どうも、やがーといいます。
今頃恋姫かよwって感じですが、前から妄想してたので、三人称練習がてらやってみます。
一応ざっと注意点をば。
・一刀魔改造?一刀モドキTUEEEなお話です。
・登場人物が結構死にます。鬱有りかも。**が死ぬなんてヤメテ!と思う人は回避推奨。
・Fallout3の主人公なので戦闘を始め、色々とシビアです。原作一刀の優しさに期待しないでください。
・Fallout3のくせに銃器が出ません。銃器ファンの方ごめんなさい。
・Fallout3、恋姫世界の設定を独自に変更、解釈している部分があります。
・都合上、原作よりもだいぶ一刀君のストライクゾーンを狭くしています。ロリ系、ババァ系ファンの方ごめんなさい。
第1話 外史に舞い降りたVault101のアイツ
「ふぁ~あ」
日付が変わって約1時間。
自室のベッドでプレステ3のコントローラーを握り、大きくあくびをしたのは聖フランチェスカ学園2年に属する、北郷一刀。
ここ連日の夜更かしの原因は、悪友の及川からの強い勧めで始めたゲーム、『フォールアウト3』である。
3とナンバリングされているものの、2が未経験でも楽しめるストーリーであり、核戦争後の荒れ果てた世界で、自由気ままに冒険する、海外製のRPGだ。
このゲームに対する一刀の第一印象は、あまり良いものではなかった。
洋モノにありがちな、全体的にゴツいキャラデザインもいまいちだったし、体験版で少し触れて以来、自分には無理、とさじを投げたFPSというのも敷居が高かったのだ。しかし──
「いやいや、FPSゆーてもよくあるサバゲータイプとちゃうねん。見た目だけっちゅーか、初心者にもやさしいっちゅーか……まあ騙されたと思ってやってみてーや」
と、話相手が欲しかったらしい及川により、説得されてしまった。
フォールアウト3は海外では脅威的な発売数を誇るものの、日本国内では洋ゲーの宿命か、知名度はそれほど高くない。ドラクエやFFの知名度とは比較にならないといえよう。
ただでさえ女子の比率が高い、聖フランチェスカ学園。このような男くさいゲームをしている人間は、及川の近くにはいなかったのだ。
結局購入に踏み切るのだが、及川の勧めに加え、ネットでの評価も高めであったことも後押しとなった。
また、現状、一刀が夢中になっているゲームがなかったのと、廉価版で再販されているため、懐に優しいことも影響している。
ゲーム購入後、凝り性の一刀は、数時間をかけて自分自身に見えなくもない顔を設定し、攻略サイトを参考に、最適な初期設定や、取得スキルの順番を決めて、ようやく始まった冒険は──彼を虜にした。
日本のゲームにはない斬新なドギツイ表現や、ところどころに散りばめられたシニカルなジョーク。
自由度の高いシナリオ。
序盤ではグロテスクな表現に辟易したものの、次第に慣れていき、洋ゲー特有のグラフィックに隔意を持っていた一刀でもハマるほどのゲーム性、中毒性を有していた。
隠密行動の緊張感。狙撃、殲滅戦のカタルシス。
使いにくいが面白い、火炎放射器やミサイルランチャーの豪快さ。
レアアイテムが取得できたときの達成感。
調子に乗って背後の敵に気付かず、あやうく死にかけたときの焦燥感。
話相手の及川が苦笑するほど、一刀は熱中していた。
さらに、本編クリア後に追加シナリオも購入することになったが、彼に後悔はなかった。
数ヶ月かけて、あらかたの冒険をやりつくした一刀が今遊んでいるのは、剣やナックルなどの近接武器によるガチンコ戦闘である。
近接武器は敵からのダメージを食らいやすいため、体力や防御力が低い序盤では向いていない。
それゆえ、中・遠距離武器であるピストル、ライフル、マシンガンなどを好んで使っていたのだが、冒険しきった今は、それまであまり使っていなかった武器の、操作スキルを磨こうとしていた。
起動すると時間が止まり、落ちついて敵を狙える便利機能『V.A.T.S』も、今では使用せずに、難敵デスクローを素手で倒せるほどになっていた。
苦戦の口直しとばかりに、レイダーどもをいじめて、本拠地であるメガトンの町に戻ろうとしたとき、──画面が止まった。
(ちっ、“また”フリーズかよ……)
一刀にとっては驚くほどの現象でもないが、いまいましいことは確かである。思わず舌うちが出る。
このゲームにも短所は数多くあるのだが、その中でも最大級なのが、この頻発するフリーズ現象だろう。
シナリオが進めば進むほど、踏破マップが多くなるほど、フリーズしやすくなるのだ。
さらに残念なことに、修正パッチも出ておらず、メーカーも出す気が無いので、ユーザとしてはセーブをこまめに行い、リスク対策をするしかない。
「ふぁ~あ」
2度目の大あくびで、さすがに眠気に耐えきれなくなった事を自覚する一刀。
フリーズも起きたことであるし、いつもの電源オフの手順を踏もうとした、そのとき。
──カッ!
