シャルロットに安心を
A. D. 6103 オルレアン機関七号 シャルロット・エレーヌ・オルレアン
ジョゼフ王に対してトリステイン魔法学院のオールド・オスマンより書状が届いた。オルレアン機関に協力を求める内容だった。
これよりトリステイン魔法学院へ留学生・タバサとして潜入任務に入る。
なお記録・証拠として手記を残しておく。
オールド・オスマンからの書状には簡潔にこうあった。
――本年の新入生であるロシュフォール家長女。
かのおそるべき者らに連なる可能性高し――
亡くなった、いや、人でなくなった父さまの手掛かりを今度こそ得られるかもしれない。
**
魔法学院に来てひと月がたった。
メアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォールに関しては限りなく黒に近い灰色である、と判断を下した。
怪しすぎる点が次々に浮上したのだ。最悪わたしの正体も知られているかもしれない。
彼女はわたしとゲルマニアからの留学生、キュルケ(友達になった)をよく目で追っている。
以下に異常な点をまとめると。
・烈風カリンですらたじろいたオールド・オスマンの本気の威嚇にも涼しい顔をしていた。
・入学式では、感動的なオールド・オスマンの演説にすら冒涜的な笑いをこぼす。
・キュルケとわたしに対して身体を舐め回すような視線を送ってくる。
・授業でわたしのフライに対してわざと遅く、低く飛んだ。
・その際おぞましい笑顔をしていた。
・舞踏会のとき、キュルケを監視していた。
・キュルケは風魔法による襲撃を受け、そのあわれな姿を病的な嘲笑で見ていた。
・時折右目が青くなる。
見れば見るほど怪しい。一周回って怪しくないかもしれない、と感じるほど露骨だ。
だが気を抜いてはいけない。
明日は使い魔召喚がある。彼女がかの邪知暴虐な輩に連なるのなら、必ず悪しき存在を召喚するだろう。
ひょっとしたら父さまを、いややめておこう。
万全の体調で明日を迎えるため早く寝る。
**
使い魔召喚の日。天候は最悪、暑い雲が空を覆い雷が轟いていた。
それでも儀式は執り行うようで、みんなそろって学院から少し離れた草原まで来ていた。
監督官はミスタ・コルベール、ミスタ・ギトーなど戦闘に長けた教員が多かった。おそらくオールド・オスマンの配慮だろう。
特にミスタ・コルベールは過去にトリステインで奴らと対抗したとの話も聞く。奴らと戦って正気を保っていられる人物は希少だ。今後も頼る機会があるかもしれない。
さて、わたしは風韻竜を召喚した。イルククゥと名乗ったが韻竜は切り札ともなりうる存在なので、シルフィードと仮の名前を与え、風竜として振舞うようにいった。
問題のロシュフォール家長女はなんとも奇怪な詠唱でサモン・サーヴァントを行った。
召喚のゲートは出現したが、しばらく使い魔は現れなかった。
すると何を思ったのか、彼女は土をゲートに盛り始めたのだ!
始祖が与えられた運命に逆らおうというのか、彼女は。
そのとき止めに入ろうと思えばできたかもしれない。だが、実際には誰も動くことはできなかった。
それは彼女がぶつぶつとこの世ならざる言葉で何事かを呟いていたからなのか。それとも底知れぬ存在の気配を感じたからなのか。今となってはわからない。
彼女は続いて折れた木の枝をゲートに突っ込んだ。
ああ、思い出すのもおぞましい!
