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No.29850の一覧
[0] 【一発ネタ】そして、今日から「ゆ」のつく自由業【完結・DQ3・TAS臭】[気のせい](2011/09/21 12:08)
[1] QB「僕と契約して勇者になってよ!」【DQ3+QB・TAS臭】[気のせい](2012/02/24 15:03)
[2] もし転生のカミサマがQBだったら【シリアス】[気のせい](2011/10/16 16:13)
[3] 【恋愛】惚れたあの子は残機が足りない【誘爆系ヒロイン・他短編】[気のせい](2012/01/20 10:00)
[4] 【恋愛】惚れたあの子は残機が足りない②[気のせい](2012/01/22 23:32)
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[29850] QB「僕と契約して勇者になってよ!」【DQ3+QB・TAS臭】
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/24 15:03
 塔の上層部では金属の打ちならされる音が響き、目まぐるしい戦闘が繰り広げられていた。重厚な筋肉を纏った巨漢の大男は、舌打ちをして叫び、大気を割るように大斧を背後から振るう。
「おのれ、ちょこまかとォ!」
 軽装の少女は予め知っているのか、背後を視認もせずにその攻撃を最低限の動作で避け、空振りした斧が石造りの床を轟音を立てて砕いた。続けざまに身を低くして地面を蹴りあげ、前から襲いかかってくる二人の盗賊の間に滑り込む。一人の脇腹を貫き刺すと片足を軸に回転してその腹を斬り裂き、そのままもう一人の脇腹をも鮮やかに薙いですり抜けた。
「なァッ」「でァ」
 盗賊は腹から鮮血を散らし、口からは血を吐くも、平然と少女の方に振り返る。だが少女は動きを一切止めておらず、盗賊が振り返った時には再び懐に入り込み、その剣は見事に胴体を貫通していた。
「ぐぅッ」
 盗賊の呻き声と共に、少女は黙って盗賊の身体を蹴って剣を引き抜くと、大斧を再び構え直して迫ってくる大男に自ら閃光の如く瞬時に接近し、
「ぬぉォ!」
 大男が振り降ろした斧はまたも虚しく空を切り、少女の剣は胴を切りつけ血を散らせる。
「ッァ」
 激しいが、明らかに一方的な戦闘を少し離れた場所から感心した様子で見物する者達がいた。長身の洒落たスーツを着た男が目を細くして呟いて、うん、と満足気に頷く。
「ほー俺さん達の出番はないな。だが楽で良い」
 男の隣に立つ十字架のあしらわれた服装の女もポツリと小さい声で呟く。
「金の冠……売っていいか」
「駄目に決まってるだろうに。返すの」
「君も『盗賊』だろうに、何だその無欲さは」
 信じられん、と蔑むような目で女は言った。ややうんざりした顔で男は口を開く。
「だから俺さんは『盗賊』は『盗賊』でも主に困っている人の依頼を受けて割と自己満足な善行をする、対盗賊専門の『盗賊』なの」
「君のその妙に開き直った態度は原点に立ち返って胡散臭い。端的に言ってこの純粋に金銭欲にまみれた僕より臭い。臭うぞ」
 男は、開き直ってるのはお前さんもだろうに、と思いながらまともに言い返すのが面倒になったのか、ポリポリと頭を掻く。
「あぁ……やれやれ。どうしたものか」
 そこへ自棄になった盗賊の一人が襲いかかって来る。
「てめぇらそこで余裕こいてんじゃねぇぞ! 死ね!」
 大振りな動作で盗賊は剣を女に振るうが、
「いや君が死んでくれ」
「ひァ!?」
 女は爆発的な勢いで身の丈程の酷く重い鉄の棍棒を振り降ろし、鈍い破砕音と共に盗賊を剣ごと床に叩きつぶした。
「……容赦無いな……」
「どれどれ、金目の物は……。あぁ、少し潰しすぎたな」
 女は男の言葉を意に介さず、しまった、と言いながらも全く後悔はしていない素振りで沈黙した盗賊の体から金目の物を漁り始めた。
「…………と…あっちはそろそろ終わるか」
 本当にお前さんは聖職者なのか、と男は女の様子をしばし眺めながら、ふと前に目を向けると、虐殺されたかのような血に染まった姿の二人の盗賊は床に倒れ伏し、大斧を手放して満身創痍の大男は完全に怯えきった様子で地面に情けなく尻をつき、少女に弁明をしているところだった。
「もう二度とこんなことはしない! 金の冠は返すから、見逃してくれ! な、な!」
「なら返して。最初からそうしてくれると助かったよ」
「あ、ああ!」
 コクコクと頷き、大男は袋から金の冠を取り出す。そこへツカツカと金目の物を漁り終え、身ぐるみ剥がれた盗賊の体を片手でズルズル引きずりながら女が近づいてきて命令染みた口調で言う。
「そこの君。僕のために他の金目の物ももののついでに全部出せ。というかその袋ごと置いていけ」
 ふざけるな、と大男は声を荒げる。
「なっ、何だと貴様!」
 一段と冷たい表情になった女は見るに耐えない盗賊の体をどさりと床に放り、
「カンダタ君。断られると僕はつい止めを刺してしまいそうでね」
 瞬時に盗賊の血で濡れた棍棒をカンダタの首元に突きつけて微妙な力加減でその巨体を押さえて言った。
「ひぃ!」
 カンダタの顔が恐怖に歪むと、女は口元を僅かにつり上げ、皮肉気に見下ろして言う。
「……だがまぁ僕は見ての通り聖職者だ。幸い最低限の慈悲の心ぐらいは持ち合わせている。そこらにくたばっている君の部下達をこの場で蘇生させてやらんこともない。但し、そのためには僕は金目の物が無いと……こう、どうしても駄目でな……。ところで君は部下を見捨てて一人だけ逃げるような性根腐りきった盗賊かな?」
「わ、分かった! 分かったから、言うとおりにする!」
 仰向けの状態で両手を上げてカンダタは降参した。
「君のように聞き分けの良い人間は実に良い。さて、こういう時盗賊専門の盗賊とやらの出番ではないのか? 僕は手を滑らせないようにするのに忙しいので代わりにやってくれると助かる」
「……あいよ」
 男は半ば悟った様子で手早く沈黙した盗賊の一人から金目の物を漁り始めた。すぐに少女がもう一人の盗賊の側に屈み、男に声を掛ける。
「テッド、私も手伝う」
「そいつは助かるが……『勇者』として良いのかい?」
 テッドと呼ばれた男は少し思うところある様子で尋ねると、少女は作業をしながら淡々と答える。
「『勇者』の役目は魔王を討伐すること。それ以外のことは『勇者』という存在の私ではなく、ただのアルスと云う存在の私が自分で決める。だから私はテッドの手伝いをする」
「ほ……そうかい」
 フッとテッドは微笑んで、アルスと共に作業を終えた。アルスが女に声を掛けながら立ち上がる。
「終わったよ、シスト」
「良し、約束通り復活させよう」
 シストと呼ばれた女はそうあっさり言って、カンダタをアルス達に任せ、身ぐるみ剥がれた三人の盗賊に蘇生呪文『ザオラル』を掛けて行く。呪文が成功すると、対象の余りに酷い外傷はあっと言う間にほぼ元通りに修復した。三人の盗賊は復活して意識を取り戻すと、それぞれアルスか又はシストを見るとガタガタと震え上がり、酷い心的外傷の症状を見せた。しかし全く同情の目を向けることもなく、鉄の棍棒を構えたシストは「君達にもう用はないから纏めてどこかに行ってくれ」と有無をいわさず強制移動呪文『バシルーラ』を唱えると、カンダタ達は叫び声を上げて塔からどこかへと飛んでいった。テッドが遠い目をして言う。
「何というか、親切なことだな……。さて、俺さん達もロマリア王の依頼を完遂と行きますか」
「相手が国の王ならば、ただ金の冠を返してそれで終わりということはよもやあるまい。果たして報酬は、金はどれほど貰えるだろうか……」
「行くよ」
 ぶつぶつと独り言を呟き始めたシストにアルスは軽く声を掛け、三人は移動呪文『ルーラ』でロマリアへと跳んでいった。





 ※

 ※

 ※

 重苦しく分厚い雲が空を覆い、酷く乾いた冷たい風が吹き荒ぶ。かつて精緻な石造りの建物群だったそれらは最早残骸へと無惨に姿を変え、周囲には草木の一本も無い灰色の世界が広がり、その所々に血の固まった色が際立っていた。生気を失った目には流れ尽くした涙の乾いた跡が残り、地に膝をつき呆然とした一人の少女の元に来訪者が現れる。
「さあ、ルビス、その魂を代価にして、君は何を願う?」
 白色の四足動物の躯のその存在は、無機質な赤い双貌で少女を見据え、そう語りかけた。風の音だけが響き、幾ばくの時間が経った。
「こんな……こんな世界じゃない」
 少女が不意に呟き出す。
「……こんな世界とは違う、私はっ」
 両手で地面の砂をきつく握りしめ、

《《 私の想う世界の神になりたい! 》》

 強烈な意志を宿した目をして声を上げた。
「!」
 少女の体躯からは途方も無い光の奔流が迸り、その勢いが急速に膨張して行く。
「その祈りは――君は、本当に神になるつもりかい?」
 少女の躯から真っ直ぐに伸びた光は空を覆う雲に巨大な穴を穿ち、青い空が姿を覗かせた次の瞬間。一際鮮烈な光に全てが埋め尽くされた後、そこに少女の姿は無く、中身が空っぽの無色透明の卵形の枠だけが虚しく残った……。




