side:篠ノ之箒
雪片。
一夏の白式の握る雪片弍型の原型でかつて織斑千冬が駆るIS、暮桜の唯一無二の武装にして頂点を究めた最強の名刀。
その一振りは単一仕様能力、零落白夜の力もあり当たれば一撃必殺の威力を誇る。
しかし代償は大きく、シールドエネルギーを変換せねばならない程のエネルギーを必要とする。攻撃すればするほどその身を削るようにシールドエネルギーは減っていく。
最大の攻撃力は最大の防御を犠牲にして生まれる、その一撃はまさしく乾坤一擲。現代の妖刀村正と呼んでも差し支えがない。
しかし刀として扱う分にはそのようなデメリットは存在せず、同じ日本製の打鉄の近接ブレードと比べても特段違いはない。
その名刀を目の前の敵が握っていた。
「くっ……!」
しかしあくまで敵の握るそれは雪片のカタチを模した剣であり、そのエネルギーを無効化する単一仕様能力まで付与されているわけではない。
単一仕様能力はあくまで機体が持つ能力であり、機体を介し武器に付与する二次的なものはありはしても武器自身の持つ力ではないからだ。
「ぐ、うううう……!」
だからといって、そのバリアを無効化する零落白夜を抜きにしても剣戟の激しさは本物に勝るにも劣らない。
目の前の敵、ラウラ・ボーデヴィッヒだったものは織斑千冬の姿を借り再び箒と剣を切り結ぶ。
織斑千冬に似せた姿かたち、織斑千冬の愛刀、そして、
「この太刀筋……。千冬さんのものとしか思えない……!」
その太刀筋までもが完璧に模倣されている。
一夏がいれば激昂してこの難敵に勝つ腕もないくせに真っ先に飛び出していくだろう。
私自身も千冬さんの剣の腕を尊敬してるため、あまりいい気分ではないがそんな無駄な思考をしている余裕などなく、敵の鋭い剣によってじりじりと追い詰められていく。
中学時代に剣道で日本一になったとはいえ、相手は世界一の実力者。
期待性能では紅椿が上回っていたとしてもその操縦者の実力差は歴然としたもので、展開装甲の補助があっても敵の攻撃の激しさに押し負ける。
敵の激しい斬撃によって装甲が削られていく。圧倒的な戦力差を前に普通ならば心が折れてしまいそうになるだろう。
(それが、どうした……!)
しかし少女の闘志は折れていない。
(たとえ相手が千冬さんだとしても、私は勝つ……! 勝つんだ……!)
『絢爛舞踏、発動』
その思いに応えるかのように機械音声がワンオフアビリティーの発動を告げると尽きかけていたシールドエネルギーが最大まで回復する。
更にエネルギー切れによって閉じられていた展開装甲が息を吹き返す。
「はああああああああっ!!」
展開装甲・丙の助力により敵の攻撃を力づくで押し返し、一気に後退し距離を取る。
「は―――、は―――、は――――――」
敵が来ないことを確認すると大きく肩で息を吐く。
いくらISのエネルギーを何度でもフル充填出来るからと言って、あくまでもISを扱うのは必ず人間である。
使われる側に限界はなくとも使う側には限界があるのだ。
いくら体力が人並み以上にあるからといって代表候補生と世界一のダブルヘッダーは誰であってもかなり体力的にも精神的にもきつい。
それがつい先日まで代表候補生でもなんでもないただの女子高生だった自分であればなおさらだ。
「な―――!!」
疲労により一瞬の判断に遅れ、気付いた時には既に敵が上段に構え今にでも振り下ろそうしていた。
「ぐ、う……!」
上段からの袈裟斬りをどうにか二本の刀で受け止めるが、刀の上から込められる万力によって上から押さえつけられる。
疲れのせいで足の踏ん張りが思った以上に利かない。
敵の押さえつける力は予想以上に重く、下手をすれば肩ごと持っていかれそうだ。
押さえ付けられる力に抗うことに精一杯で反撃に転ずることもままならない。
一人ではもうどうしようも出来なくなったそんな時、不可視の迫撃が敵を襲った。
無駄に図体のデカイ敵は無鉄砲に発射された不可視の弾丸によろめく。
(今……!!)
