ジョン・フェルトンに安息を
A. D. 6088 ジョン・フェルトン・コンスタンス・ド・ロシュフォール
この日記帳には我が娘のことのみを記す。
今日は非常にめでたい日だ。
我がロシュフォール家に初めての子供が生まれたのだ。可愛らしい女の子だ。
名前はメアリー・スー。
口元は私に似ており、目元が妻に似ている。
妻も意識ははっきりしており、経過は順調だ。
昨夜恐ろしい夢を見たが関係はなさそうだ。いや、あの冒涜的に聞こえたフルートは祝福だったのかもしれない。始祖ブリミル様と私では感覚も大きく異なるに違いない。
祝福ならば我がロシュフォール家も安泰ということだろう。
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メアリーに髪が生えはじめた。
アルビオンに連なる峰々、その頂上にかかる雪のように白い。ハルケギニアでは非常に珍しい髪の色だ。
すでに目も開いており順調に育っている。
ただ、赤い瞳と白い髪、そして異常と感じるまでの肌の白さ。親としては少し不安だ。
それにメアリーは普通の赤子と比べてあまり泣かないようだ。
手がかからないのは良いことだ、と妻は言っているが元気に育ってくれるか。
定期的に医者に見せた方が良いかもしれない。
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メアリーが寝返りをうった。もうしばらくすればハイハイもできるようになる、とは乳母の言葉だ。
それ自体はめでたいことだ。
しかし私は奇妙なことに気付いた。
寝返りをうったとき、メアリーの右目が青くなったような気がしたのだ。
ひょっとしたらメアリーは月目なのかもしれない。
少し注意して様子を見よう。
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間違いない、やはりメアリーは月目だ。
ハイハイをした記念すべき日なのだが素直に喜ぶことはできない。メアリーは激しい動きをするとき右目が青くなるようだ。
通常の月目は常に色が違うと聞く。これは異常なことではないだろうか。
アカデミーの連中やロマリアの坊主どもに見つかってしまっては危険だ。
後で妻に相談しなければならない。
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記念すべき日だ!
メアリーがはじめて喋った!!
たどたどしい言葉ではあったが確かに「パパ」「ママ」といった。
この歓びは文章にあらわせない。
使用人たちには特別に上等なワインを振舞ってやろう。
メアリーがあまり泣かないものだから言葉に障害があるのかも、と一人悩んでいたのだ。
今日はよく眠れそうだ。
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あの歓びは間違いだったのかもしれない。
メアリーはよく喋る、喋るがまったく意味が分からない。
この時期の言葉はそういうものだ、と乳母は言うが何か違うのだ。狂気じみた言語、というのが最も近いだろうか。ハルケギニアでは使われない言葉を話しているように感じるのだ。
天使のような声色でおぞましき何かを口走る様を私は慄然たる思いで注視していた。
個人的によくしている司祭に相談した方が良いかもしれない。
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メアリーが生まれて一年と少しがたった。すでに屋敷の中を歩き回れるようになり、運動面では問題ないようだ。
しかしメアリーは言葉が遅れている。
乳母の話ではすでに会話ができてもおかしくない、ということだ。
相変わらずあの狂気じみた言語を使っているようだ。人がいないところではよく呟いている。
司祭に相談すると「悪魔憑き」かもしれないという助言をくれた。
確かにあの冒涜的な言葉は悪魔の言語というに相応しいのかもしれない。考えたくはないが、幽閉用の塔を用意する必要があるかもしれない。
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メアリーがマトモに喋れるようになった。
喜ばしいことだ、と諸手をあげることはできない。
唐突すぎるのだ。今までほとんど喋れなかったメアリーが大人のように理路整然と話す様は、とてもじゃないが幼児には見えない。
正直なところを書こう。私は恐ろしい。
天使のように可愛らしいメアリーに恐怖を覚えつつあるのだ。
妻も同じ思いを抱いているらしい。
いや、私たち夫婦はきっと疲れているのだ。
メアリーの誕生以来子供ができる気配も一向にない。焦りもあるのだろう。
きっと一年後にはこの日記を笑い飛ばせるようになる。
今はただ見守るしかない。
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あれから一年がたった。
やはり、メアリーは悪魔憑きなのかもしれない。
流暢に喋るようにはなった。しかし男言葉を話すのだ。まるでメアリーの中に名状し難いものが潜んでいて、それが喋っているようだ。
暗澹たる思いで幽閉塔の建造を指示する。
一階に豪奢な聖堂を造るつもりだ。
始祖ブリミル様、どうか貴方の御威光でメアリーを救ってください。
妻と二人で日々祈っています、救いを賜るようお願いします。
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来るものが来たか、という思いだった。
五歳の誕生日、メアリーが魔法の練習を願い出てきたのだ。