 ※

 ※

 ※

 ロマリアから海沿いに西の方角へと延々と進み続けた先にはポルトガへ抜けるためのロマリアの関所が存在する。道すがら、シストが不意に尋ねる。
「時に、ポルトガに行くと言うが、あの関所は特別な鍵が無ければ通れないと聞いた。どうするつもりだ」
「そうなの?」
 アルスも見やると、テッドは軽く答える。
「確かにその通りだ。だが、ものはやりよう。この自称凄腕『盗賊』の俺さんの開錠技術を以てすれば関所の扉ぐらい開けられる」
「へー」
「……それはお手並み拝見だな」
 含みを持たせるようにシストが言うとテッドは飄々と返す。
「そこは期待して良い。それにしても、お前さんが付いてくるとは。てっきり金は貰ったからロマリアでさよならかと」
 シストは口元をつり上げて堂々と言い返す。
「フ。君こそカンダタ君から金の冠を奪還するためにアルス君とパーティーを一時的に組んだだけにすぎなかった筈だろう」
「……アルスのお陰でロマリア王に直接謁見して正式な依頼を受けられたことでロマリア王との繋がりを得られた上に、多少なりとも対盗賊専門の『盗賊』として俺さんは箔が付いた。今度のはその礼みたいなものだよ。大体お前さんなんてアルスに俺さんが話をしている所に『君達、金の話をしているのか? 僕も混ぜろ』と勝手に話に突然割って入ってきたんだろうに……」
 テッドは粘り強く説明をしてシストには皮肉を吐いたが、当のシストは開き直って言う。
「金の話なのだから至極当然。それにだ。乗りかかった船というか、まぁ、これからポルトガで船に乗るというのだろう。船に乗りかかるどころか実際に船に乗るわけだ。僕は興味がある」
「は……そうかい」
 呆れを通り越して悟ったようにテッドは短く応答した。
「二人共、仲良いね」
 アルスは二人の様子を見て、そう評した。


 それからというもの、長い道中野宿を繰り返し、一行は遂に関所にたどり着いた。
 アルスが関所の扉に触れて言う。
「……本当だ、鍵掛かってる」
「さぁ、俺さんの出番だ。任せてくれ」
 テッドが開錠道具と思われる物を手に颯爽と扉の前に躍り出た。そして開錠を始めると物の数秒で呆気なく扉は開いた。
「ほい開いた」
 殆ど苦も無く開き、感慨を覚える間もない雰囲気に、逆に冷めた様子でシストは訝しげに疑問を呈する。
「……君は本当に『盗賊』なのか?」
 テッドは真顔で即座に切り返す。
「正真正銘『盗賊』さ。お前さんこそ本当に『僧侶』か怪しいように思うが?」
 シストは一笑に伏して言う。
「は。どこからどう見ても僕は『僧侶』だろう。まぁ、アッサラームの教会から追いだされたのは事実だがな」
「……あぁ……それは何て言うか、大変だったな……」
 お前さんなら正直追い出されても仕方ないな、という面もちでテッドは一応適当に気遣うように言った。シストは満足気に返す。
「良いぞ。その調子でもっと僕に気を使え」
「……お前さん、やっぱり追放されても仕方ないな」
 気遣うのがあほらしくなったテッドがそう小声でぼやくと、アルスが先へと促す。
「ほら、先行こう。開けてくれてありがとう、テッド」
「ああ。どういたしまして」

 関所の長い地下通路を抜けるとそこは既にポルトガの領域。出現する魔物もロマリア大陸よりも手強い物が多いが……。
「君達、そこを退け。邪魔だ」
 身体速度強化呪文『ピオリム』を発動するとシストは猛烈な勢いで魔物達を棍棒で叩き潰し、同じく『ピオリム』の効果を受けたアルスも電光石火の勢いで魔物を幾重にも斬り付け、一行には魔物など恐るるに足りなかった。
 その二人の無双をやや距離を置いた所から見守るようにしていたテッドは、どっちが魔物なんだか……というには言い過ぎか、と思いながらも、まあ楽で良いと適当に戦闘をこなし、ポルトガへと南下を続けた。
 特に目立った障害も無いものの道中慣れたように野宿を繰り返しながら、無事一行はポルトガに到着した。時は既に夕刻、そこでアルス達はひとまず宿に寄った。久しぶりのまともな食事を取りながらアルスが一人、ふらりと宿屋の主人に役立ちそうな話を聞いた所、
「何でも王様は東方にある黒胡椒ってもんを大層ご所望らしい。もしそいつを献上すれば何か褒美が頂けるだろうな」 
 という情報を得て席に戻ってきて二人に尋ねる。
「黒胡椒ってどういうのか知ってる?」
「んー」
 テッドは唸ると何気なく足下の自分の袋を漁りだし、
「……これの事だな」
 黒胡椒の実物の入った小袋を取り出した。何の気無しにアルスは小袋を受け取って感心して覗き込み、
「へぇー。これが黒胡椒な……なっ、は、は! はぅ!」
 言った側から口を押さえてくしゃみをした。そこで黙々と食事に集中していたシストは急にピタリと手を止めて喰らいつくように突っ込みを入れる。
「いや待て。何故君が黒胡椒を持っている」
「そりゃ、俺さんがバハラタに行った時に買ったからだ。他所では珍しいって言うから記念に」
 テッドは肩を僅かに竦めて返すと、シストが追求を続ける。
「なに? ならどうやってバハラタに行った。アッサーム東のバーンの抜け道はとうの昔に閉じられた筈だ。君は前にも船に乗ったことがあるのか?」
「まあ船に乗ったことが無い訳ではないが……この前通ったロマリアの関所あるだろう。あそこの通路の途中にあった閉ざされた扉の先には実は旅の扉があるんだが、そこはオリビアの岬という……地図でいうと……ここだ。ここに繋がっている。ここからひたすら時間を掛けて南下した所にバハラタがある。……納得したか?」
 地図まで出して丁寧にテッドが説明して見せると、シストはようやく納得したのかぶつぶつ呟き始める。
「……嘘ではないようだが、なるほど、旅の扉……旅の扉か。……大したものだ」
「そういうことだ。ポルトガ王が黒胡椒をご所望というのなら交渉は楽になることを期待したい。となれば、アルス、そいつはお前さんが持っとけ」
「……良いの? 貴重なんでしょ?」
 アルスが渡されたままの手の上の小袋とテッドを交互に見て尋ねるとシストが割って入る。
「そうだ。君、寧ろ僕に渡せ。黒胡椒といえば、一粒がそのまま金一粒に匹敵するとか。さあ、さあ!」
 身を乗り出して両手を付きだして迫るシストにテッドは上体を完全に引き、諦めた様子で手で制する。
「ぁーはいはい。そんなに欲しいなら、機会があればバハラタに案内してやるから今回は抑えろ」
「言ったな? 君、絶対だぞ。絶対だからな!」
 人差し指を勢いよく二度三度とシストはテッドの鼻面に突きつけて念押しをした。
「あぁ、俺さんは約束はきっちり守る律儀な人間だから安心して良い。ほら、お前さんは遠慮せずもっとけ」
「……うん。ありがとう」


 ……そして翌日。
 アルス達は城に向かい、ポルトガ王と謁見することとなった。アルスは王座の前に片膝をついて伺いを立てる。
「ポルトガ王、魔王討伐のため、私には自由に使える船が必要なのです。どうかお力を貸して頂けませんか」
「ふむ。……遙か東の国では黒胡椒が多く取れるという。東に旅立ち東方で見聞したことを報告せよ。胡椒を持ち帰った時、そなたらを『勇者』と認め船を与えよう」
「恐れながら、ポルトガ王。黒胡椒ならば既に持っております。こちらを」
 言ってアルスは黒胡椒を取り出して見せた。ポルトガ王は目を疑う。
「……なに? 大臣、確認を」
「はっ。……殿下、た、確かにこれは黒胡椒に間違いありません」
 アルスから受け取り、小袋を確認した大臣が報告すると、ポルトガ王は目を見開く。
「なんと。……しかしバーンの抜け道はとうの昔に封印されたままの筈。何故そなたが……」
「その黒胡椒はこの私の仲間、こちらのテッドが以前にバハラタに立ち寄った際、得たものなのです」
「……ふむ、多少拍子抜けではあるが、方法はどうあれ確かに黒胡椒に相違無い。今儂はこの上無く機嫌が良い。……良かろう。大臣、この者達に船を与えよ」
「畏まりました」
「感謝します、ポルトガ王」
 アルスは深々と頭を下げて言い、大層満足した様子でポルトガ王は頷いてテッドを見て命令する。
「うむ。して、テッドと申したか、そなたは儂の元で東方で見聞したことを聞かせよ」
「はっ。喜んで」


 かくして、船を得ることができたアルス達はすぐさま出航の準備に取りかかった。旅立ちの準備が整うまでの数日の間に、港町は『勇者』アルスが王様から許可を得て魔王討伐の船旅に出るという噂で持ちきりになった。
 そんな噂を聞きつけてか、出航の日取りも近くなってきた頃。
「俺を、俺も旅に連れていってください、危険は承知です。どうか、どうかお願いします!」
 アルス達の元にハッテンという名の若い商人はやってきて口早に名乗って早々、やたら必死に頭を下げて懇願した。真っ先にシストが言葉を返す。
「君、動機は何だ?」
「実は俺、どうしても伝説の黄金の国、ジパングに行ってみたいんです!」
 ハッテンは澄んだ目を輝かせて言うと、シストは大いに動揺し、黄金という単語にまみれた目を煌めかせ、
「な、黄金の国……だと……? 君、採用だ。僕が許可する」
 ハッテンの肩に手を置いて言った。
「本当ですか!?」
「ああ、何と言っても黄金の国だからな! 断る理由などあるまい!」
 ふははは! と笑いながらシストは景気良くハッテンの肩を凄い力で何度も叩く。
「あっ、ありがとうございます! 実はもしジパングに行くことができたら考えている商売があるんですが」
「何、金になりそうな話だな。詳しく聞こうか」
「はい! 実はですね……」
「ほう」
 完全に自分達の世界に入ってしまったシスト達を傍目に、テッドはアルスに話しかける。
「強欲僧侶殿が勝手に話進めてるが、放っといて良いのか」
「……彼は、彼が行きたいと言っている。私は彼がこの船に乗ることで困りはしない。ただ、この先ジパングに行き着くかどうかはまだわからないけど、それで良いなら構わない」
 アルスは淡々とまるで風景を眺めるかのように答えた。
「……そうかい」