見えない攻撃に敵の重心が揺らいだところに便乗し抑え付けられていた刀を跳ね返し脱出する。
不可視の攻撃を行えるISなんてそうそう存在しない。
しかし私はその攻撃には見覚えがある。それはクラス代表トーナメントで一夏を苦しめた衝撃砲。
「箒! 無事!?」
それは一夏と同じく専用機持ち、鈴の甲龍によるものだった。
「鈴……、仕種……! どうしてここに!?」
「そんな説明後回しよ! とりあえずこいつを止めるわよ!」
黒の機体が加勢する二機に反応を示す。
仲間が増えたところで黒の動きは揺らがない。再び刀を構え射程圏内に捉えるべく人形は飛び出そうとしていた。
「一夏みたいに近づいて斬るってのしか出来ないんだったら、近づかせばきゃいいのよ!」
「言い方はあれですが、それは確実な戦術ですからね」
その言葉とほぼ同じタイミングで鈴の衝撃砲と仕種のアサルトライフルの嵐が巻き起こる。
圧倒的なほどの面制圧と数の暴力。
銃弾と衝撃砲の猛攻をくぐり抜けるような隙間などほとんど皆無。代表候補生ならばその制圧力に容易に屈しているだろう。
「………………」
しかし黒いISはそんなものをもろともせずにこちらに接近する。
攻撃と攻撃の僅かな隙間を縫うような体捌きで弾幕の薄いところを効率よく機械的に回避していく。
「なんで、なんで怯まないのよ!」
その機動は人間の動きでありながら、人間技を越えている。
地を爆ぜ拍子もなく鈴のところまで差を詰める。
その動きは古武術における無拍子のそれに非常に近い。
鈴が対応出来ないのは鈴の拍子と敵の拍子があっていないからで、敵はそれを意図的に外しているのだ。
だが、それは人間であるから意図的に合わせたり外したり出来るものであって、機械がそんな人間の技を使うことを使うことに驚きを隠せない。
「っ!!」
一瞬で距離を詰められた鈴は双天牙月を構える暇も与えられない無防備な状態に対し、黒は大きく上段に振りかぶる。
「鈴!!」
二体の間に割り込むように紫電が滑り込み、振り下ろされる一刀両断を左肩の鎧で受ける。
「仕種!!」
「大丈夫、重装甲のは伊達じゃないんですよ……!」
とはいうものの攻撃を受けた部分がギシギシ、と不快な音を立てて軋む。
本来であればISの装甲は厚くある必要はない。シールドエネルギーがあるからだ。
シールドエネルギーがあれば身体の安全は絶対防御によって守られるため、機動性を確保するために見た目の装甲くらいしか残さない。
その上、ごつくなれば当然その分表面積が増えて被弾率が上がる。
そういったマイナス点は仕種のISの場合、各部に設けられたスラスターによって十二分に補われているんだが、これは製作者がかなりの特例なためあまり一般論では参考にならないだろう。
しかし、そのようなデメリットも物理攻撃に対しては絶対的な防御力を誇る最強の盾にも成り得る。
そういった点ではオルテンシアは対近距離戦仕様の甲冑を背負った射撃型なのだ。
「………………!!」
敵は次の攻撃に転じようと刀を引き抜こうとするが深く刺さって抜けない。ISの力をもってしても抜くことが出来ないという事実が今の一撃の重さが物語る。
が、裏を返せばそれはブリュンヒルデが決して見せないような素人でも分かる絶対的な隙。
それを好機と見た仕種は素早くをガトリングを展開する。その顔はしてやったりといやらしく歪んでいた。
「馬鹿力が裏目に出たようですね。全弾もってけええええええええええっ!」
