奥に消えていった。
「しかし、あの転校生はどこいったのかしら? 箒に関しては千冬さんと一緒にいるだろうけど」
彼女が今日のことに不満を持っているとしたら―――?
それを言いに行く相手といえば―――?
決まっている。担任の千冬先生だ。
その千冬先生は誰といる―――?
それは先ほどの証言の通りならば、篠ノ之箒だ。
では何故、篠ノ之箒は織斑千冬に呼び出された―――?
「あ……」
束さんがぽろっと漏らした箒からの電話、箒の言っていた秘策、そして第二整備室の出入り禁止。それだけのヒントがあれば答えを導き出すのは容易である。
箒に送られる束さん特注の専用機。そしてその準備。
そういうわけで第二整備室を出入り禁止にし、束さんの貸切状態にしたのだろう。
そして束さんのことだから新しい専用機の試運転もする筈。そうなればアリーナへの移動は自明の理だ。
ではどこに?
真っ先に第三アリーナが浮かんだが、今のあそこは駄目だ。
あそこは昼に私が一日がかりで整備しなければならないほどに荒らしてしまった。そんなところで荒れ果てた場所で性能テストをするだろうか?
となれば、残るは第一、第二、第四、第五、第六アリーナと会えるのは五分の一。確率20%は心もとない。
いや、待てよ。
確か第二整備室から一番近いのは……。
「第二アリーナ……」
「え? 第二アリーナがどうしたのよ?」
「いえ、束さんがここに来た理由を見に行きに、ね。もしかしたらラウラもそこにいるかもしれませんしね」
そう言ってアリーナのほうへ足を向ける。
それが、長い夜の始まりだとも知らずに。
side:篠ノ之箒
「うん。これで武器と紅椿のおおまかな説明は終わり。後はぶっつけ本番の実践でものにしてね」
さもなんでもないかのように姉、束はのたまうが実際問題かなりのハードな課題だ。
いきなり渡された専用機を乗りこなし、ドイツの専用機から勝ちをもぎ取らなければならない。
しかし、専用機をもらっていきなり実戦のぶっつけ本番とはまるで一夏の初めての戦いの時の焼き回しではないか。それを思い出すだけでなんて因果なものかと笑みが溢れる。
アイツはその零落白夜の仕様を知らなかったが故に引き分けになったが、今回は訳が違う。
一夏を、セシリアと鈴とを同時に相手にしながら圧倒した相手で、並の代表候補生とは一線を画す猛者だ。
そんな相手のことを考えると自然と体が強ばり、唇をきゅっと噛み締めてしまう。
「箒ちゃん、あんな偉そうなチビッ子に負けないでね。というよりも負けないように設定してあげてもいいけど」
「結構です。自分の力で勝ちにいきますから」
そんな姉の言葉に対しても語気が強まる。この人の苦手意識もさることながら時々、無茶苦茶なことを言い出すので普通に接していたとしても自然と同じような感じになるだろう。
「うんうん、箒ちゃんならそう言うと思ったよ」
そんな態度にも嫌な顔一つせずに、対応する姉さん。
それは世界に一人しかいない妹に向ける自愛の目。興味対象にしか見せない人懐っこく、そしていたずらっぽさもある無邪気で大人びた瞳は暖かい眼差しで私の初陣を心待ちにしていた。
「ま、あれが発動して使いこなすことが出来れば世界中の誰と試合しても箒ちゃんの勝ちは揺るがないよ。もっとも、発動出来ればの話だけどね」
その一言に思わず目を見開く。
この機体のスペックがやたらめったら高いことはさきほどの姉からの説明を受けて重々承知している。
紅椿は一夏の白式と同じレベルのISであり、白式を上回る性能を持つ。その性能は全ISトップと言っても過言ではない。
だからといって世界中の誰とでもとは穏やかじゃない。それは同年代のセシリアや鈴はともかく、世界一の千冬さんや沙種さんにも勝つことが出来ると暗に言っているようなものだ。
そんなものがこの機体には積まれているというのか……?