 そして出航の時。
「待っていろ僕の黄金の国ジパーングッ!! ホァァッー!!」
「いつからジパングはお前さんの国になった……」
 船の舳先に仁王立ちになって盛大に奇声を上げるシストに、聞こえない声でテッドはぼやいた。





 ※

 ※

 ※

 この世とは違う、異世界の名をアレフガルドと云う。
 精霊ルビスが創り出したその世界はかつては豊かな自然に溢れ、様々な生物の住まう楽園だった。そしていつしか人間は村を、町を、国をつくり、目覚ましい繁栄の時代を迎えた。しかし、その時代が延々と続く事は無く、異変は唐突に訪れる。
 突然地の底から這い上がるように現れた深淵の闇は空を覆い尽くし、世界は悠久の闇の世界へと瞬く間に変貌を遂げた。瘴気の立ちこめる霧からは徐々に魔物が姿を現し始め、それまでアレフガルドに住んでいた者達を襲い始めた。希望に満ち溢れていた世界は一転して混沌と絶望に包まれ、強力な魔物に対しあらがう術を持たぬ人々は次々に命を落としていった。
(……誰か……誰か……!)
 闇の力によって封印され、精霊ルビスの意識は途絶えた。
 一つの世界を創造するに等しい希望が遂げられた。
 それは即ち、一つの世界が終わらせられるほどの絶望がもたらされることを意味する。




 ※

 ※

 ※

 バハラタにて。
「黄金の国ジパングなどという名ばかりの未開の島にはがっかりさせられたが、当初の予定とは違うが黒胡椒の力、まさかこれ程とは。そこの我が忠実なる下僕達よ! 働け働け! 貴様等の担いでいるものは胡椒ではない、金そのものだ! ハッテンの元に送り届けたならば、今回の稼ぎの七割を貴様等にくれてやろう! ふは、ふはははは!」
 シストは超絶好調で脅威の象徴である鉄の棍棒を頭上で振り回して叫びながら、忠実なる下僕達をこき使っていた。
「ぱぁぁぁぁ!」「ふぉぉぉ!」「やるぜぇぇぇ!」
「シストの姉御、一生付いて行くぜぇぇ!」
 大量の黒胡椒の入った袋をせっせと運ぶ下僕達の正体といえば全員職業をダーマ神殿で『盗賊』から『商人』に転職させられたがそれなりに充実している様子のカンダタの元子分達であった。


 ……遡ること幾月、ポルトガからの出航の日まで。
 当初船はポルトガから一路南下していたが、数日間強烈な西風に煽られ、一行はスー大陸の東端の長閑な平原に到着してしまった。その際、そこに住まう老人から町を造りたいという話を聞かされ、ハッテンとシストは商売と金の臭いを感じ取り勝手に協力を約束して再度一行は進路を修正し直し、南下を開始。
 テドンの村に寄ち寄り強烈な心霊体験をしつつもグリーンオーブとオーブを捧げるためのレイアムランドについての情報、魔王の居場所がネクロゴンドの山奥にあるという情報を得て、そのまま陸沿いにテドンの岬を回った。その後、シストが執拗にジパングへの道程を急いだため、意外にもバハラタには寄らずに一行は極東の島国ジパングの西端に上陸した。

「遂にたどり着いたぞ僕の黄金の国! 黄金、黄金、黄金はどこだァー!」
「ここが黄金の国ジパング! まさかこれほど順調に到達できるとは猛烈っ、感動っ!!」

 ……しかしシスト達が期待に際限無く夢膨らませ、喜んでいたのも束の間。黄金の国などと言う割にはいけどもいけども、どこもかしこも未開の山、山、山ばかり。伝えられているような栄えに栄える黄金の国が存在する痕跡すら欠片も見つからなかった。期待の反動の分だけ心底意気消沈し、シストは燃え尽きたかのようになったが、ふと、テッドと以前約束したことを思いだし、一転して一度西に引き返したいと駄々をこねだし、バハラタへと舵を取った。
 着いた途端、すぐさま黒胡椒を扱っている商店へと向かったものの更なる不運がシストを襲った。
「何故だ、僕が何か悪いことしたとでも……。何故に、休業中。一体何がどうして……」
 店の前で再度真っ白い灰になって地面に膝を落としたシストをアルスとハッテンが優しく宥めるのを余所に、仕方ないな、とテッドは一人町に情報収集へと繰り出した。
 テッドは町の川辺で商店の主を見つけ、事情を聞いてみると、店主の孫娘であるタニアが北東の洞窟に根城を構える悪党にさらわれてしまい、その婚約者であったグプタという若者までもが助けに向かったきり戻ってこず、店をやっているどころなどではないのだという。
「何と言うことだ、おのれ悪党、許すまじ。良し、善は急げ、そいつら殺しにいこう」
 さながら幽鬼のごとく、完全な無表情でそう言って鉄の棍棒を手にゆらりと取り立ち上がり今すぐにも駆けだして行きそうな雰囲気のシストに、テッドは慣れたように突っ込みを入れる。
「行動が早いのは良いが、せめてそこは人助けに行くとでも言ってくれ」
「……いずれにせよ人さらいは放ってはおけない。私も行く」
「お、俺もついて行きます! これまでの船の旅、ただ荷物になってた訳ではありませんから!」
 アルスとハッテンも立ち上がり、それを受けてテッドも頭を掻いて立ち上がった。
「やれやれ……ま、人さらいはどう考えても駄目だな」


 そして北東の洞窟にて。
 洞窟内を探索することしばし、悪党のアジトに続いていると思われる階段を発見。そして先へと進むと、見張りと思われる盗賊の姿を見つけ、先頭を歩いていたシストはづかづかと近づき迷わず声を掛けた。
「君、頭はいるか」
「何だお前ら、頭なら今は留守だ」
 訝しげな目で盗賊が答えると、シストはさらりと無茶な要求をする。
「そうか。まぁ留守なら留守でも良い。君、そこを通せ」
 盗賊はその態度に顔をしかめ、声を荒げる。
「ぁん? てめぇ何様だ? 調子乗ってんじゃねぇぞ!」
 そこにもう一人盗賊が近づいてきて声を掛け、
「おい、何だ騒がしい……。ん……?」
 その盗賊の表情はぴしりと凍り付いた。シストは僅かに首を傾げると、思い出したように口を開く。
「おや君はカンダタ君の部下の……そうか、そういうことか。やあ、部下君、実に元気そうだな」
 気さくな挨拶とは裏腹に、シストの慈悲のかけらも見えない、色々な恨みに染まった表情に変貌し、その顔に強烈な見覚えのあった盗賊は、

「ぎゃぁぁァぁァアー!!」

 絶叫とほぼ同時に断末魔の声を上げた。
 それから間もなく、アジトに待機していた他の盗賊達も徹底的に、主にシストにやられ、皆返事のないただの屍になった。戦闘に参加する暇も、その必要もなく、終始見ていただけだったハッテンの顔色が絶不調になっているのにテッドは気がついて声を掛けた。
「顔色悪いぞ。大丈夫か、ハッテン」
「だ、大丈夫……です……はは。は……う」
 そう声を絞り出してハッテンは立ったまま気絶した。
「……ま、確かにこの惨状ではな……」
 テッドはアジトの中を見回して呟き、ハッテンをアジトの椅子で休ませて面倒を見ることにした。
 一方、アルスとシストは奥の牢屋でグプタとタニアを発見して助け出してテッドの元に戻ってきたが、まともな声も上げずに二人も卒倒してしまった。
 どうしようもない空気が漂う中、テッドはシストに皮肉を吐く。
「……お前さんはもう少し配慮というものを覚えた方が良いかもしれないな」
「善処しよう」
 そしてそのままアルス達はカンダタがいないならいないで帰ろうとした、矢先。
「おや、カンダタ君、お帰り。久しぶりだな」

「ぬぼあァァァァッー!!」

 再びアジトにはその主の野太い断末魔が木霊した。


 それから、少しばかりの紆余曲折を経て……。
 カンダタの部下達はシストの忠実なる下僕となり、ハッテンとシストは黒胡椒を商売の資金源とすることを考えつき、スー大陸の東端の地に本格的に町を興す計画を進めること決めたことも相まって、彼らは従順なる労働力としてこき使われることとなったのであった。




 ※

 ※

 ※

 遙か遠い昔の日のこと。全ての災厄はネクロゴンドの奥地、ギアガの大穴より始まった。異世界アレフガルドと繋がったことにより、この星にも魔物が蔓延るようになったのである。そして瞬く間に魔物はその勢力を伸ばし、人類はそれまで有していた生活圏を次々に失っていった。
 この人類未曾有の危機に、最初期の僅かな期間に密かに立ち上がった者達に『魔法少女』という存在がいた。彼女達は『契約』により得た魔法の力を振るい、元々この星に古くから存在していた『魔女』やその『使い魔』ばかりか、対処に急を要する新たな脅威となった『魔物』を相手に壮絶な戦いを始めた。
 しかし、激しい戦いの中、当時の魔法少女達は瞬く間に全滅した。彼女達の頭数は元々それ程多くなく、そもそも『異星生命体インキュベイター』が造り上げた魔法少女に関連する一連のシステムには魔物の存在など予定されていなかったのだから……。
 計り知れない影響を受けたのは人類だけではない。『異星生命体インキュベイター』にとってもこの事態は完全に想定外。

『奇跡』『契約』『魔法少女』『ソウルジェム』『魔女』『グリーフシード』

 ただ一つ、宇宙の寿命を伸ばすがためにQBの構築した生命体の感情エネルギーの回収システムは原理的には、人間の個体数が多ければ多い程効果が上がる。だがアレフガルドから出現した魔物は当時の魔法少女を全滅させた上、その勢いを止めること無く、QBがこの未曾有の事態への対策を打ち出す間に、人類の総人口も激減させてしまった。
 それまで長い時間を掛け順調に感情エネルギーを収集していた筈だったQBはギアガの大穴を通り、闇の世界アレフガルドへと調査に乗り出した。