そして無情にも引き金が引かれる。
二門から放たれる弾丸の暴力。復讐者による苛烈な報復は敵の黒い鎧を問答無用に剥がしていく。
黒いISもこの攻撃を受け続けるのは拙いと判断し、たまらず刀を捨てて後退する。
それでも止まない追撃によってアリーナの地面からは朦々と砂煙が立ち込める。
その猛攻は装填されている弾薬が尽きるまでガトリングの音は止まらなかった。
対人戦であれば確実にゲームセットになったであろう弾丸の嵐。
付け加えてゼロ距離射撃。
数千、数万の弾丸を一身に受けて無事である訳がない。
「……っ!」
朦々と舞い上がった砂煙が晴れるとそこに何発も銃弾を間近で浴び銃弾だらけの黒の鎧がアリーナの真ん中にさも問題ないかのように姿を現す。
痛々しいダメージを負いながらも平然と直立する無機質な鎧の姿は先日の乱入者とはまた違った不気味さを思わせる。
その漆黒の鎧をダメージを受けた部分を覆うように―――銃弾を吸収して生物のようにぐにゃぐにゃと変形させて傷口を修復し、もとの織斑千冬の姿を形取る。
「ちょっと……。いくら原型が崩れたからって自己回復とかアリ……?」
「これでも駄目ですか……。ダメージを与えても表面上でもそれをなかったことにされるのってけっこう堪えますね……」
「しかし雪片はここにある。武器がない以上、相手は手出しすることはない筈だ」
そんな箒の思惑とは裏腹に、黒い偽物は粘土細工かのように体から自由に切り離し再び雪片を精製する。
「……相手、武器の取替は自由らしいですよ」
「ホント、なんでもアリね。一体どうやったらこっち」
雪片を構え、再び大地を爆ぜて鈴のそばまで翔ぶ。
その跳躍ぶのは先程同様なんの迷いもなく、なんの気配もない。
その機動はまるで同じで先程の巻き戻しを見ているかのよう。敵のリプレイと同じように鈴もまた敵の第一歩に対して対応することが出来ていない。
『武器を捨てろ、鳳!』
突然、千冬さんからのプライベート・チャネルが入る。
『そいつは武器や攻撃に反応する。逆を言えば武器を放棄すればそいつが襲ってくることはない! だから捨てろ!』
その仮説が正しいのならば確かに鈴が襲われる必要がなくなる。
しかしその仮説が間違いであれば、鈴は自ら雪片を受け止める剣をみすみす捨ててしまうことになる。そうなれば、袈裟で切られることは目に見えている。
「鈴! 千冬先生を信じて! 早く!」
「っ! 信じるわよ! 置き土産よ! こいつでも持ってきなさい!」
一瞬、躊躇ったがすぐに仕種の言葉に決断し大きく振りかぶって双天牙月を投擲する。
黒い人形は雪片でそれを弾き追撃するかと思われたが、先程の進撃が嘘のように黒い人形は目標を見失ったかのように沈黙する。
「どうなってのよあいつ。絶好の機会に攻撃してこないなんて……」
千冬さんの仮定通り、あれは武器や攻撃に反応するらしい。
「これでとりあえずは攻撃しなければ危害を加えられることはありませんね」
「しかしどうするのだ。あの中にはまだあいつが取り込まれたままだぞ」
「あいつって……。ということはあの中にいるのは……」
「シュヴァルツェア・レーゲンの操縦者、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
それを聞くともう一度黒の異形に注目が集まる。
あれが千冬先生の姿を模したのは彼女の中の最強のイメージが千冬先生であるからだろう。
そして彼女のイメージをISが形にした?