目がくらむようなまばゆい閃光が、一刀の視界を占領した。
体感時間としては1秒くらいだったが、突然の怪奇現象にしばらく呆然とした後、思い出したように慌てた声を上げた。
「な、なんだ?」
強烈な光を直視したにしては、不思議な事に、目に残像が残っていなかった。もっとも、彼は慌てていて、そのことに気付いていないが。
(気のせい、じゃないよな……落雷だったのか……?)
ようやく気が落ち着き始めたところで、落としていないはずのプレステ3の電源が落ちているのに気づく。
少し焦りながら電源を入れて、故障していないかどうかを確認した。
(よかった。電源は付く。ゲームデータは大丈夫……セーブデータは、と…………あれ?……え?)
安堵から焦燥へと表情を変え、何度確認しても、彼のフォールアウト3のセーブデータは、バックアップに取っていた予備も含めて、ロード画面のリストに表示されていなかった。
「う、うそだろ……俺の……数ヶ月の……」
…………………………
一方、どことも知れない異空間。
北郷一刀が呆然としているのと時を同じくして、不気味な存在が、不気味な声をその空間に響かせていた。──いや、声質自体は渋いのだが、口調との組み合わせが不気味なのである。
『あらん、また新しい外史が……あるぇ?』
『どうも座標がズレたようねぇ』
『ご主人様であってご主人様でない存在』
『ずいぶん世界に溶け込んでるわねぇ』
『……別種の外史ではあっても同レベルの世界ゆえ、弾かれることもない……と』
『………………』
『ま、いいわよねん。これもまた外史。頑張ってねん、ご主人様』
…………………………
「ん?」
まぶたを刺激する光で目を覚まし、むくりと置きあがる男がいた。
その男は、Vault-Tec社製の、ジャンプスーツというツナギ服を着ていて、起き上がることで露になった背中には、大きく『101』の数字がプリントされている。
(なんだ、ここは?)