 ※

 ※

 ※

 祭壇の周囲には業火が煮えたぎり、そこには無表情の少女がその手に握る鋼の剣を一方的に対象に向けて延々と振るっている姿があった。端からは猟奇的にも見える、少女は一心に剣を振るい続け、その手加減無しの衝撃に、対象も流石に時々目を覚ましかける。
「ぐぉぁぁ」
 が、少女は左手の指を突きつけて一つ唱える。

《ラリホー》

 すると再び対象は意識を喪失してしまう。
 この状況を簡潔に評するならば、

『魔王バラモスを時々眠らせては後は死ぬまで刺すだけ』

 ……という所。
 程なくして、バラモスは断末魔の台詞の一つも吐くこと叶わず意識を失ったまま体が自然発火して燃え尽きて行った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 やっと一心地ついたのか、アルスは何度も大きく息を吐いた。
 そこへアルスの足下に白い生物が現れ、アルスの頭に直接語り掛けてくる。
「お疲れ様アルス。これでバラモスは消滅した。残るはほぼ大魔王ゾーマだけだ」
 アルスは特にどうということもなく足下を見やり、頷いて返事を返す。
「分かってる、キュゥべぇ。私が必ず魔王を倒すよ」
「期待してるよ。……ところで折角仲間がいたのにわざわざ一人で倒しにくることも無かったんじゃないのかい?」
 アルスは気まずそうに答える。
「……皆には……見せたくなかったから。それに一人と違って、皆とここまで来ようと思ったらずっと時間が掛かってしまったと思う」
「急ぎすぎる必要はないよ。『契約』を果たす過程は君の自由だ」
「うん……」
 淡々とQBは続ける。
「もちろん、君がそれで良いというなら構わないよ。ただ一つだけいっておくと、バラモスと違って大魔王ゾーマとの戦いは、君の仲間の力も借りた方が長い目で見て寧ろ時間が掛からずに済むと思うな」
 それを聞いてアルスは少し目を見開く。
「そうなの?」
「僕らが見てきた経験から言えば、ゾーマには一切の攻撃呪文、補助呪文が効かないし、君の今のレベルのままでははゾーマの直接攻撃はともかく、それ以外の攻撃を避けるのも、それに耐えることも難しい。君には確かに『勇者』の『契約』の力があって、使い方次第によっては今のように一人で一方的に倒すことも可能だけど完全に万能ではない」
 QBの説明にアルスは少し浮かない顔になる。
「うん……そう……そっか。で、でも、ならキュゥべぇ。私一人でバラモス倒したせいで、一人でバラモスが倒せるならゾーマも一人で倒しに行ったらどうだって言われるかもしれないよ……アリアハンを出る時みたいに……どうしよう……」
「君は元々一人でバラモスが倒せると思ったから仲間と自分から別れて一人でここまでバラモスを倒しに来たんじゃないのかい? それに繰り返しになるけど、時間を掛けて成長しさえすれば、君なら一人でもゾーマを倒すことはできるんだ。どうしたらいいか、それは君もいつも人に言ってるじゃないか」
 アルスは手を胸に当てて握りしめ、その目は少し潤み出す。
「私は……私はできれば……。ううん、できれば、とかじゃない。元々、皆の力を借りようとせずに、私から一人で行動する事を決めたけど、本当は、皆と一緒に行きたかったんだ……。何で、勢いでこんな事したんだろう……虚しいだけだよ……」
「アルス、さっきのことが心配なら今回の事を全部君の見た『選択し得る未来の一つ』として『回帰』すれば良い」
「うん……そう…でも、あの時の選択を無かった事にするのは卑怯な気がして……」
「それを言ってしまったら君の戦いは殆ど卑怯ばかりということになるよ」
 QBの指摘に、アルスは言い訳に詰まる。
「……だってそうしないと……」
 QBはアルスの足下をゆっくり歩きながらこんこんと話し始める。
「そうだね。『契約』の力がなければ魔王討伐は困難だ。それ程のことを君は成し遂げようとしている。君が『回帰』することは今この時を無かったことにすると捉えられるけど、客観的な事実を言えば、その認識主体である今の君は『回帰』した瞬間に消滅する。今の君からすれば今の君は『回帰』後の君に『回帰』すると言える一方で、『回帰』後の君からすれば『回帰』後の君は今の君の記憶を『夢』という形で強制的に引き継がされるとも言える。これを客観的に捉えれば、今の君と『回帰』後の君は確かにその身体は同一の物ではあるけど、その精神は厳密には同一人物とは言い切れない。『回帰』するかどうかを選択するのはあくまで今の君であって『回帰』後の君には、今の君が決定する『回帰』するかどうか決める選択のしようがないからね。『回帰』してしまえばその時点において、今現在の時空連続体はそもそもまだ起きるかも不確かな、その実現性も酷く不安定な可能性でしかない。それは僕らにすら認識は不可能だ。気にする必要はないよ。その力を含めて君は君だ。魔王討伐以外は君の自由。それが僕らとアルスとの『契約』だからね」
「何か、少し分からなかったけど……何となく分かった……気がする。ありがとう、キュゥべぇ。やっぱり私、戻るね」
 そうアルスがQBに柔らかく微笑んで言った次の瞬間。


『回帰』したアルスの目の前の景色は一瞬にして船の上に変化した。
 アルスはシストとテッドの元に近づくと、控えめに尋ねる。
「シスト、テッド、聞いて欲しいことがあるんだけど良いかな……?」
「アルス君、どうした?」
「何だ、お前さんが急に改まって」
 怪訝な表情の二人に、アルスは曖昧に口を開く。
「えっと……私、魔王討伐をするつもりなんだけど……」
「あぁ、そいつは知ってる」
「ああ、それは僕も知っている」
 で? という反応の二人にアルスは恐る恐る口を開く。
「……う、うん。それで、シストとテッドにお願いがあるんだけど、私、二人と一緒に魔王討伐に行きたいんだ。二人は、どうかな……?」
 その問いに、二人は意外そうに沈黙した。アルスが取り繕うように言う。
「やっぱり駄目、だよね……」
 すると唐突にシストがぱかっと口を開いて話し始めた。
「いや、僕は寧ろ、君がまるで僕が魔王討伐にはついていかないと今の今まで思っていたかのようなのが意外だ。以前、僕は乗りかかった船だと言った記憶があるが、あれは言葉通りの意味だ。既に乗りかかるどころかこうして船にも乗っているが、大体魔王討伐なんて、そんな一見金になりそうにないが、少しだけ頭を働かせて見ればどう考えても金になりそうな話、それに僕が乗らない訳が無いだろう。よもや魔王を討伐して途轍もない褒美が貰えないということはあるまい。ふは! ふははははは!」
「シスト……」
 軽く妄想の世界に入って笑い声をあげるシストに、思わずげんなりしてテッドも話し始める。
「全く、この僧侶はぶれんな……。アルス、正直な所俺さんはお前さんとそろそろ別れようかとも思ってた。それというのも、お前さんは恐ろしく強い……と思っていたからなんだが、どうやら意外とそうでも無いのか何なのかな。……いずれにせよ、俺さんは困っている人の依頼を受けて割と自己満足な善行をする『盗賊』だ。お前さんが俺さん達と一緒に魔王討伐に行きたいと言ったからには、俺さんはお前さんの魔王討伐とやらに付いていくよ」
 それを聞いて、アルスは目を潤ませて感謝する。
「……あ、ありがとう。シスト、テッド……本当にありがとう」
「……何でそんな泣きそうな顔になる」
「恐らく嬉し泣きという奴だろうな」
 真顔でシストが言ったが、
「あぁ……それは、言われなくても分かる」
 そういうことじゃなくてな……とテッドは額に手を当てて呟いた。




 ※

 ※

 ※

 かつてこの星に途方も無い因果律を持って生まれた少女ルビスの唱えた願いは確かに実現していた。QBとの契約の折、ルビスの魂はシステムの原則から完全に外れ、ソウルジェムに閉じこめられることなくルビス自身の『想像』により『創造』されて生まれた異世界に転移し、精霊と化した。この一つの世界を創り出すという紛れもない奇跡の一方で、世界の深淵からはそれと対になる大いなる絶望が呪いとして生まれ、アレフガルドの世界そのものに跳ね返ることになった。その現象が大いなる絶望の具現化した『大魔王ゾーマ』の顕現である。
 斯くして、ルビスの願った奇跡と対の大いなる絶望はアレフガルドを覆うだけに止まらず、世界の境界すら破壊し、現世にまで浸食を果たした。
 そして、感情エネルギーの回収上、QBはそれまでの回収方法を変更するのが合理的と判断し、急速な人口の減少を食い止めるべく、ルビスが封印される前にアレフガルドにおいて基礎を築いていた独自の契約システムを元に新たな契約システムを構築した。
 汎用性の重視されたその契約システムはそれ以前のシステムよりより多くの人々を対象とし、それまでの魔法少女に近くはあるが、それよりも簡易的な戦闘能力のみを契約によって人間に付与することを目的とし、人の願いを、奇跡を叶えることが無い。
 QBは魔法少女が契約時に唱える願いを誘導し、魔物が消滅するような願いをさせなかった。魔物はルビスの実現した奇跡によって発生した大いなる絶望の具現化した存在であり、これを打ち消すだけの奇跡を成すためにはルビスが有していた以上の因果律を有していることがその実現のための満たさなければならない条件であり、現実にはその時点においてそのような対象となる少女は存在せず、また、これから近いうちに出現する保証もなく、そもそも限りなく実行が不可能に近かった。仮にそのような対象がいれば、従来の契約を行い、感情エネルギーを回収した後、この星をそのまま去れば済んだのであろうが。
 とはいえ、QBにとってシステム変更がデメリットばかりという訳ではなかった。そもそも魔物はルビスの叶えた奇跡の代償に相当する絶望に端を発して生まれている。ルビスが生み出した膨大な感情エネルギー、そして更には大魔王ゾーマ自身が新たに吸収し続けている世界全ての人間が発する絶望の感情エネルギーの、至極微細な極一部をそれぞれの魔物は有している。
 そして契約を成した者は魔物を倒した際に、魔物の持つ絶望の感情エネルギーを再度相転移させて希望のエネルギーとしてその魂に蓄積することで定期的に成長し、有り体に言ってしまえば『レベルアップ』していき、QBはその絶望から希望へ相転移する際に発生するエネルギーを『契約者』から『契約』の対価として回収できるようになった。
 大魔王ゾーマの出現により尋常ではない数の人間が死亡したが、その人々が死亡するまでに放った絶望の感情はゾーマが喰らい尽くしているため、それを再回収する側の人間が深刻に不足している状況ではあったが、QBとしては地道に新たな方法で回収を進めれば良いだけではあった。ある意味、限りなく怪我の功名に近い何がしかではあったのかもしれない。




