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No.28802の一覧
[0] (SO3)その後のデメトリオ[シウス](2011/07/12 21:57)
[1] 第一部  プロローグ 出会いのキッカケ[シウス](2011/07/12 21:59)
[2]  1章 ここはどこ?[シウス](2011/07/13 22:55)
[3]  2章 地上から隔絶された平穏[シウス](2011/07/13 22:57)
[4]  3章 希望との再開[シウス](2011/07/16 16:15)
[5]  4章 平穏の終わり[シウス](2011/07/17 00:18)
[6]  5章 地底からの脱出[シウス](2011/07/19 22:28)
[7]  エピローグ 新たな旅立ち [シウス](2011/07/19 22:35)
[8] 第2部 プロローグ アリアス村の現状[シウス](2011/08/06 16:29)
[9]  1章 久しぶりの人里[シウス](2011/08/06 16:44)
[10]  2章 パルミラ平原[シウス](2011/08/13 15:22)
[11]  3章 平穏な道中[シウス](2011/08/13 15:26)
[12]  4章 エクスキューショナー:メデューサ[シウス](2011/08/13 15:28)
[13]  5章 平穏な道中(2)[シウス](2011/08/17 14:50)
[14]  6章 最上級エクスキューショナー:代弁者[シウス](2011/08/17 14:55)
[15]  7章 決着[シウス](2011/08/19 21:23)
[16]  エピローグ また次なる旅へ[シウス](2011/08/19 21:25)
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[28802]  5章 地底からの脱出
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/19 22:28
 中央広場まで来たのには理由があった。
 川と比べると、遥かに視界が開けているからだ。
 残念なことに、今日はいつも通り濃厚な霧が上空を覆っており、何も見えなかった。
 しかし何も見えないからといっても、感じるものはあった。
 施力だ。膨大な施力が、この谷の上の、更に高空で風と共に渦巻いているのが感じ取れた。
「なんか………この前に感じた、莫大な施力よりも危ねぇ力を感じないか?」
「ええ。一体あれは何なのかしらね?」
 数日前とは異なり、それほど恐怖は感じなかったが、それでも恐怖はゼロではかった。
 しばらく空を見つめていると、やがて唐突に施力が消滅した。
 二人が呆気にとられたまま空を見上げていると、二人の前方に『ポフッ』という音と共に、何かが落ちてきた。用心しながら駆け寄ってみる。
「なあ、コイツは……」
「うん、たぶんアカスジガね」
 アカスジガ―――赤筋蛾とは、文字通り羽に赤い筋を持つ蛾である。体長は約10センチほどであり、主な習性として、エアードラゴンよりも高い空を飛ぶことが目撃されている。その為か、ゲート大陸のいたるところで生息が確認されている。
「なんで落ちてきたのかしらね?」
「さっきの風の音みたいなヤツのせいじゃないのか? この谷もそうだが、カルサア山道ってのは山に囲まれているせいで、風が吹かないって有名なんだ。でもアカスジガなら、風の吹きすさぶ高空を飛ぶし……それでやられたんだろうな。さっきの風みたいなヤツ、生き物を殺す力を持っているのか?」
「本当に何だったのかし……ら!?」
 フィエナが後ろに向かって勢いよく跳び、ユリウスもそれに習って後ろへと跳んだ。
 次の瞬間、アカスジガの身体がドクンッと脈打った。同時に、アカスジガの身体が、内側からブクブクという音を立て、膨張していく。
