私とセシリアの戦闘から五日、土日を挟んだ月曜日の放課後。私の時と同じように第三アリーナのAピットにいた。
「―――――――なあ、箒」
「なんだ、一夏」
あの日から一週間、一夏は物の見事に箒に扱かれ続けた。いや、確かに扱いてやってくれとは言ったけど根を上げさせられないところまで扱くとは流石、古き良きスポコン魂に溢れた数少ない人間だ箒。
おかげで一夏は大分勝負の勘は取り戻せたようだが、それでも「錆だらけ」から「錆ついた」に変わっただけ、というかほとんど変わりない付け焼刃状態なのだがでどこまでやれるか分からない。
「いや、来ないな。俺のIS」
そう。
一夏の専用機は一夏が男故に少し調整に時間がかかっているらしい。
らしい、というのはあくまで憶測だからで実際は間に合わなかったZE! だからまことに、ま・こ・と・に! 申し訳ないんだけど量産型の打鉄で戦ってもらうんだZE! なんて言われてもこの状況下では不思議ではない……って何を言っているんだ私は。不意に謎の毒電波が。
つまりは、試合の開始時刻を回っているが一夏のISはまだ来ていないのである。
「お、織斑くん織斑くん織斑くん!」
山田先生がわたわたとこけそうになりながら駆け寄って来る。足取りが危なっかしいこと限りない。山田先生はこれさえなければいい先生なんだけどなあ。
「山田先生、深呼吸して落ち着いてください。はい、深呼吸。すーはーすーはー」
「すーはー、すーはー。あ、ありがとうございます落ち着きました」
「いえいえ。で、何がどうしたんですか」
「それでですね! 織斑くん、来ました! 織斑くんの専用IS!」
へ? と一瞬呆けたような顔をする。
「織斑、すぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えて見せろ。一夏」
「……同情しますが、やるしかないですよ。一夏」
「え、あの……?」
「「「「早く!!」」」」
四人の声が見事にハモる。一夏、貴方がどもってる時間なんて一秒もないんですよ!
斜めに噛み合った防壁扉がガコンと音を立てて開くと、
――――――そこに、『白』がいた。
「これが……」
「はい! 織斑くんの専用IS、『白式』です!」
「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。出来なければ、負けるだけだ。分かってるな」
千冬先生にせかされて一夏は白式に触れる。
一夏は不思議そうに固まるがそれも一瞬、白式について理解したのか動くことを再会する。
「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。あとはシステムが最適化をする」
カシュ、カシュという機会音と共に一夏が白式と一つになる。
「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」
「大丈夫、千冬姉。いける」
「そうか」
千冬姉って呼んでるのに一夏が怒られていない。まあ、千冬先生も「織斑」じゃなくて「一夏」って呼んでるから私人として心配してるんだろうけど。
「一夏、昨日私が教えたこと。忘れてないでしょうね?」
「ああ、ちゃんと覚えてるよ。対ブルー・ティアーズの必勝法、使わせてもらうさ」
そう言って笑いかける。逆にその笑みが不安を誘う。
「……念を押しますが、最後の最後まで気を抜かないように。私からはそれだけです」
一夏の場合、平気で「やったか!?」みたいな死亡フラグを立てますからね。
「充分だよ。仕種」
「…………」
隣の箒はなんて声をかければいいのか分からないのか黙りこくっている。
「箒」
「な、なんだ仕種」
じれったいので、箒に助言をしてやることにする。ほんと、不器用ですよね箒って。
「こういう時は言いたいことを言っておきなさい」
う、うむと首を縦に振る。うん、素直でよろしい。
「一夏」
「ん、なんだ箒」
「その、なんだ。勝ってこい」
「ああ、行ってくる」
そう告げて一夏は飛び立つ。
世界で唯一ISを動かせる男の公式戦が始まった。
side:織斑一夏
飛び立った僅かな時間に思考を思いめぐらせる。
箒と仕種と千冬姉の期待を背負って戦う。一人だけでも重いというのにそれが三人分となると流石に重い。
世界最強の弟ってだけでもハードル上がってるのに、周囲からの期待の目も充分に重しになる。