そんな馬鹿な。いくら外見を真似ようとも千冬さんの剣の腕前までは真似することは出来ない筈……。
『お前たちは一旦後退しろ。そいつの対処は我々が行う』
そんな思考の折りに千冬先生から通信が入る。
「しかし……」
「ここは素直に引きましょう。三人がかりでも防戦一方が精一杯なんですよ?」
「だが仕種……!」
「トーナメント、出られなくてもいいんですか?」
「う……」
そう言われると分が悪い。なにせ私自身、今度のトーナメントに一夏との交際がかかっているのだ。
ここで無用な怪我をしてはその権利を試合に臨む前から放棄することになってしまう。
仕種に協力してもらった以上、何がなんでも成功させなければならない。
そうでなければ、あの告白はなんだというのだ……。
「…………うう」
「どうしました? 顔赤いですよ?」
「う、うるさい! 戦闘の疲れが出ただけだ! そんなに気にするな!」
そう照れ隠しにずんずんと歩くが、それでも後ろ髪引かれる思いで何度も振り返りながらピットまで後退していく。
アリーナの中央に黒い彫像を残して。
side:露崎沙種
三人がアリーナから出ていくのを確認すると千冬は手に持ったインカムがキーボードの上に置かれる。
そのままモニターに移るアリーナに残された己と同じ姿をした真っ黒な泥人形を厳しい表情で見据える。
それは教師織斑千冬としての表情ではなく、IS操縦者織斑千冬としての表情だった。
「それであの三人はピットに戻すとして……。どうする? 職員に非常召集かけて包囲網を敷いて取り押さえる?」
それが考えつく最善の策であろう。千冬と私が出られない以上、他の職員の要請が必要になる。
幸いにもまだ夜も浅い時間だ。非常召集をかければ大半がそれに応じてくれるだろう。
だが、
「そこまで大事にするつもりはない。私が出る」
千冬は私の言葉を制し、自らがその役を買って出た。
当然、私も束ですらもその言葉に驚きを隠せない。
「千冬、いいの? 今までずっとISに乗ってなかったんでしょ?」
「なに、馬鹿な教え子の面倒は馬鹿な教師が見るさ」
「でも千冬」
不敵な笑みを浮かべる千冬の言葉にどうしても不安を拭い切れない。
他の職員に話を聞く限り、IS学園に来てまだ一度もISを動かす姿を見たことがないという。
実習の実践も他の職員に任せ、座学にしかISに関わろうとしない。
そうまでしてISを遠ざけ、ISに乗らなくなったのには何か重大な理由があるのではないかと勘ぐってしまう。
あんなことにならなければ、私自身まだまだISに乗っていたいし前線で戦っていたい。それが私の本音だった。
ただ、世界最強が現役を退いたから私もそれに倣って身を引こうと思っただけの話。
だからその千冬が再び戦場に帰ろうということに私は不安を隠せなかった。
「……なあ沙種、私があんな偽物に負けると思うのか?」
「それは、ないけど」
「なら問題ないじゃないか」
千冬がそうは言うものであれば問題ないことは頭では理解できているのだが、それでも実際には心配なのだ。
少なくとも一年以上はISに乗っていなかった千冬、おまけに専用機『暮桜』ではなく一般の訓練機―――おそらく打鉄だろう―――での戦闘になる。あまりにも条件が悪い。
「ちーちゃん。訓練機程度のアップデートならこの束さんがちょちょいのjoyでしてあげるけど」
「いや、必要ない。あんな見慣れた剣筋、私にはこれ一本で充分だからな」
そう言って、ポケットからあるものを取り出す。
「千冬、それは……?」
「これは私の剣だ。束に言ってこれだけは量子変換してもらってるからな。何かあった時のためにいつも持ち歩いているのさ」
それって銃刀法違反なんじゃ……と言いかけたが、それを言い出したら専用機を持つ人間なんて全員それ以上に厄介なものを持っているんじゃないだろうかということに気付き深く追求しないようにする。
「では、行ってくる」
千冬が部屋を出ていく。
そしてそれを見計らったかのように束が口を開く。
「さてちーちゃん、行っちゃったけどさっちゃんはどうする?」
