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No.28802の一覧
[0] (SO3)その後のデメトリオ[シウス](2011/07/12 21:57)
[1] 第一部  プロローグ 出会いのキッカケ[シウス](2011/07/12 21:59)
[2]  1章 ここはどこ?[シウス](2011/07/13 22:55)
[3]  2章 地上から隔絶された平穏[シウス](2011/07/13 22:57)
[4]  3章 希望との再開[シウス](2011/07/16 16:15)
[5]  4章 平穏の終わり[シウス](2011/07/17 00:18)
[6]  5章 地底からの脱出[シウス](2011/07/19 22:28)
[7]  エピローグ 新たな旅立ち [シウス](2011/07/19 22:35)
[8] 第2部 プロローグ アリアス村の現状[シウス](2011/08/06 16:29)
[9]  1章 久しぶりの人里[シウス](2011/08/06 16:44)
[10]  2章 パルミラ平原[シウス](2011/08/13 15:22)
[11]  3章 平穏な道中[シウス](2011/08/13 15:26)
[12]  4章 エクスキューショナー:メデューサ[シウス](2011/08/13 15:28)
[13]  5章 平穏な道中(2)[シウス](2011/08/17 14:50)
[14]  6章 最上級エクスキューショナー:代弁者[シウス](2011/08/17 14:55)
[15]  7章 決着[シウス](2011/08/19 21:23)
[16]  エピローグ また次なる旅へ[シウス](2011/08/19 21:25)
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[28802]  4章 エクスキューショナー:メデューサ
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/13 15:28
 馬車よりも遥か数十メートル先に、3体の異形がたむろしていた。
 太い割には短いヘビの下半身。そして上半身は―――人に近い姿だった。全長は2~3メートルはあるだろう。
「……あれが代弁者とか断罪者ってヤツか?」
 ユリウスが問うと、アストールは首を横に振った。
「違う。あれはメデューサだ。魔物の中じゃ、中の下だ」
 強烈な施力を感じた。こないだのジャイアントモスと同種の禍々しい質であり―――ジャイアントモスの数倍もの高密度な施力の塊。
 今度はヴァンが口を開いた。
「ヤツらは無理に倒さなくてもいい。注意を引き付け、馬車が無事に街道を通過できればいいんだ。なぁ、ユリウスさんよ。すっっっげぇ悪いとは思うんだが、手伝ってくれないか?」
「―――やっぱ新入りの護衛兵士にやらせるわけにはいかないんだな?」
「ああ、そうさ。あいつらの事だ。ここいらで俺とアストールの正体をバラした上で、今回は『見習い』をしてもらう。ぶっつけ本番でやらせて、パニックなんて起こされたら堪らないからな」
 そう呟いて、すでに集まってる兵士たちに声を張り上げる。
「あー、諸君! 実は俺たちは身分を隠していたが、本名はアストールとヴァン。お前らより遥かに先輩の上等兵だ」
 おお―――というどよめきが起こるのを無視し、ヴァンは続けた。
「魔物は危険だ! 今回はお前らに『見習い』をしてもらう! とりあえず手本は俺とアストールと、この―――今は退職した人だが、元上等兵のユリウスさんで行う! よぉーく見とけ!! よく見ながらも、少しでも早く馬車が通過できるように、きっちりと馬車を押すように! 以上!!」
 兵士たちが3台ある馬車へと散っていく。シャルとピートは馬車の中へ入り、御者は初老のグラハムと、まだ慣れてはないがシャルとピートのそれぞれの母親が手綱を握った。他の大人は全員、馬車を押すのである。
 アストールがユリウスに謝る。
「すまねぇな。危険なことに巻き込んで――――正直、今まで出くわすときは1匹ずつだったんだ。絶対個数が少ないからだとは思ってたんだが、まさか3匹同時とはな……」
「構うかよ。それよか戦わなくて済むなら、それだけで大分気が楽だぜ」
「………一応は言っておく。奴らは一定以上距離が開くと、元のテリトリーに戻るんだ。距離はだいたい10メートル以上離さないでほしい。それでいて結構早いぞ、あいつら」
「それだけの情報があれば充分さ!!」
 三人揃って走り出した。
 
 
 
 
 