「姉さん、貴女のいうあれってなんですか」
そう姉に聞くと姉さんは振り返ってくすり、と子供っぽくしかしどこか妖艶に笑い口を開く。
「唯一仕様―――絢爛舞踏」
黒い夜空が空一面に広がる中、アリーナの照明が光々と初夏の仄暑い空間を照り輝く。
篠ノ之箒は目を閉じ試合開始までの間、思考の海に己を沈めていた。
専用機を持つという高揚感は今まで感じ得なかった優越感に似ている。普通ではない、特別な存在に選ばれたという一種のステータス。
それは浮ついていると言われればそうだろう。
篠ノ之箒の心にも少なからずそういう思いはあった。
一夏に言い寄る恋のライバルは専用機持ちで私は何もない普通の汎用機。しかもその汎用機は毎回借りられるわけではない。
対する相手は専用機であるがために、毎日乗ることが出来、その度に一夏との差を詰められているような私だけ出遅れていたような、そんな焦燥感を常日頃から感じていた。
だが、少なくとも実戦を行おうとする今はそんな気持ちを微塵も持っていなかった。
むしろそんなことよりも当初の目的を果たすための思いの方が強かった。
私が専用機を欲した理由―――それは力がなく何も守れない弱い自分と決別するためであった。
仕種が助けてくれたあの時、助かったと思うよりも先に別の感情が胸を襲った。
『また、誰かを傷つけた』
あの時は力に溺れた訳でもない。逆だ。力がない故に誰かを傷付けた。
人を傷付ける力なんていらないと思っていた。
しかし、力がなくても人を傷つけてしまう。
力がなければ守られるだけ。自分の代わりに誰かが傷つき、身を挺して守ってくれるだけ。
自分は何も出来ずただ無力なだけ。
その時の無力感というものをあの時に嫌というほどに痛感させられた。
辛い。もどかしい。苦しい。
そのマイナスの感情は脆弱な私の心で耐えきるにはあまりにも強大すぎる大波だった。
篠ノ之箒という人間の感情のキャパシティは多いほうではない。むしろ、常人よりも少なく尚かつ繊細だ。
剣道によって培われた凛として見えるその風貌、それは言ってしまえば弱い自分を守るためのうってつけの隠れ蓑だった。
だがそれを一枚剥いでしまえば、その心はあまりに傷つきやすい硝子の器だった。
弱い心を守るためには鎧が必要だ。だから力を欲する。
力という鎧で身を守り、弱い心を守る。
それが今までの私であり、これからも変わらず私はそう有り続けるであろう。
だが、せめて。
自分を守ることの出来るだけの力が欲しい。
過ぎた物かもしれない。独善かもしれない。贔屓かもしれない。
けれど、欲しい。
力を。一夏の隣りに並び立つことが出来る専用機を。
今度はその扱い方を間違えないように。溺れないように。
決意と呼ぶに相応しい思いを抱き、目を開く。
そこには相対するように漆黒の機体を駆る敵がいる。
その目は人間のだし得る最も冷たい殺気を放っている。まるでジャックナイフのように鋭く尖った。
(あれは、過去の私だ)
力に溺れ、強さとは何たるかを知らなかった強さと暴力とを同一に捉えていた、私の心の弱さ。
あれに勝たなくては真に、自分の心の弱さと決別するすることは叶わない、そう思っていた。
「始めに言っておいてやる。止めておけ。どうせ勝つのは私に決まっている。お前もあいつら同様に痛い目をしてトーナメントに出られなくなっては敵わないだろう?」
ラウラの口から最終警告が告げられる。これはあいつなりの優しさなのだろう。
代表候補生、加えて現役軍人の彼女と剣道日本一というだけの自分とではその実力差はあまりにも歴然である。
いくら最新鋭の専用機を手にしたからといって相手にとって赤子の手を捻るほどに容易いことだろう。
だが、
「生憎と試合を降りる気はない」
その誘いをきっぱり断る。
「私はお前に勝つ。そして、今度のトーナメントでも私が勝つ。お前はその第一歩となってもらう」
そう、先制口撃を相手にかます。
「そうか。ならば、手心なく壊すとしよう」
そう、冷たい殺気を飛ばす。軍人よりももっと異質な、もっと憎しみに満ち満ちた殺気。
鍛えられた大人の飛ばす殺気よりも何倍に鋭いジャックナイフのような視線。人を殺せる視線とは本当にあるのではないかと疑うほどだ。
試合が始まるまでのなんとも言い得ない緊張感が競技者以外誰もいない無人のアリーナを包む。
『では両者、試合を開始してください』
そして、開始の合図が告げられる。
「はあああああああああっ!!」
真っ先に紅の閃光が駆ける。