木の枝の根元から、深淵から染み出したような煙が噴き出てきた。それが次第に凝集しだし、四足の獣のような形をとりだしたのだ。
あの姿を正確に形容する術をわたしは知らない。
太く曲がりくねって、先端が鋭くとがった舌を持ち、爬虫類のような背中というべきだろうか、この世のどんな生き物もそんなおぞましい姿はとらないだろう。大きさは子犬程度だったが、発する威圧感は並みの幻獣を凌駕していた。しかも体からはなにか青みがかった液体を垂れ流している。
まるで地獄の深淵から引きずり出され、この空気に耐えられない獣のようだ。
ロシュフォール家長女は恐怖など感じさせない表情で、むしろ歓喜さえあふれていた、コントラクト・サーヴァントを行った。
その際のスペルがまた特有のもので、彼女が始祖ブリミル以外の何かに仕えていることはほぼ明らかだった。
無事契約を終えた彼女は例の冒涜的な表情を浮かべていた。
**
恐るべき事実を知ってしまった。
やはり彼女はかの者らに奉仕している、確定だ。この情報を速やかに伝えねばならない。
召喚の儀式が終わった後、外でロシュフォール家長女が唸っていた。口から出るのはあの名状し難い言葉だ。ひとしきり何かを呟いた後、いきなり手を叩いた。
遠くからだったが彼女の口から「Doom Tsathoggua」という言葉が発せられたのがわかった。
Doomとは古いアルビオン言葉で滅びを意味する。
そしてTsathoggua、この言葉を知っているということは間違いなくこちら側の存在だ。
あのおぞましい使い魔を召喚したということは、人類側ではなく向こう側だろう。
ひょっとすると使い魔はユゴス由来のものなのかもしれない。父さまが連れ去られたと言われる遥か月よりも遠い暗黒の地の。
そろそろこの報告書を書き上げてしまおう。
なにか臭いがする、鼻につんと刺激を感じる臭いだ。
思わず部屋中を見回す。
何も異常はない。
いや、そんな!
あの煙はなんだ!
角に! 角に!
*****
メアリー・スーに祝砲を
おっす、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。
トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。
神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。
そういや今腰くらいのさらっさらな長髪なんだけど髪切ろうかね?
ま、いいや。
いよいよ今日は使い魔召喚の儀式なんだ。原作じゃ抜けるような青空だったんだけど、なんかどんより曇ってる。たまにゴロゴロ雷の音も聞こえるしさ。
まぁ天気くらい変わるだろ、俺っていう異分子が入って来てるんだから。
っつーわけでレッツ召喚ですよ!
天気以外は原作通り、キュルケはフレイムさん、タバサはシルフィードさんを召喚しちゃいました。
さー神様、俺の望みを叶えてくれるのっかなー。
お前は特にお気に入り、的なことを言ってたから大丈夫だとは思うんだけどねっ!
召喚のスペルはルイズのやつをマネしてみるか。どんなのだっけ、流石にうろ覚えだぞ。
確か……。
「外宇宙の果てのどこかにいる、俺の下僕よ! 強く、愛らしく、そして生命力に溢れた使い魔よ!
俺は心より求め、訴える。我が導きに応えよワンちゃん!」
さぁ来いワンちゃん!
どんな子が来るのっかなー。
……。
おかしいな、出てこないぞ。どうなってるんだ??
む、神様からテレパシーが届いたぞ。
なになに「鋭角がないと来れない子」だって? そんな犬聞いたことないんだけどな……。
土でも盛ってみるか、ってダメか、盛った分だけゲートに吸い込まれていくぞ。
うーん、仕方ないからそこらの木の枝でもゲートに突っ込んでみるか。
えいっ!
お、来た来た杖の根元からなんか出てきたぞ。なんかでろでろ青黒い煙だな、なんか臭いし。
これもサモン・サーヴァントに……なるよね、うんなるなる、なるに決まってるさ!
煙が集まってきたな……。おお、なんか見たことない犬種だけど超強そうだ!
ハルケギニアは広いなぁ。
まぁ原作で出てきてない種族なんかもたくさんいそうだし。
ちっと見た目グロイ気がするけど、うん慣れればへーきへーき。
さ、レッツコントラクト・サーヴァントッ!