けれど、
「負けらんねえよなあ……」
そんな重圧にも負けず一人、静かに闘志を燃やし呟く。
勝つと約束したからには、果たさねばならない。信頼に応えなければならない。
やっと、守ることの出来る力を手に入れたんだから。
「来ましたわね。織斑一夏。レディをエスコートする男が遅刻するなんてマナー違反ではなくて?」
空に飛んだその先に、蒼は腰に手を当てて試合の開始を待っていた。
ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり。先程白式から送られてきた情報を再確認する。
もっとも、昨日に仕種たちと映像を交えての対策会議はやっているから相手の手の内は知り尽くしている。
けれどそれで勝負が決まるわけではない。相手は代表候補生、国の未来の代表を担うために訓練を受けてきたエリート中のエリート。
対してこちらは先日までISのIの字も知らなかった一般人に毛が生えた程度のズブの素人。到底、この差は埋められるものではない。
「悪い。少し立て込んでてな」
軽口を牽制に戦うべき敵を見つめ返す。
ふん、と鼻を鳴らしながら腰に手を当てているが以前の彼女とは態度が違う。ハイパーセンサー越しでなくても一週間前との対応の違いははっきり見て取れる。
前なら俺の一挙一動に対してもっと侮蔑した目で見ていた筈だ。……それが原因でこんなことになっているんだが。
それに彼女の纏う雰囲気がどこか張り詰めている。ピリピリと、真剣勝負に挑むような、何か見極めるようなそんな空気だ。
なら、深いことはどうでもいい。
侮られて試合をするより、真剣勝負で手を抜かれるより、本気でぶつかってくれるのならずっといい。
この場に来てようやく彼女と対等の立場に立てた気がする。
「試合を始めるに当たって問いますが織斑一夏、貴方は何のために戦うのですか?」
そんなことを聞かれると思ってもみなかった。
「え……と」
いきなりの問いに思わずどもってしまう。んなこと急に言われてもうまく言いたいことが纏まらないっていうか……。
「結構ですわ。今答えられないのなら、答えが出た時に聞きましょう」
おう、勝手に進めるぞこの女。やっぱり根っこは変わりないみたいだな。
「お互いの全てを賭けなさい織斑一夏! このセシリア・オルコットが全身全霊お相手致しましょう!!」
開幕を宣言すると当時、スターライトmkⅢからレーザーが放たれる。
「うおっ!?」
耳をつんざくような音のレーザーを間一髪でかわす。
「いい反応ですわ。ですが、それもいつまで続くかしら?」
続けて引き金が引かれる。降り注ぐレーザーの雨。必死に回避するがそれでも二発、三発と雨に撃たれる。
(くっ! 白式が俺の反応速度に追いつけてない!)
精密射撃がエネルギー・シールドをどんどんと削る。いくらなんでもこのままではジリ貧だ。
「武器はないのか……!」
白式に問い、展開可能な武器一覧を開くと一覧の中には近接ブレードしかない……ってやっぱり刀一本だけかよ!!
「ま、分かってた話だけどさあっ!!」
悪態づきながらも、唯一の武器である一・六メートルほどのブレードを展開する。
「中距離射撃型に近接武器で挑もうなんて……笑止ですわ」
「これしかないんだから仕方ないだろ。それに剣には一応の心得があるしな」
「確かに素人に銃の扱いについて心得てる筈もありませんし。そっちの方が勝てる確率が上がるかもしれませんわね。しかしっ!」
右腕を横に振り、背中に配置された非固定浮遊部位のフィン・アーマーを飛ばす。ブルー・ティアーズだ。
「そんなもので経験の差が埋まるほど程、勝負は甘くありませんことよ!!」
始まるブルーティアーズを含めてのレーザーの嵐。
しかし、前回の戦いで札は見えているので対処の仕方は分かっている。
(ビットが狙ってくるのは俺の一番、反応が遠いところからだ)
仕種の対策講義を思い出しながら、白式を撹乱するように飛びまわるビットのレーザー群をかわす。
どこから来るかが分かるのならばその方向に注意深く意識を向けてやれればいい。
(それにあいつがブルー・ティアーズを扱ってる間はBTの制御に集中しなくちゃいけないからライフルを撃つことはない……!)
身体をねじながらビットから繰り出されるレーザーのコンビネーションをかわす。
(だったらっ!)