二本の刀を呼び出し、開始直後一気に距離を詰める。
「そんな猪武者のような戦法が通用すると思うか?」
その箒の開幕攻撃を読んでいたかのように、箒の進路からひらりと右に逸れると両手両足のワイヤーブレードを射出する。
「思わないな!」
それをかわし、再び差を詰めるために大地を蹴り跳躍する。
「だが、貴様に食らいつくことは出来る!」
一気に距離を詰め、近距離の高速戦に持ち込む。
両手のレーザー手刀とワイヤーブレードの乱舞。それをもろともせずに二本の剣と脚部の展開装甲を巧みに操り、弾き距離を詰めるべく前に出る。
それをラウラは食らいつかせない距離まで逃げながらもワイヤーブレードを回収しつつ、連続して射出する。
戦いはその繰り返しだった。
距離を取らせないように私が攻め、向こうが牽制しながら射程圏内に入らないように後退する。
「はああああああああああっ!!」
一見、押しているように見えるが、内心はまるで逆だ。
距離を詰めているのは得意な間合いを取っているのではなくあくまでそれは慣性停止能力―――AICを発動させないために詰めているに過ぎず、決定打を与えるための攻めの詰めではなく守りのために詰めているに過ぎない。
「どうした、最新鋭機の名が泣くぞ?」
手数の多さから、余裕があるのかラウラは挑発する。
「く、ぅ……!!」
幾重に飛び交うワイヤーブレードを切り払い、懐までの距離を詰めようとするがあまりの数の多さに攻めきれずに足踏み状態が続く。
おまけにAICの存在があるために、迂闊に近づきすぎることも叶わない。今出来ることはこのワイヤーブレードを捌き切り、どうにか相手の隙をこじ開けることだ。
そんな千日手のような集中力を欠くことも許されない状況でも集中力というのは欠いてしまう。
捌き損ねたワイヤーの一本が足に絡まり、右足の自由を奪う。
「しまっ……!」
「もらったぞ!」
ぐいと万力の力によって強引に引き寄せられた放物線を描き地面に叩きつけられる。
「かは…………!!」
一気に肺の空気が押し出され、一瞬呼吸を忘れてしまう。
生身ならば意識がブラックアウトしてもおかしくない一撃だが、ISによって意識のノックアウトは防がれる。
その一撃によって、三半規管がシェイクされたために生気のないままゆらりと立ち上がる。
「気に入らないな。力もないくせにどうしてそこまで食い下がる」
まったく理解出来ないといった風な口振りで尋ねる。
「誰かを叩きのめして、誇示するような力は本当の強さじゃない。それは、ただの暴力だ」
それはかつて私が犯した過ちだった。
中学時代、政府からの執拗な事情聴取と監視によって精神が不安定だった。
それは昔に始まった話じゃない。転校するようになった小学生の時からも、そういったことはよくあったしここに来てからも定期的な事情聴取は執り行われている。
しかし、中学の頃が特に酷かった。
中学に上がる頃、そしてモンドグロッソの第二回大会の後は特に最悪で、大人たちの隠しもしないギスギスした雰囲気は子供ながら不快でたまらなかった。
そういった経緯があり、その時は誰かに当たり散らかさなくてはならないくらいに、自分のストレスは限界だった。
その結果は、目に見えたものだった。
別に誰かに自分の強さを誇示しようと思ったわけではない。日頃の憂さが晴らしたかっただけだ。
それがたまたま自分の打ち込んでいた剣道であり、自分の強さを最大限に発揮できる場であり、自分が一番になれるものであった。
そして、その結果が全国優勝。
その時にもう一度誓った。力の使い方を見誤らないと。
「だからお前にだけは負けられない。暴力を強さと勘違いしているお前にだけは、絶対に!!」
誰よりも負けられない相手。それは過去の自分を鏡合わせで見ているような気持ち悪さ。
それを拭い去るためという我ながらも情けなく、しかし始めの一歩として相応しい大事な一戦である。絶対に負けるわけにはいかない。
そんな私の言葉にも対戦相手は実にくだらなそうな目で見下していた。
「お前といい織斑一夏といい、弱いくせによく吠える。本当に、気に食わないな!!」
今度はラウラから攻め込んで再びワイヤーブレードの乱舞が始まった。
が、先程とは攻め方が何か違う。攻撃が激しいことは変わりないのだが、どこかおかしい。
右のガードがやや、甘い。今まで鉄壁だったのが嘘のようだ。
罠かもしれない。すぐにそれを感じ取った。わざと隙を作り出して、つけあがらせたところにカウンターを狙うつもりだろう。
(だから、どうした……!)