「どうするって……。私は束見張っとかないといけないし」
「え~。そんなことしなくても束さんここにいるのに~」
「どうだか」
「な~んて言ってるけど、さっちゃんのそれは本心は違うよね?」
「…………」
図星。
今の千冬はどうも気負い過ぎているように見える。
いくら教え子が問題に巻き込まれたからといって普段では考えられないくらいにあまりに自分から動きすぎている。
それに、嫌な予感がしてならない。
「行ってあげなよ」
「そう気軽に言ってくれるけどねえ……。束、絶対にこの部屋から出ないって約束する?」
「ん~それはどうだろうねえ~? 約束って破るためにあるもんだし」
おい待て。
「あはは冗談だってば~。今はここにいるのが一番面白いし、アレが収まるまではここから出るつもりないよん」
「じゃ約束破ったら今後束のいる間の朝昼晩の食事全部、カツ丼だからね」
「うぐ。じゃあ、私はその約束を守れたらここにいる間の三食を束さんの好きなメニューを頼んでもいいという権利を主張するけど、いいのかい?」
「オッケー、交渉成立。一歩でもここから出てみなさい? 二度と体重計に乗れない身体への第一歩を自分で踏み出すことになるんだから」
「うさぎさんは寂しいと死んじゃうからなるべく早く帰ってきてね」
「だったら政府にお縄になりなさいってのよ。じゃ、おとなしくしてるのよ」
そう子供にしつけるような言葉を残して管制室を出る。
そしてポケットに手を突っ込み、底に眠るものをきゅっと握る。
(って人のこと言えないんだなあ。自分もこれ持ってるのにさ)
そうさっき考えた小さな疑問が自分にも当てはまることを苦笑しながら千冬の後を追った。
side:織斑千冬
スーツ姿の上着を脱ぎ後はそのまま打鉄を装着し、アリーナの地面に降り立つ。
それは何年ぶりかの感覚。
ISと一体となった全ての感覚は再び戦闘のために研ぎ澄まされていく。
黒い敵の真正面に武器も持たずに立つ。
「ラウラ」
黒の自身を象った人形に対して話しかける。
声が届くことはないと分かっているが、それでも語りかけずにはいられなかった。
相手は敵が目の前にいるにも関わらず、動こうともしない。
それはそういう風にプログラミングされているからなのか、それともその死合を待ちわびているのか微動だにしない。
「いつまで私しか見ていないつもりだ」
それは嘘だ。
私が至らないばかりに今回の事態を招いたのだ。
私の言葉が足りなすぎるが故にラウラはそうなってしまい、正しい方向へ導いてやれなかった。
「お前の世界は私とお前の二人で完結しているのだろうが、甘ったれるな。人は人に依りて人となる。それはお前も同じだラウラ」
だから自らの手で清算し引導を渡す。
これが彼女の全てだというのならば、その閉じた世界を私が壊し導かねばならない。
「だからこれは制裁だ。少々痛い目を見てもらうぞ」
それが師として出来るせめてもの償いというものだ。
使い慣れた近接ブレードを展開するのと同時、黒のISが動き出す。
その速さは随分と久しい感覚。
目の前の黒は刀を据えて眼前までわずか一足で跳ぶ。
一閃。
その疾さは本家本元と劣らず鋭く飛ぶ燕を切って捨てるのではないかと思わせるような一撃。
薙ぎ払われる刀の銘は、敵を一撃で葬る最強を関する剣。
「――――――遅い」
対するように私は構えた雪片を閃く。
それはまさしく瞬く間の出来事だった。
敵の腰から鋭く抜き払われたそれが打鉄の装甲に届くよりも速く、逆袈裟で切り上げ黒い鎧を裂く。
その太刀筋はISの補助があるとはいえ、神速と呼ぶに相応しい。
「その頃の私は―――当の昔に越えている」
一閃二断。
一で閃き、二で断つ織斑千冬の居合いの真剣の技。それを躱すのは容易ではなく、沙種も例外なくこの型に苦しめられた。これが現役時代、絶対王者たる織斑千冬を支える必殺の型だった。
だが今の攻撃はそれすらも抜き去る圧倒的な速さを持っていた。
その一撃はまさしく二の打ち要らず。
ただ、敵の動きに閃くだけ。
敵の一が届くよりも遥か速く、自身の一の太刀で切り伏せる。