状況を把握しようと周囲をうかがうと、精悍な顔つきの中型犬──オーストラリアン・キャトルドッグが、ぴすぴすと鼻を鳴らしながら、男にすり寄った。
彼の長年の相棒、ドッグミートである。
「おはよう、ドッグミート」
異様な状況でも心強い相棒がいた事に、少し安堵した。
わふわふ、と尾をふりながら身を寄せてきたので、応じるように首をごしごしと掻いてやる。
今は亡き母親犬よりも甘えん坊なのが、主人である彼にとって困ったところであり、可愛いところだった。
ちなみに、死んだ母親犬もドッグミートという名前である。
母親犬は、もともと名も知らない旅人の飼い犬だったのだが、旅のさなか、ウェイストランド中に生息する、レイダーと呼ばれる無法者集団に襲われ、飼い主を失ったのだ。
男が、襲撃音に気付いてかけよったときには、飼い主は銃で胸を撃たれ、地面に伏していた。
特に面識があったわけでもないので、仇打ちの気持ちはなかった。
ただ、レイダーとは生かしておいても害にしかならない存在。無法者を誅すべく銃を抜いたのだが、その犬は男が手を貸すまでもなく、あっという間にレイダーを噛み殺してしまう。
戦闘後、なぜか妙に懐いてきたその犬にドッグミートという名前をつけ、以来、頼りになる旅の仲間として、行動をともにすることになった。
そしてその犬も、最強種の魔獣、デスクローの群れとの戦いで命を散らすことになる。
その後しばらくして、いつ、どこで種を付けて生んだかのか不明だが、母親瓜二つの仔犬──今のドッグミートと偶然出会い、母親の代わりに彼の供をするようになったのだ。
なお、男のネーミングセンスについては語るまでもないだろう。
さて、見知らぬ場所で戸惑う男は、最新の記憶を探っていた。
(えーと、たしか昨日は……)
昨日は、デスクローとの腕試しの帰りに、飯のタネであるレイダーを退治して、メガトンの自宅に戻ってそのまま寝たはずであった。
レイダーはキャピタル・ウェイストランド中にいて、人を見ると奇声を上げながら問答無用で襲いかかってくる、頭のおかしい連中の総称である。
独特の髪型や格好をしていて、総じて肌は焼けて浅黒いので、見分けはつきやすい。
男は生まれ育った核シェルターから旅立って以来、千人を超えるレイダーを“処分”したが、絶えることがない。どこから供給されているのかは未だ謎である。
かつてはその凶暴さを怖れたこともあったが、今では男の良い収入源となっていた。
なお、レイダーは拷問を趣味としており、一般人を食糧兼娯楽品としている。レイダーのねぐらには“かつて人であった物体”が、オブジェのようによく転がっているので、男の精神を頑丈にするのにも一役買っていた。
(記憶はっきりしているけれど……寝ている間に拉致されてしまったのか?……これで3回目か)
合衆国再建のため、ウェイストランド全住人の根絶を目論むエンクレイヴや、地球人を実験道具にしていたらしき謎の宇宙人により拉致された事を思い出し、溜息をついた。
男は、まずすべきは状況把握だと気を取り直し、すぐに左腕に装着した多機能の腕輪──Pip-Boy3000を操作する。
バイタルチェック──異常無し。放射線汚染度を表すRAD値もゼロに近い。
位置チェック──不明。黒い画面の中央に、シミのような緑の光が、ぽつんと浮いていた。
緑の光は登録済みのマップを表すので、この表示状態は、男の周りが未知の土地であることを示している。
所持物チェック──亜空間倉庫リストを見ると、最後の記憶と一致する。これまでは、拉致された際に武器類を取り上げられたから、今回の拉致者は優しいようだ。
しかし、武器のみの表示に切り替えると、思わず舌うちが出た。何しろ、見事なまでに近接用のみだったのだ。
(……ガウスライフルくらい入れておけばよかった)
ガウスライフルはいわゆる携帯式レールガンであり、連射性、静音性は皆無だが、射程距離、威力、弾薬コストが抜群なため、愛用の長距離狙撃武器であった。
そんな愛用品をなぜ入れていなかったかというと、単に最近使っていなかったからである。
Pip-Boyの格納機能にも重量の限界があるため、ここ最近使わなくなった銃器類は、自宅のロッカーにしまっているのだ。
通貨であるキャップや銃弾のように、カウントされないほど軽い物はいくら入れてもゼロと扱われるので、銃弾各種は全て格納されている。