それを力尽くで崩し、敵の思惑通りに右のガードをこじ開ける。
(虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ……!)
敵がわざと隙を見せているのであれば、相手の想定を上回る一撃を見せればいい。
「舐めるなあああああああっ!!」
そのまま崩して、こちらのペースに持ち込む!!
相手の攻撃のスピードを上げていく。
「ぐ、うううぅぅっ……!?」
息もつかせぬ猛攻の前にラウラが体勢を僅かに崩す。
今が攻め時……!
「もらったぞっ!!」
「く……! しまった……!?」
詰めた距離をさらに詰めるべく、前に翔ぶ。この一撃が決まれば試合を振り出しに戻せ―――、
しかし、奴の顔に焦ったはまるでなく狡猾な罠に嵌めた時のようなにやり、と孤を描いていた。
「っ!?」
拙いと思った時には既に遅く、身体はシュヴァルツェア・レーゲンを守る見えない糸―――AICに阻まれ指や首を動くことすら叶わなくなる。
「と、言うとでも思ったのか?」
「ぐ、ぅ……!」
抵抗を試みるが、AICの捕獲は完璧で全てを貼り付けにされたかのように動くことが出来ない。
あれだけ崩されてもまだ余裕があるというのか……!?
「私の思い描いたように飛び込んできてくれたな。分かりやすい思考のおかげで、捕まえる手間が省けたぞ」
「くっ!!」
「さて、見え透いた小細工も終わりか。これ以上策がないのならここでゲームセットといこうか」
つまらなさそうにそう言い捨てるとガコン、と砲身は確かに紅椿に向けられる。
これ以上という他ない至近距離。しかも砲弾は対ISアーマー用徹甲弾。当たりどころが悪ければ一撃で敵を堕とすことの出来る代物で、先程のダメージと合わせるとこれを食らってしまえば一撃で沈んでしまってもおかしくはない。
手足はAICにより捕捉され逃げることも許されない。
逃げ場はどこにも存在しない―――まさしく絶体絶命だった。
side:露崎仕種
「箒!」
鈴が、ガラスにへばりつき声を大にして叫ぶ。
第二アリーナが第二整備室に一番近かったためそのままそこに移動して試用運転するだろうと思って来たのだが入った時にはまさしくドンピシャ。箒とラウラが一対一の勝負を最中だった。
「仕種! こんなところにいる場合じゃないわよ! すぐに箒の増援に……」
「露崎、鳳。こんな時間に何をしている」
後ろから高圧的な声がかけられる。
圧倒的な存在感、そして同時にこの世が終わったかのような絶望感に思わず振り返る。
そのオーラを出している人物こそ、
「ち、千冬さん……」
「学校では織斑先生、だ」
世界王者、見間違うことなき我が担任織斑千冬である。
「それで、使用禁止時間のアリーナになんのようだ?」
「う……。そ、それは……」
「就寝時間はまだ先の筈です。それに第二アリーナに入って観戦すること自体は使用禁止ではありませんですよね?」
鈴が苦手意識から言葉に詰まるのをフォローするように真っ向から千冬先生の言葉の揚げ足を取るような言葉で意見する。
こうふてぶてしく返したものの内心はびびりまくりだ。
なにせあの白を黒に変える千冬先生に口答えしているのだ。これでびびらない奴がいるとしたらソイツの肝は大層座っているかアホのどちらかだ。
「ふん、減らず口が立つものだ。確かにそこまで行動を制限にしていなかったからな」
面倒くさそうにため息を吐く。今回は見逃してもらえるようだ。
「それで千冬先生、箒の乗っている機体は束さんが作ったものですか?」
「ああ。篠ノ之の専用機、紅椿だそうだ」
紅椿。
それが箒が前々から言っていた秘策ということか。
なるほど、それを箒が秘策と呼ぶに相応しいと頷ける。
なにせ、世界一の技術を持つ篠ノ之束特注のISなのだ。普段から疎遠の実の妹から頼まれれば、そんなもの問答無用で現行のISにおいて最高性能に決まっている。
「あれは試験運転だそうだ。本来なら一人で軽く飛び回らせて終わりのつもりだったが、試合形式の方がよりデータが取れるということで勝負役目をアイツ自身が買って出た」
「なんでなんですか!! アイツは仕種や一夏を……!」
「篠ノ之自身も承認している。両者合意の上での勝負だ。手出し無用だ」
「そう、ですか」