敵の第一手よりも問答無用で先に行く絶対的な先行/閃光の剣。
瞬極。
織斑千冬が苦節三年の末にたどり着いた一閃二断に取って変わる新たな真剣。
残念なことといえば、この境地にたどり着く頃には既にISを降りていたことだろう。
公式の場には見せられなかった幻の秘剣。
その技を使って切った初めての相手が教え子というのは皮肉なものであろう。
ブリュンヒルデの腕前は確かに恐ろしい。
間合いの取り方、崩し方、駆け引き、制圧力。
近距離戦において圧倒的に有利な試合運びをするその技術はたとえ模倣だとしても、この学園の誰もが一対一では倒せないだろう。
だがしかし、そこに織斑千冬の意志はなく織斑千冬の思考はない。
そう動くようにプログラミングされただけのただの真似事。
そのような紛い物の強さでは、本当の強さには及ばない。
本当の強さはその意志に技術が融合して初めて本当の強さ足りえるのだ。
「ぁ…………」
「馬鹿者が。余計な手間をかけさせおって。そら、帰るぞ。お前には聞きたいことが山ほどあるのだからな」
そうおもむろに手を伸ばす。
その姿をラウラの瞳が捉えると、何かが弾けた。
「あ、ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
突然の咆哮。
ラウラの叫びに呼応するかのように辺りに再び紫電が走り黒い鼓動が息を吹き返す。
「ちいっ! まだ動くというのか!!」
紫電に弾かれ体勢を崩しながらも雪片を構えたまま、距離を離す。
黒い粘土は再びラウラを飲み込みぐにゃぐにゃと形を変える。
その姿を一言で言い表すのであれば、「歪」であった。
ところどころがシュヴァルツェア・レーゲンのパーツであったり、暮桜であったり別のISであったりとその姿は先程とは似つかないほどにあまりにもチグハグ。
先程の一撃によりエネルギーが足りないのか全身を被っていた鈍い漆黒の鎧は、最初の半分以下しか纏われていない。
顔の右半分は私の顔をした仮面に覆われ、左の瞳には彼女である証の越界の瞳の金色が虚ろな光を灯している。
(とはいえ、もうエネルギーは底を尽きかけている筈だ。後一撃、奴に食らわすこと出来ればあれから開放することが出来る……)
これ以上囚われ続けているのも体力的にも心配だ。
ぎゅっと雪片を握る手に力が入る。
虚ろな金色の瞳がグリン、と動いた。
「っ!?」
私が動くよりも早くラウラが右腕を突き出す。途端に身体が宙に繋ぎ止められ後退することも叶わなくなる。
私の初動は確かに半歩出遅れた。しかしそれでも普通ならば、逃げ切ることが出来ただろう。
だがそれは普通に対しての相手の話だ。
ラウラは普通ではない。その動体視力は私の僅かな動きでも見ることの出来るオーディンの瞳。
その右の瞳に宿した最高の動体視力からはたとえ相手が世界最強だとしてもは逃れることが出来ない。
「馬鹿な、AICだと……!?」
打鉄の動きを止めたのはシュヴァルツェア・レーゲンの第三世代兵器AIC。
しかし、ラウラが囚われているあれの中にはこんな最新のデータがあるわけがない。
(まさか、これはISの自己進化だというのか……!?)
だとすればかなり拙い。早めに止めなければこいつはものすごい勢いで成長を遂げてしまう。そうなれば、私ですら止めることが叶わなくなる。
それこそ、まさしく暴走だ。
「私は、勝たなくては……。また、あの暗い闇に墜ちてしまう。だから、負けるわけにはいかない。それが、たとえ教官が相手でも」
譫言のようにラウラの唇が動く。
さっきのアレも今のコレも勝ちたいという想いが産んだ産物。
勝つことに、力に執着する彼女の心。
「それが紛い物の力でもか」
「……?」
その言葉にラウラは反応を示す。
「そんな紛い物の力に振り回され、偽物の力を借りてまで勝ちたいのか? ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「しかし、私は……。私には……」
ラウラの声の調子が尻すぼみに弱々しくなっていく。
「う、ぐああああああああああっ……!!」
