「さて、ここはどこだ?」
「我には皆目見当もつかん」
「奇遇だな、俺もだ」
泉の淵に腰をかけて、男と女――リューマとてるは首をかしげていた。
「迷ったのか、俺たちは」
「そのようだな。
……しかし迷宮に迷う、という行為は付き物。
こればかりは仕方あるまい」
「だよな。迷うって名前に付く訳だしよ」
何がツボだったのか、顔を見合わせて二人はどっと笑う。
思い返せばJAPANの迷宮探索でも、二人勝手にずんずんと奥へ進み、よく迷ったもの。
懐かしい思い出が浮かんでは消える。
強力な魔物を見つけ、てるが全速力で突撃し、それを追いかけてリューマも走り出し、一緒について来ていたなら元就も走り出し。
妹たちも、もちろん部下たちも置き去りにしたのは今ではいい思い出。
思い出によって思い出が引き上げられ、またふとまた思い出す。
確かそれをきっかけに、てるの上の妹であるきくは【忍者】の技術を磨こうと言い出したはずだ。
――迷子になったてる姉たちを探す身にもなってくれ。
死んだかと思ったと、初めて二人が迷子になった時わんわん鳴いて。
今では口酸っぱく文句を言いながら、必ず迷宮探索に出かける時には一緒に来てくれていたきくの口癖だ。
顔を見合わせしばし経ち、思いついたようにリューマは手を叩いた。
「そーいや、きくが言ってたわ。
迷子になった時は声に出して今の状況を確認しろってさ」
「ほぅ、きくがか。
なればそれに倣い、現状把握に努めるとするか」
カスタムの町を訪れた次の日。
リューマとてるはさっそく街を沈めた四人の魔女が潜んでいるという迷宮にやって来ていた。
【地獄の口】、カスタムの町に昔からある地下迷宮だ。
そこに彼女らは潜んでいるらしく、町外れの井戸付近から侵入が出来る。
それをガイゼルより聞きつけて、二人は嬉々として地獄の口へと向かった。
てるは町を地下に沈める力を秘めた魔女と戦をするために、リューマはそんな彼女たちに魔法の教えを乞うために。
アイテム屋で暗闇を照らす【ライト】を買い付けて、さっそくとそこへ乗り込んだ。
地獄の口は、どこにでもあるような地下迷宮だった。
石造りの通路が走り、分かれ道があり、モンスターが現れる。
ごくごく普通の、てるに言わせればヌルい難易度の場所だった。
――存外魔女は期待外れかもしれない。
出てくるモンスターの弱さにそんな思いが脳裏をよぎった時だった。
二人の足元は突如として発光し、魔力の奔流にのまれ、気づけば泉の前で二人は立っていた。
「【魔法】だよな。
俺らがここに来たのって」
「ああ。JAPANの迷宮では陰陽術の仕掛けによって、場所と場所を繋ぐ罠があったが……それの大陸式だろう」
「知ってんぜ、俺。
てれぽーとってんだよ!
やっぱ魔法すげー魔法かっけーっ!」
子供のような笑顔でリューマは両手を突き上げる。
自分が魔法という事情に関われたのが余程嬉しかったのか、強面を溶かしただらしない顔で地面を転がっていた。
その姿を見て、てるの口元も自然と持ちあがる。
相も変わらず不敵な笑み。
だがにじみ出るような嬉しさが見て取れるのは、気のせいだろうか。
ぶよぶよとした、赤いやわらかな地面。
青の血管のような筋が前後左右に張り付いている。
そんな場所に、二人は身体を移していた。
【テレポートウェーブ】。
リューマとてるを転移させたのは、そんな名前の設置型魔法だった。
「つまり我らはてれぽーととやらでここに来た」
「ああ。で、どっちから来たんだ?」
「知らん。我は魔法には疎い」
「俺は解る!」
「ほぅ」
「……かもしれねぇ」
グッと拳を握りしめて、リューマは着ているローブに手を入れた。
取りだしたのは皮張りの表紙の本だった。
「それは?」
「魔法の本だ!」
胸を張り、見せつけるようにリューマは本を掲げた。
そして本を開く。
難解な単語が組み合わされ難解な文章が形作られている。
魔法に携わっていない普通の人間ならば、数行で睡魔が脳を犯すか、飽きが全身を蝕むであろう。
そんな本を、にやけた顔でリューマはぺらぺらとめくる。
きりりと真面目な顔を作って、気分はさながら魔法使い。
【テレポート】という文字を探して、リューマはさらにページを進める。
「リューマ、ひとつ聞いて良いか」
「おぅ、ちょいと待て。
今これからこの魔法の原理を探ってやっからな」
「うむ、それは構わん。
が、その本、どこでどうやって買った?」
「ポルトガで持って来た金を使って……あっ……」
ぎぎぎと、錆び付いた鉄が音を立てるように、ゆっくりとリューマの首は横に移る。
「どうしたリューマ、我の顔はこっちだが」
「……ははっ……」
「どうしたリューマ! 我の顔はこっちだぞ!」
「正直スマンかったぁっ!」
ガンッと大きな音が響く。
地面に頭を打ち付けて、仁王立ちのてるの足元に跪いていた。
「何を謝っている?」
「内緒で路銀の一部くすねて魔法の本を買ってスマンかったっ!」
「何故だまっていた?」
「イヤ……怒られるかなって思って……な」
頭に乗っかったとんがり帽子を持ち上げて、じぃとてるはリューマを見つめた。
「おこ……ってる?」
「黙っていたことに対してな。
我はそこまで小さな女か」
「それはねぇ! てるは俺にゃもったいない自慢の嫁だ!」
「なれば言え。
貴様の夢は知っている。
黙っていられると……少し寂しい」
微かに俯いたてる。
そんな彼女の小さな肩に、立ち上がったリューマは優しく手を――。
「あれ、女の子たちは?