しかし、それを撃つための銃がないので、今現在では宝の持ち腐れである。
(まあ、ここがどこか知らないけれど、敵から奪えばいいか。しかし、それにしても──)
無いものは無いとして気持ちを切り替え、周囲を一望する。
起伏のある荒野に、ところどころ見える大小の岩石はいいとして、遠目に見える、天を突くようにそびえ立つ山々が、ここがウェイストランドではないことを強調していた。
「なんだかえらく自然が残っているところだな……行こうか、ドッグミート」
男は、探索と好奇を兼ね、まずは遠目に見える森林を目指すことにした。
Pip-Boyにいくらか飲食物を入れてはいるが、限りがある。
よって帰還に何日かかるかわからない今、ライフラインの確保は必須であり、なにかしら食用に耐える動植物がいそうである森林を目指すのは、理に適っていた。
歩みを進めるごとにPip-Boyの登録マップデータが追加されるのを確認しつつ、てくてくと森林に向かう途中、ふと、空気が澄んでいる事に気付く。
ウェイストランドの汚染されきった空気と比べて、随分呼吸がしやすいのだ。
男は、ますますこの場所に対する探求心・好奇心を強くした。
樹木の匂いがきつくなってきたところで、視界に生体反応のマーカーが表示される。
多数あるPip-Boyの機能の一つ。生物やロボットの反応を網膜に投影するレーダーサイトである。
どういう理屈か、装着者への敵意・殺意があると赤く表示されるので、敵味方の判別は容易に付く。
視界方向の方角も表示してくれる便利な機能だが、どこか中途半端なところもある。
例えば、視界の方向の情報のみ映し出すので、死角から近付かれるとわからないのだ。
もっともこれは、男が冒険途中で、巨大アリの研究をしていた科学者に改造されることによって得た[Ant Sight]という特殊能力で、視界が広くなったことで軽減されている。
他には、対象の距離や大きさまでは判別してくれないところ。
人間もラッドローチ(巨大ゴキブリ)も同じ大きさで表示されるので、警戒して近づいてみたらラッドローチでした、という事も多い。
そういった難はあれど、旅のツールとしてはかなり有用な機能である。
そして、そのマーカーが現在は白を表している。つまり、こちらを敵視していない存在だ。
目を凝らしながらマーカーの方向へ近付くと、耳の長い小さな動物が、地面に生えた草を食んでいた。
(あれは、兎!?絶滅したんじゃ……)
兎は至近まで来た男に気付いたが、逃げる素振りもせず草を食みつづける。
男が過酷な冒険の中で習得した[Animal Friend]の効果だ。
人間や昆虫・魔獣には効果がないが、どのような猛獣であれ、彼の前では皆、友達である。
余談だが、ドッグミートが彼に懐いているのは、この能力とは関係ない。
長く確認されていない動物を見て驚いたものの、ここがウェイストランドでないならばありうるのか、と納得し、落ちついて友達たる兎を捕まえ──無造作に、ごきん、と首をへし折った。
すぐさま、コンバットナイフで血抜きと毛皮剥ぎをすませ、食用に向いてそうな箇所をひと塊切り出し、残った部位をドッグミートに放ってやる。
その手際は手慣れたものであり、生き物を殺す事への躊躇はみじんもない。
切り出した肉は、とりあえずPip-Boyにしまう。亜空間倉庫内では時間が止まるので、保存に向いているのだ。
(登録名“兎肉”で格納実行、と……って、オイオイ、RAD値ゼロだと!?)
Pip-Boyのガイガーカウンター機能によって示された値に驚愕する男。
男のいたキャピタル・ウェイストランドは、200年前に起こった核戦争の影響で、人間を含めてすべての生物が、多かれ少なかれ、放射線に汚染されていて当たりである。
また、飲料についても、限られた水──核戦争前に完全封入されていたものや、男が育ったシェルターや街にある浄化装置によって放射線除去されたもの、そして最近男の活躍によって、多く配給されるようになったアクア・ピューラと呼ばれるもの──以外は全て汚染されているのだ。
RADアウェイという、放射線を除去する薬品が開発されていなければ、人類の歴史は核戦争後、すぐに終わっていただろう。
それほど、汚染されていない肉というのは珍しいのだ。
(誰かがRADアウェイをこの兎に打った……とは考えにくい。野生の兎だよな)