一瞬の隙を突き、スラスターを吹かしビットの包囲網を突破する。
ビットを置き去りにして、無防備な奴の懐に飛び込めばいい。
「っ!?」
一瞬、セシリアの顔がたじろぐのが見えた。
「はあああああああっ!!」
「くっ!」
セシリアは僅かに遅れながら急いで銃を構え、ライフルから放たれる閃光を――――――かわした。
「うおおおおおおおっ!!」
そのまま気迫で相手との距離を肉薄し、ついに刀の届く距離まで詰めた。
近接武器を構えていない相手に対して確実に一撃が入ることは必至――――――だった。
どくん、と心臓は跳ねる。これは罠だと本能が告げる。
しかし、そんなもの本能でなくても理性でも充分に理解することが出来てしまった。
何故なら、セシリアのその口元は全てが思い通りに言ったことを喜ぶように歪んだのだから。
「っ!?」
嫌な予感と共に、予期せぬ方向から光がスラスターを撃ち抜いた。
「な――――!?」
予測不能の事態に思わず動きを止めてしまう。
今、一体何が……!?
「勝負の最中に余所見をしている暇はありまして!?」
「しま――――――!」
セシリアの声に我に返るが、既に遅い。セシリアはライフルを素早く構え直すと放たれる閃光が右肩を撃ち抜く。
「ぐ、う!?」
至近距離で攻撃を受けた衝撃で大きく弾き飛ばされる。
正面から受けたライフルにシールド・エネルギーが削られる。
詰めていた距離を一気に離される。その距離二十メートルあまり、近接武器の間合いとしては絶望的だ。
失念していた。
何故、こうも簡単にセシリアは突破を許した?
彼女がこっちが対策をとっていることを分からない訳ではない筈だ。
つまりは、
「まんまと誘い込まれたってことかよ」
小さく悪態づく。ブルー・ティアーズの特性を理解し、それを利用したのだ。
しかし、それだけでは説明出来ない。あれは仕種の時ではライフルとの両立はほとんど不可能だと対策講義では結論付けていた。
では、何故ブルー・ティアーズのレーザー光がスラスターを撃ち抜いたんだ?
「驕りを捨てたわたくしは以前のわたくしとは違いましてよ?」
誇り高くセシリアはそう宣言する。彼女が戦いに駆り立てるのは驕りではなく誇り。
理解出来ないまま、一方的な豪雨が降り注いだ。とにかく、今は相手の手数を増やさせてトリックを見極めるしかない。
side:露崎仕種
「仕種! 話が違う! あいつはビットとライフルの併用は出来ない筈だろう!?」
管制室で試合を見ていた箒がものすごい剣幕で突っかかる。
無理もない。私たちが対策会議をした時点では想定していないことが目の前で起こっているのだから。
「……確かに私が戦った時点では併用してなかったし出来なかった筈です。私だってこんなの予想外なんですよ箒」
私だって目の前で起こっている事に対して理解が追いついていない。
「あ……すまない」
思わず感情的になってしまったのを自省しばつの悪そうに項垂れる箒。
「BT兵器、ブルー・ティアーズの特徴は毎回命令を送らなくてはいけない。その間どうしても操縦者は無防備になってしまう。正規のやり方ならこれは絶対の筈です。そのシステムが一週間やそこらで変わるとは思えない」
「しかし現に……!」
「自律制御だな」
千冬先生はモニターを見据えながらそう呟くと一斉に視線が集まる。
「手動操作のような相手の死角を突くような多角的な動きは出来なくなるが、自律制御にプログラムを任せることでライフルと同時使用のコンビネーションが出来るようになったというわけだ。あくまで推論だがな」
そう考えるのが妥当だろう。だが本当にそれだけなのだろうか?
「でも、たった一週間のうちにBTの自律制御用のパッチを組み立てるなんて……」
「なに、あいつは代表候補生だ。協力者がいない訳ではないだろう」
山田先生の懸念を切り捨てる。確かにそれは否定出来ない。国の威信を背負って立つ代表候補生ならば、バックアップ体勢は充実しているだろう。
「しかし、一週間で凄い人の変わりようだな露崎。一体オルコットに何を吹き込んだ?」
そう言うと千冬先生はちらりと視線を移す。
「吹き込んだって人聞きの悪い。少し話をしただけですよ」
まあ、某魔法少女のような肉体言語的なOHANASHIはしてないんですけど。
「……そうか。ならかまわん」
それだけ言うと千冬先生はまたモニターに目をやる。千冬先生は必要以上に深く詮索しないでくれるのでこちらとしても非常に助かる。
私も再びモニターに目を戻す。映っているのはライフルとBTに翻弄されながらも私に言われたことを実行する一夏。
「私の対策会議、無駄にしないでくださいよ。もう少しで、逆転の糸口を掴めるんですから」
柄にもなく映るモニターに映像に対して語りかける。
教えたのは必勝法だけではない。相手の機体、武器の特性。
そして白式の状態。
今はまだその時ではない。
その時が来れば、きっと―――――――。
side:織斑一夏
「くぅ!」
ボロボロになりながら相手の攻撃をかわす。反撃の糸口さえ掴めない。
先程からはライフルとの連携ではなく同時攻撃ばかりだ。
いや、ばかりではなくこの試合全ては同時攻撃?