 あっという間にアカスジガは、毒々しい色合いを持つ、体長1.5メートルはあろうかという巨大かつ、かなりグロテスクな蛾へと変貌した。しかも外見が悪いだけならまだしも、どういうわけか内面に秘められた施力は、そんじょそこらのモンスターとは比べ物にならないほど内包されていると、ユリウスとフィエナには簡単に感じられた。――――逆に言えば、誰でも感じられるほど膨大な施力と、それに負けないくらいの殺気を、巨大な蛾は放っていた。
『キシャアアアアァァァァッ!!』
 巨大な蛾は二人の姿を確認すると、アゴに備えられた強靭そうな牙を剥いて、二人を威嚇した。後(のち)にジャイアントモスと呼ばれるようになった、エクスキューショナーの一種である。
「……なんかスゲェー強そうな気がするな」
 どこか冷めた目で、ジャイアントモスを見つめながらユリウスは言った。
「……ええ、そうね。相手には不足なさそうじゃない」
 フィエナも、どこか同じような目をしながら言った。再びユリウスが口を開く。
「たまにはこういう運動もしとかないとな」
 言ってから、スラリと剣を鞘から抜いた。疾風の騎士達には、基本的に槍と剣を支給されるようになっている。エアードラゴンに跨っているときは槍を。その他の時は剣を。そしてユリウスは、剣の方には金をかけるようにしていた。抜き出された剣は白く輝き、どこか神々しささえも、見る者に感じさせた。
 ミスリルのみで構成され、鍛えられたミスリルソードだ。凄まじいほどの威力を秘めた凶器である。
 一方、フィエナの武器も負けてはいない。彼女の獲物はフレイムファルシオンとよばれる、ミスリルソードに勝るとも劣らない威力を秘めたダガーだ。
「いくぞっ!!」
『シャアッ!!』
 ジャイアントモスが吠え、口から黄色い何かを銃弾のように吐き出した。3発同時発射である。ユリウスはそれをサイドステップで避けると、背後から『ジュウ……』という嫌な音が聞こえたが、あえて無視して巨大な蛾へと突進する。
「はああああッ!!」
 上段から大きく斬りかかる。ミスリル製の、徹底的に研磨の行き届いた刃が、ユリウスの全体重と高速でもってジャイアントモスの片羽を斬り飛ばす。が、そこでユリウスは驚愕した。
「な……凄ぇ硬いぞ、この羽!?」
 巨大昆虫というのは、このゲート大陸の各地に生息しており、ユリウスも何度か、それらの生物と戦った経験があった。確かに昆虫という生き物は硬い甲殻を持っており、時にはそれが防具として加工されることもあった。それだけの強度はあるものの、それだって常識的な限度というものがある。ましてや燐粉のみで構成された羽など、進化の過程で硬くなるはずがない代物だった。
 だがこの狂った生き物は、まるで黒檀(こくたん)のような硬質木材を斬る手応えがあった。
 片羽を失った巨大な蛾は、地面の上で懸命に羽ばたこうとするものの、全身が回転するだけだった。フィエナが近寄り、全体重を乗せて上から突き立てる。硬質ゴムのような手応えが返ってくるが、何とか刺せた。それきりジャイアントモスは動かなくなった。
「何なんだ、この生き物は? アカスジガから変身したかと思えば、凄ぇ硬いし」
 次の瞬間、巨大なジャイアントモスの身体が、漆黒の闇に塗りつぶされ、霧のように跡形も無く消え去った。
「……何なの……この生き物?」
 フィエナが呆然と呟く。
 自然界に、死んだとたんに肉体が消滅する生命体など居るはずがない。
「魔物………なのか………?」
 古から語られる存在、『魔物』。ユリウスもフィエナも、アペリス教を元に育った貴族である。よって古い歴史の中で、いくつか魔物の登場するものを習ったことがあった。
 ―――現に弱い下級悪魔などは、いくつかの遺跡で存在が確認されていたはずだ。
 だが同時に、それ以外の魔物などが発見された記録は無いし、その召喚方法も知られてはいない。
「地上で一体―――何が起きてるんだ?」