その一言に全てを悟る。
相手は並大抵の相手じゃない。一年生で確実にトップレベル、下手をすれば専用機を持っていない二年生よりも強敵かもしれない。
そんな相手と戦うこということを箒自身が了承しているということは、箒はもしかすれば今日の一夏―――下手すればそれ以上の怪我を負うかもしれないという覚悟を持って挑んだということだ。
そうなれば私自身が横槍を入れる資格がない。
「何、簡単に諦めてるのよ仕種!! アイツの強さわかってんでしょ!? だったら無理にでも止めないと箒が!」
鈴がいつも以上に千冬先生に噛みつく。
実際にラウラと戦ったためにその強さを充分に理解しているからか、普段に増して反抗の声が激しい。
「鳳、お前は真剣勝負に横槍を入れられて嬉しいか?」
「そ、それは……」
鈴は千冬先生の言葉に詰まる。流石にそうでも言われてしまえば手出しすることは出来なくなってしまう。
「そういうことだ。篠ノ之を思うのであれば見守っていてやれ」
そう諭されるが鈴が納得しているような表情ではないのは一目瞭然だった。
「そうそう、叩かれる内が華ってものだね。ちーちゃんの愛情みたいに」
「いつから私が暴力系幼馴染のポジションになった」
「ぎにゃああああああああああっ!? 言ってる内からアイアンクロおおおおおおおおおおっ!?」
突然、現れた声に対して何の戸惑いもなく即アイアンクロー嵌め。まあ、その人物が誰であるかが分かっているからそうしてるんでしょうけど。
「おうふ……束さんの頭骸骨に罅が入るかと思ったよ。お昼ぶりだねーしーちゃん……と誰ちゃん?」
「……束さん。お元気そうで」
そんなシリアスな雰囲気をブチ壊すかのようにいつも通りのペースでISの産みの親が現れる。この人が来ると空気が弛緩するのは何故なんでしょうか……。
「あ、さっちゃんにムショで食うカツ丼は美味かったって伝えといてー」
「オッケー。じゃ、明日も明後日も明明後日もカツ丼ということにしとくわね」
「さ、さっちゃん。さっきまでピットにいるとか言ってた筈なのにいつの間に……」
「これが忍者の本来するべき登場の仕方だね。あと言質取ったからね」
テープレコーダーから『あ、さっちゃんにムショで食うカツ丼は美味かったって伝えといてー』という先程の束さんの声が流れてくる。こういう悪戯事の徹底さは我が姉ながら恐ろしい。
「い、嫌だよ! 束さんだって折角IS学園に滞在してあげてるんだから国のお金でカツ丼以外の美味いものを食べたいよ! 具体的には酢豚とか酢豚とか酢豚とか!!」
「中国人いる前で中華おちょくってんのか!? ていうかなんでそんなピンポイントな訳!? もっと他にあるでしょうが!」
「……おう? まさか、酢豚に反応するとはお主、酢豚になにやら小っ恥ずかしい思い出があるとみた! 束さんの酒の肴として聞かせておくれよ。さあ! さあ!」
「……話を戻すぞ」
カオスに片足をつっこみかけた場の雰囲気を良識人である千冬先生が元に引っ張り上げる。……よかった、酢豚の話で自分まで飛び火しなくて。
「ああ、試合の話だっけ? 確かに箒ちゃん押されてるわよね。まあ、相手が代表候補生だから仕方ないか。おまけに千冬の教え子だもんね」
「あれはあれで性質が悪い。力を力としか見ていないんだからな」
「大丈夫なんですか?」
「おや、どこぞの誰かが箒ちゃんのことを心配してくれるのはひっじょーに嬉しいことだけれども大丈夫だよん。箒ちゃんは追い込まれてからが強いんだから」
そう何の確信もなく束さんは言い切る。
いや、束さんの中には確固たる確信が存在する。それは私たちのおよびもしないような姉妹の繋がりのような、他人からすれば酷くあやふやなそんな確信。
「まあ、火事場の馬鹿力が出せれば箒ちゃんの勝ちだよ。そう、あれさえ開花すれば勝ちは揺るがない」
「あれ?」
姉さんのオウム返しのような言葉に束さんはくすり、と無邪気さを持った笑みを浮かべる。
「またまた~、ちーちゃんもさっちゃんも大体の目星をつけてるくせに~。あ、そろそろ試合が動くかな」
その一言に再び、アリーナに視線は落とされる。
決着は近そうだった。
side:篠ノ之箒
(そんな、私は姉さんに頼ってまで専用機を貰ったのに、負けてしまうのか……?)