ひょっとすると、
確認するために一端、距離を置く。
それを見逃さずにセシリアはライフルが放たれる。それと同時、飛び回っていたビットも一斉にレーザーを放った。
懸念していたことが当たり、ついに核心を突いた。
(見えた! BTとライフルが同時に使えるようになったカラクリが!)
「このBTは仕種の時と違って、お前のライフルの引き金がスイッチになっているんだ。だから、ライフルとビットを同時に扱うことが出来る。いや、扱っているのは結局ライフル一本か」
右の目尻が引き攣った。ハイパーセンサーのおかげか微妙な表情の変化も見逃さない。
「最初はビットの連携もあったが、ライフルを交えてになるとどうしてもトリガーの方が優先度が高い。だから、連携はなくなり同時攻撃しか出来なくなる。違うか?」
「小細工は所詮小細工。対策が裏目に出て自爆すると思っていましたのに存外に戦況を見る目に肥えていますのにね」
それは負け惜しみではなく、真に感心しての言葉。
種が分かれば後は簡単だ。
逆を言えば同期しているライフルを引かせなければBTは飛んでいるだけの飾りだ。
そう思案したと同時、スラスターを吹かせる。
だったらそれを撃たせる間もなく距離を詰めれば―――――――――!!
「ですが、これを忘れてはおりませんこと?」
にやり、と口元を釣り上げると同時、ガコンと弾道型の砲身を向ける。
「こちらは正真正銘、自律制御ですのよ!」
まずい、飛んでいるレーザーのビットが印象が強すぎてこっちのことをすっかり忘れていた!
真正面に突っ込んでくるミサイルなどかわす術もなくデッドラインを越え、爆発に巻き込まれた。
昨日の対策会議を思い出す。
はは、走馬灯って奴かよ。もうすぐ負けだってのに今更思いだすなんて。
『一夏、届くばかりの貴方の機体はまだフォーマットとフィッティングが済んでいません』
『フォーマットとフィッティングってなんだよ?』
『……言葉通りの意味だ。お前は英語も出来ないのか?』
『ぐ……』
『箒のいう通りですよ。初期化と最適化。来たばかりのISはこの二つが行われていません。しかしこれが終了すれば、』
『すれば、どうなんだよ?』
『そのISは真の意味で貴方の専用のISになる、ということですよ。せいぜい、時間を稼ぎなさい』
ああ、つまり。
「機体に救われたか。バカ者め」
「タイミングよ過ぎて笑えませんね。これが主人公補正って奴ですか」
仕種が、時間を稼げと言っていたのはこのための布石というわけか。
爆炎の中から白騎士の姿が立ち現れる。それは先程のような無骨なデザインではなくもっと洗練された中世の鎧をイメージさせる。
受けたダメージも修復され、完全な状態が再現される。
―――――――――フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください。
「一次移行……。貴方、まさかフォーマットも済んでいないISで私に勝負を挑んだというの!?」
急な展開にこちらも状況は掴めないがどうやら、そうらしい。
ISのデザインだけでなく、手に持っている刀の形状も変わっている。そんなことよりも刀の銘が、
「≪雪片弐型≫……。雪片って千冬姉の」
千冬姉はこの一振りで世界を取った。雪片はその時に使っていた刀の銘。
そしてこの剣も雪片の名を冠する名刀。弐型というからには発展型なのだろう。
「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
三年前も六年前もおそらく十五年前も。俺はずっとあの人の弟であの人は俺の姉だ。
でもそろそろ守られるばかりも嫌になってきた。だから、これからは。
「俺も、俺の家族を守る」
「貴方、何を言って―――――――」
「とりあえず、千冬姉の名前を守るさ!」
剣を構え、セシリアに向かって突貫する。
「わたくしだって負けられませんのよ!」
四機全部のビットを解放し群として飛ばす。
見える。それにさっきよりも使いやすく、ずっとこっちの思いに応えてくれる。
一瞬で飛んできたブルー・ティアーズ全てを振り切る。瞬間加速も先程の比じゃない。これならば、やれる!
