夏の近づきを予期させる朝の強い日差しの下、才人はデルフリンガーを八双に構えた。
強く踏み込み、大地を蹴る。彼我の距離は瞬く間に迫り、一閃。溢れだす液体が足元を赤く染める。渾身の力を込める必要はない。斬った後を、残身を考えながら立ち回る。残り六。
鈍い金属光沢は、なるほど確かに硬そうだ。それも、神の左手の前には無力。どこに甲冑があるかなんて考えもせず、斬りつける。剣の重みを利用しつつ足を運ぶ。残り五。
大きくその場を飛びずさる。鋭い投槍、畳みかけてくるフレイルと小剣。金属球を正面から跳ね返し、剣は身をかがめて回避、次いで摺り上げの一撃を横から叩きつけ破壊する。返す刃で首を跳ね飛ばす。残り四。
戦士が一斉に殺到する。それぞれの手には鎖、槍、こん棒。いずれもさして問題にならない。かわし、あるいは弾き飛ばし、あるいは切り落とす。すれ違いに横薙ぎの斬撃をお見舞いすれば、それだけで胴体は両断される。残り一。
最後の盾持ち騎士は、これまでの鈍重な輩と違って俊敏な動きを見せた。するすると距離をつめ、素早い剣撃を見舞ってくる。手ごわい。だが、それだけだ。一度大きく間合いを引き離し、上段に構え、次いで鋭く跳躍した。ガンダールヴの膂力は、並みではない。踏み込みが効かない空中であっても全身の筋肉を制御し、唐竹を割るように盾ごと騎士を斬り捨てた。
大きく息を吸い、吐き出す。少し荒くなりかけていた呼吸はそれだけで静まった。パーカーのポケットに入れた懐紙で刀身を拭い、転がる甲冑に背を向け一言。
「またつまらぬものを斬ってしまった」
「このバカもの」
ポカンとアニエスに叩かれ、才人は頭をおさえた。
「最後のはなんだ。フライも使えない平民が跳んで距離を詰めるなど、撃ち落としてくれと言っているようなものだぞ」
「いや……つい」
「そうだ、相棒は少々浅はかというか、頭が足りないところがある」
「うぐ……」
深い考えがあってやったわけではない。そうすれば相手の意表をつけるかなと、むしろ考えなしの行動の結果だった。
いつもは言い返すデルフリンガーの辛辣な言葉にも反論できなかった。
「まあいい。公爵夫人の鍛錬は身についているようだな。私が学院にいたころとは動きが違う。あの跳躍はともかく、多少は行動した後を考えているようだな」
「ありがとうございます」
「そのうち私とも本気でやりあってみないか? 祝福の力含め、全力でやりあう相手は少なくてな」
「……それはいいっす」
つまらん奴だと言わんばかりにふんと鼻を鳴らし、マントを翻してアニエスは去って行った。向かう方角は寺院のある方、竜の羽衣の搬出が進んでいるか、確認にいくのだろう。
入れ替わるようにギーシュが近づいてきて文句を言う。
「というか、ワルキューレをつまらないものとか言わないでくれよ」
「それは様式美だ」
呆れ声のギーシュに才人はスパッと言い返した。表情は無駄に引き締まっていて、男前に見えなくもない。
そこに、少し遠くから見守っていたルイズが、丈の低い草を踏み分けながら小走りで駆け寄ってくる。
「サイト、おつかれさま」
そう言ってふんわりと微笑む。差し出された手ぬぐいのように白く、柔らかな笑みだった。
「や、まだいいよ。ギーシュもう一本いこう」
「ぁ……」
が、才人はかなしげな表情には目もくれず、同級生に向き直った。少女の顔が少し翳る。
「またかい? 結構疲れるんだけど……」
「直接身体動かしてる俺の方が疲れるっつーの。いいからいいから」
「相棒は人使い、あいや、剣使いが粗い。某は剣が本体というわけではないが、宿っているものをぞんざいに扱うのはよくないな。一度使い終わったならきっちり布でふき、定期的に王宮御用達の研ぎ師に預けなくては……」
「デルフはうるさい。じゃあ木剣で、一対一でやろうぜ」
「それなら、まあいいか」
承諾しておきながらも渋々とした様子を隠さないギーシュが再び青銅の戦乙女を造りだす。そして、首の隙間から赤ワインを注ぎ込んだ。
「これ、意味あんのかな?」
「さぁ、けどやらないよりはマシじゃないかい?」
ワルキューレの体内に少し空洞を造り、そこに一本分の赤ワインをためておく。才人が斬ったとき、あるいはワルキューレが倒れたとき、血液代わりにそれが溢れだすという寸法だ。
人を斬ることに慣れていない才人のため、アニエスが考えた修行法だった。
「安酒って言っても気がひけるんだけど……」
「いざというとき動けなければ話にならないだろ? 銀貨数枚で命が買えるなら安いもんさ」
日本人らしい『もったいない』精神を発揮する才人、彼に対してさっぱりとした物言いで返すギーシュは、魔法学院で過ごしているときよりも遥かに大人びて見える。
「ま。命より高いもんはない、か」
「ヒトガタを斬ると忌避感が減るとは聞いたことがある。多少なりとも効果があるならやるべきだ。ただでさえ相棒は精神的に打たれ弱いところがあるのだからこのくらいしておかねば」
「あーはいはい」
説教をはじめたデルフリンガーを鞘に納めて地面に置き、五メイルほどの距離を二人はとる。
ワルキューレの武装は小さな丸型盾を腕に着け、二メイル以上はある木剣。筋力の関与しないゴーレムならではの武装だ。
一方の才人はデルフリンガーと同じ長さの木剣を何度か振り、正眼に構えた。
重心をどっしりと落とし、ギーシュから見て隙はない。揺さぶるためにワルキューレを動かしても釣られない。
視野を狭めないよう注意しつつ、どう攻め込もうかとギーシュは考えを巡らせる。ふと、近くの地面を影がよぎった。
「?」
空を見上げれば、ぽつんと何かが飛んでいる。
「あれ、なんだろ」
才人も気づいたようで目を細めながらデルフリンガーに近寄った。
とんびのように円を描きながらゆっくりと下降してきている。
「……グリフォン、かしら」
「こんな開けた場所に? 聞いたことがないよ」
「わたしだってないわよ」
念のため二人に近づいてきたルイズがぽつりともらした。
タルブのような場所にグリフォンが出たことなんて、滅多にある話ではない。強力な幻獣はもっと木々が生い茂ったところや、山中深くに生息しているものだ。
不自然さを感じながら、万一に備えてデルフリンガーを抜き放った。ギーシュも投槍を錬金してワルキューレに持たせる。
そんな地上の緊迫感を意に介さない様子で、グリフォンは二十メイルほどの間をあけて草原に降り立った。
「なんか、こっち見てない?」
「……見てるね」
「わたし、すごく見られてる気がする」
グリフォンはワシの上半身とライオンの下半身、それに大きな翼をもつ幻獣だ。身体も相応に大きいうえ猛禽類の眼は鋭い。ひょっとしたら食料と思われているんじゃなかろうかと、ルイズはイヤな不安を覚えた。それを察した才人が前に出る形で視線を遮る。
「……見られているのはお嬢のようだな。敵意は感じられぬ。鞍もついているから野生のものではないな」