あなたたちは……誰、ですか」
置こうとしたところで止まった。
声のした方向を向けば、もこもことしたピンク色の頭の少女が立っていた。
その後ろには青髪の、戦士風の男もいる。
誰ともなく口を開こうとした瞬間、目の前に映像が浮かびあがって来た。
茶髪の、美しい女の映像だ。
「やはりお前が……彼女たちをどこにやった!」
怒りを孕んだ声で、青髪の男は茶髪の女を睨みつけた。
その姿をさも楽しげに見つめる女はくすりと微笑み、口を開いた。
「どうやら貴方達を甘く見ていたようね。
牢屋の鍵を見つけるとは思っていなかったわ。
……ついでに引っ掛かった馬鹿もいるみたいね」
「なぁてる、馬鹿って誰のことだ?」
「我が知るわけなかろう。
あの女に聞け」
「おぅ、ちょっと良いか姉ちゃん」
小馬鹿にした視線を意にかえさず、リューマはずんずんと茶髪の女の方へと歩いていく。
そしてその体に触れようとした手は、女をするりとすり抜けた。
「……魔法……?」
「ええ、それがどうかしたのかしら」
「魔法ぱねぇっ!」
突然と大声を上げたリューマにビクリと茶髪の女は肩を震わせる。
どうやら彼は魔法だと気づいていなかったようだ。
「……馬鹿は放っておきましょう。
どうせ女の子たちを助けられず野垂れ死ぬと思っていたのだけれど。
いいわ、今度は脱出不能の牢屋に閉じ込めてあげる。
自分の力の無さを呪って、そのまま死になさい」
茶髪の女の映像は白昼夢のように消え失せる。
と同時に、その場にいた四人の意識も眠るように闇に溶けていった。
■
「もう駄目だわ。
この牢屋からは抜け出せない」
悲痛に満ちた声で、もこもこピンク髪の少女【シィル・プライン】は嘆いた。
全身には疲労が満ちている。
へたりとぶよぶよの地面に座り込み、彼女は小さな手で顔を覆った。
「シィルちゃん、まだ諦めるのは早いよ。
頑張ればぜったい抜け出せる」
そう言って励ますような言葉を投げかけるのは【バード・リスフィー】。
精いっぱいの笑顔を浮かべて、シィルを諭していた。
「でもいろいろ試したけど…どれもダメだったじゃない。
壁を叩いたり蹴ったり、魔法を使ってみたり、隠し扉を探したり……どれも、うまくいかなかったじゃない。
それでも、それでもまだ方法があるというの」
全身を埋める倦怠感は茶髪の女【エレノア・ラン】に閉じ込められた牢屋から出ようとした証。
二人は諦めず、逃げ出そうと足掻いたのだ。
だが結果は変わらなかった。
壁はびくともせず、隠し扉などどこにもなかった。
ここで死ぬ。
ありふれた、されど最悪の絶望がふらりふらりと自分の周りを舞っている気がした。
「ランス様がいてくれたら……」
だからふと、シィルは彼の名前を呟いてしまう。
その男の名にバードは反応した。
「むっ、どうして……そうシィルちゃんはランス、ランス、ランスばかり言うんだ。
そんな君を奴隷扱いするような男のどこが良いんだ」
シィルの言う【ランス】という男。
彼はいわゆる【冒険者】で、シィルはその男に買われた【奴隷】だった。
金で買われ、家事をさせられ、危険な冒険にも連れて行かれ、夜の奉仕もさせられて。
わがまま放題のランス。
その矛先が最も多く向くのはシィルだった。
「えっ、バード」
「あんなの男のことなんか忘れてしまえよ、ランスなんかより僕を見てくれよ」
そう言いながら、バードはシィルを後ろから抱き締めた。
包み込むように優しく。
ランスは決してシィルにはやってくれない、恋人のような抱擁。
「君が好きなんだ」
心を込めたように、甘くバードはつぶやく。
シィルはランスに連れられて、地下に沈んだカスタムの町をなんとかするためにここにやって来た。
冒険者として、依頼を受けて、ランスと一緒に。
バードもまた冒険者だった。
何の因果か、この町を訪れた時に地下へと町は沈んでしまった。
そしてこの町を元に戻すべく、バードは地獄の口に足を踏み入れたのだ。
「この洞窟を無事に抜け出せたら結婚してくれ。
絶対君を幸せにする」
二人が出会ってまだ一日ほどしか経っていない。