予想をしていなかったわけではない。しかし悪魔憑きである可能性がある以上魔法を教えることはできない。
言い含めると意外なまでに素直な様子だった。
幽閉塔が完成した。錠前も枢機卿が祝福を施した聖なる銀を元に頑丈なモノを用意した。図書館もあるのでメアリーには当面そちらに移ってもらう。
妻は限界が近い。
ロマリアなどで息を抜いたほうがいいかもしれない。
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メアリーが幽閉塔に入って一年がたつ。
六歳の誕生日、メアリーは再び魔法練習を願い出た。
男言葉に変わりはない。またその表情も、目も依然と変化がなかった。もう少し様子を見た方がよさそうだ。
引き続き勉強と、始祖ブリミル様へより祈りを捧げるよう指示しておく。白すぎる肌、白い髪、赤い瞳と神秘的な外見は今では悪魔のようにしか見えない。
妻はもう限界だろう。
ひと月ほどロマリアで休養してもらうことにする。
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七歳の誕生日、やはりメアリーは魔法練習を願い出た。
これ以上引き延ばすのはおそらく得策ではない。勝負に出ることにする。
聖堂にメアリーを呼び出し、始祖ブリミル様への祈りを命じた。念のため杖には手をかけておく。
悪魔なら祈りの言葉を口にしただけで激しく苦しむはずだ、と司祭からは助言を受けている。
私はラインメイジでしかないが、聖堂なら始祖様の祝福で大きな力を引き出せる気がした。
しかし、結局は無駄なことだった。メアリーは始祖に唾するような、冒涜的な表情で聖句をそらんじたのだ。
もう私ではどうすることもできない。
妻と二人でその晩は泣いた。
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気が付けばメアリーが生まれて十四年がたつ。本来ならば魔法学院にいれなければならない。
だが私は恐ろしい。
メアリーはあっという間に親である私を抜いてトライアングルになったのだ。
メイジの力量は血統によるところが大きい。私も妻もラインである以上、メアリーがこれほどまでに驚異的なスピードでランクをあげることはありえないのだ。
妻は早く嫁にやれば、というがそんなことはできない。
この世の物ならざる知識をもつメアリーを嫁に出してしまえば、最悪ロシュフォール家は異端として取り潰されるだろう。
今私はオールド・オスマンに手紙を書いている。今までにあったことをすべて余さず記した。
彼ほどのメイジでなんとかできなければ、それこそ教皇の力をお借りするしかないだろう。
始祖ブリミル様、我らをお救いください。
なにとぞお願い申し上げます。
*****
メアリー・スーに祝福を
やあ、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。
皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。
前世の名前?
ふっつーの名前だったよ、きわめて模範的な男子高校二年生と言ってもいいね。
どうにも俺は神様の手違いでさっくり殺られちゃったらしい。現に転生前に神様っぽいヤツに会ったし。
神様の容姿?
んー全身が黒くて、足は三本だったかな、現代日本にはないフォルムだった。想像していたよりはグロテスクな感じがしたな、いや人間の感覚を神様に当てはめる方がおかしいんだろうけどさ。
ただ圧倒的な存在感だけはあったな!
すぐに人間形態、エジプト人っぽい感じになってくれたから話しやすかったけどね。
どんな場所だったか?
星の海、といってもいいくらい超宇宙的なところでBGMは素晴らしいフルートの音色だったよ。
一般的なイメージと違う?
いやいやあの神々しさというか名状し難さは会ってみないとわからないよ。
正視に堪えない、ってよく言うだろ? アレ神様にも当てはまると思うぜ、存在の規模というか、なんか違いすぎてマトモに見たら発狂しそうなレベルなんだよ。
いあ! いあ! って感じだな。
*
まぁ神様の話はいいや。
とかく俺は神様が望みを叶えてくれるっていうんでゼロの使い魔の世界に転生することを願ったんだ。
勿論才能もつけてもらったぜ、そこそこの鍛錬をつめば風メイジのスクウェアになれるという話だ。
他の能力はいらないのか、って?
あんまり詳しくないし、ヒーローってのは苦戦してこそ輝くもんじゃないか。
だから俺は圧倒的戦力で蹂躙・粉砕というのは良くないと思うんだ。
ま、この世界からすれば風のスクウェアってだけでもチートに近いんだけどな。
それに容姿も自由って話だったから、アルビノにしてもらったよ。本気を出せば右目だけが青くなる、限定的オッドアイ付きだ!!
こんな姿前世だったらアニメの中にしかいなかったね。
とりあえず原作知識をもってるから危険すぎる戦闘はなるべく避けて楽しく暮らすんだ。
トリステイン、ここはなんだかんだ言って安全なはずだからのびのびと領地経営して穏やかな余生を目指すぜ!
幸い俺が第二の生を受けたのは伯爵家、しかも長女だ。
原作には程よくかかわって、安全に武勲をちょいちょいあげてやるぜ!
と、武勲を挙げるためにはやっぱり魔法だ。
マトモにやってればスクウェアになれるらしいけど、成長速度までは指定してなかったしな。何事も早いにこしたことはないだろう。
言語習得は日本語のクセが残りすぎて苦戦したが、一人で特訓したおかげで話せるようになった。
魔法はちょちょいのぱっぱとマスターしてやるっ!