グリフォンが覗き込むように首を大きく動かす。それからゆっくりゆっくり歩み寄ってきた。
どうするよ、やっつけるか、と男二人が目で会話していると、ルイズが恐る恐る才人の背から顔を出した。まじまじと猛獣の姿を見て、小さく声をあげた。
「ヴェイヤンティフ?」
「ヴぇい……なに」
その声にグリフォンは反応した。さきほどまで一歩一歩確かめるような動きだったのが駆け足になったのだ。
ルイズも少し早足で歩み寄り、身体を撫でてやった。
「あなたは無事だったのね。良かったわ」
グリフォンは暴れることなく目を細め、されるがままになっている。
「ルイズ。そいつは?」
「ワルド様のグリフォンよ。名前はヴェイヤンティフ」
ほんの一瞬、息が止まった。
「なんでわかるんだい?」
「左目の下に傷があるのよ。特徴的な十字傷だからすぐにわかるわ」
二人の会話がうす壁の向こうで聞こえてくるような、奇妙な非現実感。頭を振ればその感触はすぐにおさまった。ごまかすように、才人はギーシュに話しかけた。
「……ヴェイなんとかってなに?」
「サイト、きみはもう少し歴史を……と、ハルケギニア出身じゃなかったっけ?」
「おう」
「ヴェイヤンティフは今からおよそ千四百年前、ガリアのシャルルマーニュ王時代に実在した英傑ローランの愛騎だ。ローランは勇猛な騎士だった。神の盾という名に恥じぬ強さを誇る、歴代の担い手の中でも最強に近い男だったな。あいや、ローランの愛騎はヒポグリフだったな。おそらくあやかったのであろうな」
ふむ、と才人は大きく頷いた。
「よくわかんないけどすごいってことか」
「いや……まあ、そうだけど。もっとこう、武勇とか……ま、きみはそれでいいか」
やれやれと肩をすくめているギーシュより、今はあのグリフォンが気になっていた。
じっと見つめる。イヤな感じ、邪な空気だとか、そういうものはない。才人が感じたのは以前討伐したオーク鬼のような、人と獣がまじりあったような気配。知能の高い獣特有のものだった。
ルイズに身を任せていたグリフォンの顔が才人の方を向く。
―――この星を頼む―――
その瞳に映る感情は、アルビオンで見覚えがあるようで、じくりと心の片隅がうずいた。
―――だから、今だけは―――
タルブはトリステイン王国南西部、アストン領にあるぶどうの産地としてそこそこ名の知れた村だ。港湾ラ・ロシェール近辺では数少ない、大きく開けた草原があることでも知られている。外洋が近く、つまりアルビオン大陸から近く、遥か昔アルビオン―トリステイン合同軍事演習が行われたとき利用されたほどだ。
今ここでは陣地構築が行われていた。ゴーレムが山岳地帯から切り出した石を運びだして出城を建て、アルビオンからの流民が塹壕を掘る。ニューカッスルから脱出した文官が地図を片手に走り回り、ロサイスで避難指示を出していた軍人も訓練に励んでいる。お国柄のせいか、それとも教団の脅威を目の当たりにしたせいか、作業をしている人々は文句を言うでもなく、必死に汗を流している。
そんな姿を才人は少し小高い丘から見下ろしていた。石造りの墓石が立ち並ぶ村の共同墓地、その一角。少し古びた、日本にいたころは何度か目にしたことのある長方形、それには懐かしい文字の刻まれている。アリのように働く人たちに背を向け、和風の墓石の前で腰を下ろした。
朝の鍛錬が終わり、メンヌヴィルの講義も聴き、才人にとって昼食前のちょっとした空き時間だ。数日前タルブに来てから毎日欠かさず墓参りに来ている。平賀家の墓にだって頻繁に顔を出さなかったのに、他人の墓石に日参するなんて、変な話だと才人自身も思う。
「佐々木さんは……」
そこまで言って口をつぐんだ。答えは返ってくるはずもない。なら、これも無意味な感傷なのだろうと。
トリステイン魔法学院に勤めるメイド、シエスタの曾祖父は佐々木武雄という。竜の羽衣と呼ばれる飛行機に乗ってハルケギニアにやってきた日本人だ。
話がしたかったと、才人は思う。こんな知り合い一人いない世界でなにを思い、なにを感じたのか。ここに来てから、色々あった。ご主人様は優しかったし、少ないながら友だちもできた。今も背負っているデルフリンガーという相棒もできた。厳しく心強い師匠もいる。
けれど、どこか違う。無性に日本が恋しかった。日本人と話したかった。年上でもいい、年下でもいい。ただ話を聴いてほしかった。
「サイトさん」
振り向くと、息をはずませたシエスタがいた。学院で見慣れたメイド服じゃない、ブラウスにスカート姿。さっきまでの考えのせいで黒髪黒目に目をうばわれた。
「もうすぐお昼ですよ」
シエスタの差し出した手をとって立ち上がる。彼女は寄り添うように隣に立った。
「この景色」
ざあっと風が強く吹き抜ける。ところどころに残った草花が生き物のようにうねった。
「ちょっと前までは一面の綺麗な草原だったんですよ。春には色んな花のじゅうたんみたいになって、すごいんですよ。夏は草がのびるけどその合間から大きな花が顔をのぞかせるんです」
シエスタの横顔は、少し哀しそうに見える。
「いつか、サイトさんにも見せてあげたいです」
「……うん、俺も見たい」
えへへとはにかんでみせる仕種は、やっぱり日本人に似ていた。
「どうせならゼロ戦、アレで空から見ようぜ。操縦できるかわかんないけど」
才人が思い浮かべたのはずっと昔のことに感じる地球での授業、中学生だったか小学生だったかのときのこと、飛行機で農薬をバラまく外国の風景。実際は全然違うことだろうけど、それはきっととても素敵なことだと思った。知らず薄い笑みを浮かべてしまう。
けれどシエスタは少し疑わしげな眼だった。
「……こう言うのもなんですけど、アレって本当に飛ぶんですか?」
「飛ぶ飛ぶ! シュヴルーズ先生たちが今ガソリン造ってくれてるらしいし、このドタバタが終わってからコルベール先生に頼めば大丈夫」
ルイズと何度か訪れたコルベールの私室は、ごちゃごちゃとよくわからないものがたくさんあった。なんでも別方面から『火』の利用ができないか、色々と研究しているらしい。
元々はオールド・オスマンが『風』の研究を行った際、『水』よりも強力な氷魔法を開発したとか、そこらへんから着想を得たとか、ルイズはしきりに感心していたけれど才人にはイマイチよくわからない話だった。
しかし、研究の成果はすごかった。中にはエンジンらしきものもあって、先生ならきっと竜の羽衣を飛べるようにしてくれるだろうと、ちょっとした確信があった。
「ミスタ・コルベールですか……確かに詳しそうです。じゃあ、楽しみにしてますね」
「そのためにも、こんな戦争はやく終わらせないとな」
言って、才人は歩き出す。両手を頭の後ろに組んで、ぶらぶらと丘をおりはじめる。
「サイトさん!」
「ん?」
高低差のせいでシエスタと才人の視線がまっ正面からぶつかった。
「サイトさんがなにをされているのか、よくわかりません。けど、がんばってくださいね!」