同じようにテレポートウェーブに巻き込まれ、飛ばされた先で出会い、脱出するために手を組んだのだ。
だがそんな時間など関係ないのだと言わないばかりに、優しく、だが強く、バードはシィルを抱きしめた。
「でも……」
「ランスのことなら心配するな。
僕が話を付けてやる」
そう言うとバードはさらに強くシィルを抱きしめた。
「シィルちゃん、君は僕のことが嫌いなのかい?」
――バードさんは良い人だけど……でも、でも、違う。
シィルの頭には一人の男の顔が浮かんだ。
口は大きく、ハンサムだけど悪人面。
わがままで、エッチで、嫌になる時もあるけど、それでも大切なご主人様。
緊張した空気が辺りに漂う。
それを引き裂くように、壁が壊れる音が響いた。
どうやら牢屋の壁が外部からの力により崩れたようだ。
「バード、助けに来たわよ。
あれ……その人は……?」
現れたのは白銀の髪を灰色のリボンでまとめた一人の少女。
手にはカンテラのようなものを持ち、ほっとした表情でバードを見つめていた。
だがだんだんと、やわらかかった表情はシィルを抱きしめるバードを見るにつれて強張っていく。
そしてふっと小さく笑い、彼女は澄ました冷たい顔を作った。
「良いわ、またねバード。
別に助けに来た訳じゃないのよ、ランの持つ生命の鏡を奪いに来ただけなんだから」
そう言うと白銀の髪の少女、【芳川今日子】はすたすたと出て行った。
しばらく経ち、今日子が出ていったのを確認すると、バードはそっと言った。
「行こうか」
「えぇっ!」
何の後悔もなく、何の悪びれた風もなく、自然にバードはそう告げた。
壁に空いた穴から外を確認するバード。
呆然と見るシィルは何とか意識を再起動させ、部屋の隅で転がるリューマと楽しそうに笑うてるへと声をかけた。
「あのっ、外に出られるみたいですけど……」
「魔法やベーっ! 魔法すげーっ!
一瞬で俺ら眠らせて転移させて……ぱねぇっ!
な、な、なっシィルだったか!」
「あっ、はい」
「魔法使い?」
「一応ですけど……」
「弟子にしてくれ!」
「困りますよぅ」
バッとシィルの前で土下座するリューマ。
なんでもこの部屋を脱出しようと足掻いていた時にみせた魔法に感動しているらしい。
「炎の矢っ! 火爆破っ! ふぁいやぁれいざぁっ!」
手を開いて、意識を集中させ、声高らかに叫ぶリューマ。
だがそこには発現の兆しはまるで見えない。
「ぬわんでじゃぁっ!」
再び魔法を連呼する。
だが成果もまるで見えない。
奇声を上げるリューマは、傍から見ればただの変人であった。
「あれが魔女の一人……。
クククッ、期待外れかと思っていたが、これは中々に楽しめそうだ」
一方でランの姿を見て、一端ではあるが力を見て、この先に訪れるであろう戦に胸躍らせてるのはてる。
さながら初めての恋に溺れる乙女のように、ランの名前を呟いていた。
「楽しませろ、エレノア・ラン。
身の削り合い、血の啜り合い……我の胸を高鳴らせてくれ」
本人が聞けば全力でお断りします、な内容ではあるが。
バードに告白されてかなり気まずい状況。
そこにさらに現れた二人は、どうも少し変わった二人のようだ。
はぐれてしまった主人を想い、シィルは小さくため息をついた。
~あとがき~
らんくえ様、はるきよ様、まほかに様、感想ありがとうございます。
リューマにてるさんが惚れたエピソードは必ず書きます。
てるさんのキャラを考えて納得していただけるよう気合を入れて執筆しますので、首を傾げるところがあればご指摘お願いいたします。
作者のランスシリーズは、4と4x以外です。
最初に入ったのが6で、その後鬼畜王から1、2、3、戦国、5D、ランクエと至ります。
と、言っても記憶が曖昧な部分もありますので、矛盾があればご指摘ください。
02は2010を買ってないんでやってないですね。
溜まっていた積みゲを崩したら買う予定。
ご期待に添えられるかどうかはわかりませんが、精一杯書いていきます。
ランスシリーズでオリ主とかw……と感じられる方もいらっしゃるでしょうが、何とか許容していただけれる作品として仕上げていきたいです。
【2011/10/2】