再び紫電が弾け、ラウラの苦悶の叫びと共にぐにゃりと阿修羅像の如く第三の腕が背中から生えた。その腕に握られていたのは、見覚えのある銃だった。
「春紫苑……! やはり、こいつは……!」
千冬の思惑が正しくあれば、全ての説明に納得がいく。
だがISの形態を無理矢理に変形させるこんなにも異形のものだとは聞いてはいない。
「それでも……! 私は、勝たなければならない……! 負けることは許されない。負ければ、私の存在価値はなくなる。だからっ……!」
ラウラの顔が苦痛に歪みながらも春紫苑は狙いを定める。
銃弾が放たれるまさにその直前、一発の衝撃が黒い異形のISを捉える。
「ぐ……!」
その一撃によりAICの拘束は解かれ、一気に後退する。
そこにいたのは、
「うーん。本当はあの銃にぶつけるつもりだったのになあ。若干腕が鈍ったのかな? ま、長かった入院生活のせいにするか」
「沙種……」
敵の構えるそれと全く同一規格のライフル銃を握っている授業初日以来ラファール・リヴァイヴを駆る沙種だった。
「やっ。助けに来たよ」
「束は」
「取引してきた。部屋を出れば三食絶対カツ丼、出なければ三食自由なメニューを選べる。そう交渉のカード切ったら喜んで食いついてきた」
「なんなんだ、その小さい取引は……」
「そういうのって案外と死活問題なんだって。ま、実際にあの部屋が一番観察するにはもってこいの部屋だしね。よっぽどのことがない限り出ることはないよ」
確かに管制室はアリーナの状況を見渡すのには最適な場所だ。データを取るという目的のためならそこにとどまった方が多くのデータが集められるだろう。
「しっかし、世界最強を二つくっつければその強さが二倍になるとでも思ってるのかしらね、あの装置とやらは」
「ブリュンヒルデにジャンヌダルクの合成品か。まったく頭が痛いことこの上ない」
「ま、千冬にかかればヒュドラだろうがケルベロスだろうが別に問題ないでしょ?」
「言ってくれるな。私はどんなヘラクレスだまったく」
そう言いながらラウラを見据える。
形は変化したがあれは自衛のための装置。少なくとも自ら討ってくることはない。
その根幹は変わっていることはない。たとえ操縦者が意識を取り戻そうと、あれの本質は模倣し返り討ちにする機械。
「奴のエネルギーは風前の灯火だ。一撃当てることが出来ればあれはすぐに朽ち果てるだろう」
「ふんふん。で、その一撃を当てるために私に協力して欲しい、と」
「……別に嫌ならやらなくてもいい」
沙種の言い方が鼻につくからか、むっとした表情になる。
「冗談だって。だいたい近距離殺しのAICを装備してるんだから援護があったほうがいいに決まってるでしょ」
「勝手にしろ」
「はいはい、勝手にしますよ。で、作戦は?」
「あいつの体力もそんなに残ってない。やるならば短期決戦だ」
「了解。それじゃ適当に牽制するから千冬がそれに合わせてあいつを止めるって作戦で。仕留めるのよろしくね」
ああ、と短く相槌を打つ。
あまりにもざっくばらん過ぎる作戦だが、私たち二人にはそれぐらいで丁度いい。緻密過ぎず、その場の感性によって柔軟に対応する。
後は以心伝心、幼馴染としてお互いどれくらい分かり合っているかの問題だ。
「今思えば、お前とこうして仲間として同じフィールドに立ったことがなかったな」
「モンドグロッソにダブルスがなかったもんね。第三回は作ってもらう?」
「いらん。私たちは引退した身だ。後は下の奴らが勝手にする」
そうだ、老兵は去るべきだ。
今回出てきたのもアイツが絡んでいて、尚かつ止められる人が他にもいなかったから。そして、大事にしたくなかったから仕方なくISに乗ることを選んだ。
それにまだアレを明かすわけにはいかない。
「準備はいいか、沙種」
「いつでもいいわよ。最初で最後の大盤振る舞い。道は切り開くから思い切って千冬は後から突っ込んで」
「ふっ、間違って私を撃つなよ? バラ撒きはお前の専門分野だからな」
沙種の腕に握られていたのは愛銃ではなく、連射性に優れるアサルトライフルを二丁。