「ファイアボルト!」
 ユリウスは『ひねり』―――施術の裏技―――を使い、威力を低く、それでいて大きさと光量を強烈に高く設定し、3匹のメデューサの合間を縫うように放った。
 案の定、魔物たちはインパクトの強すぎる火球に気を取られて振り向き、その隙にアストールとヴァンが本命の技を放つ。
「黒鷹旋(こくようせん)!!」
「白鷹旋(はくようせん)!!」
 六師団必殺技の、施術のエネルギー体でできた巨大ブーメランが、ひとつは闇属性を、もうひとつは光属性を秘めながら、その高速回転に3匹の異形を絡め取った。大抵の物体であれば瞬間的に切断する能力を持っているが、もし斬れない物があったとしても、その回転が止まることはない。エネルギー体なので、気体のような性質を持っているのだ。
 三人は更に距離を詰めながら、次なる攻撃を放つ。
「凍牙(こうが)!!」
「雷煌破(らいこうは)!!」
 三本の氷のクナイが的確にメデューサの首に叩き込まれ(刺さってないのが口惜しい)、雷弾がそれぞれの頭部を捕らえる。
 この頃にはユリウスの施術剣の準備が終わっていた。小さく『ファイアボルト』を口にし、それを手の中の剣へと吸い込ませる。すぐに刀身が赤く輝いた。
「ソードボンバー!!」
 今ひとつネーミングセンスの無い発声と共に、7発の巨大な火の玉が、ランダムに魔物達を捕らえた。
「ユリウスさんよぉっ!! とりあえずコイツらを遠くに引き離してくれ! そんでもって、ある程度離したら俺たちのところに突っ込ませてくれ! ちょいとデカい施術で、大規模に氷漬けにしてやる!!」
「りょーかい!!」
 ヴァンと短く言葉を交わし、ヴァンとアストールは左右へと走り、ユリウスだけがメデューサたちのド真中を走り抜けながら、擦れ違いざまに斬りつける。
 魔物たちはいきなり喰らった攻撃に混乱していたが、目の前をユリウスが走り去るのをポカンと見送り、すぐさま奇声を上げ、追いかけ始めた。
 全力で走りながら、ユリウスはちらっと後ろを振り向く。下半身をヘビのようにうねらせ、走るのに自信のあったユリウスに匹敵するくらいの速さで追いかけてくるのが分かった。
「って、まじで速えぇっ!?」
 一瞬、戦ったほうが楽かと考え、すぐさま却下する。正直、この魔物は1対1で戦ったらギリギリ勝てなくもない。ただしギリギリだ。ついでに言うなら、ゼノンの時と同じで、ちょっとの油断が死を招くだろうとも予想できる。
 走りながら酸素が不足してくるのを感じつつ、無理やりにでも精神を集中させた。
「あ……アース…ぐぐ、グレイブっ!!」
 背後の3匹を貫く―――は前を向いたままでは不可能なので、自分のすぐ背後に展開させる。
 案の定、突然現れた石柱に、メデューサ達は正面衝突し、短時間だが動きを止めた。―――不気味なことだが、様子を見ている限り、彼らは『痛み』を感じているようには見えなかった。
 衝撃から立ち直り、すぐにまた追いかけてきたが、その頃にはユリウスとの距離が再び開いていた。
「おーい! こっちだ―――ッ!!」
 遠くでヴァンとアストールが手を振っていた。ユリウスはそちらに針路変更し、
「連れてきたぞおおぉ―――ッ!!!」
 ユリウスは二人の間を走り抜けた。同時に戦線交代。3匹が突っ込んでくると瞬間に、ヴァンとアストールは、『ひねり』で規模と威力を大幅に上昇させた、ある呪文を同時に唱えた。
「「ディープフリーズ!!」」
 瞬間、アストールの呪文が先に展開した。地面から上の1.5メートルまでがメデューサごと凍りつき、直後にヴァンの呪文で3メートルの高さまでが凍結した。メデューサは完全に氷漬け状態である。
「やったか……?」
 ディープフリーズを初めて見るユリウスが問いかける。するとヴァンが答えた。
「いや、まだだ。ヤツら魔物は、死ぬ瞬間に全身が消滅する。ディープフリーズは氷が消滅するまでの間、高威力のダメージが持続する術だが、それが消滅するまでに、馬車がヤツらのテリトリーを脱出するのは無さそうだ。……なるべく長く持続するようにはしたんだがな」
 その時、氷の中でメデューサの1匹が、全身から黒い霧を噴出して消滅した。続いてもう1匹も。
 ユリウスとアストール、ヴァンの声が、見事なまでにハモった。
「「「倒せたよ、おい!!?」」」
 自分たちでも予想外だった。魔物たちに反撃のチャンスを与えなかったとはいえ、あっけなく倒せた。
 アストールが呆然としながら呟く。
「う……嘘だろ? こいつらの防御力はその程度なのか?」
 とは言うものの、相手が人間であれば、初撃だけでも10回は殺せるくらいのダメージを与えている。
 と、その時。
 