きゅっと拳を握りながら、ちょっぴり顔を赤らめて、精いっぱいな表情だった。少し恥ずかしさすら覚える純朴さがあった。
――不安、なのかな。
シエスタが以前ミス・ロングビルと呼んでいた女性、彼女はすでに魔法学院の秘書ではない。アルビオン王国のウェールズ皇太子の側近、マチルダ・オブ・サウスゴータだ。ついこの間まで雑談を交わしていた人間が、実は王族と直接会話できるほど身分が高いだなんて、三文小説のような内容だ。
自分の知っていた世界がどこかずれていく、そんな気分を味わっているのかもしれない。
「ありがとう。俺、がんばるよ」
才人は安心させるように笑みを浮かべた。
話はこれで終わりと言わんばかりに、シエスタはパンと手を鳴らした。
「さ、いきましょう! お昼に遅れたらミス・サウスゴータが怒っちゃいます」
「あー確かに、遅刻とかしたらカンカンに怒られそう」
「直接怒鳴ったりはしないんですけどね。なんというか、態度に出ます。そして延々とお説教されます」
こんな感じですと彼女は両手の人差し指を頭の上にやってみせる。
わたし怒っていますという表情をがんばってつくっているシエスタに、才人は思わずぷっと噴き出した。
「それ、ひいおじいちゃんから?」
「らしいです。母が怒ってるときに父が黙って『怒ってるぞー!』ってわたしたちに伝えてくれたんです」
シエスタも顔をほころばせる。貴族のように上品な笑みでなかったが、それがむしろ暖かい。
二人して笑いながら丘を降りていく。
「でもそっか。マチルダさん怖いのか」
「怖いですよー。お説教も長いんですから」
「……誰が怖いんですか」
ひきと笑いが凍った。
「遅いからと探しに来てみれば、人の悪口に精を出しているなんて、ねぇ」
少し遠くでアニエスが「逃げろ! 逃げろ!」と手ぶりで示している。その姿すら目に入らない、恐ろしい形相だった。
さっきまで話していたとおり、角が生えてそうな勢いのマチルダに二人は怒られた。カチャリと、呆れたようにデルフリンガーがハバキを鳴らした。
無事に昼食をとったのち二人してお説教を受けて、シエスタは家族の下へ、才人はウェールズの待つ会議室に向かった。
「ひ、ひどい目にあいました……」
「マチルダは、ね」
才人に返したウェールズの言葉には色んな意味が集約されているような、そんな重みがあった。その笑顔にそこはかとなく影がさしている。
マチルダがルイズとティファニアを探しに行っているからこそできる、男同士の会話だった。
「皇太子さまもやっぱり」
「マチルダはテファの遊び相手として幼いころから知っているからね」
げ、と呻き声が意図せずあがった。マチルダとウェールズ、ティファニアはさほど歳が離れているように見えない。
――ちっちゃいころからあんな説教されてたのかな。
才人からすれば幼馴染という感覚だが、王族相手にこんこんと説き伏せることができるマチルダは間違いなく女傑だった。
「なんっつーか、すごい人ですよね」
「彼女はすごいよ」
ウェールズの呟きは、才人のそれとは意味合いが違っていた。色んな思いが集約されているような、そんな声色。
どういうことか聴こうとした瞬間、やわらかい笑みを皇太子は浮かべた。
「ははっ、昔から世話焼きだからね。モード領のだらしない男衆はよく怒鳴られていたものさ」
あまり身分差を気にしなくて、よく彼女はサウスゴータ殿に怒られていたよとウェールズは言う。
遠く在りし日を思う横顔だった。
「おっと、今はそんな郷愁に浸っている場合ではなかった。ロマリアからの贈り物を君に見せなければ」
「あ、はい」
言ってウェールズは簡素な木椅子から腰を上げる。会議室を出て、廊下の窓からは西日が差しはじめていた。
二人がいくのはここ二週間で急造された野戦砦群。宿舎、会議室、武器庫など、一階建ての石造建築物が密集しすぎない程度に集められている。土メイジによる固定化、硬化を施された地下壕を利用することも随所に点在している。馬防柵や石垣はない。地球の戦国時代とは違うんだろうなと思いながら、まだどこか完成されていない陣地の中、才人はウェールズの背を追いかける。
工事が終わっていない箇所があるせいか、作業する人々が多く、その間を縫うようにして二人は移動した。皇太子が通るというのに作業をやめる者はいない。事前通達によって工事を最優先するよう伝えていたためであった。
しばらく歩いて、とある地下壕の前で二人が立ち止まったとき、丁度反対側からアニエスがやってくるところだった。立ち止まり、最敬礼をするアニエスは才人にないある種の硬さをまとっている。
「ダングルテール殿は……確か今度設立される銃士隊の隊長だったかな?」
「はっ、その通りです」
「なら君も見ておいたほうが良いだろう。ついてきてくれ」
アニエスを加え、一行はいくつもの魔法鍵で封じられた地下壕に足を踏み入れる。内部はきっちり石で舗装されており、居住性などは一切考慮されていない。湿った土のにおいがまだ残っていた。そこで才人は意外なものを目にした。
「……銃?」
日常で目にすることなんてない武力の象徴、それが確かな現実としてここに存在している。
才人にわかったのは、古い火縄銃や映画でよく見るベレッタとAK小銃、あとは手のひらにすっぽりおさまるデリンジャーくらいで、見たことのあるようなないようなものばかり。飾り気のない石台の上で無骨な金属のカタマリが、何丁も並べられていた。
「エルフの国、ネフテスから送られてきたものだ。ガンダールヴの“槍”の一部だとロマリアの僧たちは言っていた」
恐る恐るベレッタを持ち上げてみれば、ずっしりとホンモノの質感が手に馴染んだ。魔法の灯りがほのかに照らす地下室の中、ルーンの輝きはいっそわかりやすい。どんな原理か、才人にはさっぱりわからないが、現代兵器であろうとガンダールヴの“槍”たりえるらしい。
非日常的なファンタジー世界にあって、現代兵器はむしろ異質なものに思える。
「サイト、わかるか?」
「間違いなく俺の世界の銃です。アニエスさんたちが使ってるのよりずっと高性能な」
あまりに率直な物言いだったが、アニエスは眉ひとつ動かさなかった。むしろ興味が沸いたようでまじまじと観察している。
「にわかには信じがたいな。こんな小さなものが我々の扱う銃より性能が良いとは」
いくつか見せてもらうぞと断りをいれてアニエスは異世界の銃を、デリンジャーを手に取った。重さを確かめたり、表面を撫でたり、斜めから銃口をのぞいたりしてから次の銃に移る。どうにも納得いかないようで終始首を傾げていた。
一方の才人はじっと拳銃に目を落としたまま黙り込んでいる。今手に持っているのはもっともコンパクトな殺傷兵器の一つだ。地球では毎日のように誰かの命を奪っている武器だ。銃弾一発で、ともすればドラゴンすら倒せるかもしれない。
それでも才人は思う。
――こんなモノが邪神に通用するのか?