 ユリウスが呟いた瞬間、周囲にボトボトッと何かの落ちる音が続いた。二人は強烈な嫌な予感を感じながら見渡すと、案の定、巨大な蛾があちこちに落ち、地面の上でブクブクと音を立てながら変化しているところだった。ちょうど上空を群れで飛んでいたのだろうか? アカスジガは止むことなく降り続いた。
「ちょっと! 冗談はほどほどにしなさいよッ!!」
「逃げよう!!」
 
 
 
 
 
 慌ててルム小屋に駆け込むと、ユリウスはゼノンに向けて叫んだ。
「ゼノン! 今すぐ谷を離れないと危険だ! 飛べそうか!?」
『楽勝だ!!』
 頼もしい返事が返ってくる。いそいそと竜専用の鞍(くら)をゼノンに取り付ける。鋭くゼノンが叫んだ。
『鞍の両端に、さっきの宝石袋を二つともくくり付けろ! それと今の内に二人とも自慢の鎧を着込んどけ! それもどうせ必要無いんだから、売ったほうがマシだ!!』
「ちょ……さすがにそれは重いんじゃない!?」
 フィエナが遠慮がちに言うと、竜は鼻息荒く『フン!』と言い、
『俺を馬なんかと一緒にしないでくれ。それくらい増えたところで、虫けらの重さと変わらん』
 多少は誇張が混じっているが、それほど無理をしているセリフでもないのが分かった。
 一瞬ためらい、二人はルム小屋に置いていた自分たちの鎧を私服の上から着込んだ。ユリウスは内側に防御の施紋が描かれた黒い鎧を。フィエナは徹底的に加護の施術を織り込んだプロテクターを身にまとう。
 ようやく準備を終え、ユリウスは立てかけてあった槍を掴み、ゼノンの背中に跨って叫んだ。
「フィー! 俺の前に乗れ!!」
「後ろじゃないの!?」
「それをやったら背の高い俺のせいで、フィーが前を見れなくなる!」
 フィエナが納得し、素早くゼノンの背中に飛び乗り、手綱をしっかりと握る。それを確認し、ユリウスが手綱を少しだけ強い力で引いた。たったそれだけでゼノンに『飛べ』という意思が通じる。
 ゼノンが大きな両翼を、ぴんと広げる。それを大きく振り下ろす。小屋中の埃が一斉に舞った。今度は翼をたたんで振り上げ、また広げて振り下ろす。
 少しずつ巨体が地面から浮き上がっていく。
 初めての感覚に、緊急事態にもかかわらずフィエナは興奮を覚えた。やがてルム小屋の天井近くまで浮き上がると、ゼノンは羽ばたき方を変え、一気に前に向かって滑空し、小屋から飛び出して広場に出る。
 その広場を見て、ゼノンが驚きの声をあげた。
『な……何なんだ、こいつらは!?』
「よく分からん! なぜか空から落ちてくるアカスジガが、地面に落ちると同時にこんな化け物になったんだ!! 殺したとたんに消滅するから、たぶんもう生物ですらないと思う!!」
 地面から数メートル上を高速で滑空するゼノンに対し、巨大な蛾の群れは一斉に酸の弾丸を吐き飛ばしてきた。
 ゼノンは舌打ちし、ジグザグに飛びながら避ける。
『距離が足りねぇ! ある程度は真っ直ぐに飛ばないと上昇できないぞ!!』
「川だ! 川なら多少曲がりくねってるけど、充分に加速できる!! フィー、正面を頼む!! 俺は後ろをやる!!」
「了解!!」
 フィエナは両手の指を鉤爪のように曲げ、意識を集中させる。やがて彼女の手の平に真っ赤な炎が現れ、それを大きく前へと突き出す。
「ファイアボルト!!」
 両手の指から1発ずつ、両手の手の平からも1発ずつ。合わせて12発の火球が高速で発射される。施術の裏技『ひねり』だ。通常の施術に多少の意思を上乗せし、『ファイアボルト』であれば今のように火球の数を増やしたり、他にもスピードや熱量を調整、稀にだが炎の色を変える等の裏技が可能になる。
 フィエナが正面にたむろするジャイアントモスの群れに、1発も逃さず命中させる。決して一撃必殺の威力は無い。だが軽い牽制にはなる。
 同時にユリウスは槍を右手で握り、後ろに向かって大きく二度三度と振るう。大して力の入らない振り方だが、極端に質量の少ない蛾の巨体は、それだけで軽く後方へと飛んでいく。
 そこへ追い討ちをかけるように、左手に集中させていた施術を一気に開放する。
「ライトニング・ブラストッ!!」