そう敗北という絶望が心に侵食するように走馬灯が駆け巡る。
みんなの顔が、笑顔が、一気に雪崩込んでくる。
セシリア、鈴、シャルル、山田先生、クラスのみんな。
織斑先生、沙種さん、姉さん。
仕種。そして、
(……一夏)
彼の笑顔が心に一雫を落とした。
(――けたくない……)
振るうことも出来ない頭を心のなかで振る。
(負けたく、ない……! こんなところで、負けていられない……!)
思った。
―――……は、………みますか?
(一夏のように、なりたい……! 折角、守れる力をねだってまで手に入れたのに……)
強く、思った。
―――貴女は、何を願うのですか?
(いや。なれるか、じゃない。なるんだ! 誰かを守れるような私に、私はなるんだ!)
強く、強く、そう篠ノ之箒という人間は思ったのだ。
―――貴女の思い、確かに受け取りました。私でよろしければ力を貸しましょう。
途端、機体を包み込むように黄金の奔流が逆巻く。
「!?」
突然の眩さにラウラは思わず目を背ける。同時、その光の眩しさによりラウラの集中力は妨げられAICの縄が外れる。
その一瞬の隙をつき、箒アリーナの上空に一時離脱する。
『唯一仕様の使用が承認されました。絢爛舞踏、発動』
紅い装甲はその展開装甲の隙間を縫って黄金色の光が満ち溢れてくる。
それはまるで、アリーナに迷い込んだ蛍が紅椿の全身を包み込むような幻想的な風景だった。
―――展開装甲とのエネルギーバイパスの構築、完了。エネルギーの充填開始。
―――展開装甲、《丙》。エネルギーバイパスの構築完了後全ての展開装甲を攻撃に回します。
(これは、エネルギーが回復して……!?)
その状況にはっと試合前に話した姉の言葉を思い出す。
これを使いこなすことが出来れば世界中の誰と試合しても勝ちは揺るがない、と。
それはそういう意味だったのか。
「確かにこれならば負けることはないだろうな」
思わず自虐的な笑みが溢れる。
なにせ、無限にエネルギーが供給されているのだから使いこなすことが出来れば相手はエネルギーをゼロにすることは敵わない。
これが姉さんが危惧していたワンオフ・アビリティー。
エネルギーを無限に増幅する永久機関。
完璧にして十全な束の作り上げた最高傑作。
「これならば……!」
敵は目の前。
さあ、第二ラウンドの開始だ。
side:露崎仕種
先ほどまで紅かった機体は黄金の光を帯び、黒の機体に向かって空を駆ける。
そんな目の前の光景に三人が四人とも驚いていた。唯一驚いていないのは開発者の篠ノ之束だけだが、それも開発者なのだから当然といえば当然の話だ。
「束、答えろ。あれは一体なんだ」
千冬先生の問い詰める厳しい表情とは対照的に束の表情は実に楽しそうだった。
「やだなあちーちゃんなら分かるでしょ? あれは紅椿のワンオフ・アビリティーだよ」
あっけらかんとさも常識かのように束はころころ笑いながら唱える。
「ワンオフ・アビリティー、『絢爛舞踏』。エネルギーを一対百で無限に増幅する零落白夜と対をなす、まさしく永久機関そのものだね」
「永久機関、ですって? じゃあ、あれのエネルギー切れは……」
「発動してるうちはまずありえないね。おまけにその無限のエネルギーの恩恵によって開放された展開装甲、丙。これが揃った時点であのドイツのチビっ子は可哀想だけど詰んだね」
展開装甲という聞きなれない単語の他に丙、という言葉も新たに登場する。
「丙ははっきりと言ってしまえばじゃんけんのチョキ。攻勢に富んだ最強の矛。たとえ普通の攻撃だとしても丙でブーストした攻撃を止めるのは指南の技だよ」
すらすらと自身の作り上げたISのギミックを説明してみせる。
「じゃんけんを引き合いに出すということは、それを絢爛舞踏や丙を止めるためのグーや、そのグーを止めるパーも存在するってことだよね?」