ニューカッスル城の最期の時、思い出せば今でも胸がうずくあの光景。邪神に斬りかかったとき、一切手ごたえを感じなかった。魔法も通用しなかった。
向こうにいたときは漠然とした憧れをもっていた銃も頼りなく見えてしまう。
「どうやって銃剣をつけるんだ……。できるなら実演してもらいたいものだが、サイト?」
「あ、はい」
そんな考えに囚われていたせいでアニエスがかけた声にも反応が遅れてしまった。
「確かに、試し撃ちは必要だ」
ウェールズもアニエスの意見に賛成のようだ。土壇場で使えないなんてことにあると目も当てられない。
「じゃあこいつとこいつで」
手にしたのはAK小銃とSIG SAUER P226。深い理由はない、どちらも映画やアニメ、漫画で見覚えがあるとからというだけだ。P226にいたっては正式名称すら彼は知らない、なにかの漫画で信頼性が高いと言われていた覚えがかすかにあるから選んだ。
スリングを肩に通してみると少し重く窮屈だ。デルフリンガーを背負いつつ銃も使うというのはきついかもしれないと才人は思う。
「某というものがありながら他の武器にうつつを抜かすとは……浮気はいかんぞ相棒」
「そんなんじゃねーっての」
神剣の軽口に苦笑いしつつ才人たちは地下室を出る。
「じゃ、あの葉っぱない小枝見ててください」
スライドを引き、安全装置を外す。映画で見たようにハンドガンを構え、十メイルほど離れた樹木の小枝を狙う。
引くんじゃなくって絞るんだっけと、どこかで聞いたフレーズを思い浮かべながら引き金を絞った。
乾いた銃声が響く。思っていたよりも音は大きかった。音速の鉛弾はあやまたず小枝を落とした。
「……かなり大きな音が出るようだね」
「弾速が段違いだな。それに命中精度も、威力に関してはわからんが」
感心したような放心したような、気の抜けた声で二人は評価を下した。
「命中精度は違う気がします」
「ガンダールヴの力か」
便利なものだなとアニエスは呟く。
十メイルも離れた小さな的に素人がいきなり当てることはまずありえない。
もう一発撃つことを二人に断ってから才人ははもう一度引き金を絞る。またも狙ったところに吸い込まれていった。
「すごいな」
アニエスが驚いたのは才人の腕前よりも、こんな小さな銃で連射ができるところだ。射程距離はわからないが現在普及しているマスケット銃なんかより高性能だという言葉には納得できた。
しかし、ウェールズは渋い顔をしている。
「幹に向けて撃ってくれないか」
才人は黙って銃口を樹に向けた。三度目の銃声が鳴ったあと、ウェールズは樹に近づいて弾痕を確認した。その横顔は険しい。
「ヒラガ殿、他の形状の銃も威力は同程度かな?」
「学院から持ってきた『破壊の杖』は、うまくやればフネ一隻くらい沈めれます。他の銃は……大きいやつは強いだろうけど多分大体同じです」
ふむとウェールズはそれきり黙ってしまう。アニエスにも才人にも、彼の懸念がわかってしまった。
やはり威力が足りない。拳銃は人一人を殺すには十分すぎる力だ。しかし、邪神を相手にするときはその限りではない。その攻撃力はおそらくラインスペルにすら届かないだろう。
「どのくらい連射できる?」
「拳銃はそんなできないです。でもAK小銃は一分六百発のペースで撃てます」
「連射数は」
「一つのマガジンに三十」
「対人用、だな」
ウェールズとアニエスはそう結論をくだした。
命中率、威力、射程、熟練速度など本来ならば戦場の常識をひっくり返すほど地球の銃器は強い。狂信者の集団に敵するのでなければ大きな戦果を挙げることができただろう。
だが、相手が相手だ。命の重さを知らないどころか正気を保っている保証も一切ない。味方が倒れているのを見ても平然と侵攻してくる可能性が高い。
加えて言うと数の問題がある。ハルケギニアの工作精度ではこれら銃器を再現することはできず、面制圧ができない以上大きな価値を見出すことはできなかった。
「重心を崩すくらいなら携行しない方がいいかもしれませんな」
「あるいは、ヒラガ殿専用ではなく平民軍に流したほうが効果的な運用が可能になるか」
「教団相手ならある程度有効でしょう。ですが今は一般兵に習熟させる時間も数もありません」
海路を利用してリュティスにはもっと大型のものが運び込まれているとのことだが、今回の戦には間に合わない。
「殿下、先ほど大きな音が聞こえましたが」
「気にしなくてもいいホーキンス将軍。アレはヒラガ殿の国の銃声だ。丁度いい。将軍にも相談がある」
「はっ!」
――はじまるんだな。
銃声に駆け寄ってきた将軍と、銃の運用について話し合う二人を前にして、才人は戦争のはじまりをより強く実感した。
もう時間がないということを痛いほどに理解したのだった。
***
きらりきらりと月光の下、青銅の戦乙女が円舞を踊る。
風は穏やか、舞台となる草原がところどころ剥げあがっているのが惜しいところ。女騎士は決まりきった動作を一つ一つ丁寧に、されど素早くこなしていく。
パートナーがいれば、あるいはここが煌びやかなホールであったならこれ以上なく優美な光景として絵画に残されたかもしれない。ただこの場にいるのはたった一人の観客、ワルキューレの奏者たるギーシュ・ド・グラモンだけ。
時間にして五分ほど、さして長くはなかったがそれでもギーシュの額には汗がじっとりとにじんでいた。
一体だけに絞れば、ゴーレムはかなり精密に操ることができる。カリーヌに戦い方というものを教わり、ギーシュも色々と工夫を重ねてきた。才人と決闘したときの自分なら、半数のワルキューレでスマートに勝利できるだろう。
――おや。
タルブにやってきてから三日ほど、いつも通りの後ろ姿が見えた
墓地へと続く細道、平賀才人が神剣を背負ったまま音も立てずに歩いていく。最初見たときは目を疑ったが、月明かりにもわかる黒髪で彼だと気づくことができた。自分と同じく、秘密の特訓をしているに違いない。
かつて敵であり、今は良き友になった黒髪の少年の後ろ姿にニヒルな笑みを投げかけておく。
――それでこそぼくのライバルにふさわしい。
ギーシュでは才人には勝てない。どうあがいても勝てない。修行時間の差はあれど、それを超越したとてつもない速度で引き離されているように感じる。
今はそれでもかまわない。諦めず、最終的に勝ちを拾うことさえできればそれでいいのだ。
なんといっても彼はガンダールヴだ。己の前に立ちはだかる壁として、あるいは笑いあえる友としてこそふさわしい。
そんな益体もないことを考えながら再びワルキューレの操作に集中する。ゴーレムの操作法は実家で、学院で十分学習した。それにカリーヌから学んだ戦場での作法を混ぜ合わせ昇華する。それこそ今のギーシュの目標だ。
普通に考えれば親から、あるいは兄から教わったほうが断然早いだろう。それでも自分で戦術を練り上げることにこそ意義があると、ギーシュは努力を重ねていた。
その結果、優美さを重視していたワルキューレの武装が投槍と丸型盾が主体になったり、変化は多かれ少なかれある。才人が召喚される以前の彼と比べて大きく変わったのはその生活習慣だ。授業も真剣に受けるようになった。才人がアルビオンから帰って来てからより真剣に授業と魔法の修練に励むようになった。