その後、あてもなくマップデータを増やしつつ、道なき森を歩む男と犬。その旅程は驚きの連続だった。
湧き水のRAD値ゼロのクリーンさと美味さに驚き、焼いた兎肉の美味さに驚き、鹿を発見して驚き、と。
なお、兎と同様、近付いても触っても男から逃げない鹿は、あっさりと男によって仕留められ、食糧と化した。
その後、シルエットは熊そのものだが、白と黒の毛皮が愛嬌をかもしだしている獣──パンダに遭遇する。
パンダもまた、兎のように男を気にするふうでもなく、のっそのっそと通り去っていったのだが、男にとっては兎や鹿を見た時とは別の驚きがあった。
(……あれは確か、核戦争時に絶滅したとされているはずだが……)
記憶に間違いがなければ、パンダは、幼いころ育ったシェルターで何度も見た動物図鑑に載っていた、かつて中国に生息していたとされる獣だ。
そのことから、この場所についてはいくつか考えられる。
1.ここが未知の施設で、クローンか生き残りかのパンダを放し飼いしている
柵や監視ロボなど、大事に育てるためには必須の設備がどこにも見当たらないし、それを管理している人間からの接触が無い事が不自然である。可能性は低い。
2.実は人知れず生き残っていた
考えにくいが、そうなるとここは中国であるかもしれないし、実は未開の土地でパンダがいたという可能性もある。お手上げだ。
3.パンダが絶滅する前の時代である。
タイムトラベルという非常識な現象ありきだが、今の状況の説明はつく。
その場合、中国か、パンダ輸入国が考えられるが、高価に取引されていた時代ならばきっちり管理されているはず。つまり、野生のパンダが放置されている時代の中国ということになる。
(バカな……いや、ありえるのか)
何しろ宇宙人によって拉致され、宇宙船で実験動物にされそうになった経験のある男である。
奴らの持っていた武器を奪いつつ、取り上げられた武器を回収し、その結果、宇宙人どもを皆殺しにしたが、あの非常識な体験にくらべれば、タイムトラベルがあってもおかしくはない、と考えた。
動植物が汚染されていないという点も後押ししたのだが、タイムトラベルである方が面白い、という期待感が強かった。
結局、確定的な証拠がないので、もう少し様子を見ることにした。
幸い、飲料、食糧に困らない環境だ。帰りを急ぐこともない。
「ここは、まるで楽園だな……」
「ワン!」
狩った獣のほかにも、トカゲやイモ虫など、食用に耐えられそうな生物がウヨウヨいるのだ。
空腹のあまりラッドローチや、謎の肉、果ては便器の水すら口にした事のある彼にとっては、どれもご馳走に見える。
都合の良さに、知らないうちにバーチャル世界に放り込まれたのではと疑う男だったが、今はこの心地よい世界を楽しもうと、ドッグミートと寄り添いながら眠りにつくのだった。
…………………………
翌日以降も森を彷徨っていた男だが、数日もたてば目新しい点もなくなったため、森を出て人を探すことにした。
ここが、人間が生存する場所かどうかは不明だったが、現地住民を見つけるのが一番手がかりになる事は確かだろう。
竹を加工して水筒を作り、新鮮な肉を多めに確保し、数日間堪能した森を後にした。
そして、さらに数日後。
岩陰から現れた三人の男が、ニヤニヤと薄笑いを浮かべて、彼を半包囲していた。
中背の男がリーダーらしく、左に背筋の悪い小男、右に汗だくの肥満体系の巨漢という配置である。
くるる、とドッグミートが唸り声を上げるが、中型犬という見た目を侮ったのか、あまり警戒せず、男のみを標的と定めたようだ。
もちろん、レーダーサイトを持つ男が三人の存在に気付かないわけがなく、陰に潜んでいる所から丸わかりであった。
マーカーの色は赤。本来であれば先制攻撃をして即座に始末するところだったが、初めて出会うこの土地の人間に、話を聞きたかったのだ。
(三人とも、武器は鉄製と思われる剣か。銃器が存在しない時代なのかもしれないな)
貧弱な装備に、緩みそうになる気持ちを引き締める。
さて、言葉が通じないはずの相手に、なんと話しかけたものかとじっと見据えると、中央のリーダーらしき中背の男が、剣の腹で自分の肩をぽんぽんと軽く叩きながら、声を上げた。
「兄ちゃん、珍しい服着てんなぁ。とりあえず身ぐるみ置いてってくれや」
(ウェイストランド語!?……いや、日本語か?)