 ※

 ※

 ※

 祭壇の周囲には業火が煮えたぎる中、余りにも一方的すぎる戦闘、否、最早ただの虐殺が行われていた。
「これは中々に叩き甲斐のあるカバだな」
 心なしか上機嫌な様子のシストは棍棒を容赦無く振り降ろしては、その都度、鈍く重い打撃音が鳴り響く。
「ぶるぁぁ!」
 手加減無しの会心の連撃に流石のカバも衝撃で目を覚ますが、
《ラリホー》
 シストと同じように容赦なく、稲妻の剣を振るうアルスが催眠呪文をタイミング良く唱えるとカバは必ず意識を失ってしまうのだった。
「これは何というか……なぁ。やまたのおろちの方が強かった気が……まぁ、正直、大差ないか……」
 緊張感は無くはないが、それでもどう考えても締まらない空気感を肌に覚えながら、テッドは二人と一緒になって斬撃をバラモスに与え続けていき、あっと言う間にカバは断末魔の台詞の一つも吐くこと叶わず意識を失ったまま体が自然発火して燃え尽きた。地下の広間の光も失われ、周囲は薄暗い場所に早変わりする。
 シストは真顔であたりを見回す。
「……実に呆気ないな。まぁカバだから仕方ないか。魔王バラモス……一体どこにいるのだ……」
 ふざけているのか、本気なのか分からないその素振りにテッドは突っ込みを入れる。
「死人に口無しとはいえ、お前さんは今倒したカバをバカにしすぎだよ」
「だがカバなのは事実だろう。『ラリホー』に対する抵抗力が無さすぎるなど、これを魔王というには致命的な欠陥だろうに」
 口ほどにもない、と言いながらもシストはアルスを一瞬だけ見て言い、テッドはそれに適当に相槌を打って、妙に息切れし、緊張の解けた様子のアルスに声を掛ける。
「それは確かに否定のしようも無いが……まぁそれは置いておこう。アルス、その様子だとこれで終わりでは無さそうだが……どうだ?」
 余り浮かない顔でアルスは答える。
「……うん。……シスト、悪いけど、このままギアガの大穴に行っていいかな」
 一瞬微妙な間を置いて、シストが口を開く。
「アルス君がパーティーのリーダーだ。魔王がまるで手応えの無いバカだったなど凱旋して言うには冗談にしかならない。ギアガの大穴に、第二、第三、第四、五、六、七と魔王が控えているのなら商売の邪魔だ。この際纏めて片づけに行ってしまおう。そうすれば褒美も纏めて貰えて手間が省けるというものだ」
「……そこは流石に真の魔王ぐらいで遠慮してもらいたい所だけどな。さ、行くか」
 テッドは軽く苦笑して言い、アルスを促した。
「……ありがとう、シスト、テッド」




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 ※

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『契約者』

 それは遙か昔、脆弱な人間が魔物の脅威に対抗する術として、素質ある者達が神の遣わした白き生物との契約を交わし、力を得たことがその始まりだと伝えられている。
『契約者』には『戦士』『武道家』『魔法使い』『僧侶』『商人』『盗賊』『遊び人』『賢者』『勇者』の職業が存在し、『契約者』となる素質を持つ人間が教会で『契約』を行えば、いずれか自動的に適切な職業の『契約者』になることができ、それから一定の成長を積めば、ダーマ神殿での『転職』も可能となる。
 そして『契約者』は通常の人間と外見上は一見して異なる点は見あたらないものの、その能力は通常の人間の常識を完全に逸脱している。
 通常の人間が武器を手に苦労して魔物を倒した所で、動かした体の筋肉や基礎的な体力が徐々に成長するだけであり、更にはそもそも生身で魔物と戦うという危険を侵すことで、結果的に肉体に外傷を負えば、程度の差こそあれ、命を落とすことは非常に多く、仮に命に別状が無い外傷だったとしても、その治りの速度は基本的に自然な治癒によるもので緩慢である。
 一方『契約者』は『契約』の恩恵により、魔物を倒せば倒すほどその能力が定期的に『レベルアップ』し、飛躍的に成長していく。その変化は見た目には分かりにくいものではあるが、その効果はある程度のレベルの『契約者』であればそれが例え年老いた老人であっても通常の人間の若者数人が束になってもまず相手にならない程である。また『契約』による『レベルアップ』には年齢とは関係が無く、極論死ぬまで強くなることが可能である。
『契約者』の外傷に対する耐性は非常に高く、外傷が急所を刺され、見た目には致命傷であっても、基本的に生命力が尽きない限りは死ぬことが無い。慣れれば痛覚を遮断することさえでき、それ故に『契約者』は例え心臓を一突きされても、四肢を失うなどして動こうにも動けなくなる場合を除けば、生命力が尽きない限りは平然と動き続けることができる。そして『契約者』は自己再生能力も高く、およそ一晩休めば生命力と怪我を回復させることができる。更には『契約者』は『回復呪文』を受けることで瞬時に外傷と生命力を回復させることもでき、通常の人間に比べて非常に死ににくい。但し、主に『僧侶』が行使可能な『回復呪文』は主に『契約者』のみを対象とするもので、通常の人間にも効果が全く無い訳ではないが、強制的に自然治癒力を高める程度の効果にとどまり、奇跡のような回復の術は広く万人に役立てることはできない。
 それでも、『契約者』でありさえすれば、例え生命力が尽きたとしても『蘇生呪文』を掛けられることにより、寿命が尽きていない限りは死亡した状態から復活できることはまさに奇跡的と言える。但し、必ずしも常に復活できるとは限らず、肉体の欠損、損傷が激しすぎる場合、死亡から時間が経過しすぎていた場合などには、効果を為さない。
 このように『契約者』は生命体としての能力が通常の人間よりも圧倒的に高く『契約者』は人間にとって脅威である魔物に対抗しうる有効な存在なのである。
 ……そして『契約者』の中でも、生まれながらの『勇者』たるアルスは固有の力を有していた。
 『勇者』アルスの身に宿る『契約』の力の本質は『時間回帰』




 ※

 ※

 ※

 暗い闇に包まれた世界の海をアルス達は小型船で孤島を出て東に向けて進んでいた。
「ここがアレフガルド……」
「大魔王ゾーマの支配する闇の世界、なぁ」
「確かに、見た通りの闇の世界だ。僕達の世界の夜とはまた違う。金でも握っていないとそれだけで憂鬱な気分になりそうだ」
「……それで元気なれるお前さんは大したもんだな」
 ギアガの大穴に確かに飛び込み、落ちるというよりは周囲の景色の方が変容する感覚に苛まれ、気がついた時には孤島に一行は到着していた。その島に住む住人から話を聞いた後、小型船を貰い受けたのだった。
 不意に、テッドがそっと尋ねる。
「……ところで、アルス。そろそろ教えて貰えないか、お前さんの『勇者』の力について。カバを倒したというのに、アリアハンにも戻らずにそのままこっちに来たのには何か理由があるんだろう?」
 アルスはゆっくりと頷く。
「……うん。……私達が帰ると、城の人達が目の前で死ぬから……」
 テッドは後頭部に手を当てる。
「なるほどな。……人が死ぬのを回避するため、か」
「……前から思ってはいたが、君はやはり『未来予知』ができるのか? まぁ『未来予知』にしては時々挙動が不自然なこともあった気がするが」
 腕を組んでシストはズバリ尋ねて少し過去の記憶を思い出しながら言った。少しの沈黙を置いてから、アルスはようやく覚悟を決めたように説明を始める。
「『未来予知』……とは違うかな、やっぱり。えっと……現在と過去があるとして、現在の状態を『選択し得る未来の一つの可能性』として、現在までに起きたことを過去のある時点の私自身に『夢』で鮮明に体験した記憶のようにして引き継がせることができる。『時間回帰』、それが私の力」
 じっくり聞いていたテッドがこめかみに指を当てて思い出すように言う。
「……んー。つまり、だ。あのカバとの戦闘でお前さんが『ラリホー』を何度も絶妙なタイミングで掛けてカバを封殺できたのは……そういうことだったりするのか」
 アルスは若干遠い目をして答える。
「……本当はバラモスには『ラリホー』は滅多に効かなかった……というか、滅多に効かないんだ。それを『ラリホー』が効くまで一瞬先の私は一瞬前の私に何度も『回帰』を繰り返して、成功した時だけをバラモスが倒れるまで選択し続けて実現したのがあの一連の戦闘だったんだ」
 テッドは気まずそうな表情になる。
「あー……何というか……俺さんはお前さんではないから想像しかできんが……随分と気が遠くなりそうな話だな。俺さんは余りにも楽に倒したという印象しかないが……お前さんの記憶には『ラリホー』が効かなかった時の記憶が大量にあるということになるのか」
「……うん……。引き継いだ記憶にはバラモスはカバなんて呼べないぐらい、凄く強い攻撃をされかける瞬間とか、実際にされた瞬間とか……そういうのが……一杯……」
 余り思い出したくない様子のアルスに、黙っていたシストは腕を組むのを止め、真顔で口を開く。
「アルス君、『魔王がまるで手応えの無いバカだった』と言った僕の発言を撤回させてくれ。話を聞くに、僕が想像していた『未来予知』とは程遠い。僕の知らない君の苦労に対して配慮が足りなかった、済まない」
「う、ううん。シスト、その、お願いだから……気にしないで……」
 慌ててアルスは苦い顔で、両手で抑えるようにしながら取り繕った。そのやりとりを見ていたテッドがはっと気がついて納得したように少し目を見開く。 
「ああ、なるほどなぁ……こういうことになるから、お前さん、これまで話そうともしなかったというか、話したくなさそうだったのか」
「……話したらきっと気を遣わせてしまうのが分かってたから……」
 アルスは俯いて言うと、察したようにテッドは言い、悩ましく額を抑える。
「あ、つまり話したことはあったのね……益々ややこしいな……」
 シストが眉を潜めてその辺りを歩き始め、
「ややこしいと言えば、今も君が僕達に話したことを後悔して『回帰』とやらをすれば、今のこの瞬間は、話をする前の君だけの記憶になって、僕達は元通り知らない状態に戻る……いや、だが今君が僕の目の前で『回帰』したとして、だとすれば今の僕やテッド君は、記憶だけを引き継ぐのならアルス君も消える訳でもないのだろう、一体どういうことだ……?」
 立ち止まって疑問を呈した。テッドが頭を抱え込む。
「おうふ、頼むからこれ以上ややこしくしてくれるな。それは俺さん達には認識しようが無い。……今俺さん達が俺さん達自身の存在を認識しているということは、これがアルスが最終的に確定させた時間の流れだととりあえず考えとくのはどうだ」
「ふむ。まぁ、そう考えるのが良いか……。おや、どうしたアルス君、『回帰』するか悩んでいるのか?」
 あっさり考えるのを諦めたシストは、悩んでいる様子のアルスに尋ねた。
「……うーん……『夢』にして引き継ぐのをやってる割には、私は常に『回帰』してばかりで、本当の所、その後はどうなってるのか訳分からなくなってきちゃって……」
「大丈夫だ、俺さんも良く分からんよ……」
 思考の渦に入り込んでいるような所、シストがその空気を潰すようなわざとらしい発言をする。
「ところでアルス君、一つ頼みがあるのだが……今度闘技場でだな……要するにな……」
「おい……」
「シスト……」
 ジト目のテッドと少し青ざめた顔のアルスに、シストはすぐに発言を撤回する。
「冗談だ。君は未来を予知するのとは違い、無数にありえる未来の一つを確定させるのだから、大穴を当てるのは君が試合の動向に影響を直に与えられる訳では無い以上、カバを倒すよりも苦労しかねなさそうだ、と、君があったかもしれない過去に話した時も僕はこれを冗談だと言ったのだろうか。僕はやや自信が持てない」
「えっ、と」
 シストはピタリと手で制する。
「待て。言わなくて良い。君に何度も同じ体験をさせるのも悪い。これからはできるだけ、余り凡庸なことはしないよう心がけよう」
「かといってお前さん、余計なことまでしなくていいぞ……ま、俺さんにも言えることだが」