けれど、それらはすべて些細なことだ。ギーシュ・ド・グラモンの根本は変わらない。効率のいい巨大ゴーレムの運用ではなく、少数でも見栄えのいい戦乙女を使役することや、相棒たるヴェルダンディーを愛でること、そして女性に対する態度。すべてが変わりない。
ゴーレムは、一般的には造形を重視されない。戦場では攻撃を受けるのが当然のことであるうえ、余計な部分に注力するくらいならより大きく、より硬くすべきだからである。戦場以外では造形美が機能美より重視されることもあるが、日常的な雑用で外見にこだわるメイジは多くない。
にもかかわらずギーシュが女性の外観を有するワルキューレにこだわる理由、それは十年以上前に彼が見た、フレスコ画が大きな一因となっている。
聖者アヌビス、初代ガンダールヴにして始祖ブリミルの左手。偶像崇拝を懸念したブリミルと違い彼女の姿はしっかりと記録に残っている。その美しくも勇猛なフレスコ画にギーシュの魔法の原点はあった。
そのフレスコ画はグラモン領のファルケンブルグはヘルラッハ教会に存在する。槍と剣を携え始祖の神託を胸に、大きな獣に挑みかかる聖者アヌビスの勇姿は幼心に強く刻み込まれた。それまで力強さの体現であると感じていた父や兄、他の土メイジが操るゴーレムが鈍重にしか見えなくなった。なんとしてもあのフレスコ画を再現したいと、願った。
それが、ギーシュが普通のゴーレムを使役しない理由。非効率的と嘲笑われようと美しき戦乙女に自らの命を預ける理由。
つまり、要約すればギーシュ・ド・グラモンは女好きでカッコつけたがり、けれど一本筋が通っているのだ。
そんな彼がきょろきょろ辺りを見回すルイズを見逃すはずもなかった。あちこち走り回っていたのか、髪が乱れている。
「良い夜だね、ルイズ」
「ギーシュ、サイトを見なかった?」
淑女らしからぬ返答にギーシュは軽くめまいを覚えた。
「ルイズ……友として忠告させてもらうけれど、今のきみにはいささか優雅さに欠けている部分が」
「お説教はデルフリンガー卿で慣れているからいいわ」
すぱっと友人の言葉を遮った。涼しげな顔で、悪気の欠片も見えやしない。
むむとギーシュは呻く。どうにも、ルイズ・フランソワーズは平賀才人が召喚されてからこっち、強かさが身についたように感じる。むしろ、以前が子どもっぽすぎたという取り方もできる。
「それよりも、サイトを見なかったかしら? 決戦も近いのに」
そう呟くルイズの顔にはあまり余裕がない。
――人形をなくした幼子のようだ。
いや、この場合は幼女の方が通りがいいか。それとも幼児か。少女と呼ぶには幼い雰囲気だと、自分の心の声をギーシュは吟味する。
その気配を知ってか知らずか、それとも返事をしようとしないギーシュに見切りをつけたのかルイズは踵を返す。
「おっと、待ちたまえ。せっかちボーイはチップを得られず、という言葉もあるのだから」
「わたしはボーイじゃないの。それじゃ」
「ちょ」
行動の端々から「お前のことなんてどうでもいい」という雰囲気を感じたが、そんなことでめげるギーシュではない。
さっと杖を一振り、ワルキューレをルイズの前に立たせた。彼女は避けようという素振りは見せず、振り返った。
「モンモランシーもそういう結果を急ぐところがあるのは否めないがきみのそれは彼女を軽く上回るな」
「……通してよ」
「落ち着きたまえルイズ。今のきみは優雅さに欠けているよ」
もう一度杖を振り、薔薇の花弁から小さな青銅の手鏡を錬金する。それと懐に常備している櫛をルイズに差し出した。
「髪がところどころ跳ねているよ。きみも年ごろのレディーなら身だしなみに気を配りたまえ」
無視して行ってしまうかもしれないと思っていた。進級する前のルイズなら確実にそうしただろうと思い込んでいた。
けれど彼女は素直に鏡と櫛を受け取り、身だしなみを整えはじめた。
よかったよかったとギーシュは喜んで、落ち込んだ。女性にとって化粧や櫛梳きは戦闘準備のようなものだ。それをいともたやすくギーシュの前で行う。そこからわかるのは、ルイズは彼のことを男扱いしていないということだ。
「ありがとう。少し焦りすぎていてはしたなかったわね」
「いや……まあ、うん」
感謝はされた、でも釈然としない。素直に喜ぶことができなかった。
ごほんと咳払いをして気を取り直す。
「サイトがどこにいるか、という問いに対してぼくは答えることができる」
「あら、じゃあ早く教えてよ」
「でも少し待ってほしい」
「どういう意味?」
ルイズは小首を傾げている。その仕草はやっぱり魔法学院の同年代の女子生徒のそれより幼い。
「ユニコーンのように森の奥で努力するのは女の子も同じことだろう?」
「……よくわからないわ」
ギーシュの言い回しは一々回りくどい。それが少し不満であるかのようにルイズは頬を膨らませる。
「彼は特訓中なのさ。ま、もう少しここで時間を潰してくれたまえ。それが彼のためなのだから」
「けど、決戦も近いのだから身体を休めておくべきだわ」
ルイズの言葉は間違っていない。そして才人の心情も推察できる。だからこそギーシュは頭をひねった。
「うん、肉体的に見ればルイズの言葉は正しい」
「でしょ?」
「でも精神的に見れば間違っていると、ぼくはそう思う」
すでにニューカッスル城でなにがあったか、知らない貴族はほとんどいない。ギーシュも多分に漏れずそのことを把握していた。
それを踏まえ、かつ兄や父から教わった事柄を交えて彼自身の考えを述べる。
「ニューカッスルでの一件はサイトに小さくない心の傷を負わせたはずだ。今の彼に必要なのはそれを吹っ切る、忘れる、なんでもいいから乗り越えることだ」
「だったらわたしも一緒にそばにいる。その傷を分かち合えるはずよ」
「きみはわかってないよ、ルイズ。それは男性一人が背負うものであり、レディーに見せるものじゃない」
彼は、ギーシュは今までそういった大きな挫折を味わったことがない。だから今言った言葉も、教科書や実家で兄や父から教わった戦場の理、歴史書から汲み取ったものであり、憶測の域を出るものではない。
それでも、同じ男だからわかるところもある。
「だから今だけは、そっとしておくべきだとぼくは思うんだ」
まあ三十分もすれば鍛錬は終わるんじゃないかなと言いつつ、うん良いこと言った、と自分の言葉にギーシュは内心頷きながら、ふぁさっと大仰に髪をかきあげる。ルイズは白い眼で見ている。
「貴族の誇りとは別に、男の子には見栄ってものがあるんだよ。女性に弱いところを見せたくないってね」
ルイズは手を口元にやり、じっと地面を睨みながら考え込む。やがて答えが出たのか、ギーシュの顔をまっすぐに見た。
「わかんないわ」
うぐと情けなくうめき声をあげそうになった。
続くルイズの言葉は、しかし意外にもギーシュの意見に肯定的だった。
「だから今だけは、あなたの言うことに従っておく」
「と、待ちたまえ」
言って、彼女は草原に腰を落とそうとする。ギーシュは慌ててそれを制止し、豪華な装飾のついた背もたれ肘置きつき青銅製四脚椅子を錬金で生成して、座にハンカチを敷いてルイズに譲った。
超特急で造り上げたせいでところどころ装飾が歪ではあったし、なによりこんな開けた場所に似合う椅子ではなかった。けれど彼女はその好意に対して、はっとするような笑みを返して腰掛けた。ギーシュも隣に、こちらは簡素なロッキングチェアーを錬金して座った。二人してぼんやりと月を見上げている。