昔の中国ならば、言葉が通じるわけはない。
となれば、やはり何かの実験施設なのだろうか、と疑惑を高める。
ちなみに全員、日本語を話しているのだが、男もまさか、日本語版ゲームのキャラクターであるから、という理由で、ウェイストランドで日本語が普通に使われている事には、考えが及ばなかった。
というより、意識すらできないのである。
「へへ、アニキ、こいつビビってますよ」
「弱そうな奴なんだな。まあオイラ達を見れば仕方ないんだな」
男の驚きを勘違いしたようで、小男と巨漢がはやし立てる。
それを意に介さず、男は問いかけることにした。
「お前ら、ウェイストランド人か、日本人か?それとここは中国──チャイナじゃないのか?」
だが、男の問いは理解すらされなかった。
「あ?うぇいすと……なんだって?」
「訳わかんねーこと言って、煙に巻こうと思ってんのかコラァ!」
「ぐふふ、そうはいかないんだな」
その反応から、中国という国名になる前の時代かもしれないと考えた。
推測だけでは限界があったので、さらに問いかける。
「ここは何という国だ?」
「はあ?バカかてめぇ、さっさと出すもん出しな。そのゴツい腕輪もな」
聞く耳もたない様子に、男は溜息をつく。
物言いからして、どう見ても頭の悪そうな盗賊である。
いくらやっても話が通じそうにないので、処理してしまうことにした。
身構えもしていない所が油断しすぎだが、そこに付け込むのは当然のことだ。
なに、“かわりはいる”のだ。
──だん!
男はおもむろに、一歩の踏み込みで約3mの距離を縮め、リーダーの懐に飛び込んだ。
そのさなか、両こぶしを顎のあたりで構える、ボクシングスタイルを取っている。
肌が触れるほど近くなのに、今だに呆けている目前の間抜け。
隙だらけなのを見て、V.A.T.Sを使うまでもなく、まずは心臓部に右の掌底。
上手く入れば、相手はショックでしばらく身動きが取れなくなる。[Paralyzing Palm]と呼ばれる、彼が習得した特殊スキルのひとつである。
これで相手を固めて、渾身のストレートかフックで相手を撲殺するのが、男の得意とするコンビネーションだった。
しかし、ここで男の予想外の事が起こる。
ショートフックで放った掌底は、鈍い音とともに相手の胸部を陥没させ、折った肋骨は心臓を突き破る。
さらに、掌底から伝搬した衝撃が、傷ついた心臓をさらにズタズタにした。
完全なオーバーキルである。
「ぐぷっ」
白目をむいて、喉から空気が抜けるような音を喉から出した盗賊のリーダーは、ゆっくりと仰向けに倒れ、そのまま永遠に動きを止めた。
それを引き起こした当人は、構えこそ解かないものの、次の敵に向かうまでもなく呆然としていた。
旅立ってすぐのルーキーだった頃はいざ知らず、戦闘に慣れた男にとっては、ありえない失態である。
それほど驚愕していたのだ。敵の“あまりの脆さ”に。
「「あ、アニキぃ!」」
リーダーがやられてうろたえる声に、男はすぐさま気をとりもどし、相棒に声をかける。
「そっちを殺れ!」
「ワン!」
相棒の元気な返答を聞きつつ、自身は、動揺の隠せない巨漢に向かう。
自らの兄貴分を瞬殺した相手に「ひっ」と竦み声を上げながらも、とっさに身を守るように、剣を構える巨漢。
下半身への意識が薄くなったと見た男は、相手の左ひざに対し、踏みこむような右の前蹴りを繰り出す。
これも牽制に近い攻撃だが、その強烈な蹴りは巨漢の膝の骨を粉砕し、肉を断ち、皮一枚でようやく繋がっている状態にしてしまった。
「ぎゃあっ!」
その脆さにまたも驚くが、先ほどとは違って呆けるなどしない。
激痛に悲鳴を上げ、支えを失い、身を崩す巨漢。そこに放たれた渾身の見事な右ストレートが、巨漢の鼻面に突き刺さった。
比喩ではなく、文字通り、手首まで顔に突き刺さったのだ。
その衝撃は巨漢の後頭部に抜け、その脳漿を放射状に飛び散らせた。