 これは少し強力な施術だ。一見、直径30センチほどの電撃ビームにしか見えない施術だが、『ひねり』を加えることでスポットライトのように広範囲へと電撃を放つ事ができるのだ。その分、威力も一気に下がるが。
 しかし威力は、この際どうでも良かった。電気は筋肉を収縮させる。昆虫でも同じ。特に飛んでいる生き物であれば、筋肉が収縮することで数秒だけ麻痺を余儀なくされる。そしてこの場合、麻痺したジャイアントモスが、後続のジャイアントモスの邪魔となり、その隙にゼノンは一気に距離を離すことができる。
 蛾たちの包囲網をかいくぐり、二人を乗せたゼノンは川へと出た。ここまでくると、周囲にジャイアントモスの姿は無い。
「よくよく考えれば、あいつら地面に落ちてから化け始めるんだよな。……ここじゃ落ちたとたんに流されるのか?」
 あれこれと考えながらも、非常に緩やかなS字型の谷間を、ゼノンは飛びながら徐々に高度を上げていった。
 やがてある程度まで高度が上がると、
「フィエナ! 両足に力を入れて、手綱を握り締めろ! 垂直に昇るぞっ!!」
「え? ちょ――――きゃっ!?」
 だんだんと竜の身体の向きが変わってくる。フィエナは何となく、幼い頃に椅子に座ったまま後ろに倒れたことを思い出した。あれをスローで再現すると、少しは似たような感覚になってくる。
 角度が90度になると同時に、滑らかに加速する。ただでさえかなりの速度だったのに、さらに速くなる。全身に強烈なGがかかる。フィエナ自身、体験したことのない感覚だった。
 僅かに恐怖を感じるものの、それ以上に空を飛んでいるという感動と、自分の後ろのユリウスに全体重を預けたとしても絶対に落ちないという自信が、彼女の気分を高揚させる。
 と、その時だった。
「ユリー! 前! 前!」
「デケェ!? 何だ、ありゃぁっ!?」
 真上―――正面から、ひときわ巨大なジャイアントモスが突進してきた。
 通常のジャイアントモスが、右から左まで羽を伸ばした時の幅が1メートルなのに対し、いま正面から突進してくるのは左右の幅が4~5メートルはある。全長に至っては、その1.5倍ほどだ。まるで体格に恵まれた優良体型のエアー・ドラゴン並の大きさである。
「距離があるうちから動きを止めて逃げ切るわよっ! ライトニング―――」
『よせっ! そんでもってしっかり掴まれ!!』
 ゼノンは咄嗟にドリルのように回転しながら横へ逸れ、今しがた飛んでいた軌道を、真上からの酸の弾丸の嵐が通過する。際どいところでゼノンと巨大ジャイアントモスが擦れ違うと、巨大ジャイアントモスは一瞬で方向転換し、今度は上へと酸の弾丸を吐き出そうとした。
『させるかよぉっ!!』
 同じく急な方向転換をしたゼノンが垂直落下と共に、足を使って強烈なキックをかます。蛾の巨体が数メートル吹っ飛ばされるが、それでも羽を広げて踏みとどまり、また突進してくる。
『やっぱりな。こいつ、俺と同じくらいスピードも機動性もある! ここで決着をつけるしか無い!!』
 
 
 
 
 
 巨大ジャイアントモスが突進してくると同時に、ゼノンも突進する。そのまま空中で交錯すると同時、ゼノンの両足の爪が、巨大ジャイアントモスの腹部を強烈な力で引っ掻いた。人間相手なら鎧を突き破って致命傷を与える一撃であるが、ユリウスの目(視力は2.5)には、蛾の腹に白い掠り傷が付いただけに見えた。まるで硬質ゴムのような強度を持っている。
 しかも擦れ違った瞬間に、巨大なジャイアントモスは両羽を振り下ろしたままの姿勢で、ゼノンの腹へと叩きつけていた。『ドウンッ!!』という衝撃と共に、竜の巨体が揺らぐ。
『ンの野郎ッ……!!』
 再び方向転換して突進する。
 今度は巨大ジャイアントモスの方から仕掛けてきた。突進しながらも、口から酸のマシンガンを嵐のように吐きつけてくる。
 フィエナが叫んだ。
「リフレクション!」
 瞬間、ゼノンの眼前に円形の電撃のシールドが現れ、全ての酸を防ぎきる。その間にゼノンは距離を詰め、ワン・ツー・パンチの要領で巨大ジャイアントモスの腹部に強烈な蹴りを叩きつける。