「な……!」
無視されるとは思ってもいなかったのだろう。次の行動の第一歩が遅れた。その隙は俺に廻って来た最高のチャンスだった。
(この一撃に全てを賭ける……!!)
一撃必倒。
千冬姉はいつもそうだった気がする。だから、弟の俺もそうであらねばならない。
たとえ、まだ未熟なこの身でもその形に近づきたい。
やられる前にやれ。
ブルー・ティアーズを戻すには距離がありすぎる。ライフルを構えるにはあまりに遅すぎる。
逃げる蒼の雫をついに捉えた。
「おおおおっ!!」
下段から上段への逆袈裟切りで切り裂いた。
「きゃああああああっ!!」
一閃。
振り抜いた剣を構え直し、もう一撃を加えようとした時点で試合終了を告げるブザーがなる。
『試合終了。両者エネルギー切れにより引き分け』
「「え……?」」
あまりにも唐突な事態に間の抜けた声が重なる。
見るとシールド・エネルギーのゲージが空っぽになっていた。
どういう原理か知らないがとりあえず雪片弐型で攻撃したのが原因なのだろうか。
「あーくそ、もう少しだったのに。やっぱつええな、やっぱ前半削られ過ぎたのが原因か……?」
「あ、あの……」
「ああ、そういえば言ってなかったな。俺が何のために戦うのか」
俺は口を開いて、語った。
俺の、俺が戦う理由を。
side:露崎仕種
「大見得切って、引き分けとはなんてザマだこの大馬鹿者」
開口一番、千冬先生から一夏は相変わらずキツイお言葉を頂いていた。
いや、正直言って代表候補生相手にズブの素人相手が引き分けるのは大健闘だと思うんだ、なんて目をしている一夏。
甘いですよ一夏、そんな勝ってもいないのに労いの言葉をかける千冬先生なんて幻想に幻想による幻想のための幻想くらい甘いです。
「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身を持って分かっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動させろ。いいな」
「まあ、負けてない分だけ今日はこれで許してやる」
「ま、負けてた時は……?」
「織斑、知ってるか? 好奇心は猫を食い殺すって言葉があるぞ?」
「い……。やっぱりいいです」
……千冬先生、脚色し過ぎです。本当は殺すだけでいいんです。
「じゃあ、はい」
山田先生から手渡されるIS起動のための電話帳。読んでおけということなんだろう。ご愁傷様。
「帰るぞ」
箒の短い一言に打ちひしがれる一夏。
にしてもホント、傷心の相手にも容赦ないですね箒。
寮へ帰る道のり、箒が一夏に問う。
「一夏、悔しくはないのか?」
「そりゃ悔しいさ。後、もう一歩だったのに」
その一言を聞いて安心したのか、ぶすっとした表情の中に安堵を浮かべた。
「なら、いい」
「あ、明日からはあれだな。ISの訓練も入れないといけないな」
「無理すんなよ。あれって申請に何枚も書かないといけないんだろ?」
確かに一夏の言う通り、学園でISの使用許可の申請書は何枚も提出して初めて通る面倒くさい代物だ。
専用機持ちには無縁な話だが、生憎と箒は専用機を持っていない……む? 束さんなら専用機押しつけててもおかしくないのにな。どうしてだろ?
