現在カスタムの町は地底に沈んでいる。
魔法の力によって、町ごと地底に沈められたのだ。
元々このカスタムの町には【魔導士ラギシス】が魔導の塾を開いていた。
優秀な魔法使いを育て上げ、いずれ独立国家として存在するカスタムの町を守るための防衛戦力とするためだ。
その計画に、カスタムの町も多いに援助していた。
いついかなる事態が起こり、三大国家に攻め入られるかもしれない。
もしくは他の独立都市に攻め入られるかもしれない。
自衛の手段を持つのは都市国家として当然のことだった。
そんなラギシスの塾の中、特筆すべき能力を示した四人の魔女がいた。
将来は彼女たち四人を要として、この町を守る予定であった。
――事の始まりは一月前。
四人の娘たちはラギシスに反逆を起こした。
彼女たちは結託し、ラギシスの大事にしていた魔法の指環を奪い、そして彼を倒した。
その後彼女たちは指輪の魔力によって、町自体を地下に封印し、今に至っている。
町ごと地下に沈める、という人外の域に達する業。
それを成したのがラギシスから奪った【フィールの指輪】。
指輪は彼女たちの能力を数倍にパワーアップさせ、尋常ならざる力を彼女たちに与えたのだ。
そして現在、彼女たち四人は地下に迷宮を築き、町の人間の生活を脅かしている。
町へ大挙し押し寄せるモンスターを何とか街の男たちは力を合わせてそれを押し留めることに成功した。
のだが……元凶である四人を倒しに向かった男たちは、誰一人として戻ってはこなかった。
今や彼女たちには誰も手を出せず、その上町の少女たちが誘拐される始末。
四人の魔女によって支配された地底都市、それが今のカスタムの町だ。
■
「で、どうするリューマ?」
「魔法使いに会いに行くに決まってんだろうが」
「で、魔法使いはどこにいるんだ?」
「知らん!」
「我も知らん!」
瓦礫だらけの広場で、リューマとてるは互いに向き合い胸を張る。
「とりあえず一番偉い奴なら知ってんだろ。
話し渋れば無理矢理と吐かせれば良いしよ」
「それは名案だ、流石は我の夫よ」
「照れるねぇ」
頭にとんがり帽子をかぶりなおし、リューマはてると肩を並べて足を運ぶ。
目指すは都市長の家。
しかし暴力に訴え出るというリューマを是とするのだから、てる自身なかなかのもの。
二人はどうやら似た者夫婦のよう。
頭が人よりちょっとだけ弱く、人よりちょびっとだけ乱暴者なのは二人揃って言えることだ。
■
「JAPANからはるばる……それは申し訳なことをしましたな」
質素な家の質素なベット。
その上に横たわる痩せた男は、咳き込みながらリューマとてるにそう告げた。
男の名前は【ガイゼル・ゴード】。
カスタムの町で都市長をしている、この街で一番偉い人間だ。
「死んだって……ホントかよ……」
「えぇ、偉大なる魔導士であったラギシス・クライハウゼンは四人の魔女の手にかかり」
「……俺の、計画が……弟子にしてもらって、魔法使いになる俺の計画が……」
頭を伏せてぶつぶつと呟くリューマ。
蹲り、膝を抱えて薄暗い雰囲気を醸し出す夫に妻は、頭上から直下する拳骨を落とした。
「ぐぉぉぉっ!」
風を切り裂き、振り抜かれた躊躇いの無い一撃に、堪らずリューマの口から苦悶の声が漏れた。
六尺を越えるリューマに比べ、ふたまわり以上も小柄なてる。
で、あるが怪力無双の実父【毛利元就】から色濃く受け継いだ血が成す鉄拳は並ではない。
古くなった床板に、リューマの下半身は大きくめり込んだ。
「痴れ者が……リューマ! 貴様が我に語ったあの魔法使いへの熱き想いは、ただ一度挫けただけで折れる弱きモノか!