「しかし、意外だ」
「なにが?」
「きみはぼくの言うことなんて無視して、サイトまっしぐらだと思っていたのさ」
ギーシュが才人に決闘をふっかけたことについて、二人はまだ話していない。ルイズの中にわだかまりは残っていたが、当の才人が何事もなかったかのようにギーシュとバカやっているのだ。これからもきっと話すことはないだろう。
「そうね……」
加えて言えば、ルイズの才人に対する、つまり使い魔への過保護っぷりは魔法学院の生徒の中でも群を抜いていた。
基本的には一緒に行動して、離れるときは食事やトイレ、お風呂のときくらいでほとんどない。その食事もギーシュとの決闘が目を離した隙にあれよあれよと進行してしまったため、今では終わったらすぐ近くに来るか、ルイズが才人のところへ行っている。
それから使い魔立ち入り厳禁であるフリッグの舞踏会(例年モート・ソグニルが暗躍していたため禁止になった)をサボって王都で使い魔を観光させたりと、何も知らない人から見ればすさまじく過保護だ。
アルビオン陥落以降は一時落ち着いたものの、彼女が実家を経由して魔法学院に戻った頃にはむしろ悪化していた。カリーヌの修練があったからこそ目立ちはしなかったものの、ルイズは常に才人を視界におさめたがっていた。
まるで実家のメイド長、それかモンモランシーみたいだと、ギーシュはその様子を見て思ったものだ。前者は幼いころやんちゃだったせいで、後者は色々と浮気していないか監視されている。
他にもシエスタのように、大貴族の子女と平民とのイケない恋愛だと思っているものも一部には存在する。見目麗しい美少女にべたべたまとわりつかれていると憤慨しているものも極々一部に存在する。
「……わからなくなったの」
ぽつり出た言葉はギーシュが思っていたものよりも重い。
「なにがだい?」
「わたしがどうすればいいのか、かしら」
ふむと腕組みして考えてみる。彼女が何に悩んでいるのか、少しだけ心当たりはあった。
「確かに、サイトのきみに対する態度は少し変だね」
以前はなんだかんだでルイズにデレデレだったように思える。少なくともギーシュをはじめ、他の少し知り合った仲のものたちはそう感じていた。けれど、ここ最近は違う。今朝の鍛錬のときも、ルイズが差し出したタオルには目もくれなかった。些細なことではあったけれど、何かおかしい。
はたと気づくことがあった。
「ひょっとすると……」
「なに?」
「彼は、ある一定数の男子が陥る思春期特有の時期なのかもしれない」
「なにそれ」
重々しく頷きながらギーシュは続ける。
「突然、自分は選ばれた者であると錯覚したり」
「うん」
「突然、女の子と一緒にいるのはカッコ悪いと感じたり」
「うん」
「突然、自分には他の者にない力があると思い込んだり、そういった時期があるらしい。ぼくにはなかったけれど」
「男の子って大変ね」
繰り返すがぼくにはなかったと強調するギーシュに向かって、きょとんと、あまりよくわかってない風にルイズは言う。
「大体、それ全部サイトと正反対じゃない」
「……確かに」
平賀才人は虚無の系統に、始祖ブリミルに選ばれた者である。
平賀才人はルイズをはじめ、シエスタやキュルケ、ケティなど女の子と一緒にいることがむしろ多い。
平賀才人はガンダールヴであり、余人にはない力を持っている。
黒歴史製造病とはあまり縁のない男であると、きっと他の人も思うだろう。
「ま、彼はアルビオンの英雄だからね」
椅子を揺らしながら何気なく口にした言葉は、思いの外ストンと二人の心におさまった。
「……そうかもしれないわね」
「うん、自分で言うのもなんだけど、そうかもしれない」
平賀才人は虚無の使い魔、ガンダールヴとしてハルケギニアを救うべく異なる星から呼ばれた。そして、アルビオンでニューカッスル城の陥落を目にした、悲劇と直面してしまった。
だからこそ彼は、次こそはという気持ちで、克己的であろうとしているのかもしれない。
「それにしても」
「うん?」
「ギーシュとこんなにしゃべるなんて、思いもしなかったわ」
「それはぼくもさ」
二人顔を見合わせ、くすりと小さく相好を崩す。
「なんでタルブに来たの? あなたも実家で色々ありそうなのに」
オルレアン公夫人が書簡を受け取った三日後、ナイアルラトホテップ教団はハルケギニア全土に対して宣戦布告を行った。
これを受けてアルビオン王国は非常事態宣言を出し、教団に占領された領土回復および邪教の掃討を目標に北部ハルケギニア連合、レコン・キスタを結成する。この動きはトリステイン、ゲルマニアにも影響を与え、魔法学院は大分と早い夏休みを迎えることになっていた。
在籍生徒はすべて実家へ戻ることになり、それは『烈風』組も例外ではなかった。ただ、ギーシュだけは軍編成中で忙しい実家に戻らない旨を手紙で伝え、父親に了承されて直接タルブに来ていた。
「色々あっただろうね。でもぼくがグラモンで出来ることははっきり言って何もない。むしろ足を引っぱるだけだろうね。だから、せめて友の役に立とうと決めたのさ」
「……意外、しっかり考えてたのね」
「なに、当然のことさ」
「女性関係でもそのくらいしっかり考えられたらいいのに」
「うっ……」
なかなか鋭い一言に思わずつまってしまう。
彼女の言葉には色々と思うことがある。ケティのこともあり、すべてが笑い飛ばせるものではない。
それでも、さっき自分で言ったばかりの、男の子には見栄があるという言葉を実践すべく、つとめて明るくおどけて見せる。立ち上がって胸に手をあて、自分こそが正しいと言わんばかりに振舞って見せる。
「それは、ぼくが薔薇だからさ! そう、老若問わず女性を喜ばせるため、魔法学院に咲いた一輪の花! 花は近づいてくるものを選べないだろう? そういうことさ」
ルイズはぽかんとあっけにとられたようだったが、違うところから反応は返ってきた。
二人の後方、月明かりを閉じ込めたような流れる金髪と、全身を覆い隠すようなゆるやかな衣装でも隠しきれない豊かな母性の象徴をたくわえた少女がくすくすと笑っている。
「これは、ティファニア殿下。お見苦しいところを」
「かまいません。グラモン殿」
どこか気弱そうに見えるところはあるものの、その美しさが翳ることはない。アルビオンから脱出するフネ、そしてリュティスでの諸国会議でルイズは話したことがあり、控えめながらも芯の強いところがあると感じたものだ。彼女も虚無の担い手の一人であり、ガンダールヴと、こちらは機密にされているがリーヴスラシルでもある才人のもう一人の主人。名をティファニア・モード。今は亡きモード大公とその愛妾、シャジャルの一人娘である。
「こんばんは、ティファニア」
「こんばんは、ルイズ」
微笑む様もルイズと比べてなんら見劣りしない美少女でもあり、余人には甲乙つけがたい美貌だった。
「ちょっと前から見てたの。ごめんなさいね」
そう言って少し申し訳なさそうに顔を伏せる。そんな曇った顔ですら美しく見えるから美人は得だと、ギーシュは思う。