「お、さっちゃんなかなか鋭いね。ふふ、そうだよ。グーはいっくんの零落白夜。あれこそが無限に増幅するエネルギーを断ち切る唯一の剣だからね」
確かに相性としては限りなく最悪である。
いくら、無限に増えようと零落白夜はそのエネルギーを根幹からばっさりと消滅させる力を持っている。
ゼロに何をかけてもゼロにしかならないのだから。
「では零落白夜を止める“パー”はなんだ?」
千冬先生が問い詰める。エネルギーを消滅させる零落白夜を止める鍵となる
「それはね『百花繚乱』といってね、開発中のしーちゃんの機体のワンオフ・アビリティーだよ」
そう、天災は華やかに、妖艶に、無邪気に言い放った。
「あれは、ワンオフ・アビリティーか……! しかし、こんな……!」
出鱈目なと、言おうとしたところにエネルギーが完全に回復した箒が袈裟切りにかかる。
「はああああああっ!!」
それを後ろに避け一度距離を取る。
エネルギーは回復しているようだが、肉体的ダメージや機体の損傷までは修復されていない。
回復したのはあくまでエネルギーだけ。そう、ラウラは自分に言い聞かせた。
「ふん、どうにか持ち直したようだが……だったら何度でも叩き潰すまでだ!」
そう意気込み再度、六本のワイヤーブレードを飛ばす。
しかし、先程までとは勝手が違った。
力任せに振るわれた剣によって射出したワイヤーブレードが一本残らず全て弾かれる。
「……っ!?」
今までにない出来事に思わず驚くが、遅れて紅い帯状のエネルギーがラウラを目掛けて追尾してくるのを間一髪で避ける。
そして、それを好機と見たか、すぐさまに次の手を迫る。
先程とは一線を画すように攻撃の威力もスピードも段違いに上がっている。その激しさはまさしく鬼神の如く。
エネルギー切れの心配のいらなくなった紅椿は全展開装甲を開放しているのだ。
それは限定的に開放していた数分前とは段違いの性能―――否、これが本来想定されていたスペックなのだろう。
普通ならばフル稼働すれば数分で切れるエネルギーを常にISが自動的に供給する。
そんな無茶苦茶な理論もこうしてワンオフ・アビリティーの発動によって成り立っているのだ。
つまりはエネルギー供給を前提に考えられた、ワンオフ・アビリティーを発動することで十全の力を発揮することが出来る機体。
それこそ篠ノ之束にしか考えつかない、奇天烈な解決法。
「くっ……! しかし、停止結界の前ではいくら機動性が上がったとしても捕まえてしまえば羽をもがれた蝶のようなもの!」
回収したワイヤーブレードを再度、順番に発射する。
先程とは攻め方を変え、相手にとって捌きにくいところを重点的にしつこく攻めていく。
その行動はさながら蜘蛛のように、箒がわずかにでも動きを止めるのを待つ。
そして何合、何十合と剣戟が響く。
それでも、今度はラウラがじりじりと押され始めているのは傍目から見ても明らかだった。
焦れた訳ではない。が、このままでは押し負けると察したラウラは紅椿から距離を取り攻め方を変えることを決断する。
その下がる瞬間を箒は見逃さなかった。
箒はその場で素振りのような、鋭い突きをその場で放つ。
すると離れた場所から放たれる突きは遅れて打突から繰り出される無数の赤いレーザーが後ろに下がったシュヴァルツェア・レーゲンの装甲を撃ち抜いた。
「……っ!」
ラウラの顔が苦々しく歪む。
空間を制圧するAICは実態武器に対しては無類の強さを誇る。しかし、AICはエネルギー兵器に対して効き目が薄い。
ただの二本の実体剣かと思っていたが、まさかビームを飛ばすことの出来る刀だったとは、初見ならば誰だって到底思うまい。
「ぐ、う……! まさか、そんな」
「隠していたからな。だが、武器は二つだけではないぞ」
その言葉にラウラは紅椿の今までと異なるフォルムにはっとなるが、時すでに遅し。
