シエスタにお昼寝を
A.D. 6014 タルブ村のシエスタ
春になったから日記帳を新調しちゃいました!
今年は何かすごいことが起きそうな予感がするんです、しちゃうんです。
だから日記も気合入れて書いちゃうんだから。
でも今日は普段通りの一日でした。
明日は使い魔召喚の日だから搬入が忙しそうだなあ。
**
今日はいつもの使い魔召喚と違いました。
なんと、魔法は使えないけど平民には優しいミス・ヴァリエールが平民の使い魔さんを召喚しちゃったんです!
使用人仲間ではそのことで持ち切り。特にみんな不思議がっていたのが、ミス・ヴァリエールがむしろ嬉しそうにしていたこと。
普通の貴族様だったら「平民の使い魔なんてー!!」って怒るのに。
やっぱりミス・ヴァリエールはどこか変わってらっしゃります。
あとは、ミス・ロシュフォールがすごいのを召喚したとも聞きました。
すごいのってなんだろ。
ドラゴンとかじゃないらしいですし、ひょっとして他の貴族様?
謎です。
**
もうびっくりです。
ありえないです。
ふぁんたすてぃっくです。
ミス・ヴァリエールはなんて人を召喚したんでしょうか。
サイトさん(ミス・ヴァリエールの使い魔さんの名前)はなんというか、奥ゆかしい人でした。
どうにも一歩引いているところがあるような、笑顔でごまかすような、不思議な人。
話を聞いていると魔法も知らなかったとか。
貴族様が周りにいなかったんですかね、よくわかりません。
少しひいおじいちゃんの話に似ているとは思いました。
で、ですね。
すごいんですよサイトさんは!
なんと、貴族様と決闘して勝っちゃったんです!!
え、ありえない。なにこれ。現実?
メイジ殺しなんていう物騒な人がいるのは知ってましたけど、サイトさんはそんな人には見えないし。
最初は見ているのが辛くなるくらい殴られていたのに、剣を握った瞬間動きががらりと変わっちゃいました。
あっという間に青銅のゴーレムを、これまた青銅の剣でずんばらりんと切り倒しちゃいました。
終わったらがっくり倒れて今はミス・ヴァリエールが必死に看病しています。
ミス・ヴァリエールが嬉しそうにしていた理由が少しわかった気がしました。
そういえばミス・ロシュフォールも決闘の現場にいたんですけど、あの人もすごいですね。
魔性の美しさというのか、そんな感じ。
明日もがんばるぞー!
**
サイトさんはまだ眠ったままです。
怪我自体は治っているらしいですけど、お寝坊さんなんでしょうか?
それも気になるんですが、厨房で問題が起きちゃいました。
ミス・ロシュフォールの使い魔さんが牛の頭や豚の頭を盗んでいくんです。新鮮なのを調達するのも大変なのに。
でもあの使い魔さんがすごい、っていうのはわかりました。
見たこともない生き物なんです。そりゃハルケギニアは広いから知らない生き物だってたくさんいるんでしょうけど。
他の貴族様の使い魔とは一線を画するというか、なんていえばいいのかわかりません。
不気味というか、奇怪というか。
貴族様の使い魔にこんなことを思うのは不敬かもしれませんが、おぞましい存在であるようにも感じました。
あと臭いです。
こっそり厨房に入ってきているつもりだろうけどバレバレです。
臭いが料理にうつるからやめてほしいなあ。
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サイトさんはまだ起きない。
丸二日も眠りっぱなしなんて、大丈夫なんでしょうか?
昨日あたりから、気のせいかもしれませんけど不快な視線を感じるような気がします。
自意識過剰なのかな?
**
ミス・ヴァリエールが懸命に看病してもサイトさんは目覚めません。
見てていたたまれない気分になってしまいます。
貴族様とかそういうのじゃなくて、ただの泣きそうな女の子に見えました。
あと視線の正体もわかりました。ミス・ロシュフォールの使い魔さんです。
悪臭に気付かれないよう風下からわたしのことを見てました。目があるのかわかんないですけど。
何か用があるのかしら?
**
ようやくサイトさんが目覚めました!
