娘が生まれた。跡取りのことを考えれば男児のほうが良かったのだがそれもこの歓びの前には些細なことだ。
ジャンヌの経過も安定している。父親になった実感がじわじわと湧いてきて、なんとも身が引き締まる思いだ。
実りある人生をおくれるよう、ディアーヌと名付ける。
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デムリ卿から祝いのブランデーが贈られ、ウィンプフェンの奴が出産祝いだと言って上等なワインを持参してきたので昨夜は久々に酔いつぶれた。
下級貴族から杖一つでのし上がってきた奴はいい年をして婚約者もいないそうだ。今度縁談をもってきてやろう。あ奴の腕と頭なら上級貴族でも婿入りの口があるだろう。
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ディアーヌはすくすくと成長している。ふわふわの金髪にラピスラズリのような瞳が愛らしい。美姫と名高いアンリエッタ殿下と並び立つのではなかろうか。
そう言うと妻は親のひいき目だと笑う。私は本気なのだが、彼女から見れば親ばかなのだろう。
それも致し方あるまい。なにせはじめての娘なのだ。ジャンヌが社交界で仕入れた情報によるとコルカス男爵家が婿入りの口を探しているらしい。ウィンプフェンに紹介してやろう。
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ウィンプフェンがコルカス男爵家の長女と婚約した。しかし婿入りではなくコルカスの家を継ぐ気はないそうだ。
ハゲるのがイヤだったのかと聞けば、長男が生まれたそうなので家督はそちらに、ただ愛した女性を受け入れられればいいとのことだ。
若造がぬかしおる。愉快だ。
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励んでいても子ができるとは限らない。妻はなかなか身ごもらないことを悩んでいるようだ。
焦る必要はない。ディアーヌがいればそれだけでいい、とまでは貴族の血統からは言い切れないがまだまだ時間はある。
と呑気に考えているとジャンヌが水の秘薬を勧めてきた。
……昨夜は燃えた。
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ジャンヌが第二子を妊娠した。あの薬が効いたのだろう。
効果があったことを認めるが、腰を痛めたのでアレはもう二度と使わん。
……妻が薦めてくればまた使うのもやぶさかではないが。
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おなかが膨らんでいくジャンヌをディアーヌが不思議そうに見ている。
今度あなたは姉になるのよという言葉も深くは理解していないようだ。まだ四歳なのだからそのようなものか。
ただ家族が増えるということはわかったようで、いつ増えるのとはしゃいでいる。
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なんということだ。今日ほど始祖を恨んだ日はない。
流産だった。
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ジャンヌが日ごと痩せ衰えていく。流産のことをまだ引き摺っているのだろうか。
ディアーヌも不安げな瞳をしている。なんとか忘れさせればいいのだが。
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始祖よ、私たちが何をしたというのでしょう。
ジャンヌが床に伏して起き上がれなくなった。ウィレットという腕の立つ医師をデムリ卿から紹介してもらい診てもらう。
心因性というのもあるが、悪性腫瘍が身体中を犯しているらしい。
ここまで転移したものを治すことは生半なことではなく、妻本人の体力も相まって持ち直す可能性は三割、完治は不可能ということだ。
私がもっと妻としっかり向き合っていれば。後悔しかない。
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治療の甲斐なく妻は死んだ。無理を言ってスクウェアスペルまで使わせたというのにそれも無意味だった。
落ち込んでいる暇はない。なにより私が沈んでいてはディアーヌが心配する。
葬儀には親類のみでなく妻の友人も多数参列した。私が愛した女性は想像していたよりもずっと人々に慕われていたようだ。
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ディアーヌは日ごと亡くなった妻に似てくる。今年でもう十歳、社交界に出る年頃だ。
魔法の腕はおぼつかなくとも礼儀作法はしっかりしている。これなら引っ張りだこだろう。
第二夫人をとる気はない。婿の縁談もそろそろ考えなくては。
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来年から娘も魔法学院で学ぶことになる。縁談は上は伯爵次男から下は準男爵まで多数来た。
娘の幸せを願うなら家柄、実力、性格すべてがしっかりした年上の貴族を見繕うべきだ。条件に見合う男性も何人か見つかった。
それでも私は決断できなかった。私とジャンヌがそうであったように、恋愛結婚でもいいだろうと思ったのだ。
魔法学院を卒業して、そのときに思いを寄せる男がいなければ縁談を受ければいいだろう。
ただし、しっかりした男でなければ烈風式調練を受けてもらう。
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ニューカッスルが陥落した。
突如現れたナイアルラトホテップ教団という戦力はこの世の軍勢とは思えぬ速度でアルビオンを侵食し、王族をも追い落とした。
ウェールズ皇太子は無事脱出できたとのことだ。始祖の血統を保つことができて一安心というところか。
王宮でも戦争の準備が慌ただしくはじまっている。
そういえばディアーヌに送った手紙の返事が来ない。もしや好きな男ができてそのことを書くか、悩んでいるのかもしれない。
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オールド・オスマンとガンダールヴがいながら、何故。
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王家からの通達によればガンダールヴは異星の者らしい。邪神も星の果てから来た者らしいが、そのような者が信じられるものか。
あえて教団の暗躍を見逃し学院に邪教の芽を撒いた可能性すらあり得る。
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ラ・ロッタの娘が奇跡的に帰還を果たしたらしい。ディアーヌは帰らない。
ラ・ロッタの娘はそれ以来ガンダールヴを狂信しているようでべったり張りついていると聞く。
洗脳か、あるいはガンダールヴこそが邪神の手先ではないのだろうか。
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タルブで甚大な損害を被った。
教団は壊滅した。おそらく我が娘もあそこに。
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アカデミーの評議会議員から不穏な噂を聞く。ガンダールヴは一度死に、蘇ったそうだ。
それが事実であるなら、邪神の手先と同じではないだろうか。
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ゴンドランから話を聞く。
どこから情報を仕入れたか口を閉ざしていたが、ガンダールヴの周囲は魔法学院の生徒とタルブでともに戦ったアルビオン人で固めるつもりらしい。話を聞く必要がある、場合によっては強行手段で。
また、ガンダールヴの再召喚は六千年もの間何度か行われてきたことらしい。ならば、いっそ奴を始末したほうがハルケギニアのためになるに違いない。
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巫女が魅惑の妖精亭という酒場に出た。
不浄の地を遺しておくわけにはいかない。跡形もなく焼かねば。
タルブにはガンダールヴに連なる血が流れているとも聞く。店主やその娘も消す必要があるだろう。
部下の中から魔法学院で失踪した者の身内を集める。皆復讐心に燃えていた、頼もしいことだ。
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思わぬ邪魔が入った。ギトーめ、かつての恩を忘れたか。。
そもそも魔法学院の教師と言うなら、ディアーヌの危機を見過ごしたことにも責任がある。
今夜すべてを決行する。
邪魔するものは全て排除する。