 ※

 ※

 ※

 あらゆる物を拒む底無しの罅割れ、魔王の爪痕。遙か昔、そこより魔王はアレフガルドに顕現した。そして圧倒的な勢いで世界は魔物で溢れかり、世界の中心には禍々しい城が一瞬にして築き上げられ、戦いの力を持たぬアレフガルドの創造主たる精霊ルビスをも呪い、かくして大魔王ゾーマはこの世界に君臨した。
 瞬く間に人々は住まう場所を失われて行き、アレフガルドのほぼ全土を支配したゾーマは更に世界の境界の一部さえをも深淵なる闇の力で破壊した。そして生まれたのがギアガの大穴。
 魔物は世界の境界を越えて彼の星にも侵食したが、逆に時を同じくして彼の星からアレフガルドへと入り込んだ感情を持たぬ来訪者がいた。
 禍々しい瘴気に満ちた大魔王の城の最奥部に忽然と現れた白き生物は、ゾーマの前を観察するように歩きながら平然と感想を述べる。
「ふうん。君がルビスの祈りから生まれた呪いか」
 QBに気がついたゾーマは名乗りを上げる。
我が名は大魔王ゾーマ。闇の世界を支配する者。そなたは何者だ。ルビスの遣いか
「僕はキュゥべぇ。キュゥべぇって呼んでよ。それと僕は別にルビスの遣いではないよ」
 QBの気さくな自己紹介に動揺もせずゾーマが問う。
キュゥべぇよ、何故我が前に現れた
「君に話があって来たんだ。余り人間の個体数を減らしすぎるのを控えて欲しくてね」
それはできぬ相談だ。苦しみこそ我が喜び、滅びこそ我が喜び。我がいる限りやがて彼の世界も闇に閉ざされるであろう
 余り話が噛み合っているとは言いがたい中、QBは淡々と述べる。
「協力関係を結べるかと少しは期待していたけど、多分そういうだろうとは思っていたよ。なら交渉は決裂だね」
ならば、そなたも我が糧となれい!
 ゾーマは宣言と同時に強烈に白く輝く息を吐き、QBを氷結させて一瞬で粉砕した。
 元の静寂が訪れたか、に見えたが、
「……やめて欲しいな。無意味に潰されるのは困るんだよね。勿体無いじゃないか。それに僕らは君の糧にはなりえないよ」
 またしても忽然とQBは現れて言った。ゾーマはその異質さを感じ取り僅かに疑問を抱く。
なに……滅ぼされる絶望も苦しみも無いというのか……? キュゥべぇ――そなたは一体……
 その質問にはさっき自己紹介したのでQBは答えず、代わりにゾーマに宣告する。
「君の持つ能力と莫大なエネルギーに僕らは興味があるんだけど仕方ないね。そのうち君の持つエネルギー、回収させてもらうよ」
 ゾーマはその言葉を一蹴する。
キュゥべぇよ、そなたに我を滅ぼすことは叶わぬ。せいぜい無駄な足掻きをするが悦い。死に行く物こそ美しい
「それはどうかな。君を倒すのは僕らではないよ。遅かれ早かれ、結末は一緒だと思うな。それじゃあ、お別れだね」
 そして、再び深遠なる闇の静寂が訪れた。




 ※

 ※

 ※

 アレフガルドの外海を進む中、船の上で突然シストは堪えられない歓喜に満ち満ちた叫び声を放ち始める。
「ふ……くっ、くふっ…ふはっ! ほぁ、ほァァー! ホォァーッ!! ぱぁぁぁぁ! やはり素晴らしい! 素晴らしいぞアレフガルドォ! ミスリルなどというものがあるとは思いもよらなかったァ! まさに地の底まで来た甲斐があったというもの! ふはっ! フハハハハハハ!!」
 ラダトームに到着してすぐ、アルス達は一旦それぞれ別行動で情報収集をすることにしたが、シストがミスリル製の装備を見つけたことから全ては始まった……。
 両手を天に掲げ、仁王立ちするシストに、物凄く苦い表情でテッドが突っ込む。
「お前さんはどこの魔王だ……」
 シストはパッとテッドに指を突きつけて言う。
「君、僕が唸るほどの元手となる金を稼いでいなければ、これだけの充実した装備を整えられはしなかったのを忘れてくれるな」
「いや、黒胡椒でポルトガを荒らして出入り禁止になる寸前までいった後、お前さん商売をほぼ全部ハッテンに投げておいて良くまあ自分の稼いだ金だと言えるな」
「元々ハッテン君を採用したのは僕だ。……つまりハッテン君が稼いだ金はその採用者の僕のもの。何もおかしいところは無いだろう」
「筋は通っているようで、全く酷い理屈だよ……」
 余りの開き直りっぷりに、テッドは呆れを通り越した呟きを吐いた。


 ハッテンバーグ。
 それはハッテンの名を取って名付けられたシスト達が黒胡椒貿易の拠点とした成金達の集う町の名である。当初、シストは主にポルトガ王を相手取って大量の金を荒稼ぎしたが、すぐに大臣はポルトガの国庫が急速に萎むことを危惧し、国策としてハッテン達の町造りを公式に支援することを決定。そしてハッテンバーグはポルトガ以外の国をも相手取って交易を始め、莫大な資金を元手に『契約者』達を世界中で雇い入れ、船や移動中の護衛として使い、急速に発展して行ったのだった。
 その真のオーナー、否、真正の寄生者とも言えるシストであるが、ラダトームでミスリル製の装備という見たこともない金属に遭遇したことで、すぐピンと来た。ここで装備を整える、という名目を一応掲げたものの目の色のおかしいシストの進言に従いアルス達は『ルーラ』でハッテンバーグに戻り、ハッテンから調達資金を半ば強引に引き渡させては再びとんぼ返りし、装備を整えつつ金に物を言わせてミスリルの鉱物の塊ごと買い漁ってはハッテンバーグに『ルーラ』で戻って高値で売り払い……と、シストの頭の中からバラモス討伐の褒美などどうでも良くなるほどの金を更に稼ぎだしたのだった。
 それからというもの、ようやく準備も整いまた船で出発した一行だったが、シストは度々思いだし笑いが止まらず今に至る。……ともあれ、元々高額の装備諸々が十二分に整ったのも事実。


 そして長い航海の末、アレフガルドの洋上を行くうちに、一行は精霊の祠に辿り着いた。
 上階の間には、祠の主である精霊の姿と、その肩にはキュゥべぇの姿もあった。緑色の髪の精霊が口を開く。
「私はその昔ルビス様にお仕えしていた妖精です。そしてあの日ルビス様に代わりこのキュゥべぇと共にアルスに呼びかけたのもこの私。あの時はずいぶん失礼なことを言ったかもしれません。許してくださいね」
「けど、アルスはついにここまで来た」
 引き継ぐようにQBが言い、精霊が杖を取り出す。
「私の想いを込め、あなたにこの雨雲の杖を授けましょう」
 QBがいたことに若干驚いた様子だったが、アルスは近づいて妖精から杖を受け取った。
「はい。頂きます」
 するとQBが妖精の肩から降りて言う。
「さあ、アルス、後はここから東の聖なる祠に太陽の石と雨雲の杖を持っていくんだ」
「うん、分かった。キュゥべぇ」
 アルスが頷くと、QBを珍しそうに見ていたテッドが唸る。
「んー、それにしても、キュゥべぇ。お前さんをこうして見るのは『契約』時以来だな」
「僕もだな。キュゥべぇ君」
 どうということもなく、QBは挨拶を返す。
「テッド、シスト、久しぶりだね。君達三人ならゾーマを倒してくれると期待してるよ」
 三人はそれぞれ返事をする。
「うん、それが『契約』だからね」
「もうここまで来たからにはな」
「この新調したミスリルの棍棒で叩く相手として、魔王なら不足はあるまい」
 テッドはなるようになるさ、と言い、シストは棍棒を軽く振り回して言った。