気を取られすぎたのかいつの間にか紅椿のもとを離れた自律兵器がレールカノンに取り付き自爆する。
最大の攻撃源を奪われ、おまけに爆発によって起こった煙幕によって相手を見失ってしまう。
そして、爆風の中から紅い閃光が死角から現れた。
始めは踏み込むことすら叶わなかった敵の懐に、箒はついに飛び込んでいた。
「き、貴様あああああああああああっ!!」
ラウラの怨嗟によく似た叫びがアリーナ中に響く。ここまで侵入を許してしまえばAICによって全身を停止することは叶わない。
「はあああああああああああっ!!」
帯状に伸びたエネルギーは雨月を収納し、両腕で握られた空裂を纏うように光が集まる。
空裂は斬撃に合わせて攻勢エネルギーを帯状に飛ばすことができ、刀を振った範囲に展開する自動で展開することが出来る一対多を想定した装備である。
それを刃に纏うことで零落白夜にはほど遠いものの、実体剣より多くのダメージを与えられることが出来る。
言うなれば、擬似零落白夜。
その恒星のような光を纏った空裂は、紅い光を吸収しまるで伝説の黄金の剣のような眩い光へと変わる。
「これで、終わりだああああああああああっ!!」
気合一閃、薙ぎ払うような激しい胴。それでいて華のように美しい見事な一撃。
攻勢エネルギーを纏った刀を振り抜いた。
中学生の全国大会のあの時のような無様な剣ではなく、己を強く持った綺麗な太刀筋。
強さを見誤ることない曇りのない清水の一滴は、心で剣を振り黒を断ち切った。
箒はこの光の剣を瞬間的に考えたが、結果これは正しいものだった。
AICは先ほども説明したようにエネルギーに対して効き目が薄い。AICに弱い実体剣をエネルギーでコーティングしてしまうことで止まられる可能性を克服したのだ。
もっとも、その剣を振るう腕を絡め取ってしまえばいいだけの話だが、それもラウラと箒の距離があまりにも近すぎるために叶うことはなかった。
全身全霊の一撃は零落白夜に匹敵する威力―――はたまたそれ以上お威力だったのか――――なのか相手のエネルギーシールドをごっそり奪っていき、ばたりとラウラが倒れる。
「勝った……。勝ったのか」
ぽつり、と思わずその言葉が漏れる。
思わず言った自分の一言に実感が遅れて沸々と沸き起こってくる。
ああ、ようやく同じ舞台に立てた。
「ふ、ふふ……。これで、一夏や仕種にもようやく合わせる顔が……」
その時、異変が起こった。
紫電が走り、黒い雨はその名の通り、水の状態変化のようにその姿をぐにゃり、と変えていく。
「あ、ああああああああああああああああああああっ!?」
ラウラは苦しそうに苦悶の悲鳴を上げるが粘土に飲まれ、黒い塊の中に消えていった。
「っ!!」
箒は戦慄を覚えるが、迂闊に動くことも出来はしない。
だから、それを見続けるしかなかった。
そしてシュヴァルツェア・レーゲンだったものはどろりと跡形もなく溶け、その姿形を粘土細工のように、それでいながら己の意思を持ったかのように作り上げていく。
それは段々と人の形を模していき、その見慣れたフォルムを象っていく。
「この姿は、千冬さん……!?」
異形のブリュンヒルデの再臨がした。
夜は、まだ終わらない。
* * *
一ヶ月遅れの明けましておめでとうございます。作者の東湖です。
今年一発目がガチな戦闘もの……というハードルが上がりまくりな始まりになりましたがぬるい目で見てやってください。
量を書いたものの上手く出来ているのか不安です……。
遅れた経緯とかは活動報告に寄ってもらえれば分かります。マジで死んでました。
早期参戦した紅椿には色々と設定を追加させました。その辺りは後々説明させていただく予定です。
ISが打ち切りという噂が出てますが花の銃士はのんびりと丁寧に描いていきたいと思います。では次回。