 これはさすがに効いたのか、蛾の巨体が大きく後退する。それを見てゼノンが再び突進すると、まるで待ち構えていたかのように巨大ジャイアントモスが羽ばたき、自分の周囲の宙域に燐粉を撒き散らした。本能的に、それが危険なものだと誰もが理解するが、
『と、止まれねぇ……!!』
 突進を止められないゼノンがうめくが、
「ファイアボルト!!」
 フィエナが1発だけ火球を飛ばす。咄嗟に『ひねり』ができなかったのもあるが、それだけで充分だった。火球はゼノンよりも先に巨大ジャイアントモスに到達し、周囲の燐粉を一瞬で粉塵爆発(ふんじんばくはつ)させた。燐粉が燃え尽きたタイミングで、
『せいっ!』
「オラァッ!!」
 爆煙を突き破り、ゼノンがワン・ツーパンチのような蹴りを、ユリウスが素早く鋭い乱れ突きを命中させる。巨体が再び吹き飛ばされるのを見計らい、ユリウスは気を練り上げ、槍の切っ先に集中させた。
「疾風斬りッ……!!」
 放たれた気の刃が巨大ジャイアントモスに当たり、同時にフィエナが両手を前に突き出して、
「ライトニング………!」
 ぐぐっと『ひねり』を加えながら、力を―――威力を“ひねり”で限界まで上乗せしていく。
「―――ブラストォ!!!」
 極光が辺りを明るく照らし出す。全身で強烈な雷撃を受け、蛾の巨体が大きく痙攣(けいれん)する。
 ユリウスは叫んだ。
「空中戦の基本だ! 大量発生したハーピーの討伐を思い出せ!!」
『誰に言ってんだ、コラ! 空も飛べない奴が空中戦を語るな!!』
 負けじと言い返してくる相棒に、久しぶりの高揚を思い出しながら叫ぶ。
「竜騎士とは強い竜だけに非(あら)ず! 強い人だけに非ず! その両方を持って、初めて竜騎士と呼ぶもの! 竜・人一体のマスター・コンビネーションの強さって奴を見せてやれッ!!」
「私もいるわよ!!」
 フィエナが精神を研ぎ澄ませ、施術の詠唱に入る。その間にユリウスが両手で槍を大きく振るい、
「疾風斬りッ!!」
 気の刃が、高速で巨大ジャイアントモスを捉える。一瞬怯んだ隙をついて、今度はゼノンが急接近し、強烈な蹴りで崖に叩きつけ、同時にエアー・ドラゴン自慢のファイアブレスを叩きつける。この時にはもう、ユリウスがフィエナを追いかけるようにして施術の詠唱を行っていた。
 施術と剣術の合わせ技。遠い惑星では『紋章剣』と呼ばれる剣術の中での最上位剣技―――武器融合紋章術。
 各属性で最弱の呪文のどれかを、自分の武器に融合させることで、瞬発的に膨大な威力の呪文へと昇華する最強技。
 フィエナは小さくウインドブレードを唱え、武器へと宿す。そして―――
「ハリケーン・スラッシュ!!」
 フレイムファルシオンの刃から放たれた大竜巻が、ゼノンの吐いたブレスを巻き込みながら、壁に縫い付けられた巨大ジャイアントモスを切りつける。やがて竜巻が消える頃にはユリウスの呪文も完成しており、小さくファイアボルトを唱えて武器に宿し、
「ソード・ボンバー!!」
 ミスリルソードの切っ先から7発の巨大・超高熱の火球が放たれ、巨大ジャイアントモスへと叩きつけられる。
『ジャアアアッ!!』
 悲鳴でなく、それが雄叫びだと気付いた瞬間、ゼノンは咄嗟に身をよじった。同時に煤だらけになった蛾が、土煙の中から飛び出してくる。それを今度はユリウスが槍ですくい上げるように、下から切りつける。
 巨大ジャイアントモスの身体が浮き上がる。
「ファイアボルト!!」
 フィエナの放った12発の火球が、更に巨大ジャイアントモスの身体を浮き上がらせる。
『もういっちょっだ!!』
 ゼノンが長い首を使った、勢いの良いヘディングをかまし、巨大ジャイアントモスの巨体が空高く舞い上がる。
『今だ! ヴォックスのジジィが得意だった必殺技を!!』
「おう!!」
 両手でしっかりと槍を掴み、ありったけの気を刃へと注ぎ込む。同時にゼノンが空へと加速し、落ちてくる巨大ジャイアントモスとの距離を見計らって、自ら仰向けになって回転し、そのタイミングでユリウスが槍を真上へと突き出す。
