マルトーに沈黙を
※完全なネタ番外編で本編とは一切関係がありません。
「待ちやがれこの野郎ッ!!」
牛の頭をくわえた犬を若いコックが追いかける。
日本のアニメでもありそうなシチュエーションだ。
その犬がおぞましい姿でなく、若いコックが金髪青目でさえなければだが。
「くっそ、また逃げられた」
厨房に戻った若いコックは悔しげに吐き捨てた。
拳がぶるぶる震えるほどの怒りを覚えている。
「やっぱりミス・ロシュフォールに言ったほうがいいんじゃない?」
「言っても意味ないさ、あんな躾のなってない犬っころを放し飼いにするんだからな」
見かねたメイドの言葉にも腹立ちまぎれの言葉を返す。
ここ数日材料から仕上げた料理まで脳みそ系の食料は根こそぎ奪われていった。
あのおぞましい犬っぽい何かに厨房の人々は隠しきれない闘志を燃やしている。
「なんか罠でも仕掛けてみるか?」
「お貴族様の使い魔を罠に? 首が飛んじまうぜ」
「つっても料理長の脳みそ料理を待ち望んでるお貴族様も多いしなあ」
料理を続けながらああでもないこうでもない、と議論するコックたち。
常人ならばまず子犬の名状しがたい外見に突っ込むが、彼らは気に素振りも見せない。
メイジが召喚する使い魔はバグベアーなど奇天烈な生き物も多いから慣れている、という理由ではない。
かといって正気を失われているわけでもない。
突如投げやりな議論が飛び交う厨房の裏口が開く。
「お前ら料理に集中しやがれ」
「ウィ、料理長!」
二メイル近い身長に、短い黒髪で如何にも強そうな精悍な顔立ち。
トリステイン魔法学院の厨房を取り仕切るマルトー料理長だ。
その右手にはさっきの恐ろしい子犬がにぎられている。
子犬は暴れることなく、むしろ借りてきた猫のように大人しく尻尾を握られぶらさがっていた。
「やっぱ料理長にかかっちゃ形なしか」
「料理長なら仕方ない」
ぼそぼそとした小声以外は調理の音しか聞こえなくなる厨房。
作業に集中しだしたコックたちに満足したのか、マルトーは犬を振り回しながら厨房を去った。
「はー、あの人やっぱ半端ない」
「あの犬どうやって捕まえたんだ?」
「知らね、マルトーさんなら仕方ないさ」
先ほどよりは静かに話しながら料理人たちは仕上げにかかる。
メイドははーっと感心したようにため息をついた。
「マルトーさん、ほんとすごいね」
「あの人コックやるような人じゃないんだよ」
若いコックがソースをつくりながらメイドに語りだした。
周りの料理人もそれに追随してどんどん声が大きくなっていく。
「確かどっかの軍隊出だろ?」
「ああ、平民なのに教官してたって」
「なんか子爵ぶん殴ってやめたとか聞いたことある」
「マジで?」
「あ、それ俺も知ってる。んでオールド・オスマンが料理長として雇ったんだって」
聞けば聞くほどありえない経歴にメイドはますます驚いた。
「でも、マルトーって確か料理の鉄人の称号名よね。本名なんて言うの?」
「確か……」
若いコックは虚空を睨んで思い出そうとがんばった。
そこに厨房で一番経験を積んだ老コックが口をはさんだ。
「ケイシー・ライバック、厨房じゃ負け知らずの、ただのコックさ」
*****
メアリー・スーは沈黙した
あ、ありえねえ。
マルトーさんって人のよさそうな固太りのおっさんだろ?なんであんな規格外の男がゼロ魔世界に!?
やばいぞ、なんか怒ってそうだ。
って、ドンがぶんぶん振り回されてる。
いくら最強の男とはいえ許さんぞ、ドンの仇、ウォォォオオオオオ!!!!
――コキャ――