「とんでもございません。ぼくとルイズの掛け合いが面白いのならいくらでもご観覧ください。ああそれにしても公女殿下は美しい。アルビオンの深き森に住まう妖精だと言われてもぼくは信じてしまうでしょう」
「……あなた、調子いいわね」
じと眼のルイズも気にせずギーシュはティファニアを褒め称える。彼女はちょっと困った顔で、ルイズにちらちら視線を送った。きっと助けを求めているんだろうなあと大きなため息をつきながら、ルイズは口をはさむ。
「ティファニア、こんな時間に護衛もつけずどうしたの?」
「そうですとも。護衛役が全員寝こけて役に立たないというのならこのギーシュ・ド・グラモン、大公姫殿下の盾となりましょう」
「えっと……」
「あなたは黙ってて。話がややこしくなるから」
珍しくルイズが強気でギーシュを制止し、ティファニアはすうはぁと大きく深呼吸した。それだけで胸がはずみ、一時両人の視線は胸元に釘付けになった。
そして、ティファニアが意を決して言葉を発する。
「サイトさんは、どちらに?」
***
基礎、型は反復してこそモノになるとアニエスは言っていた。才人は一般的平凡タイプな一高校生からいきなり虚無の使い魔兼アルビオンの英雄に格上げしたばかり。長年戦ってきた年長者の言うことを聴くのは当然のことだと変な増長はしなかった。だからこそ、教団との決戦を間近控えていてもこうしてデルフリンガーを振っている。
右腕だけでデルフリンガーを引き上げ、まっすぐ振り下ろす。飽きるくらいやったら次は左手で。次は両手でしっかり持って、足さばきを意識しながら型の繰り返し。
まったくもって地味な練習だが、それでも才人は一日たりとも欠かさずやっている。アルビオンの傷は、まだ癒えていない。
いつも通りの行為を終えて神剣を大地に突き刺す。それからごろりと草の残る地面に寝転がった。
「なぁデルフ」
「どうした相棒?」
「ビームとかだせねぇ? 必殺技とか最終奥義とかそんな感じ」
「あるわけなかろう。そもそもビームとはなんだ」
「ビームは……漢の浪漫かな」
鞘を枕にして草原に一人、月を見上げている。
数の差はあってもその在り方だけは異世界に来ても変わらないと、少しだけ安らぎを覚えた。墓地がすぐそばにあるというのに、恐怖心はない。
「なんとなく相棒の考えはわかる。決定打に欠けると思っているのだろう?」
心の中を言い当てられてドキリとした。
「よくわかったな」
「なに、若い時分考えるのは誰しも同じことだ。歴代の使い手も同じことで悩んでいた」
もっとも歴代ガンダールヴはほとんどがメイジかエルフだったがな、とデルフリンガーは笑う。
「そして勘違いするな、ガンダールヴは神の盾なのだ。我らの使命は虚無の担い手を護ること。攻撃など二の次だ」
「……虚無の魔法がどんくらいすごいかわかんねーし。それにあの黒いのには魔法も剣も効かなかった」
「虚無は、使い手にも負担があるから乱用できるものではないのだ。それに巫女の情報はオルレアン公夫人がそのうち拾ってくるだろう。アレは復讐に燃えている上、芯が強くできている」
それに対して才人は何も返さなかった。さらさらとかすかな風が流れる。
「色々心に積もっているようだな。某は六千年以上も人生、あいや、剣生の先輩であるぞ。大概の悩みに対する最適解を持ち合わせておる。話してみてはどうだ」
「どーだか」
「某の理論の基となったのは偉大なる種族と呼ばれるモノたちだ。偉大とまで言われるのだから間違えようはずもなかろうて。まあまったく別物と言っても過言ではないが」
自分で別物って言ってるじゃないかと心中でぼやく。
この神剣は信じてもいいけれど、ヒトと剣の感性の違いか、そういう人の微妙な機微に関してはトコトン当てにならない。そのことをケティの一件で学んでいた。友情だとか色恋に関してこいつに絶対頼らないと才人は決め込んでいた。
普段は熱なんて感じないはずの月光はヤケに暖かく、懐かしい優しさで体を包みこんでくれる。
「あのさ」
「なんだ」
「邪神本体に勝てると思う?」
「無理だ」
「……ずいぶんはっきり言うんだな」
「ガリア王ジョゼフも言っていたではないか。存在規模が違う。どこに行けば会えるのか、どうすれば攻撃が届くのか、どうすれば殺せるのかすらわからん。火に弱いという説も聞いたことはあるが、それすら邪神の流した嘘やもしれぬ」
「……そっか」
掘り起こされた土と青い草の薫りが鼻をくすぐる。熱帯夜にはまだまだ早い時期だからか、真夏の夜の匂いは感じられない。
「ブリミルですら真っ向からは叶わぬと諦めた相手だ。相棒では正対することすら不可能だ」
「したらどうなる?」
「死すら生ぬるいナニかに直面するだけだ」
「なるほど」
いつもは長々と語り続ける神剣の口数が、あくまで平常時と比べて不思議と少ない。決戦間近、思うところがあるのかもしれない。
「なあ」
「なんだ」
「メアリーを殺さなきゃならない、ってのはわかった。メンヌヴィルさんもコルベール先生もアニエスさんも、姫さまや皇太子さま、ルイズだって同じこと言ってる。実際アルビオンでも……」
「そうか。理解だけでなく覚悟をかためることもできたか?」
「できねーよ。できるはず、ないだろ」
虫の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。地球では聴き覚えがない、名前も知らない。東京の都心近くで生まれ育った才人にとって、初夏の虫の声にそもそもなじみが少ない。
「ふむ、やはり異世界の住民は感性が違うのだろうな」
「こちとらアニメと漫画とメシで世界征服してる日本人だぜ? それに人殺しちゃいけません、なんてどこでだって常識だろ」
「平民メイジ問わず追剥は殺す。人をやめたものならなおのこと。生きているかもわからん」
少し、外に出たときよりも気温が落ちている。オスマンから融通してもらったスラックスとカッターシャツではいささか肌寒い。
この世界で一着しかないパーカーとジーンズはコルベールに頼んで固定化をかけてきっちり畳んである。いつか地球に帰ったとき、ボロボロの服ではカッコつかないから大事にとっておいている。
「俺の、勝手な思い込みだけどさ」
「うむ」
「憑りつかれてるとか、そんな感じだと思うんだよ」
「つまり、原因となる邪神の影響を排してしまえば巫女は元通り、侵略してくることもなくまっとうな人格に戻る。それですべてはハッピーエンドと?」
「そそ、根拠もへったくれもないけど」
にしてもデルフは理解力凄いなと才人は呟いた。
神剣からすればもっとゴテゴテと修飾語を通り越して装飾語になったような言い回しにも対応できているため、多少の言葉足らずはむしろ推測しやすい部類だ。
「……相棒は意外に凄いのかもしれんな。今までにない着眼点だ」
「お、マジで?」
「不可能だということをのぞけば」
「へ?」
「邪神の影響下に置かれた時点で理性や意識など普通は消し飛ぶ。力に関しては消えるが、そのための試行錯誤をするくらいなら殺した方が早い。犠牲も少ない。人、土地ともにな」
それよりもだとデルフリンガーは言う。
「今は三日後のことを考えよ。巫女との戦いはまだ先の話だ」
「決戦、ね。俺は突っ立ってるだけなんだろ?」
「ああ、相棒の大嫌いな殺し合いを否応なく見せつけられる」
考えるだけで気が滅入る。ため息が一つどころか何十も出てきそうだ。