「―――鋼破斬!!」
 突き出した瞬間に、莫大な気が槍の切っ先から溢れ出し、そのタイミングで巨大ジャイアントモスの腹部を貫き、内側から腹部を高圧力の気が破裂させる。
『ジャアアアアアアァァァァッ!!!!』
 断末魔の悲鳴が響き渡り―――しかし抵抗するように、巨大ジャイアントモスは落下しながら酸の弾丸をマシンガンのように、ランダムに吐き出した。
「うわ危ね……!?」
「きゃ……!!」
『ぐあっ……!!』
 ゼノンだけが苦鳴を上げる。
「大丈夫か!?」
『ああ、ちょっと効いたが平気だ……!!』
「そ……そうか。良かった」
「それより見て、あれ」
 フィエナが指す方向には、巨大ジャイアントモスが黒い霧を全身から噴出させながら谷底へと落ちていくのが見えた。
 しばらくその場に滞空しながら見届け、やがて蛾の巨体が消滅するのを待ってから、ユリウスは小さく呟いた。
「本当に……上では何が起きてるんだ?」
 答えるものは、誰も居なかった。
 
 
 
 
 
『……もうすぐ地上に着くぜ……』
 ゼノンが言いながら、垂直に崖を上っていく。
『今くらいの時間なら、“あれ”が見れるだろうな……』
「ああ。フィエナにも是非見てもらいたいものだな……」
「“あれ”って何なの?」
「行ってみてのお楽しみ」
 ユリウスは悪戯っぽく笑ってみせる。
 飛竜はどんどんと崖を昇っていく。そして濃厚な霧の層へと入り込み、すぐに突き抜ける。
 地上までは30メートルしかなかった。
 フィエナは興奮を覚えた。あんなに遠かった地上が、もう目の前にある。
 地上まで20メートルになった。
 地上まで10メートルになった。
 地上まで5メートル。
 地上まで1メートル。
 地上へと出た。
 フィエナの頬を、一筋の涙が流れた。
「フィエナ……?」
 ユリウスが呼びかけると、彼女は後ろ向きに座りなおし、彼の胸に額を当てて泣き出した。
 そっと彼女の肩を抱きしめる。
 今のフィエナの中では、様々な感情が渦巻いていた。長らく自分を捕らえていた谷から脱出できた喜び、他者の力を借りなければ乗り越えらなかった悔しさと、先を越されたという嫉妬。しかし逆恨みしようにも、それが大切な仲間であること。
 彼女が泣いている間にも、竜はどんどん上へ上へと昇りつづける。
 しばらくして、ユリウスが優しく声をかけた。
「見てごらん。俺が見せたかった景色さ」
 フィエナは顔を上げ、周囲を見渡した。下のほうに小山のようなものが見えると思ったら、それはパール山脈やベクレル鉱山だった。後者はともかく、前者はとてつもなく高い山だったはずだが。
 そして前方を見て、ふと気付いた。
 遠く地平線の彼方が、薄っすらとだが明るくなり始めていたことに。
 それはだんだんと明るさを増していき、紺色(こんいろ)だった空を、黄色く、それに続いて水色へと染めながら、光り輝く太陽が顔を出した。
 食い入るように見入ってしまっているフィエナの肩を、ユリウスは後ろからそっと抱いた。いつの間にか兜を脱いで、鞍につるしてあった。
「鳥と虫と竜以外でこれが見れるのは竜騎士だけだと思ってたけど―――フィエナにも見せることができて良かった」
 太陽は少しずつ全体像を現し、やがて紺色だった空を全て照らし出した。同時に大地が光を受け、立体感のある山が、剥き出しの地面が、緑豊かな森が、そして広大な海が光を反射し、えもいえぬ美しさを見せつける。
「俺、思うんだ―――フィエナに逢えて良かったって。そしてこの景色を見てもらえて良かったって」
 フィエナはユリウスを見つめる。彼は続けた。
「―――結婚しよう。フィエナ・バラード」
 フィエナは彼に抱きつき、キスをして答えてみせた。
 しばらく唇を交じらせ、そして離す。
 ユリウスはやや紅くなりながら、照れたような声でゼノンに礼を言った。
「ははっ、悪いなゼノン。お前も疲れてるだろうに、こんな高いとこまで飛んでもらって」