 ―――パシィ。
 
 硬いものにヒビがあ入る音がして、三人は一瞬で大きく引き下がった。氷の中には、まだ1匹だけ残っているのだ。飛びのくと同時に、次なる施術の詠唱に入る。
 が、メデューサは、次の瞬間には予想外の行動に出た。
 三人に背中を向け、猛スピードで駆け出したのだ。―――馬車へ向かって。
「しまっ……!?」
「くそっ!!」
「フィ――――――ッ!!!」
 ユリウスの呼びかけに、最後列の馬車を押す大人たちの中で、フィエナだけが振り返った。慌てて施術の詠唱に入るものの、間に合いそうにない。
「黒鷹旋(こくようせん)!!」
「白鷹旋(はくようせん)!!」
 先ほどの大技がメデューサを絡め取り、僅かにその前進が遅れるものの、まだ間に合わない。
 ユリウスは咄嗟に空破斬を出そうと、体内で気を練り上げる。気功術は詠唱が無いぶん、発動が恐ろしく早く、威力も高い。だが空破斬ごときで魔物の足を止められるものか―――と、そこまで考えて、体内をめぐる気の流れに違和感を覚えた。
 メデューサの前進が急に遅くなる。よく見ると遅くなったのではなく、自分の知覚時間が速まったのだと知った。
 そして体内の違和感―――練り上げる気の量が、ハンパなく多くなっている。同時に気のめぐり方がおかしい。気を血流に例えるなら、まるで血管の位置を全て組み替えたかのような錯覚。
 不意に思い出した。竜笛の音色―――楽器としてではなく、竜の咆哮(ほうこう)を。その呼吸法を―――。
「う…お……」
 その唸り声が、自然と口から漏れ出し、やがて絶叫となった。
「うおおおおおおおおおぉぉぉあああああッ!!!!」
 彼は剣を投げ出し、両腕を前へと突き出した。その掌から膨大な気塊が発射され、徐々に翼を広げた竜の形へと変貌する。
 アストールとヴァンが、唖然とした顔で、その光景を眺める中、その気竜は上昇し、弾丸のような速さで真上からメデューサに向かって激突した。地面が陥没し、魔物の身体が数秒間の痙攣(けいれん)を余儀なくされる。
 そして魔物が上体を起き上がらせると、そこには右腕と左腕に雷をまとった女が、両腕を真っ直ぐにメデューサへと向けていた。そして気合の声と共に叫ぶ。
「ライトニング・ブラストっ!!」
 『ひねり』で限界まで強力化した術を右手と左手からそれぞれ1発ずつ、合わせて2発同時発射する、フィエナ個人の必殺技である。
 空が暗くなる錯覚を覚えるほどの極光を全身に受け、魔物は声もなく、全身から黒い霧を噴出して絶命した。
 
 
 
 
 
 歓声が上がった。戦闘に参加してない者全員からだ。
 戦闘に参加していた本人たちは、もはや疲労で口も訊けない状態だった。比較的、アストールとヴァンがマシな状態である。ユリウスは『大の字』になって荒い呼吸を繰り返し、フィエナも急に強烈な施術を唱えたため、片膝をついて息を荒げていた。
 戦闘に参加してない一般兵が、フィエナの背中に問い掛けた。
「あ、あんた凄いな! やっぱユリウスさんの奥さんだけあって、あんたも上等兵の出身か!?」
 その兵士に、隣にいた別の兵士が睨みをきかせる。
「おい、言葉に気をつけろ。もしそうだった場合、失礼だろう」
「あ、ああ。そうだったな……えっと、あなたも上等兵なんですか? 施術師ですよね? あんなに凄い施術使ってましたし……」
 フィエナは呼吸を整え、何とか返した。
「……ええ、一応ね。私も彼も、戦争が終わってすぐに軍を辞めたの。もうこれでもかってくらい人を殺すのが戦争でしょ? ちょっと疲れちゃって……。今は夫と一緒に各地の教会を巡礼したりして、たくさん命を奪ってきた罪を償おうって思ってるわ」
 適当に嘘を言って、視線をユリウスの方に向けると、彼は未だに倒れたま息を荒げていた。
 兵士たちは興奮が収まる様子も無く続けた。
「いやぁ、でも強い女って憧れるっすよねー!」
「……お前、こないだ『かよわい女って、なんか惚れ惚れするー』って言ってなかったか?」
「言ってないさ」
「こいつ即答しやがった!!」
「ねぇねぇ。フィエナさんって、どこの部隊に居たんっすか?」
「やめとけ。俺たち一般兵が、六師団(これを上等兵とも言う)のこと訊いても、昇格するまで内容が理解できないだろ? ってか、一生昇格できそうにないし」
「先輩、いくら上級兵への昇格が難しくても、可能性くらいならあるっしょ?」
「俺はフィエナさんみたいな強ぇ女、振り向かせるくらいの男になるぞーっ!!」
「それこそ絶対に無ぇ……」
「とにかく! フィエナさんって、どこの部隊だったの?」
「今度、六師団に入った先輩にでも訊きに行ってみよっかな?」
 ―――最後の奴の言葉だけは、聞き逃せなかった。
「あー、その……あれよ。あたしくらいの人材ってね、やめたくても、やめさせてもらえないの。ちょうど戦争が終わったから良かったけど、今は魔物騒ぎの真っ最中でしょ? 下手したらまた軍のラブコールがかかるの。だからお願い。ここで私に会ったことは、誰にも言わないで……。あと、夫のユリウスに会ったことも言わないで……」
 そう言うと、兵士たちは互いに顔を見合わせ、そして頷いた。
 胸中でホッと胸を撫で下ろしてると、フィエナの足元に小さな影が飛びついてきた。
 シャルだった。
「あ、シャルちゃん……」
 フィエナの足にくっつき、顔を押し当てていた。その肩が微妙に震えてるのを見て、何となく悟った。
「大丈夫よ、シャルちゃん。お姉ちゃんね、ちょっと疲れただけだから」
「……ひっぐ…ひっ……だって……だって……! 馬車から外見たら……お姉ちゃん、苦しそうにしてたんだもんっ……!!」
 何となく自分の胸が温かいもので満たされていくのを感じながら、フィエナは少女の背中をそっと抱きしめた。
 