もちろん、即死である。
拳を引き抜くと、すでに死体と化した巨漢は、重力にまかせて地面に崩れ落ちた。
同時に、甲高い、笛の音のような音が聞こえる。その方向を見やると、首から血を噴出させた小男が、出血を止めようと足掻きながら、倒れこむところだった。
ドッグミートに頸動脈を噛み切られたのだ。
「そっちも終わりか。しかし、ラッドローチ並に弱いやつらだったな」
「くーん」
リーダーが着けていた黄色い頭巾で、血に濡れた拳を拭いながら言うと、ドッグミートは同意するように喉を鳴らした。
男は弱いと口にしたが、小口径程度なら、頭に銃弾をモロに食らっても死なないウェイストランドの住人や、そんな相手を数発で殴り殺せる男の方が異常すぎるのだ。
もっとも、人間、自分の世界を基準で考えるものであるから、男の評価も仕方が無いといえよう。
「ドッグミート、“そのへん”を警戒しておいてくれ」
「わん」
相棒に指示しながら、モゾモゾと死体をまさぐる。
剥ぎとれるものは剥ぎとる。ウェイストランドの常識だ。
(服はショボくて汚いから要らない、と。古そうな本──ええと、太平要術って書いてるのかな。それと、質の悪い鉄剣が3本、干し肉がいくつか──やっぱりこれもRAD値ゼロ)
盗賊をやっているのだから、誰かから奪った品をそれなりに持っていると期待した男だったが、そのアテは外れてしまった。
(ろくなモノ持ってないな。あと……なんだこれは、銅貨か?)
盗賊はそれぞれ巾着袋を持っていたが、中に入っていたのは期待していたウェイストランドの通貨であるキャップではなく、この国で使われている銅銭だった。
なお、キャップとは文字通り瓶のふたである。
ウェイストランドでは、ヌカ・コーラという名の清涼飲料水の瓶の蓋が、通貨として各地に流通している。
ここが過去の中国にしろそうでないにしろ、この銅貨が通貨であれば、手持ちのキャップも使えないということだ。
(せっかく集めたキャップも、ここではゴミかもな。とりあえず貰っておこう。──さてと)
「そこの三人、そろそろ出てきたらどうだい?別に取って食いやしないよ」
戦利品をしまい終えた男は、ドッグミートが顔を向けている岩陰に声をかけた。
網膜に投影されたマーカーは、三体の反応が、そこにある事を示している。
これが、やっと出会えた盗賊を始末した理由だ。話をするなら、非敵性体の方が良いに決まっている。
これで人間でなかったらかなり間抜けだが、マーカーの動きから推測して、ドッグミートに警戒させておいたのだ。
男の言葉に返答はなかったが、三人の女性が岩陰からゆっくりと身を出した。
帽子をかぶり、大きな槍を持った青いショートヘアの女性。
髪は染めているのか生まれつきか、かなりパンクである。
ここが過去の時代ならば、放射線の影響ではないだろう。
そして、茶髪を後ろでまとめた眼鏡の女性。女教師のような雰囲気だ。
眼鏡の歴史は意外と古いが、デザインが少々近代的すぎる点が気になった。
その二人に続くように、ウェーブがかった豊かな金髪の少女。
こちらも染めているのか、欧米人の血を引いているのか。
頭に妙な人形を乗せていて、どこかコミカルだ。
三人とも歩みが重く、警戒しているように見える。
さきほどの戦いを見て、盗賊と疑われているのかも、と男は推測した。
「そう警戒しないでくれ。俺はただの旅人だ。さっきのは盗賊から身を守ったにすぎないよ」
そう言いながらも彼は、彼女らの容姿といでたちに驚いていた。
彼の基準からすれば、彼女らの着衣は見た事がないほど華やかだった。
ウェイストランド人の着衣は、ボロボロの薄汚れた服が当たり前。
綺麗な服を着られる人間は、どこかの組織の所属か、地上の楽園を保っていたテンペニータワーに住む上流階級の人間くらいである。
もしくは、男のように数多の冒険の末、いろいろな財や物資を得た人間だ。