 エアー・ドラゴンは苦しげに笑って、答えた。
『良いってことよ。それにもう………これが最後になりそうだしな………』
「そうだな……もうすぐお別れだ。今までありがとうな、ゼノン」
『ああ……。そうだ……な………』
 急に弱々しくなった声に異変を感じ、ユリウスは首をかしげた。
「………ゼノン? ―――ッ!!?」
 フッという無重力感が全身を駆け巡り、ゼノンの巨体が自由落下を開始する。見ると、ゼノンが両目を閉じていた。
「どうしたゼノン!? 返事しろ!!」
『―――ぐ……く』
 薄く目を開け、苦しげな声を出しながら翼を広げる。空気抵抗を大きくし、落下速度を少しでも和らげようとする。
 やがて地面が近づいてくるにしたがい、最後の力を振り絞って羽ばたき、何とか着陸する。しかし地面に着くと同時に、体勢を大きく崩してゼノンは倒れた。
「おい、どうしたんだよ相棒!!」
「……っ!? ユリー、あれ!!」
「なっ……!!」
 ゼノンの腹の何箇所かに、黒い水玉模様のようなものがあった。そしてそこから流れ出る赤い色を見て、それがかなり深い穴だということに気付き、ユリウスの頭は真っ白になった。
「ゼノン!!」
 医師の心得のあるフィエナが、応急処置をしようと近き、傷口を確認する。だがゼノンが先に否定した。
『無駄だ……相当深いとこまで……やられてる……。内臓も……大動脈もだ……。もう助からん……』
 ぶわっとユリウスの目に涙が溢れる。
「畜生! いつやられたってんだよ!!」
『あのとき……でかい蛾が苦しまぎれに放った……やつだ……凄ぇ威力だ……。あのまま……避けてたら……ぐ、そっちのお嬢さんに……当たってたからなぁ』
 あの瞬間、ゼノンは捨て身の覚悟でフィエナを庇ったのだ。強固な外皮を持つ自分ならば、軽いダメージで済むと思っていたのが間違いだった。
 ゼノンは少し笑って言った。
『相棒……俺は先に逝くが……』
「あ……ああああ………」
 ユリウスの脳裏をよぎるものがあった。
 焔の継承と呼ばれる儀式で、初めて出合った頃のことを。
『一つだけ……約束してくれ……』
 次に思い出したのが、副団長へと昇進した時だった。自分にも、そしてゼノンにも専用の個室が与えられ、どんな家具を置こうかと語り合った。
『ありきたりかも……知れ…ねぇけど……』
「あああ……」
 ハーピー討伐に行った際、ゼノンが片翼を痛めて飛べなくなり、森の中で遭難して一夜を明かしたこともあった。焚き火をしながら、互いに好みの女性やメスの竜について、下品だが語り合った。
『俺の分まで……生きてくれ……』
 力無く呟く。。そしてゼノンは視線だけをフィエナに向けた。彼女は静かに涙を流しながら、じっとゼノンを見つめ返している。
『相棒を……ユリウスを頼む……』
 彼女は静かに頷き、
「……ええ。今までありがとうね、ゼノン」
『ははっ……女に名前を呼んでもらうってのも……悪く…ないな』
 再び視線をユリウスに向けると、号泣しながら地面に突っ伏す相棒の姿が目に入った。
『泣くなよ、相棒。誰でも…いつかは死ぬんだよ』
「そんなこと……言うなよ……」
『仕方ねぇ…だろ……死ぬんだから』
「でもっ……でもようっ!!」
 ユリウスが顔を上げると、ゼノンは虫の息になっていた。それでも言葉を放とうとし、震えながら口を開く。
『達者で……な……』
「「――――ッ!!」」
 それだけを言うと、ゼノンは目を閉じた。
「あ……あああ…ああ………」
 ユリウスの顔が歪んでいくのが耐えられず、フィエナはそっと目を伏せた。胸の前で印を切り、3年以上もやっていなかった“神への祈り”を、静かに捧げる。
「ああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」
 朝日の輝く澄みきった空に、ユリウスの慟哭が響き渡った。


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