だが父上ことジョン・フェルトン・コンスタンス・ド・ロシュフォール(アルビオン系だ!)は過保護らしい。
「父上、俺もそろそろ魔法を習いたいのですが」
「メアリー、お前にはまだ早いだろう。立派な貴族には魔法以外にも学ぶべきことはたくさんあるんだ。今はそちらに集中しなさい」
立派な金色の口髭(カイゼルだな!)をしごきながら穏やかに言い放つ。
早い、と言っても俺はもう五歳だ。一般的な魔法の修練開始時期が六歳なので早すぎるということはない。
ま、父上が過保護ということはそこまで悪いことじゃないだろう。
実際前世の知識ってのはそこまでアテにならない。農地改革とかやろうとしてもそんな輪作とかノーフォークとか細かいところを覚えているはずがない。
どんな肥料があるかもわからないくらいだ。
それに下手なことをやらかしたらロマリアさんから一発異端認定だ。
大人しく図書室にこもっていつものように勉強をすることにしよう。
ハルケギニアにマッチした内政チートを目指してやるぜ!
*
さて、光陰矢のごとしという言葉もあるようにあっという間に六歳だ。
早速父上に魔法の指導をお願いしに行こう。
「父上、俺もそろそろ魔法を習いたいのですが」
「メアリー、お前にはまだ早い。確かに回りの貴族は魔法を学びだす頃だ。しかし魔法以外にも学ぶべきことはたくさんあるんだ。今はそちらに集中しなさい」
まぁ父上はアルビオンからトリステインに婿入りしてきた変わり種だ。きっと世の酸いも甘いも十七歳までしか生きてない俺よりよっぽど詳しい。
それにやっぱり父上は過保護だ。なんと、俺のために塔を建ててくれたのだ。
一階には聖堂、二階には食堂と厨房と寝室、三階から五階はぶち抜きの図書館だ!
錠前もかなり頑丈だから防犯はばっちりだ!
おかげで去年の誕生日からほとんど俺は外に出ていない。
父上も母上もわざわざ会いに来てくれるのが少し心苦しいな。母上はほとんど来ないけど。
ま、しっかり勉強してハルケギニアの常識を身に着けるのは悪いことじゃないからいいさ。
よーし、がんばるぞー!!
*
勉強は実にスムーズに進んで俺は七歳になった。
例によって父上にお願いだ。塔の一階、聖堂で父上は待っていた。
「父上、俺もそろそろ魔法を習いたいのですが」
父上は穏やかな笑みを浮かべた。その手は杖にかかっている。
やっと、しかも直々に教えてくれるんだな!
「メアリー、始祖ブリミル様への祈りをそらんじることはできるかい?」
毎朝聖堂で祈りを捧げている俺に死角はない!
父上の前ですらすらと、余裕の表情さえ浮かべて暗唱してみせた。
「仕方がない、お前にも魔法を教えようか」
父上はえらく渋々とした様子で認めてくれた。
過保護な親をもつと大変だなぁ。
ま、杖さえもらってほっといてくれれば勝手に修行でもなんでもやってスクウェアになっちゃうんだけどね!
*
さて、すくすく育って俺も十四歳だ。
来年から魔法学院に入学して原作にちょいちょい顔出ししておかないとな。
戦争で武勲挙げ放題だぜー!!
あ、ちなみに今風のトライアングルです。かなりの成長速度らしいよ、神様ありがとう! ってなもんだよね。
「父上、そろそろ魔法学院入学の時期ではないですか?」
「む、そうか……」
父上は最近疲れ果てている。俺が魔法を学び始めたころから疲れが目立つようになって、ゴージャスな金髪が今じゃ真っ白だ。
安心してくれ、俺がスクウェアになって親孝行してやんよ!
と言ってもハイパー過保護な父上だ。貴族のお決まり、舞踏会とかにも全然いかせてくれない。
ずっと前の夜、母上に叫んでるの聞いちゃったしね。
「アイツを嫁にやるわけにはいかん!!」って。
いや不覚にも涙腺に来たね。
絶対内政チートで両親ともに幸せにしてやるぜ!
弟も妹もいないから後継者問題も一切気にしなくていいしな!!
婿は……心は男って感覚が残ってるから困るな。最悪養子をとって跡継ぎにしよう。
*
さぁやってきました魔法学院。なんつーか、ド田舎ですな!
まわりなーんにもないの、陸の孤島って感じ。
ちょっと早くついたらなんとオスマン校長自ら出迎えてくれたんだよ。才能ある生徒はやっぱVIP待遇なんかね?
「噂は聞いているよミス・ロシュフォール。ま、お手柔らかに頼むわい」
そのままフォッフォッフォッと去っていくオールド・オスマン。
威圧感なかなかすごかった。ふっつーの女の子、下手したら男の子でもあんなオーラぶつけたら泣いちゃうぞ?
俺は転生時の神様に会って耐性あったから余裕だったけどな!
しかし、ここから俺ののんびりレジェンドがはじまるのか。
ワクワクしてきたぜ!!