もう何事もなかったかのようにけろっと目覚めて、ミス・ヴァリエールはかなりひきつった顔をしてました。
ふふふ、そしてすごいのを見ちゃいました。
いつも通りの梟便が来たからミス・ヴァリエールの部屋にいったときです。
ミス・ヴァリエールの目元が腫れていました。
さらにサイトさんの胸元がぐっしょり濡れてたんです、暗い室内だからってわたしは見逃したりしませんよ?
ミス・ヴァリエールはサイトさんの胸を借りて泣いていたに決まってます。
ノックしたあとの間もいつもより不自然に長かったし、これは間違いありません。
普通貴族様はどんなことがあっても使用人相手にそんなことはしません。
ということは……ご主人様と使用人の禁断の恋です!
よくよく考えてみればサイトさんが強いだなんてミス・ヴァリエールも知らなかったみたいだし、きっと一目ぼれに違いありません。
すごい。こんなのを現実に見れるなんてもうワクワクが止まらない。
メイド仲間に話したいけどダメだろうな、ああでも話したい!
でもダメ、知られちゃうとミス・ヴァリエールにもサイトさんにも迷惑をかけちゃう。
しばらくニヤニヤしながら見守ることにしよう。
今夜は興奮して寝れないかも。
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恐ろしい光景を見てしまいました。
昨日のミス・ヴァリエールとサイトさんのやりとりが吹っ飛ぶくらい。
相変わらずミス・ロシュフォールの使い魔さんは厨房に忍び込んでは頭部を持っていきます。
ただ不思議なことに締め切っているはずの厨房にいつの間にか現れていつの間にか消えていくんです。
ああ、こんなことを書いても大丈夫なのかしら!
あの恐ろしい使い魔さんは、平民に思いもつかないような方法で厨房に忍び込んでいたんです。
お昼の忙しさも過ぎ去った頃、部屋の隅っこから青黒い煙というか、形容できない何かが噴き出してきました。なんだろうと不思議に思いながら見てたら、どんどんあの使い魔さんのかたちになっていって……。
あんな生き物がハルケギニアにいるはずがないわ!
怖い、厨房のみんなに言っていいのかな。
**
アレがなんで頭ばっかり盗んでいくのかわかった。
脳みそをじゅるじゅると、あの太くて鋭い舌で吸い取っていたのです。
見るもおぞましい、正直な話あんな光景見たくなかった。
わたしもじっと観察されてる。
たまらなく怖い。
**
ひたひたと足音がする。振り向けば全身から気味の悪い液体を滴らせながらアレがいる。
思わず学院の聖堂にかけこんだ。
これからは毎日始祖ブリミル様にお祈りしよう。今まで不信心でごめんなさい。心の底から祈りを捧げます。
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どうやら聖堂の中にまでアレは入れないようだ。
流石は始祖ブリミル様です。
でも仕事をサボるわけにもいかないし、どうすればいいんだろう。
同僚に聞いてもアレを頻繁に見ることはないらしい。
わたしだけがつけ狙われてる、なんで?