「我が名はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。
宇宙の力を司るトラペゾヘドロン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
口にちゅっとね。
これで夢にまで見たワンちゃんライフが俺の手にも……。ふふふ、今日はよく寝れそうだ。
でもこの子獣臭いな、あとで洗ってやるか。なんか体も心なしかデロデロしてる気がするし。
おっと、顔ぺろぺろするなぃ。やけに舌長いな、まーいいけどさ。
あ、才人召喚されてら。
*
ヴェストリの広場で俺は悩んでいた。
コントラクト・サーヴァントの影響かワンちゃんは尻尾をぶんぶん振ってじゃれついてくる。
そこらへんに生えていた猫じゃらしっぽい草で遊んでやりながら考え込む。
このワンワンにどんな名前をつけてやるか、大きな問題だ。
例えばだ、俺が父親になったとする。息子にどんな名前をつけてやるだろうか。
うーむ、難問だ。
強くあってほしいから獅生(しおん)というのはどうだろうか。
それとも心なしか狼っぽく見えなくもないから銀狼(ぎんろう)とか。
あいやここはハルケギニアだから西洋っぽい名前だな。
勝都(びくと)というのがいいかもしれない。
……待てよ。
キュルケのサラマンダーはフレイム、タバサの風竜はシルフィード。なら属性とか種族に対応した名前をつけるべきか。
犬だから……パトラッシュ、ハチ公、カイくん。
んーどれもイマイチパッとしないな。
俺はそもそもこの子にどうあってほしいんだ。
……可愛く賢くあってほしいかなぁ、強さは二の次として。図書館にこもることが多い俺はあんまし友達いないし。
このワンちゃんのラヴリーさで友達ゲット! みたいな感じに。いやいや、家族になる子を利用とかよくないよな。
おっと脱線脱線、名前か。
むぅ……そうだ!
「今日からお前はドン松五郎だ!」
結局日本的なネーミングになってしまったが、ぴったりな気もする。そのうち新聞とかも読ませてみようかな。
たまたま通りかかったタバサがぎょっとした顔をしてた。
どーでもいいけどコイツ目がない気がするな。
つぶらなおめめにも期待してたんだが、人懐っこいヤツだからいっか。
*
さて、ドンは活発でお茶目なヤツだった。
多分使い魔としての特殊能力だと思うけど、部屋の隅っこから自由自在に出入りできるのだ。
ひょっとしたらすんごく小さな穴でも潜り抜けることができるのかも。だとしたらなかなか便利な能力だと思う。
俺は現代っ子だからG様やネズミがあまり得意じゃない。そのうち駆除してもらおう。
使い魔品評会でもこれでなんかできねーかな。
話はそれたけどその能力を使って人様の部屋に不法侵入しているようだ。
特にタバサがお気に入りらしい。コイツも大食いだからシンパシーでも感じてるのかな?
いないなーと思えばタバサの部屋の方からトコトコ歩いてくる。
まぁ、可愛い子犬だしタバサもイヤだったら俺に言いに来るだろ。
それとも飼い主として先にあいさつしておくべきか?
んー前世でも犬なんか飼ったことないからそこらへんのマナーがよくわからん。
あ、でもそのうちマルトーさんには謝りに行った方がよさそうだな。
どうもドンは常に腹ペコなようで厨房に忍び込んではいろいろ物色してくるらしい。
というのはたまに部屋の隅っこで与えた覚えのない肉っぽいものをガツガツ食べているのだ。
俺はもう慣れたけど、綺麗にしてもちょっと臭うから料理をする場にはふさわしくない。
本音を言えば厨房には突入しないでほしいんだけど、ドンはこのことに関しては言うことを聞かない。
生意気なお犬様め、俺が飼い主でなければペチンと叩いているところだ。
マルトーさんにきちんと話して、できれば部屋の隅っことかを石膏で埋めて穴をふさがないと。
さ、それはさておき魔法の練習練習。目指せスクウェアーー!!