いきなりこんな状況に放り込まれて、俺は動揺を隠せないでいた。
ヒナタの腕を引っ張って健吾に背中を向けさせると、小声で問いつめる。
「お前が俺に話があるっていうから来たのに、何であいつがいるんだよ」
「私がお前に話があるなんて、一言も言ってないぞ」
当然のようにヒナタは言った。
「話をするのは、お前達二人じゃないか」
「何だって?」
俺は思わず聞き返した。
「仲直りしたいんだろ?だったら二人で話をしないことには、何にも始まらないぞ」
「俺は仲直りしたいなんて言ってない」
「いや、口に出さなくてもわかる。うん、ひしひしと感じる。だから、こうやって二人で話が出来るようにしたんじゃないか」
しかし、ヒナタがこんな直球ど真ん中で勝負してくるなんて、予想もしていなかっただけに、焦りというか緊張というか、よくわからない気持ちのまま、俺は汗をかいていた。
「まあ、どっちにしても、だ。今のままじゃ何も進まないぞ。とりあえず自分の気持ちをぶつけあったらどうなんだ?」
ヒナタは、俺と健吾を見比べるように視線を移しながら言った。
その言葉に促されて俺は健吾と向き合う。
今更何を言えばいいんだ、という気持ちがある。
今だから言えるかもしれない、という気持ちもある。
だが、面と向かうと、どんな言葉で話し始めたらいいのか、わからなくなる。
俺は無言のなかで居心地の悪さを感じていた。
多分、あいつも同じ気持ちに違いない。
話を切り出せないまま、無為に時間だけが過ぎていく。
その重苦しい沈黙を破ったのは、俺でも健吾でもなかった。
「ああ、もう、じれったいなあ!お前達、いつまでもウジウジして、こっちがイライラするじゃないか!」
しびれを切らしたようにヒナタが大声を上げた。
真っ直ぐ伸ばした人差し指で俺の顔を指さす。
「お前には自分から言い出す勇気がなさそうだったから、これだけお膳当てして私が背中を押してやったんだろ。それなのに、何だ!この期に及んでまだ迷ってるのか!」
言うだけ言うと、クルッと体を回転させて今度は健吾にも吠えかかる。
「お前もお前だ。何か言いたいことがあるんなら、さっさと言えばいいだろ!自分一人で抱え込んで、悲劇のヒーロー気取りか!」
気押された健吾のたじろぐ様子が手に取るようにわかる。
だが、俺も同じだ。
ヒナタに言われると、何かと理由を付けて嫌なことを避けている、やるべきことをやらないでいる、そんな気持ちにさせられる。
口火を切ったのは健吾だった。
「その子の言うとおりだ。俺、自分で抱え込んでいれば丸く収まる、俺が我慢すればいいんだって思ってた。ホント悲劇のヒーロー気取りだよな」
「健吾……」
俺の方へ向き直って健吾は話を続けた。
「お前から千都瑠宛ての手紙を預かったとき、正直言って俺、ものすごく迷ったんだ。今だから言うけど、実は俺も千都瑠のことが好きだったからな。でも、お前と約束した以上、手紙を渡さないわけにはいかない。俺は複雑な気持ちのまま彼女を呼び出して、手紙を渡そうとしたんだ。もちろん、お前からだと言って。そしたら彼女、受け取らない、受け取っても破って捨てるだけだって言ったんだ」
「………」
「俺が理由を聞いたらさ、彼女、突然俺のことが好きだって言い出して……。それを聞いて、本当に迷った。お前の顔がちらついて、でも結局、彼女の言葉に負けてしまった。そのとき、俺から彼女に言い寄ったことにしてくれって頼まれたんだ」
「何でそんなことを頼んだんだろ?」
「彼女、プライドが高いだろ?自分から告白したことが広まるのが許せなかったんだろうな。それをOKした俺も俺だけどな、そこまでして彼女と付き合いたいのかって」
「そういえば、瀬理奈からお前が振られたって聞いたけど、もしかして……」
「ああ、本当は俺から別れようって言ったんだ。所詮、かみ合わない二人だったんだ。彼女は俺のことを、自分を飾り立てるアクセサリーか何かとしか考えていなかったんだろうな」
「そうか……」
確かに健吾は学年で一、二を争そう秀才だし、スポーツも万能、おまけに見た目もいいとなれば、千都瑠がそう考えるのもわからないではない。
「俺にしても、本当に彼女のことが好きだったのか、怪しいもんだけどな」
健吾のその言葉を聴いて、俺は心の中で苦笑した。
こいつも俺と同じだな。
「悪かったな、慎二。もっと早く本当のことを言えればよかったんだけど、なんとなくタイミングを逃してるうちに、ズルズルと今まできちまった。本当にすまん」
「そういう事なら、別にお前が悪いわけじゃない。謝ることなんてないじゃないか」
俺の言葉に健吾は首を横に振る。
「あの時、手紙を押し付けて帰ろうと思えばできたんだ。でも、彼女から好きだと言われたとき、俺は正直、チャンスだと思った。俺の心の中にお前を出し抜いてやろうって、そんな気持ちがあったんだと思う」
今度は俺が首を振る。
「いや、謝らないといけないのは俺の方だ。もしかしたら俺の手紙を渡しもしないで、自分が彼女に告白したんじゃないかって、そんなことを考えてしまってた。お前に限ってそんなことはしないと信じてるつもりだったのに。それからも、本当は何があったのか聞きたかったんだけど、結局、お前を信じ切れなくなって聞くことができなかった。そんな自分が嫌になってさ、もうどうでもいいやって……。時間が解決してくれるんじゃないかって思ってたけど、そんな甘いもんじゃない。やっぱり自分で行動しなきゃだめだな。面倒くさがってたら何も始まらない」
そこまで一気に言うと、俺は心のつかえが取れたような気がした。
「まあ、お互い様ってことか」
「ああ、そうだな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
二人のやり取りを聞いていたヒナタが、良いタイミングで間に入ってくる。
「話は終わったのか?」
「ありがとう。おかげですっきりした」
そう言った健吾の顔は、本当に晴れ晴れとして見えた。
「最初はどうなるかと思ったけどな。まあ、よかった、よかった。私もやった甲斐があったというものだな、うん」
ヒナタは腕を組んで満足げに何回も頷いていた。
健吾が俺の方へ向き直る。
「そろそろ俺、帰るわ」
「そうか。時間とらせて悪かったな」
健吾はちょっと手を挙げた。
「じゃあな」
「ああ、また明日」
一歩を踏み出そうとした健吾は、ふと足を止めると俺の方を向いた。
「いい彼女だな」
それだけ言うと、石段を降りていく。
「ちょ、ちょっと待て、健吾、誤解だ。こいつは……」
健吾の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか。
俺の横で無邪気に手を振るヒナタの様子からは、それはわからなかった。