**
ひょっとしてアレは、牛や豚みたいにわたしの脳みそをずるずる啜る気なんじゃ……。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ミス・ロシュフォールに言っても平民の命なんてきっと気にもしないだろうし。
誰か助けてください。お願い、サイトさん、始祖ブリミル様。
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思い切ってサイトさんに相談してみました。
彼ほど強い人ならなんとかしてくれるかもしれないって。
そしたら、できる限り一緒にいてくれるらしいです。
よかった。
安心して涙が出ちゃいました。
**
サイトさんが一緒にいててもアレはわたしの傍にいます。
「追い払おうか?」なんてサイトさんが聞いてきましたけど貴族様の使い魔相手にそんなことすれば何が起きるかわかりません。
使用人仲間に聞いてみればミス・ロシュフォールは他の貴族様とはどこか違う、違いすぎるらしいですし。
伯爵家のご令嬢だから取り巻きの貴族様もいるらしいですけど、目つきがヤバいらしいです。
だけど一緒にいてくれる人がいるだけでこんな心強いなんて思いませんでした。
半端ない安心感です。
男の人というか、サイトさんはすごく頼もしいです。
**
明日はフリッグの舞踏会だから大忙しでした。
食材の搬入とかで人の出入りが多かったせいか変な噂話も耳にしました。
アルビオンが大変らしいです。
「ニャルらとホップを愛でる会」だか「ニャル様とホップを崇める会」だか「ナイアルラトホテップ教団」だか知りませんけど色々やっているらしいです。
どれが正式名称なんでしょう。
あとわたしは重大な思い違いをしているのかもしれません。
ミス・ヴァリエールはサイトさんにこれといった仕事を課していないらしく、色々と手伝ってくれました。
ただその時、ミス・ロシュフォールがふらっと現れたんです。
背筋が凍るかと思いました。ミス・ロシュフォールはわたしたちを見ると、ぞっとするような笑顔を浮かべたんです。
何と言えばいいんでしょうか。
邪悪な期待を秘めたような、見るものに恐怖を与えるような、そんな笑み。
アレはわたしを食べようとしているんじゃなくって、ミス・ロシュフォールの下に連れ去ろうとしてたんじゃ……。
彼女がわたしに何をしようかなんて、思いもつかない。想像するだけでも耐えがたい妖術の儀式の生贄にしようとしているんじゃないのか。
サイトさんがいてくれたおかげで忘れかけていた恐怖が心の奥底から染み出してきました。
その時、何を思ったのかサイトさんはミス・ロシュフォールの視線からわたしをかばうようにしてくれたんです。
大きな背中でした。
ミス・ロシュフォールは何をするでもなく立ち去ったんですけど、そのあとサイトさんが振り向いて「大丈夫?」なんて笑顔で聞いてくれて。
だめ、これ以上はだめ。
わたしは二人を応援しようと思ってたのに、サイトさんに惚れちゃいそう。
あ、あと最後に一つ。
ミスタ・コルベールの娘さん、アニエスさんが帰ってくるらしいです。サイトさんとどっちが強いか、なんて厨房内ではその話で持ち切り。
きっとサイトさんの方が強いと思うけどなあ。
*****
メアリー・スーに恩恵を
おっはー、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。
トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。
神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。
そういや今の俺、ルイズとかなり体型近いんだ、身長と胸囲的な意味で……。
ま、いいや。
たまには俺の主人公らしい魔法学院ライフの様子でも紹介しようかな。
え、んなもんいらないって?
……いけ、ドン松!!
*
朝、目覚ましやらメイドやらの助けを得ずに俺は目覚める。
ハルケギニアに来てから夜型になったのか、朝の日差しがちょっぴり辛いぜ。
逆に月夜はすっげー調子がいい、犬みたいに遠吠えしたくなっちゃうくらいに。
これもワンちゃんが飼いたい、っていう深層心理があったせいかもしんない。
今の俺にはドンがいるからいいんだけどな!
*
朝食を終えれば当然学生だから授業だ。
意外なことに魔法の授業は面白い。
なんかアレなんだよ、日本の授業みたいにかっちりしてないからかな。
結局のところ「考えるな、感じろ」というところに落ち着くからかもしれない。
面白いんだがよく路線もずれるんだよな。
それがコルベール先生みたく面白い人もいれば自慢に終始する先生もいてさ。
あ、も一つ意外なことにギトー先生の雑談超面白い。言いたいことは「風最強!」なんだけど擬音語使いまくりで。
「その時私はずしゃーっと敵を切り裂いて」とか「もりもり精神力が湧き上がってぶるんぶるん杖を振るった」とか。
聞いててニヤニヤできるわ。
まあつまらん雑談の時はドンの視界共有で色々見て回ってる。
臭いって苦情が来たから教室に入れられんのだよね……可愛いのに。
最近のマイブームはシエスタの観察。
メイドをじろじろ見てたら怪しまれる、と一年の時は自重してたんだが使い魔ならメイド見てもおかしくないよね!