 アルス達が精霊の祠を去った後、妖精がQBに尋ねる。
「今まで数多の『勇者』達が魔王に挑んで命を落としていきました……。アルス達は本当に魔王を倒せるでしょうか……」
「きっとアルス達は魔王を倒してくれるよ」
 そうQBは軽くと答えた。
(アルスだけではない。程度の差はあっても、アルスの仲間にも『契約』の力はあるからね)




 ※

 ※

 ※

 大魔王ゾーマは人々の絶望を啜り、憎しみを喰らい、悲しみの涙で喉を潤すという。しかし、絶望し、憎しみを抱き、悲しむ当の人々が世界から誰もいなくなった時、果たしてどうなるのか。
 QBの見立てでは世界を闇で覆い尽くすという大魔王ゾーマはその存在自体が最初から詰んでいた。仮に人々が世界から完全にいなくなったとすれば、人々の絶望というゾーマが存在するためには必要な糧が無くなってしまう。そうであるが故に、ゾーマは今日に至るまでにアレフガルドの人類を根絶やしにすることもなく、わざわざ世界の境界を破壊してまで豊富に人類のいる別世界に侵食し、人々の絶望を求めたのである。人々の絶望という餌無くして、ゾーマも存在することはできない。
 ゾーマが迎える結末は『餓死』するか『餓死』する前に滅ぼされるかであり、いずれにせよ遅かれ早かれ滅ぶことは避けようのない未来として確定している。
 しかし、QBにとってはゾーマが『餓死』するケースは即ち人間が絶滅することを意味し、ようやく広大な宇宙の中から個々の生命体がそれぞれ別個の精神を備えている人類を発見したにも関わらず、黙ってそれが絶滅するのを放置するのは感情エネルギーの回収上、合理的な判断としては到底選択しえるものではない。
 そして遂に、QBは超高確率で大魔王ゾーマを討伐しうる『時間回帰』という『契約』の力を、ようやくその『契約』を成しうる因果律を持つアルスが生まれた、その時点で、ゾーマの有するエネルギーの回収を超高確率で実現可能なものとしたのである。その意味で、アルスの『魔王討伐』の旅はまさに運命と言え、また、出来レースであるとも言えた。
 アルスの負担を度外視すれば――



 ※

 ※

 ※

《バイキルト!》
 攻撃力の上昇したアルスはそのままゾーマに接近して切りかかろうとする。が、ゾーマは両腕を一瞬にして振り降ろし、
「がァはッ!」
 アルスを床ごと叩きつけた。全身を強打し、アルスの口からは血が飛び出す。瞬間。


《バイキルト!》
 攻撃力の上昇したアルスはそのままゾーマに接近して切りかかろうとする。が、ゾーマは両腕を一瞬にして振り降ろす。
(今ァッ!)
 しかしアルスは寸前の所で横に鮮やかに回避して見せ、ゾーマの両腕は床を叩き割った。
「はァァ!」
 そのままアルスは振り降ろされた腕を即座に斬り上げる。ほぼ同時にシストも飛び上がり棍棒を叩きつけ、
「潰れろ!」
 会心の一撃。だがゾーマは二人の攻撃を全く意に介する様子無く、不意に大きく胸を膨らませ、口を開いた。
 想像を絶する白く輝く息。
 猛烈な冷気の爆風と共に瞬間的に放たれた極小の輝く無数の結晶は纏めて三人の全身に防具の隙間を縫って突き刺さる。至近距離で喰らったアルスとシストは声も上げずに吹き飛ばされ、
「うォぁぁッ!」
 一番距離の離れていたテッドは水鏡の盾で防ぎ後ろに押されながらも身体のあちこちに裂傷を受けた。テッドが瞼を開くと、ゾーマは続けて既に呪文を詠唱していた。
マヒャド!
 大量の巨大な氷槍がゾーマの周囲に生成される。
(マズイ!)
 防御するしかない攻撃にテッドは盾を構えたまま目を見開いて痛覚を完全に遮断しすぐに『全体回復呪文』を唱え始めた。氷槍が一気に飛来する最中、
《ベホマラー!》
 テッドの詠唱が完了した。
 そこへ口早に『ピオリム』を唱え、水鏡の盾を左手に構え、右手で棍棒を素早く振り回しながら見る見るうちに傷が回復していく完全にキレた形相のシストがテッドの横を飛来する氷槍を粉砕しながら一気に駆け抜けて行き、その後ろにぴったりついてアルスは追従していった。
「そうこないとなァ!」
 身体速度が上昇したテッドは軽く掛け声を上げるとすぐに『フバーハ』を唱え始めた。
 ゾーマは接近してくるシスト達に向かって右腕を横に振るう。シストは無言で飛び上がって鮮やかに回避し、
「がふゥっ!」
 シストの真後ろにいたアルスは上体に直撃を受けて勢いよく跳ね飛ばされた。瞬間。


 ゾーマは接近してくるシスト達に向かって腕を真横に振るう。シストは無言で飛び上がって鮮やかに回避し、
(ここッ!)
 アルスも上体を素早く屈めて回避。飛び上がった勢いでシストはゾーマの顔面に棍棒を叩き込み、
「らァッ!」
 会心の一撃を加えた。僅かに遅れてアルスもゾーマの足下に滑り込み素早く対象を斬りつける。
「ハァァ!」
 殴りつけた反動を利用してシストが空を回転して後方に着地しようとする所をゾーマは空振った右腕を払い戻す。が、丁度防御力が大幅に上昇したシストは瞬時に無理矢理回転方向を変更し、棍棒の円心力をそのまま乗せてその右腕を真っ向から会心の一撃で迎え打った。
「だらァッ!」
 一方、足下に張り付いたアルスは可能な限りの斬撃を振るい続け、テッドは『フバーハ』に続きシストに『スカラ』を唱えた後にもう一度『ベホマラー』を唱え、全員の傷を完治させる。
小癪な!
 ゾーマは唐突に構えを取り、凍てつく波動を放つ。一度嫌な感触の何かが体を通り抜けるとアルス達は全身から魔法効果が強制的に剥がされたのを感じた。
(解除された!?)
 テッドが初めての体験に驚くと、間髪置かずにゾーマは大きく息を吸い込み、体勢を低くしてアルス達めがけて口を開いた。
 想像を絶する白く輝く息。その瞬間的な爆風に二人は吹き飛ばされ、テッドもその影響を受ける。
「くぅぁッ!」
 アルス達の体勢が崩されると、更にゾーマはもう一度息を吸い込み、またしても白く輝く息を吐いた。猛烈な風圧がアルス達を更に大きく後ろに吹き飛ばし、祭壇を囲う水面は極限の冷気に晒され瞬く間に氷結する。
 そこへゾーマは畳みかけるように白銀に染まった空間を一気に地面を蹴って自ら『ベホマラー』の詠唱を始めていたテッドへと接近した。
(しまッ!)
 視界が悪くテッドが気が付いた瞬間、ゾーマの両腕が真上から振り降ろされ、
「ッ!」
 床ごと叩きつけられた。ゾーマは更に腕を振りあげ、
終わりだ小僧!
 再度叩きつけ、テッドの身体は空に跳ね上げられ、『ベホマ』を自己使用して全回復していたシストはまさにゾーマに殴りかからんと飛び上がっていた。
「テッドッ!」
 アルスはそれを目の当たりにして声を上げた。瞬間。


 ゾーマは大きく息を吸い込み、体勢を低くしてアルス達めがけて口を開いた。アルスは素早く勇者の盾を構えて白く輝く息のダメージを軽減し、吹き飛ばされながらも痛覚を遮断して『ベホマ』の詠唱を開始する。
 アルス達の体勢が崩されると、更にゾーマはもう一度息を吸い込み、またしても白く輝く息を吐いた。猛烈な風圧がアルス達を更に大きく後ろに吹き飛ばし、祭壇を囲う水面は極限の冷気に晒され瞬く間に氷結する。その僅か前にアルスは『ベホマ』の詠唱を完了して全回復し、
「テッド避けてッ!」
 白銀に染まった空間に叫んで、走り出した。畳みかけるように一気に地面を蹴って自らテッドへと接近したゾーマが腕を振り降ろすと、
「ッとォ!」
 テッドは『ベホマラー』の詠唱を中止して寸前の所で床を蹴って後ろに下がって避け、ゾーマの両腕は床を叩き割った。そこにアルスが素早くゾーマに斬りかかる。
「ハァァッ!」
 テッドは今度は『ベホマ』の詠唱を開始しながら更に距離を取って後退すると、既に『ベホマ』を自己使用して全回復していたシストも飛び上がってゾーマに殴り掛かった。
「らァァッ!」
 甘んじてシストの会心の一撃とアルスの攻撃を受けたゾーマはテッドに狙いを定めて再び距離を詰める。
(おぃおぃ俺さんからって訳か。だがなぁ!)
 全回復したテッドはゾーマの物理攻撃を寸前で回避すると、自らもゾーマに斬りかかった。
(それなら俺さんも攻撃に回るまでだ!)
 アルス達は揃って物理攻撃の間合いを取ってゾーマに波状攻撃を開始した。
「ハァァ!」「だらァッ!」「せやァッ!」
 過去に『遊び人』『賢者』の職業を経験している『盗賊』テッド。
 恐るべき戦闘能力を以て、全ての物理攻撃がほぼ確実に会心の一撃になる『僧侶』シスト。
 直撃を受ければその度『時間回帰』し、物理攻撃は全て遡って回避可能な『勇者』アルス。
 近接戦闘をしながら、例え『凍てつく波動』を受けようとも、隙さえあればテッドとシストは適宜『補助呪文』を唱え直し、逆にゾーマが距離を取って『輝く息』を吐けば『回復呪文』を詠唱する。
「たァッ!」
 ゾーマの足下にアルスは再び飛び込んで斬りかかった。が、ゾーマは強烈な足払いを放ち、
「かふぅッ」
 アルスは直撃を受けて空に跳ね上げられ、シストは寸前で後方に飛んで避けた。瞬間。