 
 
 
 
 そこから少し離れた地面の上で、ようやく息が整ったのか、ユリウスは上体を起こした。
「あんた―――さっきの気功術は何なんだ?」
 アストールが興味津々といった様子で訊いてきた。
 気功術は習得者こそ施術師より少ないものの、国家に関係なく、修行次第で誰でも扱える強力な戦闘技術だ。大抵は体内にめぐらすことで、瞬間的に凄まじい身体能力を得るものだ。それより上になると、気の塊を小さく固体状になるまで圧縮して投げる『気功掌』や、逆に大きな圧縮気体の集まりの状態で投げつける『招霊破』、剣の刃に集中させて放つ『空破斬』などになる。
 ユリウスは、自分がそれらの更に上なる気功術の使い手に、今この瞬間になったことを確信し、言った。
「……俺が吹いてた竜笛、あれはつい最近に死んだ相棒の喉骨で作ったんだ。それまで一緒に居たときから、俺はあいつの呼吸を知り尽くしてると思ってたんだ。………でも全てを知ってたわけじゃなかった。あの笛で竜の鳴き声を真似たとき、確信したんだよ。『ああ、これがあいつの呼吸の仕方なんだ』ってな。それを突然、フィーの危機を感じた瞬間に思い出したんだ」
 何となく納得しかけているアストールに対し、ヴァンの方はさっぱりだった。
「つまり何なんだ? 相棒の竜の呼吸を思い出して、それが何で竜の形の気が放てるんだよ?」
「それは分からない―――でも、あの瞬間。俺の頭の中で、あの形が浮かんだんだ」
 それきり沈黙してしまったところに、アストールは口を挟んだ。
「古い奥義書や、シランド城の図書室の一般兵以下は閲覧禁止の歴史書に、今みたいな気功術の大技が載っていた。……『竜の呼吸法』とか、ユリウスさんの言葉と一致する点からみて、たぶんそれは『吼竜破(こうりゅうは)』っていう機構術だよ。―――伝説級の気功術だな」
 ヴァンが口笛を吹いて言った。
「へぇ。カッコイイじゃん」
 ユリウスは呆然と青空を見上げ、しみじみと呟いた。
「人間………やりゃあ出来るもんだな」
 アストールが軽い調子で問いかける。
「何なら更に極めてみるか? 皇竜奥義なんてものもあるんだが……」
「気が向いたらな……」
 青空を見上げながら、適当に答えながらも、何となく思う。
 どこまでも強くなれるかも―――と。
 
 
 
 
 