「む、無理などしていない!!」
「ふーん、じゃ仕種は?」
「私は一夏が私の動く的になってくれるんでしたらお付き合いしますが」
「ひでえ役回りだな俺!?」
「後ろから刺されるよりはよっぽど本望でしょう」
「仕種の中の俺の評価はどうなってんだ!?」
「女の敵。今日もフラグひとつ立てやがって」
「フラグってなんぞ!?」
知らなくて結構、時に無知は罪なのです。
「そ、それは本当なのか仕種!?」
食いついてくる箒。
「ええ。私からも注意したのですが無理でした」
「いや、仕種はよく最善は尽くした、悪くない。全ては一夏、お前が悪いんだ!!」
「……もう、どうだっていいよ」
「とにかく、これからもこの『私』が教えてやるからな! 必ず放課後に時間を空けておくのだぞ!」
そう声高らかに私のところを強調して宣誓する箒。
にしても。
進展しないなあ、この二人。
方や世紀の唐変朴、方や恋に奥手な純情少女。押し倒して既成事実さえ出来ればそれでオーケーの筈なのに。
ああ仲人、面倒くさ……。
side:セシリア・オルコット
負けた筈なのに、今日の戦いは不思議と悔しさが込み上げてこなかった。
逆に憑き物が取れたかのように清々しい気持ちにさせられる。
『俺が戦うのは……そう、守るためかな』
彼は戦いを終えた空でそう私の問いに答えた。
『そのために強くなりたい、強くなって誰かを、大切な人を守れるようになりたい。そんな人間になってみたいんだ』
あの決意と自信に満ちた表情を思い出すと途端に胸が熱くなる。
母のように自信に満ちたあの目。芯の通った意思の持ち主。
まさしくセシリアが求めていた男性像を体現したかのような男だった。
だから知りたい。どうして、そんな風に強く生きられるのか。
だからなりたい。彼の言う大切な人になりたい。
ふと一週間前に話し合った彼女が見せた嫌そうな顔を思い出し、思わず笑ってしまう。
「ふふ、申し訳ありませんわ仕種。貴女の忠告無駄にしてしまいましたわ。でもこれで惚れない女は世界に広しといえど、貴女ぐらいなんでしょうね」
彼女が彼の言葉に揺るがないのは彼と織斑一夏と同じ、もしくはそれ以上の決意を秘めているからなのだろう。
もっとも彼女の根底にあるのは負けたくないというものだと聞いたところをみると、相当の負けず嫌いなのだろう。
でも彼女には感謝している。おかげで世界を歪んだ視点で見ることから解放してくれたんだから。
おかげで彼に出会えたんだから。
「織斑、一夏……」
名前を愛おしげに口ずさむだけで思わず頬が緩む。それだけで胸がいっぱいになる。
だから、今回の負けは特別この思いに満たされることで埋め合わせよう。
セシリア・オルコットは生まれて初めて恋をした。
side:織斑千冬
寮長室、ベッドに腰掛けながらおもむろに携帯を手に取り、ダイアルをかける。
三度のコール音の後、ブツという音と共に電話が繋がる。
「ああ、私だが」
『もしもし千冬? 久しぶり。それといきなり私だがって止めた方がいいよ? どこのわたしわたし詐欺って感じだし』
くすくすと笑い声が電話越しに聞こえる。その笑い方は流石姉妹、妹の笑い方とよく似ている。
千冬の声をアルトとするならこの声はメゾソプラノ、もう一人の幼なじみはソプラノと称するのが適当だろう。
「お前が私だと分かれば別に構わん。だいたい、お前の携帯にかけてるんだ。お前以外の人間が出ることはない」
『相変わらず、強引というか大雑把というか……』
はあ、と溜息を吐かれる。失礼な。
『で、要件は何? 千冬って必要最低限しか連絡くれないから私に何か頼みたいことがあって連絡したんでしょ?』
声は真面目な雰囲気で聞きかえす。
付き合いが長い分、こちらのかけてきた意図を読み取ってくれるので助かる。
「ああ。実は二組の先生が産休を取ることになってな。五月末までは出るらしいが六月からに休むことになるのだが今、臨時で教師を探している。出来れば腕の立つ人をと理事長は言っている」
『面白そうだね。それと私とどういう繋がりがあるの?』
「なに簡単なことさ。沙種、IS学園の臨時教師をしてみないか?」
『それってさ、教職免許いるんじゃない? 私、千冬みたいに免許持ってないし』
「気にするな。大学では教職課程を取っていたんだろう? それに、教師は無理でも講師くらいなら出来るだろう」
『相変わらずああいえばこう言う……。いいよ、受けてみるよ』
「分かった。理事長には私から話を通しておく。と言ってもお前の名が出た時点で即採用だろうがな」
『……それってアンフェアじゃない?』
「仕方ないだろう? お前も私と同じ最強の名を冠する者なんだからな」
『ていうかさ千冬、最初っから私にIS学園の教師させる気でこの電話かけて来たんでしょ?』
「さて、どうだかな」
笑っていた。ただ、幸いと電話越しなのでこの表情が相手に見えるわけじゃない。
『ま、いいか。そういうことにしておく。私もいつまでも無職でいる訳にはいかないし』
『じゃあ千冬、また学園で。仕種のことよろしくね』
そう言うと、プッと電話が切れる。それを聞き届けるとベッドに体を横たえる。
「よろしくね、か……」
最後の一言を呟く。
それは、まるで――――――――――。
* * *
あとがき
投稿するのに頭がいっぱいであとがきを書くのを忘れてました。3回分書いてないかも……。
とにかく、テンプレ展開に食傷気味の主人公で本当にごめんなさい。