どれくらい泣いていただろうか。
それからの二人は、ゼノンの遺体に肩を貸しながら、引きずって移動した。
事切れた竜の身体は重たかったが、予想よりは軽いものだった。死因が大量出血だったからかもしれない。
幸い、落ちたのはカルサア山道と呼ばれるところだったので、炭鉱の入り口を目指したのだ。この炭鉱の入り口は、現カルサアの街へと続いており、この入り口は日中ずっと、見張りの人間が立っているのだ。
「やっぱ早朝だから、まだ立ってないんだな。グレゴリーのおっさん」
「知り合いなの?」
「ああ。昔っからここの見張りを任されてるおっさん―――そろそろ爺さんだ。ここにゼノンを置いて、書置きとか残しておけば、あとは手厚く供養してくれる」
そう言ってから、炭鉱の中に入っていく。入ってすぐのところに、簡易的な机やら椅子やら筆記用具やら、様々な物品が並んでいた。
「何て書くの? まさか正直に名前とか書くんじゃないでしょうね?」
ここで本名を使うなと言っているのだ。このあと二人で住む場所を求めて旅するという―――つまりは駆け落ちをするというのに、自分達が生きているという証拠を残すわけにはいかない。
ユリウスは言った。
「どうせゼノンを見ただけで、俺の仕業だって見破られるさ。あのおっさんとは仲が良かったからな」
「でも、それじゃあ―――」
「だからおっさんの胸にしまっておいてもらうのさ。そしたら世間には黙っておいてもらえる。その筋書きは―――」
ユリウスは羽ペンを手に取り、それを手近なとこにあった紙へと走らせる。
『この竜―――ゼノンと名乗る彼に、シーハーツ人である私は命を救われました。遺体を直接持っていく勇気がなくて申し訳ございません。どうか彼を手厚く供養してください。またゼノンさんからの遺言なのですが、彼の相方の『疾風』副団長殿は谷へ落ち、そのまま谷底の川に流されて亡くなられたそうです。彼の分の葬儀をしてくれとのことでした』
と書いた。
「まずはこれが表向き。………で、こっちがおっさん当ての本音」
今度は別の紙に筆を走らせる。
『俺だ、ユリ坊だ。信じられねぇとは思うけど、おれは地底の旧カルサア村に落っこちてたんだ。そこには先客が居て、3年前に落ちてきたっていうシーハーツ人の女だった。
ゼノンの怪我が治るのを見計らって、二人で駆け落ちしようと思ってたんだけど、今日の夜明け前に強烈な施力が空から放たれて、同時に変な怪物が現れたんだ。善戦したが、ゼノンは命を落とした。
本当なら俺の手で供養したかったんだが、たぶん俺は表向きには戦死したことになってると思うんだ。だから駆け落ちするにあたって、絶対に俺の生存を国に知られるわけにはいかないんだ。
すまねぇ、おっさん。もうひとつの手紙―――ダミーなんだが、そっちを世間に公表して、手厚く供養してやってほしい。こっちの手紙は、おっさんの胸にしまっといてくれ。まぁ、のルカになら話しても良いが、できるだけ少人数にしてくれ。
じゃあな、おっさん。また会えたら酒でも飲もうぜ。『疾風』副団長:ユリウス・デメトリオより』
そこで筆を置いた。
「よっし。これで……いいんだ」
「……バカ正直に書いてるね」
「ああ。俺が信頼してる人だしな。嘘はつきたくねぇんだ」
手紙を机の上に置き、ユリウスは立ち上がった。努めて明るい声を出す。
「さってと、行きますか」
「どこに行きたい? 私もシーハーツには生きてることを知られたくないんだけど……」
「うーん……ゲート大陸でアーリグリフ、シーハーツ、そして亜人の国サンマイトを除けば、他に国は無いな。いっそのことグリーデン大陸へ行ってみるか? 陸続きだから、ペターニの街の東門から行けるだろう?」
「良いわね、それ。じゃ、目標はグリーデンということで、とりあえずは一番近いアリアス村を目指しましょ」
「あそこにこの鎧姿で行くのか?」
ユリウスが不服そうな声を出す。シーハーツ領の小さな村に、アーリグリフで有名な『疾風』の鎧を着て入るなど、恐ろしい事である。
「村の前で脱いだら良いじゃない。どうせ鎧の下なんでボロ服でしょ? 村に着いたら『これはペターニのオークションに出す商品です』って言ってしまえば良いのよ」
ペターニとは、アリアスからグリーデンに向かって出発したとき、最初に通りかかる大きな商業都市だ。戦時中でも中立を保っていた都市であり、そのためか街全体が活気付いている。―――当然ながら、裕福な人間など腐るほどいることだろう。
「なるほど……って、それまでこの重たい鎧は売り払えないのな……」
「仕方ないじゃない。アリアスは貧村なんだから」
「ってことは、持ってきた金銀財宝も、アリアスでは売れないんだな……」
「うっ……」
二人が各自で抱えている大袋を眺める。全部売れば大金持ちになれるかもしれないが、買い手がいなければ話にならない。
フィエナはヤケになって言った。
「じゃあアリアスに着いたら、ペターニ行きの商業馬車を見つけましょ。護衛という名目で乗せてもらえれば、重たい思いをしなくてもいいんだから」
「なるほど」
そう言って、二人は歩き始める。自分達の未来に向かって。
ふとユリウスは振り返り、ゼノンの遺体を眺めた。まるで猫が眠るかのような姿勢で事切れている。
「―――ありがとな、相棒」
腰にぶら下げた、未だに血の滴る骨―――竜の喉笛。
死体損壊とは言わないでほしい。竜騎士が竜と死別する際に、形見として遺体から抜き取る骨である。その骨を加工することにより、笛が作られるのだ。
人里に辿り着いたら、これで笛を作ろう。そして―――
(―――お前の命日に、毎年吹いてやるさ。ゼノン……)
未練を振り切れた顔で、ユリウスは歩みを再開した。