あの「脱いだらスゴイんです」の下を想像しながら、やっぱりメイド服は萌えるなあ、なんて考えながらドンと視覚共有。
授業中だというのにハァハァしちゃうぜ。
たまに鼻血を抑えるために本気で顔面に力を入れるのはお約束さ。
*
昼食が終わればティータイムだ。
魔法学院はゆとり教育の極みですごいゆったりしてる。
現代人感覚からすれば学校というより遊びで勉強してるようなもんだ。
まあティータイムは固定メンバーとお喋りに興じてるね。
俺がいるチームは中々変わってるんだよ。
このくらい歳の貴族連中は大体同性だったり、派閥みたいなので固まっているんだが、俺のとこだけ不思議とそんな垣根がない。
すんごいバラバラで男も女も上級生も下級生も、実家の文献読む限り敵対してたんじゃ?ってヤツらまでいる。
十名くらいでのんびり他愛もない話に興じている。
月がどうたらこうたらとか星座がなんたらかんたらみたいな話とか、たまに政治的な話もするかな。
最近は降臨祭の話もしたなあ、クリスマスに友だちとバカ騒ぎとか懐かしいぜ。
こいつらは良いヤツみたいで、なんか目が純粋なんだよな。
他の貴族みたいに濁ってない感じ、キラキラしてておじさんには眩しいよ。
正直精神年齢は変わってないからおじさん言うには早い気がしなくもないけど。
*
午後の授業が終わればあとは自由時間、何をしても許されるってもんさ。
ごめん、ウソだ。さすがにそれはない。
ドンと遊んだりチームで遊んだり図書館にこもったりかな。
俺は普段クール系おらおら美少女(?)で通っている。
そのせいかドンとじゃれていると周りの視線が痛いような気がするんだ……。
いいじゃないか、こんな可愛いワンちゃんと遊んでたって。
チームの奴らは例のごとくキラキラと少女マンガみたいな瞳で俺たちを見守ってくれる。
触りたければ触っていいんだよ?
一度言ってみたけど他人の使い魔に触るのはよくないのかな、やんわり断られちった。
きっとコイツらも実家に帰れば犬を飼いたくなるに違いない。
それまで精々羨ましそうに見ておくがいいさ!
*
あっと、今日はそれと普段と違う光景を偶然この目で見た。
シエスタと才人が和気藹々としながらお仕事に励んでいたんだ。
もーなんか原作そのままな感じで思わず顔面崩壊しちまった。
でもシエスタに気付かれて、雑談を怒られるとでも思ったのかな、すごい怯えた顔になった。
そこからですよ更なるニヤニヤポイントは。
才人が一歩出てシエスタをかばったんですよ。
「悪いのは俺だ、怒ったり罰を与えるなら俺にしろ!」と言わんばかりの表情で。
すごい、カッコいい。
何この主人公っぷり、男なのに惚れちゃいそうだぜ。あ、今の俺女だった。
ここだけの話、俺は才人をすごく高評価してる。
考えてみてくれよ、惚れた女のために、好きだって言葉一つのために七万の軍勢に単騎駆けだぜ?
そんな主人公ここ最近見かけねえよ、パネェよマジで。普段はスケベ犬だけど。
とまあ熱血主人公の片鱗を見せてもらったから大満足。
そのまま何事もなく通り過ぎた。
その時耳に入った「大丈夫?」って声がすっげー優しくってさ。
こりゃ才人モテテも仕方ねえわ、って思った。
*
夜は聖堂で形だけのお祈りをする。
なんつーか、昼間はちょこちょこ人がいるからあんま好きじゃないんだよね。
ドンは基本的に聖堂の外でお留守番。
あんまり雰囲気が好きじゃないのかな?
まあドンはいくら洗っても汗っかきなのかぼたぼた汁を垂らしてるから、掃除の人も大変だろうしいいんだけど。
それで俺の一日は大体おしまい。
たまにヴェストリの広場で双月を見ながらワインを楽しんだり、自室に差し込む月明かりを愛でたり風流なこともするけどね。
あーなんっちゅーかアレだよアレ。
忙しい現代社会に比べるとすごく時間がゆったりしてていいねハルケギニア。
君も一度転生してくればその良さがわかるよ。
神様も親切だし、検討してみてくださいな。