先に沙種が飛び出すと、それに倣うように私も翔ぶ。
最初に両手にアサルトライフルが握られていたが、弾薬が尽きると一秒と待たずにその手には新たにアサルトカノンが握られていた。
高速切替。
射撃において最大限のアドバンテージを獲得することの出来る技術。
射撃型は近接型と違い、多種多様な武器をロスなく選別し展開することが必要となる。
それらを戦局ごとに一瞬で最適を導き出し、自分が有利である状況を
沙種はライフル一本で成り上がったと誰もが思っているが、その答えはイエスでありノーでもある。
確かに春紫苑の性能が沙種の世界一に貢献したことは大きいが、それを行う沙種の射撃武器の知識の豊富さ、それを実行に移せる技術もまた彼女が世界を取ることの出来た理由の一つである。
その中でも一番目を見張るのは、高速切替の技術だった。
実際、春紫苑に触れるまでは何十丁もの射撃武器を場面場面に合わせて取っ替え引っ替え撃ちまくるのが彼女の本来のスタイルだった。
「最適」を常に「最速」で選び出し敵の反撃の隙も与えることなく制圧する。そのスタイルは何を隠そう、今の仕種のスタイルに確実に受け継がれている。
だが多くの人間は知らない。その「制圧」こそが彼女の本来の戦闘スタイルの一つであるということを。
「ちっ! これ弾なくなるの早い! 次!」
ライフル、アサルトカノン、ショットガン。沙種は飛翔速度を上げながら次々と銃を切り替えながら弾丸をバラ撒いていく。
それはさながら戦闘機の襲撃のよう。
そしてバラ撒く銃弾に乗じて敵すら抜き去りその死角を点く。
敵の死角を点くと先程まで握られていたライフルは既に収納され、沙種の手には馴染みの春紫苑が収まっていた。
春紫苑を扱う以上、その強みも弱みも知り尽くしている。おまけに担い手は露崎沙種の思考を持ち合わせているとすればその裏をかかねばならない。
だからその弱みを見せる場所を選んでいたのだ、本当に使うべき「最適」の場所を。
「最適」の場面で始めて、春紫苑が展開される。
「その贋作、消させて貰うわよ」
実弾モードによって春紫苑から放たれる凶弾は同じ姿を模した銃を第三の腕ごと吹き飛ばす。
「千冬!」
「分かっている!」
その言葉と共に黒の鎧の前に躍り出る。
「っ!!」
「終わりだラウラ! これ以上子供の駄々に大人を付き合わさないでもらおうか!」
雪片を腰から抜き払い、相手の刀を弾く上段に大きく振りかぶり頭から一閃、唐竹割りのような鋭い一撃が黒いISを捉える。
ラウラも複製された雪片でどうにかそれを防ごうとしたがエネルギーが足らず強度が不足していたのか、それとも千冬の一撃が凄じかったのか、紛い物の名刀は脆くもまっぷたつに叩き折られた。
「あ……」
ラウラを覆う黒い鎧も今の一撃にエネルギーが底を尽きたのか完全に動きを止めラウラを開放する。
解放されたラウラのその姿は目に見えて弱りきっていた。
シールドエネルギーが発動出来てないのか雪片の切っ先が触れたのか額に切り傷が走った。
「教官……。私は……」
「今は何も喋るな。ゆっくり休め」
「…………はい」
諭すようにそう告げると安心したのかラウラは目を瞑り意識を深いところに落とす。
私はそれを見届けると表情を苦悶に歪めた。
「……馬鹿者が。助けて欲しいなら素直に助けて、と言えばいいものを」
「そういうことを言えるような子じゃないでしょ、この子って」
「分かっている。それくらいは分かっているんだ。それでも、言わなければ気づかないだろうが」
そう愚痴りながらラウラを抱える。眠っているラウラは大の女が抱えているにも拘らず軽かった。
「本当に、私はいつも遅いな。一夏といい、お前といい、ラウラといい。気づくのはいつも事が起こってからだ。……どうして私はこうも鈍いんだろうな」
「それでも千冬はちゃんと助けてるよ。一夏くんも、私も、彼女のことも」
「お前にそう言ってもらえるだけでも救いだよ」
だから、今度こそ救ってみせる。何かが起こってからではなく、何かが起こる前に。
私が食い止めてみせる。命をかけてでも。