「ようこそ、カスタムの町へ……そう書いてるよな、この看板」
「ああ、間違いなくそう書いている」
「洞窟じゃねぇか」
「ああ、間違いなく洞窟だな」
ひゅるりと風が吹き抜ける荒野。
ぽっかりと空いた穴の隣に立つ看板を前に、大柄な男と小柄な女は首をかしげた。
「道を間違えたのではないか?」
「んなはずはねぇ。これでも方向感覚には自信がある」
「知っている。少しからかっただけだ」
小さく笑う女に、男は笑い返す。
ようこそ、カスタムの町へ。
何度読み返してみても、間違いなく目の前の簡素な看板にはそう書かれている。
洞窟の中に町を作るなど聞いたこともない。
そう不安はあるものの、方向違わず来たはずの場所に、目的の町を示す看板がある。
大陸南東部に位置する独陸都市国家群。
通称自由都市。
その昔、リーザス・ゼス・ヘルマンといった大国が出来るどさくさに紛れて独立していった小国の集合体地域であり、人類圏のほぼ4分の1を現在は占めている。
三大国のような専制君主制ではなく、選挙によって選ばれた人間が都市長として国家をまとめる、いわゆる民主主義の形を取っている都市が多い。
三大国のどこにも属しておらず、北のリーザスとは比較的友好関係なようだが、北西のヘルマン、南西のゼスとの関係は希薄なようだ。
南東にある島国JAPANとは、ポルトガルのみ唯一交流がある程度だ。
そんな自由都市地帯中部に位置するカスタムの町へ、今二人の旅人が足を運んでいた。
「洞窟を抜けた先には町がありましたー」
「何でもこれは魔法使いの仕業らしいな」
「ぬぁにっ!」
眼を見開く男と辺りを見渡す女。
視界にはとんでもない光景が広がっていた。
地下の空洞の中に町が丸ごと存在しているのだ。
民家があり、商店があり、教会がある。
そして大半の建造物に、破壊の痕が残っていた。
「街を丸ごと沈める魔法使いか……。
クククッ、大陸に出て早々と、血湧き肉躍る戦が出来そうだ」
獰猛に小柄な女は笑う。
ふわふわとした翠の髪を流れる風に揺らし、可憐なメイド服に身を包んだ外見からは想像できないほど猛々しく。
器量良しの顔を見事に歪めて、女は笑った。
女の名は【毛利てる】といった。
「おぉ……おぉぉっ……おおおぉぉっ……!」
てるの隣、男のむせび泣くような声が聞こえる。
大柄な体をすっぽり覆う黒いローブに身を包んだ男はどさりと膝を落とし、悪人面の三白眼には不釣り合いなとんがり帽子を頭から外して、声高らかに叫んだ。
「ビバ魔法使い! 魔法使い最高だぁっ!」
男の名は【毛利竜麻】といった。
驚くべきことにこの二人、正式な婚姻をすませて何年も床を共にする、いわゆる夫婦の間柄。
さらに驚嘆すべきはてるの生家はJAPANの大名【毛利家】。
彼女はそこの長女である。
しかしはて、と疑問が残る。
何故将来国主となるであろうリューマとてるがJAPANを離れて大陸いるのか。
それは夫婦が長年の夢を叶えるためにと、国を抜けだしたから。
妻は大陸の戦に参加し、魔人といつか死合うために。
夫は幼いころから心に秘めた、願望を実現させるために。
「魔法使いに、俺はなるっ!」
LP0001年10月。
JAPANでは名の知られた【殺戮夫婦】は二人、大陸へと降り立った。