幼き頃より憧れ、剣を棄ててでも身に修めたいと語ったモノは、それほど弱き想いか!」
気迫の籠る、てるの一声。
大気を震わさんとするその声にベットに伏せるガイゼルは身を強張らせ、隣に立つ彼の娘【チサ・ゴード】は身をよろめかせた。
「ウワッハッハッハッ! んなちっぽけなもんで止まっていられる夢じゃねぇよ」
豪快に笑い声をあげて、リューマは自分を見つめるてるを見返した。
流石は自分の嫁、自慢の嫁だ。
JAPAN出身の自分にとっては初めての大陸。
大陸情緒にあてられて、少しばかり自分の芯を貫いていた旅の目的が揺らいでいたのかもしれない。
その浮ついた気持ちを、これで魔法使いになれると安易に考えていた気持ちを、てる入魂の一撃で吹き飛ばしてくれた。
じんじんと頭に残る痛みが心地良い。
地下に沈められ、空の見えないカスタムの町。
だが今の空は自分の気持ちに負けず劣らず澄みきっているとリューマは思った。
床板から抜け出し、いつものように不敵な笑みを口元に浮かべる。
そんなリューマに負けず劣らずにやりと笑ったてるは、仁王立ちで問いかけた。
「ならばどうするリューマよ!」
「単純な話だ。俺は今弟子入りしようとしてた魔法使いを殺せる魔法使いが居る町にいるんだ」
「うむ! なれば我はその魔女どもを踏み潰そう」
「なら俺はその魔女に魔法を習おう」
呆然とするゴード親娘を尻目に、二人は自らの世界を作り上げていく。
「だったらどこにいるんだ魔女どもは!」
「我は知らん!」
「俺も知らん!」
むぅ、と頭を捻るリューマとてる。
考え、考え、思いついたように顔を見合わせて、二人はガイゼルへと詰め寄った。
「都市長! 魔女どもは一体どこにいる!」
「言わねぇなら無理矢理にでも吐いてもらうだけだがなぁ」
つい先日は鬼畜戦士を相手にし、今は強面の二人に問い詰められているカスタムの町都市長ガイゼル・ゴード。
彼は降り注ぎ来る自分の不幸を神に呪った。
■
「リューマよ、あの都市長は中々の大器であるな」
破壊の痕が大きく残る家の中。
はたきを持ち汚れた家を掃除するてるは、手を止めることなくそう言った。
「まったく同意だ。魔女どもの居場所を教えてくれるだけじゃなく、悪さを止めたら金もくれるってんだからさ」
「その上住居も差し出すとは……リューマがいずれ国主になった時は、劣らぬ男であれ」
「任せとけや」
力強く言いきったリューマに、思わず微笑みが顔に浮かぶ。
その顔をみせるのが少し気恥ずかしいのか、てるは振り向くこと無く掃除を続ける。
てるには二人の妹がいる。
上の妹を【吉川きく】、下の妹を【小早川ちぬ】といった。
二人はてると同じく、父である元就の血を色濃く受け継ぐ、猛々しい武士として育った。
女だてら戦場で殺戮を繰り返す娘を見て、彼女らの母【毛利美伊】は夫である元就の血が濃いと喜んだ。
だがそれと同時に、女としての己を腐らせていくのは是としなかった。
故に、美伊は彼女らに女としての嗜みを仕込んだ。
てるには掃除を、きくには炊事を、そしてちぬには作法を。
自分自身は女である、そう自覚させるために。
「手伝うか?」
「いらん。貴様はそこで大きく腰を下ろしておけ。
これは我がリューマにしてやりたい、我だけの仕事だ」
結果として、美伊の企みは成功した。
それを最も強く示すのが、誰よりも色濃く元就の血を受け継いだ長女のてるだった。
掃除だけではなく、炊事も、作法も、自ら望み母に教えを請うた。
それはきっと――。
二人が旅に出る数か月前。
魔王が代替わりし、GI歴からLP歴に変わろうという時、美伊はこの世を去った。
死に際に彼女は二人並び立つリューマとてるを見つめて、微笑み息を引き取った。
母の遺言を守り、てるたち三姉妹は常にメイド服に身を包んでいる。
美伊の想いは娘たちの中で息づいている。
「じゃ、遠慮なく」
体内時計から推測するに、恐らく今は夜だろう。
貰った家をある程度生活できるまでに立て直し、今日は終わりへと向かっている。
慣れない椅子に腰かけて、対となる机の上にボロボロのえほんを広げた。
やはり畳が楽だと思いつつ、大事そうにリューマはえほんに手をかけた。
これが、夢の始まりだ。
それはリューマがまだ幼い頃。
唯一の肉親である祖父を失い、土地を奪われて同年代の孤児と一緒に盗賊を働いていた頃に遡る。
とある日、襲った行商人。
その中にあった、金持ちが子供に与えるために取り寄せた大陸のえほん。
それはどこにでもある英雄譚。
魔法使いの男が姫を助け、凶悪な魔物を倒すという物語。
幼く、まだ文字もまともに読めなかった彼であったが、それでも心を激しく刺激した。
「魔法使いになる」
言うは易く、行うは難し。
金を溜めて魔道書を買ってみても、読めど読めども理解できない。
それでもそれは夢だから。
幼いころから憧れ続けた夢だから。
「俺は魔法使いになる」
もう一度強く、誰に恥じるでもなく断言した。