「たァッ!」
 ゾーマの上半身にアルスは飛び上がって斬りかかった。が、ゾーマの右腕が横に薙ぎ払われ、
「がはッ」
 アルスは強烈に吹っ飛び、シストはそのままゾーマの足下に一気に殴りつけた。瞬間。


「フッ!」
 ゾーマの足下にアルスが接近を試みると、ゾーマは強烈な足払いを放った。
「ここだッ!」
 アルスはそれをギリギリで飛び上がって避けてゾーマの肩口を斬り抜け、足払いを寸前で後方に飛んで避けたシストは一転ゾーマの頭部めがけて殴り掛かる。
「でぁァ!」
 だがゾーマは左腕で棍棒を受け、シストに向かって右腕を放った。直進する右腕に滞空した状態のシストは瞬時に棍棒を構えて直撃を防ぎ大きく後方に自ら吹っ飛ぶ。
 肩口を抜けてゾーマの背後にアルスが着地すると、今度はテッドが同じく背後に跳躍して刺突を繰り出す。アルスはすぐ振り返り、テッドと同様にゾーマの背中に飛びかかろうとする。
「はぅ!」
 が、ゾーマが勢い良く上体を回転させ、右腕にアルスは直撃して吹き飛ばされた。瞬間。


 アルスはすぐ振り返り――


 アルスから『回帰』の力を差し引いた場合の本来の戦闘技能は決して悪くはない。ただ、アルスは戦闘においては『回帰』しさえすれば良いと、『契約』の力にかなり頼りきっていた。しかし『契約』の力に大きく頼るのが間違いとはいえない。寧ろ『回帰』に使用制限回数が存在しない以上大きく頼るのが正しいとさえ言える。
 常識的には繰り出すのが無謀な攻撃を様子を伺って控えてしまうような場合においても、『回帰』の力に大きく頼ればその無謀に思われる攻撃をも実現させることができる。それは確実に攻撃の手数が増えることを意味し、ひいては戦闘時間が短くなり、消耗を少なく済ますことを可能たらしめる。

(まだ、まだ……っ!)
 アルスの感覚では何度も何度も『回帰』の繰り返しにより、気が遠くなりながらも、『回帰』した瞬間には休まる間もなく必死に戦い続けるしかない。
「ハァァッ!」
 自分が、テッドが、シストが直撃を受ければ『回帰』してはやり直す。
(一体いつになったら……!)
 そんな風な想いが脳裏に掠めながら、アルス達は一斉に三方向からゾーマに攻撃を仕掛けた。
「たぁァァッ!」「えぁァァッ!」「せぁァッ!」

 直後、突然ゾーマの身体に闇の炎が灯り始める。
ほう……よもや我がバリアを外すことなく……よくぞ……
 アルス達が警戒する中、実体が霞み出したゾーマはゆらりと後ろに下がって玉座に戻り、燃えながら呟き始める。
アルスよ。……良くぞ我を倒した。だが光ある限り闇もまたある……。我には視えるのだ。再び何者かが闇から現れよう……。だがその時はお前は年老いて生きてはいまい……
 最後の言葉を残しながら、ゾーマの身体は一層激しく燃え上がり、消滅した。

 その光景を目に、呆気に取られたテッドが呟く。
「倒した…のか」
「どうやらそのようだな」
 ようやくか、とシストは構えていた棍棒を降ろすと、
(終わった、終わったんだ……)
 アルスは意識を失ってその場に崩れ落ちた。
「アルス!」




 ※

 ※

 ※

 絶望の化身、大魔王ゾーマが討ち滅ぼされ、世界に蔓延っていた魔物は瞬く間に消滅し、アレフガルドには光が戻った。世界と世界を繋げていたギアガの大穴は閉じ、アレフガルドはあるべき姿を取り戻した。
 QBはと言えば……ゾーマが滅ぼされた瞬間、再相転移した、一つの世界を造り出す以上の膨大な感情エネルギーを予定通り無事回収した。そしてギアガの大穴が閉じる前に、用も無くなったアレフガルドからは早々に撤収したのかというと――


「久しぶりだね、ルビス」
「キュゥべぇ……!」
 封印から解放されたばかりの精霊ルビスの元にQBは現れ、再会の挨拶を交わした。しばらくしてQBが徐に話し始めた。
「……その昔、君と『契約』した際に、君は言葉通り一つの世界の神になる奇跡を成し遂げ、君の魂はソウルジェムに留まることなく、このアレフガルドに転移した。ソウルジェムになった魂は本来なら自らそのまま汚れをため込み呪いを生み出す筈が、君の魂はソウルジェムに留まらなかったことで、君の魂は純粋に奇跡そのものになり、その奇跡と対になる呪いと完全に分離した。そうして分離した呪いからゾーマが生まれ、ようやく滅ぼすことができた。けど、どうやら完全にこの世界から呪いを消し去るのはできなかったみたいだ。これからずっと先、いつかまた呪いがゾーマのような存在を生み出すかも分からない。だから僕らの一部はこの世界に残ることにしたよ。その時に備えてね」

 光ある限り、闇もまた或る――




 ※

 ※

 ※

「キュゥべぇ君、元の世界に『ルーラ』できないのはどういうことだ。元の世界では僕の金が僕の帰りを今か今かと待っている!」
 大魔王を倒したというのにラダトーム城に凱旋するのも後回しにして、精霊の祠にシストは血相を変えて駆け込んできた。QBは淡々と答える。
「ゾーマを倒したことでギアガの大穴が閉じてしまったからね。僕にはどうしようもない」
「なら、そこの君はどうにかできるか」
 シストは棍棒で今にも殴りかからんという勢いで妖精に尋ねた。妖精も真顔で即答する。
「私にもどうしようもありません。この世界に骨を埋めて下さい」
 シストは全身にピシリとまるで亀裂が走ったかのように固まって棍棒を取り落とし、小刻みに震え始め、
「なん……だと……? 言うに事欠いて遙々この世界までやってきて魔王を倒した僕にこの世界に骨を埋めろだと……君はどこの魔王だ。……ほ、ほっ、ほァ! ほァァ! ほァァァー!! 僕の金があァァァァー!! ぬわ、ぬわぁぁぁーッ!!」
 頭を抱えて大絶叫を上げ始めた。QBは不思議そうに、精霊は大分迷惑そうに見ていると、そこへ遅れてアルスとテッドが階段をあがってやってくる。
「あぁ、どうやら無理だったみたいだな」
「……うん、みたいだね……」
 二人はシストの様子を一目見て全てを悟った。
「ほぁァ! ほわぁぁァァァーッ!!」
「やれやれ、最後の魔物がお前さんだったとは……難儀なことだな」
 確かに、その絶望ぶりからは第二の魔王が今にも誕生しそうな勢いであった。一頻り絶叫を上げたシストは、ショックでふらふらしながらも、アルスの両肩に手を置いて話しかける。
「アルス君、ものは一つ提案なのだが、ゾーマを倒す前に『回帰』してみないか」
「え、えぇぇぇーーっ!?」
「おいおい……」
 シストの余りに酷い提案に、QBがある事実を宣告する。
「残念だけどそれは無理だよ。アルスにもう『時間回帰』の力はない。魔王討伐の『契約』は果たされたからね」
「なに……?」
「そうなの……?」
 驚いた二人に対しQBは肯定する。
「そうだよ」
 シストは少し落ち着いて取り繕い、
「ま、まぁ流石に今のは冗談だ。……かくなる上は、城に凱旋して褒美を貰おう……。この際城ごと貰えば僕の溜飲も少しは下がる」
 しかしまたさらりと凄いことを言った。テッドは遠い目をしてアルスに言う。
「アルス、お前さん、凱旋は当分止めておいた方が良いかもしれんな」
「ど…どうしよ……」
 アルスも困りきった顔で悩むが、シストが急かす。
「さあ、アルス君『ルーラ』を、どうした。早く行こう」
 さあ、さあ、と急かされて肩を揺すられるアルスにテッドは軽く声を掛ける。
「ま…なるようになるさ」
「う……うん」

 そして、伝説が始まる――


  ……そしてまたいつの日にか、キュゥべぇはこう語りかけるのだ。

   ――僕と契約して、『勇者』になってよ!――










後書き

ここまでお読み下さった皆様ありがとうございます。
また突然電波を受信した結果がコレでした。
ドラゴンクエスト3(DQ3)、キュゥべぇ(QB)と来て、

「とりあえず『Q』が両方付いてるし、足せる!」

……と、思ったのが始まりでした。

本スレッド内「そして、今日から「ゆ」のつく自由業」よりもシリアスな本作の要素としては、

・一話完結(一話で終わらせるためにかなり端折りました)
・ルビス「私は新世界の神になる!」
・キュゥべぇ「ゾーマはエネルギー源だよ!」
・キュゥべぇ「僕と契約して勇者になってよ!」
・意外と苦労の伴う魔法っぽくしたTAS臭のする能力
・ゾーマの凍える吹雪→何となく輝く息に変更
・ハッテンバーグ

こんな所ですが、天界はどうしたのか……とか色々突っ込まれるとボロがあります。
個人的に自分で書いておいて、QBによるDQ3世界蹂躙系にも思えなくもないのが、人によっては不快になるかもしれず、もしそういうことがあれば申し訳ありません。


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