女性たちの姿を見て、男の心の隅に、下心が湧いた。
二人の扇情的な格好から、娼婦であるかもと期待したのだ。
一人は子供だから除外するとして、どちらも匂い立つような、素晴らしい美女である。
ウェイストランドの汚くて臭い娼婦には、ついぞ手が出せなかったので、もし彼女らが娼婦ならば、多少高めであっても、ぜひともお願いしたいほどであった。
初対面の真面目な表情をした男が、そんなシモの考えをしていると気付くわけもなく、槍を持った女性が言いにくそうな口調で、言葉を口にした。
「あー、それはわかっております……。実は加勢しようかと思ったのですが──」
彼女が言うには、賊らしき者どもに囲まれた男に助太刀しようとしたそうだ。ここまではいい。
だが、高所から名乗りを上げて格好良く登場するべく、岩をよじ登っているところで、男がさっさと片付けてしまい、出るに出られなくなった、ということだった。
「この人は演出過剰なだけで、悪い人間ではないので許してやってください」
「うう……お主も賛成したではないか」
「だから余計な事をするなと言いましたのに……」
その会話から、お調子者の青髪の女性が格好をつけようとし、金髪の少女が面白そうだとそれに乗り、真面目そうな茶髪の女性はそれを止めようとした、という所だろう。
これだけでも、だいたいの性格がつかめた。
人が襲われているのに暢気な事だとも思ったが、話をしているところだったので、岩に登るくらいの余裕はあるとふんだのだろう。
「いや、その気持ちだけで嬉しいよ。でも君らのような女性が、ちょっと無謀じゃないかな」
ここがどういう世界かわからないが、武装と言える物は槍一本。どう見ても重装備とは呼べないいでたちだ。
この言葉に引っかかったのが、槍を持った女性。
「ふふ、侮ってもらっては困りますな。後ろのふたりはともかく、この私は賊に遅れをとるほど、なまくらではありませんぞ」
そう不敵に笑って、ぶんぶんと槍を振りまわし、男の眼前でピタリと刃先を止める青髪の女性。その槍捌きは、男から見ても鋭く、そして安定していた。
男は、なるほど、根拠のない自信ではないなと納得した。
「これは、失言だったかな。すまない」
もう少し物々しい格好にしてくれ、と思わなくもない男だったが、プライドを刺激した事は、素直に謝ることにした。
ウェイストランドにも、勇ましく強い女性は多い──というよりも、殆どがそうだ。たくましく無くては生きていけない世界なのである。
そういった女性は、総じて腕を侮られることを嫌うのは、よく分かっている。
「わかってくださればよい。しかし、貴殿も人の事は言えぬでしょう。見たところ、かなりの業もののようですが、その短剣のみで旅とは……まあ、さきほどの無手術の腕からすれば、当然の自信でありますかな」
「たしかに、その通りだね」
苦笑しながらも、さっきの男たちもこの女性も、Pip-Boyを知らないと確信した。
Pip-Boyを持っている人間は皆、亜空間格納領域を持つため、Pip-Boyをしている敵には、たとえ素っ裸でも油断するな、というのがウェイストランドにとどまらず、世界の常識である。
もともと、核戦争前から知らぬものはいないほど、革命的で有名な製品なのだ。
これほど目立つ物が目に入らないわけがない。つまりはPip-Boyの存在が知られていない時代ということになる。
もう少しうちとけて、情報をいただくべきと男は思った。
もちろん、ウェイストランドでは見かけない美女たちとお話したいという下心もあった。
「ところで、色々教えてもらいたい事があるんだが──と、その前に自己紹介といかないか?」
「そうですね。我々も貴方に聞きたい事がありますし」
男を品定めするようにしていた、眼鏡の女性が答えた。
その返答を聞き、男は人懐っこそうなニコリとした笑みを浮かべて、名乗った。
「俺の名前はカズト・ホンゴウだ。よろしく、美しいお譲さん方」