 それから数時間後。
「ねぇ、お姉ちゃん。起きてってばぁ」
 少女の声が聞こえると同時、身体が揺さぶられるのを感じ、フィエナは目を開いた。
 そして気付く。
 外のから差し込む光が、鮮やかなオレンジ色をしていることに。
「―――っ! あたし、いつのまに……!!」
 本当にいつの間にか、爆睡していたようだった。隣を見ると、自分と同じように毛布を掛けられたユリウスが寝ている。
 軽く揺さぶると、彼は呻き声を上げながら上体を起こした。
「あ、おはようさん」
「おそよう……だけど?」
「……んん? …………うおっ! 夕方っ!?」
 そしていま気付いた。馬車の走行中の振動が無い事に。止まっていたのだ。
 シャルが言う。
「お姉ちゃん達ね、みんなが『あの二人は活躍してたから、しばらくは楽をさしてあげよ』って言ってたの。だから夕ご飯はお手伝いしなくてもいいって。休んでて良いよって」
 そう言ってシャルは、二人の目の前にアクアベリーを2個置いて、馬車から出て行った。
 何気なくそのアクアベリーを手に取ると、かなり冷たかった。おそらく川に漬けたのだろう。一口かじると、冷たくも甘い果汁が染み出してきた。寝起きには丁度良く、目が冴えてくるのを感じた。
 ユリウスに問い掛ける。
「怪我……してないよね?」
「ああ、平気さ。……それよりもフィーこそ平気か? 何か辛そうに息してたけど……」
 自分の事を棚の一番上に上げて、ユリウスが質問してくる。
 フィエナは苦笑し、
「ふふ、大丈夫よ。施術も運動と同じで、準備運動も無く放ったら目まいがするし、場合によっては立ちくらみだってするものなの」
「そうなのか?」
 ユリウスもそこそこの施術が使えるが、それでもフィエナに比べれば遥かに劣っている方だろう。だからこそ、施術に関してはまだまだ分からないことが多い―――と、ユリウスは思うことにした。
「―――分かってはいたけど、色んな人がいるのね」
「あん? どうしたんだよ急に」
 話題を突然変えられて戸惑うユリウスを意に介さず、フィエナは続けた。
「さっきのことなんだけど。あたしがライトニング・ブラストを放ったあとにね、護衛の一般兵の人たちが集まってきて、いろいろと訊かれたの。それで思いつきで答えた中で、『戦争で人を殺しすぎて疲れた』って言ったの。でもそれって……」
「―――嘘ではないな。フィーも。俺も」
 フィエナはユリウスにしなだれかかって、口を開いた。
「あたし達でも、幸せになれるのかな……?」
「……それは分からないな。でも、こんな俺たちを思ってくれる人もいる―――それくらいは分かるだろ?」
 フィエナはゆっくりと頷いた。
 自分を恨む人間より遥かに少ないが、自分が人殺しだと知っても、心を開いてくれる人はいる。
 穏やかだった父親と、厳格でありながらも優しさを持った母親。遠い親戚でありながらも幼馴染みだったネルと、その友達のクレア。自分のことを尊敬してくれる部下たち。行きつけだった武器屋の職人。会って間もないがアストールやヴァン。あのシャルという少女もそうだろう。彼女はアーリグリフ人であるにも関わらず、フィエナの為に涙を流してくれた。
 そして自分と同じ罪を抱え、それでも傍にいたいと言ってくれたユリウス。
 数えてみれば、自分のことを思ってくれる人が沢山いることに気づき、フィエナは無意識のうちに笑みを浮かべていた。
 アーリグリフとの戦争が始まった頃は、シーハーツの間で『かの友好国の民を殺さなければならないのか』と何度も囁かれた。恐らくアーリグリフでも同じ事が言われていただろう。
 今はまだ、アーリグリフとシーハーツの間にある溝は深い。
 でもいつかは、その溝は自然消滅するだろう。
 かつての上司で、『使えるものは何でも使う』が口癖だったラッセルなら、『この魔物騒ぎを利用し、両国間で力を合わせることにより、両国に強い絆(きずな)を芽生えさせる』とか言い出すかもしれない。
 フィエナの前に、手が差し出された。ユリウスの手だった。
「行こうぜ? メシの時間だ」
 まるで食事前の兵士のような喋り方だった。下積み時代、よくそういう会話をしたものだ。
 力強く彼の手を取り、フィエナは立ち上がった。
 外から声が聞こえてくる。
「へへー、いっただき!」
「あー! シャルが俺の肉とったぁ!!」
 馬車から顔を出すと、今日は焼肉をしていた。『積荷の中に生肉なんてあったかしら?』と思うが、そんな腐りやすい物があるわけがない。少し遠くを見渡すと、解体されて血まみれになった動物の骨が見えた。近くに大きな穴が掘られているから、あとでそこに捨てるのだろう。下手に血の匂いで肉食獣を呼ばないに越したことはない。
 フィエナは苦笑し、馬車から降りた。
 ユリウスにエスコートしてもらいながら。


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