「なにか……別の方法があると思うんだよ」
メアリーのことも、教団のことも。
「ここにいたのね」
さくりとまだ残っている草を踏み分ける音と、鈴を転がすより甘い声。
仰向けに寝たまま首だけ動かす。
――白、か……。
ルイズのレースがあしらわれたパンツとティファニアの長いスカートが目に入った。
先ほどまでなかった雲が出てきたおかげで月明かりがさして強くなく、才人のにやけた口元は気づかれなかったようだ。ルイズは欠片の警戒心もなく近づいてきてしゃがむ。
「起きてちょうだい。ティファニアがあなたに話があるって」
「へいへい」
過分な甘さもなく、責めるような語勢もなく、はたから見ている分にはちょっと初々しい恋人みたいな会話だった。ティファニアはそんな二人の様子を見て無意識に微笑んでしまう。
背中のバネを使って才人は寝転がった姿勢からぐっと飛び起き、背中の草をはらった。ルイズも手の届きにくい場所についた草をはらってやっている。
くるっとティファニアに向き直ると彼女の背後、遠くに人影が見える。こちらに背中を向けているから誰かはわからない、ただ護衛だろうと才人は気にしないことにした。
習った通り、片膝をついて恭しく口上を述べる。
「かような拝謁の名誉を賜りサイト・ヒラガ、感謝の言葉もございません」
「えっ」
リュティスのヴェルサルテイユで出会った時はもっとこう、ちゃらんぽらんというか、年相応な平民だったはずだ。それがいきなりトリステイン貴族式のあいさつをされてティファニアは目を丸くした。
「違うわよサイト。それこっちから伺ったとき」
「げ、マジかよ……また隊長に怒られる」
しかも間違えていた。バツの悪そうに、才人はそっぽを向きながら立ち上がった。
才人が礼儀作法どころか文字の読み書きすらできないことは、メンヌヴィルの放課後邪神教室の場で発覚した。その後訓練メニューに新たな項目、文字と作法が加わったのは言うまでもない。
「えっと、礼儀作法とかはまだちゃんと覚えてないんで勘弁してください」
ぺこっと日本式に頭を下げる。その動きにティファニアは目をしぱしぱさせた。
「サイトの国では気軽な挨拶でも頭を下げるらしいの」
ルイズがハルケギニアに馴染みのない仕草に解説をいれる。
あ、これ通じないんだったなと才人はぽりぽり頭をかいた。
「それで、ティファニア様はどうしてここに?」
「使い魔と主人が話すのに理由は必要かしら?」
言って、顔をうつむかせる。
「サイトさんとはヴェルサルテイルでもあまり話す機会がなかったから。その、気持ちの整理が必要だったというか……」
男の人と話すなんて滅多になかったしと、恥じらいの表情を見られないよう顔を伏せながらごにょごにょと続けるィファニアの姿に、才人はあっと声をあげそうになった。
――そう言えばこの子と俺、キスしたんだった!
色々な出来事がって、そしてあまりにも『烈風』式調練が厳しすぎたせいで、以前の自分なら一週間は身もだえできることも記憶の彼方に追いやってしまっていた。
よくよく思い返すと耳のとんがったハーフエルフの少女の隣に立つ才人の元祖ご主人様、ルイズだってとんでもない美少女だ。昔書いた日記の言葉を借りるなら「天下無双、外宇宙に名をはせる、邪神も裸足で逃げ出す無敵無謬深淵の中を覗き込むほどの驚きを伴う美少女」である。
なんだか恥ずかしくなってきて、思わず二人に背を向けてしまった。
「サイト?」
「ちょい待って……こっちも色々と整理してるとこ」
ぺちぺちと熱くなっている頬を叩いて平静さを取り戻そうとしてみたけれど、どうにも難しい。夜だし表情も顔色もわかんないかと心を決め、勢いよく振り返った。
「それでっと、なんかお喋りだったっけ?」
「ええ、いいかしら?」
小首を傾げて聴いてくる姿はどこかのおとぎ話から抜け出してきたお姫さまのように可憐で美しい。勿論と勢いよく首を縦に振って、丁度いい大きさの石があったから二人に勧めて自分はすとんと腰を落とした。
墓地の近くで座りながら語らう少年少女とは、少し不思議な雰囲気の漂うものだった。
「サイトさんはどちらの生まれ?」
「日本の東京生まれっす。どう説明すりゃいいのかな……ハルケギニアとは違う星で、貴族とか魔法とかもなくて、ビルとかいっぱい建ってて……」
「まずビルっていう言葉がわからないと思うわ。ビルっていうのは、すごく高い石造りの建物でステンドグラスみたいなガラス板がはめ込まれているそうよ」
四苦八苦しながら才人は自分のことをティファニアに伝え、時にティファニアのことを聴いた。時折間にルイズが入って才人の言葉をルイズの知る限りフォローしたり、ティファニアの言うハルケギニア情報を才人がわかりやすく解説したり、通訳のように立ち振る舞っていた。
月が少し傾くまで三人はおしゃべりを続けた。ティファニアの天然気味な発言に才人が笑いをこぼしたり、あまりに無礼な物言いをルイズにたしなめられたり、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ戻るか……」
「そうね、もう遅いわ」
月の角度を見るに午後十時過ぎと言ったところだろう。腰を上げた二人を見ながら、ティファニアはもじもじとした様子で何か言いたがっている。才人は、本人はあくまでさりげないつもりで声をかけた。
「どしたの?」
「その……わたしのお友だちになってくれないかしら?」
ティファニアの言葉に、二人はぽかんと呆気にとられた。
「あの、わたしずっとお友だちがいなくって、多分虚無だから……だから同い年でこんなお話したのはじめてで」
ティファニアは幼少のころから会話する人間を限定されて育ってきた。天然発言が目立ったのもその反動で、彼女は世間知らずなところが多分にあると、ハルケギニア事情に詳しくない才人にもわかったほどだった。
屋敷の中、閉じた世界で生まれ育ったその孤独はいかなるものだろう。そして教団のモード大公領襲撃ですべてを失った彼女の傷心は、ルイズには想像することすら叶わない。リュティスで出会った時は同じような境遇だと思っていたが、自分の方がよっぽど恵まれている。
「なに言ってんだ」
「え?」
「俺たち、もう友だちだろ?」
そう言って、才人はにかっと歯をむき出しに笑った。笑ったけれどどんどんその顔が赤く染まっていって、やがて耐え切れなくなったのか「うわ恥っず! 漫画みたいなのとかムリムリ!!」とかのたまいながらごろごろと地面を転がりだした。
才人の奇行をよそにルイズはたおやかに微笑んでティファニアに手を差し出した。
「サイトの言葉通り、わたしはもうあなたを友だちと思っているわ」
「ルイズ……」
ぐすんと涙ぐんだティファニアの顔をルイズはそっとハンカチでぬぐってやった。
「ありがとう。あなたが良いなら、テファって呼んで」
「ええ、テファ」
二人は美しい友情を育んでいたが、恥ずかしさに耐え切れず思わず転がった才人は一人蚊帳の外の空気を味わうこととなった。
後に遠くから見守っていたギーシュにニヤニヤとつつかれる羽目になったのもまた別の話である。
そして三日後、ウルの月三十日、トリステイン王国アストン領タルブ村。ナイアルラトホテップ教団五百とハルケギニア北部連合軍、レコン・キスタ五万が衝突する。